説明

フタロシアニン錯体結晶の製造方法

【課題】従来よりも環境負荷を軽減し、穏やかな条件下で簡便にβ型フタロシアニン(β−Pc)を製造する方法の提供。
【解決手段】中心金属が銅、ニッケル、鉄、チタニル、亜鉛、バナジル、リチウム及びガリウムから選択され、置換基としてハロゲンを有していても良い特定なフタロシアニン錯体を、一般式(2)で表される溶媒に溶解し、得られた溶液と上記溶媒よりもフタロシアニン錯体の溶解度が低い溶媒とを混合し、β−Pc錯体の結晶を析出させβ−Pc得る。


(RはC8〜18、好ましくは12〜14のアルキル基を表し、XはH、またはアルカリ金属を表す)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フタロシアニン錯体結晶の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フタロシアニンは、多数の錯体や誘導体が存在する有機分子であり、顔料としての用途に加えて、ガスセンサ、太陽電池、光学素子、電子写真感光体、有機電解発光素子等への応用について研究が行われている。
【0003】
中でも、銅フタロシアニンは、光電子工学の分野で、最近注目を集めている、技術的に重要な材料である。その上、銅フタロシアニンの結晶は、青系から緑系の色を呈するため、すこぶる有益な有機顔料として使用されている。工業的には、殆どα型またはβ型の銅フタロシアニンが顔料として使用されており、その代表的な製造方法は晶析である。
【0004】
通常、フタロシアニン錯体は、一般の有機溶媒に極めて難溶である。フタロシアニン錯体を溶解できる溶媒は、濃硫酸、またはトリフルオロ酢酸(TFA)等のような少数の強酸、および1−クロロナフタレンのような特殊溶媒に限られている(非特許文献1〜3)。
【0005】
フタロシアニン錯体結晶の製造方法としては、銅フタロシアニンとフタロシアニン誘導体とを有機酸と硫酸等の無機酸との混合酸に溶解した後、貧溶媒によって析出させるという製造方法が開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−271564(公開日:平成5年(1993年)10月19日)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】F. H. Moser, A. L. Thomas, The Phthalocyanines: Vol.2, Manufacture and Applications, CRC, 1983.
【非特許文献2】H. Yamanouchi, K. Irie, T. Saji, Chemistry Letters 10-11, 2000
【非特許文献3】T. Harazono and I. Takagishi, Bull. Chem. Soc. Jpn., 66, 1016-1023, 1993
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、硫酸を溶媒として用いた場合、フタロシアニン錯体の結晶を析出させる際に水を加えると過剰な熱が放出されるため非常に手間がかかっていた。硫酸等の無機酸と有機酸との混合酸を使用する方法では、発熱を避けることはできるが、酸を混合する工程に時間と手間がかかっていた。また、1−クロロナフタレン、またはTFAとジクロロメタンとを混合した溶媒も使用されているが、環境負荷が大きいため、その使用は限られていた。
【0009】
このように、フタロシアニン錯体結晶の製造は、好適な良溶媒が存在しないため、穏やかな条件下で簡便にフタロシアニン錯体を溶解させることが困難であった。
【0010】
従って、穏やかな条件下で溶解可能であり、かつ簡便な工程で安定したフタロシアニン錯体の結晶を析出可能であるフタロシアニン錯体結晶の製造方法が強く望まれていた。
【0011】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、従来よりも環境負荷を軽減し、かつ安定したフタロシアニン錯体結晶を穏やかな条件下で簡便に製造可能な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係るフタロシアニン錯体結晶の製造方法は、上記課題を解決するために、一般式(1)
【0013】
【化1】

【0014】
(式中Mは、銅、ニッケル、コバルト、鉄、チタニル、亜鉛、バナジル、リチウム、およびガリウムからなる群から選択される1種を表し、R〜R16は、それぞれ独立して、水素またはハロゲンを表す)で表されるフタロシアニン錯体を、
一般式(2)
【0015】
【化2】

