説明

ボイラ水処理剤及びボイラの防食方法

【課題】人体や環境面に対する安全性が高く、腐食防止効果に優れたボイラ水処理剤及びそれを用いるボイラの防食方法を提供する。
【解決手段】(1)防食剤として実質的にコハク酸及び/又はその塩のみを含有することを特徴とするボイラ水処理剤、及び(2)ボイラ給水に、防食剤として実質的にコハク酸及び/又はその塩のみを含有するボイラ水処理剤を添加することを特徴とするボイラの防食方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボイラ水処理剤及びボイラの防食方法に関し、詳しくは人体や環境面に対する安全性が高く、腐食防止効果に優れたボイラ水処理剤及びそれを用いるボイラの防食方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ボイラはボイラ水を高温・高圧にして蒸気を発生させる装置であり、ボイラを構成する金属の腐食を防止するためにボイラ水処理剤が使用されている。ボイラ水処理剤としては、古くはヒドラジンや亜硫酸塩を主剤とした脱酸素剤が主流であり、pH調整等のためにアルカリ剤等が用いられてきた。
しかしながら、ヒドラジンは、強度の変異原性を有する物質であるため、ヒドラジンを用いたボイラで発生した蒸気を食品加工に用いる場合や、その蒸気が人体に直接接触するような場合には、その使用が避けられるようになってきた。
また、亜硫酸塩は、酸素との反応速度が速いために、溶解タンク内で溶存酸素と反応して、濃度が低下する結果、注入量が不足して腐食抑制効果が十分に発揮されないおそれがある上、酸素と反応してボイラ水系に硫酸イオンが生成するため、腐食を助長する等の問題がある。そのため、亜硫酸塩の濃度管理を厳密に行う必要があり、管理が煩雑であった。
【0003】
このような背景から、近年ではこれらに替わる主剤として、グルコース等の糖類、グルコン酸等の糖類のアルドン酸、タンニン酸等が使用されるようになってきた。
例えば、特許文献1には、タンニン酸又はその塩、糖類、及びヘキソース又はヘプトースのアルドン酸又はその塩とからなるボイラ水系用腐食抑制剤が開示されている。
しかし、近年の省エネルギー、省コスト化に伴い、復水の回収の実施や回収量を増加させることが増え、併せて高濃縮運転を行うボイラが増えたため、系内で成分が濃縮しやすい環境となっている。
そのため、糖類、アルドン酸、タンニン酸等を用いると、それらがボイラ内で熱分解し、アルデヒド類等の揮発性有機物を生成し、その蒸気を加湿に使用すると、加湿空気に着臭が起こるという問題があった。また、その蒸気を、食品工場や医薬品工場等で直接製品と接する状態で使用すると、製品中に不純物が増加し、製品の歩留まりが低下するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平4−27313号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、ボイラ蒸気を加湿に使用する施設や、食品・医薬品等の製造工場等で直接製品と蒸気が接触する場合等において、人体や環境面に対する安全性向上の観点から、有機物の混入が少ないボイラ蒸気が求められる場合が増えている。
本発明は、人体や環境面に対する安全性が高く、腐食防止効果に優れたボイラ水処理剤及びそれを用いるボイラの防食方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、防食剤としてコハク酸及び/又はその塩のみを含有する水処理剤を用いることにより、前記課題を解決しうることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて完成したものである。
すなわち、本発明は、下記(1)〜(5)を提供するものである。
(1)防食剤として実質的にコハク酸及び/又はその塩のみを含有することを特徴とするボイラ水処理剤。
(2)更に、アルカリ剤を含有する前記(1)のボイラ水処理剤。
(3)ボイラ給水に、防食剤として実質的にコハク酸及び/又はその塩のみを含有するボイラ水処理剤を添加することを特徴とするボイラの防食方法。
(4)ボイラ水中のコハク酸及び/又はその塩の濃度が30〜800mg/Lとなるように、前記ボイラ水処理剤を添加する前記(3)のボイラの防食方法。
(5)ボイラ水中におけるアルカリ剤の濃度が1〜1000mg/Lとなるように、更にアルカリ剤を添加する前記(3)又は(4)のボイラの防食方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明のボイラ水処理剤を使用すれば、ボイラ蒸気中に有機物質等が移行しにくいため、加湿空気の着臭問題や製品への不純物混入による歩留まり低下がなく、かつ優れた腐食防止効果を得ることができる。
従って、本発明によれば、人体や環境面に対する安全性が高く、かつ腐食防止効果に優れたボイラ水処理剤及びボイラの防食方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[ボイラ水処理剤]
(コハク酸及び/又はその塩)
本発明のボイラ水処理剤は、防食剤として実質的にコハク酸及び/又はその塩のみを含有することを特徴とする。
