説明

ポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲルの製造方法

【課題】柔軟性および含水量について性能が向上した、生体適合性の創傷被覆材に適する材料を提供する。
【解決手段】ポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲルの製造方法であって、ポリビニルアルコールの濃度が1〜8重量%、ポリ(γ−グルタミン酸)塩の濃度が0.5〜10重量%になるよう、ポリビニルアルコール水溶液とポリ(γ−グルタミン酸)塩水溶液とを混合し、前記混合液を凍結し、前記凍結された混合液を溶融させるというサイクルを1回以上繰返して、前記複合ゲルを得る。この製造方法により得られた複合ゲルは、柔軟性および含水量について性能が向上している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、火傷、外傷、腫瘍などを治療する際、患部を被覆して保護するために創傷被覆材が用いられている。このような創傷被覆材の材料としては、創傷面に与える刺激をできるだけ少なくし、かつ、創傷面を適度な水分状態に保ちうるよう含水量が適度に高く、かつ、創傷面に適切に沿うよう柔軟な材料が望まれている。このような材料としては、ポリウレタン、アルギン酸、ハイドロファイバー、ハイドロポリマー、ハイドロゲル、ハイドロコロイドなどが挙げられている。
【0003】
前記のような創傷被覆材として、さらに、生分解性を有する材料が報告されている。このような生分解性の創傷被覆材としては、例えば、ポリ(γ−グルタミン酸)塩と、キトサンまたはその誘導体との複合体(例えば、特許文献1参照)、ポリ(γ−グルタミン酸)塩架橋体(例えば、特許文献2参照)が知られている。しかしながら、これらの材料の製造において、試薬の添加や特別な装置が必要であったり、また、柔軟性が低かったり、含水量が低い場合があった。そこで、創傷被覆材としては、安全かつ簡易な方法で、さらに性能が向上した材料が求められていた。
【0004】
安全かつ簡易な方法で創傷被覆材を得る方法として、ポリビニルアルコールの高濃度高温水溶液とポリ(γ−グルタミン酸)塩の高濃度高温水溶液とを混合して室温冷却して複合ゲルを得る方法が知られていた(例えば、非特許文献1参照)。この方法は物理的な方法であるため、安全かつ簡易な方法と考えられる。しかしながら、この方法により得られる複合ゲルは、前記複合ゲル中のポリビニルアルコールの濃度が高いために柔軟性に乏しく、さらに、含水量が低いなどの理由で創傷被覆材としての使用が困難であった。そのため、これらの性能が向上した材料が求められていた。
【特許文献1】特開平11−276572号公報
【特許文献2】特開2005−348881号公報
【非特許文献1】Wen−Ching Linら、「Blood compatibility of novel poly(γ-gultamic acid)/polyvinyl alcohol hydrogels」、Colloids and Surfaces B: Biointerfaces、2006年、第47巻、p43〜49
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、柔軟性および含水量について性能が向上した、創傷被覆材に適する材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、ポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲルの製造方法であって、ポリビニルアルコールの濃度が1〜8重量%、ポリ(γ−グルタミン酸)塩の濃度が0.5〜10重量%になるよう、ポリビニルアルコール水溶液とポリ(γ−グルタミン酸)塩水溶液とを混合し、前記混合液を凍結し、前記凍結された混合液を溶融させるというサイクルを1回以上繰返して、前記複合ゲルを得ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法により、柔軟性および含水量について性能が向上した、創傷被覆材に適する材料を得ることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
