説明

フジツボキプリス幼生のセメント腺に発現するプロテアーゼインヒビター遺伝子とそれらがコードするペプチド

【課題】フジツボキプリス幼生のセメント腺に発現するプロテアーゼインヒビター遺伝子とそれらがコードするペプチドを提供する。
【解決手段】微細解剖技術と分子生物学的手法により、フジツボキプリス幼生のセメント腺において特異的に発現し、分泌されるプロテアーゼインヒビターペプチド、並びにこれらペプチドをコードする遺伝子を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フジツボキプリス幼生のセメント腺で合成され、分泌されるプロテアーゼインヒビターペプチド、並びにそのペプチドをコードする遺伝子に関する。
【背景技術】
【0002】
フジツボ付着の防御剤としては、有機スズ化合物が用いられてきたが、その毒性から2007年には、世界中で完全に禁止される。その代用品の亜酸化銅についても多くの問題があり、早急に安全かつ強力な防御剤の開発が求められている。
【0003】
海洋中で岩などに付着接着し、生態を維持しているフジツボやイガイ、カキなどは、セメントと称されるタンパク質複合体を分泌して、海水中で強く付着することができることが知られている。これらの無脊椎動物が分泌する接着タンパク質は、バイオ接着剤として、医学、薬学、歯学、水中での腐食表面被服材料、導電性電子材料への応用が期待されている。このため、フジツボが生成する難溶解性のタンパク質複合体を塩水または湿潤環境下における接着剤として使用するため、フジツボの成体の接着タンパク質の接着タンパク質、およびその遺伝子が同定されている(特許文献1〜8)。
【0004】
また、フジツボの幼生付着セメントは、タンパク質でできているにも関わらず海洋環境下において分解されにくいという特性を有している。一般的にタンパク質が海洋環境のような微生物で満ち溢れた環境下におかれると、微生物が分泌するプロテアーゼによって速やかに分解されるはずである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−228985号公報
【特許文献2】特開平7−265081号公報
【特許文献3】特開平9−47288号公報
【特許文献4】特開平9−299089号公報
【特許文献5】特開平10−327867号公報
【特許文献6】特開平11−332572号公報
【特許文献7】特開平11−332573号公報
【特許文献8】特開2004−105143号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、フジツボの幼生付着セメントは、タンパク質でできているにも関わらず海洋環境下において分解されにくい。よって、本発明者等は、このセメント中には海洋中の微生物が分泌するプロテアーゼを阻害する物質である新規のプロテアーゼインヒビターが存在するのではないかと考えた。
このプロテアーゼインヒビターを、分解もしくは阻害することができれば、フジツボが基盤等に付着するのを抑制できる可能性があり、フジツボ付着の防御剤の開発に大きな進展をもたらすことが期待される。
そこで、本発明は、フジツボ付着の防御剤の開発に利用可能なペプチド資源および遺伝子資源である、フジツボキプリス幼生のセメント腺に発現するプロテアーゼインヒビターペプチドおよびこれをコードする遺伝子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題を解決するため、鋭意検討を重ねた結果、微細解剖技術と分子生物学的手法を組み合わせて、フジツボキプリス幼生のセメント腺から新規プロテアーゼインヒビターを発見、同定した。すなわち、セメントとセメント関連タンパク質の前駆体タンパク質を生産するセメント腺(細胞)に注目し、小さな動物プランクトンであるフジツボキプリス幼生から100ミクロン以下しかないセメント腺を無傷で単離、集積した。ついで、この単離セメント腺からtotal RNAを抽出し、高品質の単離セメント腺cDNAライブラリーを構築した。そこから576個のクローンをランダムに選択し、その配列の中からプロテアーゼインヒビターをコードする遺伝子を探索し、その全長配列を決定した。その結果、2群の新規遺伝子群を同定することに成功し、本発明を完成するに至った。
従って、本発明は下記の[1]〜[8]に関する。
【0008】
[1](a)配列番号2もしくは4に記載のアミノ酸配列により表されるペプチド、または(b)配列番号2もしくは4に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチドをコードする遺伝子。
