説明

ペプチドおよびその自己集合方法、その集合体、これらを用いた細胞培養基材、並びに、細胞シートの製造方法

【課題】ペプチドにおいて、より低分子量でもコアセルベーション(自己集合)能を発現させうる手段を提供する。
【解決手段】
下記(a)または(b)のペプチドにより、上記課題は解決されうる:
(a)下記化学式1:


式中、nは、4〜300の整数である、
で表されるペプチド;
(b)前記(a)のペプチドにおいて1または数個のアミノ酸が欠失、置換、および/または付加されてなるペプチドであって、温度依存性自己集合性を示すペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペプチドおよびその自己集合方法、その集合体、これらを用いた細胞培養基材、並びに、細胞シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人体をはじめとする動物組織を構成するタンパク質として、エラスチンが知られている。このエラスチンは、コラーゲンと同様に細胞外において機能する繊維状のタンパク質であり、ゴムのように伸縮する性質(弾性)を有していることから、組織への柔軟性の付与に関与している。このため、伸縮性が必要とされる組織・器官(ヒトでは例えば、皮膚の真皮、靱帯、腱、肺、血管壁など)に広く分布している。
【0003】
このエラスチンは、生体内においてはまず、前駆体タンパク質であるトロポエラスチン(分子量約70,000)として血管平滑筋細胞や線維芽細胞で生合成される。トロポエラスチンは次いで、ミクロフィブリルと称される糖タンパク質の周囲や間隙に自己集合した後、分子間で適切に架橋されて不溶性のエラスチンとなる。生体内における正常なエラスチンの形成には、この第一段階であるトロポエラスチンの規則的な自己集合が重要であり、この自己集合の現象は「コアセルベーション」と称されている。つまり、正常なエラスチンの形成にはコアセルベーションが深く関与しているのである。
【0004】
エラスチンのコアセルベーション特性は、試験管内において観察することができる(図1)。すなわち、トロポエラスチンやエラスチン由来ペプチドの水溶液は、低温(25℃以下)では透明で均一な溶液である。しかし、温度を体温(37℃)以上に上げていくと、分子が自己集合し、その結果溶液は白濁する。白濁した溶液を再度冷却すると透明な溶液へと戻るが、冷却せずにそのまま放置すると、溶液系は二層に分離する。具体的には、エラスチン分子をわずかしか含まない平衡溶液(上層)と、分子が濃縮されてなる粘性のコアセルベート層(下層)との二層に分離するのである。この層分離過程も可逆的であり、温度を25℃以下に下げると再び元の透明な均一溶液となる。この可逆的な自己集合・解離の特性が「コアセルベーション」であり、正常なエラスチンの線維形成や、さらには弾性機能の発現に重要な特性である。
【0005】
エラスチンの前駆体であるトロポエラスチンの一次構造上の特徴は、疎水性アミノ酸を多く含む疎水性領域と、分子間の架橋に関わる架橋領域とが交互に繰り返されていることである。疎水性領域には様々な疎水性アミノ酸の繰り返し配列が存在し、その繰り返し配列の一つであるVal-Pro-Gly-Val-Gly(以下、「VPGVG」と略すこともある;また、本明細書において、アミノ酸配列は、N末端側からC末端側へと向かって、左から右へと記載する(以下同様))からなるペンタペプチド配列は、これまでに報告されているほとんど全ての動物種に存在する。また、この繰り返し配列を有する合成ポリペプチド(VPGVG)(n≧40)はコアセルベーション特性を示すことから、VPGVG繰り返し配列がエラスチンの弾性機能を担う配列であることが示唆されている。
【0006】
このように、VPGVGの繰り返しアミノ酸配列を有するポリペプチドは、自己集合能を有することにより生体材料や薬物送達システム(DDS)用材料等の基盤素材としての利用価値が高い。しかしながら、当該ポリペプチドを工業的に利用するには高分子量のペプチドを合成する必要があり、時間およびコストがかかる。このため、これまでのところ工業的な利用はほとんどなされていない。なお、海外からの報告として、遺伝子的に合成されたIle-Pro-Gly-Val-Gly(以下、「IPGVG」と略すこともある)繰り返し配列を有するポリマーを生体材料に利用することが、Dan W. Urry教授によって提案されている(非特許文献1を参照)。ただし、その他の繰り返しアミノ酸配列を有するペプチドが工業的に有利であるとの報告はこれまでのところ存在しない。
【0007】
また、各種細胞の培養に用いられる新規な細胞培養基材として、ポリN−イソプロピルアクリルアミド(PNIPAAm)等の高分子材料を用いることが広く行われている。しかしながら、この培養基材の製造過程において、微量の未重合のアクリルアミドモノマーがポリマー内に残留する可能性があることが厚生労働省より指摘され、生体に適用する際の材料の安全性が問題視されている。一方、上述したトロポエラスチンやエラスチン由来ペプチドを単独で細胞培養基材として用いることについては、従来、知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J. Phys. Chem. B, 101, 11007-11028 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者の検討によれば、従来報告されている合成ポリペプチド(ポリペンタペプチド;(VPGVG)や(IPGVG))では、コアセルベーション(自己集合)能を確保したまま低分子量化することが困難であり、これらのポリペプチドに対してコアセルベーション(自己集合)能を発揮させるには、ある程度高分子量化せざるを得ないことが確認された。
