説明

マイクロアレイの製造方法

【課題】 信頼性の高いタンパク質アレイ又はペプチドアレイを容易に形成し得るマイクロアレイの製造方法の提供。
【解決手段】 液体の供給口と、当該供給口に微細流路を介して連結され、当該供給口から供給された液体を外部に吐出する吐出口とを備える液滴吐出ヘッドを用いて、固相担体上にタンパク質又はペプチドと安定化剤とを含む液体をインクジェット方式により吐出し、当該固相担体上にタンパク質又はペプチドを固定するマイクロアレイの製造方法により上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロアレイの製造方法に関し、詳しくは、液滴吐出ヘッドを用いたタンパク質アレイ又はペプチドアレイの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、タンパク質の発現・相互作用をハイスループットに行うための解析技術としてタンパク質マイクロアレイ(プロテインチップ)が期待されており、多様なタンパク質マイクロアレイを容易に製造し得る技術の開発が望まれている。
【0003】
このような状況下、特許文献1(特開平11−187900号公報)では、インクジェット法を利用してタンパク質を基板上に固定化する方法が提案されている。インクジェット法によれば、安定したスポット形状を迅速に基板上に形成することができ、また、ノズル間ピッチを狭くすることで高密度にスポットが形成されたタンパク質マイクロアレイを容易に作製し得るなどの利点がある。
【0004】
【特許文献1】特開平11−187900号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、タンパク質は固体表面に付着し易いため、インクジェット法に用いる液滴吐出ヘッドの微細な流路や吐出口に付着して、液体の流動を妨げたり、吐出濃度の安定性を低下させてしまう虞があった。また、タンパク質が液滴吐出ヘッドの内壁と接触することにより、立体構造が変化してタンパク質本来の活性が失われてしまうなどの虞があった。このような現象が生じると、タンパク質マイクロアレイの信頼性が損なわれる。
【0006】
そこで、本発明は、このような不具合を解消し、信頼性の高いタンパク質アレイ又はペプチドアレイを容易に形成し得るマイクロアレイの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決すべく、本発明は、液体を外部に吐出する吐出口を備える液滴吐出ヘッドを用いて、固相担体上にタンパク質又はペプチドと安定化剤とを含む液体をインクジェット方式により吐出し、当該固相担体上にタンパク質又はペプチドを固定するマイクロアレイの製造方法を提供するものである。
【0008】
このように吐出溶液中に安定化剤を含有させることで、液滴吐出ヘッドの微細流路やノズル孔を介して吐出を行った際にも安定したタンパク質又はペプチドの吐出を行うことが可能となる。よって、より信頼性の高いタンパク質アレイ又はペプチドアレイといったマイクロアレイを簡便に形成し得る。
【0009】
前記安定化剤としては、タンパク質及び/又はペプチドの近傍に存在し、タンパク質及び/又はペプチドが液滴吐出ヘッド1の内壁に付着するのを回避し、安定に保つことができる材料であれば特に限定されない。特にタンパク質の場合には、タンパク質の構造・形態の安定化に用いられる安定化剤が好適に用いられる。このような安定化剤としては、特にトレハロースが好ましい。これによれば、タンパク質及びペプチドを含む液体の吐出安定化に効果的であるとともに、乾燥後においてもタンパク質の構造を保持し得る。
【0010】
前記安定化剤の濃度が1〜50mg/ml、好ましくは10〜30mg/mlであることが望ましい。安定化剤の濃度がこのような範囲にあるとタンパク質又はペプチドを含む液体の吐出安定化を一層図ることが可能となる。
【0011】
前記固相担体上に吐出後、すみやかに前記タンパク質又はペプチドと安定化剤とを含む液体を乾燥させることが好ましい。これによれば、タンパク質又はペプチドをより均一に固層担体上に固定化し、活性を長期間維持することが可能となる。
【0012】
