マイクロスピーカーボイスコイル用巻線及びその製造方法
【課題】振動による端末接合近傍の断線を大幅に改善でき、導電率がTPCよりも大きくコイル重量を軽減できるマイクロスピーカーボイスコイル用巻線を実現する。
【解決手段】Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択された添加元素と、2mass ppmを超える量の酸素とを含む軟質希薄銅合金材料を用いたマイクロスピーカーボイスコイル用巻線であって、加工前の軟質希薄銅合金材料結晶組織が表面から50μm深さまでにおける平均結晶粒サイズが20μm以下である表層を有するものである。
【解決手段】Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択された添加元素と、2mass ppmを超える量の酸素とを含む軟質希薄銅合金材料を用いたマイクロスピーカーボイスコイル用巻線であって、加工前の軟質希薄銅合金材料結晶組織が表面から50μm深さまでにおける平均結晶粒サイズが20μm以下である表層を有するものである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Tiを含む軟質希薄銅合金を使用したマイクロスピーカーボイスコイル用巻線及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の電子機器や自動車などの工業製品では、銅線も過酷に使われることが多い。これらのニーズに対処するために、連続鋳造圧延法などで製造でき、かつ導電性と伸び特性を純銅レベルに保持しつつ、強度を純銅よりも高めた希薄銅合金材料の開発が行われている。
【0003】
希薄銅合金材料は、汎用の軟質銅線として、また、やわらかさが必要とされる軟質銅材として、導電率98%以上、更に102%以上の軟質導体が求められてきており、その用途としては、民生用太陽電池向け配線材、モーター用エナメル線用導体、200℃から700℃で使う高温用軟質銅材料、焼きなましが不要な溶融半田めっき材、熱伝導に優れた銅材料、高純度銅代替え材料としての使用が挙げられ、これら幅広いニーズに応えるものである。
【0004】
希薄銅合金材料としての素材は、銅中の酸素を、10mass ppm以下に制御する技術をベースに用いており、このベースの銅原子に、Tiなどの金属を微量添加して、原子状に固溶させることで、生産性が高く、導電率、軟化温度、表面品質に優れた希薄銅合金材料が得られることが期待されている。
【0005】
従来、軟質化については、非特許文献1に示されるように、電解銅(99.996mass%以上)に、Tiを4〜28mol ppm添加した試料は、添加しないものに比べて、軟化が早く起こる結果が得られている。この原因はTiの硫化物形成による固溶Sの減少のためと、同文献では結論している。
【0006】
特許文献1〜3では、連続鋳造装置において、無酸素銅に微量のTiを添加した希薄合金を用いて連続鋳造することが提案され、既に特許されている。
【0007】
ここで、連続鋳造圧延法で酸素を低くする方法についても、特許文献4,5に示されるように公知である。
特許文献6では、連続鋳造圧延法にて、銅溶湯から直接銅材を製造する際に、酸素量0.005質量%の銅以下の銅溶湯に、Ti、Zr、Vなどの金属を微量(0.0007〜0.005質量%)添加することで軟化温度を低下させることが提案されている。しかし、特許文献6では、導電率に関する検討はなされておらず導電率と軟化温度を両立する製造条件範囲は不明である。
【0008】
一方特許文献7では、軟化温度が低く、かつ導電率の高い無酸素銅材の製造方法が提案されており、上方引き上げ連続鋳造装置にて、酸素量が0.0001質量%以下の無酸素銅に、Ti、Zr、Vなどの金属を微量(0.0007〜0.005質量%)添加した銅溶湯から銅材を製造する方法が提案されている。
【0009】
しかし、上述したように希薄銅合金材料のベース素材のように、酸素が微量含まれるもの、すなわち酸素濃度がppmオーダーで含まれるものに関しては、いずれの特許文献でも検討されていない。
【0010】
ところで、マイクロスピーカーは、携帯電話を始めとした各種モバイル機器、インナーヘッドフォン、マイクロフォンなど広い用途で使用されている。
【0011】
マイクロスピーカーボイスコイルは、磁界中に配置して電気信号に従った電流を流すことによって動力を発生させ、ポリカーボネートフィルム、ポリイミドフィルムなどを成形したコーン部分を振動させて音波を発生させるムービングコイルであり、その物性は、スピーカーから発生する音の特性に大きな影響を与える。
【0012】
このようなことから、マイクロスピーカーボイスコイルの導体材料として、生産性が高く、導電率、軟化温度、表面品質に優れた実用的希薄銅合金線とその組成の検討が望まれていた。
【0013】
また、製造方法について検討すると、上述したように連続鋳造による無酸素銅にTiを添加して軟銅化する方法は公知であるが、これはケークやビレットとして鋳造材を製造した後、熱間押出や熱間圧延を行いワイヤロッドを作製している。そのため、製造コストが高く工業的に使うには経済性に問題があった。
【0014】
また、上方引き上げ連続鋳造装置にて、無酸素銅にTiを添加する方法は公知であるが、これも生産速度が遅く経済性に問題があった。
そこで、SCR連続鋳造圧延システム(South Wire Continuous Rod System)にて検討しようとした。
【0015】
SCR連続鋳造圧延法は、SCR連続鋳造圧延装置の溶解炉内で、ベース素材を溶解して溶湯とし、その溶湯に所望の金属を添加して溶解し、この溶湯を用いて荒引き線(例えばφ8mm)を作製し、その荒引き線を、熱間圧延により例えばφ2.6mmに伸線加工するものである。また、φ2.6mm以下のサイズ或いは板材、異形材にも同様に加工することができる。また、丸型線材を角状に或いは異形条に圧延しても有効である。また、鋳造材をコンフォーム押出成形し、異形材を製作することもできる。
【0016】
本発明者等が検討した結果、SCR連続鋳造圧延を用いる場合、ベース素材としてのタフピッチ銅では表面傷が発生しやすく、添加条件により軟化温度の変動、チタン酸化物の形成状況が不安定であることがわかった。
【0017】
また、0.0001質量%以下の無酸素銅を用いて検討すると、軟化温度と導電率、表面品質を満足する条件は極めて狭い範囲であった。また、軟化温度の低下に限界があり、より低い、高純度銅並みの軟化温度の低下が望まれた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特許第3050554号公報
【特許文献2】特許第2737954号号公報
【特許文献3】特許第2737965号公報
【特許文献4】特許第3552043号公報
【特許文献5】特許第3651386号公報
【特許文献6】特開2006−274384号公報
【特許文献7】特開2008−255417号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】鈴木寿、菅野幹宏:鉄と鋼(1984)15号1977−1983
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
マイクロスピーカーボイスコイルの線材は、導体材料としてはTPC(タフピッチ銅)、CA(銅クラッドアルミニウム)などが用いられているが、断線対策として、銀入り銅合金である高抗張力導体(ハイテンションワイヤ)も広く使用されている。導体径は、φ0.03〜0.10mmの極細線が主流である。
【0021】
一般のボイスコイルは、錦糸線と称する屈曲性に優れたリード線をコイルの両端末の線にはんだ接合し使用しているが、マイクロスピーカーではこのリード線を配置するためのスペースがないことから、この様なリード線を使用することができず、ボイスコイルの端末接合は、ボイスコイルの両端末部分を延長させてスピーカー外部接続端子側に直接はんだ付けして給電する構成である。
【0022】
上述したように、マイクロスピーカーの端末接合は、ボイスコイルに使用した自己融着絶縁電線の端末を利用していることから、振動を原因とする金属疲労による断線が最も大きな問題である。
【0023】
各スピーカーメーカーは、各種の対策をとってこれに対処しているが、その一環として銀入り銅合金である高抗張力導体を用いている例も多い。しかし、高抗張力導体は、引っ張り張力はTPCに比べて約25%高いものの導電率は93%IACS程度であり、出力音圧レベルの低下に繋がるなどの問題を含んでいる。
【0024】
このため、導電率がTPC以上で屈曲特性の良好な導体材料を用いた自己融着絶縁電線が要求されてきた。
【0025】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、生産性が高く、導電率、軟化温度、表面品質に優れた希薄銅合金材料を開発してマイクロスピーカーボイスコイルを実現することにある。具体的には、振動による端末接合近傍の断線を大幅に改善することができ、また、導電率がTPCのそれよりも大きくしてコイル重量を軽量化することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
請求項1に係る発明は、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択された添加元素と、2mass ppmを超える量の酸素とを含む軟質希薄銅合金材料を用いたマイクロスピーカーボイスコイル用巻線において、加工前の軟質希薄銅合金材料結晶組織が表面から50μm深さまでにおける平均結晶粒サイズが20μm以下である表層を有することを特徴とするものである。
【0027】
請求項2に係る発明は、前記銅合金線は、3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのTiを含む軟質希薄銅合金材料で構成したことを特徴とするものである。
【0028】
請求項3に係る発明は、前記軟質希薄銅合金材料の軟化温度は、φ2.6mmサイズで130℃〜148℃であることを特徴とするものである。
【0029】
請求項4に係る発明は、前記銅合金線は、その導電率が101.5%IACS以上であることを特徴とするものである。
【0030】
請求項5に係る発明は、SCR連続鋳造圧延装置により、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択された添加元素と、2mass ppmを超える量の酸素とを含む軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の鋳造温度で溶湯とし、この鋳造材からワイヤロッドを作製し、そのワイヤロッドを最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの温度が550℃以上の条件で熱間圧延して伸線加工し、伸線材に塗料を塗布・焼付けることによりマイクロスピーカーボイスコイル用巻線を製造することを特徴とするものである。
【0031】
請求項6に係る発明は、
