説明

プロトン伝導性固体高分子電解質及び燃料電池

【課題】無加湿・高温の条件においても高いプロトン伝導性を示し、かつ機械的強度に優れたプロトン伝導性固体高分子電解質および燃料電池を提供する。
【解決手段】酸と、該酸を含浸するマトリックスポリマーとが少なくとも混合されてなり、前記マトリックスポリマーには、分子中に塩基性分子構造が備えられていることを特徴するプロトン伝導性固体高分子電解質を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導性固体高分子電解質及び燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池を普及させるためには製造コストの低減が重要な課題であり、また同時に高性能・高信頼性が求められている。そこで、従来のナフィオン(登録商標)を初めとするパーフルオロ系電解質膜の代替品として、炭化水素系高分子電解質の研究が盛んに行なわれている。代表的なものとしては、ポリイミド、ポリベンズイミダゾール等のポリアリーレン類をスルホン化したものが例示される(特許文献1または2)。
【0003】
一般的に高分子をスルホン化する場合、非特許文献1に見られるように濃硫酸を用いて直接スルホン化を行なった場合は均一にスルホン化することが難しい。また、プロパンサルトンなどを用いてスルホン酸を導入する場合(非特許文献2)においては、アルキル末端のスルホン酸が側鎖として導入されるため、アルキル基の安定性が問題になり得る。
ポリイミドあるいは芳香族系炭化水素が主鎖として選ばれる理由は化学的安定性あるいは耐熱性といった観点からである。しかしながらこれらの高分子は縮合によって形成される場合が多く、スルホン酸を官能基として有するモノマーを出発物質として重合した場合、スルホン酸の存在によって重合が阻害されるために高分子量化が難しく、従って高分子を後処理でスルホン化するに頼らざるを得ない。高イオン伝導特性を発現するには規則性をもった酸性官能基の導入が重要であり、また導入率イコールイオン交換容量につながることから、特性面においても、規則性をもった酸性官能基の導入は非常に重要といえる。
【特許文献1】特開2002−367627号公報
【特許文献2】特開2004−345997号公報
【非特許文献1】シー.ベイリー(C.Bailly),ディー.ジェイ.ウイリアムス(D.J.Williams),エフ.イー.カラズ(F.E.Karasz),ダブリュー.ジェイ.マニット(W.j.Machnight),“ポリマー(Polymer)”,1987,28,p.1009
【非特許文献2】エム.ビー.ジゼルマン(M.B.Gieselman),ジェイ.アール.レイモンド(J.R,Reynolds),“マクロモレキュラーズ(Macromolecules),1992,25,p.4832
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、酸性官能基が導入されたことによる高いプロトン伝導性と、高い機械的強度を備えたプロトン伝導性固体高分子電解質および燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するために、本発明は以下の構成を採用した。
本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質は、下記一般式(1)に示す分子構造を備えていることを特徴とする。
また、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質は、下記一般式(2)に示す分子構造を備えていることを特徴とする。
また、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質は、下記一般式(3)に示す分子構造を備えていることを特徴とする。
更に、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質は、下記一般式(4)に示す分子構造を備えていることを特徴とする。
【0006】
【化1】

【0007】
【化2】

【0008】
【化3】

【0009】
【化4】

【0010】
また、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質においては、前記一般式(1)乃至(4)におけるパラバン酸構造((CO)基)が、ウレタン結合を転化させることにより形成されたものであることが好ましい。
また、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質においては、ポリパラバン酸樹脂が含有されていることが好ましい。ポリパラバン酸樹脂の構造式は、例えば、下記一般式(5)乃至(10)に示す通りである。
【0011】
【化5】

