説明

フェニルボロン酸系単量体及びフェニルボロン酸系重合体

【課題】生体環境下での使用に適したpKaを得ることができると供に、多種多様な用途に用いることができるフェニルボロン酸系単量体及びフェニルボロン酸系重合体を提供する。
【解決手段】フェニルボロン酸系単量体は、一例として一般式(13)で示す構造を有する。


高い親水性を有し、かつフェニル環がフッ素化によりpKaが十分に低く、さらに重合可能な不飽和結合を有する。かくして、このフェニルボロン酸系単量体は、生体レベルであるpKa7.4以下において、高い親水性を有し、多種多様なモノマーと重合することができ、用途に即した重合体を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェニルボロン酸系単量体及びフェニルボロン酸系重合体に関する。
【背景技術】
【0002】
フェニルボロン酸(以下、PBAとも呼ぶ)化合物はグルコース等の糖分子との可逆的な共有結合能を有していることから、近年、このフェニルボロン酸化合物を利用して、比色や光学等の様々な方式を用いた糖センサーや、糖応答アクチュエータを構築する試みが研究レベルで多く報告されている。
【0003】
しかしながら、フェニルボロン酸の酸性度は一般に弱く、酸の強さを定量的に表したpKaが通常8〜9程度であり、pH7.4の生体環境下での使用が原理的に困難とされてきた。その一方で、特開平11−322761号公報(特許文献1)のように、従来よりもpKaが低いフェニルボロン酸化合物も考えられている。なお、pKaは、−log10 Kaで表される値であり、このうちKaは酸解離定数を示すものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−322761号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した特許文献1では、pKaが生体環境に近い値を実現できているものの、使用態様が著しく限定されており、多種多様な用途に即した重合体が得られ難いという問題があった。
【0006】
そこで、本発明は以上の点を考慮してなされたもので、生体環境下での使用に適したpKaを得ることができると供に、多種多様な用途に用いることができるフェニルボロン酸系単量体及びフェニルボロン酸系重合体を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる課題を解決するため本発明の請求項1は、下記一般式(5)
【0008】
【化5】

【0009】
(RはH又はCHであり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、Rは2価の連結基を示す)で表されることを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明の請求項2は、前記一般式(5)が下記一般式(6)
【0011】
【化6】

【0012】
(mは0又は1以上の整数である)で表されることを特徴とするものである。
【0013】
また、本発明の請求項3は、前記mが1以上であることを特徴とするものである。
【0014】
また、本発明の請求項4は、下記一般式(7)
【0015】
【化7】

【0016】
(RはH又はCHであり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、lが2以上の整数であり、Rは2価の連結基を示す)で表されることを特徴とするものである。
【0017】
また、本発明の請求項5は、前記一般式(7)が下記一般式(8)
【0018】
【化8】

【0019】
(mは0又は1以上の整数である)で表されることを特徴とするものである。
【0020】
また、本発明の請求項6は、N-イソプロピルアクリルアミド、N-(ヒドロキシメチル)アクリルアミド及びN-イソプロピルメタクリルアミドのうち少なくともいずれか1つが、請求項1〜3のうちいずれか1項記載のフェニルボロン酸系単量体と重合していることを特徴とするものである。
【0021】
また、本発明の請求項7は、請求項1〜3のうちいずれか1項記載のフェニルボロン酸系単量体がN-イソプロピルメタクリルアミドと任意の割合で重合することで得られることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明の請求項1〜3によれば、フェニルボロン酸系単量体では、生体レベルであるpKa7.4以下において、高い親水性を有し、多種多様なモノマーと重合することができ、用途に即した重合体を得ることができる。
【0023】
また、本発明の請求項4〜7によれば、生体レベルであるpKa7.4以下において、高い親水性を有し、用途に即したモノマーと重合したフェニルボロン酸系重合体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明によるフェニルボロン酸系単量体の合成スキームを示す概略図である。
【図2】みかけのpKaとグルコース濃度との関係を示すグラフである。
【図3】ゲルサンプル及び比較サンプルにおける所定温度での直径変化の様子を示すグラフである。
【図4】ゲルサンプルにおける所定温度での直径変化の様子を示すグラフである。
【図5】膨潤度と温度との関係を示すグラフと、温度が37℃のときの各グルコース濃度時におけるゲルサンプルの写真である。
【図6】比較サンプルにおける所定温度での直径変化の様子を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下図面に基づいて本発明の実施の形態を詳述する。
【0026】
本発明によるフェニルボロン酸系単量体は、下記一般式(9)で表される。
【0027】
【化9】

