説明

プロスタグランジン産生阻害剤及び抗炎症剤

【課題】 新規のプロスタグランジン産生阻害剤及びそれを有効成分として含む抗炎症剤の提供。
【解決手段】 カルコン化合物の中から選択されるプロスタグランジン産生阻害剤。リコカルコンAまたはリコカルコンBからなるプロスタグランジン産生阻害剤。前記プロスタグランジン産生阻害剤を有効成分として含むことを特徴とする抗炎症剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規のプロスタグランジン産生阻害剤及び該プロスタグランジン産生阻害剤を有効成分として含む抗炎症剤に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内で免疫応答時などに発現するサイトカインのひとつにIL-1βがある。IL-1βは主に単球、マクロファージ及びその類縁細胞がエンドトキシン(LPS)やウイルスの刺激を受けることにより産生され、視床下部体温調節中枢や血管内皮細胞などの組織内でのプロスタグランジンE(以下、PGEと略記する)産生の亢進や破骨細胞の活性化を起こす。その結果、発熱や組織障害、ブラジキニンによる発痛の増強などの炎症反応や骨吸収の促進などが惹起される。そのためIL-1βは関節リウマチや骨粗鬆症などの疾患との関与が示唆されている(例えば、非特許文献1,2参照)。
【0003】
従ってIL-1βによるPGE産生を阻害する物質は、PGEと関連して起こる炎症反応や疾患を予防及び治療するための医薬材料として有効である可能性があり、新規のIL-1β誘導性PGE産生阻害物質が探求されている。本発明者らは甘草抽出物中にIL−1βによるPGE産生を阻害する物質を発見し、これを同定した。この物質はカルコン化合物であるリコカルコンAであった。
【0004】
リコカルコンAは周知の化合物であり、これまでに抗腫瘍剤、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌に有効な抗菌剤、化粧料、皮脂分泌抑制剤、HIV遺伝子発現抑制剤などとしての用途が提案されている(例えば、非特許文献3,4及び特許文献1〜5参照)。しかし、後述するように該化合物がIL-1β誘導性PGE産生阻害活性を有していることは従来知られておらず、新規の事項である。
【非特許文献1】上野晃憲、大石幸子、「炎症・アレルギーとプロスタノイド(1)炎症」、日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.), 117, 255-261(2001)
【非特許文献2】岩倉洋一郎、「関節炎発症におけるIL−1の役割」、最新医学、57巻、4号、16(840)〜24(848)頁、2002.4
【非特許文献3】Tetrahedron Letters No.50,pp4461-4462,1975
【非特許文献4】Shoji Shibataら,"Inhibitory Effects of Licochalcone A Isolated from Glycyrrhiza inflata Root on Inflammatory Ear Edema and Tumour Promotion in Mice",Planta med. 57(1991),pp221-224
【特許文献1】特開平6−122623号公報
【特許文献2】特開平7−2656号公報
【特許文献3】特開平10−77221号公報
【特許文献4】特開2001−163718号公報
【特許文献5】特開2001−253823号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述した通り、IL-1β誘導性PGEの産生阻害物質は新規医薬品のシード化合物として期待されている。
本発明はIL-1βによるPGE産生を抑制して抗炎症作用を示す新規物質の提供を目的する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は前記目的を達成するため、カルコン化合物の中から選択されるプロスタグランジン産生阻害剤を提供する。
また本発明はリコカルコンAまたはリコカルコンBからなるプロスタグランジン産生阻害剤を提供する。
さらに本発明は、前記プロスタグランジン産生阻害剤を有効成分として含むことを特徴とする抗炎症剤を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、新規のプロスタグランジン産生阻害剤及びそれを有効成分として含む抗炎症剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のプロスタグランジン産生阻害剤は、プロスタグランジン産生阻害活性をもつカルコン化合物からなる。本発明において、好適なカルコン化合物は、リコカルコンAまたはリコカルコンBであり、より好ましくは下記式(1)で表されるリコカルコンAである。
