説明

ブリの飼育コストを低減する方法。

【課題】人工種苗由来の仔魚から安定的かつ確実に養殖ブリの出荷と採卵用親魚の飼育を継続することによってブリの飼育コストを低減する方法の提供。
【解決手段】ブリの人工養成親魚を9月中旬に陸上水槽に収容し、日長と水温を制御してその卵巣を増大させた後ホルモン剤を注射して産卵を誘発する早期採卵技術によって12月に採卵を行ない、その仔魚の一部を1年間養殖して得られた成魚を出荷すると共に、残りの仔魚を2年間親魚として養成して上記の早期採卵技術を用いて12月に採卵を行なう方法を繰り返すことによってブリ養殖期間と親魚養成期間をそれぞれ約1年間短縮し、ブリの飼育コストを低減する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブリの飼育コストを低減する方法に関する。詳しくは、人工種苗由来の成魚を親魚とし、後で詳しく説明する「12月採卵技術」を用いて、親魚の養成期間を短縮すると共に、出荷サイズまでの養殖期間も短縮させ、ブリの飼育コストを低減する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブリ(Seriola quinqueradiata)は、日本列島近海を南北に移動する大型の回遊魚で、定置網や巻き網などの漁業により年間約5万トン、養殖においては年間約15万トンの生産量を誇る我が国沿岸の水産資源の中でも最も重要な魚種の一つである。
【0003】
現在実施されているブリの養殖では、天然の親魚が2月から3月にかけて東シナ海から薩南海域で産卵し、黒潮に乗って北上する流れ藻につき、春先に漁獲された天然種苗(モジャコ)が使われている。これら天然種苗は、養殖業者の海上小割生簀に搬入され、その後、約2年間かけて商品サイズに成長するまで飼育される。また、これらの天然種苗を親魚に養成し、安定的に採卵できるようになるまでには、通常3年間を要している。
【0004】
このように、従来のブリの養殖は、天然種苗に依存しており、親魚の養成に3年、商品サイズに至るまでの養殖に2年の歳月を要するため、その間の飼餌料費や飼育管理のための労力と人件費など多大なコストが必要である。そのため、親魚養成と養殖ブリの飼育コストを低減するために、ブリの飼育技術として、親魚の養成期間を短縮できる方法や、商品サイズまでの養殖期間を短縮できる方法の開発が望まれている。
【0005】
また、天然種苗の資源量には豊凶がある上、乱獲などによって天然稚魚(モジャコ)の減少が懸念されている。そのため、今後は天然種苗だけに依存しないで、人工種苗由来の仔魚を親魚として養成し、ブリの飼育を計画的かつ安定的に推進できる技術の開発が必要とされている。
【0006】
従来、海上生簀などの人工的な環境下で飼育された養成親魚の産卵期は、海水温が19℃に達する4月下旬から5月上旬で、天然魚の産卵期(2月から3月)より2カ月遅い。そのため、人工種苗は、同時期の天然稚魚に比べてサイズが著しく小さく、放流効果が上がりにくかった。そこで、種々試験・研究の結果、非特許文献1、3及び4に報じられているように、親魚の飼育環境条件のうち日長と水温の両方の条件を制御すると雌親魚の卵黄形成が促進され、卵巣卵径が増大するので、この親魚にホルモン剤を注射して産卵を誘発し、通常の養成親魚の産卵期より2カ月早く、天然親魚の産卵期と同時期の2月に採卵する早期採卵技術(以下この技術を「2月採卵技術」と記す。)が開発された。
【0007】
本発明者らは、さらに研究を続け、非特許文献5で報じられているように、天然種苗由来の3歳魚ないし5歳魚を親魚とし、2月採卵技術の日長条件を一部変更することによって、天然親魚よりも2カ月早い12月に採卵する早期採卵技術(以下この技術を「12月採卵技術」と記す。)を開発し、公表した。この12月採卵技術によって得られた仔魚を飼育した結果、天然モジャコ(全長3〜5cm、体重2〜5g)が養殖用として採捕される4月下旬には、この仔魚が全長で20cm、体重で約100gに達し、1年後には、体重が平均2.3kg(最大個体は2.8kg)まで育てることができた。この体重はこれまでのブリ養殖魚の中で最高値である。
