説明

フレームレス原子吸光分光光度計

【課題】 検出器に導入する光の光量を増やし、S/N比を改善する。
【解決手段】 原子化部2をX、Y軸方向に移動可能とし、分光器3の入口スリット31の開口31aに対して、グラファイトチューブ21の発光による円環状結像21aの位置を調整できるようにする。実際の分析に先立ち、原子化部2をX、Y軸方向にそれぞれ移動させ、検出器4で得られる受光強度信号が最小になる位置を探すことにより、上記開口31aが円環状結像21aに掛からず、ほぼ内接するように原子化部2の位置を決定する。それにより、測定の妨害となるグラファイトチューブ21の発光光が検出器4に入ることを抑さえつつ、光源1からの光をより多く検出器4に導入することができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はフレームレス原子吸光分光光度計に関し、更に詳しくは、フレームレス法の一種である電気加熱式原子吸光分光光度計に関する。
【0002】
【従来の技術】原子吸光分光光度計で分析を行なうためには、分子の状態にある試料を原子化する必要がある。この原子化の方法の1つとして、小型の電気炉により試料を加熱して原子化するフレームレス法がある。
【0003】図5は、このような電気加熱式原子吸光分光光度計で原子化に用いられている電気加熱炉の一例を示す略断面図である。円筒形状のグラファイト製のチューブ21は電極22、23により両端を保持され、そのグラファイトチューブ21を挟んで両側には透明な石英板による窓板24が設けられている。試料液は試料注入口25を通してグラファイトチューブ21内に注入され、電極22、23を通してグラファイトチューブ21に大電流を流すことによりグラファイトチューブ21を高温に加熱する。これにより、試料液はグラファイトチューブ21内で乾燥及び灰化され、更に試料中の元素が原子化される。
【0004】図6は、上記電気加熱炉である原子化部2を備えた原子吸光分光光度計の光路構成図の一例である。重水素ランプなどから成る光源1から発した光は、グラファイトチューブ21内を通過し、このとき、試料を構成する原子に特有の波長で吸収を受ける。グラファイトチューブ21を通過した光は分光器3で波長分散され、目的とする元素に特有の波長の光が選択されて検出器4に導入される。試料の有無による光の強度の差から吸収率を測定することにより、試料の定量分析を行うことができる。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】グラファイトチューブ21は高温に加熱されることによってそれ自体が発光し、それによる照射光は分光器3の入口スリット31に略円環状に結像する。この光は、500nm以上の長い波長成分を多く含んでいるため、特に500nm以上の長波長帯域に吸収スペクトルを有する元素を測定する場合には、グラファイトチューブ21の発光光が検出器4に導入されると大きな妨害となる。そこで、その発光光の主要部(つまり、上記円環状に強い強度を持つ部分)を入口スリット31により遮蔽するようにしている。
【0006】図7は、入口スリット31の立設面におけるスリット開口31aとグラファイトチューブ21の発光による円環状の結像(以下「円環状結像」という)21aとの位置関係を示す模式図である。入口スリット31とグラファイトチューブ21(実際には原子化部2)との相対的位置関係が光軸Cと直交する面内でずれた場合でも、スリット開口31aに円環状結像21aが掛からないようにするには、円環状結像21aよりもかなり内側にスリット開口31aが収まるように、その開口長dを決めなければならない。そのため、図7に示すように開口長dをかなり小さくせざるを得ず、光源1からの光(つまりグラファイトチューブ21の内側を通過してくる光)の一部も遮ることになる。その結果、検出器4に到達する光量が減少し、測定のS/N比が劣化するという問題がある。
【0007】また、上述したようなグラファイトチューブ21自体の発光の影響は加熱温度が高いほど大きくなるため、従来の原子化吸光分光光度計では、原子化が行える範囲でできる限り加熱温度を低めに設定し、それによって発光の影響を軽減するようにしている。しかしながら、加熱温度を下げることによって原子化の効率が低下するという問題もある。
【0008】更には、従来の原子吸光分光光度計には、上述したような電気加熱炉による原子化部と、バーナ等を備えたフレーム方式の原子化部とを交換自在に備えたものがある。このような原子吸光分光光度計では、後者のフレーム方式の原子化部を使用する際には上述したような加熱炉の発光による問題はないものの、入口スリットを兼用しようとすると、検出器に導入される光量を犠牲にすることになる。また、フレーム方式の原子化部を使用する際に光量を増加させたい場合には、開口長の相違する入口スリットを交換可能に設けなければならず、構成が複雑になるという別の問題が生じる。