【0016】
(式中、Rは炭素数8〜18のアルキル基を表し、Xは水素、またはアルカリ金属を表す)
で表される化合物を含む溶媒に溶解させる溶解工程、および
上記溶解工程で得られる溶液と上記溶媒よりもフタロシアニン錯体の溶解度が低い溶媒とを混合し、上記フタロシアニン錯体の結晶を析出させる析出工程、
を含むことを特徴としている。
【0017】
上記方法によれば、従来よりも環境負荷が軽減され、かつ安定したフタロシアニン錯体結晶を穏やかな条件下において簡便に製造することが可能となる。
【0018】
本発明に係るフタロシアニン錯体結晶の製造方法は、上記Rが炭素数12〜14のアルキル基であることが好ましい。
【0019】
本発明に係るフタロシアニン錯体の製造方法では、上記一般式(1)におけるR〜R16は、水素であることが好ましい。
【0020】
上記方法によれば、上記フタロシアニン錯体結晶を一般式(2)で表される溶媒に好適に溶解させることが可能となり、安定したフタロシアニン錯体結晶をより穏やかな条件下において簡便に製造することが可能となる。
【0021】
本発明に係るフタロシアニン錯体の製造方法では、上記溶解工程で得られる溶液を有機溶媒で希釈する希釈工程を更に含むことが好ましい。
【0022】
上記希釈工程によれば、上記溶解工程で得られる溶液の濃度および粘度を調節することが可能となり、安定したフタロシアニン錯体結晶をより穏やかな条件下において簡便に製造することが可能となる。
【0023】
本発明に係るフタロシアニン錯体の製造方法では、希釈工程で用いる上記有機溶媒は、ベンゼン、トルエン、およびヘキサンからなる群から選択される少なくとも1種の溶媒であることが好ましい。
【0024】
本発明に係るフタロシアニン錯体の製造方法では、上記析出工程で用いる溶媒は、水、2−プロパノール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、アセトニトリル(AN)、テトラヒドロフラン(THF)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ベンジルアルコール、または2−フェニルエタノールからなる群から選択される少なくとも1種の溶媒であることが好ましい。
【0025】
上記方法によれば、フタロシアニン錯体結晶を安定して析出することが可能となる。
【0026】
本発明に係るフタロシアニン錯体の製造方法では、上記析出工程によって析出されるフタロシアニン錯体の結晶は、β型のフタロシアニン錯体の結晶のみであることが好ましい。尚、工程の簡略化の観点から、析出工程後に熟成を行わないことが望ましい。
【0027】
本発明に係る溶媒は、上記課題を解決するために、上記本発明に係る製造方法における上記溶解工程で用いられる溶媒であって、
一般式(2)
【0028】
【化3】

【0029】
(式中、Rは炭素数8〜18のアルキル基を表し、Xは水素、またはアルカリ金属を表す)
により表される構造を有することを特徴としている。
【0030】
上記溶媒を用いることで、上記フタロシアニン錯体結晶を好適に溶解させることが可能となり、安定したフタロシアニン錯体結晶をより穏やかな条件下において簡便に製造することが可能となる。
【0031】
本発明に係る溶媒は、上記Rが炭素数12〜14のアルキル基であることが好ましい。
【発明の効果】
【0032】
本発明に係る溶媒を用いることで、従来よりも環境負荷を軽減し、かつ安定したフタロシアニン錯体を穏やかな条件下で簡便に製造可能な製造方法を提供することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の実施例1に係る、DBSA中に溶解したCuPcのUV−VISスペクトルを表す図である。
【図2】本発明の実施例1および2に係る、アセトニトリル(AN)中で析出させたCuPc粒子のFTIRスペクトルとテトラヒドロフラン(THF)中で析出させたCuPc粒子のFTIRスペクトルとを表す図である。
【図3】本発明の実施例1、2および3に係る、アセトニトリル(AN)中で析出させたCuPc粒子のX線回析パターンとテトラヒドロフラン(THF)中で析出させたCuPc粒子のX線回析パターンとN−メチル−2−ピロリドン(NMP)中で析出させたCuPc粒子のX線回析パターンとを表す図である。
【図4】本発明の実施例2に係る、THF中で再沈殿させたCuPc粒子を走査型電子顕微鏡を用いて撮影した図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0035】
本発明に係るフタロシアニン錯体結晶の製造方法は、上記本発明に係るフタロシアニン錯体を溶媒に溶解させる溶解工程(「溶解工程」という)、およびフタロシアニン錯体の結晶を析出させる析出工程(「析出工程」という)を含むことを特徴としている。
【0036】
本発明に係るフタロシアニン錯体結晶の製造方法には、上記2つの工程にフタロシアニン結晶の製造において含まれ得るその他の工程が含まれていてもよい。その他の工程としては、例えば、溶解工程で得られる溶液を有機溶媒で希釈する希釈工程(「希釈工程」という)、および上記結晶の析出後に当該結晶を回収する工程などが挙げられる。
【0037】
<a.溶解工程>
上記溶解工程とは、
一般式(1)
【0038】
【化4】

