説明

フルオロプロペンを含むクラスレート水和物

【課題】ハイドフルオロカーボン類をゲスト物質として含むクラスレート水和物であって、水和物の生成熱が大きく、冷熱の蓄熱量が多く、熱移送材料として優れた性能を有する新規なクラスレート水和物を提供する。
【解決手段】ホスト物質として水を含み、ゲスト物質として、2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類を含むクラスレート水和物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フルオロプロペンを含むクラスレート水和物、クラスレート水和物形成用組成物、蓄熱システム、及び熱移送システムに関する。
【背景技術】
【0002】
クラスレート水和物は、水分子が三次元のカゴ型の多面体構造を形成し、その内部に存在する空孔中に、他の原子又は分子(ゲスト物質)を包み込んだ物質であり、水とゲスト物質からクラスレート水和物が形成される過程で放熱し、クラスレート水和物から水とゲスト物質に分解する過程において吸熱する性質を有するものである。近年、この作用を利用して、熱媒体として機能させる試みがなされている。
【0003】
従来より冷媒として用いられているジクロロジフルオロメタン(R12)やクロロジフルオロメタン(R22)がクラスレート水和物を形成することが知られており、熱エネルギー貯蔵装置の蓄熱剤や作動媒体として検討されている。
【0004】
しかしながら、クロロフルオロカーボン類は、大気中に放出された場合、オゾン層を破壊し、その結果人類を含む地球上の生態系に重大な悪影響を及ぼすことが指摘され、国際的な取り決めにより、使用及び生産が制限されるに至っている。
【0005】
このため、冷凍装置における作動媒体は、従来のクロロフルオロカーボン類から、ハイドロフルオロカーボン系の単一冷媒や混合冷媒に移行されてきており、それに伴い、クラスレート水和物についても、ハイドロフルオロカーボン類を用いたものが望まれている。
【0006】
1,1,1,2−テトラフルオロエタン(HFC134a)は、圧力0.415MPa、温度10℃で臨界分解点を有するクラスレート水和物を形成することが知られているが、このクラスレート水和物は蓄熱量が十分ではなく、熱媒体としての性能は不十分である。
【0007】
その他、ゲスト物質として混合物を用いたクラスレート水和物として、ジフルオロメタンとペンタフルオロエタンの混合物をゲスト物質とするクラスレート水和物、クリプトン等のガス成分とアルコール類等の水溶性物質を含むクラスレート水和物、クリプトン等のガス成分とシクロペンタン又はシクロペンテンを含むクラスレート水和物等が報告されている(下記特許文献1〜3参照)。しかしながら、これらの混合物を含むクラスレート水和物についても、クラスレート水和物の生成熱が小さいことから蓄熱量が十分ではなく、熱媒体としては満足のいく性能を有するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−168000号公報
【特許文献2】特開2008−95049号公報
【特許文献3】特開2006−290990号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記した従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、ハイドロフルオロカーボン類をゲスト物質として含むクラスレート水和物であって、水和物の生成熱が大きく、冷熱の蓄熱量が多く、熱移送材料として優れた性能を有する新規なクラスレート水和物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねてきた。その結果、2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類を、その他の成分と組み合わせて用いることによってクラスレート水和物を形成することができ、特に、炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス及びメタンガスからなる群から選ばれた少なくとも一種の低分子量ガス成分と組み合わせて用いる場合には、高い生成熱を発生してクラスレート水和物を形成するという従来知られてない現象を見出した。そして、形成されたクラスレート水和物は、単独の化合物から形成されるクラスレート水和物と比較して冷熱の蓄積量が大きく、熱移送材料として優れた性能を発揮するものとなることを見出し、ここに本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明は、下記のクラスレート水和物、クラスレート水和物形成用組成物、蓄熱システム、及び熱移送システムを提供するものである。
項1. ホスト物質として水を含み、ゲスト物質として、2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類を含むクラスレート水和物。
項2. ゲスト物質が、2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類と、炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス及びメタンガスからなる群から選ばれた少なくとも一種の低分子量ガス成分とを含むものである、上記項1に記載のクラスレート水和物。
項3. ゲスト物質が、2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類と、ジフルオロメタン、1,1−ジフルオロエタン、1,1,1−トリフルオロエタン及び1,1,1,2−テトラフルオロエタンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロアルカンとを含むものである、上記項1又は2に記載のクラスレート水和物。