【0010】
具体的に、合成ポリペプチド(VPGVG)においては、重合度nが40以上のポリマーではコアセルベーション(自己集合)能を示すが、重合度nが1であるモノマー(VPGVG)はコアセルベーション能を示さず、また、n=10((VPGVG)10)で初めてわずかな濁度の上昇がみられた。つまり、天然に存在するアミノ酸配列を有する(GVGPV)では、コアセルベーション特性を示すためにn≧10であることが必要であることが示された。ただし、この(VPGVG)のオリゴペプチドは、n≧40のポリマーと比較すると濁度強度が低く、十分なコアセルベーション能を示さなかった。
【0011】
一方、繰り返し配列の末端アミノ酸であるバリンがより疎水性の高いイソロイシン(Ile)で置換された合成ポリペプチド(IPGVG)においては、n≧7でコアセルベーション(自己集合)能が示されることも確認された。
【0012】
このように、従来公知の合成ポリペプチドにおいては、5アミノ酸からなる繰り返し配列の繰り返し数(重合度)が10以上や7以上と大きい値となって初めて、溶液の濁度の上昇やコアセルベーション(自己集合)能の発現が確認されるのみである。換言すれば、低分子量化と自己集合能の発現との両立という観点からは依然として改良の余地があることが、本発明者の検討によって見出されたのである。
【0013】
そこで本発明は、ペプチドにおいて、より低分子量でもコアセルベーション(自己集合)能を発現させうる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上述したような従来技術の現状に鑑み、鋭意検討を行なった。その過程で、驚くべきことに、従来報告されている合成ポリペプチド(ポリペンタペプチド;(VPGVG)や(IPGVG))において、N末端アミノ酸(バリン、イソロイシン)をフェニルアラニンで置き換えることにより、上記課題が解決されうることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
すなわち、本発明の一形態によれば、下記(a)または(b)のペプチドが提供される:
(a)下記化学式1:
【0016】
【化1】

【0017】
式中、nは、4〜300の整数である、
で表されるペプチド(以下、「(FPGVG)」とも称する);
(b)前記(a)のペプチドにおいて1または数個のアミノ酸が欠失、置換、および/または付加されてなるペプチドであって、温度依存性自己集合性を示すペプチド。
【0018】
また、上記形態の好ましい形態において、nは4〜10の整数であり、さらに好ましい形態において、ペプチドは、配列番号2〜配列番号6のいずれかのアミノ酸配列で表される。
【0019】
さらに、本発明の他の形態によれば、上記ペプチドを溶解した水溶液を加熱する工程を含む、ペプチドを自己集合させる方法が提供される。
【0020】
また、本発明のさらに他の形態によれば、上記ペプチドが自己集合してなる、ペプチド集合体が提供される。
【0021】
さらに、本発明のさらに他の形態によれば、上記ペプチドまたは上記ペプチド集合体を含む細胞培養基材、これを利用した細胞シートの製造方法もまた、提供される。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、ペプチドにおいて、より低分子量でもコアセルベーション(自己集合)能を発現させうる手段が提供されうる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】エラスチンのコアセルベーション特性を説明するための説明図である。
【図2】実施例における、固相法によるペプチドの化学合成の様子を説明するための説明図である。
【図3】実施例における、固相法によるペプチドの化学合成の様子を説明するための説明図である。
【図4】実施例において合成した2種のペプチドのコアセルベーション特性を評価した結果を示すグラフである。図4(a)は(FPGVG)についての結果を示し、図4(b)は(FPGVG)についての結果を示す。
【図5】実施例において、(FPGVG)を用いた細胞シート作製を検討した際の実験フローおよび細胞回収後の観察結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための具体的な形態について詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は下記の具体的な形態のみに限定されるわけではない。
【0025】
本発明の一形態は、下記(a)または(b)のペプチドである:
(a)下記化学式1:
【0026】
【化2】

【0027】
式中、nは、4〜300の整数である、
で表されるペプチド;
(b)前記(a)のペプチドにおいて1または数個のアミノ酸が欠失、置換、および/または付加されてなるペプチドであって、温度依存性自己集合性を示すペプチド。
【0028】
(a)のペプチド(化学式1で表されるペプチド)において、nは、5アミノ酸からなる繰り返し配列(配列番号1:Phe-Pro-Gly-Val-Gly(FPGVG))の繰り返し回数(重合度)を表す。そして、このnは、本発明では4以上の整数であることが必須である。これは、n≧4のときに初めて、ペプチドがコアセルベーション(自己集合)能を発現するためである。一方、上限について、タンパク質化学的に取り扱いが可能な分子サイズとして、nは300以下の整数である。ここで、下限について、nは、好ましくは5以上の整数であり、より好ましくは6以上の整数である。一方、上限について、nは、好ましくは100以下の整数であり、より好ましくは10以下の整数である。