[2](a)配列番号1もしくは3に記載の塩基配列で表されるDNA、または(b)前記(a)のDNAもしくはこれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチドをコードするDNAを特徴とする遺伝子。
[3](a)配列番号2もしくは4に記載のアミノ酸配列により表されるペプチド、または(b)配列番号2もしくは4に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチド。
【0009】
[4](a)配列番号6もしくは8に記載のアミノ酸配列により表されるペプチド、または(b)配列番号6もしくは8に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチドをコードする遺伝子。
[5](a)配列番号5もしくは7に記載の塩基配列で表されるDNA、または(b)前記(a)のDNAもしくはこれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチドをコードするDNAを特徴とする遺伝子。
[6](a)配列番号6もしくは8に記載のアミノ酸配列により表されるタンパク質、または(b)配列番号6もしくは8に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチド。
【0010】
[7] [2]または[5]に記載の遺伝子を含むベクター。
[8] [7]に記載のベクターを用いるペプチドの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、フジツボキプリス幼生のセメント腺に特異的に発現するプロテアーゼインヒビターペプチドおよびこれをコードする遺伝子が提供される。本発明で見出されたプロテアーゼインヒビターペプチドおよびこれをコードする遺伝子は、フジツボ付着防御剤の開発に有用なペプチド資源、および遺伝子資源となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】配列番号4記載のペプチドとWAP型プロテアーゼインヒビターとのClustalWによるアラインメントを示す図である。Rat: Mus musculus (Mouse) [TaxID:10090] Accession number:P01174Mouse: Rattus norvegicus (Rat) [TaxID:10116] Accession number:P01173Rabit: Oryctolagus cuniculus(Rabbit) [TaxID:9986] Accession number:P09412 点線囲いはシステイン 残基の保存の様子を示す。
【図2】配列番号8記載のペプチドとKunitz型セリンプロテアーゼインヒビターとのDNASIS−Pro(Hitachi)によるアラインメントを示す図である。M.rosa_PI:配列番号8viper_AAB20567:leaf-nosed viper(まむしの一種)から得られたKunitz trypsin inhibitor (gene accession number:AAB20567)cobra_P20229:Naja naja(コブラの一種)から得られたKunitz trypsin inhibitor(gene accession number:P20229)。 点線囲いはシステイン 残基の保存の様子を示しており、実線囲いは良く保存された領域を示している。
【図3】配列番号4記載のペプチドの大量発現について示す図である。(A)SDS−PAGE(12.5%gel、CBB stain)による解析結果である。(B)BD Universal His−Tag Western Detection Kit(BD Clontech社)による解析結果である。Lane1:分子量マーカー ; Lane2:0hr培養 Soluble ; Lane3:0hr培養 Insoluble;Lane4:37℃、7hr培養 Soluble(+IPTG) ; Lane5:37℃、7hr培養 Insoluble(+IPTG)、Lane6:37℃、7hr培養 Soluble(-IPTG) ; Lane7:37℃、7hr培養 Insoluble(-IPTG)、LB培地で25℃、200rpmで培養。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において、フジツボとは、例えばアカフジツボ(Megabalanus rosa)から得られたものであるが、近種のミネフジツボ(Balanus rostratus)、タテジマフジツボ(Balanus amphitrite)、チシマフジツボ(Semibalanus cariosus)、カメノテ(Capitulum mitella)等の蔓脚類を挙げることができる。これらフジツボのキプリス幼生のセメント腺に発現するプロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチドにつき詳細に説明する。
