説明

マイクロチップを用いた核酸増幅方法およびマイクロチップ、それを用いた核酸増幅システム

【課題】マイクロチップを用いても非特異的増幅が生じることのない、少量の試料を簡便に増幅できる核酸増幅法の提供。
【解決手段】試料導入部、反応部、および該反応部と該試料導入部とを結ぶ流路を有するマイクロチップにおいて核酸増幅を行う方法であって、増幅反応中に反応溶液が蒸発することを防止する手段を用いることを特徴とする核酸増幅方法、および、増幅反応中に反応溶液が蒸発することを防止する手段を備えた、試料導入部、反応部、および該反応部と該試料導入部とを結ぶ流路を有するマイクロチップ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロチップを用いた核酸増幅方法およびそれに用いるマイクロチップ、それを用いた核酸増幅システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
微小な流路、すなわちマイクロスケールの流路を有するマイクロチップ(マイクロケミカルデバイス、マイクロリアクターともいう)は、微量検体中の微量成分の分析方法として、近年注目されている。
等価直径1mm以下の流路(チャンネル)をもつ微小ケミカルデバイスであるマイクロチップは、検体量を少なくできるという点、またデバイスを小型化できるという点から、迅速性、簡便性をも満足する新しい微量分析技術として脚光を浴びており、特に、血液や、尿、組織等に存在している微量成分の分析への応用が期待されている(例えば特許文献1)。
【0003】
一方、微量な検体の遺伝情報を調べるために、核酸を増幅することが広く知られている。DNAやRNAといった遺伝子を取り扱う上で核酸の増幅が行われている。核酸を増幅する際は、PCR法のように指数関数的に増幅する方法が一般的であるため、得られる核酸の配列が元の核酸の配列と正確に一致することが求められる。
しかしながら、核酸増幅反応において、非特異的な反応も生じることが知られており、その改善が試みられている(例えば特許文献2)。
【特許文献1】特開2001−258868号公報
【特許文献2】特表2003-525055号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明者らは、微量な検体からの容易な核酸増幅を達成するため、微小な反応系を有するマイクロチップを用いて核酸増幅を行うことを検討した。
しかしながら、マイクロチップ内で核酸増幅反応を行ったところ、驚くべきことに核酸の非特異的増幅が生じることがわかり、その対策が新たに求められた。
即ち、本発明の目的は、マイクロチップを用いても非特異的増幅が生じることのない核酸増幅法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題が生じる原因を検討した結果、増幅反応中に反応溶液が蒸発することが核酸の非特異的増幅と関係することを見出した。そして、増幅反応中に反応溶液が蒸発することを防止する手段を用いることにより、上記課題が達成されることが判明した。
即ち、本発明は下記構成よりなる。
【0006】
<1>
試料導入部、反応部、および該反応部と該試料導入部とを結ぶ流路を有するマイクロチップを用いて核酸増幅を行う方法であって、増幅反応中の反応溶液の蒸発を防止する手段を用いることを特徴とする、核酸増幅方法。
<2>
増幅反応中の反応溶液の蒸発を防止することにより、増幅反応中のプライマー濃度を10μM以下に維持することを特徴とする、上記<1>記載の核酸増幅方法。
<3>
核酸増幅反応が等温増幅法で行われることを特徴とする上記<1>または<2>に記載の核酸増幅方法。
<4>
等温増幅法による核酸増幅反応が65℃以下の温度で行われることを特徴とする上記<3>に記載の核酸増幅方法。
<5>
試料導入部、反応部、および該反応部と該試料導入部とを結ぶ流路を有し、核酸を含む試料が蒸発することを防止する手段を備えたマイクロチップ。
<6>
上記1〜4のいずれかに記載の核酸増幅方法を用いて核酸増幅を行う核酸増幅システム。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、マイクロチップを用いても非特異的増幅が生じることのない核酸増幅法が提供される。これにより、より微量な検体から簡便な方法で短時間に正確な核酸増幅を行うことが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の核酸増幅方法は、試料導入部、反応部、および該反応部と該試料導入部とを結ぶ流路を有するマイクロチップにおいて核酸増幅を行う方法であって、増幅反応中に反応溶液が蒸発することを防止する手段を用いることを特徴とする。