また、本発明は、本発明の製造方法により得られたポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲルである。
【0009】
また、本発明は、本発明のポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲルを含む創傷被覆材である。
【0010】
本発明において、ポリビニルアルコールは、重合度が、例えば500〜5000であり、好ましくは1000〜4000であり、より好ましくは2000である。また、ポリビニルアルコールのけん化度は、例えば、90mol%以上であり、好ましくは95mol%以上であり、より好ましくは98mol%以上である。
【0011】
本発明において、ポリ(γ−グルタミン酸)塩は、分子量が、例えば50〜10000kDであり、好ましくは500〜7000kDであり、より好ましくは2000kDである。前記ポリ(γ−グルタミン酸)塩は、例えば、ポリ(γ−グルタミン酸)と、アルカリ金属(リチウム、ナトリウム、カリウム等)またはアルカリ土類金属(マグネシウム、カルシウム、バリウム等)との塩であり、好ましくはポリ(γ−グルタミン酸)と、ナトリウムとの塩である。ポリ(γ−グルタミン酸)塩は、ポリ(γ−グルタミン酸)と塩基性化合物を反応させることにより製造することができる。具体的には、ポリ(γ−グルタミン酸)塩は、ポリ(γ−グルタミン酸)の水分散液中に、室温にて炭酸水素ナトリウム、炭酸アンモニウム、水酸化ナトリウム等の水溶液または粉末を添加し、混合し、凍結乾燥することにより製造することができる。ポリ(γ−グルタミン酸)は、グルタミン酸がγ結合により結合したものであり、発酵法により製造することができる。発酵法で用いる微生物としては、ポリ(γ−グルタミン酸)生産能を有するBacillus属に属する微生物が挙げられ、例えば、Bacillus subtilis、Basillus anthracis、Bacillus licheniformis等が挙げられる。ポリ(γ−グルタミン酸)の構成成分であるグルタミン酸は、D体のみ、L体のみ、およびD体とL体の混合物であってもよく、好ましくはD体とL体の混合物である。
【0012】
本発明において、ポリビニルアルコールの水溶液と、ポリ(γ−グルタミン酸)塩の水溶液の溶媒である水としては、例えば、脱イオン水、精製水、MilliQ水(ミリポア社製の超純粋製造装置MilliQ(登録商標)を用いて精製した水)、生理食塩水、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液等が挙げられる。好ましくは脱イオン水である。
【0013】
本発明は、従来より知られていた、ポリビニルアルコールの凍結融解サイクルによるゲル形成の原理を用いている。具体的には、ポリビニルアルコール溶液を−20℃で凍結させ、室温で溶融させ、このサイクルを3〜10回繰り返すことにより、ポリビニルアルコールのゲルが形成する。
【0014】
本発明において、ポリビニルアルコール水溶液とポリ(γ−グルタミン酸)水溶液とを混合して、ポリビニルアルコールの濃度が1〜8重量%、ポリ(γ−グルタミン酸)塩の濃度が0.5〜10重量%になるようにする。このポリビニルアルコールの濃度は、好ましくは1.5〜7.5重量%、より好ましくは2 〜7重量%である。また、このポリ(γ−グルタミン酸)塩の濃度は、好ましくは1〜8重量%、より好ましくは1.5〜5重量%である。
【0015】
本発明において、混合前のポリビニルアルコールの水溶液は、例えば1〜20重量%であり、好ましくは2〜15重量%であり、より好ましくは3〜10重量%である。前記ポリビニルアルコールの水溶液は、例えば、ポリビニルアルコールの粉末を水に溶解させて調製することができる。前記溶解の際の温度は特に限定されないが、例えば、40〜100℃、好ましくは60〜97℃、より好ましくは80〜95℃である。