【0039】
(式中Mは、銅、ニッケル、コバルト、鉄、チタニル、亜鉛、バナジル、リチウム、およびガリウムからなる群から選択される1種を表し、R〜R16は、それぞれ独立して、水素またはハロゲンを表す)
で表されるフタロシアニン錯体を、
一般式(2)
【0040】
【化5】

【0041】
(式中、Rは炭素数8〜18、好ましくは12〜14のアルキル基を表し、Xは水素またはアルカリ金属を表す)
で表される化合物を含む溶媒に溶解させる工程である。
【0042】
上記溶解工程において、上記フタロシアニン錯体は、R〜R16が水素であることが好ましい。より好ましくは、上記フタロシアニン錯体は、銅フタロシアニンである。
【0043】
一般式(2)においてRで表される上記アルキル基は、直鎖アルキル基、または分枝アルキル基であってもよい。上記アルキル基の炭素数は、8〜18、好ましくは12〜14である。より好ましくは、上記アルキル基はドデシル基である。
【0044】
一般式(2)におけるXは、水素である。Xがアルカリ土類金属である場合は別途当該モル数以上の酸(水素イオン)を添加する必要がある。当該アルカリ金属としては、ナトリウム、カリウム等が挙げられる。上記Xとしては水素、またはナトリウムであることが好ましい。
【0045】
また、上記溶媒は、最も好ましくは、ドデシルベンゼンスルホン酸(以下、DBSAと称する)である。
【0046】
尚、上記一般式(2)で表される化合物を含む溶媒は、フタロシアニン錯体の架橋窒素部位と上記一般式(2)で表される化合物とがイオン対(NHSR)を形成すると考えられ、これにより、フタロシアニン錯体を好適に溶解できると考えられる。
【0047】
更には、上記一般式(2)で表される化合物を含む溶媒は、フタロシアニン錯体を溶解する、良溶媒としての役割に加えて、フタロシアニン錯体を再沈殿させる際のフタロシアニン錯体結晶の分散剤としても働き、その結果、即座に安定に分散した超微細結晶が得られる。
【0048】
また、上記溶媒は、フタロシアニン錯体を溶解させた状態で、大部分の有機溶媒と混合させることができる。このため、上記溶解工程において、上記溶媒を用いることで、上記溶媒と共に他の有機溶媒で希釈することが可能となり、フタロシアニン錯体溶液の濃度と粘性とを調節することが可能となる。
【0049】
例えば、上記溶媒としてDBSAを用い、フタロシアニン錯体として銅フタロシアニン(以下、CuPcと称する)を用いた場合では、CuPc/DBSA溶液は、その溶解状態を保ちながら、ほとんどすべての割合でトルエンおよびヘキサンの両者により希釈することができる。このため、広範囲にわたってCuPc/DBSA溶液の濃度と粘性とを調節することが可能である。
【0050】
また、上記一般式(2)で表される化合物を含む溶媒は、ほとんどの有機溶媒と混和できるため、多くの種類の溶媒と組み合わせることができる。つまり、上記一般式(2)で表される化合物を含む溶媒を用いることで、フタロシアニン錯体を析出させるための溶媒の選択肢が広がり、所望の大きさ、形状等の結晶を作製することが可能となる。
【0051】
溶解工程に使用する、上記一般式(2)で表される化合物以外の溶媒としては、特には限定されず、例えば、後述する「希釈工程」で使用される溶媒が挙げられる。
【0052】
上記一般式(2)で表される化合物を含む溶媒における、上記一般式(2)で表される化合物の濃度は、フタロシアニン錯体を溶解することができれば特には限定されず、例えば、70〜100質量%の範囲内、より好ましくは90〜100質量%の範囲内、最も好ましくは100質量%である。
【0053】
上記溶解工程では、フタロシアニン錯体を上記溶媒に好適に溶解できれば、どのような方法で混合してもよい。具体的には、フタロシアニン錯体結晶を微小流体ミキサー、または電磁攪拌機等を使用して上記溶媒と混合してもよい。
【0054】
混合する際の温度については特には限定されないが、例えば、5〜140℃で混合してもよく、または室温で混合してもよい。混合時間についても、本発明に係るフタロシアニン錯体が好適に溶解すれば特には限定されず、通常は10分〜24時間程度とすることができる。
【0055】
<b.希釈工程>
上記希釈工程とは、上記溶解工程で得られる上記フタロシアニン錯体溶液を有機溶媒で希釈する工程である。
【0056】
上記希釈工程において、上記有機溶媒は、ベンゼン、トルエン、およびヘキサン等の低極性溶媒、またはこれらの組み合わせが好適に使用できる。
【0057】
また、上記希釈工程においては、上記フタロシアニン錯体溶液と上記有機溶媒とが好適に混合できれば、どのような方法を用いて希釈してもよい。例えば、電磁攪拌機等を用いて攪拌しながら希釈してもよい。
【0058】
また、上記希釈工程においては、粘性と濃度とを調節するために、上記有機溶媒を上記フタロシアニン錯体溶液に対して1体積%以上100体積%以下の割合で希釈することが好ましい。
【0059】
<c.析出工程>
上記析出工程とは、上記フタロシアニン錯体溶液と一般式(2)で表される溶媒よりもフタロシアニン錯体の溶解度が低い溶媒とを混合し、上記フタロシアニン錯体の結晶を析出させる工程である。
【0060】
ここで、「溶解度」とは、物質(溶質)が他の物質(溶媒)に溶解する限度をいう。
【0061】