また、本発明のマイクロチップは、試料導入部、反応部、および該反応部と該試料導入部とを結ぶ流路を有し、増幅反応中に反応溶液が蒸発することを防止する手段を備えていることを特徴とする。
【0009】
<核酸増幅>
本発明において、マイクロチップ内にて核酸増幅を行うが、核酸の抽出、反応基質の添加などの反応系の準備や反応条件は、核酸増幅方法は従来の方法と同じ反応を用いることができる。
核酸増幅法としては、たとえば、PCR法(特公平4−67960号、特公平4−67957号)、LCR法(特開平5−2934号公報)、SDA法(Strand Displacement Amplification:特開平5−130870号)、RCA法(Rolling Circle Amplification:Proc.Natl.Acad.Sci,vol.92,4641−4645(1995))、ICAN法(Isothermal and Chimeric primer−initiated Amplification of Nucleic acids)、LAMP法(Loop−Mediated Isothermal Amplification of DNA;Bio Industry,第18巻、2号(2001))、NASBA法(Nucleic acid Sequence−based Amplification method;Nature,350,91〜(1991))、TMA法(Transcription mediated amplification method;J.Clin Microbiol.第31巻、3270〜(1993))等が挙げられる。
【0010】
核酸増幅法で最も一般的で普及している方法はPCR(ポリメラーゼチェーンリアクション)法である。PCR法では、反応液の温度の上げ下げを周期的にコントロールすることにより、変性(核酸断片を2本鎖から1本鎖に変性する工程)→アニーリング(1本鎖に変性した核酸断片にプライマーをハイブイリダイズさせる工程)→ポリメラーゼ(TaqDNAポリメラーゼ)伸長反応→ディネイチャーの周期的な工程を繰り返すことで、ターゲット核酸断片の目的部分を増幅する方法である。最終的に、ターゲット核酸断片の目的部位は初期量の100万倍にも増幅し得る。
【0011】
LCR法(特開平5-2934号)は、1本鎖DNAに2本の相補的なオリゴヌクレオチドプローブ鎖をend-to-tailに結合させて、耐熱性リガーゼで2本のオリゴヌクレオチド鎖間のニックを封じる。その結合したDNA鎖が熱変性で遊離し、また鋳型となり、増幅するという方法である。また、LCRを改良して、2つのプライマー間にギャップを設定し、その間をポリメラーゼで埋める方法(Gap-LCR:Nucleic Acids Research、第23巻、4号、675〜(1995))も開発されている。
【0012】
SDA法(特開平5-130870号)は、エクソヌクレアーゼを用いたサイクリングアッセイ法であり、ポリメラーゼ伸長反応を利用したターゲット核酸断片の目的部位の増幅法の一つである。この方法はターゲット核酸断片の目的部位に特異的にハイブリダイゼーションしたプライマーを起点とした、ポリメラーゼ伸長反応とともに、5'→3'エクソヌクレアーゼを作用させて、プライマーを逆方向から分解する方法である。分解したプライマーの代わりに新たなプライマーがハイブリダイゼーションし、再度DNAポリメラーゼによる伸長反応が進行する。このポリメラーゼによる伸長反応と、この先に伸長した鎖を外すエクソヌクレーアゼによる分解反応が順次、周期的に繰り返される。ここで、ポリメラーゼによる伸長反応とエクソヌクレーアゼによる分解反応は等温条件で実施することが可能である。
【0013】
LAMP法は、近年開発されたターゲット核酸断片の目的部位の増幅法である。この方法は、ターゲット核酸断片の少なくとも6個所の特定部位を相補的に認識する少なくとも4種のプライマーと、5'→3'方向へのヌクレアーゼ活性がなく、かつ鋳型上の2本鎖DNAを1本鎖DNAとして遊離させながら伸長反応を触媒する鎖置換型のBst DNAポリメラーゼを使用することで、等温条件でターゲット核酸断片の目的部位を、特別な構造として増幅する方法である。
【0014】
ICAN法も、近年開発されたターゲット核酸断片の目的部位の増幅法である。RNA-DNAキメラプライマー、鎖置換活性と鋳型交換活性を有するDNAポリメラーゼ、RNaseHを用いる等温の遺伝子増幅方法である。キメラプライマーが鋳型と結合した後、DNAポリメラーゼにより相補鎖が合成される。その後,RNaseHがキメラプライマー由来のRNA部分を切断し、切断部分から鎖置換反応と鋳型交換反応を伴った伸長反応が起きるこの反応が繰り返し起こることにより遺伝子が増幅される。