【0016】
本発明において、混合前のポリ(γ−グルタミン酸)塩の水溶液は、例えば0.5〜30重量%であり、好ましくは1〜20重量%であり、より好ましくは1〜15重量%である。前記ポリ(γ−グルタミン酸)塩の水溶液は、例えば、ポリ(γ−グルタミン酸)塩の粉末を水に溶解させて調製することができる。前記溶解の際の温度は特に限定されないが、室温で溶解させることが好ましい。
【0017】
本発明において、前記ポリビニルアルコールの水溶液と、前記ポリ(γ−グルタミン酸)塩の水溶液との混合比は、ポリビニルアルコール水溶液とポリ(γ−グルタミン酸)水溶液とを混合した後、前記所定の濃度になるよう、適宜調整することができる。例えば、前記ポリビニルアルコールの水溶液と、前記ポリ(γ−グルタミン酸)塩の水溶液との混合比は、前記ポリビニルアルコールの水溶液:前記ポリ(γ−グルタミン酸)塩の水溶液の重量比が、例えば、1:0.1〜10、好ましくは1:0.15〜 8、より好ましくは1:0.2〜5である。
【0018】
本発明において、前記ポリビニルアルコールの水溶液と、前記ポリ(γ−グルタミン酸)塩の水溶液とを混合する際の温度は特に限定されないが、室温で混合することが好ましい。
【0019】
前記ポリビニルアルコールの水溶液と、前記ポリ(γ−グルタミン酸)塩の水溶液との混合液を凍結する際の温度は、混合液が凍結できれば特に限定されないが、例えば−70〜−5℃、好ましくは−60〜−10℃、より好ましくは−40℃〜−15℃である。その凍結時間も特に限定されないが、例えば、2〜48時間、好ましくは4〜 24時間である。
【0020】
本発明において、前記凍結された混合液を溶融させる際の温度は、前記混合液が溶融できれば特に限定されないが、室温が好ましい。その溶融時間も特に限定されないが、前記凍結された混合液を自然に溶融させる程度の時間が望ましい。
【0021】
前記混合液を凍結し、その後、前記凍結された混合液を溶融させる工程を、1サイクルとする。本発明の製造方法では、このサイクルを1回以上繰り返し、例えば1〜20サイクル繰返し、好ましくは1〜15サイクル繰返し、より好ましくは1〜10サイクル繰返す。
【0022】
本発明の製造方法によれば、ポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲルが製造できる。また、本発明の複合ゲルは、一旦水に膨潤させた後、凍結乾燥させて水を除去し、その後、水に膨潤させる場合にも型崩れせず、吸水能力が高いのが好ましい。
【0023】
また、本発明の複合ゲルは、貯蔵弾性率(G')が、例えば30〜2000Pa、好ましくは40〜1500Pa、より好ましくは50〜1000Paである。本発明の複合ゲルの貯蔵弾性率が30〜2000Paである場合、創傷被覆材として適度な強度と柔軟性が得られるからである。前記貯蔵弾性率は、例えば、一定のひずみ振幅または一定の応力振幅の下、サンプルに振動刺激を与え、そのサンプルの弾性的な応答を調べることにより、測定できる。
【0024】
また、本発明の複合ゲルは、ポリ(γ−グルタミン酸)塩を放出する能力を有するのが好ましい。このようにポリ(γ−グルタミン酸)塩を放出できれば、創傷の治癒を促進できるからである。
【0025】
また、本発明は、前記のように、本発明のポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲルを含む創傷被覆材である。前記複合ゲルは、フィルムの形態であってもよい。
【0026】
また、本発明の創傷被覆材は、さらに、創傷治癒促進剤、抗菌剤等の活性物質を含んでもよい。このような活性物質を含むことにより、前記損傷被覆剤から前記活性物質を徐放性放出する可能性があるからである。
【0027】
以下に本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は、以下の実施例により限定されない。
本明細書の記載において、以下の略語を使用する。
