説明

ポリイミド繊維

【課題】ポリ(p-フェニレンピロメリットイミド)から主としてなる特定の配向度を有するポリイミド繊維を提供する。
【解決手段】主としてp-フェニレンジアミン成分とピロメリット酸とからなるポリイミドからなり、下記式(1)より求められるヘルマンの配向係数fcで表される分子鎖の平均配向度が0.90以上であることを特徴とするポリイミド繊維。
【数1】


(式中φはX線回折測定における方位角、Fは002結晶面の回折強度である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ(p-フェニレンピロメリットイミド)からなる特定の配向度を有するポリイミド繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
全芳香族ポリイミドは、耐熱性、化学的分解に対する耐性、機械的特性が優れていることがよく知られている。中でもポリ(p-フェニレンピロメリットイミド)が有望な材料である。というのも、この材料はヤング率の理論値が非常に大きいからである。さらに、この材料の重合に用いるモノマーは安価である。しかしこの材料の潜在的な可能性にもかかわらず、繊維軸に対して分子鎖がよく配向した繊維は得られていないため、従来技術ではヤング率の大きなポリ(p-フェニレンピロメリットイミド)繊維はまだ実現していない。
【0003】
例えば前躯体としてポリアミック酸エステルを用いて非プロトン性溶媒(例えばNMP)中の液晶溶液から紡糸することによって分子の配向度を大きくすることが試みられている(非特許文献1)。分子配向係数は計算されていないが、公表されている広角X線回折パターンから判断すると、配向度は中程度であった。そのため延伸された繊維をイミド化した後に得られたヤング率の最大値は37.5GPaにしかならなかった。また、ピロメリット酸二無水物と、3,4'-オキシジアニリンと、パラフェニレンジアミン前躯体ポリマーのコポリマーから、ヤング率の大きなポリイミド繊維が調製された(特許文献1)。この前躯体は、乾式紡糸法で紡績した。イミド化は、温度を高くしながら連続的に処理する間に起こった。フィラメントのヤング率と引っ張り強さは、675℃で最大値に達した(それぞれ88GPa、1400mN/tex)。別の一実施態様では、同様の方法でポリ(p-フェニレンピロメリットイミド)を調製し、紡績している。最大延伸倍率はかなり小さくなった。したがって得られたヤング率の最大値は57GPaであった。M.G. NortholtとR. van der Houtは、微結晶配向係数と、鎖と平行な方向の剪断ヤング率が、繊維集合体のヤング率を決定していることを示した(非特許文献2)。
【0004】
ゲル化したポリ(p-フェニレンピロメリットイミド)フィルムを二方向に引っ張ると分子の配向度が大きくなり、ヤング率が非常に大きなフィルムになることが示されており、ヤング率として20GPaを超える値が得られた(特許文献2)。
【0005】
【特許文献1】米国特許第4,640,972号明細書
【特許文献2】国際公開第01/081456号パンフレット
【非特許文献1】Neuber他、Macromol. symp.、2003年、第199巻、253〜265頁
【非特許文献2】Northolt、van der Hout、Polymer、1985年、第26巻、310〜316頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的はポリ(p-フェニレンピロメリットイミド)から主としてなる特定の配向度を有するポリイミド繊維を提供することである。また本発明の目的は該ポリイミド繊維よりヤング率が80GPaよりも大きい糸を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ポリアミック酸前躯体ポリマーをゲル化して膨潤した状態で延伸すると、ポリマー分子の平均配向度が大きくなり、特定の配向度を有し、ヤング率が80GPaよりも大きい糸を提供できることを見出し、本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の手段で構成される。
1.主としてp-フェニレンジアミン成分とピロメリット酸とからなるポリイミドからなり、下記式(1)より求められるヘルマンの配向係数fcで表される分子鎖の平均配向度が0.90以上であることを特徴とするポリイミド繊維。
【数1】