【0012】
【化6】

【0013】
次に本発明の燃料電池は、酸素極、燃料極および両電極に挟持されたプロトン伝導性固体高分子電解質膜を備え、酸化剤流路を形成した酸化剤配流板を酸素極側に設け、燃料流路を形成した燃料配流板を燃料極側に設けたものを単位セルとする燃料電池において、前記高分子電解質膜が先のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質であることを特徴とする。
また、本発明の燃料電池においては、前記酸素極または前記燃料極のいずれか一方または両方に、先のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質が含まれていてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質によれば、上記一般式(1)乃至(4)に示すように、分子中に酸性官能基であるスルホン酸基(SOH基)が備えられており、この酸性官能基の存在によって、高いプロトン伝導度を発現させることができる。また、上記一般式(1)乃至(4)に示すように、分子中にパラバン酸構造((CO)基)が含まれているので、プロトン伝導性固体高分子電解質の耐熱性を向上させることができる。更に、上記一般式(3)乃至(4)に示すように、分子中にベンゼン環も含まれているので、プロトン伝導性固体高分子電解質の耐熱性をより向上させることができる。
【0015】
特に、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質は、70℃以上100℃以下の比較的低温の温度範囲で優れたプロトン伝導度を発現させることができる。よって、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質は、70℃以上100℃以下の温度範囲で作動する固体高分子型の燃料電池の電解質膜に好適に用いることができ、良好な発電性能を長期間安定的に示すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。
「プロトン伝導性固体高分子電解質」
本実施形態のプロトン伝導性固体高分子電解質(以下、高分子電解質という)は、先の一般式(1)に示す分子構造を少なくとも備えたマトリックスポリマーで構成されている。一般式(1)において、分子式(CO)からなる複素環構造はパラバン酸構造であり、本実施形態の高分子電解質を構成するマトリックスポリマー中には、このパラバン酸構造が必ず備えられている。また、一般式(1)における置換基Rは、いずれもベンゼンスルホン酸類であり、酸性官能基であるスルホン酸基(SOH基)を有している。
【0017】
また、一般式(1)において、分子構造のユニット数を示すnは3以上100000以下の範囲が好ましく、10以上100000以下の範囲がより好ましい。nが3以上であれば、スルホン酸基(SOH基)が十分な量となり、プロトン伝導度を低下させる虞がない。また、nが100000以下であれば、マトリックスポリマー全体の平均分子量が過大にならず、溶媒に対する溶解性が低下することがなく、所謂キャスト法による成形性が向上し、高分子電解質を所望の形状にすることが容易になる。
【0018】
また、本実施形態の高分子電解質を構成するマトリックスポリマーは、一般式(1)に示す分子構造に加えて、先の一般式(2)に示すパラバン酸構造と置換基Rとからなる分子構造が含まれていても良い。一般式(2)における置換基Rは、ジフェニルメチレン基またはジフェニルエーテル基であり、いずれもベンゼン環を有している。
また、一般式(2)において、分子構造のユニット数を示すnは1以上100000以下の範囲が好ましく、3以上100000以下の範囲がより好ましい。nが1以上であれば、スルホン酸基(SOH基)が十分な量となり、プロトン伝導度を低下させる虞がない。また、nが100000以下であれば、マトリックスポリマー全体の平均分子量が過大にならず、溶媒に対する溶解性が低下することがなく、所謂キャスト法による成形性が向上し、高分子電解質を所望の形状にすることが容易になる。
更に、一般式(2)において、分子構造のユニット数を示すmは1以上100000以下の範囲である。mが1以上であれば、置換基Rが十分な量となり、耐熱性を低下させる虞がない。また、mが100000以下であれば、マトリックスポリマー全体の平均分子量が過大にならず、溶媒に対する溶解性が低下することがなく、所謂キャスト法による成形性が向上し、高分子電解質を所望の形状にすることが容易になる。
【0019】
本実施形態の高分子電解質を構成するマトリックスポリマーの具体例として、上記一般式(3)に示すものを例示できる。一般式(3)において、置換基Rはいずれもベンゼンスルホン酸類であり、酸性官能基であるスルホン酸基(SOH基)を有している。また、置換基Rは、ジフェニルメチレン基またはジフェニルエーテル基であり、いずれもベンゼン環を有している。置換基RとRの間には分子式(CO)からなるパラバン酸構造が備えられている。
【0020】
一般式(3)における繰り返し単位の数を示すnは2以上50000以下の範囲が好ましく、5以上50000以下の範囲がより好ましい。nが2以上であれば、スルホン酸基(SOH基)及びベンゼン環並びにパラバン酸構造が十分な量となり、プロトン伝導度を低下させたり、耐熱性が低下することがない。また、nが50000以下であれば、マトリックスポリマー全体の平均分子量が過大にならず、溶媒に対する溶解性が低下することがなく、所謂キャスト法による成形性が向上し、高分子電解質を所望の形状にすることが容易になる。
【0021】
更に、本実施形態の高分子電解質を構成するマトリックスポリマーの具体例として、上記一般式(4)に示すものを例示できる。一般式(4)において、置換基Rはいずれもベンゼンスルホン酸類であり、酸性官能基であるスルホン酸基(SOH基)を有している。また、置換基Rは、ジフェニルメチレン基またはジフェニルエーテル基であり、いずれもベンゼン環を有している。更に、置換基Rは、ジフェニルメチレン基であってベンゼン環を有している。置換基R、R及びRの間にはそれぞれ、分子式(CO)からなるパラバン酸構造が備えられている。
【0022】
