説明

プロテアーゼを用いた接着性細胞の浮遊培養技術、及び該細胞を宿主として用いてウイルスを生産する方法

本発明は、簡易な手段による簡便でかつ有効な浮遊細胞培養系であって、インフルエンザウイルスのような各種ウイルスの培養によるウイルスワクチンの製造、及び各種細胞成分の大量生産などに広く応用することが可能な培養系を確立することを目的とする。本発明は、プロテアーゼ存在下で接着性細胞を浮遊状態で培養する方法、及び、接着性細胞を宿主として用いて、プロテアーゼ及び血清存在下の浮遊培養系でウイルスを生産する方法等に係る。この方法では培養液中で細胞が固相表面に付着せずに液中で浮遊させることが出来る。従って、この方法は特殊な装置を必要とせず、簡単にスケールアップすることも可能である。更に、培養液を交換するだけで半永久的な長期培養が可能である。又、本発明方法である浮遊培養のスケールアップは容易であり、従来の孵化鶏卵を用いたインフルエンザワクチン作成法に比べ、より迅速且つ安価にワクチンを提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、プロテアーゼを用いた接着性細胞の浮遊培養方法、及び接着性細胞を宿主として用いて、プロテアーゼ及び血清存在下の浮遊培養系でウイルスを生産する方法等に関する。
【背景技術】
血液細胞以外の体細胞(接着性細胞)は一般にガラスやプラスチック等の固相表面に接着してから細胞分裂を開始する。そのため細胞の大量培養には、以下に示すように、これまで中空繊維(hollow fibers)及び中空担体(porous carrier)(非特許文献1)や微小担体(microcarrier)(非特許文献2)など細胞と固相との接着面積の拡大を図る担体が開発されてきた。
更に、LS細胞系(非特許文献3)やHela−S3クローンのような接着能力の弱いクローンを選んで浮遊培養(suspension culture)に適応させる方法も報告されているが、細胞の種類に限界がある。
又、インフルエンザウイルスが細胞表面のレセプターに結合するためには、基本的に、リガンドであるヘマグルチニンがプロテアーゼで開裂される必要がある。このため、インビトロにおけるインフルエンザウイルスの増殖には培養液にトリプシンを含有させている。しかし、その場合には細胞増殖に必要なウシ胎児血清を用いることができない。なぜなら、血清にはトリプシンインヒビターが含まれているからである。従って、手順として、あらかじめウシ胎児血清含有培地で増殖させたMDCK細胞を無血清培地で洗ってからウイルスを感染させるという二段階の処理が必要である(特許文献1及び2)。これらはすべて静置培養系で行われるため、スケールアップには大量のフラスコが必要になるとともに、ウイルス接種の手間も煩雑である。
更に、無血清培地の懸濁物における増殖に適した、MDCK細胞由来の細胞も開発され、この浮遊細胞を用いて無血清培地においてインフルエンザウィルスを増殖させる方法が記載されている(特許文献3)。
【非特許文献1】 Bryan Griffiths(2000),In Animal Cell Culture Third Edition edited by John R.W.Masters,pp.1966,Oxford University Press
【非特許文献2】 Brown F,et al.:Inactivated Influenza Vaccines Prepared in Cell Culture.Dev Biol Stand.Basel Karger,1999,vol.98,pp.23−37
【非特許文献3】 Paul,J.and Struthers,M.G.(1963),Biochem.Biophys.Res.Commun.,11,135
【特許文献1】 特開昭55−153723号公報
【特許文献2】 米国特許第4,500,513号明細書
【特許文献3】 特表2000−507448号公報
【発明の開示】
微小担体を用いる培養では細胞を微小担体に付着させて浮遊状態にしているが、基本的に従来の固相表面に細胞を接着させて培養する単層培養の原理を超えるものではない。又、このような方法は細胞培養のスケールアップには適しているが、注意深い操作と高価な培養装置が必要である。また固相に接着した細胞の寿命は通常50〜60日、最長でも150日程度であり、それ以上長期間培養することができない。
