説明

フラーレン類含有水性樹脂組成物及びその製造方法

【課題】フラーレン類と樹脂を含む有機相が水性溶媒中に分散され、かつその分散安定性に優れた水性樹脂組成物及びその製造方法を提供する。
【解決手段】フラーレン類及び樹脂を含有する有機相と、式(I)で示される界面活性剤と、水性溶媒とからなることを特徴とする水性樹脂組成物。
【化1】


(式中、nは1〜100の整数を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフラーレン類と樹脂からなる有機相が水性溶媒中に安定に分散している水性樹脂組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素原子からなる球状クラスターであるフラーレン及びその誘導体(以下これらを「フラーレン類」と総称する)は電子伝導、超伝導、光導電性、光起電力、非線形光学特性、光触媒作用、ラジカル捕捉、ドライエッチング耐性などの様々な機能を持つことで知られている機能性分子であり、様々な分野での応用が期待されている。
【0003】
フラーレン類の応用においては、フラーレン類と樹脂を含む塗膜が用いられることがしばしばある(例えば特許文献1)。この場合、塗膜はフラーレン類と樹脂を有機溶剤に溶解したコーティング剤を塗布することにより作成されるが、昨今重視されているVOC(揮発性有機化合物)削減の観点からすると、このような用途においても水性溶剤からなるコーティング剤を塗布することにより塗膜を作成することが好ましい。
【0004】
フラーレン類を水性溶媒中に分散させる方法はいくつか知られている。非修飾のフラーレンを水に分散させる方法が知られているが、分散できる濃度には限界がある(非特許文献1)。親水性の官能基で修飾することによりフラーレンを水溶化する方法も知られているが(非特許文献2)、修飾によりフラーレンの分子構造が変化するため、適用できる用途が制限される。更に非修飾のフラーレンを水溶性ポリマー(非特許文献3)やシクロデキストリン(非特許文献4)で包接して水溶化する方法も知られている。この方法では、コーティング剤中に本来必要ではない成分をかなりの量持ち込むことになるため、適用には制限がある。したがって、これらの方法ではフラーレン類本来の性質を損なうことなく、また余分な成分を持ち込むことなく、水性溶媒中にフラーレン類を実用上十分な濃度で安定に分散させることは難しかった。
【0005】
このような課題を解決するためには、水性溶媒中にフラーレン類及び樹脂を含む有機相、あるいはフラーレン類、樹脂及び有機溶媒を含む有機相が分散された水性樹脂組成物を調製することができればよいと考えられる。このような水性樹脂組成物を実用に供するためには、実用上十分な時間、分散状態を保持できるような分散安定性を確保する必要がある。
【0006】
特許文献2ではフラーレン類を疎水性樹脂及び有機溶媒と混合した後、水性溶媒中に乳化分散させ、更にこの分散状態から有機溶媒を除去することにより、フラーレン類と疎水性樹脂を主成分とする粒子を得ている。この文献には、水性溶媒中にフラーレン類、樹脂及び有機溶媒を含む有機相が分散された水性樹脂組成物が記載されているものの、粒子作製の中間体としてであり、分散安定性に関する記述はされていない。発明者らの検討によると、フラーレン類は凝集性向が強く、界面にも著しい影響を与えるため、フラーレン類を含有する水性樹脂組成物は一時的に分散させることは可能でも、長期間安定に分散状態を保持させることは困難であった。
【0007】
【特許文献1】特開平6−102547号公報
【特許文献2】特開2005−290316号公報
【非特許文献1】エンバイロンメンタル・サイエンス・アンド・テクノロジー,40巻,23号,7394頁,2006年
【非特許文献2】ジャーナル・オブ・ケミカル・ソサエティ・ケミカル・コミュニケーションズ,1994年,14号,1727頁
【非特許文献3】ジャーナル・オブ・ケミカル・ソサエティ・ケミカル・コミュニケーションズ,1994年,4号,517頁