【0015】
いずれの増幅方法においても、非特異増幅は増幅産物を反応溶液に持ち込むことによるコンタミネーション、あるいは、同一もしくは異なるプライマー同士が二量体を形成することにより、これを起点に増幅が始まるといったことを原因に起こりうる。
【0016】
そこで、プライマーがダイマーを形成しないように、プライマー配列を考慮して設計を行ったり、反応液中のプライマー濃度を高濃度にしすぎないようにする必要がある。プライマーの濃度はPCRの場合、2本のプライマー合計で0.2〜1.0μMが好ましく、LAMP法等の等温増幅の場合、全てのプライマーの合計で、4〜9μMが好ましい。
【0017】
等温増幅法の場合、反応効率を高めるため通常のPCRよりも高濃度でプライマーを添加することが多い。そのため、増幅反応中に液の蒸発が起こることによりプライマーが濃縮され二量体を形成しやすくなっている。そこで、増幅反応中の液の蒸発を防止しプライマーが濃縮されないように工夫することは重要である。
【0018】
また、核酸増幅に用いるその他の試薬も、LAMP増幅反応等の等温増幅反応や一般的なPCR増幅反応等のポリメラーゼ増幅反応、LCR等のリガーゼ増幅反応など、公知の核酸増幅法に用いるものが利用できる。
具体的には、ポリメラーゼ及び/あるいはリガーゼ(好ましくはTaqポリメラーゼ等の耐熱酵素)、核酸基質(dATP/dTTP(dUTP)/dCTP/dGTPのdNTP)、それらに適した緩衝液(たとえばTris−HClなど)や融解温度調整剤(たとえばDMSO)などであり、従来の核酸増幅と同様の種類、量および方法で用いることができる。
【0019】
本発明においては、取り扱いの容易さや、小さなチップを用いる観点から、増幅反応のサイクルに応じて温度変化を要する従来のPCR法より、一定の温度で反応を行うことができるLAMP法などの等温核酸増幅法を用いることが好ましい。
ここで、「等温」とは、酵素およびプライマーが実質的に機能しうるような、ほぼ一定の温度条件下に保つことをいう。ほぼ一定の温度条件とは、設定された温度を正確に保持することのみならず、酵素およびプライマーの実質的な機能を損なわない程度の温度変化であれば許容されることを意味し、例えば10℃程度の温度変化であれば許容される。
【0020】
本発明において「核酸」は、特に制限されず、DNAおよびRNAあるいはその他の人工核酸(所謂PNA等)いずれも用いることができ、例えば、cDNA、ゲノムDNA、mRNA等の天然試料であっても、合成ポリヌクレオチドであってもよい。また二本鎖核酸、並びに直鎖状核酸および環状核酸を含む。
【0021】
<マイクロチップ>
本発明において、マイクロチップとは、少なくとも試料導入部、反応部、および該反応部と該試料導入部等とを結ぶ流路を有するものである。具体的には、等価直径1mm以下の流路(チャンネルとも称する。)を有する。
本発明でいう等価直径(equivalent diameter)は、相当(直)径とも呼ばれ、機械工学の分野で一般的に用いられている用語である。任意断面形状の配管(本発明では流路に当たる。)に対し等価な円管を想定するとき、その等価円管の直径を等価直径といい、deq:等価直径は、A:配管の断面積、p:配管のぬれぶち長さ(周長)を用いて、deq=4A/pと定義される。円管に適用した場合、この等価直径は円管直径に一致する。等価直径は等価円管のデータを基に、その配管の流動あるいは熱伝達特性を推定するのに用いられ、現象の空間的スケール(代表的長さ)を表す。等価直径は、一辺aの正四角形管ではdeq=4a2/4a=a、路高さhの平行平板間の流れではdeq=2hとなる。これらの詳細は「機械工学事典」((社)日本機械学会編1997年、丸善(株))に記載されている。
【0022】
本発明に用いられる流路の等価直径は1mm以下であるが、好ましくは10〜500μmであり、特に好ましくは20〜300μmである。
また流路の長さには特に制限はないが、好ましくは1mm〜10000mmであり、特に好ましくは5mm〜100mmである。
本発明に用いられる流路の幅は、1〜3000μmであることが好ましく、より好ましくは10〜2000μmであり、さらに好ましくは50〜1000μmである。流路の幅が上記範囲であると、検体が、流路の壁から抵抗を受けて流動性が低下することが少なく、かつ、検体の量を少量にとどめることができるため、好ましい。
