説明

ホウ素10同位体を含むホウ素化合物を内封したリポソーム

【課題】 ホウ素中性子捕捉療法に有用な、ホウ素10同位体を含むホウ素化合物を高濃度に内封した保存安定性に優れるリポソームを提供すること。
【解決手段】 ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つはホウ素10同位体である)と多価アミンまたはその塩からなるアンモニウム塩を内封してなるリポソーム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホウ素中性子捕捉療法に有用な、ホウ素10同位体を含むホウ素化合物を内封したリポソームに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、放射性アイソトープを利用した新しいがんの治療方法として、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT:Boron Neutron Capture Therapy)が注目されている。ホウ素中性子捕捉療法は、ホウ素10同位体(10B)を含むホウ素化合物を腫瘍細胞に取り込ませ、低エネルギーの中性子(例えば熱中性子)を照射することで、細胞内で起こる核反応により局所的に腫瘍細胞を破壊する治療方法である。ホウ素中性子捕捉療法においては、10Bを含むホウ素化合物を腫瘍に蓄積させることが、治療効果を高める上で重要である。そこで、腫瘍における10Bを含むホウ素化合物の効率的な蓄積を達成すべく、リポソームを利用した10Bを含むホウ素化合物の腫瘍へのデリバリーシステムの研究開発が、本発明者らの研究グループを含む複数の研究グループによって行われている。
【0003】
リポソームを利用した10Bを含むホウ素化合物の腫瘍へのデリバリーシステムの1つとして、10Bを含むホウ素化合物を内封したリポソームが知られている(例えば特許文献1)。この方法は、例えば効果や安全性が確認されている既存の10Bを含むホウ素化合物をリポソームの内封成分として用いることができるので汎用性に優れると言える。しかしながら、10Bを含むホウ素化合物をリポソームに高濃度に内封することは、いったん内封しても安定して保持されずその後に外部に漏出してしまうといったことから困難であり、また、得られるリポソームの保存安定性に改善の余地があることが知られている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表平9−501146号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】中村浩之、YAKUGAKU ZASSHI 130(12)1687−1694(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明は、ホウ素中性子捕捉療法に有用な、10Bを含むホウ素化合物を高濃度に内封した保存安定性に優れるリポソームを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、リポソームに内封する10Bを含むホウ素化合物として多面体構造のホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つは10Bである)の塩を選択する場合、通常、特許文献1にも記載されているように、ナトリウムイオンやカリウムイオンなどのアルカリ金属イオンとの塩やテトラメチルアンモニウムイオンなどのテトラアルキルアンモニウムイオンとの塩が用いられるが、ホウ素イオンクラスターと多価アミンやその塩からなる塩を内封成分とした場合、全く驚くべきことにその塩はリポソームに高濃度に内封されること、また、得られたリポソームは保存安定性に優れることを見出した。
【0008】
上記の知見に基づいてなされた本発明は、請求項1記載の通り、ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つは10Bである)と多価アミンまたはその塩からなる塩を内封してなるリポソームである。
また、請求項2記載のリポソームは、請求項1記載のリポソームにおいて、ホウ素イオンクラスターが、カルボラン、ドデカボレート、分子式がB1010で表されるイオンクラスター、分子式がM(C10で表わされるサンドイッチ型イオンクラスター(Mは遷移元素)(これらは置換基を有していてもよい)から選択される少なくとも1つである。
また、請求項3記載のリポソームは、請求項2記載のリポソームにおいて、ホウ素イオンクラスターが置換基を有していてもよいドデカボレートである。
また、請求項4記載のリポソームは、請求項1記載のリポソームにおいて、多価アミンが脂肪族ポリアミンである。
また、請求項5記載のリポソームは、請求項4記載のリポソームにおいて、脂肪族ポリアミンが、プトレスシン、スペルミジン、スペルミンから選択される少なくとも1つである。