前記軟質希薄銅合金材料は、3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのTiを含むものであることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、生産性が高く、導電率、軟化温度、表面品質に優れた、マイクロスピーカーボイスコイル用巻線に好適な実用的な希薄銅合金材料を提供することができるという優れた効果を発揮することができる。
【0033】
そして、本発明のマイクロスピーカーボイスコイル用巻線によるマイクロスピーカーボイスコイルは、振動による端末接合近傍の断線を大幅に改善でき、又、導電率がTPCのそれよりも大きいため、コイル重量を軽量化することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】素材におけるTiS粒子のSEM像を示す図である。
【図2】図1示す素材の分析結果を示す図である。
【図3】素材におけるTiO2粒子のSEM像を示す図である。
【図4】図3に示す素材の分析結果を示す図である。
【図5】本発明における素材のTi−O−S粒子のSEM像を示す図である。
【図6】図5に示す素材の分析結果を示す図である。
【図7】屈曲疲労試験の概略を示す図である。
【図8】400℃で1時間の焼鈍処理を施した後の無酸素銅線を用いた比較材13と低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材7における屈曲寿命を測定したグラフである。
【図9】600℃で1時間の焼鈍処理を施した後の無酸素銅線を用いた比較材14と低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材8における屈曲寿命を測定したグラフである。
【図10】比較材14の試料の幅方向の断面組織の写真を示す図である。
【図11】実施材8の幅方向の断面組織の写真を示す図である。
【図12】試料の表層における平均結晶粒サイズの測定方法について説明するための図面である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の好適な一実施の形態を詳述する。
【0036】
先ずは、導電率101.5%IACS(万国標準軟銅(International Anneld Copper Standard)、抵抗率1.7241×10−8Ωmを100%とした導電率)を満足する軟質型銅材としての軟質希薄銅合金材料を得ることである。また、副次的には、SCR連続鋳造設備を用い、表面傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能であり、ワイヤロッドの加工度90%(例えばφ8mm→φ2.6mm)での軟化温度が148℃以下の材料の開発にある。
【0037】
高純度銅(6N、純度99.9999%)に関しては、加工度90%での軟化温度は130℃である。従って、安定生産が可能な130℃以上で148℃以下の軟化温度で軟質材の導電率が101.5%IACS以上である軟質銅を安定して製造できる軟質希薄銅合金材料としての素材とその製造条件を求めることを検討した。
【0038】
ここで、酸素濃度1〜2mass ppmの高純度銅(4N)を用い、実験室にて小型連続鋳造機(小型連鋳機)を用いて、溶湯にチタンを数mass ppm添加した溶湯から製造したφ8mmのワイヤロッドをφ2.6mm(加工度90%)にして軟化温度を測ると160〜168℃であり、これ以上低い軟化温度にはならない。また、導電率は、101.7%IACS程度である。よって、酸素濃度を低くして、Tiを添加しても、軟化温度を下げることができず、また高純度銅(6N)の導電率102.8%IACSよりも悪くなることがわかった。
【0039】
この原因は、溶湯の製造中に不可避的不純物として、硫黄を数mass ppm以上含み、この硫黄とチタンとでTiS等の硫化物が十分形成されないために、軟化温度が下がらないものと推測される。
【0040】
そこで、この実施の形態では、軟化温度を下げることと、導電率を向上させるために、2つの方策を検討し、2つの効果を合わせることで目標を達成した。
【0041】
(a)素材の酸素濃度を2mass ppm以上に増やしてチタンを添加する。これにより、先ず溶銅中ではTiSとチタン酸化物(TiO2)やTi−O−S粒子が形成されると考えられる(図1、図3のSEM像と図2、図4の分析結果参照)。なお、図2、図4、図6において、PtおよびPdは観察のための蒸着元素である。
【0042】
(b)次に、熱間圧延温度を、通常の銅の製造条件(最初の圧延ロールでの温度950〜最終の圧延ロールでの温度600℃)よりも低く設定(最初の圧延ロールでの温度880〜最終の圧延ロールでの温度550℃)することで、銅中に転位を導入し、Sが析出し易いようにする。これによって転位上へのSの析出又はチタンの酸化物(TiO2)を核としてSを析出させ、その一例として溶銅と同様Ti−O−S粒子等を形成させる(図5のSEM像と、図6の分析結果参照)。
【0043】
図1〜6は、表1の実施例1の上から三段目に示す酸素濃度、硫黄濃度、Ti濃度をもつφ8mmの銅線(ワイヤロッド)の横断面をSEM観察及びEDX分析にて評価したものである。観察条件は、加速電圧15KeV、エミッション電流10μAとした。
【0044】
(a)と(b)により、銅中の硫黄が晶出と析出を行い、冷間伸線加工後に軟化温度と導電率を満足する銅ワイヤロッドを製作することができる。
【0045】
次に、この実施の形態では、SCR連続鋳造設備で製造条件の制限として(1)〜(4)を制限した。
【0046】
(1)組成について
添加元素は、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択する。添加元素として、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択されるものを選んだ理由は、これらの元素は他の元素と結合しやすい活性元素であり、Sと結合しやすいためSをトラップすることができ、銅母材(マトリクス)を高純度化することができるためである。添加元素は、1種類以上含まれていてもよい。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他の元素及び不純物を合金に含有させることもできる。
【0047】
また、以下に説明する好適な実施の形態においては、酸素含有量か2を超え30mass ppm以下が良好であることを説明しているが、2を超え400mass ppmを含むことができる。
【0048】
導電率が101.5%IACS以上の軟質銅材を得る場合は、不可避的不純物を含む純銅に3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのTiを含む軟質希薄銅合金材料でワイヤロッドとするのがよい。2を超え30mass ppm以下の酸素を含有していることから、この実施の形態では、いわゆる低酸素銅(LOC)を対象としている。
【0049】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に、硫黄は銅中に取り込まれてしまうため、硫黄を3mass ppm以下とするのは難しい。汎用電気銅の硫黄濃度上限は12mass ppmである。
【0050】
制御する酸素は、上述したように、少ないと軟化温度が下がり難いので2mass ppm以上とする。また、酸素が多すぎると、熱間圧延工程で表面傷が出やすくなるので30mass ppm以下とする。
【0051】
(2)分散している物質について
分散粒子のサイズは小さく沢山分布することが望ましい。その理由は、硫黄の析出サイトとして働くためサイズが小さく数が多いことが要求される。
【0052】
硫黄及びチタンは、TiO、TiO2、TiS、Ti−O−Sの形で化合物または凝集物を形成し、残りのTiとSが固溶体の形で存在している。TiOのサイズが200nm以下、TiO2は1000nm以下、TiSは200nm以下、Ti−O−Sは300nm以下で結晶粒内に分布している軟質希薄銅合金材料とする。
【0053】
但し、鋳造時の溶銅の保持時間や冷却状況により、形成される粒子サイズが変わるので鋳造条件の設定も必要である。
【0054】
(3)鋳造条件について
SCR連続鋳造圧延により、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッドを造る、一例として、加工度99.3%でφ8mmワイヤロッドを造る方法を用いる。
【0055】
(a)溶解炉内での溶銅温度は、1100℃以上1320℃以下とする。溶銅の温度が高いとブローホールが多くなり、傷が発生するとともに粒子サイズが大きくなる傾向にあるので1320℃以下とする。1100℃以上としたのは、銅が固まりやすく製造が安定しないためであるが、溶銅温度は、できるだけ低い温度が望ましい。
【0056】
(b)熱間圧延温度は、最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの温度が550℃以上とする。
【0057】
通常の純銅製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出と熱間圧延中の硫黄の析出が本実施の形態での課題であるので、その駆動力である固溶限をより小さくするためには、鋳造温度と熱間圧延温度を(a)、(b)とするのがよい。
【0058】
通常の熱間圧延温度は、最初の圧延ロールでの温度が950℃以下、最終圧延ロールでの温度が600℃以上であるが、固溶限をより小さくするためには、本実施の形態では、最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの温度が550℃以上に設定する。
【0059】
最終圧延ロールでの温度を550℃以上にする理由は、この温度以下ではワイヤロッドの傷が多いので製品にならないためである。熱間圧延温度は、最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの温度が550℃以上で、できるだけ低い方が望ましい。こうすることで、軟化温度(φ8〜φ2.6に加工後)が限りなく高純度銅(6N、軟化温度130℃)に近くなる。
【0060】
(c)直径φ8mmサイズのワイヤロッドの導電率が102%IACS以上であり、冷間圧延後のφ2.6mmの軟化温度が130℃〜148℃である軟質希薄銅合金線または板状材料を得ることができる。
【0061】
導電率は、無酸素銅のレベルで101.7%IACS程度であり、タフピッチ銅が101.2%IACS程度であり、高純度銅(6N)で102.8%IACSであるため、本実施の形態のマイクロスピーカーボイスコイル用の導体(銅合金線)としては、できるだけ高純度銅(6N)に近い導電率であることが望ましく、101.5%IACS以上必要であり、軟化温度はその工業的価値から見て148℃以下である。Tiを添加しない場合は、160〜165℃である。高純度銅(6N)の軟化温度は127〜130℃であったので、得られたデータから限界値を130℃とする。このわずかな違いは、高純度銅(6N)にない不可避的不純物にある。
【0062】
銅は、シャフト炉で溶解の後、還元状態の樋になるように制御した。すなわち、還元ガス(CO)雰囲気の下で、希薄合金の構成元素の硫黄濃度、Ti濃度、酸素濃度を制御して鋳造し、圧延するワイヤロッドを安定して製造する方法がよい。銅酸化物の混入や粒子サイズが大きいので品質を低下させる。