【0028】
(RはH又はCHであり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、Rは2価の連結基を示す)
で表される2価の連結基としては、カルバモイル結合、アミド結合、アルキル結合、エーテル結合、エステル結合、チオエステル結合、チオエーテル結合、スルホンアミド結合、ウレタン結合、スルホニル結合、イミン結合、ウレア結合、チオウレア結合等のうち少なくとも1又2以上の結合を含む連結基が挙げられる。
【0029】
このようにフェニルボロン酸系単量体は、フェニルボロン酸基のフェニル環上の水素が、単数又は複数のフッ素に置換されたフッ素化フェニルボロン酸基を有し、当該フェニル環に連結基Rを介してビニル基の炭素が結合した構造を有する。
【0030】
このようなフェニルボロン酸系単量体は、高い親水性を有しており、またフェニル環がフッ素化されていることにより、pKaを生体レベルの7.4以下に設定し得る。さらに、このフェニルボロン酸系単量体は、生体環境下での糖認識能を獲得するのみならず、ビニル基を配した構造を有することで、多種多様なモノマーとの共重合が可能となり、様々な用途に即した重合体を得ることができる。
【0031】
因みに、上記一般式(9)で表したフェニルボロン酸系単量体において、nを1として、フェニル環上の1つの水素がフッ素に置換されているとき、F及びB(OH)の導入箇所は、オルト、メタ、パラのいずれでも良い。
【0032】
ここで、連結基Rとしてカルバモイル基を適用した場合、上述した一般式(9)は下記一般式(10)で表される(mは0又は1以上の整数である)。
【0033】
【化10】

【0034】
このようにフェニルボロン酸系単量体は、フェニルボロン酸基のフェニル環上の水素が、単数又は複数のフッ素に置換されたフッ素化フェニルボロン酸基を有し、当該フェニル環にアミド基の炭素が結合した構造を有する。
【0035】
また、フェニルボロン酸系単量体は、mが0のとき、アミド基の窒素に、他のアミド基の窒素が直接結合し、当該他のアミド基部分を含んだアクリルアミドまたはメタクリルアミド構造を有する。一方、フェニルボロン酸系単量体は、mが1以上のとき、アミド基の窒素に、単数又は複数の炭素を介して他のアミド基の窒素が結合し、当該他のアミド基部分を含んだアクリルアミドまたはメタクリルアミド構造を有する。なお、mを1以上としたときのフェニルボロン酸系単量体は、mを0としたときのフェニルボロン酸系単量体に比べて、pKaを低くすることができる。そして、このようなフェニルボロン酸系単量体であっても、上述した一般式(9)で表されるフェニルボロン酸系単量体と同様の効果を得ることができる。
【0036】
ここで、上記一般式(9)で表したフェニルボロン酸系単量体同士が重合したフェニルボロン酸系重合体は、下記一般式(11)で表される。
【0037】
【化11】

【0038】
(RはH又はCHであり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、lは2以上の整数であり、Rは2価の連結基を示す)
また、2価の連結基の一例としてカルバモイル結合を含んだ連結基を適用した場合、上述した一般式(11)は下記一般式(12)で表される(mは0又は1以上の整数である)。
【0039】
【化12】

