説明

ヘモグロビンの測定方法および測定用キット

【課題】ヘモグロビンの測定方法において、検体中に含まれる測定干渉物質の影響を受けずに、検体中のヘモグロビン濃度を正確に測定する方法、およびそのためのキットを提供すること。
【解決手段】本発明の検体中のヘモグロビンを測定する方法は、検体に、ヘモグロビンに特異的に結合する物質を含むヘモグロビン測定試薬を添加して被測定調製物を調製する工程;および、該被測定調製物中のヘモグロビン量を測定する工程;を包含し、該被測定調製物中に、SH基を含む化学物質が含有される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体に含まれるヘモグロビンの測定方法に関する。詳細には、主として工業、環境、および臨床検査の分野における、抗原抗体反応を利用したヘモグロビンの免疫学的測定方法ならびに免疫学的測定用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
臨床検査などの各種検査において、検体中のヘモグロビンの測定方法として、例えば、ヘモグロビンのペルオキシダーゼ様活性を試験紙にて検出する方法がある。また、ヒトヘモグロビンを特異的に認識する抗体を用いる免疫学的測定方法として、RIA法、EIA法、免疫比濁法、ラテックス凝集法、金コロイド凝集法、イムノクロマト法などの多くの方法が挙げられる。中でも、ラテックス凝集法や金コロイド凝集法は、反応液の分離や洗浄操作を必要としないホモジニアス系での測定が可能なため、測定の自動化や短時間での測定に適している。
【0003】
以前から大腸癌の一次スクリーニング検査として、便中のヘモグロビンの検出および測定が行われている。現在、大腸癌のスクリーニング検査として、糞便中のヘモグロビンについての大規模な検査システムが構築されている。また、近年、歯周病の早期診断のためスクリーニング検査として、唾液中のヘモグロビンの検出および測定が行われている(非特許文献1、特許文献1および2)。
【0004】
しかし、従来のヘモグロビンの測定用の試薬を用いて唾液中のヘモグロビンを測定する場合、希釈倍率に応じた濃度を測定できない検体がある。また、唾液検体にヘモグロビンを添加してヘモグロビン濃度を測定する場合に、本来期待される濃度よりもはるかに低いヘモグロビン濃度としてしか測定できない検体が、かなりの頻度で存在する。このため、従来の測定試薬を用いて唾液中に漏出しているヘモグロビンを測定すると、真の値とは異なる濃度として測定される。したがって、歯周病のスクリーニング検査として正しい結果を得ることができない。
【0005】
また、糞便中のヘモグロビンを測定する際にも、一部の便検体において希釈倍率に応じた濃度が測定できない。
【0006】
これらは、ヘモグロビンの測定に影響を及ぼす何らかの測定干渉物質(以下、ヘモグロビン測定干渉物質という場合がある)が、唾液および糞便に含まれるためであると考えられる。
【特許文献1】特開2005−201768号公報
【特許文献2】特開2002−181815号公報
【非特許文献1】飯沼克弘ら、医学検査,2008年,57巻,6号,926-928頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、ヘモグロビンの測定方法において、検体中に含まれる測定干渉物質の影響を受けずに、検体中のヘモグロビン濃度を正確に測定する方法、およびそのためのキットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、検体中のヘモグロビンの測定時にヘモグロビンとSH基を含む化学物質とを共存させることによって、検体に含まれる被測定物質であるヘモグロビンをより正確に測定する。
【0009】
本発明は、検体中のヘモグロビンを測定する方法を提供し、該方法は、
検体に、ヘモグロビンに特異的に結合する物質を含むヘモグロビン測定試薬を添加して被測定調製物を調製する工程;および
該被測定調製物中のヘモグロビン量を測定する工程;
を包含し、
該被測定調製物中に、SH基を含む化学物質が含有される。
【0010】
1つの実施態様では、上記ヘモグロビン測定試薬を添加する前に、上記検体に、希釈用溶液を添加する工程をさらに含む。
【0011】
さらなる実施態様では、上記ヘモグロビン測定試薬および前記希釈用溶液の少なくとも一方は、上記SH基を含む化学物質を含有する。