【0063】
ここで、添加物としてTiを選択した理由は次の通りである。
【0064】
(a)Tiは溶融銅の中で硫黄と結合し化合物を造りやすい。
【0065】
(b)Zrなど他の添加金属に比べて加工で扱いやすい。
【0066】
(c)Nbなどに比べて安価である。
【0067】
(d)酸化物を核として析出しやすい。
【0068】
以上により、本実施の形態の軟質希薄銅合金材料は、溶融半田めっき材(線、板、箔)、エナメル線、軟質純銅、高導電率銅、やわらかい銅線として使用でき、生産性が高く、焼鈍時のエネルギーを低減でき、導電率、軟化温度、表面品質に優れた実用的な軟質希薄銅合金材料とすることが可能となる。
【0069】
また、本実施の形態の軟質希薄銅合金線を複数本撚り合わせた軟質希薄銅合金撚線として使用することも可能である。
【0070】
また、上述の実施の形態では、SCR連続鋳造圧延法によりワイヤロッドを作製し、熱間圧延にて軟質材を作製する例で説明したが、双ロール式連続鋳造圧延法またはプロペルチ式連続鋳造圧延法により製造するようにしても良い。
【実施例】
【0071】
表1は実験条件と結果に関するものである。
【0072】
【表1】
先ず、実験材として、表1に示した酸素濃度、硫黄濃度、Ti濃度で、φ8mmの銅線(ワイヤロッド):加工度99.3% をそれぞれ作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鋳造圧延により、熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作成した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工してφ8mmの銅線を作成したものである。その実験材を冷間伸線して、φ2.6mmのサイズにおける半軟化温度と導電率を測定し、また、φ8mmの銅線における分散粒子サイズを評価した。
【0073】
酸素濃度は、酸素分析器(レコ(Leco;商標)酸素分析器)で測定した。硫黄、Tiの各濃度はICP発光分光分析器で分析した結果である。
【0074】
φ2.6mmのサイズにおける半軟化温度の測定は、400℃以下で各温度1時間の保持後、水中急冷し、引張試験を実施してその結果から求めた。室温での引張試験の結果と400℃で1時間のオイルバス熱処理した軟質銅線の引張試験の結果を用いて求め、この2つの引張試験の引張強さを足して2で割った値を示す強度に対応する温度を半軟化温度と定義し求めた。
【0075】
分散粒子のサイズは小さく沢山分布することが望ましい。その理由は、硫黄の析出サイトとして働くためサイズが小さく数が多いことが要求される。すなわち直径500nm以下の分散粒子が90%以上である場合を合格とした。ここに「サイズ」とは化合物のサイズであり、化合物の形状の長径と短径のうちの長径のサイズを意味する。また、「粒子」とは前記TiO、TiO2、TiS、Ti−O−Sのことを示す。また、「90%」とは、全体の粒子数に対しての該当粒子数の割合を示すものである。
【0076】
表1において、比較材1は、実験室でAr雰囲気において直径φ8mmの銅線を試作した結果であり、Tiを、0〜18mass ppm添加したものである。
【0077】
このTi添加で、Ti添加量ゼロの半軟化温度215℃に対して、13mass ppmの添加で160℃まで低下して最小となり、15,18mass ppmの添加で高くなっており、要望の軟化温度148℃以下にはならなかった。また、導電率101.5%以上を満足していないため、総合評価は×(不合格)であった。
【0078】
そこで、次にSCR連続鋳造圧延法にて、酸素濃度を7〜8mass ppmに調整してφ8mm銅線(ワイヤロッド)の試作を行った。
【0079】
比較材2は、SCR連続鋳造圧延法で試作した中でTi濃度の少ないもの(0,2mass ppm)であり、導電率は101.5%IACS以上であるが、半軟化温度が164,157℃であり、要求の148℃以下を満足しないので、総合評価で×となった。
【0080】
実施材1については、酸素濃度と硫黄が、ほぼ一定(7〜8mass ppm、5mass ppm)、Ti濃度の異なる(4〜25mass ppm)試作材の結果である。
【0081】
このTi濃度4〜25mass ppmの範囲では、軟化温度148℃以下であり、導電率も101.5%IACS以上であり、分散粒子サイズも500nm以下の粒子が90%以上であり良好である。そしてワイヤロッドの表面もきれいであり、いずれも製品性能として満足している(総合評価○)。
【0082】
ここで、導電率101.5%IACS以上を満たすものは、Ti濃度が4〜25mass ppmのときである。Ti濃度が13mass ppmのとき導電率が最大値である102.4%IACSを示し、この濃度の周辺では、導電率は、僅かに低い値であった。これは、Tiが13mass ppmのときに、銅中の硫黄分を化合物として捕捉することで、高純度銅(6N)に近い導電率を示したためである。
【0083】
よって、酸素濃度を高くし、Tiを添加することで、半軟化温度と導電率の双方を満足させることができる。
【0084】
比較材3は、Ti濃度が25mass ppmを超える試作材である。この比較材3は、半軟化温では要望を満足しているが、導電率が101.5%IACSを下回っているために、総合評価は×であった。
【0085】
比較材4は、Ti濃度を60mass ppmと高くした試作材である。この比較材3は、導電率は要望を満足しているが、半軟化温度は148℃以上であり、製品性能を満足していない。更に、ワイヤロッドの表面傷も多い結果であり、製品にすることは難しかった。よって、Tiの添加量は60mass ppm未満がよい。
【0086】
次に、実施材2については、硫黄濃度を5mass ppmとし、Ti濃度を13〜10mass ppmとし、酸素濃度を変えて酸素濃度の影響を検討した試作材である。
【0087】
酸素濃度に関しては、2を超え30mass ppm以下まで、大きく濃度が異なる試作材とした。但し、酸素が2mass ppm未満は、生産が難しく安定した製造が困難であることから、総合評価は△(合否の間)とした。また、酸素濃度を30mass ppmと高くしても半軟化温度と導電率の双方を満足することがわかった。
【0088】
また、比較材5に示すように、酸素が40mass ppmの場合には、ワイヤロッド表面の傷が多く、製品にならない状況であった。
【0089】
よって、酸素濃度が2を超え30mass ppm以下の範囲とすることで、半軟化温度、導電率101.5%IACS以上、分散粒子サイズいずれの特性も満足させることができ、また、ワイヤロッドの表面もきれいであり、いずれも製品性能を満足させることができる。
【0090】
次に、実施材3は、それぞれ酸素濃度とTi濃度とを比較的同じ近い濃度とし、硫黄濃度を4〜20mass ppmと変えた試作材の例である。この実施材3においては、硫黄が2mass ppmより少ない試作材は、その原料面から実現できなかったが、Tiと硫黄の濃度を制御することで、半軟化温度と導電率の双方を満足させることができる。
【0091】
比較材6の硫黄濃度が18mass ppmで、Ti濃度が13mass ppmの場合には、半軟化温度が162℃で高く、必要特性を満足できなかった。また、特にワイヤロッドの表面品質が悪いので、製品化は難しい。
【0092】
以上より、硫黄濃度が2〜12mass ppmの場合には、半軟化温度、導電率101.5%IACS以上、分散粒子サイズいずれの特性も満足しており、ワイヤロッドの表面もきれいですべての製品性能を満足することがわかった。
【0093】
また、比較材7として高純度銅(6N)を用いた検討結果を示したが、半軟化温度127〜130℃であり、導電率も102.8%IACSであり、分散粒子サイズも500μm以下の粒子はまったく認められなかった。
【0094】
【表2】
表2は、製造条件としての溶融銅の温度と圧延温度を示したものである。
【0095】
比較材8は、溶銅温度が高めの1330〜1350℃で且つ圧延温度が950〜600℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。
【0096】
この比較材8は、半軟化温度と導電率は満足するものの、分散粒子のサイズに関しては、1000nm程度のものもあり、500nm以上の粒子も10%を超えていた。よってこれは不合格(×)とした。
【0097】
実施材4は、溶銅温度が1200〜1320℃で且つ圧延温度が低めの880〜550℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この実施材4については、ワイヤ表面品質、分散粒子サイズも良好で、総合評価は○であった。
【0098】
比較材9は、溶銅温度が1100℃で且つ圧延温度が低めの880〜550℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この比較材8は、溶銅温度が低いため、ワイヤロッドの表面傷が多く製品には適さなかった。これは、溶銅温度が低いことから圧延時に傷が発生しやすいためである。
【0099】
比較材10は、溶銅温度が1300℃で且つ圧延温度が高めの950〜600℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この比較材9は、熱間圧延温度が高いため、ワイヤロッドの表面品質が良いが、分散粒子サイズに大きなものがあり、総合評価は×となった。
【0100】
比較材11は、溶銅温度が1350℃で且つ圧延温度が低めの880〜550℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この比較材10は、溶銅温度が高いため、分散粒子サイズに大きなものがあり、総合評価は×となった。
【0101】
[軟質希薄銅合金線の軟質特性]
表3は、無酸素銅線を用いた比較材12と低酸素銅に13mass ppmのTiを含有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材5とを試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したもののビッカース硬さ(Hv)を検証した表である。
【0102】
実施材5は、表1の実施材1に記載した合金組成と同じものを使用した。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。この表によると、焼鈍温度が400℃のときに比較材12と実施材5とのビッカース硬さ(Hv)は同等レベルとなり、焼鈍温度が600℃でも同等のビッカース硬さ(Hv)を示している。このことから、本実施例の軟質希薄銅合金線は十分な軟質特性を有するとともに、無酸素銅線と比較しても、特に焼鈍温度が400℃を超える領域においては優れた軟質特性を備えていることがわかる。
【0103】
【表3】
[軟質希薄銅合金線の耐力、屈曲寿命及び導電率についての検討]