また、本発明は、請求項6記載の通り、請求項1記載のリポソームを含有するホウ素中性子捕捉療法用組成物である。
また、本発明は、請求項7記載の通り、ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つは10Bである)と多価アミンまたはその塩からなる塩を得る工程と、得られた塩を脂質二重膜からなる粒子の内部に封入する工程を含む請求項1記載のリポソームの製造方法である。
また、本発明は、請求項8記載の通り、ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つは10Bである)と多価アミンまたはその塩からなる塩である。
また、本発明は、請求項9記載の通り、ホウ素中性子捕捉療法用組成物に含有されるホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つは10Bである)の塩を内封してなるリポソームを製造する際におけるホウ素イオンクラスターの塩の構成成分としての多価アミンまたはその塩の使用である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ホウ素中性子捕捉療法に有用な、10Bを含むホウ素化合物を高濃度に内封した保存安定性に優れるリポソームを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実験例1における、BNHとスペルミジン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソームの、脂質に含まれるリンの濃度に対するホウ素濃度の比率を示すグラフである。
【図2】同、BNHのナトリウム塩を内封してなるリポソームの、脂質に含まれるリンの濃度に対するホウ素濃度の比率を示すグラフである。
【図3】実験例2における、各被験リポソームを腫瘍移植マウスに投与した際の血液、肝臓、腎臓、脾臓、腫瘍のホウ素濃度を示すグラフである。
【図4】同、血液ホウ素濃度に対する腫瘍ホウ素濃度の比率を示すグラフである。
【図5】実験例3における、各被験リポソームを用いて腫瘍移植マウスに中性子照射を行った場合の照射後の腫瘍体積変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つは10Bである)と多価アミンまたはその塩からなる塩を内封してなるリポソームである。
【0012】
本発明において、ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つは10Bである)は、ホウ素中性子捕捉療法に用いることができる多面体構造のものであればどのようなものであってよい。具体的には、カルボラン、ドデカボレート、分子式がB1010で表されるイオンクラスター、分子式がM(C10で表わされるサンドイッチ型イオンクラスター(Mは遷移元素)などの公知のものが挙げられる(必要であれば例えばOlejniczak ABら、Chemistry A European Journal 13(1)311−318(2006)やM.E.El−Zariaら、Chemistry A European Journal 16(5)1543−1552(2010)を参照のこと)。カルボランは分子式がC11で表わされるニド型カルボラン(オルト体、メタ体、パラ体)であってもよいしCB1112で表わされるクロソ型カルボランであってもよい。ドデカボレート(BH)は分子式がB1212で表されるイオンクラスターである。分子式がM(C10で表わされるサンドイッチ型イオンクラスターを構成する遷移元素MはFe、Co、Ni、Moなどであってよい。なお、これらのホウ素イオンクラスターはチオール基、水酸基、アミノ基などの置換基を有していてもよい。置換基を有するドデカボレート、例えば、チオール基を有するドデカボレート(BSH)は分子式がB1211SHで表される2価の負電荷を有するイオンクラスター、水酸基を有するドデカボレート(BOH)は分子式がB1211OHで表される2価の負電荷を有するイオンクラスター、アミノ基を有するドデカボレート(BNH)は分子式がB1211NHで表される1価の負電荷を有するイオンクラスターであり、いずれもホウ素中性子捕捉療法に有用な10Bを含むホウ素化合物として知られている(下記の構造式を参照のこと)。
【0013】
【化1】

【0014】
本発明において、多価アミンは、分子内に1〜3級のアミノ基を2つ以上有する化合物を意味する。具体的には、分子内のアミノ基が炭素数2〜6のアルキレン基を介して結合した脂肪族ポリアミン、例えばプトレスシン、スペルミジン、スペルミンの他、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、1,3−プロパンジアミン、1,6−ヘキサメチレンジアミンなどが挙げられる。多価アミンはデンドリマー構造を有するものであってもよい。多価アミンの塩としては、無機酸塩(塩酸、硝酸、硫酸などの無機酸との塩)や有機酸塩(蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの有機酸との塩)が挙げられる。