【0012】
1つの実施態様では、上記SH基を含む化学物質は、1−チオグリセリン、2−メルカプトエタノール、ジチオトレイトール、ジチオエリトリトール、N−アセチル−L−システイン、2−メルカプトエタンスルホン酸ナトリウム、および無水グルタル酸からなる群より選択される少なくとも1種である。
【0013】
1つの実施態様では、上記被測定調製物は、上記SH基を含む化学物質を0.01〜10mMの終濃度になるような濃度で含む。
【0014】
1つの実施態様では、上記検体は、唾液または糞便である。
【0015】
1つの実施態様では、上記ヘモグロビン測定試薬は、ヘモグロビンに特異的に結合する抗体が結合された微小粒子を含有する。
【0016】
1つの実施態様では、上記微小粒子は、ラテックスまたは金属コロイドである。
【0017】
1つの実施態様では、上記金属は、金、銀、銅、鉄、白金、およびパラジウムからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0018】
本発明はまた、ヘモグロビン測定試薬を含む、ヘモグロビンの測定用キットを提供し、
該キットにおいて、該ヘモグロビン測定試薬は、ヘモグロビンに特異的に結合する特異的結合物質およびSH基を含む化学物質を含有する。
【0019】
本発明はさらに、希釈用溶液およびヘモグロビン測定試薬を含む、ヘモグロビンの測定用キットを提供し、
該キットにおいて、該ヘモグロビン測定試薬は、ヘモグロビンに特異的に結合する物質を含み、そして
該希釈用溶液および該ヘモグロビン測定試薬の少なくとも一方は、SH基を含む化学物質を含有する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、ヘモグロビン測定干渉物質を含むと考えられる唾液や糞便などの検体において、ヘモグロビンをより正確に測定することができる。例えば、唾液中のヘモグロビンの測定には、唾液中に含まれるヘモグロビン測定干渉物質が障害となっていたが、本発明により正確な測定が可能である。また、例えば、糞便中のヘモグロビンを測定する際にも、糞便中に含まれるヘモグロビン測定干渉物質が障害となっていたが、本発明によれば正確な測定が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
(検体)
本発明において、測定に供する被測定物質であるヘモグロビンを含む検体としては、唾液、尿、糞便、髄液、腹水などの生体試料;環境中より得られたサンプルまたはその抽出物などが挙げられる。
【0022】
(被測定調製物)
本発明において、被測定調製物とは、上記検体に、必要に応じて希釈用溶液などを添加した後、以下で説明する測定用試薬を加えて、吸光度測定などの測定に供される状態にされた調製物をいう。本発明においては、被測定調製物中には、以下で説明するSH基を含む化学物質が存在する。
【0023】
(SH基を含む化学物質)
SH基を含む化学物質としては、1−チオグリセリン、2−メルカプトエタノール、ジチオトレイトール(DTT)、ジチオエリトリトール(DTE)、N−アセチル−L−システイン(NAC)、2−メルカプトエタンスルホン酸ナトリウム、無水グルタル酸などが挙げられる。SH基を含む化学物質は、被測定調製物中に含まれていれば、どの段階で検体に添加されてもよい。SH基を含む化学物質は、例えば、以下で説明するヘモグロビン測定試薬に含有され得るか、あるいは希釈用溶液を用いる場合には、ヘモグロビン測定試薬および希釈用溶液の少なくとも一方に含有され得る。SH基を含む化学物質は、被測定調製物中の濃度(終濃度)が、好ましくは0.01〜10mM、より好ましくは0.03〜3mMになるような濃度で含有される。
【0024】
(希釈用溶液)
ヘモグロビンを含む検体は、必要に応じて希釈用溶液で適宜希釈してもよい。本発明の方法に使用される希釈用溶液は、通常、緩衝剤を含み、必要に応じて、塩、凝集促進剤、その他の成分などを含み得る。この希釈用溶液は、検体を保存あるいは希釈する目的で用いられ得る。また、希釈用溶液は、必要に応じて、SH基を含む化学物質を含んでもよい。
【0025】