更に、細胞をプロテアーゼ及び血清存在下の浮遊培養系で増殖させることによって、ウィルスを製造する方法は未だ開発されていない。
そこで、本発明の目的は、上記のような課題を解決し、簡易な手段による簡便でかつ有効な浮遊細胞培養系及びウィルス生産系を確立することである。
本発明者は、プロテアーゼを利用することにより、従来使用されていた担体を一切用いることなく、即ち、プロテアーゼを培養液中に適当な濃度で存在させることにより接着性培養細胞が固相表面に接着することを防ぎ、接着性培養細胞自体を浮遊状態で高密度で長期間に亘り増殖させることが出来ることを見出し、本発明を完成した。
従って、本発明は、例えば、MDCK細胞(イヌ腎臓由来の樹立細胞系)のような接着能力の強い細胞にも応用することが出来る汎用性の高い方法であり、既に記載した従来の培養技術とは基本的に異なる原理に基づくものである。
即ち、本発明は、プロテアーゼ存在下で接着性細胞に由来する細胞を浮遊状態で培養する方法、及び該培養方法で得られた細胞自体に係る。
又、本発明は、上記の接着性細胞を宿主として用いて、プロテアーゼ及び血清存在下の浮遊培養系でウイルスを生産する方法に係る。
本発明は更に、こうして得られたウイルスを用いて製造されたワクチンに係る。
【図面の簡単な説明】
図1は、培養180日後の浮遊状態のMDCK細胞の顕微鏡写真(倍率200倍)である。
図2は、培養180日後のMDCK細胞の走査型電子顕微鏡(倍率2.000倍)である。
図3は、MDCK浮遊細胞系の増殖曲線を示す。
図4は、プロテアーゼ(−)の単層培養における増殖曲線との比較を示す。
図5は、MDCK細胞及びMDCK 6M−4株を培養面積25cmのNUNCフラスコ(カタログNo.169900)で培養した結果を示す。それぞれのプロットは異なるフラスコから得られた細胞数である。
図6は、6M−4は非接着性フラスコであるMPC(2−methacryloyloxyethyl phosphorylcholine)処理96穴プラスチックプレート(NUNC)において、MEP−F50μg/ml含有培地又は不含培地で培養した結果を示す。図中、左のバーMPC処理プレートでMEP−F不含培地を用いて6M−4を浮遊培養した場合、右のバーはMPC処理プレートでMEP−F含有培地を用いて6M−4を浮遊培養した場合を示す。
図7は、6M−4浮遊培養系におけるインフルエンザウイルス接種後5日目のCPE(x100倍)を示す顕微鏡の写真である。図中、「→」で示すような破壊された細胞が数多く見られる。ウイルス接種後3日目にはすでにこのような明瞭なCPEが現れていた。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明において使用するプロテアーゼの種類及びその由来(取得源)に特に制限はなく、培養する細胞の種類、培養器官、培地等のその他の培養条件等に応じて、当業者に公知の適当なものを適宜選択して使用することが出来る。特に、メタロエンドペプチダーゼFが好適である。
本明細書において「プロテアーゼ」とは、タンパク質分解酵素全般を意味し、タンパク質を主に分解するプロテイナーゼ又はエンドペプチターゼ、小ペプチドを分解するペプチターゼと呼ばれる酵素を含むものである。プロテアーゼは通常、活性発現に必要なアミノ酸残基及び金属等に基づいて、(1)セリンプロテアーゼ、(2)システインプロテアーゼ、(3)アスパラギン酸プロテアーゼ、及び(4)MEP−Fのようなメタロプロテアーゼの4つの主なグループに分けられることが多い。
本発明方法ではこれらに属するいずれのプロテアーゼも単独又は適当に組み合わせて使用することが出来る。
本発明の培養方法において、培養装置、培養期間、培地等の培養条件等は当業者に公知の適当なものを適宜選択して使用することが出来る。特に、ウィルス生産の為に本発明の培養方法を適用する際には、培地にウシ胎児血清等の当業者に公知の任意の血清を添加した培地を使用することが好ましいが、かかる血清を含まない無血清培養も可能である。更に、MPC(2−methacryloyloxyethyl phosphorylcholine)処理フラスコのように細胞非接着性培養器具を使用して本発明の培養方法を実施することも出来る。
