説明

ブレベトキシン誘導体の定量方法

【課題】神経性貝毒であるブレベトキシン誘導体のひとつであるBTX−B2等の新規定量法の提供。
【解決手段】
下記工程:試料を酸化反応処理すること、及び、該試料中の式(I):


の化合物を定量することを含む、上記化合物の定量方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有毒プランクトンに由来する神経性貝毒であるブレベトキシンBTX−B2等の新規定量法に関する。
【背景技術】
【0002】
貝中毒はその原因毒によってその特徴的症状が異なる。世界的に、麻痺性貝中毒(PSP)、下痢性貝中毒(DSP)、記憶喪失性貝中毒(ASP)と神経性貝中毒(NSP)の4種がよく知られている。これらの貝中毒についての研究の過程でPSPに関わる有毒プランクトンが貝中腸腺内で確認されたのを機に、各貝中毒の原因毒、原因毒産生プランクトン、貝の毒化機構、原因毒の分析法等に関する研究が精力的に行われてきた。その結果、PSP原因毒の一つはサキシトキシン(Saxitoxin)、ネオ−サキシトキシン(Neo-saxitoxin)とゴニオトキシン(Gonyautoxin)の、及びDSPではオカダ酸(Okadaic Acid)、ジノフィシストキシン(Dinophysis Toxin)、ペクテノトキシン(Pectenotoxin)とエソトキシン(Yessotoxin)であることが突止められ、これらを産生する各々のプランクトンが特定された。また、取り込まれたプランクトン中の毒が貝に直接蓄積されることも見いだされた。ASPの場合、ドウモイ酸(Domoic acid)が蓄積毒の一つで、その産生プランクトンの一種が明らかにされた。
【0003】
一方、Walkerはフロリダ西海岸で1880年に初めてNSPを記録した。その後、アメリカ合衆国のフロリダから北はノースカロライナ、西はテキサスに至るメキシコ湾沿岸において、渦鞭毛藻類K.brebisの赤潮が発生し、多くの海洋生物の瀕死が起こる現象は、現在まで続いている。1965年には、この赤潮に曝された二枚貝をヒトが摂取することで頭痛、知覚異常、四肢の麻痺、呼吸困難、嘔吐、下痢、胃痛等の症状をともなう食中毒が起きることが明らかとなった。この中毒症状が、それまでに知られていた他の貝中毒とは異なり、神経系及び消化器系障害が主な兆候であることから、NSPと称されてきた(非特許文献1)。渦鞭毛藻の一つ、K. brebisはブレベトキシン(brevetoxin)である、PbTx−1、PbTx−2及びPbTx−3を、1.4:9.8:3.0の比で産生すると報告されている(非特許文献2)。これらのことから、NSPはK. brebisが作りだすブレベトキシンが貝に蓄積され、それにより貝中毒が引き起こされると推定されているが、これまで実証されてこなかった。
【0004】
現在、世界の多くの国では、貝の毒化(貝が毒産生プランクトンに汚染されて毒性を有するようになること)を監視するために、漁場海水中のプランクトンモニタリングを行っている。特定の有毒プランクトンが検出され、その密度が規制値を超えた場合は、漁獲対象の貝の毒力測定を実施している。毒力測定は、米国公衆衛生協会(APHA)記載のPSP、DSP、ASP、及びNSPのいずれかの原因毒の毒力を測るマウスを用いた試験法(マウスアッセイ)に従って成され、その結果より、陸揚げ、出荷の可否が決められている。しかし、これらの方法は、貝がどの毒によって、どの程度毒化したかを正確に測定するという観点からは、感度、正確さ、定量性に乏しいことから、汎用性が高く、迅速で、かつ精度の高い貝毒の分析定量法の開発が強く求められている。これらの要件を満たす方法として機器分析学的方法がある。しかし、機器分析学的方法においては、測定すべき対象がすべて特定され機器分析学的に同定できることが必要である。