緩衝剤は、検体の種類に応じて適宜選択される。例えば、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、コハク酸緩衝液、グリシルグリシン、MES(2−(N−モルホリノ)エタンスルホン酸)、HEPES(2−[4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル]エタンスルホン酸)、MOPS(3−(N−モルホリノ)プロパンスルホン酸)、PIPES(ピペラジン−1,4−ビス(2−エタンスルホン酸))などのグッド緩衝液が好適に用いられる。緩衝剤のpHは、例えば、2〜10である。希釈用溶液中の緩衝剤の濃度は、被測定調製物中の濃度で、好ましくは10〜400mM、より好ましくは50〜200mMである。
【0026】
塩としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウムなどの無機塩が挙げられる。これらは、単独で用いても、組み合わせて用いてもよい。これらの無機塩類の希釈用溶液中の濃度は、例えば、被測定調製物中の濃度で1〜20質量/容量%である。
【0027】
希釈用溶液に含まれ得るその他の成分としては、例えば、トリトンX−100などの界面活性剤、動物血清、アジ化ナトリウムなどの防腐剤、有機酸類、糖類、アミノ酸類、EDTAなどのキレート剤、各種動物由来のアルブミンなどが挙げられる。これらの成分の濃度は当業者により適宜決定される。
【0028】
(ヘモグロビン測定試薬)
本発明において、ヘモグロビン測定試薬は、ヘモグロビンに特異的に結合する物質(以下、特異的結合物質という場合がある)を含む。特異的結合物質としては、例えば、免疫反応を利用する免疫学的測定法に使用され得る、ヘモグロビンに特異的に結合する抗体(抗ヘモグロビン抗体)が挙げられる。抗体は、ヘモグロビンに対するモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体のいずれであってもよい。
【0029】
ヘモグロビンに特異的に結合する特異的結合物質は、ヘモグロビンとの結合が検出可能であるように、例えば、免疫測定試薬として通常使用され得る微小粒子に結合されていることが好ましい。
【0030】
使用される微小粒子は、免疫測定試薬として通常使用され得る微小粒子であればよく、好ましくはラテックス粒子および金属コロイド粒子である。金属コロイド粒子としては、金、銀、銅、鉄、白金、パラジウム、またはこれらの混合物(金−白金、金−銀、鉄−白金、パラジウム−白金などの混合物)が用いられる。中でも金コロイド粒子が、一般的に利用され易いため、好ましく用いられる。これらの金属コロイド粒子は、市販品を用いてもよいし、当業者が通常用いる方法により調製してもよい。金属コロイド粒子の粒径は、通常5nm〜100nm、好ましくは30nm〜60nmの範囲である。
【0031】
上記特異的結合物質(例えば、抗ヘモグロビン抗体)が結合された微小粒子は、上記微小粒子に、抗ヘモグロビン抗体を当業者が通常用いる方法により結合させるかまたは吸着させることによって得られる。例えば、調製金コロイド粒子溶液(540nmにおける吸光度が約2.0)1Lに対して、通常、0.1〜100mg、好ましくは0.5〜20mgの抗ヘモグロビン抗体を添加し、冷蔵または室温下で5分〜24時間撹拌する。次いで、牛血清アルブミン(BSA)などでブロッキングし、遠心分離などを行うことにより、抗ヘモグロビン抗体が結合された目的の抗体結合金コロイド粒子を得ることができる。得られた抗体結合金コロイド粒子は、測定に必要な濃度となるように緩衝液に分散させる。緩衝液のpHは、通常4.5〜9.5、好ましくは5.5〜8.5の範囲である。抗ヘモグロビン抗体が結合された微小粒子(抗体結合微粒子)の濃度は、例えば、被測定調製物中の濃度で0.025〜0.5質量/容量%であり得る。
【0032】
本発明の方法に使用されるヘモグロビン測定試薬は、以下で説明する測定手順に応じて、第1試薬と第2試薬とから構成されてもよい。
【0033】
例えば、第1試薬は、上記希釈用溶液と同様に、通常、緩衝剤を含み、必要に応じて、塩、凝集促進剤、その他の成分などを含み得る。また、必要に応じて、SH基を含む化学物質を含み得る。
【0034】
また、第2試薬は、上記のヘモグロビンに特異的に結合する抗体が結合された微小粒子を含み、必要に応じてその他の成分を含み得る。この第2試薬は、例えば、ヘモグロビンに特異的に結合する抗体が結合された微小粒子を第1試薬に用いる緩衝剤に添加することによって得られる。
【0035】