上記析出工程で用いる溶媒は、水、2−プロパノール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、アセトニトリル(AN)、テトラヒドロフラン(THF)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ベンジルアルコール、2−フェニルエタノール等、またはこれらの組み合わせを含み得る。
【0062】
上記フタロシアニン錯体溶液と一般式(2)で表される溶媒よりもフタロシアニン錯体の溶解度が低い溶媒との混合方法については、特には限定されないが、例えば、スプリットアンドリコンバイン(split-and-recombine)ミキサー等を用いて行うことができる。ここで、上記フタロシアニン錯体溶液をミキサーに流入する速度は、例えば、10μl〜20mlの範囲内とすることができる。
【0063】
混合する際の温度及び時間についても特には限定されないが、例えば、−10〜300℃、好ましくは5〜200℃の範囲内の温度、0.01ミリ秒〜20時間の範囲内の時間とすることができる。なお、混合時間が短い場合は、マイクロ混合器を利用することが好ましい。また、貧溶媒液中に顔料溶液を微少量ずつ添加することにより、短時間(0.01ミリ秒〜1秒程度)での混合が可能である。一方、混合時間が長い場合は、たとえば、プロペラ混合器などで攪拌している容器に徐々に貧溶媒を添加するなどの方法によって、溶液の組成を徐々にかえることで、当該溶液の溶解度を長時間かけてゆっくり変化させ、混合時間を長くすることが出来る。
【0064】
また、上記析出工程で用いられる溶媒の量は、上記フタロシアニン錯体溶液からフタロシアニン錯体を析出させることができれば特には限定されないが、例えば、上記フタロシアニン錯体溶液に対して10体積%以上50体積%以下の割合で加えることが好ましい。
【0065】
上述した方法により、上記析出工程後に熟成を行うことなく、例えば、α型、β型、またはα型とβ型との混合型のフタロシアニン錯体の結晶が得られる。
【実施例1】
【0066】
以下、本発明をCuPcとDBSAとを用いた実施例により具体的に説明する。
【0067】
<CuPc/DBSA溶液の作製>
本実施例に用いたCuPcと70体積%DBSA溶液(2−プロパノール)とはAldrichから購入した。70体積%DBSA溶液は、熱蒸発、および真空蒸発を行い、2−プロパノールを除去してDBSAとして以降の操作に用いた。
【0068】
2−プロパノールを完全に除去した後、電磁攪拌機を用いて20mlのDBSAを混合しながら10mgのCuPcを加え、溶解させた。混合する際のDBSAの温度は25〜140℃で、混合時間は10分〜24時間とした。その結果、非常に粘性のある溶液が得られた。
【0069】
このように作製されたCuPc/DBSA溶液を、その粘性を調節するために10倍量(DBSA1gに対して10ml)のトルエンで希釈して、CuPc/DBSA/トルエン溶液とし、以降のCuPcの析出工程において使用した。
【0070】
CuPc/DBSA溶液は、UV−VIS分光法により吸光度を測定し、結晶構造を確認した。
【0071】
図1に、CuPc/DBSA溶液の光吸収スペクトルを示す。比較するために、CuPc/HSO溶液の吸収スペクトルも示した。
【0072】
図1において、トルエンおよびヘキサンで希釈したCuPc/DBSA溶液の吸収スペクトルについて、それぞれ、点線および破線で示した。CuPc/DBSA/トルエン溶液、およびCuPc/DBSA/ヘキサン溶液のいずれにおいても700nmを中心とする強い吸収が確認された。このことは、CuPcが好適に分散した状態で上記DBSA溶液中で安定であることを示している。
【0073】
<CuPc結晶の析出>
まず、スプリットアンドリコンバイン(split-and-recombine)ミキサーを用いて、CuPc/DBSA/トルエン溶液とアセトニトリル(AN)とを直接混合することでCuPc結晶を析出させた。混合する際の温度は20〜25℃とし、混合時間は200ミリ秒〜2分までとした。CuPc/DBSA/トルエン溶液とアセトニトリルとを一定の流速(2400μL/min)でミキサーに流入するために、シリンジポンプを使用した。なお、本実施例において混合工程における混合温度、混合時間、およびCuPc/DBSA/トルエン溶液の流入速度は一定に保った。
【0074】
上記溶液とANとが接触すると、CuPc/DBSA/トルエン溶液は緑色から青色に即座に変化し、α−CuPc結晶が得られた。
【0075】
CuPc結晶は、非常に繊細であり、洗浄や乾燥のような各工程の間に結晶の構造が変化することが予想されるため、沈殿した粒子の結晶構造は、FTIR分光(フーリエ変換型赤外分光)法によって調べた。
【0076】
アセトニトリル(AN)によって析出させたCuPc/DBSA/トルエン溶液のFTIRスペクトルを図2に示した。
【0077】
図中のシンボルは、各結晶型に特徴的なピークを示し、三角はα−CuPc相、丸はβ−CuPc相、四角はα−CuPcとβ−CuPcとの混合相をそれぞれ示す。図2から、ANによって析出させたCuPc結晶は、α−CuPcであることが示された。なお、図2の(i)および(ii)は波数700cm−1から800cm−1、(iii)は、波数840cm−1から1000cm−1、(iv)は、波数1080cm−1から1180cm−1におけるFTIRスペクトルを示す。
【0078】
また、α−CuPc相とβ−CuPc相とを区別するためのFTIRシグナル特性を表1にまとめた。
【0079】
【表1】

