説明

ボイラ装置内の化学洗浄システム

【課題】化学洗浄液から溶存硫化水素を除去し、伝熱管などの損傷を有効に防止できるボイラ装置内の化学洗浄システムを提供する。
【解決手段】無機酸と腐食抑制剤を含む化学洗浄液を供給する化学洗浄液供給系統7と、化学洗浄液中の溶存硫化水素濃度を測定する濃度測定手段31と、化学洗浄液に鉄イオン水溶液を供給する鉄イオン水溶液供給系統28と、鉄イオン水溶液の供給によって生成した硫化鉄と硫黄を分離する分離・除去手段33と、硫化鉄と硫黄を分離した化学洗浄液をボイラ装置に供給して洗浄するボイラ装置内洗浄系統を備え、化学洗浄液中の溶存硫化水素濃度に基づいて、鉄イオン水溶液の供給量が制御されることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボイラ装置内における伝熱管などの化学洗浄システムに係り、特に高強度鋼材からなる伝熱管を備えたボイラ装置に好適な化学洗浄システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ボイラ装置の化学洗浄とは、ボイラ装置の建設時や稼動中の熱交換器における伝熱管内面の異物やスケールと呼ばれる鉄酸化物を溶解・除去し、ボイラ装置の損傷予防と安全確保及び効率の回復維持を図ることを目的に実施されている。
【0003】
この一般的な化学洗浄には、アンモニア洗浄や酸洗浄などがある(文献:ボイラ、火原協会講座32、社団法人 火力原子力発電技術協会、平成17年)。例えば、日本では塩酸やクエン酸を用いた酸洗浄、ドイツではボイラ化学洗浄規格によるフッ化水素(HF)による無機酸洗浄を実施している。また酸性水溶液による蒸発管母材の腐食を抑制するために、インヒビタ(腐食抑制剤)がフッ化水素水溶液1%に対し、0.2%相当が添加されている。
【0004】
ところで、ボイラ装置の熱交換器に使用される材料は、炉壁管材料では「ボイラ・熱交換器用合金鋼鋼管」(JIS G 4362)が使用され、過熱器管材料では「ボイラ・熱交換器用合金鋼鋼管」(JIS G 4362)や「ボイラ・熱交換器用ステンレス鋼管」(JIS G 4363)などが使用され、節炭器管材料では炭素鋼が使用されている。
【0005】
しかし、近年、火力発電プラントの効率を上げるため、蒸気条件を高める必要があり、熱交換器の使用条件はさらに高温高圧になり、高温強度、耐食性などの優れた材料を採用しなければならない。最近、高強度低合金鋼2.5%Cr−1%Mo−V−Ti−B鋼が海外ボイラの水壁管に採用され始めた。
【0006】
図3は、従来技術の高強度鋼材の伝熱管を使用したボイラ装置の化学洗浄システムを説明するための系統図である。ここでは無機酸洗浄液としてフッ化水素を用いた例を示している。
【0007】
酸タンク2から供給される70%フッ化水素水溶液にインヒビタタンク3から供給されるインヒビタ(腐食抑制剤)を加えて、鋼製の化学洗浄液供給管7を通過し、給水タンク1からの給水(脱塩水)で希釈されて化学洗浄液となる。このとき、化学洗浄液はフッ化水素が1%、インヒビタが0.2%に希釈される。化学洗浄液は、高圧給水ヒータ8により60℃〜90℃まで加熱される。
【0008】
その後、バルブ9を通過し、伝熱管を備えた節炭器11、火炉12に配置された水冷壁13、汽水分離器14、天井壁16、ゲージ壁17、過熱器18、再熱器19などを通過することにより、それぞれの管内に形成されているスケールを溶解・除去する。
【0009】
その後、化学洗浄液はバルブ25を通過し、循環ポンプ10を通り再び節炭器11に戻り、鉄イオン溶解濃度をモニタリングしながら、2〜3時間にわたり化学洗浄液を循環させる。最後にバルブ26を開放して、鉄イオンが溶解した化学洗浄液を排水ピット27に排出させて、廃液は無害化処理を行なう。
【0010】
図中の符号4は給水ポンプ、5は酸ポンプ、6はインヒビタポンプ、15はドレンタンク、23はバルブ、24は高圧タービンである。
【0011】
しかし、従来の化学洗浄液には、インヒビタに含まれている硫黄化合物が分解し、溶存硫化水素が数10ppm含まれていた。溶存硫化水素が存在すると水素過電圧が増加し、腐食反応で発生した水素イオンが水素分子に結合し、気化するのを抑制するために、水中の水素原子が増加する。この多量の水素原子は伝熱管を構成する鋼材内に浸入し、水素誘起応力割れによる伝熱管の損傷を引き起こす可能性がある。
【0012】
図2は、割れの感受性に与える水中硫化水素濃度と材料の硬さの関係を示す特性図である(出典:小若正倫 新版「金属の腐食損傷と防食技術」 アグネ承風社(1995)。谷村昌章 「圧力容器とその配管の応力腐食割れ」 日本高圧力技術協会(1979),p135)。
【0013】
同図に示すように、水素誘起応力腐食割れの感受性は硬度が高いほど高くなっている。これまで、天井壁16には低強度鋼材が使用されていたが、近年、ボイラ効率向上を目的に蒸気圧の高圧化による高強度鋼材(溶接部の硬さ300Hv以上)が伝熱管に採用されてきており、硫化水素が50ppm以上溶存した場合、伝熱管は損傷する可能性がある。