培養液中に含まれるプロテアーゼの濃度は培養する細胞の種類、及び上記の培養条件等に応じて、当業者に公知の適当なものを適宜選択して使用することが出来る。濃度は培養中、常に一定に維持する必要はない。
本発明方法においては、培養の開始に先立って培養液中のプロテアーゼの濃度を予め調整しておけば、培養の器官中、特にプロテアーゼを補充する必要はない。しかしながら、適当な時期、例えば、細胞を植え継ぐ(継代)時に適当量のプロテアーゼを培養系に追加することも出来る。
培養液中のプロテアーゼの濃度は、例えば、10μg/ml〜100μg/ml、好ましくは、10μg/ml〜50μg/mlである。
本発明方法で培養することが出来る細胞の種類に特に制限はないが、特に、細胞が接着性の細胞である、例えば、体細胞のような場合に本発明は特に有効である。
このような細胞の例として、MDCK、RD18s、LLCMK2と呼ばれる各種細胞を挙げることが出来る。更に、以下の実施例で示されるように、本発明方法で、接着性細胞であるMDCKを少なくとも6ヶ月間継代培養し、次にプロテアーゼ不含培地を用いて少なくとも7日培養し、浮遊状態にある細胞回収して更に同じ条件で、少なくとも3回継代培養し、その後、浮遊状態にあった細胞から通常の静置培養の条件で継代できる細胞を回収することによって得られる細胞、例えば、本発明者によって作成されたMDCK細胞由来のMDCK 6M−4株が好適である。以下の実施例で示されるように、このMDCK 6M−4株はMEP−Fのようなメタロプロテアーゼの存在下でMPC処理フラスコを用いる本発明の培養方法で高い増殖効率を示し、更に、MDCK 6M−4株はウイルスを接種する宿主として、プロテアーゼ及び血清存在下の浮遊培養系に適しており、この培養系でウィルスを高収率で増殖させ生産することが出来る。
上記の本発明方法を利用して、プロテアーゼ存在下の浮遊状態で培養されている細胞を宿主として用いてウイルスを生産することが出来る。かかるウイルスの種類に特に制限はない。本発明方法は上記のような特有な効果を有しているので、例えばワクチン製造の対象となるインフルエンザウイルスのようなウイルスの培養に好適である。
従って、例えば、本発明方法で細胞を培養しながら、かかる培養細胞を宿主として利用することによってウイルスを生産し、このウイルスを用いて、当業者に公知の任意の方法によりワクチンを製造することが出来る。
以下に、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
実施例1:プロテアーゼ存在下での接着性細胞の浮遊培養系
イヌ腎臓由来の樹立細胞であるMDCK細胞(ATCC:CCL−34;大日本製薬株式会社ラボラトリープロダクツ部)を用いて持続浮遊培養系を作成した。
具体的には、Nunc組織培養用フラスコ(カタログNo.163371)内の10mlのEagle’s MEM+10%FCS培地にプロテアーゼ(メタロエンドペプチダーゼF:MEP−F、酵素医学研究所から供与)を50μg/mlの濃度になるように添加し、4〜5日の適応期を経て、この中でMDCK細胞(初期細胞数3×10個/ml)を培養した。
図1は培養180日後の浮遊状態のMDCK細胞の顕微鏡写真(倍率200倍)である。細胞が集合して増殖している様子が観察できる。この細胞を走査型電子顕微鏡(倍率2,000倍)で撮影したものを図2に示す。図2から、細胞が集合して細胞塊となっていることが分かる。
更に、MDCK浮遊細胞系の増殖曲線を図3に示す。約1.5x10以上のMDCK細胞が得られ、この状態は現時点で12か月以上持続することが可能であった。
同様の培養条件で行ったプロテアーゼ(−)の単層培養における増殖曲線との比較を図4に示す。1:4、1:12のいずれのsplit ratioにおいてもプロテアーゼ(−)では約一週間で細胞数がプラトーに達した。細胞を維持するためにはプラトーに達してからなるべく早い時期に継代培養が必要となった。それに対して、プロテアーゼ(+)の浮遊培養ではプラトーに達するまでに1:4のsplit ratioで約3週間かかるが、細胞数はプロテアーゼ(−)のそれに匹敵するまで増殖した。培養液量を増やせばさらに多くの細胞の収穫が見込まれる。1:12のsplit ratioでは増殖までの適応期間が長くなるが、増殖を開始してからは1:4のsplit ratioの増殖曲線とほぼ平行に増殖していることから最終的な細胞数は同等となることが期待される。これは継代培養の労を省き、培養液の交換のみで細胞を長期間生存状態で保存しておくためには好都合である。