【0080】
表1において、(i)平面外水素結合型であるα−CuPc結晶のシグナル位置は722cm−1であり、β−CuPc結晶のシグナル位置は730cm−1である。(ii)CuPc環の中心部の振動型であるα−CuPc結晶のシグナル位置は770cm−1であり、β−CuPc結晶のシグナル位置は780cm−1である。(iii)未解決のピークは、α−CuPc結晶のシグナル位置は864cm−1、870cm−1、および940cm−1であり、β−CuPc結晶のシグナル位置は877cm−1、および957cm−1ある。(iv)β−CuPcの特徴的なピークは、1100cm−1、および1174cm−1である。
【0081】
<CuPc結晶のX線回析>
析出した結晶を乾燥させ、X線回析(XRD:リガク社製)を行った。図3に、ANにより析出させた結晶のXRDパターンを示した。図中のシンボルは、各結晶型に特徴的なピークを示し、三角はα−CuPc相、丸はβ−CuPc相をそれぞれ示す。図3から、ANによって析出させたCuPc結晶は、α−CuPc相であることが示された。
【0082】
<CuPc結晶の走査型電子顕微鏡解析>
最後に、得られた結晶の形態を走査型電子顕微鏡(SEM:日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて確認したところ、幅が十分の数ナノメートルで、長さが数百ナノメートルの棒状の結晶が得られたことを確認した。なお、以下に記載する実施例の全てで、同様の形態の結晶が得られた。
【実施例2】
【0083】
CuPc結晶の析出において使用した溶媒として、ANの代わりにテトラヒドロフラン(THF)を用いた他は、実施例1と同様の操作を行った。
【0084】
THFにより析出させた結晶のFTIRスペクトルを図2に示した。図中のシンボルは、各結晶型に特徴的なピークを示し、三角はα−CuPc相、丸はβ−CuPc相、四角はα−CuPcとβ−CuPcとの混合相をそれぞれ示す。
【0085】
図3に、THFにより析出させた結晶のXRDパターンを示した。図3から明らかなように、THFの場合は、β−CuPc結晶が得られた。得られた結晶構造をSEMを用いて撮影した画像を図4に示した。
【実施例3】
【0086】
CuPc結晶の析出において使用した溶媒として、ANの代わりにN−メチル−2−ピロリドン(NMP)を用いた他は、実施例1と同様の操作を行った。
【0087】
図3にNMPにより析出させた結晶のXRDパターンを示した。図3から明らかなように、NMPの場合は、α−CuPc結晶とβ−CuPc結晶との混合物が得られた。
【実施例4】
【0088】
CuPc結晶の析出において使用した溶媒として、ANの代わりに水を用いた他は、実施例1と同様の操作を行った。結果として、α−CuPc結晶が得られた。
【実施例5】
【0089】
CuPc結晶の析出において使用した溶媒として、ANの代わりに2−プロパノールを用いた他は、実施例1と同様の操作を行った。結果として、α−CuPc結晶が得られた。
【実施例6】
【0090】
CuPc結晶の析出において使用した溶媒として、ANの代わりにジメチルスルフォキシド(DMSO)を用いた他は、実施例1と同様の操作を行った。結果として、α−CuPc結晶が得られた。
【実施例7】
【0091】
CuPc結晶の析出において使用した溶媒として、ANの代わりにベンジルアルコールを用いた他は、実施例1と同様の操作を行った。結果として、α−CuPc結晶が得られた。
【実施例8】
【0092】
CuPc結晶の析出において使用した溶媒として、ANの代わりに2−フェニルエタノールを用いた他は、実施例1と同様の操作を行った。結果として、α−CuPc結晶が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明の製造方法により、安定したフタロシアニン錯体結晶をより穏やかな条件下で簡便に製造することができる。このため、顔料、ガスセンサ、太陽電池、光学素子、電子写真感光体、および有機電解発光素子等への更なる貢献が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】