【0014】
但し、下水や温泉水などの水処理分野では、溶存硫化水素の除去が古くから行なわれている。溶液中に溶存する硫化水素の除去方法として、酸化剤による酸化固定、空気による曝気、あるいは減圧、溶液の酸濃度の上昇などによる溶解度の低下を利用する方法、さらに金属イオンと反応させ、難溶解性硫黄や金属硫化物による固体−液体分離法が一般的に用いられている。
【0015】
しかし、これらの方法は効果的である反面、実施に当たって設備または操業資材が大きくなる傾向がある。例えば、酸化剤による酸化固定を行なう方法では、固定酸化剤として液体である過酸化水素を用いる方法は、酸化反応速度が大きく、現実的な操業資材として考えられるが、過酸化水素は高価であるためコストが掛かる。
【0016】
例えば、硫化水素の溶解度を低減させる方法において、空気曝気ではブロアーを必要とし、減圧する方法であれば、密閉できる反応槽と減圧ポンプなどが必要である。さらに硫化水素ガスが発生することから、除害のために水酸化ナトリウム等のアルカリによるガス吸収の処理操作が必要となる。
【0017】
一方、簡便な硫化水素除去法として、金属イオンと硫化水素を反応させ、難溶解性硫黄や金属硫化物を生成させて除去する以下の優れた従来技術がある。
【0018】
特開2004−89915号公報(特許文献1)には、溶存硫化水素を含む溶液中に水酸化鉄:Fe(OH)などの3価の鉄化合物を添加し、溶存硫化水素と3価の鉄イオンを反応させることにより、硫黄(S)の形で固定する方法が開示されている。
【0019】
また、特開平7−299320号公報(特許文献2)には、硫化水素含有ガスを回収するために、3価の鉄イオンを含む硫酸−硫酸鉄溶液を通過させて、除去する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】特開2004−89915号公報
【特許文献2】特開平7−299320号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
従来技術によるボイラ装置内の化学洗浄では、インヒビタ(腐食抑制剤)に含まれる硫黄化合物が酸と反応して硫化水素が発生するため、高強度鋼材からなる伝熱管などを使用したときには、化学洗浄液で伝熱管が割れる可能性がある。従って、化学洗浄液中の溶存硫化水素の除去が必要である。
【0022】
溶存硫化水素の金属イオンによる除去法は従来から公知である。しかし、生成した固体の硫化鉄(FeS)や硫黄(S)は分離、除去されておらず、ボイラ装置内の化学洗浄にそのまま採用した場合、伝熱管内に硫黄が付着して腐食するといった問題がある。
【0023】
本発明の目的は、このような従来技術の欠点を解消し、化学洗浄液から溶存硫化水素を除去し、伝熱管などの損傷を有効に防止できるボイラ装置内の化学洗浄システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0024】
前記目的を達成するため、本発明の第1の手段は、
無機酸と腐食抑制剤を含む化学洗浄液を供給する化学洗浄液供給系統と、
その化学洗浄液供給系統を通過する前記化学洗浄液中の溶存硫化水素濃度を測定する溶存硫化水素濃度測定手段と、
前記化学洗浄液供給系統を通過する前記化学洗浄液に鉄イオン水溶液を供給する鉄イオン水溶液供給系統と、
前記化学洗浄液への鉄イオン水溶液の供給によって生成した硫化鉄と硫黄を前記化学洗浄液供給系統から分離・除去する分離・除去手段と、
前記分離・除去手段により硫化鉄と硫黄を分離・除去した前記化学洗浄液をボイラ装置に供給して、ボイラ装置内を循環・洗浄する例えば循環ポンプ、バルブ、循環配管などのボイラ装置内洗浄系統を備え、
前記溶存硫化水素濃度測定手段によって測定された前記化学洗浄液中の溶存硫化水素濃度に基づいて、前記鉄イオン水溶液供給系統による前記化学洗浄液への鉄イオン水溶液の供給量が制御される構成になっていることを特徴とするものである。
【0025】
本発明の第2の手段は前記第1の手段において、
前記化学洗浄液への鉄イオン水溶液の供給は、化学洗浄液中の溶存硫化水素濃度が30ppm未満になるまで行なうことを特徴とするものである。
【0026】
本発明の第3の手段は前記第1または第2の手段において、
前記無機酸がフッ化水素水溶液であることを特徴とするものである。
【0027】
本発明の第4の手段は前記第1ないし第3の手段において、
前記腐食抑制剤が、例えばチオシアン酸ナトリウム(NaSCN)などのチオシアナート系の硫黄化合物を含有していることを特徴とするものである。
【0028】
本発明の第5の手段は前記第1ないし第4の手段において、
前記ボイラ装置に設けられている伝熱管が高強度鋼材で構成されていることを特徴とするものである。
【0029】
本発明の第6の手段は前記第5の手段において、
前記高強度鋼材で構成された伝熱管の溶接部の硬さが300Hv以上であることを特徴とするものである。
【0030】
本発明の第7の手段は前記第5または第6の手段において、
前記伝熱管が、2.5%Cr−1%Mo−V−Ti−B鋼または9%Cr−1%Mo−Nb−V鋼で構成された伝熱管であることを特徴とするものである。