一般式(4)における繰り返し単位の数を示すnは1以上30000以下の範囲が好ましく、3以上30000以下の範囲がより好ましい。nが1以上であれば、スルホン酸基(SOH基)及びベンゼン環並びにパラバン酸構造が十分な量となり、プロトン伝導度を低下させたり、耐熱性が低下することがない。また、nが30000以下であれば、マトリックスポリマー全体の平均分子量が過大にならず、溶媒に対する溶解性が低下することがなく、所謂キャスト法による成形性が向上し、高分子電解質を所望の形状にすることが容易になる。
【0023】
一般式(1)乃至(4)に示すマトリックスポリマーに含まれるパラバン酸構造は、ウレタン結合部分が転化されて形成されたものである。即ち、本実施形態のマトリックスポリマーは、ジイソシアネート化合物とジアミン化合物とが縮合重合されてポリウレア樹脂とされ、このポリウレア樹脂に含まれるウレタン結合が転化されることによって製造される。このような製造工程を経ることから、本実施形態のマトリックスポリマーには少量の未転化のウレタン結合が残存している。すなわち、転化率は100%未満である。
【0024】
[架橋構造]
また、本実施形態の高分子電解質を構成するマトリックスポリマーには、残存するウレタン結合に低分子架橋剤が作用することによって架橋構造が形成されていても良い。低分子架橋剤としては、二酸無水物、ジエポキシ化合物、ジイソシアネートから選ばれる化合物が好ましい。これら低分子架橋剤によって、マトリックスポリマー中に残存するウレタン結合部分同士が架橋された架橋構造が形成され、高分子電解質の機械的強度が更に向上する。架橋反応は主に、マトリックスポリマー中のNH基に対して起こり、隣接する分子鎖のNH基同士が架橋されてマトリックスポリマー全体の分子構造が安定化される。
【0025】
二酸無水物としては、二無水ピロメリット酸、シクロブテンニカルボン酸無水物、あるいはこれらの誘導体などが挙げられる。
また、ジエポキシ化合物としては、エチレングリコールジグリシジルエーテル,2,2’−ビス(4−グリシジルオキシフェニル)−プロパンなどが挙げられる。
更に、ジイソシアネートとしては、ジフェニルメタンジイソシアネート(以下、MDIと略す)、4,4’−ジフェニルエーテルジイソシアネート(ODI)、トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート、ヘキサフルオロビフェニルジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、リジンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、シクロヘキサンジイソシアネートなどが挙げられる。更にはこれらの誘導体も使用できる。
【0026】
また、これらの低分子架橋剤とマトリックスポリマー混合比(低分子架橋剤/マトリックスポリマー)は0.001/0.999(mol/mol)〜0.4/0.6(mol/mol)の割合で混合されるのが好ましい。マトリックスポリマー中に残存するウレタン結合は少量なので、低分子架橋剤がこれより多くなっても架橋反応が進行することがなく、機械的強度の向上は望めない。
【0027】
[ポリマーアロイ]
また本実施形態の高分子電解質においては、マトリックスポリマーに、ポリパラバン酸樹脂が含有されていてもよい。具体的には、上記一般式(1)乃至(4)に示す分子構造を有するマトリックスポリマーと、ポリパラバン酸樹脂とによってポリマーアロイが形成され、このポリマーアロイが高分子電解質として用いられる。ポリパラバン酸樹脂としては、先の一般式(5)乃至(10)に示す構造のものを例示できる。
ポリマーアロイ中におけるポリパラバン酸樹脂の含有率は、98質量%以下の範囲が好ましく、20質量%以上80質量%以下の範囲がより好ましい。含有率が20質量%未満になると、高分子電解質のプロトン伝導度が低下してしまうので好ましくない。
【0028】
また、本実施形態の高分子電解質には、電解質として使用する際に水分を含ませた状態で使用することが望ましい。高分子電解質中におけるプロトンの伝導は、マトリックスポリマーに含まれるスルホン酸基(SOH基)の作用により発現されるが、高分子電解質中に水分が含まれることで、水とスルホン酸基(SOH基)との相互作用によりプロトン伝導が円滑に進行する。高分子電解質中に含まれる水分量は1質量%乃至30質量%であればよい。
【0029】
本実施形態の高分子電解質によれば、マトリックスポリマーの分子中に酸性官能基(スルホン酸基(SOH基))が含まれており、このスルホン酸基の作用によって、プロトン伝導性固体高分子電解質のプロトン伝導度を高めることができる。特に、高分子電解質中に水分が含まれることで、プロトン伝導度をより向上することができる。
【0030】
また、本実施形態の高分子電解質によれば、マトリックスポリマーの分子中に複素環構造のパラバン酸構造が含まれるので、高分子電解質自体の耐熱性を高めることができる。
更に、本実施形態の高分子電解質によれば、マトリックスポリマーの分子中にジフェニルメチレン基またはジフェニルエーテル基が含まれており、これらの官能基にはベンゼン環が多く含まれているので、高分子電解質自体の耐熱性をより高めることができる。
【0031】
更に、マトリクスポリマーが架橋されているので、高分子電解質の機械的強度を高めることができる。
更にまた、マトリックスポリマーにポリパラバン酸樹脂等が含有されてポリマーアロイを形成することで、マトリックスポリマーの機械的強度を高めることができる。
【0032】
「プロトン伝導性固体高分子電解質の製造方法」
本実施形態の高分子電解質の製造方法は、マトリックスポリマーを合成する工程からなる。マトリックスポリマーは、ジアミンとジイソシアネートの反応からポリウレア樹脂を合成し、合成されたポリウレア樹脂のウレタン結合をパラバン酸構造に転化することによって製造できる。
ポリウレア樹脂は、例えば、文献(E.Scortanu,LNicolaescu,G.Caraculacu,LDiaconu,andA.Caraculacu,Eur.Polym,J.34(1998)1265−1272)にあるように、ジアミンとジイソシアネートの反応によって合成される。ポリウレア樹脂の合成スキームを下記の式(11)に示す。
【0033】
【化7】