表4は、無酸素銅線を用いた比較材12と低酸素銅に13mass ppmのTiを含有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材6を試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したものの0.2%耐力値の推移を検証した表である。実施材6は、表1の実施材1に記載した合金組成と同じものを使用した。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。
【0104】
この表によると、焼鈍温度が400℃のときに比較材13と実施材6の0.2%耐力値が同等レベルであり、焼鈍温度600℃では実施材6も比較材13もほぼ同等の0.2%耐力値となっていることがわかる。
【0105】
【表4】
次に、本実施例における軟質希薄銅合金線は、屈曲寿命の高さが要求されるが、無酸素銅線を用いた比較材14と低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材7における屈曲寿命を測定した結果を図8に表す。ここでは、試料として、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍を施したものを用い、比較材14は比較材12と同様の成分組成であり、実施材7も実施材5と同様の成分組成のものを使用した。
【0106】
ここに、屈曲寿命の測定は、屈曲疲労試験方法によって行った。屈曲疲労試験は、荷重を負荷し、試料表面に引張と圧縮の繰返し曲げひずみを与える試験である。
【0107】
図7は、屈曲疲労試験形態を示している。試料(線材)は、(A)に示すように、その一端を屈曲ヘッドのクランプで支持して曲げ治具(図中リングと記載)の間に垂下するようにセットし、他端に取り付けた錘により荷重を負荷したままの状態として、(B)に示すように屈曲ヘッドを90度回転させることにより線材に曲げ治具に沿った曲げを与える。この操作で、曲げ治具に接している線材表面には圧縮ひずみが負荷され、これに対応して反対側の表面には引張ひずみが負荷される。その後、屈曲ヘッドを(A)の状態に戻す。次に、(C)に示すように、(B)に示した向きと反対方向に屈曲ヘッドを90度回転させて線材に曲げを与える。この場合も、曲げ治具に接している線材表面には圧縮ひずみが負荷され、これに対応して反対側の表面には引張ひずみが負荷される。そして、(C)から最初の状態(A)に戻す。この屈曲疲労1サイクル(A)(B)(A)(C)(A)に要する時間は4秒である。表面曲げ歪は以下の式により求めることができる。
【0108】
表面曲げ歪(%)=r/(R+r)×100(%)
ここで、R:素線曲げ半径(30mm)、r:素線半径 である。
【0109】
図8の実験データによると、本実施例における実施材7は、比較材13に比して高い屈曲寿命を示した。
【0110】
また、無酸素銅線を用いた比較材14と低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材8における屈曲寿命を測定した結果を図9に表す。ここでは、試料として、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍を施したものを用い、比較材14は比較材11と同様の成分組成であり、実施材8も実施材5と同様の成分組成のものを使用した。屈曲寿命の測定方法は、図8の測定方法と同様の条件で行った。この場合も、本実施例における実施材8は、比較材14に比して高い屈曲寿命を示した。この結果は、いずれの焼鈍条件下においても実施材7、8の方が比較材13、14に比して0.2%耐力値が大きい値を示していたことに起因するものであると理解される。
【0111】
[軟質希薄銅合金線の結晶構造についての検討]
また、図10は、実施材8の試料の幅方向の断面組織の写真を表したものであり、図11は、比較材14の幅方向の断面組織の写真を表したものである。図10は、比較材14の結晶構造を示し、図11は実施材8の結晶構造を示している。
【0112】
これをみると、比較材14の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材8の結晶構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、特筆すべきは、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることである。
【0113】
発明者等は、比較材14には形成されていない、表層に現れた微細結晶粒層が実施材8の屈曲特性の向上に寄与しているものと考えている。
【0114】
このことは、通常であれば、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行えば、比較材14のように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されるものであると理解されるが、本実施例の場合には、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行っても、なお、その表層には微細結晶粒層が残存していることから、軟質銅材でありながら、屈曲特性の良好な軟質希薄銅合金材料が得られたものであると考えられる。
【0115】
そして、図10及び図11に示す結晶構造の断面写真をもとに、実施材8および比較材14の試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0116】
ここに、表層における平均結晶粒サイズの測定方法は、図12に示すように、0.26mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでのところの長さ1mmの線上の範囲での結晶粒サイズを測定した夫々の実測値を平均した値を表層における平均結晶粒サイズとした。
【0117】
測定の結果、比較材14の表層における平均結晶粒サイズは、50μmであったのに対し、実施材8の表層における平均結晶粒サイズは、10μmである点で大きく異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことによって、屈曲疲労試験による亀裂の進展が抑制され、屈曲疲労寿命が延びたと考えられる(結晶粒サイズが大きいと結晶粒界に沿って亀裂が進展してしまうが、結晶粒サイズが小さいと亀裂の進展の方向が変わるため、進展が抑制される)。このことが、上述のとおり、比較材と実施材との屈曲特性の面で大きな相違を生じたものと考えられる。
【0118】
また、2.6mm径である実施材6、比較例12の表層における平均結晶粒サイズは、2.6mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に50μmの深さのところの長さ10mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。
【0119】
測定の結果、比較材12の表層における平均結晶粒サイズは100μmであったのに対し、実施材6の表層における平均結晶粒サイズは20μmであった。
【0120】
本発明の効果を奏するものとして、表層の平均結晶粒サイズの上限値としては20μm以下のものが好ましく、製造上の限界値から5μm以上のものが想定される。
【0121】
[マイクロスピーカー用ボイスコイルへの適用について]
本発明のマイクロスピーカー用ボイスコイルは、芯材と、この芯材を被覆するポリウレタン樹脂を主成分とするエナメル線用絶縁塗料を塗付焼き付けし絶縁層とし、この上層に融点120℃〜140℃程度の12ナイロンを主体とした共重合ナイロン樹脂を主成分とした自己融着塗料を塗布焼付けして融着層とした自己融着絶縁電線によって構成される。
【0122】
ここで、芯材は、実施材1の上から3番目の素材を使用し、溶銅温度1320℃で且つ圧延温度を880℃〜550℃としてφ8mmのワイヤロッドを作成し、更に、これを伸線加工してφ2.6mmの素材を得、このφ2.6mmの素材を更にφ0.05mmに伸線加工したものである。
【0123】
このように構成した自己融着絶縁電線は、6N-OFC相当の導電率をもち、6N-OFCより優れた屈曲性をもち、6N-OFCよりコストを掛けずにボイスコイル用自己融着線とすることができる。
【0124】
この自己融着絶縁電線を300℃〜400℃の熱風を吹きつけながら巻線して空芯コイルを作製し、これをポリカーボネートフィルム、ポリイミドフィルムなどを成形したコーンに装着し、紫外線硬化型接着剤などでコイルとコーンを接着してマイクロスピーカーのボイスコイル組み物とした。ボイスコイルの端末接続は、コイル導体(電線)の両端末部分をスピーカー外部接続端子側に直接はんだ付けしてボイスコイルに給電する構成とした。
【0125】
このようなマイクロスピーカー用ボイスコイルによれば、屈曲性は高抗張力導体を使用したものと同等以上である事から振動による端末接合近傍の断線を大幅に改善できる。また、導電率が高抗張力導体93%IACSに対して実施材は101.5%を超えるものであることから、同一コイル抵抗とするためには、コイル重量を軽量化することが可能であり、これにより線材の使用量の減及び軽量化による出力音圧レベルの向上を図ることが可能であると共に、高抗張力導体に比べ安価であることから経済的効果も大きい。
【技術分野】
【0001】
本発明は、Tiを含む軟質希薄銅合金を使用したマイクロスピーカーボイスコイル用巻線及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の電子機器や自動車などの工業製品では、銅線も過酷に使われることが多い。これらのニーズに対処するために、連続鋳造圧延法などで製造でき、かつ導電性と伸び特性を純銅レベルに保持しつつ、強度を純銅よりも高めた希薄銅合金材料の開発が行われている。
【0003】
希薄銅合金材料は、汎用の軟質銅線として、また、やわらかさが必要とされる軟質銅材として、導電率98%以上、更に102%以上の軟質導体が求められてきており、その用途としては、民生用太陽電池向け配線材、モーター用エナメル線用導体、200℃から700℃で使う高温用軟質銅材料、焼きなましが不要な溶融半田めっき材、熱伝導に優れた銅材料、高純度銅代替え材料としての使用が挙げられ、これら幅広いニーズに応えるものである。
【0004】
希薄銅合金材料としての素材は、銅中の酸素を、10mass ppm以下に制御する技術をベースに用いており、このベースの銅原子に、Tiなどの金属を微量添加して、原子状に固溶させることで、生産性が高く、導電率、軟化温度、表面品質に優れた希薄銅合金材料が得られることが期待されている。
【0005】
従来、軟質化については、非特許文献1に示されるように、電解銅(99.996mass%以上)に、Tiを4〜28mol ppm添加した試料は、添加しないものに比べて、軟化が早く起こる結果が得られている。この原因はTiの硫化物形成による固溶Sの減少のためと、同文献では結論している。
【0006】
特許文献1〜3では、連続鋳造装置において、無酸素銅に微量のTiを添加した希薄合金を用いて連続鋳造することが提案され、既に特許されている。
【0007】
ここで、連続鋳造圧延法で酸素を低くする方法についても、特許文献4,5に示されるように公知である。