前記液滴吐出ヘッドの駆動方式が、圧電駆動方式又は静電駆動方式であることが好ましい。このような方式によれば、吐出時にタンパク質又はペプチドに熱がかかることがないので、吐出時にタンパク質又はペプチドの変性を低減することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。
【0014】
図1は、本発明に用いられる液滴吐出ヘッドの一例を説明するための上面図である。図2は、図1におけるa点〜j点に沿った液滴吐出ヘッドの断面を説明する断面図である。
【0015】
図1及び図2に示すように、本実施形態に用いられる液滴吐出ヘッド1は、電極108が形成された第1の基板(以下、電極基板という)、試料溶液を吐出するための圧力を付与する加圧室105を備えた第2の基板(以下、加圧室基板という)、吐出口(ノズル)106を有する第3の基板(以下、ノズル基板という)、及び上記試料溶液を収容するための収容室101を有する収容部120を備え、構成されている。また、必要に応じて、収容室101と加圧室105を繋ぐマイクロチャンネル131(以下、単に流路ともいう)が形成された流路基板124が含まれていてもよい。
【0016】
加圧室基板122、ノズル基板123、電極基板121を構成する材料は、特に限定するものではないが、生体試料に与える影響をより低減し得るという観点からは、例えばガラス基板又はシリコン基板が用いられる。また、収容部120の材料についても、特に限定されず、ガラス、シリコン、樹脂等のいずれを用いてもよいが、加工性等の観点から、例えばアクリル樹脂(例:ポリメチルメタクリレート(PMMA))又はポリ塩化ビニル(PVC)などの樹脂が好ましく用いられる。
【0017】
液滴吐出ヘッド(インクジェットヘッド)1は、タンパク質又はペプチドを含む一又は複数種類の液体を収容し得る複数の収容室101を備えている。これらの収容室101の上部は開口されており、液体を液滴吐出ヘッド1内に供給するための供給口となっている。収容室101に供給されたタンパク質等を含有する液体は、各々マイクロチャンネル131を通じて加圧室105内に導入される。加圧室105では、図示しない共通電極と電極108との間に電圧を付与することで、振動板109が弾性変位して内部圧力の変動を生じ、これによって吐出口(ノズル孔)106から液滴が吐出される。
【0018】
このように液滴吐出ヘッド1により液体を吐出する場合には、供給口から吐出口106に至る微細流路を通って液体が吐出されることになる。ところで、吐出試料に用いられるタンパク質又はペプチドは、一般に固体表面に付着し易く、特にこのような微細流路に付着した場合には、液体の流動の妨げ、ノヅル詰まりなどの吐出不良を生じ易い。また、液滴吐出ヘッド1の内壁と接触することにより、タンパク質が構造変化を生じ、本来の機能を発揮し得ない場合も生じる。
【0019】
しかしながら、タンパク質又はペプチドを含む液体中に、安定化剤を添加することでこのような吐出不良やタンパク質の変性によるタンパク質アレイ又はペプチドアレイの信頼性の低下を回避することが可能となる。
【0020】
このような安定化剤としては、タンパク質及び/又はペプチドの近傍に存在し、タンパク質及び/又はペプチドが液滴吐出ヘッド1の内壁に付着するのを回避し、安定に保つことができる材料であれば特に限定されない。特にタンパク質の場合には、タンパク質の構造・形態の安定化に用いられる安定化剤が好適に用いられる。具体的には、例えば、トレハロース等の水溶性糖誘導体、生体分子親和性ポリマー(例:StabilGuard(登録商標、SurModics社製))、或いは、ポリオキシエチレンソルビタンエステル、ポリオキシエチレンソルビトールエステル等の界面活性剤等が挙げられる。
【0021】
また、タンパク質等を含む液体を固相担体上に固定する場合、液体を乾燥することにより固定する場合がある。液滴吐出ヘッドで吐出される液滴は、通常、数pl〜数100pl程度と非常に微量であるので、液滴の吐出後、すぐに液体が乾燥してしまう。このような場合には、乾燥後においてもタンパク質の構造変化を抑制し、その活性を保持する必要がある。そこで、乾燥後においてもタンパク質の立体構造を保持し、活性の低下を抑制し得るものであることが更に望まれる。