実施例2:プロテアーゼ及び血清存在下での接着性細胞由来細胞の浮遊培養系
実施例1に記載した本発明方法で浮遊培養化したMDCK細胞を6ヶ月間継代培養した時点で、その一部をとり、MEP−F不含培地(Eagle’s MEM+10%FCS)を用いて通常の接着性を有する培養フラスコ(Nunc組織培養フラスコ:カタログNo.163371)で培養した。多くの細胞はフラスコ底面に接着して増殖をはじめたが、一部の細胞は培養開始後7日以上経過しても接着せず、浮遊状態のままであった(1回目)。この浮遊状態にある細胞をさらに同じ条件で継代すると、一部の細胞はフラスコ底面に接着して増殖したが、さらに7日以上経過してもまだ浮遊状態にある細胞が残った(2回目)。この操作をさらに2回繰り返し、4回目まで(1ヶ月以上)浮遊状態にあった細胞から通常の静置培養の条件で継代できる細胞を回収し、この細胞を6M−4と名付けた。尚、かかる細胞は、〒020−8505岩手県盛岡市内丸19?1所在の岩手医科大学細菌学講座にて保管されており、本発明を試験又は研究のために実施する際に必要な場合には、何人にも分譲することが可能である。
MEP−Fを用いてこうして作成されたMDCK浮遊細胞(MDCK 6M−4株)はその親株であるMDCK細胞(ATCC CCL−34,batch F−13305)と以下のいくつかの点で性質を異にすることが明らかになった。
尚、NDCK 6M−4株は、平成16年3月31日付けで、〒305−8566茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6 独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託され、受託番号FERM P−19761が付されている。
即ち、MDCK細胞(3.3x10個)及び(MDCK 6M−4株(3.9x10個)を培養面積25cmのNUNCフラスコ(カタログNo.169900)で培養した。培地は、Eagle’s MEMにFCSを10%添加したものを使用した。細胞は両者ともに底面に接着して増殖し、培養開始後9日まで細胞を計数した。培地は3日目及び7日目に交換した。その結果、MDCK 6M−4(以下6M−4)は静置培養における細胞数が、同一面積当たり、親株であるMDCK細胞の約1.6倍であった(図5)。
更に、6M−4を非接着性フラスコであるMPC(2−methacryloyloxyethyl phosphorylcholine)処理96穴プラスチックプレート(NUNC)において、MEP−F50μg/ml含有培地で培養した(1x10個/well)場合、MEP−F不含培地で培養した6M−4細胞に比し、培養1日目(day1)から4日目(day4)に至るまで、3H−Thymidineの取り込み(cpm)が高かった(図6)。このことは、浮遊状態であることに加えて、更にMEP−Fを培地含有されることによって、6M−4の浮遊培養により適したものになることを示している。

以上の2点は、親株のMDCKから浮遊培養に適した6M−4のような細胞株を選択し、かつ、選択された細胞株を浮遊培養系で維持するためにはMEP−F等のプロテアーゼを添加することが好ましいことを示している。但し、例えば、MEP−Fがいかなる細胞内シグナル伝達経路を介して6M−4を活性化するかについては今のところ不明である。
MPC処理フラスコを用いるとMEP−F不含培地でMDCK細胞親株の浮遊培養系を得ることが可能であるが、6M−4株をMEP−F含有培地で浮遊培養した場合とくらべて増殖効率が劣る。さらに、MPC処理フラスコで培養したMDCK親株の浮遊培養系にMEP−Fを加えると大部分の細胞がアポトーシスに陥って死んでいく。従って、6M−4はそのようなプロテアーゼの存在に抗して選択され生き残ってきた細胞であり、このような細胞を使用する本発明の方法を用いることによって、MPC処理フラスコを使用するアポトーシスの問題も回避することが可能である。