【0034】
式(11)に示すように、ジアミンとして、ジアミノベンゼンスルホン酸(R=CSOHの場合(Cはベンゼン環))、ジアミノスチルベン−ジスルホン酸(R=C(SOH)CH=CHC(SOH)の場合(Cはベンゼン環))またはビス(トルイジンスルホン酸)(R=C(CH)(SOH)−C(CH)(SOH)の場合(Cはベンゼン環))を用いることで、ポリウレア樹脂中にスルホン酸基を導入することが可能になる。また、これらスルホン酸基を有するジアミンとともにジアミノジフェニルメタンを用いても良い。この場合、式(11)におけるRにはビスフェニルメチル基が更に含まれる。
また、ジイソシアネートとして、メチレンジフェニルジイソシアネート、ジフェニルエーテルイソシアネートのいずれか一方または両方を用いることにより、芳香族ポリウレア樹脂中に芳香族環を導入することが可能になる。
【0035】
更に、ポリウレア樹脂を転化して本実施形態のマトリックスポリマーを合成するには、上記文献にあるように、ポリウレア樹脂とオキサリルジクロライド(ClOCCOCl)とを反応させることによって、ポリウレア樹脂中のウレタン結合部分をポリパラバン酸構造に転化させる。この転化反応のスキームを下記の式(12)に示す。この転化反応の収率は100%未満であり、合成されたマトリックスポリマー中には少量の未転化のポリウレタン結合が含まれる場合がある。
【0036】
【化8】