【0015】
ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つは10Bである)と多価アミンまたはその塩からなる塩は、例えば、ホウ素イオンクラスターのナトリウムイオンやカリウムイオンなどのアルカリ金属イオンとの塩の水溶液と、多価アミンまたはその無機酸塩や有機酸塩の水溶液を混合することで、水溶液の形態で得ることができる。また、得られた水溶液を凍結乾燥することで粉末の形態で得てもよい。ホウ素イオンクラスターと多価アミンまたはその塩の混合比率は、例えば前者が1当量に対して後者をモル数×分子内アミノ基数で0.8〜4.5当量が望ましい。
【0016】
ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つは10Bである)と多価アミンまたはその塩からなる塩を内封してなるリポソームは、脂質二重膜からなる粒子の内部に10Bを含むホウ素化合物を封入するための一般的な方法で製造することができる(必要であれば例えば特許文献1やK.Maruyamaら、Journal of Controlled Release 98(2004)195−207を参照のこと)。脂質二重膜の構成成分として用いる脂質は、公知の脂質であってよく、例えば、リン脂質、グリセロ糖脂質、スフィンゴ糖脂質の他、1〜3級のアミノ基や4級アンモニウム基を導入したカチオン性脂質、ポリアルキレングリコールを導入した脂質、腫瘍に対する親和性を有するリガンドを結合した脂質が挙げられる。これらの脂質は単独で用いてもよく、複数種類を混合して用いてもよい。リン脂質としては、例えば、ホスファチジルコリン(大豆ホスファチジルコリン、卵黄ホスファチジルコリン、ジステアロイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリンなど)、ホスファチジルエタノールアミン(ジステアロイルホスファチジルエタノールアミンなど)、ホスファチジルセリン、ホスファチジン酸、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルイノシトール、リゾホスファチジルコリン、スフィンゴミエリン、卵黄レシチン、大豆レシチン、水素添加リン脂質などの天然または合成のリン脂質が挙げられる。グリセロ糖脂質としては、例えば、スルホキシリボシルグリセリド、ジグリコシルジグリセリド、ジガラクトシルジグリセリド、ガラクトシルジグリセリド、グリコシルジグリセリドが挙げられる。スフィンゴ糖脂質としては、例えば、ガラクトシルセレブロシド、ラクトシルセレブロシド、ガングリオシドが挙げられる。カチオン性脂質としては、例えば、アミノ基、アルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、トリアルキルアンモニウム基やモノアシルオキシアルキル−ジアルキルアンモニウム基やジアシルオキシアルキル−モノアルキルアンモニウム基などの4級アンモニウム基を導入した脂質が挙げられる。ポリアルキレングリコールを導入した脂質としては、例えば、ポリエチレングリコールやポリプロピレングリコールを導入した脂質が挙げられる。腫瘍に対する親和性を有するリガンドを結合した脂質におけるリガンドとしては、例えば、トランスフェリンやがん特異的抗原に対する抗体が挙げられる。また、リポソームの構成成分として、例えば、膜安定化剤としてのコレステロール類や、抗酸化剤としてのトコフェロール類などを添加してもよい。
【0017】
なお、本発明のリポソームに、ホウ素イオンクラスターと多価アミンまたはその塩からなる塩に加えて、抗癌剤をはじめとする各種の薬理成分などを内封してもよい。
【0018】
本発明のリポソームは、ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つは10Bである)と多価アミンまたはその塩からなる塩を高濃度に内封してなる、粒子径が例えば10nm〜1000nmのものであり(粒子径は20nm〜200nmが望ましい)、そのホウ素濃度は5000ppm以上に達する。また、本発明のリポソームは、保存安定性に優れるものである。従って、本発明のリポソームを用いれば、少ない投与量で効果的なホウ素中性子捕捉療法によるがんの治療が可能となる。本発明のリポソームは、例えば所定量を生理食塩水や注射用蒸留水に分散させた組成物として製剤化され、静脈から投与することができる。なお、本発明のリポソームを含有する組成物には、自体公知のpH調節剤や防腐剤などを添加してもよい。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0020】