特許文献6では、連続鋳造圧延法にて、銅溶湯から直接銅材を製造する際に、酸素量0.005質量%の銅以下の銅溶湯に、Ti、Zr、Vなどの金属を微量(0.0007〜0.005質量%)添加することで軟化温度を低下させることが提案されている。しかし、特許文献6では、導電率に関する検討はなされておらず導電率と軟化温度を両立する製造条件範囲は不明である。
【0008】
一方特許文献7では、軟化温度が低く、かつ導電率の高い無酸素銅材の製造方法が提案されており、上方引き上げ連続鋳造装置にて、酸素量が0.0001質量%以下の無酸素銅に、Ti、Zr、Vなどの金属を微量(0.0007〜0.005質量%)添加した銅溶湯から銅材を製造する方法が提案されている。
【0009】
しかし、上述したように希薄銅合金材料のベース素材のように、酸素が微量含まれるもの、すなわち酸素濃度がppmオーダーで含まれるものに関しては、いずれの特許文献でも検討されていない。
【0010】
ところで、マイクロスピーカーは、携帯電話を始めとした各種モバイル機器、インナーヘッドフォン、マイクロフォンなど広い用途で使用されている。
【0011】
マイクロスピーカーボイスコイルは、磁界中に配置して電気信号に従った電流を流すことによって動力を発生させ、ポリカーボネートフィルム、ポリイミドフィルムなどを成形したコーン部分を振動させて音波を発生させるムービングコイルであり、その物性は、スピーカーから発生する音の特性に大きな影響を与える。
【0012】
このようなことから、マイクロスピーカーボイスコイルの導体材料として、生産性が高く、導電率、軟化温度、表面品質に優れた実用的希薄銅合金線とその組成の検討が望まれていた。
【0013】
また、製造方法について検討すると、上述したように連続鋳造による無酸素銅にTiを添加して軟銅化する方法は公知であるが、これはケークやビレットとして鋳造材を製造した後、熱間押出や熱間圧延を行いワイヤロッドを作製している。そのため、製造コストが高く工業的に使うには経済性に問題があった。
【0014】
また、上方引き上げ連続鋳造装置にて、無酸素銅にTiを添加する方法は公知であるが、これも生産速度が遅く経済性に問題があった。
そこで、SCR連続鋳造圧延システム(South Wire Continuous Rod System)にて検討しようとした。
【0015】
SCR連続鋳造圧延法は、SCR連続鋳造圧延装置の溶解炉内で、ベース素材を溶解して溶湯とし、その溶湯に所望の金属を添加して溶解し、この溶湯を用いて荒引き線(例えばφ8mm)を作製し、その荒引き線を、熱間圧延により例えばφ2.6mmに伸線加工するものである。また、φ2.6mm以下のサイズ或いは板材、異形材にも同様に加工することができる。また、丸型線材を角状に或いは異形条に圧延しても有効である。また、鋳造材をコンフォーム押出成形し、異形材を製作することもできる。
【0016】
本発明者等が検討した結果、SCR連続鋳造圧延を用いる場合、ベース素材としてのタフピッチ銅では表面傷が発生しやすく、添加条件により軟化温度の変動、チタン酸化物の形成状況が不安定であることがわかった。
【0017】
また、0.0001質量%以下の無酸素銅を用いて検討すると、軟化温度と導電率、表面品質を満足する条件は極めて狭い範囲であった。また、軟化温度の低下に限界があり、より低い、高純度銅並みの軟化温度の低下が望まれた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特許第3050554号公報
【特許文献2】特許第2737954号号公報
【特許文献3】特許第2737965号公報
【特許文献4】特許第3552043号公報
【特許文献5】特許第3651386号公報
【特許文献6】特開2006−274384号公報
【特許文献7】特開2008−255417号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】鈴木寿、菅野幹宏:鉄と鋼(1984)15号1977−1983
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
マイクロスピーカーボイスコイルの線材は、導体材料としてはTPC(タフピッチ銅)、CA(銅クラッドアルミニウム)などが用いられているが、断線対策として、銀入り銅合金である高抗張力導体(ハイテンションワイヤ)も広く使用されている。導体径は、φ0.03〜0.10mmの極細線が主流である。
【0021】
一般のボイスコイルは、錦糸線と称する屈曲性に優れたリード線をコイルの両端末の線にはんだ接合し使用しているが、マイクロスピーカーではこのリード線を配置するためのスペースがないことから、この様なリード線を使用することができず、ボイスコイルの端末接合は、ボイスコイルの両端末部分を延長させてスピーカー外部接続端子側に直接はんだ付けして給電する構成である。
【0022】
上述したように、マイクロスピーカーの端末接合は、ボイスコイルに使用した自己融着絶縁電線の端末を利用していることから、振動を原因とする金属疲労による断線が最も大きな問題である。
【0023】
各スピーカーメーカーは、各種の対策をとってこれに対処しているが、その一環として銀入り銅合金である高抗張力導体を用いている例も多い。しかし、高抗張力導体は、引っ張り張力はTPCに比べて約25%高いものの導電率は93%IACS程度であり、出力音圧レベルの低下に繋がるなどの問題を含んでいる。
【0024】
このため、導電率がTPC以上で屈曲特性の良好な導体材料を用いた自己融着絶縁電線が要求されてきた。
【0025】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、生産性が高く、導電率、軟化温度、表面品質に優れた希薄銅合金材料を開発してマイクロスピーカーボイスコイルを実現することにある。具体的には、振動による端末接合近傍の断線を大幅に改善することができ、また、導電率がTPCのそれよりも大きくしてコイル重量を軽量化することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
請求項1に係る発明は、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択された添加元素と、2mass ppmを超える量の酸素とを含む軟質希薄銅合金材料を用いたマイクロスピーカーボイスコイル用巻線において、加工前の軟質希薄銅合金材料結晶組織が表面から50μm深さまでにおける平均結晶粒サイズが20μm以下である表層を有することを特徴とするものである。
【0027】
請求項2に係る発明は、前記銅合金線は、3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのTiを含む軟質希薄銅合金材料で構成したことを特徴とするものである。
【0028】
請求項3に係る発明は、前記軟質希薄銅合金材料の軟化温度は、φ2.6mmサイズで130℃〜148℃であることを特徴とするものである。
【0029】
請求項4に係る発明は、前記銅合金線は、その導電率が101.5%IACS以上であることを特徴とするものである。
【0030】
請求項5に係る発明は、SCR連続鋳造圧延装置により、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択された添加元素と、2mass ppmを超える量の酸素とを含む軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の鋳造温度で溶湯とし、この鋳造材からワイヤロッドを作製し、そのワイヤロッドを最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの温度が550℃以上の条件で熱間圧延して伸線加工し、伸線材に塗料を塗布・焼付けることによりマイクロスピーカーボイスコイル用巻線を製造することを特徴とするものである。
【0031】
請求項6に係る発明は、
前記軟質希薄銅合金材料は、3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのTiを含むものであることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、生産性が高く、導電率、軟化温度、表面品質に優れた、マイクロスピーカーボイスコイル用巻線に好適な実用的な希薄銅合金材料を提供することができるという優れた効果を発揮することができる。
【0033】
そして、本発明のマイクロスピーカーボイスコイル用巻線によるマイクロスピーカーボイスコイルは、振動による端末接合近傍の断線を大幅に改善でき、又、導電率がTPCのそれよりも大きいため、コイル重量を軽量化することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】素材におけるTiS粒子のSEM像を示す図である。
【図2】図1示す素材の分析結果を示す図である。
【図3】素材におけるTiO2粒子のSEM像を示す図である。
【図4】図3に示す素材の分析結果を示す図である。
【図5】本発明における素材のTi−O−S粒子のSEM像を示す図である。
【図6】図5に示す素材の分析結果を示す図である。
【図7】屈曲疲労試験の概略を示す図である。
【図8】400℃で1時間の焼鈍処理を施した後の無酸素銅線を用いた比較材13と低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材7における屈曲寿命を測定したグラフである。
【図9】600℃で1時間の焼鈍処理を施した後の無酸素銅線を用いた比較材14と低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材8における屈曲寿命を測定したグラフである。
【図10】比較材14の試料の幅方向の断面組織の写真を示す図である。
【図11】実施材8の幅方向の断面組織の写真を示す図である。
【図12】試料の表層における平均結晶粒サイズの測定方法について説明するための図面である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の好適な一実施の形態を詳述する。
【0036】
先ずは、導電率101.5%IACS(万国標準軟銅(International Anneld Copper Standard)、抵抗率1.7241×10−8Ωmを100%とした導電率)を満足する軟質型銅材としての軟質希薄銅合金材料を得ることである。また、副次的には、SCR連続鋳造設備を用い、表面傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能であり、ワイヤロッドの加工度90%(例えばφ8mm→φ2.6mm)での軟化温度が148℃以下の材料の開発にある。
【0037】
高純度銅(6N、純度99.9999%)に関しては、加工度90%での軟化温度は130℃である。従って、安定生産が可能な130℃以上で148℃以下の軟化温度で軟質材の導電率が101.5%IACS以上である軟質銅を安定して製造できる軟質希薄銅合金材料としての素材とその製造条件を求めることを検討した。
【0038】