PGA:ポリ(γ−グルタミン酸)
PVA:ポリビニルアルコール
PGANa:ポリ(γ−グルタミン酸ナトリウム)
本発明で用いた、PGANa(Mw=2000kD)はBioleaders社、ジェノラックBL社製、微生物発酵法由来のPGA(Mw=2000kD)を、炭酸水素ナトリウムで中和したものである。また、PVAは、重合度2000、けん化度98%の和光純薬株式会社製のPVAを用いた。
【実施例1】
【0028】
PVA(0.2g)を95℃で3時間保温することにより水に溶解させ、5重量%PVA水溶液を調製した。PGANa(0.2g)を室温で水に溶解させ、5重量%PGANa水溶液を調製した。5重量%PVA水溶液と5重量%PGANa水溶液とを重量比1:1で室温で混合して、PVA濃度が2.5重量%、PGANa濃度が2.5重量%の混合液を得た。この混合液を容器に分け入れ、密封し、−20℃で23時間冷却して凍結させた。その後、前記凍結した混合液を、室温で1時間静置して、溶融させた。前記凍結および溶融を1サイクルとし、このサイクルを1〜12回繰り返してそれぞれのサイクル回数の複合ゲルを得た。
【実施例2】
【0029】
PGANa水溶液の濃度を2重量%にし、PVA濃度が2.5重量%、PGANa濃度が1重量%の混合液を得た以外は、実施例1と同様にして行った。
【実施例3】
【0030】
PGANa水溶液の濃度を10重量%にし、PVA濃度が2.5重量%、PGANa濃度が5重量%の混合液を得た以外は、実施例1と同様にして行った。
【実施例4】
【0031】
PVA水溶液の濃度を10重量%に、PGANa水溶液の濃度を10重量%にし、PVA濃度が5重量%、PGANa濃度が5重量%の混合液を得た以外は、実施例1と同様にして行った。
【実施例5】
【0032】
PVA水溶液の濃度を10重量%に、PGANa水溶液の濃度を20重量%にし、PVA濃度が5重量%、PGANa濃度が10重量%の混合液を得た以外は、実施例1と同様にして行った。
【0033】
[比較例1]
PVA(0.4g)を95℃で3時間保温することにより水に溶解させ、5重量%PVA水溶液を調製した。この水溶液を容器に分け入れ、密封した。この混合液を−20℃で23時間冷却して凍結させた。その後、前記凍結した混合液を、室温で1時間静置して、溶融させた。前記凍結および溶融を1サイクルとし、このサイクルを1〜12回繰り返してそれぞれのサイクル回数のゲルを得た。
【0034】
[比較例2]
PVA水溶液の濃度を2.5重量%にした以外は、比較例1と同様にして行った。
【0035】
[比較例3]
PVA水溶液の濃度を10重量%にした以外は、比較例1と同様にして行った。
【0036】
[ゲルの物性]
実施例1〜5および比較例1〜3で得られたゲルについて、貯蔵弾性率、再膨潤能力、およびPGANa放出特性を測定した。なお、実施例1〜5で得られた複合ゲルおよび比較例1〜3で得られたゲルの材料は、以下の表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
(1)貯蔵弾性率
貯蔵弾性率(G')は、粘度・粘弾性測定装置レオストレス1(独国Thermo Haake社製)を用いて測定した。得られた複合ゲルまたはゲルの直径16mm、厚さ3mmの円盤状サンプルを準備した。測定には20mm径のパラレルプレートを使用した。サンプルは、せん断応力τ0=10Pa、測定ギャップ1.0mm、25℃の条件で、0.1〜5Hzの周波数依存性を測定した。
【0039】
得られた結果を、図1に示す。図1(a)は実施例1で得られた複合ゲル、図1(b)は実施例2で得られた複合ゲル、図1(c)は、実施例3で得られた複合ゲル、図1(d)は、比較例1で得られたゲルについて、サイクル1、2、4、6、8、10および12回のゲルについて測定した貯蔵弾性率を示す。尚、(b)と(d)はサイクル1回のデータを図示していない。各図において、横軸は測定周波数、縦軸は貯蔵弾性率G’を示す。各図に示すように、サイクル回数が多いほど、G’が高くなり、丈夫で高い架橋度のゲルであることが確認できた。なお、図示しないが、実施例5ではフィルムに近い状態のゲルシートが形成された。比較例1では、サイクル回数が多くなるほどG’が著しく高くなり、即ち、柔軟性が低くなることが確認できた。なお、比較例2の低濃度PVAの場合、相分離が起こったために均一なゲル形成されなかった。比較例3のサイクル1回で得られたものは、粘性が高い溶液であった。