【0022】
上掲した安定化剤の中でも、特にトレハロースが効果的にタンパク質又はペプチドを含む液体の吐出を安定化し得るので好ましい。また、トレハロースは、液体の乾燥後においてもタンパク質の立体構造を長期にわたり保持することができ、タンパク質の失活を最小限に留めることが可能である。
【0023】
前記安定化剤の濃度は、例えばトレハロースを用いる場合には、1〜50mg/ml、好ましくは10〜30mg/mlであることが望ましい。トレハロースの濃度がこのような範囲にあるとタンパク質又はペプチドを含む液体の吐出安定化を一層図ることが可能となる。
【0024】
本発明で用いられるタンパク質又はペプチドとしては、液滴吐出ヘッドにより吐出可能なものであれば特に限定されるものではない。また、ペプチドには、分子量約10個以下のアミノ酸からなる比較的小さいオリゴペプチドから、それより大きいポリペプチドをも含み、天然由来のペプチド及び合成ペプチドの両方を含む。
【0025】
また、タンパク質又はペプチドを分散又は溶解させる液体としては、タンパク質又はペプチドの機能を阻害しないものであり、液滴吐出に良好な溶媒であれば特に限定されない。このような溶媒としては、例えば、リン酸緩衝液(PBS)が用いられる。
【0026】
本発明のマイクロアレイは、上記のような液滴吐出ヘッド1を用いて、例えば、固相担体(例:ガラス製の基板等)上の所望の位置に、前記タンパク質又はペプチドを含む液体を吐出し、固相担体上にタンパク質又はペプチドを固定化することで製造することができる。
【0027】
この際、タンパク質又はペプチドを含む液体は、固相担体上に吐出後、すみやかに乾燥させることが好ましい。これにより、タンパク質又はペプチドをより均一に固層担体上に固定化することが可能となる。
【0028】
本発明のマイクロアレイの製造方法によれば、吐出溶液中に安定化剤を含有させることで、液滴吐出ヘッドの微細流路やノズル孔を介して吐出を行った際にも安定したタンパク質又はペプチドの吐出を行うことが可能となる。また、インクジェット法を利用することにより、効率よく安定した高密度のスポットを形成することが可能である。よって、より信頼性の高いタンパク質アレイ又はペプチドアレイといったマイクロアレイを容易に形成し得る。また、上記のような複数の収容室101を有する液滴吐出ヘッド1を用いることで、多種類のタンパク質又はペプチドを吐出可能となるので、多様なマイクロアレイを効率よく製造することが可能となる。
【0029】
また、一般に、液滴吐出ヘッドを用いてインク等の液体を吐出する場合においても、長時間放置すると、溶液粘度が上昇し、吐出不良が発生する場合がある。このような場合には、通常、吸引装置によってノズルを吸引することにより液滴吐出ヘッド1を復帰させている。しかし、タンパク質を吐出する場合には、吸引装置を用いても液滴吐出ヘッドを復帰させることが困難であることが発明者の実験により明らかにされている。よって、本発明の製造方法は、インクジェット法を用いる上では、特に有用なものと考えられる。
【0030】
なお、上記例では、液滴吐出ヘッドとして、静電駆動方式を例示したが、本発明はこれに限らず、ピエゾ素子を用いた圧電駆動方式を用いてもよい。
【0031】
(実施例)
(実施例1)
図1及び図2に示した静電駆動式の液滴吐出ヘッド1を用いてマイクロアレイの製造を行った。
【0032】
牛血清アルブミン(BSA、シグマアルドリッチ社)をリン酸緩衝液(PBS)に1mg/mlの濃度で溶解する。これに、20g/ml濃度になるように安定化剤としてのトレハロース(林原生物化学研究所より入手)を添加する。このようにして得られたタンパク質含有溶液1を液滴吐出ヘッド1の収容室101に供給し、吸引装置を用いて収容室101内の溶液を加圧室105及び吐出口106を含む微細流路に充填する。吐出される液滴の平均重量を電子天秤を用いて測定した。
【0033】
(実施例2)