【非特許文献4】ケミストリー・レターズ,24巻,1号,47頁,1995年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、フラーレン類と樹脂を含む有機相が水性溶媒中に分散され、かつその分散安定性に優れた水性樹脂組成物及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは前記課題を解決すべく、鋭意検討した結果、フラーレン類と樹脂を含む有機相を式(I)に示される界面活性剤を用いて水性溶媒中に分散させることにより、フラーレン類の本来の機能を損なうことなく、安定に分散した水性樹脂組成物が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)フラーレン類及び樹脂を含有する有機相と、式(I)で示される界面活性剤と、水性溶媒とからなることを特徴とする水性樹脂組成物。
【化1】

(式中、nは1〜100の整数を表す。)
(2)式(I)で示される構造式において、nが5以上30以下である前記(1)に記載の水性樹脂組成物。
(3)当該有機相に含有される樹脂のガラス転移点が−80℃以上80℃以下である前記(1)又は(2)に記載の水性樹脂組成物。
(4)当該有機相に含有される樹脂のガラス転移点が−80℃以上−10℃以下である前記(3)に記載の水性樹脂組成物。
(5)当該有機相に含有される樹脂のガラス転移点が40℃以上80℃以下である前記(3)に記載の水性樹脂組成物。
(6)当該界面活性剤の含有量が有機相の含有量に対して0.001重量%以上50重量%以下である前記(1)〜(5)のいずれかに記載の水性樹脂組成物。
(7)当該有機相に含有される樹脂が式(II)で示されるポリマーである前記(1)〜(6)のいずれかに記載の水性樹脂組成物。
【化2】

(式中、RはRの中でn−ブチル基が占める割合が5モル%以上50モル%以下である複数種のアルキル基であり、R’は炭素数3以下のアルキル基又は水素である。)
(8)当該有機相の平均径が3nm以上10μm以下である前記(1)〜(7)のいずれかに記載の水性樹脂組成物。
(9)当該有機相におけるフラーレン類の含有量が樹脂の含有量に対して0.0001重量%以上10重量%以下である前記(1)〜(8)のいずれかに記載の水性樹脂組成物。
(10)当該有機相における非水溶性有機溶媒の含有量が、有機相の量に対して、0重量%以上50重量%以下である前記(1)〜(9)のいずれかに記載の水性樹脂組成物。
(11)当該有機相の含有量が水性溶媒に対して、0.01重量%以上100重量%以下である前記(1)〜(10)のいずれかに記載の水性樹脂組成物。
(12)(A)フラーレン類、樹脂及び非水溶性有機溶媒を含有する有機相と、(B)水性溶媒とを混合する工程を含み、式(I)で示される化合物が(A)及び(B)の少なくとも一方に含有される、前記(1)〜(11)のいずれかに記載の水性樹脂組成物の製造方法。
(13)(A)フラーレン類、樹脂及び非水溶性有機溶媒を含有する有機相と、(B)水性溶媒とを混合した後、加熱・減圧の少なくとも一方の手法により非水溶性有機溶媒の少なくとも一部を除去する前記(12)に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、フラーレン類に特別な化学修飾を施したり、多量の添加剤を加えることなしに、実用上充分な濃度のフラーレン類と樹脂が水性溶媒中に安定に分散した水性樹脂組成物が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0013】
本発明の樹脂組成物は、フラーレン類及び樹脂を含有する有機相と、式(I)で示される界面活性剤と、水性溶媒とからなる。
フラーレン類:
「フラーレン」とは、20個以上の炭素原子がそれぞれ隣接する3原子と結合している閉じた擬球構造を持つ分子を指す。炭素数の異なる様々なフラーレンが知られている。代表的な例を挙げると、C36、C60、C70、C74、C76、C78、C80、C84、C88、C90、C80、C92、C96、C98、C100などが知られているが、これらに限定されない。
【0014】
また、「フラーレン類」とは、上述のフラーレン、及びその誘導体の総称である。フラーレン誘導体とは、フラーレン殻の外部に原子や原子団が付加したもの、及びフラーレン殻の内部に原子、分子、イオンが内包されたもの、及びフラーレンの多量体などを指す。
【0015】
本発明で使用されるフラーレン類は特に限定されないが、原料入手の容易さから、C60骨格又はC70骨格を有するフラーレン類が好ましい。また、水性樹脂組成物中の有機相に含有させる上では、疎水性であることが好ましい。また有機相に含有される樹脂との親和性が良好なフラーレン誘導体であることが好ましく、そのためにはアルキル基を有する誘導体であることが好ましい。