【0040】
図1(a)、図1(b)および図1(c)に示すように、PVAとPGANaとを混合してサイクルを1〜12回繰り返すことにより、貯蔵弾性率が高いゲルが得られることが確認できた。ゲル形成の理由は不明だが、PVAとPGANaとの間の相互作用(水素結合)に因ると推測できる。また、図1(c)に示すように、高濃度のPGANaを含む混合液を用いる場合、6サイクル以上では、サイクルの回数を増やしても貯蔵弾性率はある一定値のまま、大きな変化がないことが確認できた。
【0041】
(2)再膨潤能力
再膨潤能力を、以下のようにして測定した。作製直後の湿潤状態のゲルの重量をまず測定した。この重量をW0とする。この湿潤状態のゲルを凍結乾燥させた後、重量を測定した。この重量をWdとし、元膨潤度を式(W0−Wd)/Wdにより算出した。この元膨潤度は、図中、「swell ratio」印で示す。次に、凍結乾燥させたゲルを再度水に膨潤させ、そのゲルの重量を測定した。この重量をW1とし、二次膨潤度を式(W1−Wd)/Wdにより算出した。この二次膨潤度は、図中、「reswell ratio」印で示す。
【0042】
得られた結果を図2に示す。図2(a)は、実施例4で得られた複合ゲル、図2(b)は比較例1で得られたゲル、図2(c)は比較例3で得られたゲルについて、サイクル1〜6回のそれぞれについて、測定した元膨潤度と二次膨潤度を示す(図2(b)中サイクル1回のゲルについては未測定)。各図において、横軸はサイクル回数、縦軸は膨潤度である。
【0043】
前記図2(b)および図2(c)に示すように、比較例のゲルは、二次膨潤度が元膨潤度よりはるかに低いことを確認した。この現象は、ゲルが一旦凍結乾燥すると収縮し、その後再膨潤させても吸水しにくくなったことを意味する。この理由は不明であるが、以下のように推測している。一旦ゲルが凍結乾燥すると、水分の蒸発によりポリマー分子鎖の距離が近づき、その結果、ゲルの結晶化が進み、ゲルは縮む。そのため、水に再膨潤させた場合、ゲルは吸水しにくくなり、再膨潤の倍率が大幅に減少するからである。
【0044】
前記図2(a)に示すように、実施例のゲルは、二次膨潤度と元膨潤度がほとんど同じであることが確認できた。すなわち、本発明の複合ゲルは、一旦乾燥しても、元通り繰返し膨潤することが可能である。この理由は不明であるが、実施例のようにPVAとPGANaの2種類のポリマーがゲル中に存在する場合、PGANa分子鎖がPVA分子鎖の間の空間を占領するため、乾燥によるPVA分子鎖の結晶化の進展を抑制できるからである。また、PGANaは、それ自体、非常に高い吸収能力を有するため、水分の再吸収を促進する。
【0045】
(3)PGANa放出特性
PGANa放出特性は、以下のようにして測定した。まず、作製直後の湿潤状態のゲルの重量を測定した。この重量をW0とする。この湿潤状態のゲルを凍結乾燥させ、重量を測定した。この重量をWdとする。次に、凍結乾燥させたゲルを再度水に2日間膨潤させて膨潤ゲルを得た。この膨潤ゲルを再度凍結乾燥させ、その重量を測定した。この重量をWd1とする。
【0046】
PVAとPGANaの総質量濃度x%と、前記W0、Wdとを用い、作製収率としては、式Wd/(W0x%)により算出した。作製収率は、図中、「Yield」印で示す。また、再膨潤収率は、式Wd1/Wdにより算出した。再膨潤収率は、図中、「reswell Yield」印で示す。得られた結果を図3に示す。図3(a)は、実施例1で得られた複合ゲル、図3(b)は実施例3で得られた複合ゲル、図3(c)は実施例4で得られた複合ゲルについて、サイクル2、4、6および8回のそれぞれについて、作製収率と再膨潤収率を示す。各図において、横軸はサイクル回数、縦軸は収率である。