【0029】
(a)のペプチド(化学式1で表されるペプチド)の好ましい実施形態の一例として、配列番号2〜配列番号6のいずれかのアミノ酸配列で表されるペプチドが挙げられる。配列番号2のアミノ酸配列で表されるペプチドは、化学式1においてnが4であるペプチド(つまり、(FPGVG))である。また、配列番号3のアミノ酸配列で表されるペプチドは、化学式1においてnが5であるペプチド(つまり、(FPGVG))である。さらに、配列番号4のアミノ酸配列で表されるペプチドは、化学式1においてnが6であるペプチド(つまり、(FPGVG))である。また、配列番号5のアミノ酸配列で表されるペプチドは、化学式1においてnが8であるペプチド(つまり、(FPGVG))である。さらに、配列番号6のアミノ酸配列で表されるペプチドは、化学式1においてnが10であるペプチド(つまり、(FPGVG)10)である。なかでも、より自己集合能に優れるという点で、配列番号3のアミノ酸配列で表されるペプチド((FPGVG))が特に好ましい。
【0030】
なお、本発明により提供されるペプチドのC末端は、カルボキシル基(−COOH)、カルボキシレート(−COO)、アミド(−CONH)またはエステル(−COOR)のいずれであってもよい。ここで、C末端がエステル(−COOR)である場合におけるRとしては、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチルなどのC1−6アルキル基、シクロペンチル、シクロヘキシルなどのC3−8シクロアルキル基、フェニル、α−ナフチルなどのC6−12アリール基、ベンジル、フェネチルなどのフェニル−C1−2アルキル基もしくはα−ナフチルメチルなどのα−ナフチル−C1−2アルキル基などのC7−14アラルキル基、ピバロイルオキシメチル基などが挙げられる。
【0031】
また、本発明により提供されるペプチドのN末端のアミノ基は、保護基(例えば、ホルミル基、アセチル基などのC1−6アルカノイルなどのC1−6アシル基など)で保護されていてもよい。
【0032】
さらに、本発明により提供されるペプチドは、遊離体であってもよいし、塩であってもよい。かような塩としては、生理学的に許容される酸(例、無機酸、有機酸)や塩基(例、アルカリ金属塩)などとの塩が用いられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。このような塩としては、例えば、無機酸(例、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、シュウ酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、トリフルオロ酢酸)との塩などが用いられる。
【0033】
本発明によれば、上記(a)に示す化学式1で表されるペプチドに加えて、当該ペプチドのアミノ酸配列がわずかに改変されてなるアミノ酸配列からなるペプチドもまた、温度依存的な自己集合能を有するものである限り、本発明の技術的範囲に包含されうる。具体的には、上記(b)に記載のように、(a)のペプチドにおいて1または数個(好ましくは1〜8個、より好ましくは1〜4個、さらに好ましくは1〜2個)のアミノ酸が欠失、置換、および/または付加されてなるペプチドもまた、温度依存的な自己集合能を有するものであれば、本発明の技術的範囲に包含されうるのである。なお、特定のペプチドが温度依存的な自己集合能を示すものであるか否かについては、後述する実施例に記載の手法によって、判定されうる。
【0034】
また、本発明により提供されるペプチドは、エラスチンのアミノ酸配列に基づき設計されたものである。このため、繰り返し配列(Phe-Pro-Gly-Val-Gly)の中心に位置する「Pro-Gly」のアミノ酸配列は、すべての繰り返し配列において保存されていることが好ましい。換言すれば、上述した1または数個のアミノ酸の欠失、置換、および/または付加によっても、本来の繰り返し配列に由来する「Pro-Gly」のアミノ酸配列はすべて、保存されていることが好ましいのである。かような形態によれば、温度依存的な自己集合能を確実に保存することが可能となる。
【0035】
さらに、アミノ酸にはD型およびL型の光学異性体が存在する。後述する実施例にはL型のアミノ酸を用いた例が記載されているが、少なくとも一部がD型のアミノ酸で置き換えられたペプチドもまた、同様の自己集合の性質を示すと考えられ、本願発明の技術的範囲に包含されうる。つまり、化学式1で表される本願発明のペプチドを構成するアミノ酸は、すべての部位においてL型であってもD型であってもよいが、好ましくはすべてのアミノ酸がL型である。
【0036】
本発明により提供されるペプチドを製造する手法について特に制限はなく、ペプチドの取得に関する従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、本発明のペプチドは、公知のペプチド合成法に従って製造されうる。
【0037】