この第2試薬に含まれ得る微小粒子以外の成分としては、例えば、緩衝剤、塩、凝集促進剤などが挙げられる。上記希釈用溶液と同様に、通常、緩衝剤を含み、必要に応じて、塩、凝集促進剤、その他の成分などを含み得る。また、必要に応じて、SH基を含む化学物質を含み得る。これらの成分の濃度は当業者により適宜決定される。
【0036】
(ヘモグロビンの測定方法)
本発明のヘモグロビンの測定方法は、検体中のヘモグロビンを測定する方法、好ましくは免疫学的に測定する方法であり、検体にヘモグロビン測定試薬を添加して被測定調製物を調製する工程;および該被測定調製物中のヘモグロビン量を測定する工程を包含する。必要に応じて、ヘモグロビン測定試薬を添加する前に、検体に、希釈用溶液を添加する工程をさらに含む。
【0037】
本発明の方法においては、ヘモグロビン測定試薬に、必要に応じてヘモグロビン測定試薬または希釈用溶液の少なくとも一方に、SH基を含む化学物質が含有されているため、被測定調製物中に、SH基を含む化学物質が含有される。
【0038】
本発明のヘモグロビンの測定方法を、希釈用溶液を用い、ヘモグロビン測定試薬が第1試薬と第2試薬とから構成され、そして第2試薬がヘモグロビンに特異的に結合する抗体が結合された微小粒子を含む場合を例に挙げて、具体的に説明する。
【0039】
この場合、検体中のヘモグロビンを測定する方法は、
検体に、希釈用溶液を添加する工程;
希釈された検体に、緩衝剤を含む第1試薬を添加する工程;
ヘモグロビンに特異的に結合する抗体が結合された微小粒子を含む第2試薬を添加して被測定調製物を調製する工程;および
該被測定調製物中における該微小粒子の凝集反応を測定する工程;
を包含し、
ここで、希釈用溶液、第1試薬、および第2試薬の少なくとも1つは、SH基を含む化学物質を含有する。SH基を含む化学物質は、いずれか1つにのみ含まれていてもよく、あるいはいずれか2つまたはすべてに含まれていてもよい。
【0040】
この方法では、ヘモグロビンが、ラテックスや金コロイドなどの微小粒子上の抗体と結合することにより、ヘモグロビンの濃度依存的に凝集反応を生じるので、その程度を機械的に、例えば、吸光度変化として測定することができる。
【0041】
より具体的には、本発明の方法は、例えば、以下のように行われる:ヘモグロビンを含む検体をそのまま、あるいは希釈用溶液で適切に希釈した後、緩衝剤を含む第1試薬と混合し、次いでヘモグロビンを特異的に認識する抗体結合微小粒子を添加して混合することにより、ヘモグロビン濃度依存的に凝集反応を生じさせる。微小粒子として金コロイドを用いる場合は、この凝集反応に起因する所定の波長における吸光度変化を測定する。測定結果を、予め作成しておいた金コロイド凝集反応の吸光度変化とヘモグロビンの量との関係を表す検量線に当てはめることにより、検体中の濃度を容易に求めることができる。なお、吸光度変化が一定値未満であれば陰性、一定値以上であれば陽性と設定して判定を行うことにより、定性および半定量をすることも可能である。
【0042】
金コロイドを用いる場合、反応開始後の吸光度変化は、一波長測定であっても二波長測定であってもよい。二波長測定の場合は、測定波長は、第一波長610nm〜800nm、好ましくは630nm〜750nmと、第二波長360nm〜580nm、好ましくは500nm〜550nmである。一波長測定の場合は、上記二波長測定の場合の第一波長または第二波長のいずれか一方の波長領域の波長で測定することができる。本発明の方法において吸光度変化とは、以下の2通りの測定により得られた値であり、いずれであってもよい:
(1)反応開始後に反応液の吸光度を適当な間隔で2回測定し、その差を吸光度変化とする;または
(2)反応開始後に反応液の吸光度を連続的に測定し、時間当たりの吸光度変化率(その最大変化率を用いる場合もある)を吸光度変化とする。
【0043】
上記測定には、分光光度計、マイクロプレートリーダー、生化学自動分析装置、便潜血専用機などが利用できる。特に、本発明の方法を生化学自動分析装置や便潜血専用機での測定に適用することにより、多数の検体を短時間に測定することが可能である。
【0044】
本発明によれば、ヘモグロビンの測定用キットが提供される。このキットは、ヘモグロビン測定試薬を含み、このヘモグロビン測定試薬は、ヘモグロビンに特異的に結合する特異的結合物質(例えば、抗ヘモグロビン抗体)およびSH基を含む化学物質を含有する。あるいは、このキットは、さらに希釈用溶液を含んでいてもよく、この場合、希釈用溶液およびヘモグロビン測定試薬の少なくとも一方が、SH基を含む化学物質を含有する。あるいは、ヘモグロビン測定試薬は、上記のように第1試薬と第2試薬とから構成されてもよい。