【0005】
これまでブレベトキシンで汚染された貝類より単離された神経性貝毒として明らかとなったブレベトキシン(またはブレベトキシン誘導体)には、図1に示すような、PbTx−2、PbTx−3、BTX−B1、BTX−B2(請求項1に示す式(I)の化合物)、BTX−B3、BTX−B4(請求項1に示す式(II)および(III)の化合物)、BTX−B5等がある(特許文献1、非特許文献3および図1)。しかし、これら一連のブレベトキシンは、プランクトン中で生合成されたPbTx−2が、貝類中で解毒作用を受けることによって生成された代謝物(ブレベトキシン誘導体)と推測されている(貝類にとっては、毒性が低下しているが魚類や人間にとっては未だ毒性は高い)。そして、図2に示すような代謝経路が提案されている(非特許文献3および4)が、その全容は不明のままである。従って、未だ同定されていないブレベトキシン誘導体(代謝中間体)も存在していると推測されている。例えば、図2に示す、PbTx−2からBTX−B2およびBTX−B4に至る過程に示されている化学構造(A),(B),(C)のようなブレベトキシン誘導体が未だ同定されていないがその存在が推測されている。そのため、機器分析学的手法による貝類中に存在するブレベトキシンの測定では、すべてのブレベトキシン誘導体の量を測定できているとはいえず正確とはいえなかった。すなわち、未だ同定されていない毒性を有するブレベトキシン誘導体(例えば図2の化学構造(A),(B),(C)のブレベトキシン誘導体)があってもそれらを測定できていなかった。
【0006】
これに対し、本発明人は、これら存在しながら隠れているブレベトキシン誘導体の測定を可能とし、貝類中に存在するブレベトキシン量をより正確に機器分析学的手法による定量に反映させる方法を見出した。これは、ブレベトキシン誘導体を含む試料を酸化することによってBTX−B2の量が顕著に増加することを見出したことによる。この増加は、おそらく未同定のBTX−B2の酸化前前駆体(図2の化学構造(B)のブレベトキシン誘導体)が酸化反応によりBTX−B2に変換したことによるものと推測される。
【0007】
これまで、ブレベトキシン誘導体の酸化については、特許文献1において触媒SeO2の存在下で過酸化水素によりPbTx−2のアルデヒドがカルボン酸に変換されBTX−B5が生成することが開示されているだけである。また図2に示すようなブレベトキシンの酸化反応(おそらく酵素反応による選択的酸化反応)は推測に過ぎず、このような推測の酸化反応をブレベトキシンに生じさせる方法は知られていなかった。従って、本発明に見られる簡単な酸化反応処理を施すだけで、隠れていたBTX−B2の酸化前前駆体がBTX−B2となり、BTX−B2の測定量が顕著に増加することはまったく予想されていなかった。
【特許文献1】特願2003−399683
【非特許文献1】E F MaFarren, et.al., Toxicon, 3, 5521-5524(1982)
【非特許文献2】H-N Chou, Y Shimizu, TetrahedronLetters, 23, 5521-5524(1982)
【非特許文献3】A Nozawa, et.al., Toxicon, (2003)Jul; 42(1): 91-103.
