説明

フローセル

【課題】これまで個別に行われてきた表面プラズモン共鳴測定と電気化学測定を同一金属表面で同時に測定し、測定の簡便化及び高速化を可能とするフローセルを提供する。
【解決手段】透明基板の一面にプリズムを配置し、該基板の他面には金属薄膜からなる作用電極を設け、さらに該基板の作用電極面側に開口部を設けたスペーサーを介して試料導入孔及び試料排出孔を有する上部部材を配置することにより、試料液の流路を形成してなる電気化学測定用フローセル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気化学測定や表面プラズモン共鳴測定などの分析技術に用いられるフローセルに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リボザイムやアブザイムといった、特異的な相互作用や触媒作用機能を有する生体分子が注目されている。生体分子間の相互作用解析には、表面プラズモン共鳴法による測定が盛んに行われている。(例えば、特許文献1〜3参照)
【特許文献1】特開2007−199047号公報
【特許文献2】特開2007−108010号公報
【特許文献3】特開2006−145470号公報
【0003】
これは、表面プラズモン共鳴法では、非標識で抗原抗体反応や核酸などの特異的な相互作用を簡便に解析可能であり、生体分子のスクリーニングに適しているためである。しかしながら、表面プラズモン共鳴法では、酵素などの触媒活性を観測することは難しいため、生体分子の触媒活性は従来の吸光法などにより測定が行われている。
一方、電気化学測定法は、酵素の触媒活性などを比較的高感度に測定可能な手法として知られているが、相互作用解析には不向きである。したがって、これまで表面プラズモン共鳴測定と電気化学測定は、個別に行われてきた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、これまで個別に行われてきた表面プラズモン共鳴測定と電気化学測定を同一金属表面で同時に測定し、測定の簡便化及び高速化を可能とするフローセルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のフローセルでは、次の1〜6の構成を採用する。
1.透明基板の一面にプリズムを配置し、該基板の他面には金属薄膜からなる作用電極を設け、さらに該基板の作用電極面側に開口部を設けたスペーサーを介して試料導入孔及び試料排出孔を有する上部部材を配置することにより、試料液の流路を形成してなる電気化学測定用フローセル。
2.前記上部部材に試料液の流路に接続して参照電極と対向電極を設けたことを特徴とする1に記載の電気化学測定用フローセル。
3.前記上部部材に設けられた金属ピンが作用電極と接触して導通可能に基板に固定されたことを特徴とする1または2に記載の電気化学測定用フローセル。
4.前記スペーサーを交換することにより、試料液の流路形状や線流速を変更可能としたことを特徴とする1〜3のいずれかに記載の電気化学測定用フローセル。
5.前記作用電極を金薄膜により形成したことを特徴とする1〜4のいずれかに記載の電気化学測定用フローセル。
6.前記基板やプリズムを、ガラスもしくは偏光特性が保持されるプラスチックから選択された材料により構成したことを特徴とする1〜5のいずれかに記載の電気化学測定用フローセル。
【発明の効果】
【0006】
本発明のフローセルは、透明基板の一方の面へはプリズムを配置させ、反対側の面へはエバネッセント波の染み出しが十分であるように最適な膜厚の金属薄膜を形成し、さらに該金属薄膜が流路内に配置されるフローセル構造を有していることから、同一の金属薄膜上で表面プラズモン共鳴測定と電気化学測定が同時に可能であり、特異的相互作用と触媒活性を有する生体分子の高速スクリーニングに有効である。
また、電気化学的に酸化還元した際の金属表面の誘電率変化を同時に計測可能であり、光電気化学の研究にも有効である。さらに、金や銀等の貴金属とチオール化合物を介して固定した生体分子を、電気化学的に還元もしくは酸化させることにより脱離させ、表面を繰り返し使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明のフローセルに用いる薄膜金属を形成する透明基板としては、ガラスやプラスチックが使用可能である。ただし、プラスチックを用いる際には、非晶性かつ低複屈折性のポリカーボネート等の材料を選択することが好ましい。