【0016】
本発明に用いるフラーレン誘導体を得るために有用な化学反応の例、及びそれらの代表的な文献を以下に示すが、これらに限定されるものではない。
(1)フラーレンと有機リチウム又はグリニャール試薬との反応(ヒェミッシェ・ベリヒテ、126巻、1061ページ、1993年)
(2)フラーレンの還元により生じるアニオンのアルキル化(テトラヘドロン・レターズ、40巻、7233ページ、1999年)
(3)ラジカルの付加(ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー、69巻、2442ページ、2004年)
(4)アミンの付加(マクロモレキュラー・ケミストリー・アンド・フィジックス、201巻、1037ページ、2000年)
(5)フラーレンとジアゾ化合物との反応(マクロモレキュールズ、32巻、4247ページ、1999年)
(6)フラーレンとアジド化合物の反応(ラングミュア、15巻、5329ページ、1999年)
(7)フラーレンとアゾメチンイリドの反応(ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ、115巻、9798ページ、1993年)
(8)フラーレンと1,3−ジカルボニル化合物、ジホスホン酸エステルなどの反応(特表平8−509232号公報;ジャーナル・オブ・ケミカルソサエティ、パーキン、トランザクション1、1595ページ、1997年;テトラヘドロン・レターズ、41巻、3947ページ、2000年)
(9)フラーレンとスルホニウムイリドの反応(ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー、61巻、5198ページ、1996年)
(10)フラーレンとニトリルイミンの反応(テトラへドロン、58巻、5821ページ、2002年)
(11)フラーレンとニトリルイリドの反応(テトラヘドロン・レターズ、38巻、6933ページ、1997年)
(12)フラーレンとチオカルボニルイリドの反応(テトラヘドロン・レターズ、40巻、1543ページ、1999年)
(13)フラーレンとジエン又はアントラセンのディールス・アルダー反応(ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー、60巻、6353ページ、1995年;特開2004−262867号公報)
(14)銅塩存在下でのフラーレンとグリニャール試薬の反応(ネイチャー、419巻、702ページ、2002年)
(15)カルベンの付加反応(ヘルヴェティカ・キミカ・アクタ、76巻、2453ページ、1993年)
(16)酸化(ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ、112巻、11473ページ、2000年)
(17)ハロゲン化(ネイチャー、357巻、479ページ、1992年)
(18)酸素存在下でのアミンの付加反応(ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー、70巻、4826ページ、2005年)
(19)フラーレンの酸化により得られる酸化フラーレンとカルボニル化合物の酸触媒反応(ケミストリー・レターズ、33巻、1604ページ、2004年)
(20)フラーレンの酸化により得られる酸化フラーレンと芳香族化合物の酸触媒反応(オーガニック・レターズ、8巻、3203ページ、2006年)
特に式(III)で示される構造を有するフラーレン誘導体が好ましい。
【0017】
【化3】

【0018】
式中のRは、炭素数1〜20の直鎖又は分岐鎖のアルキル基である。式(III)中のnは1〜3の整数である。式(III)で示されるフラーレン誘導体は、上述の(19)の方法で合成することができる。
【0019】
樹脂:
本発明に用いる樹脂は、コーティング、乾燥後に均一な塗膜を形成できることが望ましい。樹脂のガラス転移点が高いと樹脂を融着させるために高温を要し、均一な塗膜の形成が容易ではなくなる。したがって、樹脂のガラス転移点は80℃以下であることが好ましい。また、樹脂のガラス転移点が常温付近であると、使用時にゴム状態とガラス状態の間での相転移が起こってしまい使用上の問題が生じる。したがって、樹脂を常温においてガラス状態で使う場合は樹脂のガラス転移点が40℃以上80℃以下であることが好ましく、柔軟なゴム状態で使う場合には樹脂のガラス転移点が−80℃以上−10℃以下であることが好ましい。