実施例1:BSHとスペルミジン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソーム
K.Maruyamaら、Journal of Controlled Release 98(2004)195−207に記載の方法を参考に、内封されるBSHとスペルミジン塩酸塩からなる塩の濃度が125mMとなるように以下の工程で製造した。
(1) 90.1mg(0.62ミリモル)のスペルミジンをサンプル管にとり、1NのHClを1.86mL(スペルミジン1当量に対して1NのHClを3当量)加え、pHが5付近のスペルミジン塩酸塩の水溶液を得た。
(2) 一方、130.2mg(0.62ミリモル)のメルカプトウンデカハイドロドデカボレートの2ナトリウム塩(Na1211SH、10B enriched>99%)をサンプル管にとり、3.14mLのミリQ水を加えて、その水溶液を得た。
(3) 上記のスペルミジン塩酸塩の水溶液とNa1211SHの水溶液を混ぜ合わせることで、スペルミジン塩酸塩をカウンターカチオンに持つBSHの塩の水溶液を得た。
(4) 次に、50mLのナスフラスコに、158mg(0.2ミリモル)のジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)、77.3mg(0.2ミリモル)のコレステロール、63.8mg(0.022ミリモル)の分子量2000のポリエチレングリコールを導入したジステアロイルホスファチジルエタノールアミンのナトリウム塩(PEG−DSPE−20CN:市販品)をとり、5mLのクロロホルムを加えて完全に溶かした後に、5mLのイソプロピルエーテルを加えた。
(5) (4)で得た5mLのナスフラスコ中の混合溶液に、(3)で得たスペルミジン塩酸塩BSH水溶液を加えて、2層溶液を得た。
(6) (5)で得た2層溶液に超音波を3分間あてることで、W/O型エマルションを得、エバポレータで有機溶媒を除去することによって、脂質二重膜のリポソームを得た(REV法)。
(7) (6)で得たリポソームを、エクストルーダーを用いて100nmのメンブレンフィルタ−を通すことによって、その粒子径を100nmにした。
(8) (7)で得たリポソームを超遠心機(日立工機社製:himac cp 80 wx、以下同じ)によって50000rpmで1時間、遠心分離することを2度繰り返すことによって、約1mLのペレット状のスペルミジン塩酸塩BSHを内封してなるリポソームを得た。
以上の工程で得たペレット状のリポソームに0.5mLの生理食塩水を加え、スペルミジン塩酸塩BSHを内封してなるリポソームを生理食塩水に分散させたホウ素中性子捕捉療法用組成物を得た。得られた組成物のホウ素濃度を誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP−AES:HORIBA社製、以下同じ)で測定したところ、13000ppmというこれまでにない高い濃度であった。
【0021】
実施例2:BNHとスペルミジン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソーム
実施例1における130.2mg(0.62ミリモル)のメルカプトウンデカハイドロドデカボレートの2ナトリウム塩のかわりに、106.1mg(0.62ミリモル)のアミノウンデカハイドロドデカボレートのナトリウム塩(NaB1211NH10B enriched>99%:W.R.Hertlerら、Journal of the American Chemical Society,86,3661−3668(1964)に記載の方法に従って合成)を用いること以外は実施例1と同様にして、約1mLのペレット状のスペルミジン塩酸塩BNHを内封してなるリポソームを得た。得られたペレット状のリポソームに0.5mLの生理食塩水を加え、スペルミジン塩酸塩BNHを内封してなるリポソームを生理食塩水に分散させたホウ素中性子捕捉療法用組成物を得た。得られた組成物のホウ素濃度をICP−AESで測定したところ、13000ppmというこれまでにない高い濃度であった。
【0022】
比較例1:BSHの2ナトリウム塩を内封してなるリポソーム
実施例1におけるスペルミジン塩酸塩をカウンターカチオンに持つBSHの塩の水溶液のかわりに、130.2mg(0.62ミリモル)のメルカプトウンデカハイドロドデカボレートの2ナトリウム塩に5mLのミリQ水を加えて得た水溶液を用いること以外は実施例1と同様にして、約1mLのペレット状のBSHの2ナトリウム塩を内封してなるリポソームを得た。得られたペレット状のリポソームに0.5mLの生理食塩水を加え、BSHの2ナトリウム塩を内封してなるリポソームを生理食塩水に分散させたホウ素中性子捕捉療法用組成物を得た。得られた組成物のホウ素濃度をICP−AESで測定したところ、3500ppmであり実施例1で得られた組成物のホウ素濃度の1/3以下であった。