(式中φはX線回折測定における方位角、Fは002結晶面の回折強度である。)
2.ヤング率が80GPaよりも大きい、上記に記載のポリイミド繊維。
3.ポリアミック酸前躯体ポリマーを化学的にイミド化した後、元の長さの1.2〜3.5倍に延伸することによって製造される、上記に記載のポリイミド繊維。
4.繊維軸に沿った微結晶の見かけのサイズが20nm以上である上記に記載のポリイミド繊維。
5.繊維の結晶化度が90%以上である上記に記載のポリイミド繊維。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ポリ(p-フェニレンピロメリットイミド)から主としてなる分子の配向度の大きい繊維、より好ましくはさらにヤング率が大きい繊維が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、主としてp-フェニレンジアミン成分とピロメリット酸からなるポリイミドからなるポリイミド繊維である。すなわち以下の一般式で表わされる繰り返し単位からなるポリイミドを主成分とするポリイミド繊維である。
【化1】

【0011】
また上記単位の他、下記式
【化2】

の繰り返し単位を含むことも好ましい。
【0012】
本発明における特性パラメータは、実質的に互いに平行なフィラメント群からなるマルチフィラメント糸の物性を測定することによって求めることができる。
【0013】
微結晶の長手方向のサイズは、子午線広角X線回折パターンの(002)反射の半値幅(FWHM)を利用し、シェラーの式:
【数2】

を用いて計算した(ただし、Lは結晶のサイズ(オングストローム)であり、kは形状因子で1.0に等しく、λは波長で、Cu Kα1に関しては1.54056オングストロームであり、θはブラッグ角(θ)である)。
fc:ヘルマンの配向関数で表される結晶の配向係数は、広角X線回折パターンの(002)反射の平均方位角幅を利用し、下記式(1)
【数3】