【0031】
本発明の第8の手段は前記第1ないし第4の手段において、
前記分離・除去手段が、前記硫化鉄と硫黄を前記化学洗浄液供給系統から分離・除去するための沈降槽を備えていることを特徴とするものである。
【0032】
本発明の第9の手段は前記第1ないし第4の手段において、
前記化学洗浄液供給系統の化学洗浄液流通方向上流側に前記鉄イオン水溶液供給系統が接続され、その鉄イオン水溶液供給系統の化学洗浄液流通方向下流側に前記溶存硫化水素濃度測定手段が接続されていることを特徴とするものである。
【0033】
本発明の第10の手段は前記第1ないし第9の手段において、
前記分離・除去手段と前記ボイラ装置内洗浄系統の間に、前記化学洗浄液を所定の濃度に希釈する例えば給水タンクや給水ポンプなどからなる濃度調整手段が設けられていることを特徴とするものである。
【0034】
本発明の第11の手段は前記第1ないし第10の手段において、
前記分離・除去手段により硫化鉄と硫黄を分離・除去した前記化学洗浄液をボイラ装置に供給する前に、前記化学洗浄液を加熱する例えば高温給水ヒータなどの加熱手段が設けられていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0035】
本発明は前述のような構成になっており、化学洗浄液から溶存硫化水素を除去し、伝熱管などの損傷を有効に防止できるボイラ装置内の化学洗浄システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施形態に係るボイラ装置内の化学洗浄システムを説明するための系統図である。
【図2】割れの感受性に与える水中硫化水素濃度と材料の硬さの関係を示す特性図である。
【図3】従来技術におけるボイラ装置内の化学洗浄システムを説明するための系統図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
次に本発明の実施形態について図面と共に説明する。図1は、本発明の実施形態に係るボイラ装置内の化学洗浄システムを説明するための系統図である。この実施形態では、無機酸洗浄液としてフッ化水素を用いた例を示している。
【0038】
図に示すように、酸タンク2から供給される70%フッ化水素水溶液にインヒビタタンク3から供給されるインヒビタ(腐食抑制剤)を加えて化学洗浄液をつくり、鋼製の化学洗浄液供給管7を通過する。このとき、化学洗浄液供給管7に取り付けた溶存硫化水素センサ31で化学洗浄液中の溶存硫化水素濃度を測定する。
【0039】
鉄イオン水タンク28に貯留されている鉄イオン水が、鉄イオン水ポンプ29を通して前記化学洗浄液供給管7に供給される。この鉄イオン水は、化学洗浄液中の硫化水素濃度が30ppm以下になるまで制御バルブ30を開放して、化学洗浄液に添加される。
【0040】
次に化学洗浄液は沈降槽33を通過し、化学洗浄液中で反応生成した難溶解性の硫化鉄(FeS)と硫黄(S)を化学洗浄液から分離・除去する。化学洗浄液中の硫化水素濃度が硫化水素センサ31で30ppm以下になったことを確認すると、前記制御バルブ30を閉じて鉄イオン水の供給を停止する。
【0041】
図に示すように、前記溶存硫化水素センサ31は沈降槽33の化学洗浄液流れ方向後流側に設置されている。
【0042】
そして溶存硫化水素が除去された化学洗浄液は、給水タンク1から給水された脱塩水と混合され、フッ化水素濃度が1%、インヒビタ濃度が0.2%に希釈され、希釈された化学洗浄液は高圧給水ヒータ8で60〜90℃まで加熱される。
【0043】
その後、バルブ9を通過し、伝熱管を備えた節炭器11、火炉12に配置された水冷壁18、汽水分離器14、天井壁16、ゲージ壁17、過熱器18、再熱器19などの熱交換器内を順次通過する。化学洗浄液は、伝熱管内などに生成・付着しているスケールや異物などの鉄酸化物を溶解・除去する。
【0044】
その後、化学洗浄液はバルブ25を通過し、循環ポンプ10を通り再び節炭器11に戻り、化学洗浄液中の鉄イオン溶解濃度をモニタリングしながら、2〜3時間、化学洗浄液を循環させる。最後にバルブ26を開放し、鉄イオンが溶解した化学洗浄液を排水ピット27に排出させ、廃液は無害化処理を行なう。
【0045】
図中の符号4は給水ポンプ、5は酸ポンプ、6はインヒビタポンプ、15はドレンタンク、23はバルブ、24は高圧タービン、32はポンプ、34はバルブである。
【0046】
本明細書で記述しているボイラ装置内の化学洗浄とは、ボイラ装置の建設時や稼動中の伝熱管内面の異物やスケールと呼ばれる鉄酸化物を溶解・除去するものである。伝熱管などの内面にスケール等が生成・付着すると、(1)伝熱阻害による熱効率の低下、(2)過熱による伝熱管の破損事故、(3)伝熱管内での水や蒸気の流れの阻害(圧力損失、給水ポンプなどの負荷増加)という障害が発生するため、薬品を使用してスケールなどを溶解・除去する必要がある。
【0047】
ボイラ装置内の化学洗浄を行なうと、下式のように鉄が溶解し、水素が発生する。