(1)遺伝子
本発明の遺伝子は、以下の(a) または(b)のペプチドをコードする遺伝子である。
(a) 配列番号2,4,6および8に記載のアミノ酸配列により表されるペプチド
(b) 配列番号2,4,6および8に記載のアミノ酸配列において、一若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつ(a)のペプチドと同様の性質を有するペプチド
【0014】
ここで、欠失、置換若しくは付加とは、遺伝子配列に基づいて作製された適当なPCRプライマーを用いて、フジツボセメント腺から得られたmRNAまたはcDNAを鋳型としてPCRを行って得ることができる(複雑な分子種を反映)。また、当該技術分野において常用される技術、たとえば、部位特異的変異誘発法(Nucleic Acids Res. Vol. 10, 6487-6500, 1982)により作製することもできる。また、本発明の遺伝子は、アカフジツボから得られたものであるが、近種のミネフジツボ、タテジマフジツボ、チシマフジツボ、カメノテなど蔓脚類にも同様なタンパク質があり、これらは前記アミノ酸配列と全く同じか、あるいは1もしくは複数個のアミノ酸のみ異なるものであることが期待され、これらもまた「1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列」に含まれる。
【0015】
なお、(a)と同様の性質を有するとは、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有することを意味する。
【0016】
本発明の遺伝子は下記の実施例に示す方法によっても得ることができるが、遺伝子配列はすでに決定されているので(配列番号1,3,5および7)、その配列から適当なプライマーを作製し、フジツボキプリス幼生のセメント腺、またはキプリス幼生から得られたtotal RNAまたはmRNAを鋳型として、PCRを行うことによっても得ることができる。
配列番号1,3、5および7に示されるDNA配列を有する遺伝子は、海洋微生物が生産するプロテアーゼを阻害する活性を持つペプチドをコードする。これらのペプチドを分解、阻害することができれば、、基盤等に付着しているフジツボを容易に剥がすことができる可能性があるため、フジツボの付着防御剤を開発するためのペプチド資源として有用である。
【0017】
また、本発明は、配列番号2,4、6および8に記載のアミノ酸配列により表されるペプチドと同様の性質を有し、配列番号1,3、5および7に記載の塩基配列で表されるDNAまたはそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするフジツボ由来の遺伝子を包含する。
これらの遺伝子は、例えば、タテジマフジツボ、チシマフジツボ、ハナカゴなど蔓脚類のキプリス幼生のセメント腺から市販のRNA抽出キットを用いてRNAを抽出し、実施例1と同様にcDNAライブラリーを構築する。一方、配列番号1,3、5および7に記載の塩基配列に基づいて、市販のキットを用いて、DIGプローブまたは放射性プローブを作製し、ストリンジェントな条件でコロニーハイブリダイゼーションを行うことにより、得ることができる。
【0018】
なお、本発明における「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起こり、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件を言う。この条件とは、通常、「1xSSC、0.1%SDS、37℃」程度であり、好ましくは「0.5xSSC、0.1%SDS、42℃」程度、更に好ましくは「0.2xSSC、0.1%SDS、65℃」程度である。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、配列番号1,3、5および7に記載の塩基配列で表されるDNAと通常高い相同性を有する。高い相同性とは、60%以上の相同性、好ましくは75%以上の相同性、更に好ましくは90%以上の相同性を指す。
【0019】
(2)ペプチド
本発明のペプチドは、以下の(c)、 (d)、または(e)に示すタンパク質を包含する。
(c)配列番号2,4,6および8に記載のアミノ酸配列により表されるペプチド
(d)配列番号2,4,6および8に記載のアミノ酸配列において、一若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつ(a)のペプチドと同様の性質を有するペプチド