ペプチドの合成法としては、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれであってもよい。すなわち、本発明のペプチドを構成するアミノ酸と残余部分とを縮合させ、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより目的のペプチドを製造することができる。公知の縮合方法や保護基の脱離としては、例えば、以下の(i)〜(v)に記載された方法が挙げられる。
(i)M.BodanszkyおよびM.A.Ondetti、ペプチド・シンセシス(Peptide Synthesis),Interscience Publishers,New York(1966年)
(ii)SchroederおよびLuebke、ザ・ペプチド(The Peptide),Academic Press,New York(1965年)
(iii)泉屋信夫他、ペプチド合成の基礎と実験、丸善(株)(1975年)
(iv)矢島治明および榊原俊平、生化学実験講座1、タンパク質の化学IV、205、(1977年)
(v)矢島治明監修、続医薬品の開発、第14巻、ペプチド合成、広川書店
このようにして得られたペプチドは、公知の精製法により精製単離することができる。ここで、精製法としては、例えば、溶媒抽出・蒸留・カラムクロマトグラフィー・液体クロマトグラフィー・再結晶などが挙げられる。
【0038】
上記方法で得られるペプチドが遊離体である場合は、公知の方法あるいはそれに準じる方法によって適当な塩に変換することができるし、逆にペプチドが塩で得られた場合は、公知の方法あるいはそれに準じる方法によって遊離体または他の塩に変換することができる。
【0039】
本発明のペプチドの合成には、通常市販のタンパク質合成用樹脂を用いることができる。そのような樹脂としては、例えば、クロロメチル樹脂、ヒドロキシメチル樹脂、ベンズヒドリルアミン樹脂、アミノメチル樹脂、4−ベンジルオキシベンジルアルコール樹脂、4−メチルベンズヒドリルアミン樹脂、PAM樹脂、4−ヒドロキシメチルメチルフェニルアセトアミドメチル樹脂、ポリアクリルアミド樹脂、4−(2’,4’−ジメトキシフェニル−ヒドロキシメチル)フェノキシ樹脂、4−(2’,4’−ジメトキシフェニル−Fmocアミノエチル)フェノキシ樹脂などが挙げられる。このような樹脂を用い、α−アミノ基と側鎖官能基を適当に保護したアミノ酸を、目的とするペプチドの配列通りに、それ自体公知の各種縮合方法に従い、樹脂上で縮合させる。反応の最後に樹脂からペプチドを切り出すと同時に各種保護基を除去して、目的のペプチドを取得する。
【0040】
上記した保護アミノ酸の縮合に関しては、ペプチド合成に使用できる各種活性化試薬を用いることができるが、特に、カルボジイミド類がよい。カルボジイミド類としては、DCC、N,N’−ジイソプロピルカルボジイミド、N−エチル−N’−(3−ジメチルアミノプロリル)カルボジイミドなどが用いられる。また、TBTU、HBTU、HATU、BOP、PyBOPなどの縮合剤を使用することも可能である。これらによる活性化にはラセミ化抑制添加剤(例えば、HOBt,HOOBt、HOAt)とともに保護アミノ酸を直接樹脂に添加するかまたは、対称酸無水物またはHOBtエステルあるいはHOOBtエステルとしてあらかじめ保護アミノ酸の活性化を行った後に樹脂に添加することができる。
【0041】
保護アミノ酸の活性化や樹脂との縮合に用いられる溶媒としては、ペプチド縮合反応に使用されうることが知られている溶媒から適宜選択されうる。例えば、N,N−ジメチルホルムアミド,N,N−ジメチルアセトアミド,N−メチルピロリドンなどの酸アミド類、塩化メチレン,クロロホルムなどのハロゲン化炭化水素類、トリフルオロエタノールなどのアルコール類、ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド類、ピリジン,ジオキサン,テトラヒドロフランなどのエーテル類、アセトニトリル,プロピオニトリルなどのニトリル類、酢酸メチル,酢酸エチルなどのエステル類あるいはこれらの適当な混合物などが用いられる。反応温度はペプチド結合形成反応に使用されうることが知られている範囲から適宜選択され、通常約−20〜約50℃の範囲である。活性化されたアミノ酸誘導体は通常1.1〜10倍過剰で用いられる。ニンヒドリン反応を用いたテストの結果、縮合が不十分な場合には保護基の脱離を行うことなく縮合反応を繰り返すことにより十分な縮合を行うことができる。反応を繰り返しても十分な縮合が得られないときには、無水酢酸またはアセチルイミダゾールを用いて未反応アミノ酸をアセチル化することによって、後の反応に影響を与えないようにすることができる。
【0042】
原料の反応に関与すべきでない官能基の保護ならびに保護基、およびその保護基の脱離、反応に関与する官能基の活性化などは公知の基または公知の手段から適宜選択されうる。
【0043】
原料のアミノ基の保護基としては、例えば、Z、Boc、t−ペンチルオキシカルボニル、イソボルニルオキシカルボニル、4−メトキシベンジルオキシカルボニル、Cl−Z、Br−Z、アダマンチルオキシカルボニル、トリフルオロアセチル、フタロイル、ホルミル、2−ニトロフェニルスルフェニル、ジフェニルホスフィノチオイル、Fmocなどが用いられる。
【0044】
カルボキシル基は、例えば、アルキルエステル化(例えば、メチル、エチル、プロピル、ブチル、t−ブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル、2−アダマンチルなどの直鎖状、分枝状もしくは環状アルキルエステル化)、アラルキルエステル化(例えば、ベンジルエステル、4−ニトロベンジルエステル、4−メトキシベンジルエステル、4−クロロベンジルエステル、ベンズヒドリルエステル化)、フェナシルエステル化、ベンジルオキシカルボニルヒドラジド化、t−ブトキシカルボニルヒドラジド化、トリチルヒドラジド化などによって保護することができる。