ここで、酸素濃度1〜2mass ppmの高純度銅(4N)を用い、実験室にて小型連続鋳造機(小型連鋳機)を用いて、溶湯にチタンを数mass ppm添加した溶湯から製造したφ8mmのワイヤロッドをφ2.6mm(加工度90%)にして軟化温度を測ると160〜168℃であり、これ以上低い軟化温度にはならない。また、導電率は、101.7%IACS程度である。よって、酸素濃度を低くして、Tiを添加しても、軟化温度を下げることができず、また高純度銅(6N)の導電率102.8%IACSよりも悪くなることがわかった。
【0039】
この原因は、溶湯の製造中に不可避的不純物として、硫黄を数mass ppm以上含み、この硫黄とチタンとでTiS等の硫化物が十分形成されないために、軟化温度が下がらないものと推測される。
【0040】
そこで、この実施の形態では、軟化温度を下げることと、導電率を向上させるために、2つの方策を検討し、2つの効果を合わせることで目標を達成した。
【0041】
(a)素材の酸素濃度を2mass ppm以上に増やしてチタンを添加する。これにより、先ず溶銅中ではTiSとチタン酸化物(TiO2)やTi−O−S粒子が形成されると考えられる(図1、図3のSEM像と図2、図4の分析結果参照)。なお、図2、図4、図6において、PtおよびPdは観察のための蒸着元素である。
【0042】
(b)次に、熱間圧延温度を、通常の銅の製造条件(最初の圧延ロールでの温度950〜最終の圧延ロールでの温度600℃)よりも低く設定(最初の圧延ロールでの温度880〜最終の圧延ロールでの温度550℃)することで、銅中に転位を導入し、Sが析出し易いようにする。これによって転位上へのSの析出又はチタンの酸化物(TiO2)を核としてSを析出させ、その一例として溶銅と同様Ti−O−S粒子等を形成させる(図5のSEM像と、図6の分析結果参照)。
【0043】
図1〜6は、表1の実施例1の上から三段目に示す酸素濃度、硫黄濃度、Ti濃度をもつφ8mmの銅線(ワイヤロッド)の横断面をSEM観察及びEDX分析にて評価したものである。観察条件は、加速電圧15KeV、エミッション電流10μAとした。
【0044】
(a)と(b)により、銅中の硫黄が晶出と析出を行い、冷間伸線加工後に軟化温度と導電率を満足する銅ワイヤロッドを製作することができる。
【0045】
次に、この実施の形態では、SCR連続鋳造設備で製造条件の制限として(1)〜(4)を制限した。
【0046】
(1)組成について
添加元素は、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択する。添加元素として、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択されるものを選んだ理由は、これらの元素は他の元素と結合しやすい活性元素であり、Sと結合しやすいためSをトラップすることができ、銅母材(マトリクス)を高純度化することができるためである。添加元素は、1種類以上含まれていてもよい。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他の元素及び不純物を合金に含有させることもできる。
【0047】
また、以下に説明する好適な実施の形態においては、酸素含有量か2を超え30mass ppm以下が良好であることを説明しているが、2を超え400mass ppmを含むことができる。
【0048】
導電率が101.5%IACS以上の軟質銅材を得る場合は、不可避的不純物を含む純銅に3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのTiを含む軟質希薄銅合金材料でワイヤロッドとするのがよい。2を超え30mass ppm以下の酸素を含有していることから、この実施の形態では、いわゆる低酸素銅(LOC)を対象としている。
【0049】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に、硫黄は銅中に取り込まれてしまうため、硫黄を3mass ppm以下とするのは難しい。汎用電気銅の硫黄濃度上限は12mass ppmである。
【0050】
制御する酸素は、上述したように、少ないと軟化温度が下がり難いので2mass ppm以上とする。また、酸素が多すぎると、熱間圧延工程で表面傷が出やすくなるので30mass ppm以下とする。
【0051】
(2)分散している物質について
分散粒子のサイズは小さく沢山分布することが望ましい。その理由は、硫黄の析出サイトとして働くためサイズが小さく数が多いことが要求される。
【0052】
硫黄及びチタンは、TiO、TiO2、TiS、Ti−O−Sの形で化合物または凝集物を形成し、残りのTiとSが固溶体の形で存在している。TiOのサイズが200nm以下、TiO2は1000nm以下、TiSは200nm以下、Ti−O−Sは300nm以下で結晶粒内に分布している軟質希薄銅合金材料とする。
【0053】
但し、鋳造時の溶銅の保持時間や冷却状況により、形成される粒子サイズが変わるので鋳造条件の設定も必要である。
【0054】
(3)鋳造条件について
SCR連続鋳造圧延により、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッドを造る、一例として、加工度99.3%でφ8mmワイヤロッドを造る方法を用いる。
【0055】
(a)溶解炉内での溶銅温度は、1100℃以上1320℃以下とする。溶銅の温度が高いとブローホールが多くなり、傷が発生するとともに粒子サイズが大きくなる傾向にあるので1320℃以下とする。1100℃以上としたのは、銅が固まりやすく製造が安定しないためであるが、溶銅温度は、できるだけ低い温度が望ましい。
【0056】
(b)熱間圧延温度は、最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの温度が550℃以上とする。
【0057】
通常の純銅製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出と熱間圧延中の硫黄の析出が本実施の形態での課題であるので、その駆動力である固溶限をより小さくするためには、鋳造温度と熱間圧延温度を(a)、(b)とするのがよい。
【0058】
通常の熱間圧延温度は、最初の圧延ロールでの温度が950℃以下、最終圧延ロールでの温度が600℃以上であるが、固溶限をより小さくするためには、本実施の形態では、最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの温度が550℃以上に設定する。
【0059】
最終圧延ロールでの温度を550℃以上にする理由は、この温度以下ではワイヤロッドの傷が多いので製品にならないためである。熱間圧延温度は、最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの温度が550℃以上で、できるだけ低い方が望ましい。こうすることで、軟化温度(φ8〜φ2.6に加工後)が限りなく高純度銅(6N、軟化温度130℃)に近くなる。
【0060】
(c)直径φ8mmサイズのワイヤロッドの導電率が102%IACS以上であり、冷間圧延後のφ2.6mmの軟化温度が130℃〜148℃である軟質希薄銅合金線または板状材料を得ることができる。
【0061】
導電率は、無酸素銅のレベルで101.7%IACS程度であり、タフピッチ銅が101.2%IACS程度であり、高純度銅(6N)で102.8%IACSであるため、本実施の形態のマイクロスピーカーボイスコイル用の導体(銅合金線)としては、できるだけ高純度銅(6N)に近い導電率であることが望ましく、101.5%IACS以上必要であり、軟化温度はその工業的価値から見て148℃以下である。Tiを添加しない場合は、160〜165℃である。高純度銅(6N)の軟化温度は127〜130℃であったので、得られたデータから限界値を130℃とする。このわずかな違いは、高純度銅(6N)にない不可避的不純物にある。
【0062】
銅は、シャフト炉で溶解の後、還元状態の樋になるように制御した。すなわち、還元ガス(CO)雰囲気の下で、希薄合金の構成元素の硫黄濃度、Ti濃度、酸素濃度を制御して鋳造し、圧延するワイヤロッドを安定して製造する方法がよい。銅酸化物の混入や粒子サイズが大きいので品質を低下させる。
【0063】
ここで、添加物としてTiを選択した理由は次の通りである。
【0064】
(a)Tiは溶融銅の中で硫黄と結合し化合物を造りやすい。
【0065】
(b)Zrなど他の添加金属に比べて加工で扱いやすい。
【0066】
(c)Nbなどに比べて安価である。
【0067】
(d)酸化物を核として析出しやすい。
【0068】
以上により、本実施の形態の軟質希薄銅合金材料は、溶融半田めっき材(線、板、箔)、エナメル線、軟質純銅、高導電率銅、やわらかい銅線として使用でき、生産性が高く、焼鈍時のエネルギーを低減でき、導電率、軟化温度、表面品質に優れた実用的な軟質希薄銅合金材料とすることが可能となる。
【0069】
また、本実施の形態の軟質希薄銅合金線を複数本撚り合わせた軟質希薄銅合金撚線として使用することも可能である。
【0070】
また、上述の実施の形態では、SCR連続鋳造圧延法によりワイヤロッドを作製し、熱間圧延にて軟質材を作製する例で説明したが、双ロール式連続鋳造圧延法またはプロペルチ式連続鋳造圧延法により製造するようにしても良い。
【実施例】
【0071】
表1は実験条件と結果に関するものである。
【0072】
【表1】
先ず、実験材として、表1に示した酸素濃度、硫黄濃度、Ti濃度で、φ8mmの銅線(ワイヤロッド):加工度99.3% をそれぞれ作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鋳造圧延により、熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作成した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工してφ8mmの銅線を作成したものである。その実験材を冷間伸線して、φ2.6mmのサイズにおける半軟化温度と導電率を測定し、また、φ8mmの銅線における分散粒子サイズを評価した。
【0073】
酸素濃度は、酸素分析器(レコ(Leco;商標)酸素分析器)で測定した。硫黄、Tiの各濃度はICP発光分光分析器で分析した結果である。
【0074】
φ2.6mmのサイズにおける半軟化温度の測定は、400℃以下で各温度1時間の保持後、水中急冷し、引張試験を実施してその結果から求めた。室温での引張試験の結果と400℃で1時間のオイルバス熱処理した軟質銅線の引張試験の結果を用いて求め、この2つの引張試験の引張強さを足して2で割った値を示す強度に対応する温度を半軟化温度と定義し求めた。
【0075】
分散粒子のサイズは小さく沢山分布することが望ましい。その理由は、硫黄の析出サイトとして働くためサイズが小さく数が多いことが要求される。すなわち直径500nm以下の分散粒子が90%以上である場合を合格とした。ここに「サイズ」とは化合物のサイズであり、化合物の形状の長径と短径のうちの長径のサイズを意味する。また、「粒子」とは前記TiO、TiO2、TiS、Ti−O−Sのことを示す。また、「90%」とは、全体の粒子数に対しての該当粒子数の割合を示すものである。
【0076】