【0008】
ブリ人工種苗の生産技術の開発を進める上では、その起点となる優良親魚の養成と良質卵の安定確保が最も重要であるが、同時に、親魚に仕立てるためのコストを極力下げる必要がある。そのためには、成熟するまでの親魚の養成期間をできるだけ短縮することが必要である。また、人工生産魚(人工種苗由来の成魚)を用いて12月早期採卵技術を安定的に実施できる技術の開発も必要である。
【0009】
本発明者らは、長年の間ブリ親魚養成技術の開発・改良研究に従事しているが、上記のとおり、12月採卵技術由来の人工生産魚が1年後に優良な成魚に成長することに鑑み、この人工生産魚を2年間養成して親魚とし、この親魚から再び12月採卵技術によって種苗を得、その仔魚の一部を1年間養殖して出荷すると、ブリの養殖期間を従来より1年間短縮できる上、残りの仔魚を2年間養成して親魚にすれば、採卵用親魚の養成期間も従来より1年間短縮できるのではないかという発想を得て、試験・研究を続けた結果、本発明を完成するに至った。なお、ブリ親魚養成における飼育環境条件や早期採卵技術に関しては、以下の技術文献が知られている。
【特許文献1】特開2003−333953号公報
【非特許文献1】社団法人日本栽培漁業協会古満目事業場『平成8年度事業報告書』所載の「IV−5ブリの自然産卵試験」の項(90〜96頁)
【非特許文献2】社団法人日本栽培漁業協会平成11年3月発行『ブリの親魚養成技術開発』所載の「1.採卵用親魚」の項(1〜5頁)
【非特許文献3】社団法人日本栽培漁業協会平成11年3月発行『ブリの親魚養成技術開発』所載の「(5)早期産卵」の項(33〜37頁)
【非特許文献4】社団法人日本栽培漁業協会2002年6月発行『栽培技研』第30巻第1号所載の「ブリの2月採卵における日長制御方法の改良」の項(1〜6頁)
【非特許文献5】日本水産学会平成18年3月15日発行『日本水産学会誌』第72巻第2号所載の「日長および水温条件の制御によるブリの12月産卵」の項(186〜192頁)
【0010】
特許文献1には、ブリ、ハマチ、カンパチ、ヒラマサの養殖に当たって、遅くとも10月から翌年5月までの期間、午後4時頃から翌朝7時頃まで水中に懸架したランプで照明しながら生簀にて飼育することによって、通常5〜6月に起こる産卵と精子の水中への放出のために増体重が停滞する現象が起こらず、この期間にも魚は成長を持続し、所定のサイズの魚を停滞させせることなく収穫・出荷する方法について開示されている。しかし、この方法は、魚のホルモンのバランスに全く配慮しておらず、そのため、魚が安定的かつ継続的に成長できるとは言いがたい。また、特許文献1には、採卵用親魚の養成法については全く言及していない。
【0011】
非特許文献1は、2月採卵技術に関するもので、以下の試験例が報じられている。すなわち、非特許文献1には、社団法人日本栽培漁業協会(当時)の古満目事業場において、平成7年11月14日に供試親魚として天然養成4歳魚を用いて試験を開始し、最初は午前7時から午後3時までの8時間のみを自然採光とする短日処理(34日間)を行ない、次いで、午後3時以降から2〜3日ごとに1時間ずつ長日化し、1日当たりの日長時間が18時間に達した段階で一定とする長日化処理(66日間)を行ない、飼育水温が19℃以下になった場合には加温を施した試験区では供試親魚に卵巣卵径の急激な増大が認められ、試験開始97日後にヒト胎盤性生殖線刺激ホルモン(human chorionic gonadotropin:HCG)を注射して産卵を誘発したところ、2月21日から3月3日まで産卵が認められた。なお、その間の雌親魚1尾当たりの産卵数は102.8万粒、孵化仔魚数は25.3万尾であった旨が記載されている。