【非特許文献4】K Murata, et.al., Tetrahedron, Vol.54(1998) pp.735-742
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、神経性貝毒であるブレベトキシン誘導体のひとつであるBTX−B2等の新規定量法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、神経性貝毒の検査を必要とする生体試料中の神経性貝毒の機器分析学的定量分析において、当該生体試料に直接または当該生体試料由来の調製物に酸化反応処理を施し、当該酸化反応処理により式(I)、(II)、(III)の化合物へと変換された式(I)、(II)、(III)の化合物の酸化前前駆体を、当該酸化反応処理前から当該生体試料中または当該生体試料由来の調製物中に存在する式(I)、(II)、(III)の化合物とそれぞれあわせて、式(I)、(II)、(III)の化合物とし、それらの少なくとも一つを定量する方法に関する。
【0010】
(1)本発明は、
下記工程:
試料を酸化反応処理すること、及び、
該試料中の式(I):
【化4】


式(II):
【化5】


または
式(III):
【化6】


の化合物の少なくとも一つを定量することを含む、上記化合物の定量方法に関する。
【0011】
(2)本発明は、酸化剤を含む、(1)に記載の化合物の検出キットに関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法により、試料中に存在しながら隠れていたBTX−B2の酸化前前駆体をBTX−B2として定量できるようになった。これにより、分析機器の検出感度を上げることなく、BTX−B2の検出感度を上げることが可能となった。また、BTX−B2の検出感度が上がったことによりBTX−B2と神経性毒性との関連性をより正確に評価することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に用いる試料は、生体由来の試料であり、好ましくは、トリガイ、イガイ、カキ、アサリ、ハマグリ、カラス貝、ホタテ貝、アカ貝、ムール貝などの貝類、渦鞭毛藻K.brebis、K. mikimotoiなどの海洋性プランクトン類、ハマチ、ブリ、タイ、ヒラメ、アジ、サバ、イサキ、ハゼ、メジナ、マグロなどの魚類、ジュゴン、ラッコ、イルカ、クジラなどの海洋動物、ヒト、ネコ、イヌ、カモメ、カメ、スッポン、ハト、ニワトリなどが挙げられるが、神経性貝毒の検査を必要とする生物であればこれらに限定されない。
【0014】
神経性貝毒とは、人が摂取することで頭痛、知覚異常、四肢の麻痺、呼吸困難、嘔吐、下痢、胃痛などの神経系及び消化器系障害の兆候を示す食中毒を引き起こす毒化合物を指し、特にブレベトキシンを指す。
【0015】
試料として用いる時は、肉、内臓、体液(血液を含む)など生体のいずれの部分でも構わない。試料が肉、内臓などの固形体の場合には、試料は予めホモジナイザーなどを用いてすり潰されたホモジネート状態であることが好ましい。
【0016】
本発明に用いる試料は、例えば以下のような方法でさらに調製されることが好ましい。
試料の調製方法は、0.05〜10g、好ましくは0.5gの剥き身の貝類などのホモジネートに対して、重量で2〜20倍量、好ましくは5倍量の10〜100%メタノール、10〜100%のエタノール、100%アセトン、100%アセトニトリルのいずれか1つ、好ましくは80%メタノールで、25〜90℃、好ましくは60℃の還流下、3〜60分間、好ましくは20分間の攪拌抽出を、1〜4回、好ましくは2回行い、得られた抽出液を合わせた後、真空エバポレーターなどを用いて濃縮乾固する。濃縮乾固後の残渣は、0.5〜10.0ml、好ましくは0.5mlの20〜100%メタノール、好ましくは80%メタノールに溶解後、残渣の溶解に用いた溶媒と当量の100%n−ヘキサンで分配し、メタノール層部(好ましくは80%メタノール層部)を分析試料溶液として用いる。