【0023】
比較例2:BNHのナトリウム塩を内封してなるリポソーム
比較例1における130.2mg(0.62ミリモル)のメルカプトウンデカハイドロドデカボレートの2ナトリウム塩のかわりに、106.1mg(0.62ミリモル)のアミノウンデカハイドロドデカボレートのナトリウム塩を用いること以外は比較例1と同様にして、約1mLのペレット状のBNHのナトリウム塩を内封してなるリポソームを得た。得られたペレット状のリポソームに0.5mLの生理食塩水を加え、BNHのナトリウム塩を内封してなるリポソームを生理食塩水に分散させたホウ素中性子捕捉療法用組成物を得た。得られた組成物のホウ素濃度をICP−AESで測定したところ、4000ppmであり実施例2で得られた組成物のホウ素濃度の1/3以下であった。
【0024】
実験例1:ホウ素薬剤のリポソーム内封率とその時間変化の評価
実施例2で得たBNHとスペルミジン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソームを生理食塩水に分散させた組成物と、比較例2で得たBNHのナトリウム塩を内封してなるリポソームを生理食塩水に分散させた組成物について、脂質に含まれるリンの濃度に対するホウ素濃度の比率(B/P)をICP−AESを用いて調べることで、ホウ素薬剤のリポソーム内封率を評価した。また、組成物を得た日の1日後、3日後、7日後、14日後に、再度、超遠心機によって50000rpmで1時間、遠心分離することによってペレット状のリポソームを得、得られたペレット状のリポソームを0.5mLの生理食塩水に分散させた組成物についてB/Pを調べ、ホウ素薬剤のリポソーム内封率の時間変化を評価した。
実施例2で得た組成物の評価結果を図1に、比較例2で得た組成物の評価結果を図2にそれぞれ示す。図1と図2から明らかなように、実施例2で得た組成物のリポソーム内封率は、比較例2で得た組成物のリポソーム内封率よりも全評価期間を通して高く(前者のB/Pは約3であるのに対して後者のB/Pは約2)、BNHをスペルミジン塩酸塩と塩を形成させることによってリポソーム内封率が向上することがわかった。
【0025】
実験例2:ホウ素薬剤内封リポソームを腫瘍移植マウスに投与した際の体内ホウ素濃度の時間変化の評価
メスのBalb/cマウスの右足太ももにCT26細胞を皮下移植し(濃度:2×10個/mL,50μL)、1週間後に腫瘍体積(長径×長径×短径/2)が約100mm〜150mmであることを確認した後、被験リポソームを200μL静脈投与した。被験リポソームは、実施例1で得たBSHとスペルミジン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソーム(BND−S)を体重1kgあたりのホウ素投与量で15mg(15mg[B]/kg)、30mg[B]/kg、100mg[B]/kg、実施例2で得たBNHとスペルミジン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソーム(BND−N)を15mg[B]/kg、30mg[B]/kg、100mg[B]/kgとした。時間経過ごとのホウ素の体内分布を調べるために、各被験リポソームを投与してから24時間後、36時間後、48時間後、72時間後にマウスを解剖し(n=5)、血液を採取するとともに、肝臓、腎臓、脾臓、腫瘍を摘出した。採取した血液と摘出した臓器および腫瘍に濃硝酸を加えて80℃に加熱して溶かし、500nmのフィルターに通した後、ICP−AESでホウ素濃度を測定し、それぞれのホウ素濃度の時間変化を評価した。
各被験リポソームについての血液、肝臓、腎臓、脾臓、腫瘍の評価結果をそれぞれ図3に示す。また、血液ホウ素濃度に対する腫瘍ホウ素濃度の比率(T/B)を図4に示す。図3と図4から明らかなように、BND−SとBND−Nはともに血液中の貯留性に優れ、腫瘍に高濃度に集積することがわかった。BND−SとBND−Nをそれぞれ100mg[B]/kg投与した場合、36時間後の腫瘍ホウ素濃度はそれぞれ200ppmと240ppmであり、いずれもこれまで報告されている腫瘍に対する集積濃度よりも遥かに高い集積濃度であった。この結果は、BSHやBNHとスペルミジン塩酸塩からなる塩が血液中を循環している際にリポソームから漏出することなく、効率良く腫瘍にデリバリーされたことを示唆するものであった。なお、いずれの被験リポソームを投与した場合においてもマウスに急性毒性の症状は認められなかった。
【0026】
実験例3:ホウ素薬剤内封リポソームを用いた腫瘍移植マウスに対する中性子照射の抗腫瘍効果の評価
実験例2と同様にして腫瘍移植マウスに各被験リポソームを200μL静脈投与した。36時間後に中性子照射(中性子照射線量:1.3〜2.2×1012n/cm、γ線量:6.7〜8.8×10−1Gy)を50分間行い、照射後の腫瘍体積変化を測定し、各被験リポソームの抗腫瘍効果を評価した(n=6)。