【0037】
次に、合成されたマトリックスポリマーを溶媒に溶解し、ガラス基板等の基板上に溶液を塗布し、その後、加熱して溶媒を除去することにより、マトリックスポリマーからなる高分子膜を形成する。マトリックスポリマーを溶かす溶媒としては、例えばNメチル−2−ピロリドン(NMP)を例示できる。このようにして膜状の高分子電解質が得られる。
【0038】
本実施形態のマトリックスポリマーに含まれるパラバン酸構造は、従来からポリイミドの代替品として提唱された高分子であり、安価に提供可能なエンジニアプラスチックとして検討されている(文献:T.C.Patton,Polym.Preprints,12(1971)p.162-168)。しかし、酸性官能基を導入したポリパラバン酸を従来の合成方法で製造しようとすると、原料となるイソシアネート化合物の合成が難しいことから、これまでポリパラバン酸に酸性官能基を導入する検討を行なった例はなく、また得られた高分子が高分子電解質として、あるいはそれを用いた発電デバイスとして検討されることはなかった。本発明によれば、ポリウレア樹脂の転化によって、酸性官能基を有するポリパラバン酸を合成することにより、安価でかつ規則的に酸性官能基が導入された高イオン伝導性を有する高分子電解質を提供することが可能となる。
【0039】
「燃料電池」
図1には、本実施形態の燃料電池を構成する単セルの模式図を示す。図1に示す単セル1は、酸素極2と、燃料極3と、酸素極2および燃料極3の間に挟持された本実施形態の高分子電解質4(以下、電解質膜4と表記する場合がある)と、酸素極2の外側に配置された酸化剤流路5aを有する酸化剤配流板5と、燃料極3の外側に配置された燃料流路6aを有する燃料配流板6とから構成され、作動温度100℃〜200℃、湿度が無加湿若しくは相対湿度50%以下の条件で作動するものである。
【0040】
燃料極3及び酸素極2はそれぞれ、多孔質性の触媒層2a、3aと、各触媒層2a、3aを保持する多孔質カーボンシート(カーボン多孔質体)2b、3bから概略構成されている。触媒層2a、3aには、電極触媒(触媒)と、この電極触媒を固化成形するための疎水性結着剤と、導電材とが含まれている。
【0041】
触媒は、水素の酸化反応および酸素の還元反応を促進する金属であれば、特に限定されないが、例えば鉛、鉄、マンガン、コバルト、クロム、ガリウム、バナジウム、タングステン、ルテニウム、イリジウム、パラジウム、白金、ロジウムまたはそれらの合金を挙げることができる。こうした金属または合金を活性炭に担持させることによって電極触媒を構成することができる。
【0042】
また、疎水性結着剤には例えば、フッ素樹脂を用いることができる。フッ素樹脂の中でも融点が400℃以下のものが好ましく、そのようなフッ素樹脂としてポリ四フッ化エチレン、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリフッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロエチレン共重合体、パーフルオロエチレン等といった疎水性および耐熱性に優れた樹脂を用いることができる。疎水性結着剤を添加することにより、発電反応に伴って生成した水によって触媒層2a、3aが過剰に濡れるのを防止することができ、燃料極3及び酸素極2内部における燃料ガス及び酸素の拡散阻害を防止することができる。
【0043】
更に、導電材としては、電気伝導性物質であればどのようなものでもよく、各種金属や炭素材料などが挙げられる。たとえばアセチレンブラック等のカーボンブラック、活性炭および黒鉛等が挙げられ、これらは単独あるいは混合して使用される。
【0044】
また触媒層2a、3aには、疎水性結着剤に代えて、または疎水性結着剤とともに、本発明に係る高分子電解質を含有させても良い。本発明に係る高分子電解質を添加することによって、燃料極3及び酸素極2におけるプロトン伝導度を向上することができ、燃料極3及び酸素極2の内部抵抗を低減することができる。
【0045】
酸化剤配流板5および燃料配流板6は導電性を有する金属等から構成されており、酸素極2および燃料極3にそれぞれ接合することで、集電体として機能するとともに、酸素極2および燃料極3に対して、酸素および燃料ガスを供給する。すなわち、燃料極3には、燃料配流板6の燃料流路6aを介して水素を主成分とする燃料ガスが供給され、また酸素極2には、酸化剤配流板5の酸化剤流路5aを介して酸化剤としての酸素が供給される。
なお、燃料として供給される水素は、炭化水素若しくはアルコールの改質により発生された水素が供給されるものでも良く、また、酸化剤として供給される酸素は、空気に含まれる状態で供給されても良い。
【0046】
この単セル1においては、燃料極3側で水素が酸化されてプロトンが生じ、このプロトンが電解質膜4を伝導して酸素極2に到達し、酸素極2においてプロトンと酸素が電気化学的に反応して水を生成するとともに、電気エネルギーを発生させる。
【0047】
上記の燃料電池によれば、70℃以上100℃以下の作動温度範囲で良好な発電性能を長期間安定的に示す燃料電池を得ることができ、自動車用、家庭発電用または携帯機器用として好適に用いることができる。
【実施例】
【0048】
(実施例1)
常温にて5mmol(ミリモル)の1,3−フェニレンジアミン−4−スルホン酸を20mLの0.5規定の水酸化ナトリウム水溶液に溶解した(溶液A)。そしてこの溶液Aに、当量の4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートが20mLのクロロホルムに溶解されてなる溶液Bを滴下し、40℃に昇温して18時間反応させた後、80℃にて4時間還流を行った。
還流後、反応液をメタノール400mLに混合し、生成した沈殿をろ過した。得られた沈殿(ポリウレア樹脂)を0.05規定の水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、更に純水で洗浄液のpHが7になるまで洗浄を繰り返した。洗浄後のポリウレア樹脂を60℃にて真空乾燥した。
【0049】
次に、上記のポリウレア樹脂をジクロロエタンに分散させ、3当量のオキザリルジクロライドを導入し、60℃にて11時間還流した(ポリウレアからポリパラバン酸への転化反応)。その結果、0.3gのマトリックスポリマーを得た。得られたマトリックスポリマーを10質量%になるようにNMPに溶解し、ガラス上にキャスト成膜した。得られた膜の厚さは120μmで黄色透明の膜であった。このようにして、実施例1の高分子電解質を製造した。
得られた高分子電解質の分子構造は、下記一般式(13)に示す通りであり、式(13)におけるn11は240である。また、得られた高分子電解質について硫黄の定量分析を行い、硫黄の含有量からEw値(イオン交換容量の逆数)を求めたところ、Ew=633であった。
【0050】
【化9】