【0040】
そして、上述した一般式(9)及び一般式(10)で表されるフェニルボロン酸系単量体と重合可能なモノマーとしては、N-イソプロピルアクリルアミド、N-(ヒドロキシメチル)アクリルアミド及びN-イソプロピルメタクリルアミド等が挙げられる。
【0041】
上記一般式(10)の一例としては、nを1とし、フェニルボロン酸基のフェニル環上の1つの水素をフッ素に置換し、mを2とし、スペーサとなる炭素が2つであるフェニルボロン酸系単量体があり、下記一般式(13)で示される(RはH又はCHである)。
【0042】
【化13】

【0043】
また、上記一般式(13)で表されるフェニルボロン酸系単量体同士が重合することで、下記一般式(14)で示されるフェニルボロン酸系共重合体が得られる(RはH又はCHであり、lは2以上の整数である)。
【0044】
【化14】

【0045】
ここで、上記一般式(13)で示されるフェニルボロン酸系単量体は、図1に示すような合成スキームにより製造される。先ず、図1に示す一般式(15)で示されるカルボキシフッ素フェニルボロン酸に、塩化チオニル(Thionyl chloride)を添加して還流により反応させ、一般式(16)で示される酸クロリド化合物を合成する。
【0046】
次いで、上記一般式(16)で示される酸クロリド化合物をテトラヒドフラン(THF)に溶解させ、塩基性触媒としてトリエチルアミン(TEA)を加えた後、下記一般式(17)で表される化合物を添加して反応させ、一般式(18)(図1)で示される中間体を合成する。
【0047】
【化15】