【0009】
【化1】

【0010】
また、本発明のプロスタグランジン産生阻害剤は、塩酸、リン酸、有機酸、金属イオン等と薬理的に許容される塩を形成し得る。本発明のプロスタグランジン産生阻害剤は、このような薬理学的に許容される塩の形態となった化合物をも包含する。
【0011】
前記リコカルコンA、リコカルコンBは周知であり、例えば非特許文献3(Tetrahedron Letters No.50,pp4461-4462,1975)にはリコカルコンA、リコカルコンBの構造に関して記載されている。また非特許文献4(Shoji Shibataら,"Inhibitory Effects of Licochalcone A Isolated from Glycyrrhiza inflata Root on Inflammatory Ear Edema and Tumour Promotion in Mice",Planta med. 57(1991),pp221-224)には、リコカルコンAに関してマウスの耳の浮腫及び腫瘍形成の抑制効果について記載されている。またこの非特許文献4には、甘草(Xin-jiang liquorice)の酢酸エチル抽出液をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製してリコカルコンAを得ることが記載されている。従って、該化合物は公知の抽出方法によって市販の甘草等から得ることができる。
【0012】
本発明のプロスタグランジン産生阻害剤は、後述する実施例で実証した通り、IL-1βにより誘起されるPGEの産生阻害活性を有している。IL-1βは生体内で免疫応答時などに発現するサイトカインの一つであり、生体内でPGE産生の亢進を起こす物質である。このIL-1βを、実施例で用いたヒト皮膚線維芽細胞のような培養細胞を含む培地に添加すると、該細胞のPGE産生が亢進され培地中のPGE濃度が上昇する。しかし、培地にIL-1βとともに本発明のプロスタグランジン産生阻害剤を添加した場合には、PGE産生が阻害される。従って、本発明のプロスタグランジン産生阻害剤は、IL-1βにより誘起されるPGEの産生亢進に起因する炎症反応を抑制し、種々の部位に生じる炎症反応を予防及び治療するための抗炎症剤として用いることができる。
【0013】
前記プロスタグランジン産生阻害剤を有効成分として含む本発明の抗炎症剤は、常法により錠剤、散剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、注射剤、吸入剤等の製剤形態、または軟膏、塗布液等の皮膚外用剤等の製剤とすることができ、経口または非経口投与により抗炎症剤として臨床に供し得る。投与量は治療するべき症状及び投与方法により左右されるが、通常は、成人1日あたり1μgから10gを単一投与または1日数回に分けて投与することができる。
【0014】
前記のように経口投与の製剤形態としては、錠剤、散剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤などがあり、これらの製剤には製薬上許容される賦形剤として、澱粉、乳糖、マンニトール、エチルセルロース、ナトリウムカルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等が配合され、滑沢剤としてステアリン酸マグネシウムまたはステアリン酸カルシウムが添加される。またゼラチン、アラビアゴム、セルロースエステル、ポリビニルピロリドン等を結合剤として用い得る。注射剤、吸入剤、外用剤等の非経口のための製剤としては無菌の水性または非水性の溶剤、または乳濁剤があげられる。非水性の溶液剤または懸濁剤の基剤としてはプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、オリーブ油、コーン油、オレイン酸エチル等が用いられる。一方、坐剤の基剤としてはカカオ脂、マクロゴール等を用いることができる。
以下、実施例により本発明の作用効果を実証する。
【実施例】
【0015】
[実施例1]