【0045】
保護基の除去(脱離)方法としては、例えば、Pd−黒あるいはPd−炭素などの触媒の存在下での水素気流中での接触還元や、また、無水フッ化水素、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、トリフルオロ酢酸あるいはこれらの混合液などによる酸処理や、ジイソプロピルエチルアミン、トリエチルアミン、ピペリジン、ピペラジンなどによる塩基処理、また液体アンモニア中ナトリウムによる還元なども用いられる。上記酸処理による脱離反応は、一般に約−20℃〜約40℃の温度で行われるが、酸処理においては、例えば、アニソール、フェノール、チオアニソール、メタクレゾール、パラクレゾール、ジメチルスルフィド、1,4−ブタンジチオール、1,2−エタンジチオールなどのようなカチオン捕捉剤の添加が有効である。また、ヒスチジンのイミダゾール保護基として用いられる2,4−ジニトロフェニル基はチオフェノール処理により除去され、トリプトファンのインドール保護基として用いられるホルミル基は上記の1,2−エタンジチオール、1,4−ブタンジチオールなどの存在下の酸処理による脱保護以外に、希水酸化ナトリウム溶液、希アンモニアなどによるアルカリ処理によっても除去される。
【0046】
原料のカルボキシル基の活性化されたものとしては、例えば、対応する酸無水物、アジド、活性エステル〔アルコール(例えば、ペンタクロロフェノール、2,4,5−トリクロロフェノール、2,4−ジニトロフェノール、シアノメチルアルコール、パラニトロフェノール、HONB、N−ヒドロキシスクシミド、N−ヒドロキシフタルイミド、HOBt)とのエステル〕などが用いられる。原料のアミノ基の活性化されたものとしては、例えば、対応するリン酸アミドが用いられる。
【0047】
ペプチドを得る別の方法としては、例えば、まず、カルボキシ末端アミノ酸のα−カルボキシル基をアミド化して保護した後、アミノ基側にペプチド鎖を所望の鎖長まで延ばした後、該ペプチド鎖のN末端のα−アミノ基の保護基のみを除いたペプチドとC末端のカルボキシル基の保護基のみを除去したペプチドとを製造し、これらのペプチドを上記したような混合溶媒中で縮合させる。縮合反応の詳細については上記と同様である。縮合により得られた保護ペプチドを精製した後、上記方法によりすべての保護基を除去し、所望の粗ペプチドを得ることができる。この粗ペプチドは既知の各種精製手段を駆使して精製し、主要画分を凍結乾燥することで所望のペプチドのアミド体を得ることができる。
【0048】
ペプチドのエステル体を得るには、例えば、カルボキシ末端アミノ酸のα−カルボキシル基を所望のアルコール類と縮合しアミノ酸エステルとした後、ペプチドのアミド体と同様にして、所望のペプチドのエステル体を得ることができる。
【0049】
さらに、本発明により提供されるペプチドは、それをコードするポリヌクレオチドを含有する形質転換体を培養し、得られる培養物から当該ペプチドを分離精製することによって製造することもできる。本発明のペプチドをコードするポリヌクレオチドはDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。好ましくはDNAが挙げられる。また、当該ポリヌクレオチドは二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNA:RNAのハイブリッドでもよい。一本鎖の場合は、センス鎖(すなわち、コード鎖)であっても、アンチセンス鎖(すなわち、非コード鎖)であってもよい。
【0050】
本発明のペプチドをコードするポリヌクレオチドとしては、ゲノムDNA、ゲノムDNAライブラリー、哺乳動物(例えば、ヒト、ウシ、サル、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、モルモット、ラット、マウス、ウサギ、ハムスターなど)のあらゆる細胞[例えば、肝細胞、脾細胞、神経細胞、グリア細胞、膵β細胞、骨髄細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、杯細胞、内皮細胞、平滑筋細胞、線維芽細胞、線維細胞、筋細胞、脂肪細胞、免疫細胞(例、マクロファージ、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、肥満細胞、好中球、好塩基球、好酸球、単球)、巨核球、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞もしくは間質細胞、またはこれら細胞の前駆細胞、幹細胞もしくはガン細胞など]もしくはそれらの細胞が存在するあらゆる組織[例えば、脳、脳の各部位(例、嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳)、脊髄、下垂体、胃、膵臓、腎臓、肝臓、生殖腺、甲状腺、胆嚢、骨髄、副腎、皮膚、肺、消化管(例、大腸、小腸)、血管、心臓、胸腺、脾臓、顎下腺、末梢血、前立腺、睾丸、卵巣、胎盤、子宮、骨、関節、脂肪組織(例、褐色脂肪組織、白色脂肪組織)、骨格筋など]由来のcDNA、合成DNAなどが挙げられる。本発明で用いられるタンパク質またはその部分ペプチドをコードするゲノムDNAおよびcDNAは、上記した細胞・組織より調製したゲノムDNA画分および全RNAもしくはmRNA画分をそれぞれ鋳型として用い、ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)(PCR法)、(Loop-Mediated Isothermal Amplification)LAMP法、および逆転写酵素(Reverse Transcriptase)を用いたRT−PCR法によって直接増幅することもできる。