(e)配列番号1,3、5および7に記載の塩基配列で表されるDNAまたはそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードするフジツボ由来のペプチドであって、配列番号2,4、6および8に記載のアミノ酸配列により表されるペプチドと同様の性質を有するタンパク質
ここで、「欠失、置換若しくは付加」および、「(a)と同様の性質を有する」の意味は、上述の遺伝子の場合と同様である。
【0020】
(e)のペプチドはDNA同士のハイブリダイゼーションを利用することで得られるフジツボ由来のペプチドである。(e)のペプチドにおける「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起こり、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件を言う。この条件とは、通常、「1xSSC、0.1%SDS、37℃」程度であり、好ましくは「0.5xSSC、0.1%SDS、42℃」程度、更に好ましくは「0.2xSSC、0.1%SDS、65℃」程度である。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、配列番号1,3に記載の塩基配列で表されるDNAと通常高い相同性を有する。高い相同性とは、60%以上の相同性、好ましくは75%以上の相同性、更に好ましくは90%以上の相同性を指す。
【0021】
本発明のペプチドは、実施例に記載の方法によっても得ることができるが、より簡便にはすでに遺伝子配列1,3、5および7が明らかになっているので、上述の本発明の遺伝子を適当な発現ベクターに挿入し、その遺伝子を大腸菌、酵母、昆虫細胞などの適当な宿主中で発現させることにより、生産することができる。ここで、使用するベクタ−システムとしては、pET系(Novagen)、pYES系(Invitrogen)pIZT系(Novagen)、BacVector系(Novagen)、ViraPowerアデノウィルス発現系(Invitrogen)などが挙げられる。宿主としては、BL21(Novagen)、Rosetta-gami(DE3)pLys(Novagen)、INVSc(Invitrogen)、Sf9(Novagen)などが挙げられる。
【0022】
また、本発明のペプチドは、上述の本発明の遺伝子を適当なベクターに挿入するか、適当な方法でPCR反応させることで、無細胞タンパク質発現系を用いて生産することができる。無細胞系の例としては、たとえば、ラピッドトランスレーションシステム(ロッシュ社)などを挙げることができる。
なお、本発明の遺伝子はすべてシグナルペプチド配列を含むため、ORF全長配列を持つペプチドを発現させる場合は、そのペプチドは、宿主細胞外へ分泌される。ペプチドを細胞内で生産させる場合は、シグナルペプチド配列部分を除去した後、発現ベクターに挿入する必要がある。
【実施例】
【0023】
以下の実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1]アカフジツボキプリス幼生のセメント腺の全長cDNAライブラリーの作製
変態直後(0〜2日令)の若いキプリス幼生50個体からセメント腺100個を単離(Okano et al., J. Exp. Biol., vol. 199, 2131-2137, 1996)後、集積し、市販のRNA抽出キット(NucleoSpin RNA II kit, MN社)を用いてトータルRNAを抽出した。このRNAを用いて、全長配列のライブラリー化に適するCreator SMART cDNA library construction kit(BD Clontech社)を使用し、cDNAライブラリーを構築した。使用したベクターはBD社のマニュアルに従い、pDNR-LIBを用いた。形質転換には、大腸菌JM109を用いた。ただし、セメント腺から抽出されるトータルRNA量が微量であったため、sscDNAの段階でNucleospin extraction kit (MN社)による精製と濃縮のプロセスを導入した。この操作を除き、他の操作はCreator SMART cDNA library construction kitのマニュアルに従った。作製したライブラリーは、cg1f(Cement Gland-derived 1st Full length cDNA library) ライブラリーと命名した。
【0024】
[実施例2]アカフジツボキプリス幼生のセメント腺の全長cDNAライブラリーからランダムに選ばれた576クローンのプラスミド抽出とその挿入5’末端配列のシークエンスによるEST(Expressed Sequence Tag)データベースの作製