より求めることができる。
コサインの二乗の平均は、
【数4】

で定義される。ここにφはX線回折測定における方位角、Fは002結晶面の回折強度であって、(002)反射の方位角X線回折走査によって測定される。
【0014】
本発明のポリイミド繊維は、結晶構造が高度に発達しており、繊維軸に対するポリマー分子の平均配向度が大きいことを特徴とし、ヘルマンの配向係数fcで表される分子鎖の平均配向度は0.90以上である。該平均配向度は好ましくは0.95以上である。
【0015】
本発明の分子の配向度が大きい芳香族ポリイミド繊維はヤング率が大きいことを特徴とする。本発明のポリイミド繊維のヤング率は好ましくは80Gpa以上である。より好ましくは100GPa以上である。
【0016】
本発明の芳香族ポリイミド繊維は結晶化度が大きいという特徴を有する。結晶化度は、D/Dcrによって定義される。ここでDは密度であり、Dcrは繊維の結晶密度である。Dは、浮力法によって測定する。2つの混和性液体からなる溶液の体積比を変化させ、繊維が溶液に浮かび始めるようにする。繊維の密度は、D =νaDa + νbDbとして表わされる。ただしνa、νbは、それぞれ成分A、Bが占める体積の割合であり、Da、Dbは、それぞれ対応する密度である。繊維の結晶密度は、繊維学会誌、第43巻、79ページ、1987年に掲載されたK. TashiroとM. Kobayashiの論文から1.60g/cm3を採用する。本発明のポリイミド繊維の結晶化度は90%を超えることが好ましい。
【0017】
本発明のポリイミド繊維は繊維軸に沿った微結晶の見かけのサイズが大きいことを特徴とする。本発明のポリイミド繊維の繊維軸に沿った微結晶の見かけのサイズは好ましくは20nm以上であり、好ましくは40nm以上である。
【0018】
以下本発明のポリイミド繊維の好ましい製造方法について説明する。ポリアミック酸前躯体ポリマーをゲル化して膨潤した状態で延伸することで本発明のポリイミド繊維を好ましく得ることができる。
【0019】
ポリアミック酸前躯体ポリマーは、非プロトン性溶媒(例えばDMAc、NMP、ピリミジン、あるいはこれらの混合物)の中で合成されて高分子量になる。このようなポリアミック酸は、(i)ピロメリット酸無水物と(ii)パラフェニレンジアミン(PPD)を含む無水酢酸成分を、典型的な低温重合条件下で反応させることによって得られる。反応条件は、無水に維持される必要がある。というのも、水が重合プロセスに悪い効果をもたらすからである。溶媒系中のポリアミック酸前躯体ポリマーの比は、2〜20重量%、好ましくは8〜14重量%である。追加溶媒を必要に応じて添加することにより、溶液の粘性率を特定の2つの限界値の間に収まるようにすることが重要である。ポリアミック酸の末端基はブロックすることが好ましい。末端基は、末端基ブロック剤を用いてブロックするとよい。ブロック剤の具体例として、無水フタル酸やその置換生成物が挙げられる。
【0020】
糸は、溶液の粘性率が30℃で1000〜8000ポアズである場合には、乾燥ジェット湿式紡糸によって好ましく紡糸できる。脱水剤と触媒(例えば無水酢酸とピリジン)をドープに対し、ドープ中のポリアミック酸単位のモル量を基準にして2:2〜6:6のモル比で添加する。紡糸用ドープに脱水剤と触媒を導入することが、凝固浴中で繊維を形成させるのに好ましい。
【0021】
-5℃未満の温度にて混合して真空中で脱ガスした後、ドープを紡糸ポンプによって紡糸口金に供給する。紡糸口金は、一般に、穴を1〜20個持っている。キャピラリーの直径は、100〜1000ミクロンである。紡糸温度は、0℃未満であることが好ましい。エアギャップを通じ、押し出されたドープを紡績し、少なくとも50%のドープ溶媒と、無水酢酸とピリジン(二環式第3アミンである1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)または4-(ピロリジノ)ピリジン(DMAP))の混合物とを含む凝固浴に入れる。前躯体ポリマーの化学的イミド化を促進するため、凝固浴の温度を紡糸キャップの温度よりもかなり高くする(例えば40℃〜60℃高くすることが好ましい)。ゲル化した繊維は、凝固浴の中でポリアミック酸の一部がコポリイソイミドに変換されることによって形成される。その後、ゲル化した繊維を元の長さの1.2〜3.5倍に延伸する。繊維の長さを一定にした状態で、繊維を160℃で乾燥させる。好ましい一実施態様では、前躯体繊維を非プロトン性溶媒の沸点よりも10℃高い温度で少なくとも6分間にわたって乾燥させる。最後に、一定の長さの繊維を300〜550℃の温度で数分間にわたってアニールすることにより、コポリイソイミド構造をイミド構造に変換する。
【実施例】
【0022】
以下の実施例において本発明をさらに詳しく説明する。
(1)ポリアミド酸の対数粘度:NMP中ポリマー濃度0.5g/100mlで35℃で測定したものである。
(2)ポリアミド酸ドープの粘性率:B型粘度計で測定した値である。
(3)機械特性:オリエンテック株式会社製テンシロン万能試験機1225Aにより引っ張り強度、ヤング率を求めた。
【0023】
[実施例1]
約10重量%のポリマーを含む紡糸用ドープを以下のようにして調製した。無水条件下で、13.66gのパラフェニレンジアミン(0.126モル)を360mlの乾燥N-メチルピロリドン(NMP)に溶かした。この溶液を冷却し(0℃未満)、大きな回転速度で撹拌しながら、あらかじめ乾燥させたピロメリット酸二無水物27.56g(0.126モル)を添加した。10℃にて1時間にわたって重合させると、高粘度のドープが得られた。その見かけの粘性率は3400ポアズであった(30℃で測定)。このドープをN2雰囲気下で室温にて保管した。
【0024】
溶媒中にポリマーが4%濃度である溶液を、紡糸機械のドープ・タンクの中で、反応生成物を19.94g(0.2525モル)のピリジンおよび15.00g(0.1516モル)の無水酢酸と混合して調整した。溶媒中にポリマーが10%である濃度溶液を、紡糸機械のドープ・タンクの中で、反応生成物を49.77g(0.63モル)のピリジンおよび49.89g(0.504モル)の無水酢酸と混合して調整した。
【0025】
ドープが早くゲル化するのを防ぐため、調製と紡糸の間、ドープ・タンクの温度を-5℃未満に維持した。ドープをパドル式舵によって2時間にわたって混合し、混合後にドープ・タンクを真空にすることによって脱ガスした。紡糸ライン、紡糸ポンプ、紡糸口金の温度は、紡糸実験の間、0℃未満に維持した。ドープを紡糸ポンプに供給し、直径が600ミクロンの単一の穴からなる紡糸口金を通じて押し出した。エアギャップの大きさは2cmであった。その主な機能は、低温の紡糸口金と高温の凝固浴を分離することである。凝固浴は、無水NMP:無水酢酸:ピリジンの体積比が50:35:15であり、温度は60℃であった。浴中の滞在時間は、15秒〜45秒の範囲で変えた。ゲル化した繊維を、縮合剤を添加せずに2つのローラー・セット間で引っ張った。繊維を第1のローラー・セット上に10倍に重ねてさらにゲル化させた後、引っ張った(滞在時間は30〜90秒)。延伸は、高温にて第1のローラー・セットと第2のローラー・セットの間で延伸倍率が1〜2.5になるように行なった。ローラー・セット間の空気を50℃に加熱した。繊維をフレームに巻き取り、160℃にて6分間にわたって乾燥させることによって溶媒を蒸発させた。400℃で20分間熱処理することにより、アニールを行なった。加水分解を防ぐため、乾燥とアニールはN2雰囲気下で実施した。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0026】
[実施例2〜5、8]
実施例1と同様に、ポリマー10重量%の溶液を調製し、実施例1に記載したのと同様に表1に示すアニーリング条件で各々紡糸した。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0027】
[実施例6、7、9]
約4重量%のポリマーを含む紡糸用ドープを以下のようにして調製した。無水条件下で、5.46gのパラフェニレンジアミン(0.0505モル)を380mlの乾燥N-メチルピロリドン(NMP)に溶かした。この溶液を冷却し(0℃未満)、大きな回転速度で撹拌しながら、あらかじめ乾燥させたピロメリット酸二無水物11.03g(0.0505モル)を添加した。10℃にて1時間にわたって重合させると、高粘度のドープが得られた。その見かけの粘性率は4000ポアズであった(30℃で測定)。このドープをN2雰囲気下で室温にて保管した。実施例1と同様に、表1に示すアニーリング条件で各々紡糸した。得られた繊維の物性を表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
[実施例10〜14]
N,N-ジメチルアセトアミド(DMAC)中4重量%のポリマー溶液を調製し、実施例1に記載したのと同様に、表2に示すアニーリング条件で各々紡糸した。得られた繊維の物性を表2に示す。
【0030】
【表2】