Fe→Fe2++2e (1)
2H+2e→H(↑) (2)

化学洗浄には、アルカリ洗浄や無機酸洗浄や有機酸洗浄などがある。ドイツやオーストラリアでは安価でスケールの溶解力が強いフッ化水素(HF)を用いた無機酸洗浄が、ボイラ用に規格化されて、一般に実施されている。
【0048】
化学洗浄時に酸性液で伝熱管の母材が腐食を受けることがあるので、腐食防止にインヒビタ(腐食抑制剤)を添加する。このインヒビタの添加によりスケール除去後の金属面があたかも油膜で覆われた状態になり、防食の役目を果たす。特に高温酸性水で腐食抑制効果があるインヒビタは極めて少ない。
【0049】
高温状態(<160℃)でも安定した腐食抑制効果を持たせるため、チオシアナート系の硫黄化合物を含有するインヒビタが好適である。このチオシアナート系の硫黄化合物を含有したインヒビタとして、KEBO社製のインヒビタ「商品名:CL4」があり、それの主要成分を表1に示す。このインヒビタ中のチオシアナート系硫黄化合物は、チオシアン酸ナトリウム(NaSCN)である。
【0050】

ここで、化学洗浄液中での硫化水素の発生について説明する。化学洗浄液供給管7において、下記反応式(3)に示すような、酸性の70%フッ化水素により鉄製の化学洗浄液供給管7が腐食し、水素イオンが発生する。その後、下記反応式(4)に示すように、インヒビタに含まれるチオシアン酸ナトリウム(NaSCN)が、フッ化水素中の金属溶解反応に伴い、硫化水素(HS)を発生する (出典:R.L.Horton他2:SPE110111)。
【0051】