【0048】
次いで、水素ガスの存在下、一般式(18)で示される中間体を、パラジウム炭素触媒(Pd/C)を用いて還元反応させ、一般式(19)(図1)で表される中間体を合成する。次いで、ショッテン・バウマン法により、一般式(19)で示される中間体と塩化アクリル(Acryloyl Chloride)を混合することで、一般式(20)(図1)で示される本発明のフェニルボロン酸系単量体を合成することができる。
【0049】
以上の構成において、フェニルボロン酸系単量体では、上記一般式(9)に表すように、フェニルボロン酸基のフェニル環上の水素が、単数又は複数のフッ素に置換されたフッ素化フェニルボロン酸基と、不飽和結合を有する構造とした。
【0050】
これによりフェニルボロン酸系単量体では、フェニル環がフッ素化されていることにより、pKaを生体レベルの7.4以下に設定することができ、また高い親水性を有し、さらにはビニル基を配した構造により多種多様なモノマーと重合することができ、用途に即した重合体を得ることができる。
【0051】
ところで、重合可能な不飽和結合を有する従来のフェニルボロン酸誘導体としては、メタクリルアミドフェニルボロン酸(特開平3-204823号公報)や、3-アクリルアミド-6-ヘキサフルオロプロピルフェニルボロン酸(特開平5-301880号公報)、N-(4'-ビニルベンジル)-4-フェニルボロン酸カルボキサミド(特開平5-262779号公報)、4-(1',6'-ジオキソ-2',5'-ジアザ-7'-オクテニル)フェニルボロン酸(特開平11-322761号公報)等が知られている。
【0052】
しかしながら、これら従来のフェニルボロン酸誘導体ではいずれも、(1)水溶性が高いこと、(2)pKaが従来よりも十分に低いこと、(3)重合可能な不飽和結合を有していること、の3つの条件を全て同時に満たすものではなかった。このため、これら従来のフェニルボロン酸誘導体は、溶媒として水を用いて重合すると、十分な量を重合体中に含有させることができなかったり、或いは重合したポリマーや含水ゲルの疎水性が高く、下部臨界共溶温度(LCST)を利用した糖応答ゲルとして十分な機能を発揮できなかった。
【0053】
これに対して、本発明によるフェニルボロン酸系単量体では、上記一般式(9)で示す構造を有することで、高い親水性を有し、かつpKaが十分に低く、さらに重合可能な不飽和結合を有することができ、上記(1)〜(3)の3つの条件全てを同時に満たすことができる。これにより、フェニルボロン酸系単量体では、生体レベルであるpKa7.4以下において、高い親水性を有し、溶媒として水を用いて重合する際に、十分な量を重合体中に含有させることができる。また、このフェニルボロン酸系単量体では、下部臨界共溶温度(LCST)を利用した糖応答ゲルとして十分な機能を発揮することができる。
【実施例】
【0054】
(1)実施例
次に、図1に示した合成スキームに従って、本発明のフェニルボロン酸系単量体の一例である4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(以下、これをサンプル1と呼ぶ)を合成した。実際上、この実施例のサンプル1は、以下のようにして合成した。
【0055】
先ず、27mmolのカルボキシフッ素フェニルボロン酸(一般式(15))に、50mlの塩化チオニルを加え、90℃(オイルバス)の条件で還流し、溶液を生成した。次いで、反応後余剰の塩化チオニルを留去した後、テトラヒドフラン(THF)90mLに溶解し、そこに上述した一般式(17)で表される化合物を40mmol加え、さらに氷冷下トリエチルアミン(TEA)200mmolを加えて、室温で一昼夜攪拌した。
【0056】
これにより生成された溶液に希塩酸飽和食塩水を加えて洗浄・分液操作を行い、THFを留去した。それをエタノール400mLに溶解し、10%パラジウム炭素触媒1gを添加し、40℃の条件で水素還元した後、パラジウム炭素触媒を濾過し、これにより得られた濾液から一般式(19)(図1)で表される中間体を得た。次に、この得られた中間体に、50 mmolの塩化アクリロイルと、150 mlの炭酸塩緩衝液(100 mM、pH10)とを添加し、攪拌することにより実施例となるサンプル1を合成した。
【0057】
(2)第1比較例
次に、第1比較例として、図2に示すような一般式(21)で表される3-アクリルアミドフェニルボロン酸(和光純薬、以下、これを比較サンプル1と呼ぶ)を用意した。
【0058】
(3)第2比較例
次に、第2比較例として、図2に示すような一般式(22)で表される4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)フェニルボロン酸(以下、これを比較サンプル2と呼ぶ)を用意した。この比較サンプル2は、上記サンプル1で用いたカルボキシフッ素フェニルボロン酸の代わりにカルボキシフェニルボロン酸を出発原料とし、以後、上述したサンプル1と全く同様の操作を行うことで調製した。
【0059】
(4)pKaの測定
次に、上述したサンプル1、比較サンプル1及び比較サンプル2に対し、種々グルコース濃度条件(0g/L、1g/L、3g/L、5g/L、10g/L)において、酸塩基滴定を行うことにより、グルコース濃度と各見かけのpKa変化の関係を導出した。
【0060】
その結果を図2に示した。本発明のフェニルボロン酸系単量体であるサンプル1を使用した試料a1〜a5は、図2に示すように、各グルコース濃度全てにおいて、pKaが生体レベルである7.4よりも低く、かつグルコース濃度が高くなるに従ってpKaの下降する程度が、従来の比較サンプル1及び比較サンプル2を使用した試料b1〜b5、c1〜c5よりも優れているということが確認できた。
【0061】
(5)ゲルサンプルの直径変化と温度との関係