【0047】
前記図3(a)、図3(b)、および図3(c)に示すように、実施例1、3および4で得られた複合ゲルにおいて、作製収率と比較して再膨潤収率が大幅に低下していることが確認できた。この結果から、実施例の複合ゲルにおいて、架橋体との結合が弱いPGANaと少量のPVAが放出されていることが推測される。
【実施例6】
【0048】
PVA(0.5g)を95℃で3時間保温することにより水に溶解させ、5重量%PVA水溶液を調製した。PGANa(1g)を室温で水に溶解させ、10重量%PGANa水溶液を調製した。5重量%PVA水溶液と10重量%PGANa水溶液とを重量比1:1で室温で混合して、PVA濃度が2.5重量%、PGANa濃度が5重量%の混合液を得た。この混合液を、オートクレーブで110℃、10分間滅菌処理した。滅菌されたキュプラ繊維不織布(株式会社アサヒ興洋製油こし紙)を縫合に対する補強のために用意した。前記不織布を、予め滅菌されたモデル容器の底に敷き、無菌条件下で、前記滅菌した混合液を分け入れた。その後、閉塞状態でこの混合液を−20℃で23時間冷却して凍結させた。その後、前記凍結した混合液を、室温で1時間静置して、溶融させた。前記凍結および溶融を1サイクルとし、このサイクルを1回のみ行って複合ゲルのシート(3.5cmの円形状)を得た。得られた複合ゲルシートの写真を図4(a)に示す。
【実施例7】
【0049】
サイクルを6回行う以外は、実施例6と同様に行った。得られた複合ゲルシートの写真を図4(b)に示す。
【0050】
[比較例4]
PVA(1.5g)を95℃で3時間保温することにより水に溶解させ、7.5重量%PVA水溶液を調製し、さらにオートクレーブで110℃、10分間滅菌処理した。縫合に対する補強のために滅菌されたキュプラ繊維不織布(株式会社アサヒ興洋製油こし紙)を予め滅菌されたモデル容器に敷き、無菌条件下で、前記PVA水溶液を分け入れた。閉塞状態で前記凍結溶融を6サイクル行った。得られたゲルシートの写真を図4(c)に示す。
【0051】
図4(a)、図4(b)および図4(c)に示すように、実施例6および7ならびに比較例4で得られたゲルシートは、白色湿潤ゲルであることが確認できた。
【0052】
[ラット皮膚全層欠損モデルでの被覆材の評価]
ウイスターラット背部に1.5cm×1.5cmの皮膚組織全層欠損を左右対称に二箇所作製した。ラットは4匹用意した。1匹目のラット(rat1)の二箇所の欠損部位を比較例4で製造したゲルシートと、実施例7で製造したゲルシートそれぞれで覆い、四隅を縫合して固定した。2匹目のラット(rat2)の二箇所の欠損部位は、実施例6で製造したゲルシートと、対照として滅菌ガーゼそれぞれで覆い、四隅を縫合して固定した。3匹目のラット(rat3)については、実施例7で製造したゲルシートと実施例6で製造したゲルシートを、4匹目のラット(rat4)については、滅菌ガーゼと比較例4で製造したゲルシートを、前記と同様にして固定した。固定されたゲルシートまたは滅菌ガーゼの上に保水シート(Bioclusive Transparent dressing、ジョンソン&ジョンソン社製、透明粘着シール)を貼付し、テープで固定した。1週間後にrat1とrat2の、2週間後にrat3とrat4の、固定テープと保水シートを剥がしてから、前記ゲルシートとその周囲組織を一体として摘出した。
【0053】
摘出された組織から、前記ゲルシートを剥がして、創傷部位のサイズを測定し、創傷部位の面積を得た。対照として用いたガーゼは組織に強く癒着して剥がすことが困難であったため、前記ガーゼの下から傷の周囲長より創部のサイズを測定し、創傷部位の面積を得た。また、定法に従って、前記摘出された組織を固定した後にパラフィン包埋して、創傷部位を横断するように切片を作製した。前記切片をHE(ヘマトキシリン・エオシン)染色後、顕微鏡で観察した。さらに、炎症反応の評価として、マクロファージのマーカーである組織中のCD68を免疫染色することにより、創傷部位における生体反応を評価した。
【0054】