2HF+Fe→FeF+2H (3) (腐食反応)
NaSCN+3H→HS+HCN+Na (4)(インヒビタ分解反応)

次に硫化水素濃度と割れ感受性について述べる。前述のように図2は、応力腐食割れに対する硫化水素濃度と材料硬さの関係を示す特性図である。この図より、材料が硬くなるほど許容される硫化水素濃度が低くなることが分かる。すなわち材料が硬い(高強度なほど)、微量の硫化水素により応力腐食割れが発生することを示している。
【0052】
近年、欧州では発電効率向上のために水蒸気圧が高圧化され、溶接部硬さが300〜350HVの高強度低合金鋼(2.5%Cr−1%Mo−V−Ti−B鋼)を天井壁16などの熱交換器に採用している。従って、溶存硫化水素を含む化学洗浄液がそのまま高強度鋼の伝熱管に流入すると、水素誘起応力腐食割れといった問題が生じる。
【0053】
ここで、水素誘起応力腐食割れに対する硫化水素の影響について説明する。通常の化学洗浄中では、鉄の腐食反応により発生した水素イオンは、水素分子となって放出される(前記反応式(1)、(2)参照)。
【0054】
しかし、溶存硫化水素が存在すると、水素が発生するのに必要な電圧である水素過電圧が増加するため、水素イオンから水素分子(H)への反応を阻害する。そして、原子状となった水素(Habs)が、結晶粒界や非金属介在物と地鉄の境界などミクロ的な空隙に浸入する。このとき過大な応力が鋼材に加わっていると、粒界や介在物との境界を分離させる。この現象を水素誘起応力腐食割れと言い、ボイラ装置の化学洗浄においては、伝熱管などの損傷の原因となる。
【0055】
そのため本発明の実施形態では、化学洗浄液供給管7に硫化水素除去装置36を付設して(図1参照)、化学洗浄液中の溶存硫化水素を鉄イオンと反応させ、反応生成物である硫黄(S)と硫化鉄(FeS)を化学洗浄液の供給系統から分離、除去する構成になっている。
【0056】
この硫化水素除去装置36は、化学洗浄液に対して鉄イオン水を供給するための鉄イオン水タンク28ならびに鉄イオン水ポンプ29と、化学洗浄液中の溶存硫化水素濃度を検出するための溶存硫化水素センサ31と、その溶存硫化水素センサ31からの検出結果に基づいて鉄イオン水供給量を制御するための制御バルブ30と、鉄イオン水の添加によって生成した硫黄(S)と硫化鉄(FeS)を化学洗浄液の供給系統から分離・排除するための沈降槽33ならびにバルブ34などで構成されている。
【0057】
次に、溶存硫化水素と鉄イオンとの反応について説明する。始め、下記の反応式(5)に示すように、3価の鉄イオンが酸性化学洗浄液中で溶解して硫化水素を酸化することによって、硫黄(S)となって硫化水素を固定する。続いて下記の反応式(6)に示すように2価の鉄イオンも硫化水素を酸化し、硫化鉄(FeS)となって硫化水素を固定する。
【0058】

2Fe3++HS→2Fe2++2H+S(↓) (5)
Fe2++HS→FeS(↓)+2H (6)

本発明の実施形態に係る硫化水素除去装置36では、前記反応で生じた硫黄(S)と硫化鉄(FeS)は難溶解性の固体物質であるため、沈降槽33で沈殿し、化学洗浄液の供給系統から簡便に分離・除去できる。
【0059】
3価の鉄イオンは、鉄化合物を酸性水で溶解して得ることができ、その代表的な鉄化合物として水酸化鉄:Fe(OH)がある。また、3価の鉄イオンは不安定でpHが3以上になると沈殿するため、硝酸鉄:Fe(NOあれば酸性溶液になるため、3価の鉄イオン水が安定する。
【0060】
また、ボイラ装置の伝熱管内には、錆びであるマグネタイト:Feが生成しているため、マグネタイトを化学洗浄水で溶解させると、コストが掛からない。3価の鉄イオン水の調整は、次の式(7)、(8)に示すようにマグネタイト(Fe)を酸性水に溶解させ、次に空気で鉄イオンを2価から3価に酸化させて得る。
【0061】