次に、図3(A)に示すように、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)と、第1比較例である比較サンプル1(AAPBA)とをモル比90/10で調合し、ゲル状のサンプル(以下、これを比較ゲルサンプル1と呼ぶ)を調製した。そして、グルコース濃度を0g/L、5g/Lにそれぞれ調整した各グルコース水溶液に、収縮状態において直径が1mmとなる円柱形状の比較ゲルサンプル1を入れて、5℃〜30℃まで所定温度毎に、各比較ゲルサンプル1の直径変化をそれぞれ計測していった。
【0062】
その結果、図3(A)に示すような計測結果が得られた。なお、図3(A)では、比較ゲルサンプル1の直径変化を「ゲルの直径変化」として縦軸に示し、温度を横軸に示している。比較ゲルサンプル1では、図3(A)に示すように、5℃〜30℃の間で、グルコース濃度の違いによる直径変化が小さいことが確認できた。
【0063】
次に、図3(B)に示すように、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)と、第2比較例である比較サンプル2(図3(B)中、DDOPBAと示す)とをモル比90/10で調合し、ゲル状のサンプル(以下、これを比較ゲルサンプル2と呼ぶ)を生成した。そして、グルコース濃度を0g/L、5g/Lにそれぞれ調整した各グルコース水溶液に、収縮状態において直径が1mmとなる円柱形状の比較ゲルサンプル2を入れて、5℃〜30℃まで所定温度毎に、各比較ゲルサンプル2の直径変化をそれぞれ計測していった。
【0064】
その結果、図3(B)に示すような計測結果が得られた。なお、図3(B)では、比較ゲルサンプル2の直径変化を「ゲルの直径変化」として縦軸に示し、温度を横軸に示している。比較ゲルサンプル2でも、図3(B)に示すように、5℃〜30℃の間で、グルコース濃度の違いによる直径変化が小さいことが確認できた。
【0065】
次に、図3(C)に示すように、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)と、実施例である本発明のフェニルボロン酸系単量体のサンプル1(FPBA)とをモル比90/10で調合し、ゲル状のサンプル(以下、これをゲルサンプル1と呼ぶ)を生成した。そして、グルコース濃度を0g/L、1g/L、3g/L、5g/Lにそれぞれ調整した各グルコース水溶液に、収縮状態において直径が1mmとなる円柱形状のゲルサンプル1を入れて、5℃〜30℃まで所定温度毎に、各ゲルサンプル1の直径変化をそれぞれ計測していった。
【0066】
その結果、図3(C)に示すような計測結果が得られた。なお、図3(C)では、ゲルサンプル1の直径変化を「ゲルの直径変化」として縦軸に示し、温度を横軸に示している。ゲルサンプル1では、図3(C)に示すように、5℃〜30℃の間で、グルコース濃度の違いによる直径変化が、上述した比較ゲルサンプル1及び比較ゲルサンプル2に比べて格段的に大きいことが確認できた。このように本発明によるフェニルボロン酸系単量体は、糖認識能に優れ、糖応答ゲルとして十分な機能を発揮できることが確認できた。
【0067】
(6)モル比の相違によるゲルサンプルの直径変化と温度との関係
次に、ゲルサンプル1に含有させる他のモノマーのモル比を変えたとき、温度変化に応じてゲルサンプル1の直径がどのように変化するかを検証した。なお、図4(A)は、上述した「(5)ゲルサンプルの直径変化と温度との関係」で示した図3(C)のグラフについて、縦軸の直径変化の目盛りを細かく示したグラフである。
【0068】
ここでは、その他、図4(B)に示すように、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)と、実施例である本発明のフェニルボロン酸系単量体のサンプル1(FPBA)と、N-(ヒドロキシメチル)アクリルアミド(HMAAm)とをモル比70/10/20で調合し、ゲル状のサンプル(以下、これをゲルサンプル2と呼ぶ)を生成した。そして、グルコース濃度を0g/L、0.5g/L、1g/L、3g/L、5g/L、10g/Lにそれぞれ調整した各グルコース水溶液に、収縮状態において直径が1mmとなる円柱形状のゲルサンプル2を入れて、10℃〜40℃まで所定温度毎に、各ゲルサンプル2の直径変化をそれぞれ計測していった。その結果、図4(B)に示すような計測結果が得られた。
【0069】
また、図4(C)に示すように、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)と、実施例である本発明のフェニルボロン酸系単量体のサンプル1(FPBA)と、N-(ヒドロキシメチル)アクリルアミド」(HMAAm)とをモル比60/10/30で調合し、ゲル状のサンプル(以下、これをゲルサンプル3と呼ぶ)を生成した。そして、グルコース濃度を0g/L、0.5g/L、1g/L、3g/L、5g/L、10g/Lにそれぞれ調整した各グルコース水溶液に、収縮状態において直径が1mmとなる円柱形状のゲルサンプル3を入れて、10℃〜40℃まで所定温度毎に、各ゲルサンプル3の直径変化をそれぞれ計測していった。その結果、図4(C)に示すような計測結果が得られた。
【0070】
図4(A)〜(C)に示すように、本発明のフェニルボロン酸系単量体は、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)のモル比を変えたり、N-(ヒドロキシメチル)アクリルアミド」(HMAAm)を加えることで、温度変化に応じて変化するゲルサンプルの直径変化を調整できることが確認できた。
【0071】
(7)N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)を含有させたゲルサンプル