【0009】本発明はこのような課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的は、グラファイトチューブ自体の発光の影響をできる限り排除しつつ、試料を通過した光をより多く検出器に導入することによって、高いS/N比を確保することができるフレームレス原子吸光分光光度計を提供することにある。
【0010】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために成された本発明は、加熱管の内部で試料を原子化すると共に、光源からの光を該加熱管内に通過させ、その出口側に設けた測光器により測定するフレームレス原子吸光分光光度計において、a)前記測光器の光路入口に設けられ、所定の大きさの開口を有する入口スリットと、b)前記加熱管又は測光器の少なくとも何れか一方を、光源と入口スリットとを結ぶ光軸に略直交する面内で移動させる移動手段と、c)光源からの光が加熱管を通過しないようにすると共に該加熱管を所定温度に加熱した状態で、前記測光器で測定される光の受光強度信号が最小又はそれに近い状態になるように、前記移動手段により加熱管及び/又は測光器を移動させる制御手段と、を備えることを特徴としている。
【0011】
【発明の実施の形態】このフレームレス原子吸光分光光度計では、試料の分析に先立って、例えば光源を消灯する又は適当な遮光手段を用いることによって、光源からの光が加熱管を通過しないようにし、また加熱管を少なくとも原子化が可能であるような所定温度に加熱する。これにより加熱管が発光し、その発光光のみが測光器に導入される。上記移動手段により加熱管又は/及び測光器が移動されるとき、加熱管の発光による入口スリットへの環状の結像(投影像)と、入口スリットの開口との位置関係が変わる。通常、この入口スリットの開口は、上記結像の内側の暗い領域にほぼ収まるようにその大きさが定められる。従って、スリット開口がちょうど結像の内側に収まる位置関係であると、測光器により測定される受光強度は最小になり、その位置からスリット開口又は結像が相対的にずれると、加熱管の発光光の主要部(光の強度の強い部分)の一部がスリット開口に掛かり、受光強度は増加することになる。そこで、制御手段は、移動手段により所定範囲で加熱管と測光器との相対位置関係を変化させ、受光強度がほぼ最小になるように移動手段を制御することによって、加熱管の発光の影響が最も少ない位置(加熱管と測光器との相対位置)を見つける。
【0012】更に、このようにして加熱管と測光器の位置を決定したあと、光源から発し加熱管内を通過する光による受光強度が最も大きくなるように光源の位置を調整すれば、より多くの光を測光器に導入することができる。
【0013】
【発明の効果】本発明に係るフレームレス原子吸光分光光度計によれば、加熱管自体の発光の影響を最小限に抑えるように、加熱管つまり原子化部又は測光器の位置が調整される。従って、入口スリットの開口の大きさに関し、機械的なずれや誤差を大きく見込む必要がないので、上記開口を従来よりも格段に大きくすることができる。その結果、光源から発し試料を通過した光をより多く検出器に導入することができるので、S/N比を向上させることができる。また、加熱管自体の発光の影響を確実に小さくすることができるので、発光を軽減するために加熱温度を低めに設定する必要もなくなる。更には、フレームレス方式の原子化部とフレーム方式の原子化部とを交換自在に備えた原子吸光分光光度計において、入口スリットを兼用しても正確な測定を行うことが可能となる。
【0014】
【実施例】以下、本発明に係るフレームレス原子吸光分光光度計の一実施例を図面を参照して説明する。図1は、本実施例の原子吸光分光光度計の要部の構成図である。
【0015】ホロカソードランプ等を含んで構成される光源1から発した光は、原子化部2のグラファイトチューブ21内を通過し分光器3に導入される。分光器3は入口スリット31、反射鏡32、34、回折格子33、出口スリット35から成り、回折格子33が回動することによって所定波長の光が出口スリット35を通過するようになっている。出口スリット35を通過した光は検出器4に到達し、受光強度に応じた電気信号を信号処理部9及び位置調整部5に送出する。なお、図示していないが、光源1と原子化部2との間、原子化部2と分光器3との間には、それぞれ適当な集光光学系が配設され、光を適切に集光して次段へと導入するようにしている。