【0012】
非特許文献2には、採卵用親魚の養成には「熟させる」飼育技術が必要であり、出荷用成魚の飼育には「太らせる」飼育技術が必要であるから、両者はその観点も手法も異なること、人工的に種苗生産され、2年間養成された親魚(人工養成2歳魚)から昭和59年(1984年)に人工授精で初めて採卵に成功したこと、その供試魚の最小個体は、尾叉長55cm、体重3.2kgであったことなどが紹介されている。
【0013】
非特許文献3は、2月採卵技術に関するもので、以下の試験例が報じられている。すなわち、非特許文献3には、社団法人日本栽培漁業協会(当時)の古満目事業場において、モイストペレットで飼育した養成ブリ親魚を用いて産卵期直前に3〜4週間の間、人工照明による長日処理を行ない、その後HCG注射による産卵を誘発する試験を3年間にわたって実施した結果、通常の産卵期(4月下旬から5月上旬)よりも約1カ月早い時期(3月下旬から4月初旬)に大量の良質卵の確保が可能となったこと、及び、産卵期前のブリ親魚群を光及び水温の両制御条件下で飼育することによって通常の産卵期よりも2カ月早い2月の採卵に成功したものの、採卵期を1月まで早めることはできなかったことなどが記載されている。また、非特許文献4には、ブリの2月採卵技術において、12月からの約2カ月間の長日処理(18L6D)と19℃下限水温の制御を行なった結果、短日処理と長日化処理をしなくても、HCG注射により産卵が誘発され、種苗生産に供与できる受精卵の安定確保が可能となった旨が記載されている。
【0014】
非特許文献5は、12月採卵技術に関するもので、以下の試験例が報じられている。すなわち、非特許文献5には、独立行政法人水産総合研究センター・五島栽培漁業センター(旧日本栽培漁業協会五島事業場)において、2002年から2004年の3カ年間、供試親魚として天然養成の3〜5歳魚を用いて、毎年9月中旬にこれら親魚を陸上水槽に移し、まず、午前8時から午後4時までの8時間のみを自然採光とする短日処理(6L18D)を10日間行ない、次いで、午後4時から深夜12時までの間レフランプ2灯を点灯する長日処理(18L6D)を80日間行ない、合計90日の試験期間を通じて水温が低下した場合には加温を施して最低水温を19℃に維持した結果、供試親魚の卵巣卵径に急激な増大が認められたのでHCGを注射して産卵を誘発したところ、各年とも12月中旬に産卵が認められたこと、この3年間の雌親魚1尾当たりの最良の産卵数は100万粒、同孵化仔魚数は18万尾であったことなどが記載されている。
【0015】
これら各技術文献を精査しても、人工種苗由来の成魚を養成して親魚として用い、12月採卵技術によって早期に種苗を得、その仔魚の一部を養殖して早期出荷すると共に、残りの仔魚を養成して早期に親魚にするなどの、ブリの出荷期間と採卵用親魚の養成期間を従来よりも短縮する方法に関しては何ら開示されていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上記の状況に鑑み、本発明は、人工種苗由来の成魚を養成した親魚によって得られた仔魚から、安定的かつ確実に養殖ブリの出荷と採卵用親魚の飼育を継続することによって、ブリの飼育コストを低減する方法を提供するこを第1の課題とする。