ここで「実質的にコハク酸及び/又はその塩のみを含有する」とは、コハク酸及び/又はその塩以外の他の防食剤を実質的に含有しないことを意味する。より具体的には、コハク酸及び/又はその塩以外の他の防食剤が含まれる場合であっても、その重量はコハク酸及び/又はその塩に対して、好ましくは1/10以下、より好ましくは1/20以下、更に好ましくは1/50以下であることを意味する。
なお、コハク酸及び/又はその塩以外の他の防食剤としては、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、タンニン、糖類等の脱酸素型腐食抑制剤や、グルコン酸、グリシン、アラニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、γ−アミノ酪酸等の皮膜形成型腐食抑制剤が挙げられる。
【0009】
コハク酸及び/又はその塩は熱安定性が高く、ボイラ内部でも熱分解により、アルデヒド類等の揮発性有機物や二酸化炭素を発生しにくいため、不純物の少ない蒸気を得ることができる。
また、公知のボイラ水処理剤を添加してボイラ運転をする場合、復水回収率が高く系内で二酸化炭素が濃縮する状況においては、圧力計導管等の配管の行き止まり部で蒸気が滞留し、その箇所で二酸化炭素が配管由来の鉄と反応して炭酸鉄を生成し、配管が閉塞するおそれがある。配管が閉塞してボイラが停止すると、工場の稼動停止等の大きな障害を引き起こす可能性が高い。
これに対して、本発明のボイラ水処理剤は、熱分解しにくいコハク酸及び/又はその塩を便用するため、かかる障害の発生を防止する効果も有する。
【0010】
本発明で用いられるコハク酸の塩としては、コハク酸一ナトリウム、コハク酸二ナトリウム、コハク酸カリウム、コハク酸カルシウム、コハク酸マグネシウム等が挙げられる。これらの中では、安全性、腐食防止効果、取扱い性の観点から、コハク酸一ナトリウム又はコハク酸二ナトリウムが好ましく、コハク酸二ナトリウムがより好ましい。
コハク酸及び/又はその塩は、それぞれ単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。
本発明において、ボイラ水中で維持されるコハク酸及び/又はその塩の濃度は、防食効果と経済性の観点から、一般に30〜800mg/Lであり、好ましくは50〜600mg/L、より好ましくは70〜500mg/Lである。従って、ボイラ給水に添加するコハク酸及び/又はその塩の添加量は、コハク酸及び/又はその塩の濃度が前記範囲内となるように調整する。
【0011】
(その他の薬剤)
本発明のボイラ水処理剤においては、本発明の目的を阻害しない範囲において、従来ボイラ用として慣用されている各種薬剤、例えばアルカリ剤、スケール防止剤、キレート剤等を併用することができる。
【0012】
アルカリ剤は、ボイラ水のpHを一定範囲(例えば、JIS B 8223に示されるボイラ水の管理基準であるpH11.0〜11.8)に維持し、それにより金属腐食を抑制するために用いることができる。
アルカリ剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム等のアルカリ金属水酸化物、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ金属炭酸塩、リン酸三ナトリウム、リン酸水素ナトリウム等のアルカリ金属リン酸塩等が挙げられる。これらの中では、pH調整効果及び熱分解により二酸化炭素を発生させない観点から、アルカリ金属水酸化物が好ましく、経済性の観点から、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等がより好ましい。
本発明においては、コハク酸及び/又はその塩とアルカリ剤を併用することが好ましい。ボイラ給水に添加するアルカリ剤の添加量は特に制限されないが、一般にボイラ水中におけるアルカリ剤の濃度が1〜1000mg/Lとなるように添加することが好ましく、3〜600mg/Lとなるように添加することがより好ましい。
【0013】
スケール防止剤としては、例えば各種リン酸塩や、ポリアクリル酸、ポリマレイン酸、及びそれらのナトリウム塩等の水溶性高分子化合物等が挙げられる。これらのスケール防止剤の添加量は特に制限されず、例えば〔スケール防止剤/コハク酸〕の重量比で、好ましくは0.02〜0.3の範囲で添加することができる。
キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸塩、ニトリロ三酢酸塩等が挙げられる。
上記の各種薬剤は、それぞれ単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。
【0014】
(適用できるボイラ)
本発明のボイラ水処理剤は、ボイラの形式、給水の種類等によって制限されず、広範に使用することができる。適用できるボイラとしては、特殊循環ボイラ、水管ボイラ、丸ボイラ、排熱回収ボイラ等が挙げられ、給水の種類としては、軟水、純水等が挙げられる。
本発明のボイラ水処理剤の添加箇所についても特に制限はなく、給水ラインに添加してもよいし、ボイラ本体内に直接添加してもよい。
本発明のボイラ水処理剤を使用すれば、ボイラ蒸気中に有機物質等が移行しにくいため、加湿空気の着臭問題や製品への不純物混入による歩留まり低下がなく、かつ優れた腐食防止効果を得ることができることから、食品や医薬品等人体に入る製品の製造において、直接接触させる蒸気を発生させるボイラの水処理に用いることが最適である。