Fe+8HF→2Fe3++Fe2++4HO+8F (7)
Fe2++O→Fe3+ (8)

本発明の効果を示すために、3点曲げ試験法による水素誘起応力腐食割れ試験を行なった。この3点曲げ試験(JIS−H8711、ISO9591、ASTM−G39−73)とは、短冊型試験片に一定の弾性歪を3点支持の形状で与える方法である。短冊試験片(80mm×10mm×3mm)を冶具に保持した後に、中央部分にネジで一定のたわみを与える。今回、試験片として高強度低合金鋼(2.5%Cr−1%Mo−V−Ti−B鋼 V&M社製)に突合せ溶接部に歪0.5%を加えて試験を行なった。
【0062】
始めに、許容される硫化水素濃度について試験を実施した。試験条件は、試験材料として突合せ溶接した高強度鋼材(2.5%Cr−1%Mo−V−Ti−B鋼 V&M社製)と、比較材として低強度鋼材(1%Cr−0.5%Mo鋼 V&M社製)に、それぞれ歪0.5%を加えた。
【0063】
そしてポリテトラフルオロエチレン製のビーカに入れた化学洗浄液0.3Lに、前記試験材料を室温で3時間浸漬した。化学洗浄液の濃度は1%フッ化水素、硫化水素濃度10ppm,20ppm,30ppm,100ppmとした。
【0064】
この試験結果を次の表2に示す。この結果から明らかなように、溶接部硬さが350HVの高強度鋼材の溶接部が、溶存硫化水素30ppmで割れた。すなわち化学洗浄液中の溶存硫化水素の除去が必要であり、硫化水素濃度は30ppm未満に規制する必要があることが判明した。
【0065】

次に本発明の実施形態による効果を表3に示す。ラボ試験方法は前述した3点曲げ試験(JIS−H8711、ISO9591、ASTM−G39−73)で、材料は高強度鋼材(2.5%Cr−1%Mo−V−Ti−B鋼 V&M社製)突合せ溶接部を使用した。試験溶液は、1%フッ化水素+100ppm硫化水素の水溶液0.3Lとし、3価の鉄イオン濃度が0ppm、100ppm、200ppmの3種類に調整した。3点曲げ試験体(歪0.5%付加)を、前記試験溶液中に浸漬し、室温で3時間静置した。その後、溶接部の割れを調査した。
【0066】
この表から明らかなように、本発明の実施形態は鉄イオン濃度が200ppmでは、溶接部に割れは発生しなかったが、比較例1、2では鉄イオンを添加しても、硫化水素を残存していたために、高強度鋼材の溶接部が割れた。すなわち本発明の実施形態において、鉄イオンによる硫化水素の除去効果を確認した。
【0067】