トレハロースの代わりにタンパク質安定化剤としてStabiGuard (SurModics社)を用い、このStabiGuardをPBSで10倍に希釈した溶液にBSAを5mg/mlの濃度となるよう溶解したタンパク質含有溶液2を準備した。このタンパク質含有溶液2を、実施例1と同様に、液滴吐出ヘッド1に充填し、平均の液滴重量を測定した。
【0034】
(比較例1)
実施例1において、安定化剤を添加しない以外は同様の方法で平均の液滴重量の測定を行った。
【0035】
(吐出速度の評価結果)
安定化剤としてトレハロースや生体分子親和性ポリマーを添加した実施例1及び実施例2のタンパク質含有溶液を用いた場合と、安定化剤を添加しない比較例1の充填直後における平均液滴重量は、それぞれ以下のようになった。
実施例1 180ng
実施例2 176ng
比較例1 183ng
このように、タンパク質溶液を液滴吐出ヘッドに充填した直後においては、液滴の平均重量に殆ど差はなく、吐出の状態はどれも良好であった。
【0036】
続いて、液滴吐出ヘッドに充填されたタンパク質溶液を、吸引装置を用いて除去し、乾燥させた後に、再度同じ実施例1、実施例2、比較例1のタンパク質溶液を液滴吐出ヘッドに充填し、平均液滴重量を測定した。
実施例1 170ng
実施例2 150ng
比較例1 50ng
このように安定化剤を添加していないものは、安定吐出ができず、平均液滴重量が著しく低下している。一方、安定化剤を添加したものは、平均液滴重量の低下がごくわずかに抑制されていることがわかる。
【0037】
比較例1では、BSAが、液滴吐出ヘッド1のノズル内壁に付着するため吐出不良が生じたものと考えられる。また、液滴吐出ヘッド1の内壁とタンパク質が直接接触することにより、比較例1では、タンパク質の構造が壊れて変性しているものと推測される。
【0038】
しかし、実施例1及び実施例2のトレハロースや生体分子親和性ポリマー等の安定化剤を添加したタンパク質含有溶液では、トレハロースや生体分子親和性ポリマー等の安定化剤により、BSAの形態(構造)が安定化されるため、液滴吐出ヘッドの内壁への吸着を抑制することが可能となる。これにより、タンパク質の安定な吐出が図られているものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】図1は、本発明の第1の実施形態に係る液滴吐出ヘッドの上面図である。
【図2】図2は、図1におけるa〜jを通る断面図を示す。
【符号の説明】
【0040】
1・・・液滴吐出ヘッド、101・・・収容室、105・・・加圧室、106・・・吐出口、108・・・電極、109・・・振動板、120・・・収容部、121・・・電極基板、122・・・加圧室基板、123・・・ノズル基板、124・・・流路基板、131・・・マイクロチャンネル(流路)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を外部に吐出する吐出口を備える液滴吐出ヘッドを用いて、固相担体上にタンパク質又はペプチドと安定化剤とを含む液体をインクジェット方式により吐出し、当該固相担体上にタンパク質又はペプチドを固定することを特徴とするマイクロアレイの製造方法。
【請求項2】
前記安定化剤がトレハロースである、請求項1に記載のマイクロアレイの製造方法。
【請求項3】
前記安定化剤の濃度が1〜50mg/mlである、請求項1又は請求項2に記載のマイクロアレイの製造方法。
【請求項4】
前記固相担体上に吐出後、すみやかに前記タンパク質又はペプチドと安定化剤とを含む液体を乾燥させる、請求項1〜3のいずれかに記載のマイクロアレイの製造方法。
【請求項5】
前記液滴吐出ヘッドの駆動方式が、圧電駆動方式又は静電駆動方式である、請求項1〜4のいずれかに記載のマイクロアレイの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−90716(P2006−90716A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−272938(P2004−272938)
【出願日】平成16年9月21日(2004.9.21)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】