結果を図5に示す(図中、Hot controlは被験リポソームを投与せずに中性子照射を行った群を意味し、Cold controlは被験リポソームを投与して中性子照射を行わなかった群を意味する)。図5から明らかなように、いずれの被験リポソームを投与した場合においても、照射後4〜5日目あたりから腫瘍体積の顕著な減少がみられ、約2週間後には腫瘍がほぼ消滅した。
【0027】
実験例4:ホウ素薬剤内封リポソームの保存安定性の評価
実施例1で得たBSHとスペルミジン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソームを生理食塩水に分散させた組成物と、比較例1で得たBSHの2ナトリウム塩を内封してなるリポソームを生理食塩水に分散させた組成物を、4℃で冷蔵保存したところ、前者は1ヶ月経過後も性状変化が認められなかったのに対し、後者は1ヶ月経過後にリポソームの分解による白濁化が認められた。実施例2で得たBNHとスペルミジン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソームを生理食塩水に分散させた組成物と、比較例2で得たBNHのナトリウム塩を内封してなるリポソームを生理食塩水に分散させた組成物も、同様の結果であったことから、BSHやBNHをスペルミジン塩酸塩と塩を形成させることは、リポソームを構成する脂質二重膜の安定化に寄与することが推察された。
【0028】
実施例3:BSHとスペルミン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソーム
実施例1と同様にして得た。その特性は程度の違いはあるが実施例1で得たBSHとスペルミジン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソームと同様であった。
【0029】
実施例4:BSHとプトレスシン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソーム
実施例1と同様にして得た。その特性は程度の違いはあるが実施例1で得たBSHとスペルミジン塩酸塩からなる塩を内封してなるリポソームと同様であった。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、ホウ素中性子捕捉療法に有用な、10Bを含むホウ素化合物を高濃度に内封した保存安定性に優れるリポソームを提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つはホウ素10同位体である)と多価アミンまたはその塩からなる塩を内封してなるリポソーム。
【請求項2】
ホウ素イオンクラスターが、カルボラン、ドデカボレート、分子式がB1010で表されるイオンクラスター、分子式がM(C10で表わされるサンドイッチ型イオンクラスター(Mは遷移元素)(これらは置換基を有していてもよい)から選択される少なくとも1つである請求項1記載のリポソーム。
【請求項3】
ホウ素イオンクラスターが置換基を有していてもよいドデカボレートである請求項2記載のリポソーム。
【請求項4】
多価アミンが脂肪族ポリアミンである請求項1記載のリポソーム。
【請求項5】
脂肪族ポリアミンが、プトレスシン、スペルミジン、スペルミンから選択される少なくとも1つである請求項4記載のリポソーム。
【請求項6】
請求項1記載のリポソームを含有するホウ素中性子捕捉療法用組成物。
【請求項7】
ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つはホウ素10同位体である)と多価アミンまたはその塩からなる塩を得る工程と、得られた塩を脂質二重膜からなる粒子の内部に封入する工程を含む請求項1記載のリポソームの製造方法。
【請求項8】
ホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つはホウ素10同位体である)と多価アミンまたはその塩からなる塩。
【請求項9】
ホウ素中性子捕捉療法用組成物に含有されるホウ素イオンクラスター(但し分子中のホウ素原子の少なくとも1つはホウ素10同位体である)の塩を内封してなるリポソームを製造する際におけるホウ素イオンクラスターの塩の構成成分としての多価アミンまたはその塩の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−254949(P2012−254949A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−128379(P2011−128379)
【出願日】平成23年6月8日(2011.6.8)
【出願人】(501086714)学校法人 学習院 (7)
【Fターム(参考)】