また、本発明は、特にブリの人工養成2歳魚を親魚とし、12月採卵技術を用いて早期採卵を安定的に実施し、ブリ親魚の飼育期間を短縮することによってブリの飼育コストを低減する方法を提供することを第2の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の両課題を解決するための本発明のうち特許請求の範囲・請求項1に記載する発明は、ブリの人工養成親魚の雌雄を9月中旬に陸上水槽に収容して約90日間、日長条件と水温条件を制御して雌親魚の卵巣卵径を増大させた後ホルモン剤を注射して産卵を誘発させる早期採卵技術によって12月に採卵を行ない、その種苗から得られた仔魚の一部を1年間養殖して得られた成魚を出荷すると共に、残りの仔魚を2年間養成し、得られた親魚の雌雄を9月中旬に陸上水槽に収容して前記の早期採卵技術を用いて12月に採卵を行ない、その種苗から得られた仔魚の一部を1年間養殖して出荷すると共に、残りの仔魚を2年間親魚として養成して前記の早期採卵技術を用いて12月に採卵を行なう方法によって、ブリ養殖の期間と親魚養成の期間をそれぞれ約1年間短縮し、ブリの飼育コストを低減する方法である。
【0018】
また、同請求項2に記載する発明は、ブリの人工養成親魚の雌雄を9月中旬に陸上水槽に収容して約90日間、日長条件と水温条件を制御して雌親魚の卵巣卵径を増大させた後ホルモン剤を注入して産卵を誘発させる早期採卵技術によって12月に採卵を行ない、その種苗から得られた仔魚の一部を1年間養殖して得られた成魚を出荷すると共に、残りの仔魚を2年間養成し、得られた親魚の雌雄を9月中旬に陸上水槽に収容して前記の早期採卵技術を用いて12月に採卵を行ない、その種苗から得られた成魚の一部を1年間養殖して出荷すると共に、残りの成魚を2年間親魚として養成して前記の早期採卵技術を用いて12月に採卵を行なう方法を継代的に繰り返すことによって、ブリ養殖の期間と親魚養成の期間を毎回約1年間短縮し、ブリの飼育コストを低減する方法である。
【0019】
さらに、同請求項3に記載する発明は、早期採卵技術として、日長条件は明期8時間・暗期16時間の短日処理を約10日間実施した後、明期18時間・暗期6時間の長日処理を約80日間実施し、この間、水温条件は19℃を下回ったとき加熱して下限水温を19℃に維持する方法を採り、卵巣卵径の増大を確認した後親魚にHCG注射をして産卵を誘発させ、12月に採卵する方法を用いる請求項1又は2に記載のブリ養殖と親魚養成の期間をほぼ1年間短縮し、ブリの飼育コストを低減する方法である。
【発明の効果】
【0020】
従来は天然種苗由来の成魚を養成した親魚から得られた仔魚を用いて、種苗から親魚までの養成期間が3年、種苗から出荷までの養殖期間が2年とされていた親魚養成とブリ養殖の方法を、本発明によれば、人工種苗由来の成魚を養成した親魚から得られた仔魚を用いて、種苗から親魚までの養成期間を2年、種苗から出荷までの期間を1年にそれぞれ短縮できるので、本発明は、親魚養成の期間とブリ養殖の期間をそれぞれ約1年間も短縮でき、ブリの飼育コストを大幅に低減することができる。
【0021】
また、本発明によれば、人工種苗由来の成魚を養成した親魚から得られた仔魚を用いて、短期間で天然ものよりも大きいサイズのブリを出荷することができると共に、優良な種苗を安定して生産できることが確認されたので、今後は天然種苗に依存しなくても、計画的かつ安定的にブリの養殖と親魚の養成を実施できるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
非特許文献1などに示すとおり、2月採卵技術由来の人工種苗は、サイズにおいて、また、成長性や生残率においても天然種苗との差は認められないものの、人工種苗としての付加価値を発揮するには未だ十分でない。そこで、本発明者らは、ブリ人工種苗の付加価値を高めるため、非特許文献5に示すように、2002年(平成14年)から2004年(平成16年)にかけて、天然種苗よりも大型の人工種苗を生産できる優良な卵の安定的かつ計画的な確保を目指して、天然魚の産卵期よりも約2カ月早い12月に採卵する技術(12月採卵技術)の開発に着手し、成功した。そこで、本発明を説明する前に、参考例として、本発明者らが実施した12月採卵技術の開発試験について詳しく説明する。
【0023】
《参考例1》
<12月採卵技術の開発試験>
(1)供試した親魚