この複合ゲルシートは、保水シートと組み合わせることにより、1週間程度、湿潤環境を保った。実施例6、7および比較例4で製造したそれぞれのゲルシート、ならびに滅菌ガーゼを貼付た1週間後の創傷部位の再生状態の外観写真をそれぞれ図5(a)、図5(b)、図5(c)および図5(d)に、2週間後の創傷部位の再生状態の外観写真をそれぞれ図5(e)、図5(f)、図5(g)および図5(h)に示す。
【0055】
また、ラット皮膚全層欠損モデルへの適応実験について、処置後の創傷部位の面積と、処置時の創傷部位の面積(2.25cm2)に対する処置後の創傷部位面積の割合を表2に示す。
【0056】
【表2】

【0057】
前記図5と表2に示すように、実施例の6および7で製造したゲルシートを用いると、迅速な組織再生により、創傷部位の面積が著しく減少し、顕著な治癒効果が確認できた。比較例4で製造したゲルシートを用いた場合、1週間後では、基底膜様の組織は再生したが、皮膚組織様の組織は殆ど再生しないことが確認できた。また、2週間後では、乾燥によりゲルシートが硬くなり、周囲皮膚組織に対して、物理的な刺激、あるいは、創傷を与えており、その結果、膿も確認された。一方、滅菌ガーゼを用いた場合、著しい癒着が確認された。
【0058】
図6(a)および図6(b)はそれぞれ滅菌ガーゼを貼付した1週間後および2週間後の摘出組織のHE染色像を示す。HE染色で青く染色された部分が繊維芽細胞や炎症系細胞の核であり、赤く染色された部分が主にコラーゲン繊維である。図6(a)および図6(b)に示すように、再生してきた細胞がガーゼ繊維の隙間に入り、著しい癒着が生じていた。また、2週間後の結果では、ガーゼ繊維の周囲に著しい炎症が生じていることが確認できた。図6(a)および図6(b)に示すように、創傷部位がガーゼで覆われると、繊維構造内への組織の浸潤が表皮組織の再建を抑制して、その結果、傷の回復の障害となることが示唆された。
【0059】
図7(a)は、実施例6で製造したゲルシートを貼付した1週間後の摘出組織のHE染色像を、図7(b)は実施例7で製造したゲルシートを貼付した1週間後の摘出組織のHE染色像を示す。図7(a)および図7(b)に示すように、いずれの場合も顕著な再生が確認できた。図中、周囲より青く見える領域が創傷部位である。この部分では、激しい生体応答が起こり、炎症系細胞の盛んな遊走が確認される。一方、その領域にも、赤く染色された組織が縞状に認められる。この領域では、線維芽細胞の浸潤に伴うコラーゲンの産生が活発である。さらに、実施例6で製造したゲルシートの場合では、実施例7の場合より残存した創部面積が小さく、かつ、コラーゲン産出が活発であることが確認できた。この理由は不明であるが、以下のように推測している。実施例6で製造したゲルシートは、実施例7よりサイクル(凍結溶融)の回数が少ないため、架橋の度合いが低く、その結果、PGAの放出速度が速く、その結果、PGAの放出速度が速く、治癒が促進されたと考えられる。
【0060】
図8(a)および図8(b)は、それぞれ、実施例6および実施例7で製造したゲルシートを貼付した1週間後の摘出組織のCD68免疫染色像を示す。図中、褐色に染色されたのはマクロファージである。図8に示すように、実施例6で製造したゲルシートの場合では、実施例7の場合よりCD68陽性の細胞が明らかに多いことが確認できた。この理由は不明であるが、前記のように実施例6で製造したゲルシートからの迅速なPGANaの放出が、マクロファージの遊走を誘発したと考えられ、その結果、治癒の促進に寄与したものと推測できる。
【0061】
従って、本発明の複合ゲルを含む創傷被覆材が、創傷治癒に有用であることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の方法は、工業製品、住宅用品、生活用品および他の医療材料への適用が考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】図1は、ゲルについて、サイクルと貯蔵弾性率との関係を示したグラフである。図1(a)は実施例1で得られた複合ゲル、図1(b)は、実施例2で得られた複合ゲル、図1(c)は、実施例3で得られた複合ゲル、図1(d)は、比較例1で得られたPVA単独ゲル、について、サイクル回数1、2、4、6、8、10および12回のゲルについて測定した貯蔵弾性率を示す。尚、図1(a)と図1(b)においてはサイクル1回のデータを図示していない。