場合により、濃縮乾固後の残渣は、0.5〜10.0ml、好ましくは0.5mlの水に溶解又は懸濁後、0.5〜10.0ml、好ましくは0.5mlの100%メチレンクロライド、100%エチルエーテル、100%酢酸エチルのいずれか1つ、好ましくは100%メチレンクロライドで1〜3回、好ましくは2回の抽出を行い、続いて、合わせた有機溶媒層部(好ましくは100%メチレンクロライド層部)を0.5〜5.0ml、好ましくは0.5mlの20〜100%メタノール、好ましくは80%メタノールと0.5〜5.0ml、好ましくは0.5mlのn−ヘキサンで分配し、メタノール層部(好ましくは80%メタノール層部)を分析試料溶液として用いる。本試料の調製は特に指定しない限り、23℃程度の室温、1気圧の大気圧下で実施される。ただし、上記試料調製の条件は、機器分析用にブレベトキシンを試料より調製できれば、上記条件に限定されることはない。
【0017】
本発明に用いる試料を酸化反応処理するとは、好ましくは上記の試料の調製方法によって調製された分析試料溶液に酸化剤を添加すること、または分析試料溶液を酸素に曝すことによって実施される分析試料溶液の酸化反応処理を意味するが、場合によっては上記調製前の試料に直接、酸化剤を添加したり、または試料を酸素に曝して酸化反応処理を実施しても構わない。
本発明に用いる酸化剤には、例えば、過酢酸(CH3COOOH)、亜塩素酸ナトリウム(NaClO2)、過酸化水素(H22)、二酸化マンガン(MnO2)、クロム酸(H2CrO4),過ヨウ素酸ナトリウム(NaIO4)などが挙げられるが、好ましくは、二酸化マンガン、過酸化水素、過酢酸、より好ましくは過酸化水素である。過酸化水素は、市販の30%過酸化水素水でも構わない。
【0018】
添加する酸化剤の量は、例えば市販の30%過酸化水素水を用いた場合、例えば0.5g/0.5mlの分析試料溶液(0.5gの試料のホモジネートを上記試料の調製方法により最終的に0.5mlの80%メタノールに調製したものであることを意味する)0.5mlに対して、5〜100μl、好ましく20〜50μl、より好ましくは40μlである。当然、上記分析試料溶液の濃度、量または添加する過酸化水素水の濃度が変われば、それに合わせて添加する過酸化水素水の量も変化し得る。
酸化反応処理時間は、例えば市販の30%過酸化水素水を用いた場合、0.1〜5時間、好ましくは0.5〜2時間、より好ましくは1時間である。当然、上記分析試料溶液の濃度、量または添加する過酸化水素水の濃度が変われば、それに合わせて酸化反応処理時間も変化し得る。
酸化反応処理温度は、0〜30℃、好ましくは5〜20℃、より好ましくは10℃付近の温度である。酸化反応処理時の圧力は、1気圧の大気圧である。
さらに、酸化剤の種類が変われば、上記酸化反応処理の条件(酸化剤の濃度、添加量、反応時間、反応温度、反応圧力)が変化し得ることは当業者においては周知のことであり、上記30%過酸化水素水による酸化反応処理と同じ酸化効力を示す酸化剤または酸化反応処理条件であれば酸化剤の種類または酸化反応処理の条件が変化しても構わない。
【0019】
また、試料を酸素に曝す場合には、空気中に分析試料溶液を置いて酸化させるが、この時の温度は、0〜30℃、好ましくは5〜20℃、より好ましくは20℃付近の室温である。期間は、1〜12ヶ月、好ましくは3〜6ヶ月、より好ましくは3ヶ月である。さらに、バブリング等を用いて強制的に酸素を添加しても構わないが、この場合の条件は、上記酸化剤による酸化反応処理の場合と同様な酸化効力を発揮する酸化反応処理条件(酸素の濃度、添加量、反応時間、反応温度、反応圧力)であればよい。
【0020】
本発明に用いる化合物の分析および定量には、LC−MS/MS、HPLC−UV検出器、HPLC−蛍光検出器、キャピラリー−MS/MSなどの機器分析学的方法が挙げられるが、特にESI法を用いたLC−MS/MSによる分析および定量が好ましい。
ESIを備えたLC−MS/MSとは、静電噴霧イオン化が可能な液体クロマトグラフィー質量分析装置をさす。すなわち、LC−MSとは四重極の質量分析装置を検出器に用いた高速液体クロマトグラフィー分析装置であり、ESI法を用いたLC−MS/MSによる化合物の分析および定量法は、当業者には周知である。
【0021】
