説明

ボイラ用炭素鋼及びMo鋼の黒鉛化損傷診断法

【課題】ボイラ・熱交換器用炭素鋼又は0.5Mo鋼の黒鉛化による材料損傷診断法を提供し、これらの材料を高温で長時間、安全且つ経済的に使用できるようにする。
【解決手段】炭素鋼及びMo鋼を450℃以上の高温で長時間使用した場合の黒鉛化材料損傷度を、温度と時間をパラメータとした次式によるGパラメータ(G−P)に基づいて評価する。
G−P=T×(C+log(t))(1)、GR=a(G−P)b(2)
(T:絶対温度、C:定数、t:時間、GR:黒鉛化率、a、b:回帰係数)
なお、(G−P)の算出に際して、過熱器又は再熱器管内面の水蒸気酸化スケール厚さから温度又は温度履歴を推定し、管外面からの超音波法測定装置による水蒸気酸化スケール厚さの測定値と運転時間から管メタル温度の推定、推定メタル温度及び運転時間から(G−P)算出、(G−P)値と黒鉛化損傷率(GR)との関係式を用いて黒鉛化損傷度又は余寿命評価を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、火力発電用ボイラ等に用いられる高温伝熱管材料の経年劣化損傷診断法に係わり、特に炭素鋼やMo鋼を450℃以上の高温で長時間使用した場合の黒鉛化による材料損傷診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ボイラの過熱器管や再熱器管には、温度、圧力条件に応じて、高温強度や耐食性を考慮した適正材料が選定される。
図6は、吊下げ再熱器1の構造例(材料構成の例)を示す。
設計温度が430〜500℃の比較的低温となる部位ではSTBA12(0.5Mo鋼3.2t)2又はSTBA22(1Cr0.5Mo鋼3.2t)3のような0.5Mo鋼が使用されており、480〜600℃の高温となる部位ではSTBA24(2.25Cr1Mo鋼3.2t)4やSTBA24(2.25Cr1Mo鋼4.2t)5等のCrMo鋼が使用されている。また再熱器出口管寄せ7に接続される高温となる部位ではSUS321HTB(18Cr8Ni鋼4.2t)6等のCrNi鋼が使用される。
【0003】
従来、高温腐食、高温強度低下、材料劣化といった材料損傷は、高温域の材料で生じていたため、優先的にCrMo鋼やステンレス鋼の損傷が診断されており、関連する診断技術が用いられてきた。
【特許文献1】特開平6−27088号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、既設発電プラントの長期運用化の要請に伴い、ボイラの使用時間が長大化するにつれ、上述の比較的低温となる部位に用いられる0.5Mo鋼に黒鉛化と呼ばれる材料損傷が生じるケースが顕在化してきた。
【0005】
黒鉛化は炭素鋼管(STB340、STB410及びSTB510)やCrを含まないMo合金鋼管(STBA12及びSTBA13)を450℃以上の高温で長時間使用すると材料中の炭化物(セメンタイト:Fe3C、パーライト)が分解し、炭素のみ凝集粗大化する現象である。
【0006】
Crを0.5%以上含むボイラ・熱交換器用合金鋼管(JIS STBA20、STBA22、STBA23、STBA24、STBA25.STBA28)及びボイラ・熱交換器用ステンレス鋼管(SUS321HTBなど)は、Crの炭化物固定効果により炭素が遊離しないので黒鉛化損傷は生じない。
【0007】
炭素鋼管やCrを含まないMo合金鋼管では、鋼の高温強度に寄与する炭化物が強度に悪影響を及ぼす炭素(黒鉛)に変化することから、高温高圧水を取扱うボイラや熱交換器管で黒鉛化損傷が過度に進展すると管の噴破や破壊につながるおそれがある。
【0008】
炭素鋼や0.5Mo鋼の黒鉛化は、以前より知られていた材料損傷であり、温度、時間、製鋼法、塑性ひずみ、材料成分などの影響があることは示されていたものの、定性的な評価であり、定量的解析が必要な損傷度の予測や診断技術は確立されていなかった。
【0009】
黒鉛化による損傷度を評価する手法として、対象部位より管をサンプル抜管し、ミクロ組織調査や高温強度試験されることがあるが、発電用ボイラは、高温高圧で大型機器のため、停止中の抜管、補修には多大な費用と時間を要する。
【0010】
別の手法として、レプリカによる管表面のミクロ組織観察法は、非破壊検査で抜管サンプリング作業が不要であるが、管外表面からの観察となり、表層は製管上脱炭層(表層約100から500μmで炭化物がなくなっている現象)が生じていることがあり、また強度を支配する管板厚中央部の情報が得られない。
従って材料寿命を正確に診断して適切な時期に材料を取り替えにくいという課題があった。
【0011】
本発明の課題は、ボイラ・熱交換器用炭素鋼又は0.5Mo鋼の黒鉛化による材料損傷診断法を提供し、これらの材料を高温で長時間、安全且つ経済的に使用できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の上記課題は、下記の手段を採用することにより達成できる。