透明基板へ形成する金属薄膜は、表面プラズモン共鳴がおこる金属が適しており、可視光を用いる際には金や銀が適している。これら金属をスパッタリング法や蒸着法により堆積させるが、その厚さはエバネッセント波の染み出しを考慮すると50nm程度が好ましい。また、透明基板と金もしくは銀薄膜との密着性が弱い際には、チタンやクロムを介して堆積させることも可能である。
【0008】
この金属薄膜を有する透明基板はマッチングオイルを介して、プリズム上へ装着する。プリズムは、ガラスもしくは偏光特性が保持されるプラスチックから選択された材料により構成することができる。このプリズムは、予めフローセル自体を構成する部材として用意し、フローセルを組み立てた後に、プリズムを取り除いた表面プラズモン共鳴測定器に取り付けることができる。また、表面プラズモン共鳴測定器のプリズムを用いて、該プリズム上にマッチングオイルを介して金属薄膜を有する透明基板を装着するようにしてもよい。
その後、流路を形成するための穴を開けたスペーサーを介して、参照電極並びに対向電極を具備する上部部材を押し当てる。なお、該部材は試料導入及び廃液用の貫通孔ならびに、作用電極となる金属薄膜とポテンシオスタットとの導通を得るための金属ピンも有している。該部材は溶液の圧力変化等により移動しないように、ネジにより固定化することが望ましい。
【実施例】
【0009】
以下、図面を参照しながら、本発明のフローセルの実施例について詳細に説明するが、以下の具体例は本発明を限定するものではない。
(実施例1)
本発明のフローセルを構成する各部材の模式図を図1に示す。また本フローセルを表面プラズモン共鳴測定器へ組み立てた際の断面模式図を図2に示す。
この例では、表面プラズモン共鳴測定器(NTTアドバンステクノロジ社製)のガラス製のプリズム1へ、屈折率マッチングオイル2を塗布後、ガラス基板3を装着した。このガラス基板3へは、スパッタリング法によりチタンを2nm、さらに金を48nm程度堆積させることにより、薄膜金属電極4を形成している。該薄膜金属電極4は、直径3mmの円形部分と矩形の部分とからなり、円形部分が作用電極並びに表面プラズモン共鳴測定面となり、矩形部分は該円形部分と導通を得るための配線パターンとなる。なお本実施例では、薄膜金属電極4の円形部分上へ西洋わさびペルオキシターゼを含むオスミウムポリビニルビピリジン錯体(BAS社製)を7μL滴下し、冷蔵庫内(4℃)で一晩乾燥させた。この乾燥時間内に上記錯体は、薄膜金属電極4上で水に不溶な膜を形成する。
【0010】
つぎに、楕円形に孔をあけた厚さ80μmスペーサー5を載せ、さらに上部部材としてアクリル製ブロック6を載せた。該アクリル製ブロック6は、電気化学測定を行うための、ねじ込み式の参照電極7と中空のステンレスパイプを差し込んだ対向電極8を有している。また、試料導入のための試料導入チューブ9ならびに廃液用チューブ10、薄膜金属電極4との導通を得るための金属ピン11も有している。このようなアクリル製ブロックからなる上部部材6をスペーサー5を介して薄膜金属電極4を有する基板3へ押し当てることにより、薄膜金属電極4が薄層流路中に配置された構造となり、かつ金属ピン11が薄膜金属電極4の一部と接触するために導通を得ることが可能となる。
ガラスプリズム1へは、表面プラズモン共鳴測定のための入射光12をくさび形に薄膜金属電極4に照射し、反射光13をリニアCCDで測定することにより表面プラズモン共鳴角度の算出を行うことが可能となる。また、これらの組み立てに際して、アクリル製ブロック6を、ネジ14により表面プラズモン共鳴測定器の筐体15を介して押しつけることにより固定化しているため、取り付け及び取り外しが容易である。電気化学測定の際には、薄膜金属電極4と導通をとった金属ピン11及び、参照電極7、対向電極8をポテンシオスタット(図示せず)に接続し、金属薄膜電極4の電極電位を制御した。
【0011】
このフローセルを用いて電気化学測定と表面プラズモン共鳴角度測定を同時に行った結果を、図3に示す。電極電位を0Vから0.6Vへと掃引した際に、西洋わさびペルオキシターゼを含むオスミウムポリビニルビピリジン錯体が酸化されると共に表面プラズモン共鳴角度が下がる様子が観察された。また、折り返しの0.6Vから0Vへと電極電位を掃引すると表面プラズモン共鳴角度が上昇し、再び元に戻る様子を確認することが出来た。図3において、実線が電流値を、点線が表面プラズモン共鳴角度を示す。このように、本発明のフローセルを用いることにより、同一薄膜金属電極上での、電気化学測定と表面プラズモン共鳴角度測定の同時計測を実現した。また、本測定はフローセル内で行っており、溶液の交換が容易であることはもちろん、流れ中での計測も可能である。さらに、本発明のフローセルでは、フローセルに組み込むスペーサー5の厚さを変えることにより、容易に電極上の線流速を変化させることが可能であり、ポンプの流速を変えずに、生体反応速度に応じて、線流速を最適化することも可能である。