【0020】
また、本発明に用いる樹脂は、水に不溶性であるか、又は水への溶解性が小さいことが好ましい。具体的には、常温(20℃)における水への溶解度が3%未満であることが好ましい。1%未満であれば更に好ましい。
【0021】
上述の性質を備えた樹脂であって、かつ、後述の有機溶媒に可溶な樹脂であれば、その種類は特に限定されず、合成又は天然の樹脂の中から、目的に応じて任意に選択することが可能である。重合体の場合、その重合形式や組成は特に制限されず、例えば、重縮合で得られる重合体でも付加重合(いわゆるビニル重合)で得られる重合体でもよく、単一種の単量体からなる単独重合体でも複数種の単量体からなる共重合体でもよい。
【0022】
本発明に用いる樹脂の具体例としては、アクリル樹脂、ポリビニルアセタール、ポリウレタン、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、ポリアミド、ポリエステルなどが挙げられる。
【0023】
本発明で用いる樹脂として好適な樹脂を具体的に例示すると、式(II)で示される樹脂において、Rが炭素数10以下のアルキル基であり、R’が水素又は炭素数3以下のアルキル基であるポリアクリル酸エステル共重合体を挙げることができる。中でもRとしてn−ブチル基を含む共重合体は、低ガラス転移点・疎水性を併せ持ち本発明で用いる樹脂として特に好ましい。Rのうちn−ブチル基の占める割合は好ましくは5モル%以上50モル%以下、更に好ましくは10モル%以上40モル%以下、特に好ましくは20モル%以上30モル%以下である。式(II)で示される、Rとしてn−ブチル基を含む共重合体を構成するモノマーのうち、Rがn−ブチル基以外のアルキル基であるモノマーとしては、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−プロピル、アクリル酸2-エチルヘキシルが好ましい。具体例としては、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−ブチルをそれぞれ30モル%、40モル%、30モル%モノマーとして含む、アクリル酸エステル共重合体が挙げられる。この共重合体は各モノマーをトルエンなどの溶媒に相溶させ、重合開始剤を加えて攪拌しながら加熱することで得られる。重合開始剤の種類は特に限定されないが、アゾ化合物や過酸化物などを用いることができ、具体的にはアゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル、過酸化ジ−t−ブチル、過硫酸カリウムなどが挙げられる。
【0024】
【化4】

【0025】
式(II)で示される樹脂のうち、ガラス転移点が−80℃以上−10℃以下のものとしては、ポリアクリル酸n−ブチル、ポリアクリル酸エチルなどのホモポリマー、あるいはモノマーとしてアクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸エチルを含むアクリル酸エステル共重合体、更にモノマーとしてアクリル酸を加えたアクリル酸エステル共重合体等が挙げられる。共重合体の具体例としては、アクリル酸、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸n−ブチルをそれぞれ30モル%、40モル%、30モル%モノマーとして含むアクリル酸エステル共重合体が挙げられる。この共重合体は各モノマーをトルエンなどの溶媒に相溶させ、重合開始剤を加えて攪拌しながら加熱することで得られる。重合開始剤の種類は特に限定されないが、アゾ化合物や過酸化物などを用いることができ、具体的にはアゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル、過酸化ジ−t−ブチル、過硫酸カリウムなどが挙げられる。ガラス転移点が40℃以上80℃以下のものとしては、ポリメタクリル酸エチル、あるいはモノマーとしてメタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸n−ブチルのいずれかを含むメタクリル酸エステル共重合体等が挙げられる。共重合体の具体例としては、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸n−ブチルをそれぞれ30モル%、40モル%、30モル%モノマーとして含むメタクリル酸エステル共重合体が挙げられる。この共重合体は各モノマーをトルエンなどの溶媒に相溶させ、重合開始剤を加えて攪拌しながら加熱することで得られる。重合開始剤の種類は特に限定されないが、アゾ化合物や過酸化物などを用いることができ、具体的にはアゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル、過酸化ジ−t−ブチル、過硫酸カリウムなどが挙げられる。