ボイラの使用圧力に特に制限はないが、圧力が高くなりすぎるとコハク酸及び/又はその塩が熱分解し易くなるため、好ましくは3.0MPa以下、より好ましくは2.0MPa以下の圧力下で使用することが好ましい。
【0015】
[ボイラの防食方法]
本発明のボイラの防食方法は、ボイラ給水に、防食剤として実質的にコハク酸及び/又はその塩のみを含有するボイラ水処理剤を添加することを特徴とする。
この場合、ボイラ水中におけるコハク酸及び/又はその塩の濃度が、腐食防止効果の観点から、一般に30〜800mg/Lとなるように添加し、好ましくは50〜600mg/L、より好ましくは70〜500mg/Lとなるように添加する。
本発明のボイラの防食方法においては、コハク酸及び/又はその塩とアルカリ剤を併用することが好ましい。ボイラ給水に対するアルカリ剤の添加量は特に制限されないが、金属腐食を抑制する観点から、水のpHを11.0〜11.8に維持するために、一般にボイラ水中における濃度が1〜1000mg/L、好ましくは3〜600mg/L、より好ましくは10〜50mg/Lの範囲となるように添加する。
【実施例】
【0016】
次に、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
なお、TOC濃度、無機炭素濃度、アセトアルデヒド濃度、及びホルムアルデヒド濃度の測定は以下の方法により行った。
(1)全有機炭素(TOC)濃度、無機炭素(IC)濃度の測定
酸化触媒を充填し、約680℃に過熱した全炭素(TC)燃焼管に空気を通しながら試料(凝縮水)を注入し、試料中の全炭素(TC)を二酸化炭素とした。
別途、無機炭素(IC)反応剤を充填し、約150℃に過熱したIC反応管に空気を通しながら試料(凝縮水)を注入し、試料中の無機炭素(IC)のみを分解して二酸化炭素を発生させた。
発生した二酸化炭素を非分散型赤外吸収(NDIR)法により、炭素量として測定した。全有機炭素(TOC)濃度は全炭素(TC)濃度から無機炭素(IC)濃度を差し引いて求めた。
(2)アセトアルデヒド濃度、ホルムアルデヒド濃度の測定
ガスクロマトグラフ質量分析計を用いて、ヘッドスペース−GC−MS法(Cd、CdOを使用)により測定した。
【0017】
実施例1〜3、比較例1〜5
保有水量4Lのテストボイラ(SUS316L製)に、イオン交換水(給水温度40℃、溶存酸素濃度6.5mg/L)4Lを入れ、出口温度約170℃、圧力0.7MPa、蒸発量7.2L/h、ブロー量0.8L/h、濃縮倍数10倍の条件で、テストボイラを運転した。
まず、イオン交換水(給水)に防食剤とアルカリ剤を表1に記載の条件となるように添加し、十分に濃縮が進み、防食剤の缶内濃度が定常状態になるまで運転を続けた。その後、蒸気の一部を分岐し、熱交換器(SUS304製)により凝縮し、蒸気凝縮水を採取した。
採取した凝縮水中の全有機炭素濃度、無機炭素濃度、アセトアルデヒド濃度、及びホルムアルデヒド濃度を測定した結果を表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
表1の結果から、実施例1〜3は、比較例1〜5に比べて、全有機炭素濃度、無機炭素濃度も低く、アセトアルデヒド及びホルムアルデヒドの濃度も検出下限以下であり、揮発性の有機物や二酸化炭素の発生も大幅に低減されたことが分かる。
特に、実施例3のようにコハク酸二ナトリウムの添加濃度が高い場合においても、全有機炭素、無機炭素、アセトアルデヒド、及びホルムアルデヒドの濃度が大幅に低減されることが分かる。
一方、比較例5のようにコハク酸二ナトリウムを用いても、有効量の他の有機系腐食抑制剤と併用した場合には、全有機炭素、無機炭素、アセトアルデヒド、及びホルムアルデヒドの濃度が上昇することが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明のボイラ水処理剤を使用すれば、ボイラ蒸気中に有機物質等が移行しにくいため、加湿空気の着臭問題や製品への不純物混入による歩留まり低下がなく、かつ優れた腐食防止効果を得ることができる。また、炭酸鉄の配管閉塞に起因する工場の稼動停止等の問題を改善することができる。従って、本発明の工業的価値は極めて高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
防食剤として実質的にコハク酸及び/又はその塩のみを含有することを特徴とするボイラ水処理剤。
【請求項2】
更に、アルカリ剤を含有する請求項1に記載のボイラ水処理剤。
【請求項3】
ボイラ給水に、防食剤として実質的にコハク酸及び/又はその塩のみを含有するボイラ水処理剤を添加することを特徴とするボイラの防食方法。
【請求項4】
ボイラ水中のコハク酸及び/又はその塩の濃度が30〜800mg/Lとなるように、前記ボイラ水処理剤を添加する請求項3に記載のボイラの防食方法。
【請求項5】
ボイラ水中におけるアルカリ剤の濃度が1〜1000mg/Lとなるように、更にアルカリ剤を添加する請求項3又は4に記載のボイラの防食方法。

【公開番号】特開2011−214096(P2011−214096A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−84270(P2010−84270)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】