cDNAライブラリーからランダムに576クローンを選択し、#1A1~#6H12と命名し、それぞれからプラスミド抽出機を用いてプラスミドを抽出した。得られたプラスミドは、シークエンス用プライマーTCGACGGTACCGGACATATG(pDNR-LIB vector 46-65)を用いて、ABI 377シークエンサー(秋田県立大学支援センター)を用いて、それぞれの挿入5’端配列を決定した。
【0025】
[実施例3]ESTデータベースからのプロテアーゼインヒビターをコードする遺伝子の同定とその全長配列の確定
作製されたESTデータベースからBLAST検索を行い、既知のプロテアーゼインヒビターと相同性があるペプチドをコードする遺伝子を探索した。ついで、特に機能ドメインを確実に有するペプチドをコードする遺伝子cg1f#2E11、cg1f#4D5を選び出し、適切なプライマーを用いて、5’非翻訳領域からポリA部分にいたる完全長配列を得た。さらに選抜されたcg1f#2E11、cg1f#4D5についてのDNA配列情報は、遺伝子情報管理ソフトDNASIS Pro(Hitachi )を用いて、ORF検索をまた、Signal P プログラムにより、シグナルペプチド部分の同定をおこなった。
配列番号1はcg1f#2E11のORF部分の塩基配列、配列番号2は演繹的に求めたORF部分のアミノ酸配列,配列番号3はcg1f#2E11のシグナルペプチド配列部分を除いた成熟ペプチドをコードする塩基配列、配列番号4は、演繹的に求めた成熟ペプチド配列である。
一方、配列番号5はcg1f#4D5のORF部分の塩基配列、配列番号6は演繹的に求めたORF部分のアミノ酸配列,配列番号7はcg1f#4D5のシグナルペプチド配列部分を除いた成熟ペプチドをコードする塩基配列、配列番号8は、演繹的に求めた成熟ペプチド配列である。
BLAST検索の結果では、配列番号4はWAP(whey acidic protein)型のプロテアーゼインヒビターに特徴的な一定間隔で並んだ8個のシステインからなる”four-disulfide domain“を有していたが、N末端、C末端部分にはフジツボ特徴的なアミノ酸配列を持っていた(図1)。配列番号8はKunitz型セリンプロテアーゼインヒビターに特徴的なsignature配列を有していたが、N末端にはフジツボに特徴的なアミノ酸配列を有していた(図2)。
【0026】
[実施例4]大腸菌による組換えタンパク質の発現1
配列番号4のペプチドをコードする遺伝子(配列番号3)を増幅するため、プライマーセット(f-WAP-2E11-pET32exp、5’-GG GAATTC TACCCAAGCGGTTCCAGC-3'、r-WAP-2E11-pET32exp、5’-GGG CTCGAG TTAGCTTCGGCACTGATT-3’)を用いた。PCR産物は制限酵素消化、精製後、大腸菌発現系pET32aベクター(Novagen)のEcoRI-XhoI部位にライゲートし、大腸菌Rossetta-gami(DE3)pLysS(Novagen)を用いて大量発現した。その結果得られたタグ付きタンパク質(23kDa)は、可溶化された状態で、大量に発現させることができることが明らかとなった(図3)。この組換え融合タンパク質はHis(6)タグに対するaffinity chromatographyにより、精製した後、タグ部分をエンテロキナーゼで除去し、再度タグ部分だけをHis(6)タグに対するaffinity chromatographyにより除去することにより、活性の測定が可能なレベルまで精製することができた。
【0027】
[実施例5]大腸菌による組換えタンパク質の発現2
配列番号2、6および8のペプチドをコードする遺伝子(配列番号1、5、7)を増幅するため、プライマーセット(f-WAP-2E11-pET32exp、5’-GG GAATTC TACCCAAGCGGTTCCAGC-3'、r-WAP-2E11-pET32exp、5’-GGG CTCGAG TTAGCTTCGGCACTGATT-3’)を用いた。PCR産物は制限酵素消化、精製後、大腸菌発現系pET32aベクター(Novagen)のEcoRI-XhoI部位にライゲートし、大腸菌Rossetta-gami(DE3)pLysS(Novagen)を用いて大量発現した。その結果得られたタグ付きタンパク質(23kDa)は、可溶化された状態で、大量に発現させることができることが明らかとなった。この組換え融合タンパク質はHis(6)タグに対するaffinity chromatographyにより、精製した後、タグ部分をエンテロキナーゼで除去し、再度タグ部分だけをHis(6)タグに対するaffinity chromatographyにより除去することにより、活性の測定が可能なレベルまで精製することができた。