1)炭素鋼及びMo鋼を450℃以上の高温で長時間使用した場合の黒鉛化材料損傷度を温度と時間をパラメータにした次式によるGパラメータ(G−P)により評価する。
G−P=T×(C+log(t)) (1)
GR=a(G−P)b (2)
ここで、T:絶対温度、C:定数、t:時間、GR:黒鉛化率、a、b:回帰係数
【0013】
2)上記1)の黒鉛化パラメータ(G−P)の算出に際して、過熱器又は再熱器管内面の水蒸気酸化スケール厚さから温度又は温度履歴を推定する。
【0014】
3)上記1)及び2)からなる黒鉛化度損傷診断方法をシステム化し、伝熱管外面からの超音波法測定装置による水蒸気酸化スケール厚さの測定値と運転時間から伝熱管メタル温度の推定、推定メタル温度及び運転時間から黒鉛化パラメータ(G−P)算出、(G−P)値と黒鉛化損傷率との関係式を用いた黒鉛化損傷度又は余寿命評価を行う。
【0015】
これらの一連のシステムでの算定において、伝熱管の突合せ溶接、スペーサ溶接など溶接構造による温度上昇効果や溶接によるひずみの影響を考慮する。
【0016】
本発明は、文献データ、発明者らの事例解析に基づくものである。
黒鉛化が生じる温度と時間の関係が下記文献で示されている。
A)ASM Specialty Handbook、 Carbon and Alloy Steel p314-315 (1996)
B)J.R.Foulds et al.: J of Materials Engineering & Performance p484 (2001)
これらのデータは、黒鉛化が生じる温度−時間関係であり、その程度に十分な定量性がなく、数式化されていない。
このため、そのままでは損傷度や余寿命は評価できない。
【0017】
上記2つの文献データに、発明者らの調査事例を加え、種々試行錯誤して、新たな黒鉛化パラメータ(G−P)により黒鉛化率(GR)が診断できる手法を開発した。
管のメタル温度と時間の関係を次式で示される黒鉛化パラメータ(G−P)を用いることにより黒鉛化率(GR)を高精度に予測診断できる。
【0018】
G−P=T×(C+log(t)) (1)
GR=a(G−P)b (2)
ここで、T:管メタル温度(絶対温度K:273+℃)、C:回帰定数で6≦C≦7、t:運転時間(h)、GR:黒鉛化率、a、b:回帰係数
また、黒鉛化パラメータ(G−P)中の時間(t)には、運転時間を代入する。
【0019】
管のメタル温度は不明なことが多い。簡易計算では設計メタル温度を使用することもできるが、管内面の水蒸気酸化スケール厚さを計測し、その値と運転時間から高精度なメタル温度が推定できる。以下にその手法を述べる。
【0020】
超音波(UT)法又は断面観察法により管内面の水蒸気酸化スケール厚さ(d)を測定する。そして、さらに、運転時間(t)、酸化速度定数(Kp)、水蒸気酸化材料定数(A)を加えてメタル温度(T)(履歴)を推定する。
【0021】
ここで、過熱器や再熱器管などの過熱蒸気による水蒸気酸化スケール厚さ(d)は、酸化皮膜中のFe又は酸素の拡散速度に支配されるため、次式で示される放物線則で成長する。
d=(Kp×t)0.5 (3)
ここで、d:水蒸気酸化スケール厚さ(mm)、Kp:酸化速度定数、t:時間(h)
【0022】
Kp=A×exp(−Q/RT) (4)
ここで、A:材料定数、Q:活性化エネルギ、R:ガス定数
すなわち、水蒸気酸化スケール成長における材料定数(A)を求めておけば、任意の温度、時間での水蒸気酸化スケール厚さ(d)が予測できる。別の見方をすれば、水蒸気酸化スケール厚さ(d)と運転時間(t)からメタル温度(T)(履歴)を推定できる。
【0023】
図4に、STBA13鋼管の水蒸気酸化スケール厚さ0.11mm(110μm)での温度と時間の関係を示す。(図4中で110μm厚等条件線が2本ある理由は材料中の規格値内での成分の差によるばらつきを考慮したもので、ばらつき範囲を示す。)
運転時間が15万時間であれば、メタル温度(履歴)は485℃と推定できる。
【0024】
このようにして特定材質のメタル温度(履歴)と運転時間に関するいくつかの調査事例について黒鉛化パラメータ(G−P)を求め、黒鉛化の程度を表す、黒鉛化率との関係を調べ、整理した例を図3に示す。
パーライト・フェライト(Fe3C)組織中、炭素が100%のときを黒鉛化率100%、炭素が0%のときを黒鉛化率0%とする。
なお、図3中のデータは、直接組織を見たものであり、白抜きの四角は調査事例と上述の文献A)ASM:黒鉛化率1%の3点のデータと文献B)Foulds:その他のデータをプロットしたものである。(図3中の線が2本ある理由もデータのばらつきを考慮したものである。)
【0025】
このように黒鉛化パラメータ(G−P)と黒鉛化率(GR)は上記(2)式にて整理することができるので、回帰係数a、bをある範囲に定めて、メタル温度別に運転時間と黒鉛化率との関係を表すと、図2に示すようにばらつきを考慮して2本の線の範囲内にある。
【0026】