【0045】
上記のキット中の試薬および溶液は、どのような形態で提供されてもよく、それぞれ個別に密封包装されて提供されることが好ましい。上記キットは、検量線作成用の被測定物質の標準品、使用時に各物質を溶解して適切な濃度の溶液を調製するための緩衝液、使用説明書など含んでいてもよい。
【実施例】
【0046】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0047】
(実施例1:SH基を含む化学物質の添加効果の検討)
試薬中にSH基を含む化学物質である1−チオグリセリンを含む場合の効果を、ヘモグロビン添加回収試験によって確認した。以下のようにして、唾液希釈物、第1試薬、および第2試薬を調製し、唾液検体中のヘモグロビン濃度を測定した。
【0048】
(1)唾液希釈物の調製
10人分の唾液を採取し、それぞれの唾液1mLあたり4000ngおよび8000ngのヘモグロビンを添加した。測定時に、唾液および各ヘモグロビン添加唾液を、免疫学的便潜血自動分析装置「ヘモテクトNS−PlusC」(アルフレッサファーマ株式会社)の専用採便容器である採便容器A(アルフレッサファーマ株式会社)の便溶解液で20倍に希釈して測定用の唾液希釈物を調製した。
【0049】
(2)第1試薬の調製
免疫学的便潜血自動分析装置「ヘモテクトNS−PlusC」(アルフレッサファーマ株式会社)の専用試薬であるネスコートヘモPlus(アルフレッサファーマ株式会社)のR1試薬に対して、1−チオグリセリンを1mMの濃度になるように加え、これを第1試薬とした。
【0050】
(3)第2試薬の調製
ネスコートヘモPlus(アルフレッサファーマ株式会社)のR2試薬をそのまま第2試薬とした。
【0051】
(4)ヘモグロビン濃度の測定
上記唾液希釈物12μLと、第1試薬130μLとを混合し、37℃にて約5分間保持した。次いで、第2試薬40μLを加えて混合し、37℃にて保持しながら、日立7170形自動分析装置により主波長546nmおよび副波長660nmで測光ポイント18から34の2ポイント測定を行って、2ポイント間の吸光度の差を求めた。
【0052】
予め、既知濃度ヘモグロビン溶液を、上記と同様の操作で測定し、ヘモグロビン濃度と2ポイント間の吸光度差の検量線を作成した。検体を測定することで得られた吸光度の差をこの検量線と比較することにより、唾液希釈物中に含まれるヘモグロビンの濃度を求めた。
【0053】
得られたヘモグロビンの濃度に対して測定前に唾液検体を希釈した倍率(20)を乗じて、元の唾液検体中のヘモグロビン濃度を求めた。
【0054】
また、比較のために、1−チオグリセリンを含まないネスコートヘモPlusのR1試薬を第1試薬として用いて、上記唾液検体について同様の操作で測定した。結果を表1に示す。ヘモグロビンの添加により理論上期待される測定値(表1での理論値)を100%とした場合、実際に測定された値(表1での測定値)を回収率として計算した。
【0055】
【表1】

【0056】
表1において、検体番号1の唾液検体は、SH基を含む化学物質無添加の試薬を用いた場合(比較例)の測定値は441ng/mLであった。唾液1mLあたり4000ngのヘモグロビンを添加すると、理論上4441ng/mLの測定値が期待されるが、実際の測定値は、2764ng/mLであった。この場合、回収率は(2764/4441)×100=62%となった。また、8000ngのヘモグロビン添加検体では4780ng/mLであり、回収率は57%であった。同様に他の検体においても回収率を求めたところ、SH基を含む化学物質無添加の場合には、最大でも77%であった。このように、比較例の全ての検体において添加したヘモグロビン量から期待される値を大幅に下回る測定値となった。このことはSH基を含む化学物質無添加の試薬を用いて唾液中のヘモグロビンを測定すると、検体中のヘモグロビン濃度を正確に測定することができないことを示している。
【0057】