【0051】
本発明により提供されるペプチドは、温度依存的に自己集合する性質(温度依存性自己集合性)を有する。つまり、自身が溶解している溶液の温度が上昇すると、ある時点において可逆的に自己集合して凝縮体を形成し、冷却とともに自己集合が解消されて元の溶解状態へと戻るのである。この性質を利用して、本発明の他の形態によれば、上述した本発明のペプチドを溶解した水溶液を加熱する工程を含む、ペプチドを自己集合させる方法が提供される。また、本発明のさらに他の形態によれば、上述した本発明のペプチドが自己集合してなる、ペプチド集合体が提供される。
【0052】
本発明のペプチドの自己集合化は、本発明のペプチドが溶解している溶液を加熱することにより行うことができる。
【0053】
ペプチド溶液におけるペプチドの濃度に特に制限はないが、好ましくは1〜100 mg/ml程度である。また、加熱手段についても特に制限はなく、当該技術分野において一般的に用いられている、水浴、ブロックヒーター、インキュベーターといった加熱手段が同様に用いられうる。なお、加熱温度についても特に制限はなく、ペプチドのコアセルベーション(自己集合)が生じる温度であればよい。なお、ペプチドのコアセルベーション(自己集合)が生じる温度は低いほど好ましい。一例として、後述する実施例に記載の手法により濁度を測定した場合における、濁度1.0となる溶液の温度は、好ましくは60℃以下であり、より好ましくは50℃以下であり、さらに好ましくは40℃以下であり、特に好ましくは30℃以下であり、最も好ましくは25℃以下である。
【0054】
本発明により提供されるペプチドは、組織工学用バイオマテリアルや薬物送達システム(DDS)、化粧品の基材、微生物や酵素等の固定化材等の原料として広い用途で利用されることが期待される。
【0055】
また、本発明により提供されるペプチドやその集合体は、細胞培養基材としても有用である(後述する実施例を参照)。すなわち、本発明のさらに他の形態によれば、本発明に係るペプチドまたはペプチド集合体を含む細胞培養基材もまた、提供される。
【0056】
この場合、本発明により提供されるペプチドやその集合体をそのまま単独で細胞培養基材として用いてもよいし、従来公知の他の細胞培養基材と併用してもよい。なお、本発明により提供されるペプチドやその集合体と併用されうる従来公知の他の細胞培養基材としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、キチン−キトサン、ヒアルロン酸、フィブロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン、テネイシン、アガロース、アルギン酸、セルロース、ヒドロキシアパタイト、ポリ乳酸(PLA)、ポリ乳酸グリコール(PLGA)、ポリアクリル酸(PAAc)、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)(PHEMA)、ポリカプロラクトン、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレンなど)などが挙げられる。
【0057】
さらに、本発明のさらに他の形態によれば、細胞シートの製造方法もまた、提供される。具体的には、本発明により提供される細胞シートの製造方法は、上述した本発明に係るペプチドまたはペプチド集合体を含む細胞培養基材を用いて細胞を培養する工程(培養工程)と、培養された細胞を含む細胞シートを回収する工程(回収工程)とを含む点に特徴を有する。これにより、培養された細胞を含む細胞シートが製造されるのである。
【0058】
上述した製造方法を実施する具体的な方法については特に制限はなく、従来公知の知見が適宜参照されうる。培養方法の一例としては、例えば、本発明に係る細胞培養基材を敷き詰めた培養皿上で、細胞を培養するという方法が例示される。この方法によれば、2次元組織体(細胞シート)が形成され、これを簡便に分離・回収することができる。この際、2次元組織体(細胞シート)を形成させてこれを回収するには、培養皿上に本発明に係る細胞培養基材を敷き詰め、その上で通常の細胞培養を行えばよい。そして、充分に細胞が増殖したのを確認した後、大量の培養液を添加して培養皿をシェイクすることで、培養皿から細胞シートを剥離させることができる。
【0059】
なお、本発明により提供される細胞培養基材は本発明に係るペプチドまたはその集合体からなるものであることから、コアセルベーション能(温度依存性自己集合性)を示すものである。したがって、本発明に係る細胞培養基材上で細胞を培養した後、培養物を冷却すると、当該細胞培養基材は液化する。このように細胞培養基材を液化させた後に培養された細胞を回収しても、回収された細胞はシート状の形状を保持したままでいることが、後述する実施例に記載の実験により示されたのである。
【0060】
