説明

ヘパリン製剤およびその安定化方法

【課題】安定性に優れたヘパリン製剤を提供する。
【解決手段】ヘパリンまたはその塩を含有し、安定化剤としてクエン酸、リン酸、炭酸、トリスヒドロキシメチルアミノメタンまたはそれらの塩を配合してなるヘパリン製剤、およびその安定化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヘパリン製剤およびその安定化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘパリンは、健康な食用獣の肝、肺あるいは腸粘膜から得られ、血液凝固阻止作用、脂血清澄作用を有する。ヘパリンはムコ多糖類の硫酸エステルであり、ウロン酸とグルコサミンが交互に1,4結合した構造を有する。分子量は5000〜20000程度である。
【0003】
ヘパリン製剤としては、ナトリウム塩、カルシウム塩などが知られている。ナトリウム塩は日本薬局方品である。ヘパリンナトリウム注射液は1mL当たり1000単位のヘパリンナトリウムを含有する注射剤で、無色〜淡黄色澄明の水性のものであり、pHは5.5〜8、浸透圧比は約1(生理食塩液に対する比)等の性状を有する。
【0004】
また、本製剤は添加剤としてベンジルアルコール、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル等の保存剤を含有する。これらの添加剤は防腐・保存を目的として添加されているが、特にベンジルアルコールは大量に投与すると呼吸困難やアレルギー反応を起こすとの報告(Drug Intell.Clin.Pharm.,9,p154,1975年発行)もあり、安全性の面で必ずしも問題がないとは言えない。また、ベンジルアルコールは、ブチルゴム栓に吸着することからテフロン(登録商標)等でコーティングされたゴム栓を使用する必要があり、光により分解されることから遮光下で製剤を保存する必要がある(非特許文献1)。
【0005】
さらに、当該製剤の滅菌法としては、間歇滅菌などの手法が採用されているが、これらの方法単独では確実かつ完全に無菌化することは困難であることから、防腐・保存剤と組み合わせて利用されているのが現状である。従って、上記の問題点はやはり解決されていない。上記の防腐・保存剤を用いる以外にも、無菌濾過などの手法が採用されているが、ヘパリンナトリウムにpH緩衝能がないことから、保存期間中にpHの低下に伴って、力価の低下が認められる。
【非特許文献1】医薬品添加物ハンドブック、316頁、丸善株式会社、1988年発行
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は安定性に優れたヘパリン製剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の事情を考慮して研究を進めた結果、安定化剤としてクエン酸、リン酸、炭酸、トリスヒドロキシメチルアミノメタンまたはそれらの塩を配合することにより、加熱滅菌時・長期保存時の安定性に優れたヘパリン製剤を調製できることを見出し、本発明を完成した。以下に本発明を詳細に説明する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、従来のヘパリン製剤のように保存剤・防腐剤を配合しなくても、安定性に優れたヘパリン製剤を提供することができる。すなわち、長期保存時・加熱滅菌時の安定性を確保したヘパリン製剤を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明のヘパリンは公知のものを使用できる。すなわち、(1)健康な食用獣の肝、肺あるいは腸粘膜から得られ、血液凝固阻止作用、脂血清澄作用を有する、(2)ムコ多糖類の硫酸エステルであり、ウロン酸とグルコサミンが交互に1,4結合した構造を有する、(3)分子量は5000〜20000程度、等のものであればよい。
【0010】
ヘパリンの調製は公知の方法に準じて行われる。例えば、日本薬局方に開示された方法等が利用できる。
【0011】
ヘパリンの塩としては、ナトリウム塩、カルシウム塩などが例示される。ナトリウム塩は日本薬局方収載品として、カルシウム塩はイギリス薬局方収載品として入手可能である。
【0012】
ヘパリンナトリウムは白色〜帯灰褐色の粉末または粒で、においはない、水にやや溶け易く、エタノールあるいはエーテルにはほとんど溶けない、吸湿性である、等の性状を有するものであればよい。
【0013】
本発明では、クエン酸、リン酸、炭酸、トリスヒドロキシメチルアミノメタンまたはそれらの塩を配合することにより、ヘパリン製剤の安定性を確保・改善することができる。塩としては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ土類金属塩、カルシウム等のアルカリ金属塩、塩酸塩などが例示される。添加濃度としては0.1〜10mM程度が例示される。
【0014】
本製剤のpHとして好ましくは6〜8程度が例示される。本製剤では、pH6以上の緩衝能を持たせることにより、本製剤の安定性を確保・改善することができる。具体的には、本製剤のpHを6以上に調整でき、当該pHで緩衝能を有するような公知のpH調節剤を配合することができる。
【0015】
本製剤では、安全性を高めるため、従来のヘパリン製剤で配合されている保存剤・防腐剤を配合しない。
【0016】
本製剤では加熱滅菌処理を施すことが可能となり、無菌性の保証された安全な製剤を提供することができる。加熱滅菌処理の具体的な方法としては、高圧蒸気滅菌などが挙げられる。高圧蒸気滅菌時の安定性については、上記の安定化剤の配合により確保されている。高圧蒸気滅菌の好適条件としては、温度105〜130℃、時間1〜60分間程度が例示される。
【0017】
本製剤におけるヘパリンまたはその塩の濃度としては1〜1000単位/mL程度が例示される。また、浸透圧比は生理学的に許容される程度であればよく、具体的には約1(生理食塩液に対する比)程度が例示される。
【0018】
本製剤には、塩化ナトリウム等の塩類、ブドウ糖等の糖類を等張化剤として配合してもよい。また、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、塩酸等をpH調節剤として配合してもよい。
【0019】
本製剤は、下記の数式により求められる値以下の硫酸濃度を有することが好ましい。
【0020】
硫酸濃度(mmol/L)=ヘパリン濃度(単位/mL)×0.0006
【0021】
すなわち、本製剤に含まれる硫酸濃度が当該値以下であれば、製剤の安定性が良好であり、当該値を超えると製剤の安定性が悪化することを意味する。
【0022】
こうして調製された本発明のヘパリン製剤は、加熱滅菌時・長期保存時の安定性に優れている。また、光安定性も良好に保持されている。
【0023】
本製剤の効能効果としては、汎発性血管内血液凝固症候群の治療、体外循環装置使用時・血管カテーテル挿入時・輸血および血液検査時の血液凝固防止、血栓閉塞症の予防治療等が挙げられる。用時、そのままあるいはブドウ糖液、生理食塩液、リンゲル液等で10〜30単位/mL程度に希釈して、静脈内、皮下、筋肉内に注射する。
【実施例】
【0024】
本発明をさらに詳細に説明するための実施例および実験例を挙げるが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
【0025】
実施例1
以下の組成からなるヘパリン製剤(注射剤)を調製した。すなわち、ヘパリンナトリウム(日本薬局方品)1000単位、塩化ナトリウム9.0mgおよびクエン酸ナトリウム(終濃度で1mM)を適量の注射用水に溶解し、適量の水酸化ナトリウム液を添加して全量を1mLとした。ガラスアンプルに充填し、121℃で15分間の高圧蒸気滅菌を施した。得られたヘパリン製剤は無色澄明の水溶液であり、pHは6.55、浸透圧比は約1(生理食塩液に対する比)等の性状を有していた。
【0026】
実施例2
以下の組成からなるヘパリン製剤(注射剤)を調製した。すなわち、ヘパリンナトリウム(日本薬局方品)1000単位、クエン酸ナトリウム(終濃度で1mM)を適量の注射用水に溶解し、適量の水酸化ナトリウム液を添加して全量を1mLとした。ガラスアンプルに充填し、121℃で15分間の高圧蒸気滅菌を施した。
【0027】
比較例
以下の組成からなるヘパリン製剤(注射剤)を調製した。すなわち、ヘパリンナトリウム(日本薬局方品)1000単位および塩化ナトリウム9.0mgを適量の注射用水に溶解し、適量の水酸化ナトリウム液を添加して全量を1mLとした。ガラスアンプルに充填し、121℃で15分間の高圧蒸気滅菌を施した。得られたヘパリン製剤は無色澄明の水溶液であり、pHは6.11、浸透圧比は約1(生理食塩液に対する比)等の性状を有していた。
【0028】
実験例1
実施例1および比較例から得られたヘパリン製剤を80℃で7日間保存した。保存後のpHおよびヘパリン力価を測定し、力価についてはその残存率を算出した。結果を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
実験例2
以下の組成からなるヘパリン製剤(注射剤)を調製した。すなわち、ヘパリンナトリウム(日本薬局方品)1000単位、塩化ナトリウム9.0mgおよび各種添加剤を配合し、適量の注射用水に溶解して全量を1mLとした。添加剤(水酸化ナトリウムを除く)の添加濃度は1mM、pHは6〜8に調整した。121℃、20分間の高圧蒸気滅菌を施し、さらに80℃で7日間保存したときのpHおよびヘパリン力価を測定した。滅菌前の力価を100%とした時の力価残存率を算出した。結果を表2に示す。
【0031】
【表2】