【図2】図2は、サイクル数と元膨潤度および二次膨潤度との関係を示したグラフである。図2(a)は、実施例4で得られた複合ゲル、図2(b)は比較例1で得られたゲル、図2(c)は比較例3で得られたゲルについて、サイクル1〜6回のそれぞれについて、測定した元膨潤度および二次膨潤度を示す。尚、(b)中はサイクル1回のデータを図示していない。
【図3】図3は、サイクル数と作製収率および再膨潤収率との関係を示したグラフである。図3(a)は、実施例1で得られた複合ゲル、図3(b)は実施例3で得られた複合ゲル、図3(c)は実施例4で得られた複合ゲルについて、サイクル2、4、6および8回のそれぞれについて作製収率および再膨潤収率を示す。
【図4】図4は、ラット皮膚全層欠損モデルの貼付実験に用いたゲルシートの写真である。図4(a)は実施例6のゲルシート、図4(b)は実施例7のゲルシート、図4(c)は比較例4のゲルシートの写真である。
【図5】図5は、ラット皮膚全層欠損モデルの貼付実験における、1および2週間後の再生状況の外観写真を示した写真である。図5(a)、図5(b)、図5(c)、図5(d)はそれぞれ実施例6、7、比較例4のゲルシート、および滅菌ガーゼを貼付した1週間後の再生状況の外観写真であり、図5(e)、図5(f)、図5(g)、図5(h)はそれぞれの2週間後の再生状況の外観写真を示す。
【図6】図6は、滅菌ガーゼをラットに処置した1および2週間後の摘出組織のHE染色像を示す。図6(a)は、1週間後のHE染色像であり、図6(b)は、2週間後のHE像である。
【図7】図7は、実施例6と実施例7のゲルシートをラットに処置した1週間後の摘出組織のHE染色像を示す。図7(a)は、実施例6のHE像であり、図7(b)は、実施例7のHE染色像である。
【図8】図8は、実施例6と実施例7のゲルシートをラットに処置した1週間後の摘出組織のCD68免疫染色像を示す。図7(a)は、実施例6のCD68免疫染色像であり、図7(b)は、実施例7のCD68免疫染色像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲルの製造方法であって、
ポリビニルアルコールの濃度が1〜8重量%、ポリ(γ−グルタミン酸)塩の濃度が0.5〜10重量%になるよう、ポリビニルアルコール水溶液とポリ(γ−グルタミン酸)塩水溶液とを混合し、
前記混合液を凍結し、前記凍結された混合液を溶融させるというサイクルを1回以上繰返して、前記複合ゲルを得る製造方法。
【請求項2】
前記ポリビニルアルコールの重合度が、500〜5000であり、けん化度が、90mol%以上である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の製造方法により得られたポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲル。
【請求項4】
請求項3に記載のポリビニルアルコールとポリ(γ−グルタミン酸)塩との複合ゲルを含む創傷被覆材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2009−225853(P2009−225853A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−71806(P2008−71806)
【出願日】平成20年3月19日(2008.3.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、近畿経済産業省、「平成19年度地域新生コンソーシアム研究開発事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【Fターム(参考)】