流路はマイクロチップに配置する要素の数に合わせて、1つのみでも、2つ以上に分岐していてもいずれでもよい。また、直線状、曲線状など、いずれの形態をとることも可能であるが、直線状であることが好ましい。
【0023】
マイクロチップの流路は、固体基板上に微細加工技術により作成することができる。
【0024】
固体基板として使用される材料の例としては、金属、シリコン、テフロン(登録商標)、ガラス、セラミックスおよびプラスチックなどが挙げられる。中でも、金属、シリコン、テフロン、ガラスおよびセラミックスが、耐熱、耐圧、耐溶剤性および光透過性の観点から好ましく、特に好ましくはガラスである。
【0025】
流路を作成するための微細加工技術は、例えばマイクロリアクター −新時代の合成技術−(2003年 シーエムシー刊 監修:吉田潤一 京都大学大学院 工学研究科教授)、微細加工技術 応用編−フォトニクス・エレクトロニクス・メカトロニクスへの応用−(2003年 エヌ・ティー・エス刊 高分子学会行事委員会編)等に記載されている方法を挙げることができる。
代表的な方法を挙げれば、X線リソグラフィを用いるLIGA技術、EPON SU−8を用いた高アスペクト比フォトリソグラフィ法、マイクロ放電加工法(μ−EDM)、Deep RIEによるシリコンの高アスペクト比加工法、Hot Emboss加工法、光造形法、レーザー加工法、イオンビーム加工法、およびダイアモンドのような硬い材料で作られたマイクロ工具を用いる機械的マイクロ切削加工法などがある。これらの技術を単独で用いても良いし、組み合わせて用いても良い。好ましい微細加工技術は、X線リソグラフィを用いるLIGA技術、EPON SU−8を用いた高アスペクト比フォトリソグラフィ法、マイクロ放電加工法(μ−EDM)、および機械的マイクロ切削加工法である。
【0026】
本発明に用いられる流路は、シリコンウエファー上にフォトレジストを用いて形成したパターンを鋳型とし、これに樹脂を流し込み固化させる(モールディング法)ことによっても作成することができる。モールディング法には、ポリジメチルシロキサン(PDMS)またはその誘導体に代表されるシリコン樹脂を使用することができる。
【0027】
本発明のマイクロケミカルデバイスを組み立てる際、接合技術を用いることができる。
通常の接合技術は大きく固相接合と液相接合に分けられ、一般的に用いられている接合方法は、固相接合として圧接や拡散接合、液相接合として溶接、共晶接合、はんだ付け、接着等が代表的な接合方法である。
更に、組立に際しては高温加熱による材料の変質や大変形による流路等の微小構造体の破壊を伴わない寸法精度を保った高度に精密な接合方法が望ましく、その技術としてはシリコン直接接合、陽極接合、表面活性化接合、水素結合を用いた直接接合、HF水溶液を用いた接合、Au−Si共晶接合、ボイドフリー接着などが挙げられる。
【0028】
核酸を含む試料は試料投入部より流路を経て反応部位まで移動する。流路を移動させる方式として、連続流動方式、液滴(液体プラグ)方式、駆動方式等、あるいは毛細管現象の利用を用いることが好ましい。
【0029】
連続流動方式の流体制御では、マイクロチップの流路内は全て流体で満たされることが必要であり、外部に用意したシリンジポンプなどの圧力源によって、流体全体を駆動するのが一般的である。連続流動方式は、比較的簡単なセットアップで制御システムを実現できる。
【0030】
液滴(液体プラグ)方式は、チップ内部やチップに至る流路内で、空気で仕切られた液滴を動かすものであり、個々の液滴は空気圧によって駆動される。液滴方式では、液滴と流路壁あるいは液滴同士の間の空気を必要に応じて外部に逃がすようなベント構造、及び分岐した流路内の圧力を他の部分と独立に保つためのバルブ構造などを、チップ内部に用意する必要がある。また、圧力差を制御して液滴の操作を行うために、外部に圧力源や切り替えバルブからなる圧力制御システムを構築する必要がある。液滴方式では、複数の液滴を個別に操作して、いくつかの反応を順次行うなどの多段階の操作が可能で、システム構成の自由度が大きくなり、好ましい。
【0031】
駆動方式として、流路(チャンネル)両端に高電圧をかけて電気浸透流を発生させ、これによって流体移動させる電気的駆動方式と、外部に圧力源を用意して流体に圧力をかけて移動させる圧力駆動方式、また毛細管現象を利用した駆動方式が一般に広く用いられている。
電気的駆動方式は、流体の挙動が流路断面内で、流速プロファイルがフラットな分布となることが知られている。圧力駆動方式では、流体の挙動が流路断面内で、流速プロファイルが双曲線状に、つまり流路中心部が速く、壁面部が遅い分布となることが知られている。このことからサンプルプラグなどの形状を保ったまま移動させるといった目的には、電気的駆動方式の方が、好ましい。