これに対して、SH基を含む化学物質を添加した試薬を用いて同じ検体群を測定すると(実施例)、ほぼ理論値通りの測定値が得られ、回収率も最小で92%、最大でも111%となった。このように、測定試薬にSH基を含む化学物質を加えたことにより、検体中のヘモグロビン濃度をより正確に測定することが可能となった。これは、SH基を含む化学物質により、唾液中に含まれる測定干渉物質の影響が緩和されるためと考えられる。
【0058】
(実施例2:種々のSH基を含む化学物質の検討)
種々のSH基を含む化学物質について、その効果の確認を行った。以下のようにして、唾液希釈物、第1試薬、および第2試薬を調製し、唾液検体中のヘモグロビン濃度を測定した。
【0059】
(1)唾液希釈物の調製
唾液を採取し、採便容器A(アルフレッサファーマ株式会社)の便溶解液で10倍、20倍、および40倍に希釈して測定用の唾液希釈物を調製した。
【0060】
(2)第1試薬の調製
ネスコートヘモPlus(アルフレッサファーマ株式会社)のR1試薬に対して、それぞれ1−チオグリセリン、2−メルカプトエタノール、ジチオトレイトール(DTT)、ジチオエリトリトール(DTE)、N-アセチル-L-システイン(NAC)、2−メルカプトエタンスルホン酸ナトリウム、または無水グルタル酸を1mMの濃度になるように加え、これを第1試薬とした。
【0061】
(3)第2試薬の調製
ネスコートヘモPlus(アルフレッサファーマ株式会社)のR2試薬をそのまま第2試薬とした。
【0062】
(4)ヘモグロビン濃度の測定
上記唾液希釈物12μLと、第1試薬130μLとを混合し、37℃にて約5分間保持した。次いで、第2試薬40μLを加えて混合し、37℃にて保持しながら、日立7170形自動分析装置により主波長546nmおよび副波長660nmで測光ポイント18から34の2ポイント測定を行って、2ポイント間の吸光度の差を求めた。
【0063】
予め、既知濃度ヘモグロビン溶液を、上記と同様の操作で測定し、ヘモグロビン濃度と2ポイント間の吸光度差の検量線を作成した。検体を測定することで得られた吸光度の差をこの検量線と比較することにより、唾液希釈物中に含まれるヘモグロビンの濃度を求めた。
【0064】
得られたヘモグロビンの濃度に対して測定前に唾液検体を希釈した倍率を乗じて、元の唾液検体中のヘモグロビン濃度を求めた。
【0065】
また、比較のために、SH基を含む化学物質を含まないネスコートヘモPlusのR1試薬を第1試薬として用いて、上記唾液検体について同様の操作で測定した。結果を図1に示す。
【0066】
図1からわかるように、10倍から40倍まで希釈した唾液を、SH基を含む化学物質を添加していない試薬を用いて測定した場合、希釈倍率が低いほど測定値の減少がみられた。これは、唾液の希釈倍率が低い場合、唾液中に含まれる測定干渉物質の濃度が高いため、その影響をより強く受けたことを示唆する。
【0067】
一方、図1に示すように、SH基を含む化学物質を1mMの濃度になるように加えた試薬を用いて唾液中のヘモグロビンの濃度を測定すると、SH基を含む化学物質無添加の試薬で測定した場合に比べ、いずれの化学物質を添加した試薬でも測定値の上昇が見られた。さらに希釈倍率による測定値の差も小さくなっていた。したがって、検体中のヘモグロビン濃度をより正確に測定できた。これは、測定試薬にSH基を含む化学物質を加えたことにより、唾液中に含まれる測定干渉物質の影響が緩和されるためと考えられる。
【0068】
(実施例3:SH基を含む化学物質の濃度の検討)
SH基を含む化学物質の有効濃度を検討するために、第1試薬中の1−チオグリセリンの濃度を変化させて測定値への影響を検討した。以下のようにして、唾液希釈物、第1試薬、および第2試薬を調製し、唾液検体中のヘモグロビン濃度を測定した。
【0069】
(1)希釈検体の調製
唾液を採取し、採便容器A(アルフレッサファーマ株式会社)の便溶解液で20倍に希釈して測定用の唾液希釈物を調製した。
【0070】
(2)第1試薬の調製
ネスコートヘモPlus(アルフレッサファーマ株式会社)のR1試薬に対して、1−チオグリセリンを0.125、0.25、0.5、1、2、および4mMの濃度になるように加え、これを第1試薬とした。
【0071】
(3)第2試薬の調製
ネスコートヘモPlus(アルフレッサファーマ株式会社)のR2試薬をそのまま第2試薬とした。
【0072】
第1試薬中の1−チオグリセリンの濃度が0.125、0.25、0.5、1、2、および4mMである場合、以下の(4)に従って、唾液希釈物、第1試薬、および第2試薬を混合した最終反応系(被測定調製物)中の1−チオグリセリン濃度は、それぞれ0.09、0.18、0.36、0.71、1.43、および2.86mMである。