本試験例では、天然種苗を養殖業者が約2年間飼育した2歳の成魚を海上小割生簀(直径8m×水深5mの円筒形)で約9カ月から2年7カ月間養成した3歳から5歳までの親魚を供試魚として使用した。供試魚の平均尾叉長66〜74cm、平均体重5.5〜8.8kg、肥満度は18〜21であった。
【0024】
(2)試験方法
イ)これらの供試魚を毎年9月中旬にコンクリート製陸上水槽(実容量90kL)に収容して、自然条件下で2日間の水槽への馴致期間を設けた後に卵黄形成の促進を図るため、環境条件(日長及び水温の両条件)の制御を開始した(環境制御開始0日目とする)。
ロ)すなわち、短日処理は明期8時間と暗期16時間(8L16D)として午前8時から午後4時までの8時間は自然日長条件下で飼育し、午後4時から翌朝8時までの16時間は水槽全体を遮光幕で覆い、その期間は10日間とした。長日処理は、短日処理終了直後から明期18時間と暗期6時間(18L6D)として午前6時から深夜12時までの18時間についてタイマー制御により水槽直上部に設置したレフランプ(500W)2灯を点灯し、その期間は80日間とした。
ハ)水温条件は、環境制御開始0日目以降、自然水温が19℃を上回る場合には自然条件とし、その後、自然水温が19℃を下回るようになった時点から加温により最低水温を19℃に維持した。
ニ)陸上水槽に収容した直後から産卵が始まる直前までの間、市販配合飼料を給餌し、環境制御開始40日目及び同90日目にカニューレにより卵巣卵の一部を採取して卵巣卵径を測定し、その平均値(以下「平均卵巣卵径」と記す。)を親魚の成熟度の指標として調査した。
【0025】
(3)試験結果
イ)その結果、環境条件を制御して養成した親魚群の平均卵巣卵径は、両条件とも自然条件とした対照区と比較して、いずれの年も有意(p<0.01)に増大し、卵黄形成の促進が確認された。環境制御開始90日目には、全ての供試親魚にHCG注射を行ない、水槽内における誘発産卵を試みた。
ロ)HCG注射を行なった2日後に産卵が認められ、2002年には総採卵数で999.8万粒、受精卵数で418.9万粒の大量採卵に成功し、引き続き、2003年と2004年にも大量採卵に成功した。
【0026】
この参考例に示すとおり、本発明者らは、ブリ天然種苗由来の親魚を用いて、養成親魚の産卵期を通常の産卵期(4月下旬から5月上旬)からは約4カ月、天然親魚からは約2カ月早める「12月採卵」に成功した。また、各年の初回産卵で得られた孵化仔魚を用いた孵化後10日間の初期飼育試験では、生残率が14.1〜36.7%となり、通常のブリ種苗生産における初期生残率(10〜15%)と比較しても全く遜色のない結果が得られた。
【0027】
上記参考例に示すとおり、3歳〜5歳の天然養成親魚(天然モジャコを海上小割生簀で3〜5年間飼育養成した成魚)を供試魚とする12月採卵技術は成功したので、次に、本発明者らは、人工養成2歳魚(人工的に種苗生産された種苗を2年間飼育養成した成魚)を供試魚とする12月採卵技術の開発を試み、以下の試験を行なった。
【0028】
《試験例1》
(1)供試した親魚
本試験例には、平成15年12月25日に12月採卵技術によって得られ、孵化したブリの仔魚を約1年5カ月飼育した人工養成2歳魚(平均尾叉長55cm、平均体重3.7kg)計28尾(♂:♀=14:14)を供した。これらの養成親魚を平成17年8月25日に試験区と対照区に2分し、容量80kLの陸上水槽2面にそれぞれ14尾(♂:♀=7:7)を収容した
【0029】
(2)試験方法
イ)試験区の環境条件は、供試魚を水槽に収容した当日から、自然環境条件下で17日間の陸上水槽へ馴致させる期間を設けた翌日から、以下に説明する日長及び水温の両条件について制御した。日長条件は、短日処理と長日処理を組み合わせて制御した。