【0026】
フラーレン類と樹脂を含有する有機相:
フラーレン類と樹脂を含有する有機相は、フラーレン類と樹脂を必須の成分として含む。更に任意の成分として、非水溶性の有機溶媒やその他の添加剤を含んでもよい。樹脂に対するフラーレン類の含有量は、フラーレン類の機能及び安定な分散状態の維持の点で、好ましくは0.0001重量%以上10重量%以下であり、更に好ましくは0.003重量%以上5重量%以下、特に好ましくは0.1重量%以上1重量%以下である。
【0027】
フラーレン類と樹脂を含有する有機相に用いる非水溶性有機溶媒はフラーレン類と樹脂を共に溶解させることが可能であれば特に制限されない。有機溶媒の具体例としては、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、クロロベンゼン、ブロモベンゼン、アニソール、デカリン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン等が挙げられる。中でも、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、クロロベンゼン、ブロモベンゼン等の芳香族系の溶媒が好ましい。これらの有機溶媒は、いずれか一種を単独で用いてもよく、複数種を任意の組み合わせで混合して用いてもよい。コーティング剤として生産工程に用いる際には有機溶剤が少ないことが好ましく、水性樹脂組成物中の有機相に対する非水溶性有機溶媒の含有量は、好ましくは0.1重量%以上50重量%以下であり、更に好ましくは0.1重量%以上20重量%以下である。水性樹脂分散体を作製した段階で含有量が多い場合は、水性樹脂組成物を加熱又は減圧することにより有機溶剤を除去する。ここで、「有機相に対する非水溶性有機溶媒の含有量」とは、フラーレン・樹脂・非水溶性有機溶媒の合計重量に対する非水溶性有機溶媒の重量比(%)を意味し、この含有量はフラーレン・樹脂・非水溶性有機溶媒の混合物を真空オーブンに入れ、真空に引いて40℃で5時間乾固させて非水溶性有機溶媒を揮発・乾固させ、乾固する前後の重量を測定することにより求めることができる。非水溶性有機溶剤以外の添加剤としては、特に限定されず、用途に応じた機能性添加剤、例えば染料などが用いられる。
【0028】
水性溶媒:
乳化分散時の水相としては水性溶媒が用いられる。水性溶媒とは、水もしくは水を主成分とする混合物を意味する。水性溶媒が混合物である場合、水分が60重量%以上を占めているものとする。水性溶媒が混合物である場合、配合される水以外の成分の例としてはジエチレングリコール、1,3−プロパンジオール、ジメチルホルムアミドなどの水溶性の有機溶媒や、消泡剤、レベリング剤などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0029】
界面活性剤:
本発明で用いる界面活性剤は式(I)で示される化合物、すなわちノニオン系界面活性剤に属するビス−(α−フェニルエチル)フェニルポリオキシエチレンエーテルである。式(I)で示される化合物において、2つのα−フェニルエチル基は、オルト位、メタ位、パラ位のいずれの部位にあってもよい。本発明の水性樹脂組成物を作成するためには界面活性剤は、フラーレン類を含有した有機相を水性溶媒中に安定に分散させる必要がある。そのため、界面活性剤の疎水性基も単に疎水性であるだけでなく、フラーレン類との相溶性を考慮しなければならない。式(I)で示される界面活性剤は、フラーレン類を含有した有機相を分散させる効果が非常に高い。フラーレン類がトルエン・キシレンなどの芳香族溶媒に対する溶解性が高いことから、疎水基に芳香環を多く含む式(I)で示される界面活性剤は、フラーレン類との親和性がよく、結果として他の界面活性剤と比して著しく分散安定性が良好であるものと推定される。
【0030】