MPC処理フラスコが利用できる以前は、通常の細胞培養用フラスコを用いてMEP−Fを用いない浮遊培養系を作ることができなかった。このため、MEP−Fの作用は一義的に細胞接着を阻止することにあると考えていたが、MPC処理フラスコが出現するに及び、対照としてのMEP−F不含浮遊培養系を作ることが可能になった。
その結果、上記のように、MEP−Fを利用した本発明の浮遊細胞培養系の利点が明らかとなってきた。すなわち、MEP−Fを用いた浮遊細胞培養法は、単に、物理的に接着を阻害して浮遊細胞系を作るMPC処理フラスコを用いた浮遊細胞培養法とは基本的に異なることが示された。
実施例3:プロテアーゼ及び血清存在下での接着性細胞由来細胞の浮遊培養によるウィルスの生産
MDCK親株を静置培養(Nuncフラスコ、カタログNo.169900)し、培養4日目にconfluent(100%sheet)の状態となったところで、2単位トリプシン/ml含有Dulbecco’s Modified MEM10mlで培地交換をした後、インフルエンザA/盛岡/H3/2000(感染価x8,192/100ml)を100ml接種した。同様に、静置培養でconfluentになった6M−4を10%FCS、50mgMEP−F含有Dulbecco’s Modified MEM 10mlを用いて本発明による方法で浮遊培養し、同量のインフルエンザウイルスを接種した。ウイルス接種後1,3,5日目に培養液1ml採取して、後に感染価を測定した。MDCK親株ではウイルス接種後5日目で細胞変性効果(CPE)が出現し、感染価x4,096/25μlのインフルエンザウイルスが回収されたのに対し、6M−4では接種後3日目ですでにCPEが出現し、感染価x16,384/25μlのインフルエンザウイルスが回収された。従って、6M−4の単位培養液量(1ml)当たりのウイルス収量は親株MDCKの4倍に増加した。尚、6M−4浮遊培養系におけるインフルエンザウイルス接種後5日目のCPEを図7に示す。
以上の結果は、通常の静置培養よりもMEP−Fを用いた浮遊培養系の方がインフルエンザウイルスの増殖効率が高いことを示している。特に、本発明方法に特徴的なことは、MEP−Fを添加すると通常濃度のウシ胎児血清を含む培地でもインフルエンザウイルスを十分増殖させることができる点である。
このように、MDCK細胞の浮遊培養系はインフルエンザウイルスワクチンの大量培養を目的として開発してきたが、MEP−Fを用いた6M−4の浮遊培養系においてはインフルエンザウイルスの増殖が、MDCK親株の静置培養における場合よりもよく、同じ容量の培地に対し高い収率(yield)が得られることが示された。この点はインフルエンザウイルスのワクチン産生に有利であると考えられる。
更に、MEP−Fはウシ胎児血清と混ぜて使用するため、細胞増殖を行いながらインフルエンザウイルスを細胞に感染させて増殖させることができる。浮遊培養のスケールアップは容易であり、従来の孵化鶏卵を用いたインフルエンザワクチン作成法に比べ、より迅速で且つはるかに安価にワクチンを提供できる可能性がある。
例えば、ふ化鶏卵1個から得られる漿尿液は約5mlであり、10万個の孵化鶏卵をインフルエンザワクチン用に用いた場合、得られる漿尿液は約50万ml、つまり約500Lである。タンク培養が可能になれば,この規模の浮遊培養は容易であり、インフルエンザワクチンの大幅なコストダウンを図ることが可能になり、トリインフルエンザのような畜産領域のワクチンにも対応可能となる。
【産業上の利用可能性】
本発明方法においては、プロテアーゼの存在下、培養液中で細胞が固体表面に付着せずに浮遊状態で増殖することが出来る。従って、この方法は、中空繊維、中空担体又は微小担体等の特殊な装置を必要とせず、簡単にスケールアップすることも可能である。更に、単に培養液を交換する操作のみで半永久的な長期培養が可能である。
しばしば抗原変異を示すインフルエンザウイルスに対し有効なワクチンをタイムリーに供給することが今後のインフルエンザ対策には不可欠であり、そのために本発明の培養方法が貢献できる可能性は大きいと考える。即ち、本発明は、インフルエンザウイルスのような各種ウイルスの培養によるウイルスワクチンの製造、及び各種細胞成分の大量生産などの多方面に渡り、広くバイオ産業において応用することが可能である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロテアーゼ存在下で接着性細胞を浮遊状態で培養する方法。