ロ)すなわち、短日処理は、明期8時間と暗期16時間(8L16D)として午前8時から午後4時までの8時間は自然日長条件下で飼育し、午後4時から翌朝8時までの16時間は水槽全体を遮光幕(遮光率100%:ボンガードZT−2602F、日本ウエーブロック)で覆った。短日処理の期間は、9月11日から9月20日までの10日間とした。ハ)長日処理は、短日処理終了直後から明期18時間と暗期6時間(18L6D)とし、朝6時から深夜12時までの18時間について、タイマー制御により水槽直上部に設置したレフランプ(500W)2灯を点灯した。長日処理の期間は、9月5日から12月10日までの80日間とした。
ニ)なお、対照区は、水槽収容直後から試験期間を通して自然日長とした。
ホ)試験区における水温条件は、陸上水槽収容時以降は自然条件とし、その後、自然水温が19℃を下回るようになった時点から加温により最低水温を19℃に維持した。水温を19℃に維持する理由は、自然界においてブリは19℃前後の水温のときに産卵するからである。一方、対照区では、試験期間を通して自然水温とした。
ヘ)陸上水槽収容時(8月25日)、環境制御開始40日後(10月21日)、同90日後(12月10日)にカニューレを用いて卵巣卵の一部を採取し、卵巣卵径を測定する成熟調査を実施した。また、同90日目には産卵を誘発するためにヒト胎盤性生殖線刺激ホルモン(HCG)を供試魚の背部筋肉内へ注射し、水槽内での産卵を誘発した。なお、ブリを含む多くの魚種について試験した結果、産卵誘発剤として現状ではHCGが最も効果が大きいことが確認されている。
【0030】
(3)試験結果
イ)成熟調査の結果、表1に示すように、卵巣卵径は、陸上水槽収容時及び環境制御開始40日後では試験区と対照区との間で有意な差は認められなかった。しかし、同90日後では、対照区の卵巣卵径が141μmであるのに対し、試験区の卵巣卵径は734μmであり、試験区の供試魚の成熟が有意に促進されていることが判明した。
ロ)さらに、環境制御開始40日後には、HCG注射により、試験区では採卵が可能とされる卵巣卵径700μm以上の個体が7尾中6尾(85.7%)認められたが、対照区では1尾も確認できず、人工養成親魚は、天然養成親魚よりも成熟の同調性が高いことが判明した。
ハ)試験区では、HCG注射から2日後の12月12日に産卵が始まり、12月15日までの4日間で総採卵数227万粒(受精卵は156万粒)が採卵できた。表2に示すように、受精卵や孵化率などの産卵成績や得られた卵の卵径は、これまでの天然種苗から養成した親魚での早期採卵成績と比較して各項目とも遜色ないものであった。
ニ)この卵から孵化させた仔魚についても、孵化後10日間の初期飼育試験を行なった結果、表3に示すように、生残率は31.8%であり、従来の試験結果とほぼ同様の値が得られた。
【0031】
(4)試験結果の考察
イ)以上の試験結果から、人工養成2歳魚を親魚として用いた12月採卵技術の開発試験では、成熟の同調性がみられ、卵質及び仔魚の飼育試験でも従来の結果と遜色のない結果が得られることが判明した。
ロ)また、これまで良質の卵を大量に確保するためには、3歳魚(約6kg)以上の親魚が必要とされていたが、12月採卵技術で得られた人工種苗を養成した成魚を親魚として用いることによって、人工養成2歳魚で12月の早期採卵技術の実施が可能であることが確認された。
ハ)この人工養成2歳魚から得られた種苗を育成すると、同時期の天然魚より大きく、1年間飼育することで出荷サイズまでの育成が可能である。

【表1】

【表2】

【表3】

【0032】
以上の試験結果から、従来は、種苗から親魚までの養成期間が3年、種苗から出荷までの期間が2年とされていたブリの養殖方法を、種苗から親魚までの養成期間が2年、種苗から出荷までの期間が1年に短縮できるので、大幅なコスト削減を図ることができる。また、これらの親魚から得られた種苗で継代を繰り返せば、12月採卵に適したブリ養殖用家系の作出に結びつくことが期待できる。
【0033】