ブレベトキシンのESI法を用いたLC−MS/MSによる測定条件等は非特許文献3、非特許文献4、H Ishida, et. al., Toxicon, 701-712(2004)およびH Ishida, et. al., Tetrahedron Letters, 29-33(2004)に記載があり、測定に用いる装置、試薬、条件等は以下に限定されないが、例えば、液体クロマトグラフィー(HPLC)装置は、Alliance system(Waters Corp., Milford, MA, USA)、液体クロマトグラフィー用分離カラムは、Cadenza CD-C18(3×150mm、3μm、Intact)カラムを用いることができ、HPLC条件は、例えば、移動相;20分間の0.1%ギ酸−アセトニトリル(CH3CN)(20〜80%CH3CN)の勾配、流速;0.2mL/min、カラム温度;45℃、20μL試料溶液の注入で実施できる。
【0022】
ESIを備えたLC−MS/MS装置は、例えば、ESIインターフェースを備えたQuattro Ultima triple-stage quadrupole MS system (Micromass、Cheshire、UK)、データ補足解析等はMasslynx NT software (version 3.5)などが使用できる。測定条件は、コリジョン(衝突)エネルギー、50〜150eV,好ましくは100eV、コーン電圧、40〜80V,好ましくは60V、キャピラリー電圧、3.5〜5.5V,好ましくは5.5Vである。衝突ガスとしてはアルゴンまたは窒素ガスを用いることができる。
【0023】
本発明のBTX−B2(式(I)の化合物)の定量は、予め既知量のBTX−B2をESI法によるLC−MS/MSで測定し、検量線を作製することで、試料中で測定されたLC−MS/MSクロマトグラム上のBTX−B2のピーク面積を比較することで定量できる。
【0024】
BTX−B2以外のPbTx−2、PbTx−3、BTX−B1、BTX−B3、BTX−B4(式(II)および(III)の化合物)、BTX−B5の定量も、BTX−B2の定量と同様に、予め既知量の各ブレベトキシン誘導体の検量線を作製しておき、試料中で測定されたLC−MS/MSのクロマトグラム上のそれぞれの対応するブレベトキシン誘導体のピーク面積を比較することで定量できる。
【0025】
本発明で用いる検出キットには、先に記載の試料の調製に必要な溶媒、用具、先に記載した少なくとも一つの酸化剤から構成されており、必要に応じて、標準マーカーとして、式(I)に示すBTX−B2または式(II)もしくは(III)に示すBTX−B4の少なくとも一つを含んでもよい。
【実施例1】
【0026】
貝試料
1993年1月に、ニュージーランドで採られたWhangarei産の毒化トリガイ(cockle(Austrovenus stutchburyi))とTiki Road及びMcGregor Bay産の毒化カキ(Pacific oyster (Crassostrea gigas))、及び2月にBay of PlentyとCanon Hillでそれぞれ採取された毒化イガイ(Pipi (Paphles austrailis)とgreenshell mussel (Perna canaliculus))を用いた。尚、全ての貝は、使用時までは−30℃で保存した。
【0027】
標品
BTX−B2は、1993年2月に、ニュージーランド(NZ)のCoromandelで採取された毒化イガイより安元らの報告(非特許文献4)に従って調製した。すなわち、この毒化イガイの虫腸腺部(30Kg)をホモジネート後、アセトンで抽出した。抽出物を水と酢酸エチルで分配した。水層部をn−ブタノールで抽出し、得た抽出部を濃縮後、高速液体クロマトグラフィーを用いて、Develosil Lop C8カラム,ToyopearlHW-40カラム,Develosil TMS-5カラムで順次精製し、約30mgのBTX−B2を得た。
【0028】
分析試料調製
貝の剥き身の一定量を小ビーカーに入れ、氷冷下PHYSCOTRONホモジナイザー(ニチオン製(東京))でホモジナイズした。次いで、この貝ホモジネート(0.5g)に80%メタノール(2.5ml)を加え、60℃、20分間の攪拌抽出を2回行った。得た抽出液を濃縮乾固し、抽出物を得た。これを80%メタノール(0.5ml)に溶解した後、n−ヘキサン(0.5ml)で分配した。80%メタノール分画を分析試料溶液とした。または、場合により、濃縮乾固後の残渣を、0.5mlの水に溶解又は懸濁後、100%メチレンクロライドで2回の抽出を行い、続いて、合わせたメチレンクロライド層部を0.5mlの80%メタノールと0.5mlのn−ヘキサンで分配し、80%メタノール層部を分析試料溶液とした。