項4. ゲスト物質が、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと、ジフルオロメタン、1,1−ジフルオロエタン、1,1,1−トリフルオロエタン及び1,1,1,2−テトラフルオロエタンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロアルカンとを含むものである、上記項1〜3のいずれかに記載のクラスレート水和物。
項5. ゲスト物質が、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンとを含むものである、上記項1〜4のいずれかに記載のクラスレート水和物。
項6. ゲスト物質が、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンとの合計を100モル%として、1,1,1,2−テトラフルオロエタンを60〜80モル%含むものである、上記項1〜5のいずれかに記載のクラスレート水和物。
項7. 2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類と、炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス及びメタンガスからなる群から選ばれた少なくとも一種の低分子量ガス成分と、水とを含むクラスレート水和物形成用組成物。
項8. フルオロプロペン類と低分子量ガス成分の合計を100モル%として、低分子量ガス成分の量が25モル%以上である上記項7に記載のクラスレート水和物形成用組成物。項9. 熱媒体がクラスレート水和物の分解過程と生成過程とを繰り返し、前記分解過程で熱源から熱を受け取り、前記生成過程で熱を与える蓄冷熱システムにおいて、前記熱媒体が上記項1〜6のいずれかに記載のクラスレート水和物又は上記項7若しくは8に記載のクラスレート水和物形成用組成物であることを特徴とする蓄冷熱システム。
項10.熱媒体がクラスレート水和物の分解過程と生成過程とを繰り返し、前記分解過程で熱源から熱を受け取り、その熱媒体を移送し、生成過程で熱を与える熱移送システムにおいて、前記熱媒体が上記項1〜6のいずれかに記載のクラスレート水和物又は上記項7若しくは8に記載のクラスレート水和物形成用組成物であることを特徴とする熱移送システム。
【0012】
以下、本発明のクラスレート水和物について具体的に説明する。
【0013】
本発明のクラスレート水和物は、ホスト物質として水を含み、ゲスト物質として2,3,3,3−テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)、及び3,3,3−トリフルオロプロペン(HFO-1243zf)からなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類を含むクラスレート水和物である。
【0014】
2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン、及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類は、単独ではクラスレート水和物を形成することは報告されていないが、その他の成分と組み合わせて用いることによって、クラスレート水和物を形成することが可能となる。
【0015】
この様なクラスレート水和物は、ホスト物質である水分子が三次元のカゴ型の多面体構造を形成し、その内部に存在する空孔中に、ゲスト物質である上記したフルオロプロペン類とその他の成分が包み込まれた構造の物質であり、包接水和物とも称されるものである。
【0016】
2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン、及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類と組み合わせて用いるゲスト物質としては、例えば、炭化水素系、フッ素系等の界面活性剤、上記したフルオロプロペン類以外のフルオロプロペン類、炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス、メタンガス、エチレングリコールなどの有機溶媒、塩化ナトリウムなどの無機塩類等を挙げることができる。特に、上記した2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン、及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類と、炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス及びメタンガスからなる群から選ばれた少なくとも一種の低分子量ガス成分との混合物をゲスト物質とする場合に、水の存在下において、後述する条件に従って、所定の温度及び圧力範囲内に制御することによって、高い生成熱を発生してクラスレート水和物を形成する。この様な混合物においてクラスレート水和物が形成される理由については必ずしも明確ではないが、クラスレート水和物は一般的にサイズの異なる2種類以上の格子を有しているため、分子の大きさの異なる2種以上の分子が存在することで、それぞれのサイズに見合った格子にそれぞれの分子が包接され、クラスレートが安定化するとものと推測される。特に、炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス及びメタンガスからなる群から選ばれた少なくとも一種の低分子量ガス成分は、フルオロプロペン類と比較して分子の大きさが小さく、クラスレート水和物を形成し易い物質であり、これらの低分子量ガス成分の存在によって、該フルオロプロペン類との混合物についてもクラスレート水和物の形成が誘発されるものと推測される。
【0017】