【0028】
実施例4、5記載のペプチドは、プロテアーゼ阻害活性を有している。従って、フジツボの幼生付着セメントタンパク質の分解を阻止することができる。これらのペプチドを分解または阻害できればフジツボの幼生付着セメントタンパク質が分解されやすくなり、フジツボは容易に基盤等から剥がしやすくなるため、新たな付着防御剤の開発に利用可能である。また、これらのペプチドはフジツボキプリス幼生の生体防御機能をもつ。さらに、広く一般的なプロテアーゼ等に関しても阻害活性を有するので、医薬品の開発等に利用可能である。
尚、これらのペプチドは抗菌活性も有している。従って、抗菌剤等の開発等にも利用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0029】
フジツボキプリス幼生のセメント腺は、キプリス幼生の付着に必須のセメントを合成、貯蔵し、分泌するために特殊化した幼生器官である。フジツボキプリス幼生のセメント腺から分泌されるタンパク質は、フジツボの付着の鍵をにぎる。本発明のプロテアーゼインヒビターペプチド、並びにそれらをコードする遺伝子は、フジツボの付着セメントの分解を抑制する。よって、これらのペプチドを分解または阻害できれば、付着したフジツボは容易に基盤等から剥がしやすくなるため、新たな付着防御剤の開発に有用な遺伝子資源、ペプチド資源を提供することが可能である。
また、本発明のプロテアーゼインヒビターペプチドは海洋微生物に対する抗菌性を持つことが考えられるため、例えば、魚介類による食中毒防止用の抗菌剤等の開発に有用な遺伝子資源、ペプチド資源を提供することが可能である。
さらに、プロテアーゼインヒビターは医薬品としてもっとも利用価値の高いターゲットの1つであるが、本発明のプロテアーゼインヒビターペプチドは構造的に新規性が高く、これまでのプロテアーゼインヒビターと異なった基質特異性を有する可能性が高い。よって、新たな医薬品開発に有用な遺伝子資源、ペプチド資源を提供することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)配列番号2もしくは4に記載のアミノ酸配列により表されるペプチド、または
(b)配列番号2もしくは4に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチド
をコードする遺伝子。
【請求項2】
(a)配列番号1もしくは3に記載の塩基配列で表されるDNA、または
(b)前記(a)のDNAもしくはこれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチドをコードするDNA
を特徴とする遺伝子。
【請求項3】
(a)配列番号2もしくは4に記載のアミノ酸配列により表されるペプチド、または
(b)配列番号2もしくは4に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチド。
【請求項4】
(a)配列番号6もしくは8に記載のアミノ酸配列により表されるペプチド、または
(b)配列番号6もしくは8に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチド。
をコードする遺伝子。
【請求項5】
(a)配列番号5もしくは7に記載の塩基配列で表されるDNA、または
(b)前記(a)のDNAもしくはこれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチドをコードするDNA
を特徴とする遺伝子。
【請求項6】
(a)配列番号6もしくは8に記載のアミノ酸配列により表されるペプチド、または
(b)配列番号6もしくは8に記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列により表され、かつフジツボキプリス幼生のセメント腺に発現し、プロテアーゼ阻害活性および/または抗菌活性を有するペプチド。
【請求項7】
請求項2または5に記載の遺伝子を含むベクター。
【請求項8】
請求項7に記載のベクターを用いるペプチドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−273691(P2010−273691A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−204748(P2010−204748)
【出願日】平成22年9月13日(2010.9.13)
【分割の表示】特願2005−98634(P2005−98634)の分割
【原出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】