【0051】
(実施例2)
常温にて5mmol(ミリモル)の4,4’−ジアミノスチルベン−2,2’ジスルホン酸を20mLの0.5規定の水酸化ナトリウム水溶液に溶解し(溶液A)、この溶液Aに、当量の4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートが20mLのクロロホルムに溶解されてなる溶液Bを滴下し、40℃に昇温して18時間反応させた後、80℃にて4時間還流を行った。
還流後、反応液をメタノール400mLに混合し、生成した沈殿をろ過した。得られた沈殿(ポリウレア樹脂)を0.05規定の水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、更に純水で洗浄液のpHが7になるまで洗浄を繰り返した。洗浄後のポリウレア樹脂を60℃にて真空乾燥した。
【0052】
次に、上記のポリウレア樹脂をジクロロエタンに分散させ、3当量のオキザリルジクロライドを導入し、60℃にて11時間還流した(ポリウレアからポリパラバン酸への転化反応)。その結果、1.3gのマトリックスポリマーを得た。得られたマトリックスポリマーを10質量%になるようにNMPに溶解し、ガラス上にキャスト成膜した。得られた膜の厚さは110μmで淡い黄色のやや白濁した膜であった。このようにして、実施例2の高分子電解質を製造した。
得られた高分子電解質の分子構造は、下記一般式(14)に示す通りであり、式(14)におけるn12は360である。また、得られた高分子電解質についてEw値(イオン交換容量の逆数)を求めたところ、Ew=476であった。
【0053】
【化10】