【0029】
酸化剤
30%H22(過酸化水素水、和光純薬製特級)を用いた。
【0030】
機器
ESI法によるLC−MS/MS分析は、液体クロマトグラフィー装置にAlliance system 2795(Waters製)またはAgillent 1100 LC system(Agillent製)を、MS/MSにはQuattro Ultima triple-stage quadrupole MS system(Micromass製)とAPI3000 LC-MS/MS System (AB Bio製)を、そして、データ取り込みと解析にMasslynx NT(Micromass製)とAnalyst(アプライドバイオ社(AB Bio)製)を適宜組み合わせて行った。
LC−MS/MS分析のHPLCカラムとして、Cadenza CD-C18 (ψ3×150mm, 3μm, Intact製)を用いた。
【0031】
分析および定量方法
全スキャンマス(Full-scan mass)スペクトルは各貝から調製した分析試料溶液20μlを MS/MS装置に流速0.2ml/分で直接導入(direct infusion法)し、MS1にてm/z300〜1200をスキャンすることで測定した。移動相は、0.1%HCO2H−CH3CN(1:1)を、ネガティブモードで用いた。
Quattro Ultima triple-stage quadrupole MS systemにおいては全スキャン衝突誘起解離(Full-scan collision-induced dissociation (CID))スペクトル測定は、アルゴンガスにて約1.3×10-4mbarに調整した衝突セル(Q2)内でquadrupole 1(Q1)において選択した前駆体イオン(precursor ion)を衝突させ、m/z50〜900の範囲をquadrupole MS(Q3)でスキャンすることで行った。
定量は、まず標品BTX−B2のCIDスペクトル測定のための前駆体イオンと産物イオン(product ion)を選択し、選択反応モニタリング液体クロマトグラフィータンデムマススペクトラム(selective reacted monitoring liquid chromatography-tandem mass spectrometry (SRM LC−MS/MS))を実施した。イオン源のソース温度とデソルベーション温度はそれぞれ100℃と300℃に、デソルベーションガスとコーンガスの流速はそれぞれ680と0l/時間にそれぞれ設定した。エレクトロスプレーキャピラリー電圧とコーン電圧は展開溶媒毎に最適化した。
【0032】
定量は、分析試料溶液をLC−MS/MSに注入し、得られたピーク面積値を用いて行った。尚、試料によっては、一定時間毎に標品試料の分析を実施した。カラム温度は45℃、注入量は20μlとした。
【0033】
展開相に0.1%HCO2H−CH3CN(16分かけてCH3CNを20から70%へ)を用いて、ポジティブモードにて10μg/ml濃度のBTX−B2のマススペクトルを測定した。その結果、両LC−MS/MS装置において分子関連イオンm/z1034([M+H])を検出した。このイオン強度は、Quattro Ultimaで、コーンエネルギー56Vの時に最高となった。イオン強度が最高となるコーンエネルギーは110Vであった(図3)。
【0034】
ポジティブモードでBTX−B2の[M+H]m/z1034をプリカーサー(前駆体)イオンとしてCID−MS/MS実験を行った。その結果、プロダクト(産物)イオン(m/z88)を高感度で検出できた(図3)。
以上のことから、BTX−B2のSRM分析に使用する前駆体イオン及び産物イオンの組み合わせを、m/z1034→88とした。
移動相に0.1%HCO2H−CH3CN(16分かけてCH3CNを20から70%にするグラジュエントで)を用いたBTX−B2の保持時間は14.0分で、クロマトグラムのピーク形状は良好であった(図4)。