上記したゲスト物質の内で、2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類は、いずれも、毒性が少なく、地球温暖化係数が小さい公知の化合物であり、代替冷媒として有望視されている物質である。
【0018】
フルオロプロペン類と組み合わせて用いる低分子量ガス成分の内で、炭素数1又は2のフルオロアルカンとしては、ジフルオロメタン(HFC-32)、1,1−ジフルオロエタン(HFC-152a)、1,1,1−トリフルオロエタン(HFC-143a)、1,1,1,2−テトラフルオロエタン(HFC-134a)等を例示できる。
【0019】
上記したフルオロプロペン類と低分子量ガス成分の組み合わせの内で、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと、ジフルオロメタン、1,1−ジフルオロエタン、1,1,1−トリフルオロエタン及び1,1,1,2−テトラフルオロエタンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロアルカンとの組み合わせが好ましく、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンの組み合わせが特に好ましい。
【0020】
2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン、及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類と、炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス及びメタンガスからなる群から選ばれた少なくとも一種の低分子量ガス成分をゲスト物質とし、水をホスト物質として含むクラスレート水和物を形成するには、上記したフルオロプロペン類と、低分子量ガス成分と、水を含む混合物をクラスレート形成用組成物として用い、後述する方法に従って、該組成物を所定の温度及び圧力条件の範囲内に制御すればよい。
【0021】
該クラスレート水和物形成用組成物において、フルオロプロペン類と、炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス及びメタンガスからなる群から選ばれた少なくとも一種の低分子量ガス成分との混合割合については特に限定的ではないが、使用する低分子量ガス成分の分圧が、該低分子量ガス成分が単独でクラスレート水和物を形成する蒸気圧以上となる比率であることが好ましい。通常は、クラスレート水和物形成用組成物においてフルオロプロペン類と低分子量ガス成分との合計を100モル%として、低分子量ガス成分が25モル%程度以上であることが好ましく、30モル%程度以上であることがより好ましい。
【0022】
炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス及びメタンガスからなる群から選ばれた少なくとも一種の低分子量ガス成分の割合の上限については、特に限定的ではないが、これらの特定の低分子量ガス成分が多すぎると、フルオロプロペン類と低分子量ガス成分の混合物のクラスレート水和物の他に、低分子量ガス成分単独のクラスレート水和物が多量に形成され、水和物の生成熱が低下して冷熱の蓄熱量が低くなる傾向がある。このため、クラスレート水和物形成用組成物においてフルオロプロペン類と低分子量ガス成分との合計を100モル%として、低分子量ガス成分の上限が90モル%程度以下であることが好ましく、80モル%程度以下であることがより好ましい。
【0023】
フルオロカーボン類と低分子量ガス成分との具体的な比率については、使用するフルオロカーボン類と低分子量ガス成分の種類に応じて上記した基準に基づいて決めればよい。例えば、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンの混合物については、両者の合計量を基準として、1,1,1,2−テトラフルオロエタンが30モル%程度以上であることが好ましい。1,1,1,2−テトラフルオロエタンの上限については、99モル%程度であっても、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンをゲスト物質として含むクラスレート水和物を形成できるが、1,1,1,2−テトラフルオロエタンを単独で含むクラスレート水和物の生成量が増加して、全体としてのクラスレート水和物の生成熱が低下する傾向がある。このため、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンをゲスト物質として含むクラスレート水和物の生成量を多くして、クラスレート水和物の生成熱を高くするためには、クラスレート水和物形成用組成物において2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンとの合計を100モル%として、1,1,1,2−テトラフルオロエタンが35〜75モル%程度であることが好ましく、38〜70モル%程度であることがより好ましい。
【0024】
クラスレート水和物形成用組成物における水の含有量については特に限定的ではなく、水の含有量が適度な範囲であれば、シャーベット状の水和物が形成されて、熱移動材料として用いる場合に移送などが容易となる。クラスレート水和物形成用組成物中の水の量が少なすぎると、クラスレート水和物の形成に水が全て消費されて、全体が固化して、シャーベット状の水和物とならず、熱移送媒体としての移送などが困難になる。このため、フルオロプロペン類と低分子量ガス成分を含むクラスレート水和物形成用組成物中の水の量は、クラスレート水和物を形成する理論量を上回る量、すなわち、フルオロプロペンと低分子量ガス成分と水との合計モル数に対し、85モル%以上の水が水和物形成用組成物の中に存在することが望ましい。
【0025】