【0054】
(実施例3)
常温にて5mmol(ミリモル)の4,4’−ビス(o−トルイジンスルホン酸)を20mLの0.5規定の水酸化ナトリウム水溶液に溶解し(溶液A)、この溶液Aに、当量の4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートが20mLのクロロホルムに溶解されてなる溶液Bを滴下し、40℃に昇温して18時間反応させた後、80℃にて4時間還流を行った。
還流後、反応液をメタノール400mLに混合し、生成した沈殿をろ過した。得られた沈殿(ポリウレア樹脂)を0.05規定の水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、更に純水で洗浄液のpHが7になるまで洗浄を繰り返した。洗浄後のポリウレア樹脂を60℃にて真空乾燥した。
【0055】
次に、上記のポリウレア樹脂をジクロロエタンに分散させ、3当量のオキザリルジクロライドを導入し、60℃にて11時間還流した(ポリウレアからポリパラバン酸への転化反応)。その結果、2.2gのマトリックスポリマーを得た。得られたマトリックスポリマーを10質量%になるようにNMPに溶解し、ガラス上にキャスト成膜した。得られた膜の厚さは130μmでやや緑色の膜であった。このようにして、実施例3の高分子電解質を製造した。
得られた高分子電解質の分子構造は、下記一般式(15)に示す通りであり、式(15)におけるn13は180である。また、得られた高分子電解質についてEw値(イオン交換容量の逆数)を求めたところ、Ew=434であった。
【0056】
【化11】

【0057】
(実施例4)
5mmol(ミリモル)の4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートが10mLのクロロホルムに溶解されてなる溶液A、2.5mmolの4,4’−ジアミノフェニルメタンが10mLのクロロホルムに溶解されてなる溶液B、及び2.5mmolの4,4’−ビス(o−トルイジンスルホン酸)が20mLの0.5規定の水酸化ナトリウム水溶液に溶解されてなる溶液Cを用意した。そして、溶液Aを10℃に冷却し、この溶液Aに溶液Bを滴下し、続けて溶液Cを滴下した。
次に、この溶液を40℃に昇温して18時間反応させた後、80℃にて4時間還流を行った。還流後、反応液をメタノール400mLに混合し、生成した沈殿をろ過した。得られた沈殿(ポリウレア樹脂)を0.05規定の水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、更に純水で洗浄液のpHが7になるまで洗浄を繰り返した。洗浄後のポリウレア樹脂を60℃にて真空乾燥した。
【0058】
次に、上記のポリウレア樹脂をジクロロエタンに分散させ、1.5当量のオキザリルジクロライドを導入し、60℃にて11時間還流した(ポリウレアからポリパラバン酸への転化反応)。その結果、2.4gのマトリックスポリマーを得た。得られたマトリックスポリマーを10質量%になるようにNMPに溶解し、ガラス上にキャスト成膜した。得られた膜の厚さは130μmでやや薄緑色の膜であった。このようにして、実施例4の高分子電解質を製造した。
得られた高分子電解質の分子構造は、下記一般式(16)に示す通りであり、式(16)におけるn14は230である。また、得られた高分子電解質についてEw値(イオン交換容量の逆数)を求めたところ、Ew=1084であった。
【0059】
【化12】