式(I)で示される界面活性剤では、親水基であるオキシエチレン鎖の長さによって疎水性/親水性のバランスが決まり、界面活性剤としての性質に大きな影響をもたらす。すなわち、オキシエチレン鎖の長さが短くなると界面活性剤の疎水性(親油性)が大きくなり、一方、長くなると界面活性剤の親水性が大きくなる。本発明において樹脂組成物を安定に分散させるには式(I)におけるnは5以上30以下であることが好ましく、8以上20以下であることが更に好ましく、10以上15以下であることが特に好ましい。
【0031】
界面活性剤の使用量は水性溶媒と有機相の量に応じて適宜決めればよいが、分散安定性等の点で、好ましくは有機相に対して0.001重量%以上50重量%以下であり、更に好ましくは0.01重量%以上20重量%以下の範囲である。
【0032】
水性樹脂組成物:
本発明の水性樹脂組成物における、有機相の水性溶媒に対する含有量は、適応できる用途の範囲及び分散安定性の点で、好ましくは0.01重量%以上100重量%以下であり、更に好ましくは0.1重量%以上30重量%以下、特に好ましくは1重量%以上10重量%以下の範囲である。
【0033】
水性樹脂組成物中の有機相の粒子径は目的に応じて適切に制御すればよいが、フラーレンの直径(約1nm)との関係及び分散安定性の点で、平均径が3nm以上10μm以下であることが好ましく、更に好ましくは5nm以上3μm以下、特に好ましくは10nm以上1μm以下である。
【0034】
粒子径の測定方法:
本発明の樹脂組成物の有機相の粒子径は公知の方法で容易に測定することができる。例えば、日機装社製Microtracなどのレーザー回折散乱方式の粒子径分布測定器は100nm〜100μmスケールの粒子径を測定するのに好適である。また更に小さい粒子径の粒子を測定するには例えば、日機装社製Nanotracなどのレーザードップラー方式の粒子径分布測定器が好適であり。数nm〜数μm領域の粒子径を測定することが可能である。
【0035】
本発明における「有機相の平均径」とは、レーザー回折粒度分布測定装置“マイクロトラック”X100(日機装社)により測定した際の個数平均粒子径を意味する。
【0036】
本発明における樹脂組成物の分散安定性は、室温(20℃)で静置した樹脂組成物の分離が生じる時期から評価する。樹脂組成物の分散安定性は好ましくは3日以上、より好ましくは7日以上、更に好ましくは1ヶ月以上である。分散安定性が悪いと、使用する直前に攪拌しなければならず、樹脂組成物としての価値を著しく欠く。
【0037】
樹脂組成物の製造方法:
式(I)で示される界面活性剤を上述の水性溶媒と有機相のいずれか又は双方に溶解させる。次に、水性溶液と有機相とを混合・攪拌することで、水性分散体を作製する。混合・攪拌の手順は特に制限されず、水性溶液と有機相とを同一の容器に投入してから攪拌する手順を取ってもよいし、水性溶液と有機相のいずれかを容器に投入して攪拌しながらもう一方を投入する手順を取ってもよい。攪拌手法は特に制限されず、各種の攪拌装置を任意に選択して用いることができる。具体的には機械式攪拌機、高速せん断ミキサー、高圧湿式微粒化装置、超音波式分散機等の装置を用いることができる。
【0038】
非水溶性有機溶媒を含む有機相を前記の方法で分散させた後、非水溶性有機溶媒の含有量を少なくしたい場合は、前記の手順に加えて、水性樹脂組成物から加熱・減圧のいずれかあるいは両方の手法によって非水溶性有機溶媒の少なくとも一部を除去することができる。加熱・減圧の手法は特に制限されないが、例えばロータリーエバポレーターを用いて加熱、減圧しながら溶媒を留去する方法を例示することができる。
【実施例】
【0039】
以下に、実施例を挙げて、本発明を更に詳細に説明する。以下の記述において引用符中の名称は登録商標を意味する。
【0040】
[合成例1]
(ラジカル重合によるアクリル酸エステル系共重合体の作成)
アクリル酸メチル90重量部・アクリル酸エチル120重量部・アクリル酸n−ブチル90重量部をトルエン200重量部と相溶させた混合物に、過酸化ベンゾイルを6g溶解させた。この混合物のうち60重量部を四つ口フラスコに投入し、コンデンサー・温度計・滴下漏斗を接続してから窒素置換した後、60℃から70℃に保ちながらメカニカルスターラーで攪拌した。反応が始まってから2時間程度までの間に徐々に残りの混合物を滴下漏斗より滴下し、滴下終了後更に2時間程度攪拌した。
【0041】
これによりアクリル酸エステル系共重合体(以下「樹脂A」と記す)を作製した。樹脂Aを示差走査熱量分析計によって分析したところガラス転移点は−15℃であった。