【0016】試料の定量分析時には、加熱部7からグラファイトチューブ21に大電流を流し、これを加熱する。そして、図5に示した試料注入口25から試料液をグラファイトチューブ21内に入れ、そこで試料を原子化する。上述したようにグラファイトチューブ21内を通過する光は、試料に含まれる元素に特有の波長の光が強く吸収される。信号処理部9では、このような吸収を受けない場合の受光強度と吸収を受けた場合の受光強度との比を計算し、その吸収率から試料を定量する。
【0017】本原子吸光分光光度計では、このような実際の試料の分析に先立ち、分光器3に対して原子化部2と光源1との位置の調整が自動的に実行される。この調整を行うために、例えば2個のステッピングモータ等を含んで構成されるX/Y移動部6により、原子化部2は、グラファイトチューブ21を貫通する光束の光軸Cに直交する面内で互いに直交する二軸(X、Y)の方向にそれぞれ独立に移動可能となっている。同様に光源1は、光源移動部8により、二軸(X、Y)の方向にそれぞれ独立に移動可能となっている。また、位置調整部5はマイクロコンピュータを含んで構成され、所定のプログラムに従って後述のように各部を制御する。
【0018】以下、図4に示すフローチャートに従って、この自動位置調整動作を説明する。まず、X/Y移動部6及び光源移動部8により、光源1と原子化部2とを初期位置にセットする(ステップS1)。また、測定対象の元素に対する波長の光が検出器4に導入されるように、回折格子33の回転角度を調整する(ステップS2)。次いで、光源1のランプを消灯する(ステップS3)と共に、加熱部7からグラファイトチューブ21に電流を流し、原子化が可能であるような所定の温度になるまでグラファイトチューブ21を加熱し、その温度を維持する(ステップS4)。なお、光源1のランプを消灯する代わりに、ランプを点灯させたまま、光源1と原子化部2との間の光路中に適当な遮光体を挿入し、光源1からの光がグラファイトチューブ21内に入らないようにしてもよい。グラファイトチューブ21が所定温度まで上昇したならば、実質的な調整動作を開始する。
【0019】図2は、本実施例の原子吸光分光光度計における入口スリット31のスリット開口31aとグラファイトチューブ21の発光による円環状結像21aとの位置関係を示す模式図である。この原子吸光分光光度計では、図2(a)に示すように、スリット開口31aは円環状結像21aに内接する程度の開口長dを有している。従って、図2(a)に示すような状態が最も理想的である。しかしながら、原子化部2が入口スリット31に対してY軸方向にずれた位置に在ると、例えば図2(b)に示すように、円環状結像21aの一部がスリット開口31aに掛かる。すると、スリット開口31aを通り抜けた光の中で回折格子33で選択された特定波長の光が検出器4に到達し、その分だけ受光強度信号が大きくなる。また、原子化部2が入口スリット31に対してX軸方向にずれた位置に在る場合も、例えば図2(c)に示すように、円環状結像21aの一部がスリット開口31aに掛かり、その分だけ受光強度信号が大きくなる。
【0020】図3は、理想状態に対して、上述したようにX軸方向又はY軸方向にずれがある場合のずれ量と受光強度信号との関係を示すグラフである。Y軸方向のずれに関しては、最適位置Y0から両側(実際には上下)にずれるに従い、急峻に受光強度が増大する。これに対し、X軸方向のずれに関しては、最適位置X0から両側にずれるに従い比較的緩やかに受光強度が増加する。何れにしても、図2(a)に示したような理想状態を与える最適位置X0、Y0において、それぞれ受光強度は最小となり、その位置からずれるほど受光強度は増加する。なお、ここでは、原子化部2と分光器3との相対的位置のずれは或る範囲以内に収まっており、例えばスリット開口31aが円環状結像21aの外側に出てしまうような大きなずれは生じない。
【0021】位置調整部5は、まず、原子化部2を所定の範囲でもってY軸方向に所定ステップずつ移動させるようにX/Y移動部6を制御する。そして、所定ステップ長移動する毎に検出器4で得られた受光強度信号を読み込み、移動前後の受光強度の増減を判定する。そして、受光強度が減少していってその減少率が小さくなり、減少率がゼロになったあとに増加に転じる位置を見つける。つまり、これにより、受光強度が最小となる位置を見い出し、Y軸上の位置をそこに一旦固定する(ステップS5)。次いで、X軸方向にも同様にして原子化部2を移動させ、受光強度信号が最小となるX軸上の位置を見つける(ステップS6)。そのあと、ステップS5の調整を実行する前の受光強度信号とステップS6の調整を実行した後の受光強度信号との差を計算し、その差が所定値以下であるか否かを判定する(ステップ7)。