次に、図5に示すように、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)と、実施例である本発明のフェニルボロン酸系単量体のサンプル1(FPBA)とをモル比92.5/7.5で調合し、ゲル状のサンプル(以下、これをゲルサンプル4と呼ぶ)を生成した。そして、グルコース濃度を0.5g/L、1g/L、3g/L、5g/L、10g/Lにそれぞれ調整した各グルコース水溶液に、収縮状態において直径が1mmとなる円柱形状のゲルサンプル4を入れて、34℃〜45℃まで所定温度毎に、各ゲルサンプル4の膨潤度(d/do)3をそれぞれ測定していった。その結果、図5に示すような計測結果が得られた。また、各グルコース水溶液にゲルサンプル4を入れ、温度が37℃のときの各ゲルサンプル4について、それぞれ光学顕微鏡で撮像したところ、図5に示すように、グルコース濃度が高いほど膨潤することを示す写真が得られた。
【0072】
因みに、ここでの膨潤度は、グルコース濃度が0g/Lの生理食塩水において各温度におけるゲルサンプル4の直径をdoとし、所定のグルコース濃度としたグルコース水溶液において各温度でのゲルサンプル4の直径をdとし、各温度毎にこれらd及びdoの比を取り、これを3乗した値とした。そして、膨潤度が1よりも大きい値の場合には、ゲルサンプル4が膨潤したことを意味し、膨潤度が1よりも小さい値の場合には、ゲルサンプル4が収縮したことを意味する。このゲルサンプル4では、図5に示すように、一般的な生体温度(35℃〜37℃)付近で、グルコース濃度が高くなるほど、大きく膨潤することが確認できた。これにより本発明のフェニルボロン酸系単量体は、ゲル部材の原材料の1つとして用いることで、生体温度下において、グリコース濃度の高低変化に応じ、外郭形状を変化させるゲル部材を生成できることが分かる。
【0073】
次に、これとは別に、図6(A)に示すように、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)と、比較サンプル2とをモル比90/10で調合し、ゲル状のサンプル(以下、これを比較ゲルサンプル3と呼ぶ)を生成した。そして、グルコース濃度を0g/L、5g/Lにそれぞれ調整した各グルコース水溶液に、収縮状態において直径が1mmとなる円柱形状の比較ゲルサンプル3を入れて、15℃〜40℃まで所定温度毎に、各比較ゲルサンプル3の直径変化をそれぞれ計測していった。その結果、図6(A)に示すような計測結果が得られた。
【0074】
また、図6(B)に示すように、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)と、比較サンプル2とをモル比80/20で調合し、ゲル状のサンプル(以下、これを比較ゲルサンプル4と呼ぶ)を生成した。そして、グルコース濃度を0g/L、5g/Lにそれぞれ調整した各グルコース水溶液に、収縮状態において直径が1mmとなる円柱形状の比較ゲルサンプル4を入れて、15℃〜45℃まで所定温度毎に、各比較ゲルサンプル4の直径変化をそれぞれ計測していった。その結果、図6(B)に示すような計測結果が得られた。
【0075】
さらに、図6(C)に示すように、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)と、比較サンプル2と、カルボキシイソプロピルアクリルアミド(CIPAAm)とをモル比75/20/5で調合し、ゲル状のサンプル(以下、これを比較ゲルサンプル5と呼ぶ)を生成した。そして、グルコース濃度を0g/L、5g/Lにそれぞれ調整した各グルコース水溶液に、収縮状態において直径が1mmとなる円柱形状の比較ゲルサンプル5を入れて、15℃〜45℃まで所定温度毎に、各比較ゲルサンプル5の直径変化をそれぞれ計測していった。その結果、図6(C)に示すような計測結果が得られた。
【0076】
また、図6(D)に示すように、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)と、比較サンプル2と、カルボキシイソプロピルアクリルアミド(CIPAAm)とをモル比72.5/20/7.5で調合し、ゲル状のサンプル(以下、これを比較ゲルサンプル6と呼ぶ)を生成した。そして、グルコース濃度を0g/L、5g/Lにそれぞれ調整した各グルコース水溶液に、収縮状態において直径が1mmとなる円柱形状の比較ゲルサンプル6を入れて、15℃〜45℃まで所定温度毎に、各比較ゲルサンプル6の直径変化をそれぞれ計測していった。その結果、図6(D)に示すような計測結果が得られた。
【0077】
このように、図5及び図6(A)〜(D)に示す結果から、本発明のフェニルボロン酸系単量体を用いたゲルサンプル4(図5)は、図6(A)〜(D)に示す比較ゲルサンプル3〜6と比べても、一般的な生体温度(35℃〜37℃)付近で、グルコース濃度の違いによる直径変化が格段的に大きいことが確認できた。従って、本発明によるフェニルボロン酸系単量体は、糖認識能に優れ、糖応答ゲルとして十分な機能を発揮できることが確認できた。
【0078】
なお、本発明は、本実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能であり、例えば、上述した実施の形態において、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)と、実施例である本発明のフェニルボロン酸系単量体のサンプル1(FPBA)とを重合させる任意の割合として、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)と、実施例である本発明のフェニルボロン酸系単量体のサンプル1(FPBA)とをモル比90/10〜70/30の範囲や種々の割合に調合しても、一般的な生体温度(35℃〜37℃)付近で、グルコース濃度に応じて大きく膨潤させることができ、かくして下部臨界共溶温度(LCST)を利用した糖応答ゲルとして十分な機能を発揮することができる。
【0079】
また、上述した実施の形態において、糖類として、グルコースを適用した場合について述べたが本発明はこれに限らず、ガラクトース、マンノース又はフルクトース等の1,2ジオール、1,3ジオール構造を含む他の糖類、またはポリビニルアルコールなどの水酸基含有高分子を適用してもよい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
【化1】