すなわち、上述した細胞シートの製造方法の好ましい実施形態においては、回収工程が、培養物を冷却して細胞培養基材を液化させた後に、細胞シートを回収する工程を含む。なお、培養物を冷却する際の温度については、細胞培養基材が液化しうる温度であれば特に制限はないが、一例として、好ましくは25℃以下、より好ましくは15℃以下に冷却すれば、細胞培養基材のコアセルベーション能を利用してこれを十分に液化させることが可能となる。一方、培養物を冷却する際の温度の下限値についても特に制限はないが、細胞を正常な状態で生存させるという観点からは5℃以上の温度であることが好ましい。
【実施例】
【0061】
以下、実施例を用いて本発明の好適な実施形態についてより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は下記の実施例のみに限定して解釈されるべきではない。
【0062】
≪ペプチドの化学合成≫
化学合成法(固相法)により、(FPGVG)(配列番号2のアミノ酸配列で表されるペプチド)、(FPGVG)(配列番号3のアミノ酸配列で表されるペプチド)、(FPGVG)(配列番号4のアミノ酸配列で表されるペプチド)、(FPGVG)(配列番号5のアミノ酸配列で表されるペプチド)、および(FPGVG)10(配列番号6のアミノ酸配列で表されるペプチド)を合成した。化学合成法(固相法)としては、Fmoc法を用いた。なお、ペプチド合成用の樹脂、およびFmocアミノ酸としては、全て渡辺化学工業株式会社製の製品を用いた。また、合成用試薬としては、渡辺化学工業株式会社および和光純薬工業株式会社製の製品を用いた。
【0063】
具体的には、合成用の樹脂(Fmoc-NH-SAL-Resin)に、順次Fmocアミノ酸を結合させていくことにより、目的のペプチドを合成した(図2および図3を参照)。この際、アミノ酸の縮合には0.45M HBTU-HOBtおよび2M DIEAを用い、ペプチドの導入が終了した樹脂に95% TFAを加え25℃で1時間撹拌した後、窒素気流下でTFAを除去した。得られた残渣を3%酢酸(3ml)に溶解し、ジエチルエーテルで洗浄した後凍結乾燥した。得られたペプチドを、高速液体クロマトグラフィー(HPLC、東ソー株式会社製)を用いて精製し、MALDI TOF-MS測定による質量分析(装置:Voyager-DE、アプライドバイオシステムズ社製)を行い、目的のペプチドが高純度に得られたことを確認した。
【0064】
≪コアセルベーション(自己集合)特性の測定≫
上記で得られた(FPGVG)、(FPGVG)、(FPGVG)、(FPGVG)、および(FPGVG)10のそれぞれについて、ペプチド水溶液(50 mg/ml)を作製し、ペルチェ式温度コントローラー付き分光光度計(JASCO Ubest V-560、日本分光株式会社製)を用いて窒素気流下で濁度測定を行った。測定条件は、測定波長400 nm、温度範囲5〜50℃、温度変化速度0.5℃/minであった。一部の結果を図4に示す。図4(b)に示すように、25アミノ酸からなる(FPGVG)は従来公知の高分子量ポリペプチドと同等の十分なコアセルベーション(自己集合)能を示した。また、図4(a)に示すように、繰り返し回数が1つ小さく20アミノ酸からなる(FPGVG)についても、コアセルベーション(自己集合)を示す傾向が観察された。なお、図示はしていないが、(FPGVG)、(FPGVG)、および(FPGVG)10もまた同様に、図4に示すようにコアセルベーション(自己集合)を示すことが確認された。
【0065】
以上のことから、本発明によれば、低分子量であってもコアセルベーション(自己集合)能を有するペプチドが提供されうることがわかる。さらに、本発明により提供されるペプチドは、分子量サイズが小さいにも関わらず、高分子量のポリペプチドと同様、体温(37℃)付近での自己集合開始温度を示し、かつ可逆的な集合、脱集合の性質を示すことも確認された。なお、図示はしていないが、n=3である(FPGVG)については、50mg/mlの濃度では自己集合の性質を示さず、高濃度(100mg/ml)においてようやく溶液の白濁が見られた。しかし、温度依存的な濁度の上昇は全く観察されなかった。このことから、高濃度の(FPGVG)における溶液の白濁は、温度依存的な自己集合能によるものではなく、ペプチドやタンパク質一般に見られる高濃度での凝集によるものと考えられる。したがって、エラスチン特有のコアセルベーション能の有無を検討する際には、ペプチドの凝集作用と区別して測定することが重要であることも示された。
【0066】
本発明により提供されるペプチドは、上述したような化学合成法によって容易に合成が可能である(もちろん、遺伝子的に合成されてもよい)。また、従来公知のポリペンタペプチドと比較してアミノ酸配列の長さが短いことから、合成後の精製に要する手間が著しく低減されうるという利点もある。
【0067】
また、従来のペプチドの固相合成では、固相としての樹脂へ各アミノ酸を結合していく際に、その導入率が95〜99%と完全ではないことから、樹脂からペプチドを切り出した後の目的物の含量は95〜97%程度であり、アミノ酸が1残基、4残基など抜けたものが不純物として混在するのが一般的である。これに対し、本発明により提供されるペプチドは、簡易な配列構造を有するため、その合成では、側鎖保護基を必要としないアミノ酸を用いることが可能である。したがって、各アミノ酸を合成用の樹脂へ100%の収率で導入していくことにより、完全に単一のペプチドを合成することができれば、HPLCによる精製を行うことなく、樹脂より切り出したペプチドをそのまま使用することも可能となる。このように、合成の観点からも利点を有する本発明のペプチドは、工業上きわめて有用な材料として期待されるものである。
【0068】