上記した水と、フルオロプロペン類と、低分子量ガス成分を含む混合物からなるクラスレート水和物形成用組成物を用いてクラスレート水和物を形成するには、該組成物についての圧力−温度線において、ゲスト化合物である、フルオロプロペン類と低分子量ガス成分の混合物の飽和圧力線と、クラスレート水和物生成線で挟まれた領域内に、該組成物の温度と圧力を制御すればよい。図1は、クラスレート形成用組成物について、飽和圧力線とクラスレート水和物生成線をモデル的に示す参考図である。図1において、斜線で示された範囲がクラスレート水和物を形成できる範囲である。通常は、水と、フルオロプロペン類と、ガス成分を含む混合物を撹拌下に徐々に冷却して斜線の範囲内の温度及び圧力とすることによって、クラスレート水和物を形成することができる。ここで、クラスレート水和物生成線は、具体的に使用するクラスレート形成用組成物の組成に応じて、予備的に試験を行うことによって容易に求めることができる。
【0026】
上記した方法で形成されるクラスレート水和物の組成については、使用するクラスレート水和物形成用組成物におけるフルオロプロペン類と、低分子量ガス成分の組み合わせによって決まるものであり、例えば、1,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンとの合計を100モル%として35〜70モル%程度の2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンとを含むクラスレート水和物形成用組成物を用いる場合には、ゲスト物質中に2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンとの合計を100モル%として60〜80モル%程度、より形成され易い範囲として65〜75モル%程度の1,1,1,2−テトラフルオロエタンを含むクラスレート水和物が形成される。
【0027】
本発明のクラスレート水和物によって理想的なII型のクラスレート水和物が形成されると仮定すると、フルオロプロペン類、低分子量ガス成分及び水のモル比は、ほぼ1:2:17となる。このため、該クラスレート水和物は、フルオロプロペン類と低分子量ガス成分の合計モル数に対して、最小で17/3のモル比の水を含むものとなり、クラスレート水和物中の空孔の存在によって、これを上回る比率の水を含む水和物が形成される。
【0028】
本発明のクラスレート水和物では、上記した方法でクラスレート水和物を形成する際に、フルオロプロペン類と低分子量ガス成分のそれぞれについて単独でクラスレート水和物が形成される際の生成熱の合計量と比較して、非常に高い生成熱が発生する。このため、形成されるクラスレート水和物は、冷熱の蓄積量が多く、蓄熱材料、熱移送材料等として非常に有用性が高いものである。
【0029】
このクラスレート水和物を蓄熱材料として用いるには、クラスレート水和物の分解過程と生成過程とを繰り返すシステムを用いる例が挙げられる。すなわち、クラスレート水和物の分解過程において、クラスレート水和物を分解させその分解熱を熱余剰環境から熱を吸収することで得、クラスレート水和物形成用組成物の形で蓄熱しておく。そしてクラスレート水和物を生成させる過程において、クラスレート水和物の生成時に発生する熱を周囲の環境に与えることで、蓄熱システムとして利用することができる。
【0030】
熱移送材料として用いるには、クラスレート水和物の分解過程と生成過程とを繰り返す循環システム内で当該クラスレート水和物又はクラスレート水和物形成用組成物を循環させるシステムを用いる例が挙げられる。すなわち、前記分解過程において、クラスレート水和物を分解させその分解熱を高温物体もしくは熱余剰環境から熱を吸収することで、高温物体もしくは熱余剰環境から熱を奪うことができ、クラスレート水和物形成用組成物の形で移送し、クラスレート水和物を生成させ、その生成時に発生する熱をもって低温物体もしくは熱の必要な環境に熱を与えることで、熱移送システムとして利用することができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明のクラスレート水和物形成用組成物によれば、特定のフルオロプロペン類をその他に成分と組み合わせて用いることによってクラスレート水和物を形成することができる。特に、上記した特定の低分子量ガス成分と組み合わせて用いる場合には、高い生成熱でクラスレート水和物が形成される。
【0032】
従って、形成されるクラスレート水和物は、冷熱の蓄熱量が大きく、蓄熱材料、熱移送材料等として有効に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】クラスレート水和物の生成範囲をモデル的に示す図面である。
【図2】実施例1で用いて試験装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
実施例1
100ccのガラス製耐圧シリンダーに、純水約20〜30mLと攪拌子を入れ、真空ポンプを使って3回脱気した。
【0035】
次いで、このガラス製耐圧シリンダーを氷水で冷却しながら、下記表1に示す比率の2,3,3,3−テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)と1,1,1,2−テトラフルオロエタン(HFC-134a)の混合物を約20〜40mL移充填した。
【0036】
次いで、図2の右図に示すように、ガラス製耐圧シリンダーを氷水で冷却しながら、スターラーで攪拌した。クラスレート水和物の形成を目視で確認できたら脱圧し、脱圧後直ちにガラス製耐圧シリンダーを開けてスラリー状の水和物を取り出し、吸引ろ過した。
【0037】
ろ過した固体のクラスレート水和物をナスフラスコに移し、容器内で冷媒を気化させてそのガスをガス捕集袋に採取し、ガス捕集袋内のガスをガスクロマトグラフで分析して、クラスレート水和物におけるHFC-134a/HFO-1234yf組成比を求めた。結果を下記表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