ここで黒鉛化損傷度=黒鉛化率と考え、寿命となる限界黒鉛化率を10%〜20%と定めれば、この線図を用いて余寿命診断が行える。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、炭素鋼やMo鋼を450℃以上の温度で長時間使用した場合に生じる黒鉛化損傷度や黒鉛化損傷による余寿命を高精度に診断、予測することができるので、高温高圧蒸気が噴出する事故を未然に防止でき、且つ経済的な予防保全であるため地球温暖化防止に貢献できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の具体的実施例を図面により説明する。
図1は、本発明になる炭素鋼及びMo鋼の黒鉛化損傷度診断フローである。
上述の方法により、超音波(UT)法又は断面観察法を用いて管内面の水蒸気酸化スケール厚さを測定する。
【0029】
0.5Mo鋼で0.11mm(110μm)の水蒸気酸化スケール厚さが測定された場合、運転時間15万時間では、図4からメタル温度は、485℃と推定する。次にメタル温度、運転時間から黒鉛化パラメータ(G−P)を算出し、(G−P)と黒鉛化率(GR)などの損傷度の関係式から、損傷度や余寿命を算定、診断するものである。
【0030】
一般の伝熱管母管及び突合せ溶接部では、管内面の水蒸気酸化スケール厚さから推定した温度をそのまま用いればよいが、過熱器や再熱器管には種々のスペーサや付着金物がついている箇所がある。管円周方向でI型、L型及びM型の金物部及び側面にJ型のスペーサが溶接された部位では、スペーサが高温ガス側に突き出ており、より高温になるため、その溶接部を評価する場合は、伝熱上昇分を加算する必要がある。通常は、管内水蒸気酸化スケール厚さからの予測温度に対し、5〜25℃加算する。
【0031】
図2を用いて、0.5Mo鋼の450℃と485℃での黒鉛化率(GR)の診断例を説明する。
450℃の条件では長時間運転しても黒鉛化率(GR)で評価できる損傷度は軽微であるが、485℃では20万時間の運転で黒鉛化率(GR)が50%を越すことが予想される。
安全サイドでの限界黒鉛化率(GR)は10〜20%であることから、こうした条件にある場合は、運転時間10万時間以内での取替えが必要といえる。
【0032】
黒鉛化パラメータ(G−P)と黒鉛化率(GR)の関係を数式化することにより、図5に示したように等黒鉛化率の温度と時間カーブも求めることができ、こうした手法も本発明の範囲内である。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明によれば、炭素鋼やMo鋼を450℃以上の温度で長時間使用した場合に生じる黒鉛化損傷による余寿命を高精度に診断、予測することができ、各種の対象機器の予防保全に貢献する可能性が大きい。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明になる黒鉛化損傷度診断フローである。
【図2】本発明を用いた診断結果の一例である。
【図3】本発明を補佐する関連図である。
【図4】本発明を補佐する関連図である。
【図5】本発明を用いた診断結果の一例である。
【図6】ボイラ再熱器管の構造例である。
【符号の説明】
【0035】
1 ボイラ再熱器管
2 STBA12(0.5Mo鋼3.2t)
3 STBA22(1Cr0.5Mo鋼3.2t)
4 STBA24(2.25Cr1Mo鋼3.2t)
5 STBA24(2.25Cr1Mo鋼4.2t)
6 SUS321HTB(18Cr8Ni鋼4.2t)
7 再熱器出口管寄せ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボイラ等の高温下で使用される伝熱管用炭素鋼及びMo鋼の材料損傷診断法であって、
当該材料の使用温度をT(K)、プラントの運転時間をt(時間)、材料中の炭化物が分解凝集する黒鉛化の度合いを表す黒鉛化率GR、前記温度Tと運転時間tの関数である黒鉛化パラメータ(G−P)を用いて黒鉛化パラメータ(G−P)及び該黒鉛化パラメータ(G−P)と黒鉛化率(GR)の関係を次式
G−P=T×(C+log(t)) (1)
GR=a(G−P)b (2)
(ここで、C:定数(6≦C≦7)、a、b:回帰係数)
により算定評価することを特徴とするボイラ用炭素鋼及びMo鋼の黒鉛化損傷診断法。
【請求項2】
前記材料の使用温度T(K)は、伝熱管外面からの超音波法測定装置による水蒸気酸化スケール厚さの測定値と運転時間から伝熱管メタル温度を推定し、その推定メタル温度と運転時間から黒鉛化パラメータ(G−P)を算出し、該黒鉛化パラメータ(G−P)値と黒鉛化率(GR)との関係式を用いて黒鉛化損傷度又は余寿命評価を行うことを特徴とする請求項1のボイラ用炭素鋼及びMo鋼の黒鉛化損傷診断法。
【請求項3】
溶接部や付着金物の形状により、水蒸気酸化スケール厚さから求めた温度に対して伝熱分を考慮して加算することを特徴とする請求項1又は2記載のボイラ用炭素鋼及びMo鋼の黒鉛化損傷診断法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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