表1において、比較材1は、実験室でAr雰囲気において直径φ8mmの銅線を試作した結果であり、Tiを、0〜18mass ppm添加したものである。
【0077】
このTi添加で、Ti添加量ゼロの半軟化温度215℃に対して、13mass ppmの添加で160℃まで低下して最小となり、15,18mass ppmの添加で高くなっており、要望の軟化温度148℃以下にはならなかった。また、導電率101.5%以上を満足していないため、総合評価は×(不合格)であった。
【0078】
そこで、次にSCR連続鋳造圧延法にて、酸素濃度を7〜8mass ppmに調整してφ8mm銅線(ワイヤロッド)の試作を行った。
【0079】
比較材2は、SCR連続鋳造圧延法で試作した中でTi濃度の少ないもの(0,2mass ppm)であり、導電率は101.5%IACS以上であるが、半軟化温度が164,157℃であり、要求の148℃以下を満足しないので、総合評価で×となった。
【0080】
実施材1については、酸素濃度と硫黄が、ほぼ一定(7〜8mass ppm、5mass ppm)、Ti濃度の異なる(4〜25mass ppm)試作材の結果である。
【0081】
このTi濃度4〜25mass ppmの範囲では、軟化温度148℃以下であり、導電率も101.5%IACS以上であり、分散粒子サイズも500nm以下の粒子が90%以上であり良好である。そしてワイヤロッドの表面もきれいであり、いずれも製品性能として満足している(総合評価○)。
【0082】
ここで、導電率101.5%IACS以上を満たすものは、Ti濃度が4〜25mass ppmのときである。Ti濃度が13mass ppmのとき導電率が最大値である102.4%IACSを示し、この濃度の周辺では、導電率は、僅かに低い値であった。これは、Tiが13mass ppmのときに、銅中の硫黄分を化合物として捕捉することで、高純度銅(6N)に近い導電率を示したためである。
【0083】
よって、酸素濃度を高くし、Tiを添加することで、半軟化温度と導電率の双方を満足させることができる。
【0084】
比較材3は、Ti濃度が25mass ppmを超える試作材である。この比較材3は、半軟化温では要望を満足しているが、導電率が101.5%IACSを下回っているために、総合評価は×であった。
【0085】
比較材4は、Ti濃度を60mass ppmと高くした試作材である。この比較材3は、導電率は要望を満足しているが、半軟化温度は148℃以上であり、製品性能を満足していない。更に、ワイヤロッドの表面傷も多い結果であり、製品にすることは難しかった。よって、Tiの添加量は60mass ppm未満がよい。
【0086】
次に、実施材2については、硫黄濃度を5mass ppmとし、Ti濃度を13〜10mass ppmとし、酸素濃度を変えて酸素濃度の影響を検討した試作材である。
【0087】
酸素濃度に関しては、2を超え30mass ppm以下まで、大きく濃度が異なる試作材とした。但し、酸素が2mass ppm未満は、生産が難しく安定した製造が困難であることから、総合評価は△(合否の間)とした。また、酸素濃度を30mass ppmと高くしても半軟化温度と導電率の双方を満足することがわかった。
【0088】
また、比較材5に示すように、酸素が40mass ppmの場合には、ワイヤロッド表面の傷が多く、製品にならない状況であった。
【0089】
よって、酸素濃度が2を超え30mass ppm以下の範囲とすることで、半軟化温度、導電率101.5%IACS以上、分散粒子サイズいずれの特性も満足させることができ、また、ワイヤロッドの表面もきれいであり、いずれも製品性能を満足させることができる。
【0090】
次に、実施材3は、それぞれ酸素濃度とTi濃度とを比較的同じ近い濃度とし、硫黄濃度を4〜20mass ppmと変えた試作材の例である。この実施材3においては、硫黄が2mass ppmより少ない試作材は、その原料面から実現できなかったが、Tiと硫黄の濃度を制御することで、半軟化温度と導電率の双方を満足させることができる。
【0091】
比較材6の硫黄濃度が18mass ppmで、Ti濃度が13mass ppmの場合には、半軟化温度が162℃で高く、必要特性を満足できなかった。また、特にワイヤロッドの表面品質が悪いので、製品化は難しい。
【0092】
以上より、硫黄濃度が2〜12mass ppmの場合には、半軟化温度、導電率101.5%IACS以上、分散粒子サイズいずれの特性も満足しており、ワイヤロッドの表面もきれいですべての製品性能を満足することがわかった。
【0093】
また、比較材7として高純度銅(6N)を用いた検討結果を示したが、半軟化温度127〜130℃であり、導電率も102.8%IACSであり、分散粒子サイズも500μm以下の粒子はまったく認められなかった。
【0094】
【表2】
表2は、製造条件としての溶融銅の温度と圧延温度を示したものである。
【0095】
比較材8は、溶銅温度が高めの1330〜1350℃で且つ圧延温度が950〜600℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。
【0096】
この比較材8は、半軟化温度と導電率は満足するものの、分散粒子のサイズに関しては、1000nm程度のものもあり、500nm以上の粒子も10%を超えていた。よってこれは不合格(×)とした。
【0097】
実施材4は、溶銅温度が1200〜1320℃で且つ圧延温度が低めの880〜550℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この実施材4については、ワイヤ表面品質、分散粒子サイズも良好で、総合評価は○であった。
【0098】
比較材9は、溶銅温度が1100℃で且つ圧延温度が低めの880〜550℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この比較材8は、溶銅温度が低いため、ワイヤロッドの表面傷が多く製品には適さなかった。これは、溶銅温度が低いことから圧延時に傷が発生しやすいためである。
【0099】
比較材10は、溶銅温度が1300℃で且つ圧延温度が高めの950〜600℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この比較材9は、熱間圧延温度が高いため、ワイヤロッドの表面品質が良いが、分散粒子サイズに大きなものがあり、総合評価は×となった。
【0100】
比較材11は、溶銅温度が1350℃で且つ圧延温度が低めの880〜550℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この比較材10は、溶銅温度が高いため、分散粒子サイズに大きなものがあり、総合評価は×となった。
【0101】
[軟質希薄銅合金線の軟質特性]
表3は、無酸素銅線を用いた比較材12と低酸素銅に13mass ppmのTiを含有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材5とを試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したもののビッカース硬さ(Hv)を検証した表である。
【0102】
実施材5は、表1の実施材1に記載した合金組成と同じものを使用した。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。この表によると、焼鈍温度が400℃のときに比較材12と実施材5とのビッカース硬さ(Hv)は同等レベルとなり、焼鈍温度が600℃でも同等のビッカース硬さ(Hv)を示している。このことから、本実施例の軟質希薄銅合金線は十分な軟質特性を有するとともに、無酸素銅線と比較しても、特に焼鈍温度が400℃を超える領域においては優れた軟質特性を備えていることがわかる。
【0103】
【表3】
[軟質希薄銅合金線の耐力、屈曲寿命及び導電率についての検討]
表4は、無酸素銅線を用いた比較材12と低酸素銅に13mass ppmのTiを含有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材6を試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したものの0.2%耐力値の推移を検証した表である。実施材6は、表1の実施材1に記載した合金組成と同じものを使用した。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。
【0104】
この表によると、焼鈍温度が400℃のときに比較材13と実施材6の0.2%耐力値が同等レベルであり、焼鈍温度600℃では実施材6も比較材13もほぼ同等の0.2%耐力値となっていることがわかる。
【0105】
【表4】
次に、本実施例における軟質希薄銅合金線は、屈曲寿命の高さが要求されるが、無酸素銅線を用いた比較材14と低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材7における屈曲寿命を測定した結果を図8に表す。ここでは、試料として、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍を施したものを用い、比較材14は比較材12と同様の成分組成であり、実施材7も実施材5と同様の成分組成のものを使用した。
【0106】
ここに、屈曲寿命の測定は、屈曲疲労試験方法によって行った。屈曲疲労試験は、荷重を負荷し、試料表面に引張と圧縮の繰返し曲げひずみを与える試験である。
【0107】
図7は、屈曲疲労試験形態を示している。試料(線材)は、(A)に示すように、その一端を屈曲ヘッドのクランプで支持して曲げ治具(図中リングと記載)の間に垂下するようにセットし、他端に取り付けた錘により荷重を負荷したままの状態として、(B)に示すように屈曲ヘッドを90度回転させることにより線材に曲げ治具に沿った曲げを与える。この操作で、曲げ治具に接している線材表面には圧縮ひずみが負荷され、これに対応して反対側の表面には引張ひずみが負荷される。その後、屈曲ヘッドを(A)の状態に戻す。次に、(C)に示すように、(B)に示した向きと反対方向に屈曲ヘッドを90度回転させて線材に曲げを与える。この場合も、曲げ治具に接している線材表面には圧縮ひずみが負荷され、これに対応して反対側の表面には引張ひずみが負荷される。そして、(C)から最初の状態(A)に戻す。この屈曲疲労1サイクル(A)(B)(A)(C)(A)に要する時間は4秒である。表面曲げ歪は以下の式により求めることができる。
【0108】
表面曲げ歪(%)=r/(R+r)×100(%)
ここで、R:素線曲げ半径(30mm)、r:素線半径 である。
【0109】
図8の実験データによると、本実施例における実施材7は、比較材13に比して高い屈曲寿命を示した。
【0110】
また、無酸素銅線を用いた比較材14と低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材8における屈曲寿命を測定した結果を図9に表す。ここでは、試料として、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍を施したものを用い、比較材14は比較材11と同様の成分組成であり、実施材8も実施材5と同様の成分組成のものを使用した。屈曲寿命の測定方法は、図8の測定方法と同様の条件で行った。この場合も、本実施例における実施材8は、比較材14に比して高い屈曲寿命を示した。この結果は、いずれの焼鈍条件下においても実施材7、8の方が比較材13、14に比して0.2%耐力値が大きい値を示していたことに起因するものであると理解される。