【0042】
[実施例1]
フラーレン類としては式(III)で示され、Rがデシル基であり、nが1から3のいずれかである物質の混合物(FLOX社製、以下「フラーレン誘導体A」と記す)を用いた。トルエン2重量部中にフラーレン誘導体Aを0.06重量部溶解して溶液を調製した。合成例1の樹脂A20重量部をトルエン13.3重量部に溶解させた溶液とフラーレン誘導体A溶液2.06重量部を混合して有機相を調製した。
【0043】
次に、水100重量部に式(I)で示される界面活性剤(花王製エマルゲンA−60、NMR法により求めたnは13.4)を1重量部溶解させ、水相を調製した。この水相に予め調製した有機相のうち20重量部を投入した後、乳化分散機“T.K.ロボミックス”(プライミクス社製、攪拌部は“T.K.ホモミキサー”MARK II 2.5型を使用)を用い、回転数を4000rpmから1分間かけて16000rpmまであげ、その後1分間攪拌し、均一に分散した水性樹脂組成物を得た。
【0044】
レーザー回折粒度分布測定装置“マイクロトラック”X100(日機装社)による粒子径測定により、この水性樹脂組成物中の有機相の平均径は0.86μmであった。また、ここで得られた水性樹脂組成物は7日間室温で静置しても分離せず良好に分散していた。
【0045】
[実施例2]
フラーレン類をC60(フロンティアカーボン株式会社製 ナノムパープル N60−S)とした以外は実施例1と同様の手順で、水性樹脂組成物を作製した。
【0046】
レーザー回折粒度分布測定装置“マイクロトラック”X100(日機装社)による粒子径測定により、有機相の平均径は0.95μmであった。また、ここで得られた水性樹脂組成物は室温で7日間静置しても分離せず良好に分散していた。
【0047】
[実施例3]
トルエン20重量部中にフラーレン誘導体Aを0.6重量部溶解してフラーレン誘導体A溶液を調製した。合成例1の樹脂A20重量部をトルエン13.3重量部に溶解させた溶液とフラーレン誘導体A溶液20.6重量部を混合して有機相を調製した。次に、水100重量部に式(I)で示される界面活性剤(実施例1と同じもの)を1重量部溶解させ、水相を調製した。この水相に予め調製した有機相のうち20重量部を投入した後、乳化分散機“T.K.ロボミックス”(プライミクス社製。攪拌部は“T.K.ホモミキサー”MARK II 2.5型を使用。)を用い、回転数を4000rpmから1分間かけて16000rpmまであげ、その後1分間攪拌して均一に分散した水性樹脂組成物を得た。
【0048】
レーザー回折粒度分布測定装置“マイクロトラック”X100(日機装社)による粒子径測定により、有機相の平均径は0.86μmであった。また、ここで得られた水性樹脂組成物は室温で7日間静置しても分離せず良好に分散していた。
【0049】
[実施例4]
水を50重量部とした以外は実施例1と同様の手順で均一に分散した水性樹脂組成物を作製した。
【0050】
レーザー回折粒度分布測定装置“マイクロトラック”X100(日機装社)による粒子径測定により、有機相の平均径は0.93μmであった。また、ここで得られた水性樹脂組成物は室温で7日間静置しても分離せず良好に分散していた。
【0051】
[実施例5]
実施例1と同様の操作で有機相を調製した。次に有機相20重量部に式(I)で示される界面活性剤(実施例1と同じもの)を1重量部投入し、この混合物を乳化分散機“T.K.ロボミックス”(プライミクス社製。攪拌部は“T.K.ホモミキサー”MARK II 2.5型を使用。)を用い、初期回転数4000rpmから1分間かけて16000rpmまで回転数を上げて、そのまま回転数16000rpmで攪拌しながら1分間かけて水100重量部を投入し、投入終了後、更に1分間16000rpmで攪拌して均一に分散した水性樹脂組成物を得た。
【0052】
レーザー回折粒度分布測定装置“マイクロトラック”X100(日機装社)による粒子径測定により、有機相の平均径は0.98μmであった。また、ここで得られた水性樹脂組成物は室温で7日間静置しても分離せず良好に分散していた。
【0053】
[実施例6]
実施例1と同様の操作で水性樹脂組成物を得た後、その水性樹脂分散体をナスフラスコに投入して、ロータリーエバポレーターを用いて70℃、100mmHgの条件で10重量部の溶媒を除去した後、水を10重量部加える操作を3回繰り返したところ、非水性有機溶媒の割合が5重量%以下である水性樹脂組成物を得た。