電気的駆動方式は、流路内が流体で満たされている必要があり、すなわち連続流動方式の形態をとる。電気的な制御によって流体の操作を行うことができるため、例えば連続的に2種類の溶液の混合比率を変化させることによって、時間的な濃度勾配をつくるといった比較的複雑な処理を行うことができる。
圧力駆動方式は、流体固有の電気的性質に影響されること無く、制御が可能である。発熱や電気分解などの副次的な効果を考慮しなくてよく、基質に対する影響がほとんどないことから、適用範囲が広い。圧力駆動方式では、外部に圧力源を用意する必要がある。
【0032】
本発明においては、検体の種類や検査項目などに合わせて、適宜、検体を移動する方式を選ぶことができる。中でも、液滴(液体プラグ)方式、あるいは毛細管現象を利用した駆動方式が好ましい。より好ましくは、液滴(液体プラグ)方式における空気圧を陰圧とすることであり、特に好ましくは、空気の吸引による陰圧とすることである。
【0033】
最も単純な実施態様を図1に示す。
試料導入部1は、検体を注入することが可能であれば、いずれの形態でもよい。注入された試料は、流路2を通り、反応部3に導かれる。反応部3において核酸増幅反応が行われる。尚、図6のように、1つのチップに複数のセル(試料導入部1、流路2、反応部3を含む反応経路)を複数含んでいてもよく、また1つのセルに試料導入部1が2つ以上あってもく、そのうちの1つを空気抜きとして用いることが好ましい。
【0034】
<増幅反応中に反応溶液が蒸発することを防止する手段>
本願発明の核酸増幅方法は、上述のマイクロチップにおいて核酸増幅を行う際に、増幅反応中に反応溶液が蒸発することを防止する手段を用いることを特徴とする。
【0035】
また、増幅反応中の反応溶液の蒸発すること自体を防止することがより好ましい。
核酸を含む試料が蒸発することを防止する手段としては、例えば、マイクロチップの試料導入部などの開口部に蓋をすることがあげられる。具体的には、ミネラルオイル等の不揮発性の液体による封止、試料導入部などの開口部に合わせて成型された樹脂やゴム、ガラスなどの材質を用いた蓋、あるいはフィルムなどを貼り付けることによる密閉などがあげられる。例えば、熱可塑性樹脂や光硬化性樹脂により密封することも好ましい。
また、蒸発を防止するために、核酸増幅反応を低い温度で行うことも有効な手段である。具体的には、一般的なPCR反応は90℃以上への加熱を繰り返し行うが、LAMP法などを用いれば70℃以下に保ったまま反応を行うことができ、蒸発する上で好ましい。
さらに、反応部のみを核酸増幅反応に適した温度(約40〜98℃、より好ましくは45℃〜75℃、更に好ましくは55℃〜65℃)に維持し、他の部位(特に試料導入部)を低い温度(例えば35℃以下、より好ましいくは30℃以下)に保つことも、増幅反応中に反応溶液が蒸発することを防止する上で好適である。
また、チップの形状を工夫することでも、増幅反応中に反応溶液が蒸発することを防止することが可能である。例えば、実施態様図1において、反応部3に通じる流路2の径を細くしたり蛇行させたりすることにより、流路2から試料導入部1にむけて蒸発することを防ぐことが出来る。
【0036】
<核酸増幅システム>
本発明において、核酸増幅システムとは、個人における異常な遺伝子を検出するため、および検体中の病原性微生物を検出するため等の臨床的アッセイにおいて使用する、サンプル調製から増幅までを全自動で行うシステムを意図する。本発明における一般的な増幅システムは、前記マイクロ流路チップとこのチップへ液体を供給して検査を実行する検査装置及び検査に使用される核酸増幅用試薬キットを含むものである。
【0037】
例えば、この検査装置は、マイクロ流路チップを載置するステージと、マイクロ流路チップ内の流路を介して液体を移動させるための移動手段と、マイクロチップ内の液体を適切な温度で化学反応を起こさせるための加熱手段と、検査試薬に含まれる検出試薬(例えば蛍光色素等)を用いて検出する検出手段と、検出手段により検出された検体の情報により結果を判定する判定手段とを設けることにより、検体の分析を行う。
【0038】
核酸増幅用試薬キットは、試料核酸を増幅するために必要な物質を含む。例えば、dNTPやその誘導体等の反応基質、Mg2+等の2価イオン、検査項目に対応した遺伝子を規定したプライマー、増幅反応に必要な核酸合成酵素及びその反応至適条件を決めるバッファー等である。場合によっては、DMSO等の融点調整剤やBSA等の酵素安定化剤を含んでも良い。