【0035】
検討した濃度範囲、約0.5〜500ng/mlにおいてBTX−B2の直線性は良好(r2≧1.00)であった(図5)。
また、シグナル−ノイズ比が5を確保できる濃度を計算で求めた結果、BTX−B2の検出下限は、注入量として0.02ngであった。
BTX−B2を、それぞれ市販の無毒のトリガイに2〜800ng/gの濃度範囲で添加後の80%メタノールによる回収率は90〜95%、イガイでは、81〜87%、カキにおいては、80〜81%の範囲の値となった。このように、いずれの貝に於いても、検討した抽出溶媒では、添加回収率は、添加濃度に依らずほぼ一定であった。
【実施例2】
【0036】
酸化条件
上述した毒化トリガイ(1993年1月)を用いて、分析試料溶液(0.5g/0.5ml、トリガイの剥き身のホモジネート0.5gからの80%メタノール分画を80%メタノール0.5mlに溶解した試料であることを意味する)に温度10℃で過酸化水素を添加した後のBTX−B2の分析値を表2に示した。
【0037】
【表1】

【0038】
過酸化水素による酸化反応処理で分析試料溶液中のBTX−B2の測定量が顕著に増加(過酸化水素水40μlの添加時には約10倍の増加)することが観察された。40μlの過酸化水素水の添加後では、1時間後から8時間後までの定量値はほぼ一定となった。
以上のように、BTX−B2分析用の貝からの分析試料溶液(0.5g/0.5ml)0.5mlに温度10℃で30%過酸化水素水40μl添加した場合には1時間の反応で十分なことがわかった。
【0039】
今回の試料の酸化反応処理によるBTX−B2の増加は、貝中には酸化前の前駆体化合物(図2(B))がPbTxの代謝物として大量に存在し、それが、過酸化水素によっておそらく定量的にBTX−B2に変換されたことによるものと考えられる。
また、この分析試料溶液を約3ヶ月間冷蔵庫(約3度)保存した場合にも同様なBTX−B2の顕著な増加が観察された(データは示していない)。
【実施例3】
【0040】
毒化したトリガイ,イガイ及びカキ中のBTX−B2の濃度の測定
上述の方法を用いて、顕著なマウス毒性を示した1993年ニュージーランド産毒化トリガイ,イガイ及びカキ中のBTX−B2の分析を行った。そのESI−LC−MS/MSによるSRMクロマトグラムを図6に示した。その分析結果をマウス毒性試験の結果と供に表3に示した。
【0041】
マウスアッセイ
厚生省(現在は厚生労働省)により定められている貝毒試験法に準じて行った。
具体的には、昭和55年7月1日付け環乳第30号「貝毒の検査方法等について」、及び昭和56年5月19日付け環乳第37号「下痢性貝毒の検査について」に従った。
3〜4週令(体重10g前後)のddY系雄性マウスを日本SLCより購入して用いた。
貝をむき身し、その一定量を5倍量の80%メタノールで、還流下15分間抽出した。可溶部を濾取したのち、残差を再度同様の方法で抽出した。このようにして得た濾液を合わせ、濃縮乾固し、80%メタノール抽出物を得た。これをH2Oに溶解または懸濁した後、CH2Cl2で2回の抽出を行った。続いて、CH2Cl2層部を80%メタノールとn−ヘキサンで分配した。その80%メタノール分画を濃縮乾固後、1%Tween60生理食塩水に溶解または懸濁し、検体とした。
以上の様に調製した各検体の0.5mLを腹腔内投与した。
投与後の致死時間を測定し、その時間より、米国公衆衛生協会(APHA)により定められたNSPの毒力換算表を用いて、投与後の致死時間から、検体の毒力(マウスユニット,MU)を求めた。尚、1匹のマウスを致死せしめる量が1MUと定義されている。
【0042】
【表2】

【0043】
食中毒発生時に採られた毒化トリガイ、毒化イガイ及び毒化カキに高濃度のBTX−B2が検出された。このうち、これまで毒化イガイでは、BTX−B2の検出は報告されていたが、毒化トリガイにおいては、BTX−B2の検出は報告されていなかった。そのため、ブレベトキシンの代謝系はイガイとトリガイ間では異なり、トリガイ中ではBTX−B2が生成されにくいと考えられていた(H Ishida, et.al., Tetrahedron Letters, 29-33(2004))。