【0073】
(4)ヘモグロビン濃度の測定
上記唾液希釈物12μLと、第1試薬130μLとを混合し、37℃にて約5分間保持した。次いで、第2試薬40μLを加えて混合し、37℃にて保持しながら、日立7170形自動分析装置により主波長546nmおよび副波長660nmで測光ポイント18から34の2ポイント測定を行って、2ポイント間の吸光度の差を求めた。
【0074】
予め、既知濃度ヘモグロビン溶液を、上記と同様の操作で測定し、ヘモグロビン濃度と2ポイント間の吸光度差の検量線を作成した。検体を測定することで得られた吸光度の差をこの検量線と比較することにより、唾液希釈物中に含まれるヘモグロビンの濃度を求めた。
【0075】
得られたヘモグロビンの濃度に対して測定前に唾液検体を希釈した倍率(20)を乗じて、元の唾液検体中のヘモグロビン濃度を求めた。
【0076】
また、比較のために、SH基を含む化学物質を含まないネスコートヘモPlusのR1試薬を第1試薬として用いて、上記唾液検体について同様の操作で測定した。結果を図2に示す。
【0077】
その結果、いずれの濃度の1−チオグリセリンの場合も、ヘモグロビン測定値はほぼ同様の値であった。一方、図2に示すように、1−チオグリセリン無添加の第1試薬(図2ではSH基を含む化学物質が0mM)を用いた場合は、1−チオグリセリンを含む試薬を用いた場合に比べ、測定値が大幅に低下した。
【0078】
このことから、測定試薬にSH基を含む化学物質を加えたことにより、唾液中に含まれる測定干渉物質の影響が緩和されると考えられる。このように、1−チオグリセリンは、第1試薬中では0.125〜4mM(被測定調製物中では0.09〜2.86mM)の濃度で有効であることを確認した。
【0079】
(実施例4:糞便検体(糞便懸濁液)におけるSH基を含む化学物質の効果の検討)
糞便検体について、SH基を含む化学物質の効果を検討した。以下のようにして、糞便懸濁液、第1試薬、および第2試薬を調製し、糞便検体中のヘモグロビン濃度を測定した。
【0080】
(1)糞便検体(糞便懸濁液)の調製
糞便を採便容器A(アルフレッサファーマ株式会社)で採便し、ヘモグロビン測定用の糞便懸濁液を調製した。この糞便懸濁液を採便容器A中の便溶解液で段階的に希釈して、複数の糞便懸濁液希釈物を調製した。
【0081】
(2)第1試薬の調製
ネスコートヘモPlus(アルフレッサファーマ株式会社)のR1試薬に対して、ジチオトレイトール(DTT)を1mMおよび1−チオグリセリンを2mMの濃度になるように加え、これを第1試薬とした。
【0082】
(3)第2試薬の調製
ネスコートヘモPlus(アルフレッサファーマ株式会社)のR2試薬をそのまま第2試薬とした。
【0083】
(4)ヘモグロビン濃度の測定
上記糞便懸濁液希釈物12μLと、第1試薬130μLとを混合し、37℃にて約5分間保持した。次いで、第2試薬40μLを加えて混合し、37℃にて保持しながら、日立7170形自動分析装置により主波長546nmおよび副波長660nmで測光ポイント18から34の2ポイント測定を行って、2ポイント間の吸光度の差を求めた。
【0084】
予め、既知濃度ヘモグロビン溶液を、上記と同様の操作で測定し、ヘモグロビン濃度と2ポイント間の吸光度差の検量線を作成した。検体を測定することで得られた吸光度の差をこの検量線と比較することにより、糞便懸濁液希釈物中に含まれるヘモグロビンの濃度を求めた。
【0085】
また、比較のために、SH基を含む化学物質を含まないネスコートヘモPlusのR1試薬を第1試薬として用いて、上記糞便懸濁液希釈物について同様の操作で測定した。結果を図3に示す。
【0086】