【0012】
本発明のフローセルを用いることにより、生体反応の1つである抗原抗体反応を表面プラズモン共鳴法ならびに電気化学測定法の両者により、評価することが可能となる。以下にその具体例を実施例2として示す。
(実施例2)
まず、実施例1と同様に、表面プラズモン共鳴測定器のプリズム1へ、屈折率マッチングオイル2を介して、ガラス基板3を装着し、さらに、楕円形に孔をあけたスペーサー5を載せ、さらに上部部材としてアクリル製ブロック6を載せた。その後、本発明のフローセルへ0.1 mg/mLのポリリジン(蒸留水中)及び0.1 mg/mLのポリスチレンスルホン酸(蒸留水中)を、流速20μL/分で5分ごとに交互に導入することにより金薄膜4上へ積層膜を形成した。本積層膜は、各々の高分子電解質のイオン性相互作用により吸着することで、帯電を失い不溶化することにより形成される。さらに本積層膜は、カルボキシル基を有するため、これを活性化するカルボジイミドカップリング法により抗原タンパクを固定化した。
具体的には以下のように行った。0.4 mg/mLのN-ethyl-N'-(3-dimethyl aminopropyl)
carbodiimide hydrochloride(Pierce社製)及び1.1 mg/mL のhydroxysuccinimide(Pierce社製)を含む10mM 酢酸緩衝液溶液(pH5.5)を本発明のフローセルに流速20μL/分で15分間導入し、積層膜のカルボキシル基を活性化させる。その後、酢酸緩衝液をフローセルへ導入することで洗浄し、さらに抗原タンパクであるTNF-α(濃度2μg/mL、酢酸緩衝液中)を流速20μL/分でフローセルに2分間導入した。これによりTNF-αのアミノ基と、積層膜上の活性エステルが結合し、積層膜にTNF-αが固定化される。さらに、未反応の活性エステルが残余している可能性があるため、0.1Mのアミノエタノール(酢酸緩衝液中)を流速20μL/分で5分間フローセルに導入することで、残余活性エステルを不活性化した。
【0013】
このようにして作製した膜を有する本発明のフローセルを用いて、以下のように表面プラズモン共鳴法並びに電気化学測定法により抗原抗体反応量を見積もることが可能である。先ず、表面プラズモン共鳴法による抗原抗体反応量は以下のように求めた。0.1Mのリン酸バッファ(pH7.0)を流速20μL/分でフローセルへ導入しながら、ベースラインとなる表面プラズモン共鳴角度を得た。その後、アルカリファスファターゼが標識されたIgG(0.1M リン酸バッファpH7.0中)を流速20μL/分でフローセルへ導入したところ、表面プラズモン共鳴角度の上昇を確認することが出来た。また、IgG濃度を10 pg/mL 〜 0.9μg/mLの間で変化させると、図4に示すようにIgG濃度の上昇に伴い表面プラズモン共鳴角度の上昇を確認することが出来た。表面プラズモン共鳴法での応答(図中の四角印)は、流速20μL/分で15分間IgGを導入したことに伴う表面プラズモン共鳴角度の変化量を示している。図4から、金薄膜4上で起こる抗原抗体反応を表面プラズモン共鳴角度の変化量から見積もることが可能であることが判った。これは、抗原抗体反応に伴い金薄膜4付近の屈折率が変化するためである。
【0014】
さらに表面プラズモン共鳴測定法に続いて、電気化学的手法により抗原抗体反応した量を以下のように見積もった。アルカリファスファターゼ標識IgGを導入後、標識酵素の基質となる2mMのp−アミノフェノールフォスフェート(150mM塩化ナトリウムを含む10mMトリス緩衝液中)を導入した。その後、溶液を静止してから標識酵素の反応時間として5分間放置の後、金薄膜4の電極電位を−0.2Vから+0.35Vへと掃引した。この電極電位範囲では、酵素基質であるp−アミノフェノールフォスフェートは電気化学的に不活性であるが、酵素反応により脱リン酸化したp−アミノフェノールは電気化学活性である。そのため、電極電位を掃引した際の酸化電流値からも抗原抗体反応量を見積もることが可能である。