これらの試薬キットは、前記マイクロ流路チップの流路内に予め担架させておくことも、マイクロ流路チップとは別に提供することも可能である。
【0039】
最も単純な実施態様を示す。例えば、マイクロ流路チップとして図1を用いる場合、まず、試料導入部1に検体を注入する。このとき、増幅試薬は、あらかじめ反応部に担架されているか、検体とともに試料導入部に注入する。次に、検査装置の液体を移動させる手段を用いて、注入された試料を流路2を通して、反応部3に移動させる。移動手段は、前述したように検体の種類や検査項目などに合わせて、適宜、設定することが可能である。
次いで、反応部3付近を該検査装置の加熱手段を用いて適切な温度まで加温する。加熱方式も、ヒートブロックや熱対流方式等を適宜、選択することが可能である。さらに、一定時間後に、試薬に予め含まれていた検出試薬を検査装置の検出手段を用いて検出する。例えば、核酸増幅の場合、SYBRGreenI等の蛍光インターカレーターを用いて、2本鎖の核酸を検出することが広く知られている。この場合も、検出試薬、検出手段ともに適宜、選択可能である。核酸増幅方法に関しても、等温増幅である限り特に選ばない。
【0040】
本増幅システムの利点は、プロトコルが自動化されているため、
(1) 臨床的研究室のセッティングに対する適合性、
(2) 制御された、かつ一貫性のある(標準化可能な)結果を与える能力、
(3) 特定のサンプル中の核酸を定量する能力、
(4) テストサンプル中の多数のターゲット核酸を検出し、かつ定量する能力、
(5) 血清サンプル中のおよびその場での、高感度かつ効率的な核酸の検出能力、および
(6) ターゲット中の単一の突然変異を検出する能力、
を高めていることにある。
更に、本増幅システムは、後述する増幅反応中に反応溶液が蒸発することを防止する手段を備えていることが特徴である。これらの特徴により、日常的な診断テストが簡便・迅速・正確に行えるようになっている。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0042】
<実施例1> LAMP法を用いて、蒸発の有無による非特異増幅の評価(1)ターゲット核酸断片を含む核酸試料液の調製
HumanGenomicDNA(Clontech社製)100ngを98℃で3min.加熱を行い、1本鎖にしたのち、β−アクチン遺伝子中の配列の増幅を以下の条件で行い、核酸試料液(Genome)を得た。ネガティブコントロールとして、滅菌水(dw)を上記同様の条件で加熱したサンプルも作成した。
【0043】
<プライマー>
基本的にLAMP法に用いることが出来るように、βアクチン遺伝子を標的に設計を行った。フォワードプライマーは、鋳型と相補的な3'末端領域と5'末端領域にそのプライマーの伸長鎖上の、3'末端塩基から10塩基下流にある領域とハイブリダイズされるように設計され、上記5'末端部と3'末端部の連結にTを4塩基介在させた。リバースプライマーは、鋳型と相補的な3'末端領域と5'末端領域にそのプライマーの伸長鎖上の、3'末端塩基から22塩基下流にある領域とハイブリダイズされるように設計され、上記5'末端部と3'末端部の連結にTを4塩基介在させた。
【0044】
また、フォワードプライマー、リバースプライマーのそれぞれ外側にアウタープライマー(OF、OR)を設計した。また、ループプライマーとして、以下に示すプライマーを用いた。各プライマーの位置関係図は、図10に示す。
【0045】
プライマー1(Forward):
5'−CTCTGGGCCTCGTCGCTTTTGGGCATGGGTCAGAAGGATT−3' (配列番号1)
プライマー2(Reverse):
5'−TACCCCATCGAGCACGGTTTTCATGTCGTCCCAGTTGGTGA−3'(配列番号2)
アウタープライマー3(OF)
5'−GGGCTTCTTGTCCTTTCCTTC−3' (配列番号3)
アウタープライマー4(OR)
5'−CCACACGCAGCTCATTGTAG−3' (配列番号4)
ループプライマー5
5'−CGCTGCTCCGGGTCTC−3' (配列番号5)
【0046】
(2)強制蒸発実験
下記の組成の液をチューブに添加して、チューブの蓋を開けたまま98℃で一定時間(0,5,10,20 min.の各時間)加熱を行い、反応液を強制的に蒸発させた。その後、各水準の残量を確認したのち、各水準の溶液に酵素(Bst.Polymersase及びTaq-MutS)を所定量添加した。
【0047】
<反応液の組成>
10×Bst Buffer(DF) 2.5μL
100mM MgSO4 1.5μL