(式中Mは、銅、ニッケル、コバルト、鉄、チタニル、亜鉛、バナジル、リチウム、およびガリウムからなる群から選択される1種を表し、R〜R16は、それぞれ独立して、水素またはハロゲンを表す)
で表されるフタロシアニン錯体を、
一般式(2)
【化2】

(式中、Rは炭素数8〜18のアルキル基を表し、Xは水素、またはアルカリ金属を表す)
で表される化合物を含む溶媒に溶解させる溶解工程、および
上記溶解工程で得られる溶液と上記溶媒よりもフタロシアニン錯体の溶解度が低い溶媒とを混合し、上記フタロシアニン錯体の結晶を析出させる析出工程、
を含むことを特徴とするフタロシアニン錯体結晶の製造方法。
【請求項2】
上記Rが炭素数12〜14のアルキル基であることを特徴とする請求項1に記載のフタロシアニン錯体結晶の製造方法。
【請求項3】
上記一般式(1)におけるR〜R16が水素であることを特徴とする請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
上記溶解工程で得られる溶液を有機溶媒で希釈する希釈工程を更に含むことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
上記希釈工程で用いる上記有機溶媒は、ベンゼン、トルエン、およびヘキサンからなる群から選択される少なくとも1種の溶媒であることを特徴とする請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
上記析出工程で用いる溶媒は、水、2−プロパノール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、アセトニトリル(AN)、テトラヒドロフラン(THF)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ベンジルアルコール、および2−フェニルエタノールからなる群から選択される少なくとも1種の溶媒であることを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
上記析出工程によって析出されるフタロシアニン錯体の結晶は、β型のフタロシアニン錯体の結晶のみであることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか1項に記載の製造方法における溶解工程で用いられる溶媒であって、
一般式(2)
【化3】

(式中、Rは炭素数8〜18のアルキル基を表し、Xは水素、またはアルカリ金属を表す)
により表される構造を有することを特徴とする溶媒。
【請求項9】
上記Rが炭素数12〜14のアルキル基であることを特徴とする請求項8に記載の溶媒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−84694(P2011−84694A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−240500(P2009−240500)
【出願日】平成21年10月19日(2009.10.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構「マイクロ空間場によるナノ粒子の超精密合成」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】