しかし、今回の実験から、マウス毒性試験(マウスアッセイ)によりブレベトキシンで汚染されていることの確認された三種類の貝すべてにBTX−B2が高濃度で含まれていることが明らかとなった。これは、本発明のような酸化反応処理により、トリガイのようなBTX−B2を生成(検出)しにくい貝類においても、有為な量のBTX−B2を生じさせることができ、本発明の方法を用いればBTX−B2を貝類のブレベトキシンによる毒化の共通マーカーにすることができることを意味している。すなわち、本発明の方法よりBTX−B2の量を測定することで、貝類のブレベトキシン汚染(毒化)の状況を把握できることがあきらかとなった。なお、市販の無毒の両二枚貝にはそれらを検出できなかった。
【0044】
また、BTX−B4も、図2に示すようにBTX−B2と同様のS−酸化過程を有していると推測されるので、BTX−B4も本方法により酸化前前駆体として隠れている化合物((図2(C)であって、n=12の化合物およびn=14の化合物)をBTX−B4として測定が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の方法から、マウス毒性試験(マウスアッセイ)によりブレベトキシンで汚染された貝には、共通してBTX−B2と酸化によりBTX−B2に変換されるその前駆体が高濃度で含まれていることが明らかとなった。従って、BTX−B2を、神経性貝毒の定量におけるマーカーとして、ブレベトキシンで汚染された貝類などに含まれている神経性貝毒のモニタリングに使用できる。そして、貝類、海洋プランクトン類、魚類などのブレベトキシンによる汚染の程度をBTX−B2として測定し、魚介類の陸揚げ、出荷における食品としての安全性の評価および検定に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】図1はブレベトキシン誘導体の化学構造式を示す。
【図2】図2は、ニュージーランドの貝類中でのPbTx−2の推定代謝経路を示す。
【図3】図3は、BTX−B2の[M+H](m/z1034)のポジティブ産物イオンマススペクトルを示す。条件:移動相;0.1%ギ酸−アセトニトリル(1:1);キャピラリー電圧、5.5kV;コーン電圧、56V;衝突エネルギー、110eV。
【図4】図4は、ポジティブESIで得られた標準BTX−B2(50ng/ml)のSRM LC−MS/MSクロマトグラム。SRM検出において使用された前駆体−産物イオンの組み合わせが示されている。
【図5】図5は、LC分離後のSRMにより得られたBTX−B2のピーク面積に関する検量線。各々のポイントは3回の分析の平均である。重み係数、1/x。
【図6】図6は、標準BTX−B2(50ng/ml)(A)及び毒化トリガイ(B)、イガイ(C)及び(D)カキの80%メタノール抽出物からの80%メタノール画分(g/mL)の、それぞれ、ポジティブESIでの高速液体クロマトグラフィー SRM−タンデムマススペクトメトリークロマトグラム。SRM検出で使用された前駆体−産物イオンの組み合わせ及び極性(m/z1034「M+H」>88)を示す。HPLC条件:カラム、Cadenza CD-C18(3mm×150mm、3μm);移動相、16分間の0.1%ギ酸−アセトニトリル(20〜70%アセトニトリル)の勾配、21分において100%まで上げ、10分間その状態を維持;流速、0.2mL/分;10μL注入。コーン電圧は、56Vで設定され、衝突誘起解離は、BTX−B2に対して、それぞれ110eVの衝突エネルギーで実施された。窒素が、衝突ガスとして使用された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程:
試料を酸化反応処理すること、及び、該試料中の
式(I):
【化1】


式(II):
【化2】


または
式(III):
【化3】


の化合物の少なくとも一つを定量することを含む、上記化合物の定量方法。
【請求項2】
酸化剤を含む、請求項1に記載の化合物の検出キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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