以上の結果から明らかなように、HFO-1234yfと HFC-134aの混合物については、HFC-134aのモル比が低いと、クラスレート水和物を形成せず、HFO-1234yfとHFC-134a との合計を100モル%としてHFC-134aを35〜99モル%の範囲で含む混合物を用いた場合にクラスレート水和物が形成されることが判る。形成されたクラスレート水和物では、HFO-1234yfとHFC-134a との合計を100モル%としてHFC-134aを35〜75モル%程度の範囲で含む混合物を用いた場合、仕込み比に関わらず、ゲスト物質におけるHFC-134aは70モル%前後となった。これに対して、 HFC-134aの含有比率が高い混合物を用いた実験No.5では、形成されたクラスレート水和物中のゲスト物質におけるHFC-134aの比率が非常に高い値となった。これは、HFC-134aを単独で含むクラスレート水和物も形成されていることによるものと推測される。
【0040】
実施例2
HFO-1234yfとHFC-134aの混合物を含むクラスレート水和物の生成熱を小型反応熱量計を用いて簡易的に測定し、HFC-134a単体での生成熱と比較した。
【0041】
測定用セルには水9gと、HFO-1234yfとHFC-134aの混合物またはHFC-134a単体を封入した。クラスレート生成熱に関与しない、水による吸熱・発熱の影響を除くため、参照セルには水9gを封入した。それぞれ液体窒素で凝固させた状態で脱気した後、小型反応熱量計に設置した。10分間で0.5℃ずつ温度を下げていき、発熱量を測定した。結果を下記表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
その結果、HFO-1234yfとHFC-134aの混合物では3℃付近でハイドレード生成と思われる発熱が見られた。HFO-1234yfとHFC-134aの混合物とHFC-134a単体の生成熱を比較すると、HFO-1234yfとHFC-134aの混合物では、驚くべきことにおよそ倍近い生成熱の違いがみられた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスト物質として水を含み、ゲスト物質として、2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類を含むクラスレート水和物。
【請求項2】
ゲスト物質が、2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類と、炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス及びメタンガスからなる群から選ばれた少なくとも一種の低分子量ガス成分とを含むものである、請求項1に記載のクラスレート水和物。
【請求項3】
ゲスト物質が、2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類と、ジフルオロメタン、1,1−ジフルオロエタン、1,1,1−トリフルオロエタン及び1,1,1,2−テトラフルオロエタンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロアルカンとを含むものである、請求項1又は2に記載のクラスレート水和物。
【請求項4】
ゲスト物質が、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと、ジフルオロメタン、1,1−ジフルオロエタン、1,1,1−トリフルオロエタン及び1,1,1,2−テトラフルオロエタンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロアルカンとを含むものである、請求項1〜3のいずれかに記載のクラスレート水和物。
【請求項5】
ゲスト物質が、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンとを含むものである、請求項1〜4のいずれかに記載のクラスレート水和物。
【請求項6】
ゲスト物質が、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンとの合計を100モル%として、1,1,1,2−テトラフルオロエタンを60〜80モル%含むものである、請求項1〜5のいずれかに記載のクラスレート水和物。
【請求項7】
2,3,3,3−テトラフルオロプロペン、1,3,3,3−テトラフルオロプロペン及び3,3,3−トリフルオロプロペンからなる群から選ばれた少なくとも一種のフルオロプロペン類と、炭素数1又は2のフルオロアルカン、炭酸ガス及びメタンガスからなる群から選ばれた少なくとも一種の低分子量ガス成分と、水とを含むクラスレート水和物形成用組成物。
【請求項8】
フルオロプロペン類と低分子量ガス成分の合計を100モル%として、低分子量ガス成分の量が25モル%以上である請求項7に記載のクラスレート水和物形成用組成物。
【請求項9】
熱媒体がクラスレート水和物の分解過程と生成過程とを繰り返し、前記分解過程で熱源から熱を受け取り、前記生成過程で熱を与える蓄冷熱システムにおいて、前記熱媒体が請求項1〜6のいずれかに記載のクラスレート水和物又は請求項7若しくは8に記載のクラスレート水和物形成用組成物であることを特徴とする蓄冷熱システム。
【請求項10】
熱媒体がクラスレート水和物の分解過程と生成過程とを繰り返し、前記分解過程で熱源から熱を受け取り、その熱媒体を移送し、生成過程で熱を与える熱移送システムにおいて、前記熱媒体が請求項1〜6のいずれかに記載のクラスレート水和物又は請求項7若しくは8に記載のクラスレート水和物形成用組成物であることを特徴とする熱移送システム。

【図1】
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【図2】
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