図3から明らかなように、ジチオトレイトール(DTT)1mMおよび1−チオグリセリンを2mM含む試薬を用いて、段階的に希釈した糞便懸濁液希釈物を測定すると、良好な希釈直線性が得られた。しかし、これらのSH基を含む化学物質を添加していない試薬を第1試薬として用いて測定すると、希釈直線性は得られなかった。このことから、測定試薬にジチオトレイトール(DTT)と1−チオグリセリンとを加えることにより、糞便中に含まれる測定干渉物質の影響が排除されて、糞便検体中のヘモグロビン濃度を正確に測定することが可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明の方法によれば、ヘモグロビンの測定時にヘモグロビンとSH基を含む化学物質とを共存させるため、ヘモグロビンをより正確に測定することができる。このため、例えば、歯周病のスクリーニング検査としての唾液中のヘモグロビン検査において、唾液成分に含まれる測定干渉物質の影響を受けずに、唾液中のヘモグロビンの濃度を正確に測定できる。また、例えば、大腸癌のスクリーニング検査としての糞便中のヘモグロビン検査においても、糞便成分に含まれる測定干渉物質の影響を受けずに、糞便中のヘモグロビンの濃度を正確に測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】種々のSH基を含む化学物質を含む試薬を用いた場合の、唾液希釈物の希釈倍率とヘモグロビン濃度の測定値との関係を示すグラフである。
【図2】第1試薬中の1−チオグリセリンの濃度と唾液中のヘモグロビン測定値との関係を示すグラフである。
【図3】SH基を含む化学物質を含むまたは含まない試薬を用いた場合の、糞便懸濁液の濃度とヘモグロビン濃度の測定値との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中のヘモグロビンを測定する方法であって、
検体に、ヘモグロビンに特異的に結合する物質を含むヘモグロビン測定試薬を添加して被測定調製物を調製する工程;および
該被測定調製物中のヘモグロビン量を測定する工程;
を包含し、
該被測定調製物中に、SH基を含む化学物質が含有される、
方法。
【請求項2】
前記ヘモグロビン測定試薬を添加する前に、前記検体に、希釈用溶液を添加する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ヘモグロビン測定試薬および前記希釈用溶液の少なくとも一方が、前記SH基を含む化学物質を含有する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記SH基を含む化学物質が、1−チオグリセリン、2−メルカプトエタノール、ジチオトレイトール、ジチオエリトリトール、N−アセチル−L−システイン、2−メルカプトエタンスルホン酸ナトリウム、および無水グルタル酸からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1から3のいずれかの項に記載の方法。
【請求項5】
前記被測定調製物が、前記SH基を含む化学物質を0.01〜10mMの終濃度になるような濃度で含む、請求項1から4のいずれかの項に記載の方法。
【請求項6】
前記検体が、唾液または糞便である、請求項1から5のいずれかの項に記載の方法。
【請求項7】
前記ヘモグロビン測定試薬が、ヘモグロビンに特異的に結合する抗体が結合された微小粒子を含有する、請求項1から6のいずれかの項に記載の方法。
【請求項8】
前記微小粒子が、ラテックスまたは金属コロイドである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記金属が、金、銀、銅、鉄、白金、およびパラジウムからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
ヘモグロビン測定試薬を含む、ヘモグロビンの測定用キットであって、
該ヘモグロビン測定試薬が、ヘモグロビンに特異的に結合する特異的結合物質およびSH基を含む化学物質を含有する、
キット。
【請求項11】
希釈用溶液およびヘモグロビン測定試薬を含む、ヘモグロビンの測定用キットであって、
該ヘモグロビン測定試薬が、ヘモグロビンに特異的に結合する物質を含み、そして
該希釈用溶液および該ヘモグロビン測定試薬の少なくとも一方が、SH基を含む化学物質を含有する、
キット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−117244(P2010−117244A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−290655(P2008−290655)
【出願日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【出願人】(000231394)アルフレッサファーマ株式会社 (27)
【Fターム(参考)】