市販の甘草から非特許文献4(Shoji Shibataら,"Inhibitory Effects of Licochalcone A Isolated from Glycyrrhiza inflata Root on Inflammatory Ear Edema and Tumour Promotion in Mice",Planta med. 57(1991),pp221-224)に記載された抽出・精製方法に従ってリコカルコンAを得た。このリコカルコンAを用い、そのPGE産生阻害活性を調べた。
正常ヒト皮膚線維芽細胞(4次培養、クラボウ社製)を10%血清添加α−minimum essential medium(α−MEM)を用いて48穴マルチプレートに1×10個/250μLの細胞密度で播種し、37℃、5%CO、95%空気の条件下でコンフルエントになるまで培養した。コンフルエント後、0.5%血清添加α−MEMを用いて48時間低血清培養を行った。
その後、IL-1β(刺激物質)1ng/mL及びリコカルコンAを下記表1中に記した各濃度で含む0.5%血清添加α−MEMへと培地の交換を行い、薬剤処理として24時間培養した。培養後回収した培地上清中のPGEと産生量をELISA(Cayman Chemical社製、商品名Prostaglandin E Express EIA Kitを使用して製造者の指示に従って測定)にて定量した。
また、PGE産生阻害剤として周知の物質である下記式
【0016】
【化2】

【0017】
で表される化合物(以下、NS-398と記す、Cayman Chemical社製の市販品を使用)を参考例として用い、実施例と同様のアッセイを行った。
【0018】
それぞれの結果は、コントロール(IL-1β1ng/mL処理群)に対する阻害率(%)として、平均値±標準誤差で示し、有意差検定をTukeyの検定(Tukey's multiple test)で行った。結果を下記表1にまとめて記す。
【0019】
【表1】

【0020】
表1に示した結果から、本発明に係るリコカルコンAは、NS-398と同様にIL-1βの刺激により誘発された細胞のPGE産生を阻害したことから、NS-398と同様の作用機序によりIL-1β誘導性PGEの産生阻害活性を有していると示唆される。
またリコカルコンAは、IC50が15nMという強いPGEの産生阻害活性を有していることが実証された。
【0021】
[実施例2]
・COX(cyclooxygenase)−1によるPGE産生に対する阻害作用。
正常ヒト皮膚線維芽細胞(クラボウ社製)を10%血清添加α−MEMを用いて48ウェルマルチウェルプレートに1×10個/250μLの濃度で播種した。コンフルエントに達した細胞をデキサメタゾン100nMで24時間処理し、細胞を洗浄した後に被験薬を30分間インキュベートした。その後、アラキドン酸(最終濃度100μM)を添加し30分間インキュベートし、培養上清を回収した。被験薬は、リコカルコンA、COX−1/−2阻害剤のインドメタシン(Sigma社製)及びCOX−2選択的阻害剤として知られるNS−398(NS、Cayman Chemical社製)である。培養上清中のPGE含量は、ELISA kit(Cayman Chemical社製、商品名Prostaglandin E Express EIA Kit)にて定量した。結果は無処置群に対する阻害率として平均値±標準誤差(S.E.)で表し、有意差検定をTukey's multiple testで行った。結果を表2に示す。
【0022】
【表2】

【0023】
表2の結果から、リコカルコンAは、COX−2由来によるPGE産生を十分に阻害できる濃度でもアラキドン酸刺激によるCOX−1によるPGE産生を抑えることができなかった。COX−2選択的阻害剤であるNS−398も同様に抑制効果が見られなかった。一方、COX−1/−2阻害剤のインドメタシンは有意にPGE産生を抑制した。これらの結果は、リコカルコンAがヒトCOX−2由来PGE産生を選択的に阻害することを示唆している。
【0024】
[実施例3]
・COX−1,2タンパク産生に対する影響。
60mmディッシュに播種してコンフルエントに達した正常ヒト皮膚線維芽細胞にデキサメタゾン(DEX,100nM)、NS−398(NS,100nM)、リコカルコンA(Lico A,1μM)を6時間処理後、培地を除去しリン酸緩衝液でセルスクレーパーを用いて細胞を回収した。細胞浮遊液の遠心分離後、採取した細胞はホモジナイザーで粉砕し遠心後の上清をCOX−1タンパク液とした。一方、COX−2タンパク液はコンフルエント細胞にIL−1β(1ng/mL)とともにデキサメタゾン(100nM)、NS−398(100nM)、リコカルコンA(1μM)をそれぞれ6時間処理後、前述した方法と同様にして得た。