【0032】
クエン酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸緩衝液を用いた場合に、ヘパリンの安定性は良好であった。
【0033】
実験例3
実験例2で例示した、水酸化ナトリウムを添加した製剤を25℃(7カ月)、40℃(2カ月)、80℃(7日)で、クエン酸ナトリウムを添加した製剤を80℃(7日)でそれぞれ保存した。ただし、ヘパリンナトリウムは100単位を用いた。保存後のヘパリン力価および溶液中の硫酸濃度を測定した。結果を表3に示す。
【0034】
【表3】

【0035】
水酸化ナトリウムを添加した製剤では、力価の低下に伴い、硫酸濃度が増加した。一方、クエン酸ナトリウムを添加した製剤では、力価が保持され、硫酸の生成も認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘパリンまたはその塩を含有し、安定化剤としてクエン酸ナトリウムおよびpH調節剤として水酸化ナトリウムを配合してなるヘパリン製剤であって、保存剤および防腐剤を含まないヘパリン製剤。
【請求項2】
製剤のpHが6以上である請求項1記載のヘパリン製剤。
【請求項3】
製剤に含まれる硫酸が下記の数式により求められる濃度以下である請求項1記載のヘパリン製剤。
硫酸濃度(mmol/L)=ヘパリン濃度(力価/mL)×0.0006
【請求項4】
光安定性が改善された請求項1記載のヘパリン製剤。
【請求項5】
高圧蒸気滅菌を施してなる請求項1〜4いずれか1項に記載のヘパリン製剤。
【請求項6】
ヘパリンまたはその塩に、クエン酸ナトリウムおよび水酸化ナトリウムを配合する工程を含む、保存剤および防腐剤を含まないヘパリン製剤の安定化方法。
【請求項7】
さらに高圧蒸気滅菌を施す工程を含む、請求項6に記載の安定化方法。

【公開番号】特開2008−208137(P2008−208137A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−116366(P2008−116366)
【出願日】平成20年4月25日(2008.4.25)
【分割の表示】特願2000−292901(P2000−292901)の分割
【原出願日】平成12年9月26日(2000.9.26)
【出願人】(000002956)田辺三菱製薬株式会社 (225)
【Fターム(参考)】