本実施形態ではインヒビタとしてチオシアナート系硫黄化合物を含むものを使用したが、それ以外の硫黄化合物を含むインヒビタも使用可能である。
【0068】
また、硫化水素センサ31としては、金属硫化物法、吸光光度法、酸化還元電位法、イオンクロマト分析法、ガスクロマト法などいずれでも適用可能であるが、連続運転中の硫化水素測定には酸化還元電位法が好適である。
【0069】
本実施形態では、化学洗浄液からの硫黄や硫化鉄の分離・除去に沈降槽33を用いたが、活性炭製フィルタや膜分離などを採用しても構わない。前記沈降槽33を用いると化学洗浄液供給管7の管内圧力の損失が少なく、ポンプ動力を低減できるため好適である。
【0070】
高強度鋼材としては、クリープ強度が450MPa以上に調管した2.5%Cr−1%Mo−V−Ti−B鋼や9%Cr−1%Mo−Nb−V鋼で、溶接部硬さが300HV以上のものが好適である。
【0071】
ボイラ装置としては、本実施形態は還流ボイラ装置で説明したが、自然循環ボイラ装置やタワー型などすべての産業用ボイラ装置に適用可能である。
【0072】
以上のように本発明に係る高強度鋼材の伝熱管を備えたボイラ装置内の化学洗浄システムは、化学洗浄液中の溶存硫化水素を除去することにより、伝熱管などの損傷を防止することができる。さらに、硫化水素の除去により、作業中の硫化水素発生事故を未然に防止した安全性の高い化学洗浄システムである。
【符号の説明】
【0073】
1:給水タンク
2:酸タンク
3:インヒビタタンク
4:給水ポンプ
5:酸ポンプ
6:インヒビタポンプ
7:化学洗浄液供給管
8:高圧給水ヒータ
9:バルブ
10:循環ポンプ
11:節炭器
12:火炉
13:水冷壁
14:汽水分離器
15:ドレンタンク
16:天井壁
17:ゲージ壁
18:過熱器
19:再熱器
23:バルブ
24:高圧タービン
25:バルブ
26:バルブ
27:排水ピット
28:鉄イオン水タンク
29:鉄イオン水ポンプ
30:制御バルブ
31:溶存硫化水素センサ
32:化学洗浄液ポンプ
33:沈降槽
34:バルブ
35:硫黄、硫化鉄
36:硫化水素除去装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機酸と腐食抑制剤を含む化学洗浄液を供給する化学洗浄液供給系統と、
その化学洗浄液供給系統を通過する前記化学洗浄液中の溶存硫化水素濃度を測定する溶存硫化水素濃度測定手段と、
前記化学洗浄液供給系統を通過する前記化学洗浄液に鉄イオン水溶液を供給する鉄イオン水溶液供給系統と、
前記化学洗浄液への鉄イオン水溶液の供給によって生成した硫化鉄と硫黄を前記化学洗浄液供給系統から分離・除去する分離・除去手段と、
前記分離・除去手段により硫化鉄と硫黄を分離・除去した前記化学洗浄液をボイラ装置に供給して、ボイラ装置内を循環・洗浄するボイラ装置内洗浄系統を備え、
前記溶存硫化水素濃度測定手段によって測定された前記化学洗浄液中の溶存硫化水素濃度に基づいて、前記鉄イオン水溶液供給系統による前記化学洗浄液への鉄イオン水溶液の供給量が制御される構成になっていることを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。
【請求項2】
請求項1に記載のボイラ装置内の化学洗浄システムにおいて、
前記化学洗浄液への鉄イオン水溶液の供給は、化学洗浄液中の溶存硫化水素濃度が30ppm未満になるまで行なうことを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。
【請求項3】
請求項1または2に記載のボイラ装置内の化学洗浄システムおいて、
前記無機酸がフッ化水素水溶液であることを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載のボイラ装置内の化学洗浄システムおいて、
前記腐食抑制剤がチオシアナート系の硫黄化合物を含有していることを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載のボイラ装置内の化学洗浄システムおいて、
前記ボイラ装置に設けられている伝熱管が高強度鋼材で構成されていることを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。
【請求項6】
請求項5に記載のボイラ装置内の化学洗浄システムおいて、
前記高強度鋼材で構成された伝熱管の溶接部の硬さが300Hv以上であることを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。
【請求項7】
請求項5または6項に記載のボイラ装置内の化学洗浄システムおいて、
前記伝熱管が、2.5%Cr−1%Mo−V−Ti−B鋼または9%Cr−1%Mo−Nb−V鋼で構成された伝熱管であることを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。
【請求項8】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載のボイラ装置内の化学洗浄システムおいて、
前記分離・除去手段が、前記硫化鉄と硫黄を前記化学洗浄液供給系統から分離・除去するための沈降槽を備えていることを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。
【請求項9】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載のボイラ装置内の化学洗浄システムおいて、
前記化学洗浄液供給系統の化学洗浄液流通方向上流側に前記鉄イオン水溶液供給系統が接続され、その鉄イオン水溶液供給系統の化学洗浄液流通方向下流側に前記溶存硫化水素濃度測定手段が接続されていることを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項に記載のボイラ装置内の化学洗浄システムおいて、
前記分離・除去手段と前記ボイラ装置内洗浄系統の間に、前記化学洗浄液を所定の濃度に希釈する濃度調整手段が設けられていることを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。
【請求項11】
請求項1ないし10のいずれか1項に記載のボイラ装置内の化学洗浄システムおいて、
前記分離・除去手段により硫化鉄と硫黄を分離・除去した前記化学洗浄液をボイラ装置に供給する前に、前記化学洗浄液を加熱する加熱手段が設けられていることを特徴とするボイラ装置内の化学洗浄システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−241259(P2012−241259A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−114839(P2011−114839)
【出願日】平成23年5月23日(2011.5.23)
【出願人】(000005441)バブコック日立株式会社 (683)
【Fターム(参考)】