上記の試験結果から明らかなとおり、本発明は、ブリ親魚の飼育環境条件のうち日長条件と水温条件を9月から約3カ月間にわたって制御すると共に親魚にホルモン剤を注射して産卵を誘発する12月早期採卵技術によって12月に採卵を行ない、その種苗の一部を1年間養殖して成魚として出荷すると共に、残りの種苗を2年間養成し、得られた成魚の雌雄を親魚として用いて12月早期採卵技術によって12月に採卵を行ない、その種苗の一部を1年間養殖して成魚として出荷すると共に、残りの種苗を2年間養成し、得られた成魚の雌雄を親魚として用いることによって、親魚の飼育期間とブリの養殖期間をほぼ1年間短縮し、ブリの飼育コストを低減する方法である。
【0034】
また、本発明は、ブリ親魚の飼育環境条件のうち日長条件と水温条件を9月から約3カ月間にわたって制御すると共に親魚にホルモン剤を注射して産卵を誘発する12月早期採卵技術によって12月に採卵を行ない、その種苗の一部を1年間養殖して成魚として出荷すると共に、残りの種苗を2年間養成し、得られた成魚の雌雄を親魚として用いて12月早期採卵技術によって12月に採卵を行ない、その種苗の一部を1年間養殖して成魚として出荷すると共に、残りの種苗を2年間養成し、得られた成魚の雌雄を親魚として用いる方法を継代的に繰り返すことによって、親魚の飼育期間とブリの養殖期間を毎回ほぼ1年間短縮し、ブリの飼育コストを低減する方法である。
【0035】
本発明で用いる12月採卵技術は、日長条件は短日処理と長日処理を組み合わせて制御し、水温条件は19℃を下回らないように制御し、その後雌親魚にホルモン剤を注射して早期産卵を誘発する方法である。さらに、具体的には、日長条件は明期8時間・暗期16時間の短日処理を約10日間継続した後、明期16時間の長日処理を約80日間継続し、この間、水温条件は19℃を下回ったときのみ加熱して下限水温を19℃に維持することとし、卵巣卵径の増大を確認した後雌親魚にHCG注射をして産卵を誘発する方法を用いて12月に採卵を行なう技術である。
【0036】
日長条件は、現在のところ、短日処理と長日処理を組み合わせる上記の方法が最適であると考えられ、水温条件は19℃下限維持が最適であると考えられるが、今後の試験・研究によって、これらの条件は変更されることも考えられる。また、12月採卵技術を用いて採卵する親魚は、海上小割生簀から陸上水槽へ移す方が効果的であると考えられる。その理由は、海上生簀のままでは飼育環境条件が自然現象に左右され、自然任せの飼育管理となって再現性を得にくいからである。ブリ本来の産卵を早期化するためには日長と水温をコントロールする必要があるが、海上ではこの制御が困難である。特に海水温は毎年異なるので制御が難しい。しかし、いずれにしても、ブリ親魚の飼育環境条件のうち日長条件と水温条件の制御を9月から開始し、親魚の卵巣卵径の増大を確認した後ホルモン剤を注射して産卵を誘発し、人工養成成魚から12月に採卵する技術を用いることは、本発明の方法に含まれる。また、ホルモン剤注射についても、現在のところ、HCG注射が効果を上げているが、これに限るものではなく、例えば、GnRHなどの使用も有効であると考えられる。
【0037】
また、12月採卵技術で得られた卵を用いた種苗生産試験では、3月末に、人工種苗は全長14cm(体重33g)に達することが判明している。一方、天然種苗は、4月末の時点で全長約3cm(体重3g)であり、同じ時期の天然種苗よりも有意に大きい人工種苗を養殖に利用することで、養殖用種苗が安定的に確保できると共に、一方では天然稚魚を採捕する必要がなくなり、天然資源の保護にも大きく貢献できるものと考えられる。
【0038】
また、12月採卵技術によって得られた種苗は、翌年12月の満1歳の段階には出荷サイズの成魚(2.5〜3kg)まで成長することが確認されている。このことは、出荷までに要する種苗の飼育日数が大きく短縮され、養殖に関わるコストの軽減に大きく貢献できることを示している。