10%(v/v) Tween20 0.25μL
100% DMSO 1.25μL
25mM dNTP each 1.4μL
SYBR Green I 0.5μL
プライマー1(50μM) 1.6μL
プライマー2(50μM) 1.6μL
プライマー3(50μM) 0.2μL
プライマー4(50μM) 0.2μL
核酸試料液または滅菌水 1.0μL(核酸100ng分)
精製水 11.0μL
――――――――――――――――――――――――――――――
合計 23.0μL
【0048】
得られた反応液を、加熱なし(実験水準1)、98℃で5分間(実験水準2)、98℃で10分間(実験水準3)、98℃で20分間(実験水準4)の各条件に加熱した。その後、各条件の試料の残量を確認した。
次いで、各条件の試料に対して酵素(Bst. Polymerase 1.0μLおよびTaqMutS 1.0μL)を添加した。
【0049】
(3)核酸増幅反応
上記の各条件の溶液を、60℃で30分反応させ、増幅反応を実施した。
【0050】
(4)増幅反応の検出
前記(3)における増幅反応を、リアルタイム蛍光検出装置(Mx3000p,Stratagene社製)を用いて蛍光検出を行った。
結果を図2〜図5のグラフに示す。
【0051】
結果から、水準1→水準4へと98℃の加熱時間を長くすることにより、つまり、蒸発量が多いほど、水からの非特異な増幅が起きることがわかる。水準4に関しては、もはやゲノムからの増幅と水からの増幅が区別できない。ここで、Mx3000pの解析ソフトを用いて、上記のグラフにおいて蛍光量が250に到達したときの時間を算出した。同時に、各水準の蒸発量と蒸発量より換算した実質的なプライマーの濃度も併せて示す。尚、滅菌水試料と核酸試料の場合で蒸発量に差異はなかった。
結果を表1に示す。表において、No Ctは増幅が起きなかったことを示す。
【0052】
【表1】

【0053】
表1より、蒸発量に応じて水からの増幅反応が起きやすくなっていることがわかる。これは、実質的なプライマー濃度に換算すると8.6μMを超えたあたりに相当する。
【0054】
<実施例2> LAMP法を用いて、チップ上での蒸発の有無による非特異増幅の評価 (ミネラルオイルによる密封)
【0055】
(1)ターゲット核酸断片を含む核酸試料液の調製・プライマー
実施例1と同様にして核酸試料液および滅菌水(dw)、プライマーを作成した。
(2)核酸増幅反応
以下に示す反応液を、下記チップに導入し、60℃、30分反応させることで増幅反応を実施した。
<反応液の組成>
10×Bst Buffer(DF) 2.5μL
100mM MgSO4 1.5μL
10% (v/v) Tween20 0.25μL
100% DMSO 1.25μL
25mM dNTP each 1.4μL
SYBR Green I(50μM) 0.5μL
プライマー1(50μM) 1.6μL
プライマー2(50μM) 1.6μL
プライマー3(50μM) 0.2μL
プライマー4(50μM) 0.2μL
Bst. Polymerase 1.0μL
TaqMutS 1.0μL
核酸試料液または滅菌水 1.0μL(核酸100ng分)
精製水 11.0μL
――――――――――――――――――――――――――――――
25.0μL
【0056】
(3)評価用チップの作成
図6に示すチップを用いて、蒸発の評価を行った。4つのセルは以下の表2の条件とした。試料導入部(1)の片方から反応液を導入後、2つのセルは蒸発対策のため上記反応液を添加後にセルの両端(2つの試料導入部(1))をミネラルオイル(Sigma社製)が満たされるように添加することで封止した。残りの2つは、蒸発対策は行わず、上記反応液を添加しただけの状態で増幅反応を行った。
尚、図6は上面図であり、1は試料導入部、2は反応部、3は流路を表す。図9は図6のチップの斜視図であり、各符号は図6と同じものを示す。
【0057】
(4)増幅反応の検出
増幅反応の検出は、LAS-3000(Fujifilm社製)を用いて、2min.おきに撮影を行った。次に、解析ソフトMultiGauge(Fujifilm社製)を用いて各セルの蛍光値を定量した。結果を表3および図7に示す。
【表2】

【0058】
結果より、蒸発が起きない状況にすることにより非特異的な増幅が抑制されることがわかる。
【0059】
<実施例3>LAMP法を用いた、チップ上での蒸発の有無による非特異増幅の評価 (温度調整)
実施例2と同様にして核酸試料液および滅菌水(dw)、プライマーを作成し、反応液を調製し、下記チップに導入し、核酸増幅反応を行った。
評価用チップの作成