1μL(タンパク含量50ng)のCOX−1,COX−2スタンダード(Cayman Chemical社製)及び10μL(タンパク含量30μg)のCOX−1,COX−2タンパク液を5−20%グラディエントSDSポリアクリルアミドゲル(ATTO社製)にそれぞれアプライし、コンパクトPAGE(ATTO社製)で電気泳動を行った。泳動後ゲルをPVDFメンブレン(ATTO社製)にコンパクトブロット(ATTO社製)でブロッティングした。1%スキムミルク(和光純薬社製)でブロッキングしたメンブレンにCOX−1ポリクローナル抗体(Oxford社製)、もしくはCOX−2ポリクローナル抗体(Cayman Chemical社製)を4℃、一晩反応させた。0.1%Tween-20(Bio-Rad社製)添加リン酸緩衝液で洗浄後、HRP(horseradish peroxidase)標識二次抗体(Amersham Biosciences社製)を室温で1時間反応させた。二次抗体を洗浄した後、ECL−plus(Amersham Biosciences社製)でCOX−1およびCOX−2タンパクに対して生じた化学発光をライトキャプチャー(ATTO社製)で検出した。結果を図1に示す。
【0025】
図1の結果から、COX−1タンパクの発現は、既知の報告通りIL−1βにより誘導されなかった。また、COX−1タンパクの発現にはリコカルコンAを含む被験薬に対して影響がなかった。COX−2タンパクは、IL−1βにより顕著に誘導された。デキサメタゾンは、COX−2タンパク発現を完全に抑制した。一方、リコカルコンA及びNS−398はCOX−2タンパク発現に対して影響を与えなかった。これらのことから、リコカルコンAのPGE産生阻害効果は、COX−2の発現を抑えるステロイド作用と異なり、NS−398と同様にCOX−2選択的活性阻害であることが考えられる。
【0026】
[実施例4]
・sPLA(分泌型ホスホリパーゼA)活性阻害作用。
酵素活性の測定にはsPLA Assay kit(Cayman Chemical社製)を用いた。96ウェルプレートにsPLAを含むbee venomおよび被験薬を入れ、基質としてジヘプタノイルチオ−PCを添加し、37℃で1時間インキュベートした。インキュベート中にエルマン試薬(Ellman's reagent)による発色を405nmの吸光度で測定し、その傾きからsPLA活性を算出した。被験薬は、リコカルコンA、NS−398(NS、Cayman Chemical社製)及びsPLA活性阻害剤であるプロスタグランジンBx(PGBx、Cayman Chemical社製)である。結果は、無処置群に対する阻害率として平均値±標準誤差(S.E.)で表し、有意差検定をTukey's multiple testで行った。結果を図2に示す。
【0027】
図2の結果から、sPLA活性阻害剤であるプロスタグランジンBxは、用量依存的にsPLA活性を阻害した。リコカルコンAも用量依存的な効果を示し、高濃度(100μM)で有意にsPLA活性を阻害した。一方、NS−398には抑制効果がみられなかった。この結果から、リコカルコンAには高濃度であるが炎症反応に関与するsPLA活性を抑制する作用があることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に係る実施例3の結果を表し、各被験薬(デキサメタゾン、NS−398、リコカルコンA)によるCOX−1,2タンパクの発現状態を示すグラフである。
【図2】本発明に係る実施例4の結果を表し、各被験薬(リコカルコンA、PGBx、NS−398)によるsPLA活性の阻害率を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルコン化合物の中から選択されるプロスタグランジン産生阻害剤。
【請求項2】
リコカルコンAまたはリコカルコンBからなるプロスタグランジン産生阻害剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載のプロスタグランジン産生阻害剤を有効成分として含むことを特徴とする抗炎症剤。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−282639(P2006−282639A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−108535(P2005−108535)
【出願日】平成17年4月5日(2005.4.5)
【出願人】(000170358)株式会社ミノファーゲン製薬 (16)
【Fターム(参考)】