【0022】始めX軸方向、Y軸方向共に理想状態からずれた位置に在る場合、X軸方向及びY軸方向のそれぞれ1回ずつの調整によっては、必ずしも理想状態になるとは限らない。そこで、上記ステップS7で調整前後の受光強度信号の差が所定値以下でない場合には、未だ理想状態の近傍でないものと判断して上記ステップS5に戻る。通常、上記ステップS5〜S7を複数回繰り返すと、原子化部2はX軸、Y軸上の最適位置X0、Y0に収束してゆく。そして、調整前後の受光強度の差が所定値以下になった時点で、原子化部2をその位置に固定する(ステップS8)。
【0023】続いて、光源1のランプを点灯させ(又は光源1と原子化部2との間に挿入した遮光体を光路中から退避させて)、光源1から発した光を、原子化部2、分光器3を介して検出器4に導入する。そして今度は、上述した原子化部2の調整動作と同様にして光源1を光源移動部8によりY軸方向及びX軸方向に移動させ、検出器4による受光強度信号が最も大きくなる位置を探す(ステップS9、S10、S11)。通常、光源1の光軸と、原子化部2のグラファイトチューブ21の貫通孔の中心軸とが一致している場合に、検出器4による受光強度は最大となり、このときに、光源1からの光が検出器4に到達する効率が最良となる。ステップS11にて調整前後の受光強度の差が所定値以下になっていたならば、光源1の位置も収束したものと判断し、その時点で光源1の位置を固定し(ステップS12)、自動位置調整動作を終了する。
【0024】これにより、グラファイトチューブ21の発光光の影響が最小になるように、分光器3に対する原子化部2の位置が調整され、更に、光源1から発した光が最も多く検出器4に導入されるように、原子化部2及び分光器3に対して光源1の位置が調整される。
【0025】以上、位置調整部5による原子化部2及び光源1の位置の自動調整動作の一例を示したが、具体的な調整のアルゴリズムはこれに限るものではない。即ち、原子化部2をX軸−Y軸面内で移動させ、検出器4による受光強度信号が最小又はそれに近い状態になるような位置を見つけることが可能であれば、どのように原子化部2を移動させてもよい。勿論、入口スリット31の開口31aとグラファイトチューブ21による円環状結像21aとを所定状態にすることが目的であるから、原子化部2の位置を固定して、分光器3(及び検出器4)をX軸、Y軸方向に移動するようにしてもよいし、その両方を移動させるようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の一実施例による原子吸光分光光度計の要部の構成図。
【図2】 本実施例の原子吸光分光光度計における入口スリットのスリット開口とグラファイトチューブの発光による円環状結像との位置関係を示す模式図。
【図3】 理想状態に対してX軸方向又はY軸方向のずれがある場合のずれ量と受光強度信号との関係を示すグラフ。
【図4】 本実施例の原子吸光分光光度計における自動位置調整動作のフローチャート。
【図5】 電気加熱式原子吸光分光光度計で原子化に用いられている電気加熱炉の一例を示す略断面図。
【図6】 従来の原子吸光分光光度計の光路構成図。
【図7】 従来の原子吸光分光光度計における入口スリットのスリット開口とグラファイトチューブの発光による円環状結像との位置関係を示す模式図。
【符号の説明】
1…光源 2…原子化部
21…グラファイトチューブ 21a…円環状結像
3…分光器 31…入口スリット
31a…スリット開口 32、34…反射鏡
33…回折格子 35…出口スリット
4…検出器 5…位置調整部
6…X/Y移動部 7…加熱部
8…光源移動部 9…信号処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】加熱管の内部で試料を原子化すると共に、光源からの光を該加熱管内に通過させ、その出口側に設けた測光器により測定するフレームレス原子吸光分光光度計において、a)前記測光器の光路入口に設けられ、所定の大きさの開口を有する入口スリットと、b)前記加熱管又は測光器の少なくとも何れか一方を、光源と入口スリットとを結ぶ光軸に略直交する面内で移動させる移動手段と、c)光源からの光が加熱管を通過しないようにすると共に該加熱管を所定温度に加熱した状態で、前記測光器で測定される光の受光強度信号が最小又はそれに近い状態になるように、前記移動手段により加熱管及び/又は測光器を移動させる制御手段と、を備えることを特徴とするフレームレス原子吸光分光光度計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2001−56288(P2001−56288A)
【公開日】平成13年2月27日(2001.2.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−234616
【出願日】平成11年8月20日(1999.8.20)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】