【0111】
[軟質希薄銅合金線の結晶構造についての検討]
また、図10は、実施材8の試料の幅方向の断面組織の写真を表したものであり、図11は、比較材14の幅方向の断面組織の写真を表したものである。図10は、比較材14の結晶構造を示し、図11は実施材8の結晶構造を示している。
【0112】
これをみると、比較材14の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材8の結晶構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、特筆すべきは、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることである。
【0113】
発明者等は、比較材14には形成されていない、表層に現れた微細結晶粒層が実施材8の屈曲特性の向上に寄与しているものと考えている。
【0114】
このことは、通常であれば、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行えば、比較材14のように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されるものであると理解されるが、本実施例の場合には、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行っても、なお、その表層には微細結晶粒層が残存していることから、軟質銅材でありながら、屈曲特性の良好な軟質希薄銅合金材料が得られたものであると考えられる。
【0115】
そして、図10及び図11に示す結晶構造の断面写真をもとに、実施材8および比較材14の試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0116】
ここに、表層における平均結晶粒サイズの測定方法は、図12に示すように、0.26mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでのところの長さ1mmの線上の範囲での結晶粒サイズを測定した夫々の実測値を平均した値を表層における平均結晶粒サイズとした。
【0117】
測定の結果、比較材14の表層における平均結晶粒サイズは、50μmであったのに対し、実施材8の表層における平均結晶粒サイズは、10μmである点で大きく異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことによって、屈曲疲労試験による亀裂の進展が抑制され、屈曲疲労寿命が延びたと考えられる(結晶粒サイズが大きいと結晶粒界に沿って亀裂が進展してしまうが、結晶粒サイズが小さいと亀裂の進展の方向が変わるため、進展が抑制される)。このことが、上述のとおり、比較材と実施材との屈曲特性の面で大きな相違を生じたものと考えられる。
【0118】
また、2.6mm径である実施材6、比較例12の表層における平均結晶粒サイズは、2.6mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に50μmの深さのところの長さ10mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。
【0119】
測定の結果、比較材12の表層における平均結晶粒サイズは100μmであったのに対し、実施材6の表層における平均結晶粒サイズは20μmであった。
【0120】
本発明の効果を奏するものとして、表層の平均結晶粒サイズの上限値としては20μm以下のものが好ましく、製造上の限界値から5μm以上のものが想定される。
【0121】
[マイクロスピーカー用ボイスコイルへの適用について]
本発明のマイクロスピーカー用ボイスコイルは、芯材と、この芯材を被覆するポリウレタン樹脂を主成分とするエナメル線用絶縁塗料を塗付焼き付けし絶縁層とし、この上層に融点120℃〜140℃程度の12ナイロンを主体とした共重合ナイロン樹脂を主成分とした自己融着塗料を塗布焼付けして融着層とした自己融着絶縁電線によって構成される。
【0122】
ここで、芯材は、実施材1の上から3番目の素材を使用し、溶銅温度1320℃で且つ圧延温度を880℃〜550℃としてφ8mmのワイヤロッドを作成し、更に、これを伸線加工してφ2.6mmの素材を得、このφ2.6mmの素材を更にφ0.05mmに伸線加工したものである。
【0123】
このように構成した自己融着絶縁電線は、6N-OFC相当の導電率をもち、6N-OFCより優れた屈曲性をもち、6N-OFCよりコストを掛けずにボイスコイル用自己融着線とすることができる。
【0124】
この自己融着絶縁電線を300℃〜400℃の熱風を吹きつけながら巻線して空芯コイルを作製し、これをポリカーボネートフィルム、ポリイミドフィルムなどを成形したコーンに装着し、紫外線硬化型接着剤などでコイルとコーンを接着してマイクロスピーカーのボイスコイル組み物とした。ボイスコイルの端末接続は、コイル導体(電線)の両端末部分をスピーカー外部接続端子側に直接はんだ付けしてボイスコイルに給電する構成とした。
【0125】
このようなマイクロスピーカー用ボイスコイルによれば、屈曲性は高抗張力導体を使用したものと同等以上である事から振動による端末接合近傍の断線を大幅に改善できる。また、導電率が高抗張力導体93%IACSに対して実施材は101.5%を超えるものであることから、同一コイル抵抗とするためには、コイル重量を軽量化することが可能であり、これにより線材の使用量の減及び軽量化による出力音圧レベルの向上を図ることが可能であると共に、高抗張力導体に比べ安価であることから経済的効果も大きい。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択された添加元素と、2mass ppmを超える量の酸素とを含む軟質希薄銅合金材料を用いたマイクロスピーカーボイスコイル用巻線において、
加工前の軟質希薄銅合金材料結晶組織が表面から50μm深さまでにおける平均結晶粒サイズが20μm以下である表層を有することを特徴とするマイクロスピーカーボイスコイル用巻線。
【請求項2】
前記銅合金線は、3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのTiを含む軟質希薄銅合金材料で構成したことを特徴とする請求項1に記載のマイクロスピーカーボイスコイル用巻線。
【請求項3】
前記軟質希薄銅合金材料の軟化温度は、φ2.6mmサイズで130℃〜148℃であることを特徴とする請求項1又は2に記載のマイクロスピーカーボイスコイル用巻線。
【請求項4】
前記銅合金線は、その導電率が101.5%IACS以上であることを特徴とする請求項1乃至3の1項に記載のマイクロスピーカー用ボイスコイル。
【請求項5】
SCR連続鋳造圧延装置により、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択された添加元素と、2mass ppmを超える量の酸素とを含む軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の鋳造温度で溶湯とし、この鋳造材からワイヤロッドを作製し、そのワイヤロッドを最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの温度が550℃以上の条件で熱間圧延して伸線加工し、伸線材に塗料を塗布・焼付けることによりマイクロスピーカーボイスコイル用巻線を製造することを特徴とするマイクロスピーカーボイスコイル用巻線の製造方法。
【請求項6】
前記軟質希薄銅合金材料は、3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのTiを含むものであることを特徴とする請求項5に記載のマイクロスピーカーボイスコイル用巻線の製造方法。
【請求項1】
Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択された添加元素と、2mass ppmを超える量の酸素とを含む軟質希薄銅合金材料を用いたマイクロスピーカーボイスコイル用巻線において、
加工前の軟質希薄銅合金材料結晶組織が表面から50μm深さまでにおける平均結晶粒サイズが20μm以下である表層を有することを特徴とするマイクロスピーカーボイスコイル用巻線。
【請求項2】
前記銅合金線は、3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのTiを含む軟質希薄銅合金材料で構成したことを特徴とする請求項1に記載のマイクロスピーカーボイスコイル用巻線。
【請求項3】
前記軟質希薄銅合金材料の軟化温度は、φ2.6mmサイズで130℃〜148℃であることを特徴とする請求項1又は2に記載のマイクロスピーカーボイスコイル用巻線。
【請求項4】
前記銅合金線は、その導電率が101.5%IACS以上であることを特徴とする請求項1乃至3の1項に記載のマイクロスピーカー用ボイスコイル。
【請求項5】
SCR連続鋳造圧延装置により、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、Ti、及びCrからなる群から選択された添加元素と、2mass ppmを超える量の酸素とを含む軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の鋳造温度で溶湯とし、この鋳造材からワイヤロッドを作製し、そのワイヤロッドを最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの温度が550℃以上の条件で熱間圧延して伸線加工し、伸線材に塗料を塗布・焼付けることによりマイクロスピーカーボイスコイル用巻線を製造することを特徴とするマイクロスピーカーボイスコイル用巻線の製造方法。
【請求項6】
前記軟質希薄銅合金材料は、3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのTiを含むものであることを特徴とする請求項5に記載のマイクロスピーカーボイスコイル用巻線の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−87378(P2012−87378A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−235868(P2010−235868)
【出願日】平成22年10月20日(2010.10.20)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年10月20日(2010.10.20)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】
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