(RはH又はCHであり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、Rは2価の連結基を示す)
で表される
ことを特徴とするフェニルボロン酸系単量体。
【請求項2】
前記一般式(1)が下記一般式(2)
【化2】

(mは0又は1以上の整数である)
で表される
ことを特徴とする請求項1記載のフェニルボロン酸系単量体。
【請求項3】
前記mが1以上である
ことを特徴とする請求項2記載のフェニルボロン酸系単量体。
【請求項4】
下記一般式(3)
【化3】

(RはH又はCHであり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、lが2以上の整数であり、Rは2価の連結基を示す)
で表される
ことを特徴とするフェニルボロン酸系重合体。
【請求項5】
前記一般式(3)が下記一般式(4)
【化4】

(mは0又は1以上の整数である)
で表される
ことを特徴とする請求項4記載のフェニルボロン酸系重合体。
【請求項6】
N-イソプロピルアクリルアミド、N-(ヒドロキシメチル)アクリルアミド及びN-イソプロピルメタクリルアミドのうち少なくともいずれか1つが、請求項1〜3のうちいずれか1項記載のフェニルボロン酸系単量体と重合している
ことを特徴とするフェニルボロン酸系重合体。
【請求項7】
請求項1〜3のうちいずれか1項記載のフェニルボロン酸系単量体がN-イソプロピルメタクリルアミドと任意の割合で重合することで得られる
ことを特徴とするフェニルボロン酸系重合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−140537(P2011−140537A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−821(P2010−821)
【出願日】平成22年1月5日(2010.1.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業 「ナノバイオ・インテグレーション研究拠点」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】