【0060】
(実施例5)
文献(T.C.Patton,Polym.Preprints,12(1971)p.162−168)を参考にして、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートをシアン化水素によって環化させた後、濃塩酸によって加水分解して得られる酸性官能基を含まないポリパラバン酸樹脂を合成した。
このポリパラバン酸樹脂と、実施例3において調製されたマトリックスポリマーとを質量比1:1の割合でNMPに溶解し、10質量%の溶液を調製した。この溶液をガラス板上にキャスト製膜した(ポリマーアロイの調製)。得られた膜の厚さは110μmでやや薄黄色の膜であった。このようにして、実施例5の高分子電解質を製造した。
【0061】
(比較例1)
文献(C.Bailly,D.J.Williams,F.E.Karasz,andW.j.Machnight,Polymer,28,1009(1987))に記載された方法により、スルホン化ポリエーテルエーテルケトン(マトリックスポリマー)を合成した。得られたマトリックスポリマーは黄色の粉末であり、また、元素分析によりスルホン化率を測定したところ55%であった。得られたマトリックスポリマーを10質量%になるようにNMPに溶解し、ガラス上にキャスト成膜した。得られた膜の厚さは120μmで薄黄色の透明な膜であった。このようにして、比較例1の高分子電解質を製造した。
得られた高分子電解質についてEw値(イオン交換容量の逆数)を求めたところ、Ew=670であった。
【0062】
(評価方法)
実施例1〜5及び比較例1の高分子電解質膜のイオン伝導度を調べるため、各高分子電解質膜を超純水中に浸漬して湿潤状態とし、高分子電解質膜を引き上げて膜表面の水を拭き取り、直径13mmの円形に切り取り、これを直径13mmの白金板ではさんで伝導度測定用のセルを作製した。伝導度測定用のセルを相対湿度100%の恒温恒湿槽内に設置し、40℃、50℃、60℃における交流抵抗をインピーダンスアナライザーで測定し、オームの法則よりイオン伝導度を計算した。
また、実施例1〜5及び比較例1の高分子電解質が発電特性を有するか調べるために、市販の白金触媒付き電極(E--TEK社製)を用いて単セルを作製し、正極に空気を、負極側に燃料ガスである水素を加湿しながら100mL/minの流量で導入し、セルを70℃に保ちながら、開回路電圧および電流密度0.1Acm−2における定電流負荷時の閉回路電圧を調べた。以上の電気化学的特性を表1にまとめた。
更に、各電解質膜の化学的安定性を調べるために、フェントン試薬(硫酸銅を20ppm含む過酸化水素水)中に各電解質膜を入れて、80℃における重量変化を調べた。結果を図2に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
表1に示すように、実施例1〜5の高分子電解質膜については、イオン伝導度及び発電試験結果のいずれもが良好な値を示していることがわかる。一方、比較例1については、スルホン酸基がランダムに導入されているため、良好なイオン伝導パスが十分に形成されないため、これにより、イオン伝導度が低下したものと考えられる。
【0065】
また、図2に示すように、実施例1〜5の電解質膜の重量減少曲線の低下幅が比較的小さいのに対して、比較例1の電解質膜の重量減少曲線は、試験開始から3時間の間で曲線の低下幅が大きくなっている。これは、ヒドロキシラジカルによる分解が著しく進行したためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】図1は、本発明の実施形態の燃料電池の単セルの構造を示す断面模式図である。
【図2】図2は、実施例1〜5及び比較例1の重量減少率と経過時間との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0067】
1…単セル(燃料電池)、2…酸素極(電極)、3…燃料極(電極)、4…電解質膜(プロトン伝導性固体高分子電解質)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)に示す分子構造を備えていることを特徴とするプロトン伝導性固体高分子電解質。
【化1】

【請求項2】
下記一般式(2)に示す分子構造を備えていることを特徴とするプロトン伝導性固体高分子電解質。
【化2】

【請求項3】
下記一般式(3)に示す分子構造を備えていることを特徴とするプロトン伝導性固体高分子電解質。
【化3】

【請求項4】
下記一般式(4)に示す分子構造を備えていることを特徴とするプロトン伝導性固体高分子電解質。
【化4】

【請求項5】
前記一般式(1)乃至(4)におけるパラバン酸構造((CO)基)が、ウレタン結合を転化させることにより形成されたものであることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質。
【請求項6】
ポリパラバン酸樹脂が含有されていることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質。
【請求項7】
酸素極、燃料極および両電極に挟持された高分子電解質膜を備え、酸化剤流路を形成した酸化剤配流板を酸素極側に設け、燃料流路を形成した燃料配流板を燃料極側に設けたものを単位セルとする燃料電池において、前記高分子電解質膜が請求項1乃至請求項6のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質であることを特徴とする燃料電池。
【請求項8】
前記酸素極または前記燃料極のいずれか一方または両方に、請求項1乃至請求項6のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質が含まれていることを特徴とする請求項7に記載の燃料電池。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−165046(P2007−165046A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−357551(P2005−357551)
【出願日】平成17年12月12日(2005.12.12)
【出願人】(590002817)三星エスディアイ株式会社 (2,784)
【Fターム(参考)】