【0039】
さらに補足すると、天然魚の場合、12月採卵では未だ雌親魚の成熟状況が一定ではなく、バラツキがある。そのため、大量の卵を安定的に採卵するには多くの雌親魚が必要になる。これに対し、人工2歳魚では、雌親魚の成熟にバラツキが少なく、天然魚に比べて雌親魚が少なくて済む。また、12月採卵技術によって得られた人工種苗からは天然種苗を養成した親魚に比べて12月採卵技術に適した(すなわち成熟の同調性が高い)親魚が得られる。これら親魚から得られた種苗を何代も継代して親魚を養成することでさらに成熟の同調性が高い、遺伝的に選抜された親魚が養成できる。しかも、天然種苗では親魚まで3年を要するが、本発明に係る人工種苗では2年で親魚となし得るという利点がある。
【産業上の利用可能性】
【0040】
ブリで開発された本発明に係る早期採卵技術は、カンパチやヒラマサなどのブリ属をはじめとする他の海産魚類についても十分応用可能な技術となり得るものと考えられる。また、本種の繁殖特性に応じた飼育環境をコントロールすることにより、成熟・産卵を効果的に制御する技術が開発され、ひいては、卵が必要な任意の時期に、いつでも確保できる採卵技術の開発につながることが期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブリの人工養成親魚の雌雄を9月中旬に陸上水槽に収容して約90日間、日長条件と水温条件を制御して雌親魚の卵巣卵径を増大させた後ホルモン剤を注射して産卵を誘発させる早期採卵技術によって12月に採卵を行ない、その種苗から得られた仔魚の一部を1年間養殖して得られた成魚を出荷すると共に、残りの仔魚を2年間養成し、得られた親魚の雌雄を9月中旬に陸上水槽に収容して前記の早期採卵技術を用いて12月に採卵を行ない、その種苗から得られた仔魚の一部を1年間養殖して出荷すると共に、残りの仔魚を2年間親魚として養成して前記の早期採卵技術を用いて12月に採卵を行なう方法によって、ブリ養殖の期間と親魚養成の期間をそれぞれ約1年間短縮し、ブリの飼育コストを低減する方法。
【請求項2】
ブリの人工養成親魚の雌雄を9月中旬に陸上水槽に収容して約90日間、日長条件と水温条件を制御して雌親魚の卵巣卵径を増大させた後ホルモン剤を注入して産卵を誘発させる早期採卵技術によって12月に採卵を行ない、その種苗から得られた仔魚の一部を1年間養殖して得られた成魚を出荷すると共に、残りの仔魚を2年間養成し、得られた親魚の雌雄を9月中旬に陸上水槽に収容して前記の早期採卵技術を用いて12月に採卵を行ない、その種苗から得られた成魚の一部を1年間養殖して出荷すると共に、残りの成魚を2年間親魚として養成して前記の早期採卵技術を用いて12月に採卵を行なう方法を継代的に繰り返すことによって、ブリ養殖の期間と親魚養成の期間を毎回約1年間短縮し、ブリの飼育コストを低減する方法。
【請求項3】
早期採卵技術として、日長条件は明期8時間・暗期16時間の短日処理を約10日間実施した後、明期18時間・暗期6時間の長日処理を約80日間実施し、この間、水温条件は19℃を下回ったとき加熱して下限水温を19℃に維持する方法を採り、卵巣卵径の増大を確認した後親魚にHCG注射をして産卵を誘発させ、12月に採卵する方法を用いる請求項1又は2に記載のブリ養殖と親魚養成の期間をほぼ1年間短縮し、ブリの飼育コストを低減する方法。




















【公開番号】特開2007−300837(P2007−300837A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−131135(P2006−131135)
【出願日】平成18年5月10日(2006.5.10)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】