図6に示すチップを用いて、蒸発の評価を行った。チップを2枚用いて、1枚(セル5〜8)はチップ全面を60℃で加熱できる温調装置上で増幅反応(30分)を行い、もう1(セル9〜12)枚は、対策として、図8に示すようにチップの中央部(5)を60℃で加熱する温調手段と周り(4)の温度を25℃で維持できる温調手段を有する装置上で増幅反応(30分)を行った。セル中の4つのセルは以下の表3のようにした。
【0060】
(4)増幅反応の検出
増幅反応の検出は、LAS-3000(Fujifilm社製)を用いて、2min.おきに撮影を行った。次に、解析ソフトMultiGauge(Fujifilm社製)を用いて各セルの蛍光値を定量した。結果を以下に示す。
【0061】
【表3】

【0062】
上記の結果より、蒸発が起きない状況にすることにより非特異的な増幅が抑制されることがわかる。
【0063】
<実施例4> LAMP法を用いた、チップ上での蒸発の有無による非特異増幅の評価 (UV硬化型樹脂による密封)
【0064】
実施例2と同様にして核酸試料液および滅菌水(dw)、プライマーを作成し、反応液を調製し、下記チップに導入し、核酸増幅反応を行った。
評価用チップの作成
図6に示すチップを用いて、増幅反応を行った(チップ全面を60℃で加熱)。4つのセルは以下の表4の水準とした。2つのセルは、対策のためUV硬化型樹脂(8815K,協立化学産業)を一滴、試料導入部の両側(1)に添加後、UV光源(400nm)をセルの上1cmの高さから30秒間照射を行い、ポート部を封止した。残りの2つのセルに関しては、蒸発対策は行わず、上記反応液を添加しただけの状態で増幅反応(30分)を行った。
【0065】
(4)増幅反応の検出
増幅反応の検出は、LAS-3000(Fujifilm社製)を用いて、2min.おきに撮影を行った。
次に、解析ソフトMultiGauge(Fujifilm社製)を用いて各セルの蛍光値を定量した。結果を以下に示す。
【0066】
【表4】

【0067】
上記の結果より、蒸発が起きない状況にすることにより非特異的な増幅が抑制されることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明のマイクロチップにおける流路の一例を示す模式図である。
【図2】実施例1の結果を示すグラフである。
【図3】実施例1の結果を示すグラフである。
【図4】実施例1の結果を示すグラフである。
【図5】実施例1の結果を示すグラフである。
【図6】実施例2〜4で用いたマイクロチップを示す模式図(上面図)である。
【図7】実施例2の結果を示すグラフである。
【図8】実施例3の加温条件を示す模式図である。
【図9】実施例2〜4で用いたマイクロチップを示す模式図(斜視図)である。
【図10】プライマーの位置関係を示す図である。
【符号の説明】
【0069】
1 検体導入部
2 流路
3 反応部
4 60℃調温部位
5 25℃調温部位

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料導入部、反応部、および該反応部と該試料導入部とを結ぶ流路を有するマイクロチップを用いて核酸増幅を行う方法であって、増幅反応中の反応溶液の蒸発を防止する手段を用いることを特徴とする、核酸増幅方法。
【請求項2】
増幅反応中の反応溶液の蒸発を防止することにより、増幅反応中のプライマー濃度を10μM以下に維持することを特徴とする、請求項1記載の核酸増幅方法。
【請求項3】
核酸増幅反応が等温増幅法で行われることを特徴とする請求項1または2に記載の核酸増幅方法。
【請求項4】
等温増幅法による核酸増幅反応が65℃以下の温度で行われることを特徴とする請求項3に記載の核酸増幅方法。
【請求項5】
試料導入部、反応部、および該反応部と該試料導入部とを結ぶ流路を有し、核酸を含む試料が蒸発することを防止する手段を備えたマイクロチップ。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載の核酸増幅方法を用いて核酸増幅を行う核酸増幅システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−148690(P2008−148690A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−298504(P2007−298504)
【出願日】平成19年11月16日(2007.11.16)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】