【0031】
[実施例15]
実施例1と同様にドープを調製し、延伸倍率を各々変えて紡糸し、分子配向度を測定した。図1にその結果を示す。図1から、ゲル延伸倍率を大きくすることが、大きな分子配向度を得るのに非常に効果的であることがわかる。この図1のすべてのサンプルは、長さを一定にして160℃にて6分間にわたって乾燥させ、400℃にて5分間にわたってアニールした。凝固浴中の滞在時間と押し出し速度は、サンプルごとに変えた。図2のグラフは、結晶の配向度が繊維のヤング率と強く相関していることを示している。
【0032】
[比較例1〜2]
ピリジンと無水酢酸をドープに添加しなかったことを除き、実施例1と同様に、ポリマー濃度10%の紡糸用ドープを調整し、室温で紡糸した。凝固浴は、50℃で無水NMP:水の体積比が50:50であった。凝固後繊維を水中で室温にて延伸し、表中に示す温度で乾燥とアニールはN2雰囲気下で6分間実施した。得られた繊維の物性を表3に示す。
【0033】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施例15の延伸倍率が分子配向度に及ぼす効果を示すグラフである。
【図2】実施例15の結晶の配向度と繊維のヤング率が強く相関していることを示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主としてp-フェニレンジアミン成分とピロメリット酸とからなるポリイミドからなり、下記式(1)より求められるヘルマンの配向係数fcで表される分子鎖の平均配向度が0.90以上であることを特徴とするポリイミド繊維。
【数1】

(式中φはX線回折測定における方位角、Fは002結晶面の回折強度である。)
【請求項2】
ヤング率が80GPaよりも大きい、請求項1に記載のポリイミド繊維。
【請求項3】
ポリアミック酸前躯体ポリマーを化学的にイミド化した後、元の長さの1.2〜3.5倍に延伸することによって製造される、請求項1または2に記載のポリイミド繊維。
【請求項4】
繊維軸に沿った微結晶の見かけのサイズが20nm以上である請求項1〜3のいずれかに記載のポリイミド繊維。
【請求項5】
繊維の結晶化度が90%以上である請求項1〜4のいずれかに記載のポリイミド繊維。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−328556(P2006−328556A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−149468(P2005−149468)
【出願日】平成17年5月23日(2005.5.23)
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【Fターム(参考)】