具体的には、本発明により提供されるペプチドは、水溶性であり、内部に薬物を包含することが可能な効率のよいDDS担体を簡易に合成することができる等、様々な医用材料として利用できることが期待される。
【0069】
≪(FPGVG)を用いた細胞シート作製の検討≫
上記で得られた(FPGVG)を細胞培養基材として用い、以下の手法により、細胞培養を試みた。
【0070】
まず、上記で得られた(FPGVG)を20mg/mLの濃度となるようにDMEM(-)培地に溶解させた溶液を調製し、ペプチド試料とした。
【0071】
上記で調製したペプチド試料を0.22μm滅菌用フィルターで滅菌し、24ウェルプレートの各ウェルに添加した。この際、各ウェルへのペプチド試料の添加量は200μLとした。次いで、ペプチド試料を添加した24ウェルプレートを37℃のインキュベータ中で1〜2時間放置し、細胞培養基材としてのペプチド集合体からなるシートを形成させた。
【0072】
続いて、培養する細胞としてNHDF(p14)細胞を準備し、これを上記で得られた24ウェルプレートの各ウェルに4×10細胞/ウェルの濃度で播種し、インキュベータ(37℃, CO2 5%)内で培養した。培養開始から2日後、細胞の接着および増殖を観察する目的で培地を除去し、細胞を生理食塩水で洗浄した。そして、各ウェルに生理食塩水を400μLずつ添加した後、培養物を室温(25℃)に冷却して90分間静置し細胞培養基材を液化させたところ、各ウェルの表面に薄い白いもの(細胞シート)が観察された。このため、細胞を回収してトリパンブルーで染色し、観察を行った。観察結果を含めた本実験のフローを図5に示す。図5に示すように、プレートから回収された後にも、細胞どうしの結合が保持されたままであることが確認された。このことから、本発明に係るペプチドや当該ペプチドの集合体を細胞培養基材として用いて細胞を培養することで、細胞どうしがシート状に結合してなる細胞シートを作製することが可能であることが示された。なお、動物性生体組織から単離された水溶性エラスチンを細胞培養基材として用いて同様の実験を行ったが、細胞をシート状に回収することはできず、上述したような結果は確認されなかった。
【0073】
このように、本発明に係るペプチドや当該ペプチドの集合体は、生体由来のアミノ酸のみで構成されるという特性を有するものであることから、細胞培養基材として現在用いられているポリN−イソプロピルアクリルアミド(PNIPAAm)等の高分子材料に代替しうる、広い用途に適用可能なきわめて有望な安全性の高い材料となることが期待される。
【配列表フリーテキスト】
【0074】
〔配列番号1〕
本発明における(a)のペプチドが有する繰り返しアミノ酸配列(FPGVG)である。
〔配列番号2〕
実施例において合成された、配列番号1の繰り返しアミノ酸配列が4回繰り返されてなるペプチド[(FPGVG)]のアミノ酸配列である。
〔配列番号3〕
実施例において合成された、配列番号1の繰り返しアミノ酸配列が5回繰り返されてなるペプチド[(FPGVG)]のアミノ酸配列である。
〔配列番号4〕
実施例において合成された、配列番号1の繰り返しアミノ酸配列が6回繰り返されてなるペプチド[(FPGVG)]のアミノ酸配列である。
〔配列番号5〕
実施例において合成された、配列番号1の繰り返しアミノ酸配列が8回繰り返されてなるペプチド[(FPGVG)]のアミノ酸配列である。
〔配列番号6〕
実施例において合成された、配列番号1の繰り返しアミノ酸配列が10回繰り返されてなるペプチド[(FPGVG)10]のアミノ酸配列である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)または(b)のペプチド:
(a)下記化学式1:
【化1】

式中、nは、4〜300の整数である、
で表されるペプチド;
(b)前記(a)のペプチドにおいて1または数個のアミノ酸が欠失、置換、および/または付加されてなるペプチドであって、温度依存性自己集合性を示すペプチド。
【請求項2】
nが4〜10の整数である、請求項1に記載のペプチド。
【請求項3】
配列番号2〜配列番号6のいずれかのアミノ酸配列で表される、請求項2に記載のペプチド。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のペプチドを溶解した水溶液を加熱する工程を含む、ペプチドを自己集合させる方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のペプチドが自己集合してなる、ペプチド集合体。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のペプチドまたは請求項5に記載のペプチド集合体を含む、細胞培養基材。
【請求項7】
請求項6に記載の細胞培養基材を用いて細胞を培養する培養工程と、
培養された細胞を含む細胞シートを回収する回収工程と、
を含む、細胞シートの製造方法。
【請求項8】
前記回収工程が、培養物を冷却して前記細胞培養基材を液化させた後に、前記細胞シートを回収する工程を含む、請求項7に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−126713(P2012−126713A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−255269(P2011−255269)
【出願日】平成23年11月22日(2011.11.22)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】