【請求項2】
プロテアーゼがセリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、及びメタロプロテアーゼから成る群から選択された一種又はそれらの組み合わせである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
プロテアーゼがメタロプロテアーゼエンドペプチターゼである、請求項2記載の方法。
【請求項4】
培養液中にプロテアーゼが10μg/ml〜100μg/mlの濃度で含まれる、請求項1記載の方法。
【請求項5】
培養液中にプロテアーゼが10μg/ml〜50μg/mlの濃度で含まれる、請求項1記載の方法。
【請求項6】
細胞がMDCK細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項7】
細胞が、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の方法でMDCK細胞を少なくとも6ヶ月間継代培養し、次にプロテアーゼ不含培地を用いて少なくとも7日培養し、浮遊状態にある細胞回収して更に同じ条件で、少なくとも3回継代培養し、その後、浮遊状態にあった細胞から通常の静置培養の条件で継代できる細胞を回収することによって得られる細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項8】
細胞がMDCK 6M−4細胞である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか一項に記載の方法で培養された細胞。
【請求項10】
接着性細胞を宿主として用いて、プロテアーゼ及び血清存在下の浮遊培養系でウイルスを生産する方法。
【請求項11】
培養液中にプロテアーゼが10μg/ml〜100μg/mlの濃度で含まれる、請求項10記載の方法。
【請求項12】
培養液中にプロテアーゼが10μg/ml〜50μg/mlの濃度で含まれる、請求項11記載の方法。
【請求項13】
プロテアーゼがセリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、及びメタロプロテアーゼから成る群から選択された一種又はそれらの組み合わせである、請求項10ないし12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
プロテアーゼがメタロプロテアーゼエンドペプチターゼFである、請求項13記載の方法。
【請求項15】
細胞がMDCK細胞である、請求項10記載の方法。
【請求項16】
細胞が、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の方法でMDCK細胞を少なくとも6ヶ月間継代培養し、次にプロテアーゼ不含培地を用いて少なくとも7日培養し、浮遊状態にある細胞回収して更に同じ条件で、少なくとも3回継代培養し、その後、浮遊状態にあった細胞から通常の静置培養の条件で継代できる細胞を回収することによって得られる細胞である、請求項10記載の方法。
【請求項17】
細胞がMDCK 6M−4細胞である、請求項16記載の方法。
【請求項18】
ウイルスがインフルエンザウイルスである、請求項10記載の方法。
【請求項19】
請求項10ないし18のいずれか一項に記載の方法により得られたウイルスを用いて製造されたワクチン。

【国際公開番号】WO2005/026333
【国際公開日】平成17年3月24日(2005.3.24)
【発行日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−513807(P2005−513807)
【国際出願番号】PCT/JP2004/004880
【国際出願日】平成16年4月2日(2004.4.2)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】