図4に、上述したように本発明のフローセルを用いて、電気化学測定法よって抗原抗体量の評価を行った結果を示す。電気化学測定法での応答(図中の丸印)は、5mV/秒で電極電位を−0.2Vから+0.35Vへ掃引した際のピーク電流密度を示している。両者共に良好な検量線を得ることが出来、またほぼ同型の検量線を得ることが出来た。これにより、本発明のフローセルを用いることにより、生体相互作用を異なる2つの手法で、精緻に評価可能であることが判った。
【0015】
(実施例3)
本発明のフローセルを構成する部材の一部となる、プラスチック製プリズムの模式図を図5に示す。本プラスチックプリズムは、光学用ポリカーボネート樹脂(帝人社製、型番SP−1715)を射出成形することにより作製し、さらに120℃で2時間アニーリングを行った。本アニーリングは、プリズムの歪みを除くためである。その後、プラスチックプリズムの平面側へ真空中でスパッタリング法により金薄膜を形成した。得られたプラスチックプリズムを、ガラスプリズムを取り除いた表面プラズモン共鳴測定器へ取り付け、その後実施例1と同様にアクリル製ブロックを取り付けたところ、ガラスレンズを用いたときと同様に測定が可能であった。本発明のフローセルにプラスチックプリズムを用いることにより、実施例1の屈折率マッチングオイルを塗布する作業を省略可能であり、より簡便に計測可能である。また、ガラスプリズムに比べ射出成形法で作製したプラスチックプリズムは安価に量産可能である長所を有する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明のフローセルを構成する各部材の組み立て前の模式図である。
【図2】本発明のフローセルを表面プラズモン共鳴測定器へ組み立てた際の断面模式図である。
【図3】実施例1において、本発明のフローセルを用いて、電子移動層を酸化還元した際の電流値と表面プラズモン共鳴角度の変化を測定した結果である。実線が電流値を、点線が表面プラズモン共鳴角度を示す図である。
【図4】実施例2において、本発明のフローセルを用いて、抗原抗体反応を表面プラズモン共鳴法ならびに電気化学測定法により測定した結果を示す図である。
【図5】本発明のフローセルを構成する部材の一部となる、ポリカーボネート製プリズムの模式図である。
【符号の説明】
【0017】
1 プリズム
2 屈折率マッチングオイル
3 ガラス基板
4 薄膜金属電極
5 スペーサー
6 アクリル製ブロック(上部部材)
7 参照電極
8 対向電極
9 試料導入チューブ
10 廃液用チューブ
11 金属ピン
12 入射光
13 反射光
14 ネジ
15 表面プラズモン共鳴測定器の筐体部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基板の一面にプリズムを配置し、該基板の他面には金属薄膜からなる作用電極を設け、さらに該基板の作用電極面側に開口部を設けたスペーサーを介して試料導入孔及び試料排出孔を有する上部部材を配置することにより、試料液の流路を形成してなる電気化学測定用フローセル。
【請求項2】
前記上部部材に試料液の流路に接続して参照電極と対向電極を設けたことを特徴とする請求項1に記載の電気化学測定用フローセル。
【請求項3】
前記上部部材に設けられた金属ピンが作用電極と接触して導通可能に基板に固定されたことを特徴とする請求項1または2に記載の電気化学測定用フローセル。
【請求項4】
前記スペーサーを交換することにより、試料液の流路形状や線流速を変更可能としたことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の電気化学測定用フローセル。
【請求項5】
前記作用電極を金薄膜により形成したことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の電気化学測定用フローセル。
【請求項6】
前記基板やプリズムを、ガラスもしくは偏光特性が保持されるプラスチックから選択された材料により構成したことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の電気化学測定用フローセル。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−25681(P2010−25681A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−185918(P2008−185918)
【出願日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】