【0054】
レーザー回折粒度分布測定装置“マイクロトラック”X100(日機装社)による粒子径測定により、有機相の平均径は0.90μmであった。また、ここで得られた水性樹脂組成物は室温で7日間静置しても分離せず良好に分散していた。
【0055】
[実施例7]
実施例1で作製した水性樹脂組成物を、単糸の平均繊度が6.6dtexであるポリエチレンテレフタラート製の布帛に含浸させ、120℃で2分間乾燥後、170℃で1分間加熱し定着させた。塗布された布帛を電子顕微鏡により観察したところ均一な薄膜が定着していた。
【0056】
[比較例1]
界面活性剤を式(I)で示される化合物ではなく、ポリオキシエチレンアルキルエーテル(花王製エマルゲン1210)とした以外は実施例1と同様の手順で水性樹脂組成物を作製した。フラーレン類及び樹脂を含有する有機相を水中に分散させることはできたが、室温で24時間静置後、分離が生じており分散安定性が不十分であった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の水性樹脂組成物により、揮発性有機溶剤の使用を極力抑えて、フラーレン類と樹脂を含む機能性塗膜を作成することができる。フラーレン類と樹脂を含む機能性塗膜は、その非線形光学特性やフラーレン類のラジカル捕捉機能による耐酸化安定性などの様々な機能を活用する用途に適用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラーレン類及び樹脂を含有する有機相と、式(I)で示される界面活性剤と、水性溶媒とからなることを特徴とする水性樹脂組成物。
【化1】

(式中、nは1〜100の整数を表す。)
【請求項2】
式(I)で示される構造式において、nが5以上30以下である請求項1記載の水性樹脂組成物。
【請求項3】
当該有機相に含有される樹脂のガラス転移点が−80℃以上80℃以下である請求項1又は2記載の水性樹脂組成物。
【請求項4】
当該有機相に含有される樹脂のガラス転移点が−80℃以上−10℃以下である請求項3記載の水性樹脂組成物。
【請求項5】
当該有機相に含有される樹脂のガラス転移点が40℃以上80℃以下である請求項3記載の水性樹脂組成物。
【請求項6】
当該界面活性剤の含有量が有機相の含有量に対して0.001重量%以上50重量%以下である請求項1〜5のいずれか1項に記載の水性樹脂組成物。
【請求項7】
当該有機相に含有される樹脂が式(II)で示されるポリマーである請求項1〜6のいずれか1項に記載の水性樹脂組成物。
【化2】

(式中、RはRの中でn−ブチル基が占める割合が5モル%以上50モル%以下である複数種のアルキル基であり、R’は炭素数3以下のアルキル基又は水素である。)
【請求項8】
当該有機相の平均径が3nm以上10μm以下である請求項1〜7のいずれか1項に記載の水性樹脂組成物。
【請求項9】
当該有機相におけるフラーレン類の含有量が樹脂の含有量に対して0.0001重量%以上10重量%以下である請求項1〜8のいずれか1項に記載の水性樹脂組成物。
【請求項10】
当該有機相における非水溶性有機溶媒の含有量が、有機相の量に対して、0.1重量%以上50重量%以下である請求項1〜9のいずれか1項に記載の水性樹脂組成物。
【請求項11】
当該有機相の含有量が水性溶媒に対して、0.01重量%以上100重量%以下である請求項1〜10のいずれか1項に記載の水性樹脂組成物。
【請求項12】
(A)フラーレン類、樹脂及び非水溶性有機溶媒を含有する有機相と、(B)水性溶媒とを混合する工程を含み、式(I)で示される化合物が(A)及び(B)の少なくとも一方に含有される、請求項1〜11のいずれか1項に記載の水性樹脂組成物の製造方法。
【請求項13】
(A)フラーレン類、樹脂及び非水溶性有機溶媒を含有する有機相と、(B)水性溶媒とを混合した後、加熱・減圧の少なくとも一方の手法により非水溶性有機溶媒の少なくとも一部を除去する請求項12記載の製造方法。

【公開番号】特開2009−120708(P2009−120708A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−295762(P2007−295762)
【出願日】平成19年11月14日(2007.11.14)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】