説明

マイクロチップ

【課題】試薬と検体が流路の途中で混合しないように分離させる気体が、混合部に混入しないようして検体の特性を調べることが可能なマイクロチップを提供する。
【解決手段】試薬と検体とを分離する気体の体積V1が、試薬と検体とを混合する混合部の流路方向から見た断面積をS1、流路の幅をW1、試薬と検体の合計の体積をV2としたとき、(2/π)×S1×W1>V1、(2/π)×S1×W1>V2
の関係が成り立つと、混合部で気体が流路壁面にトラップされるので、試薬と検体は気泡を追い越して次工程に進むことができ、検体の特性を調べることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマイクロチップに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マイクロマシン技術及び超微細加工技術を駆使することにより、従来の検体調製、化学分析、化学合成などを行うための装置、手段(例えばポンプ、バルブ、流路、など)を微細化して1チップ上に集積化したマイクロチップを用いたシステムが注目されている。これは、μ−TAS(Micro Total Analysis System)とも呼ばれ、マイクロチップ上で、試薬と検体(例えば、検査を受ける被験者の尿、唾液、血液、検体を処理して抽出したDNA処理した抽出溶液など)を混合させ、その反応を検出することにより検体の特性を調べるシステムである。
【0003】
マイクロチップは、樹脂材料やガラス材料からなる基体に、フォトリソプロセス(パターン像を薬品によってエッチングして溝を作成する方法)や、レーザ光を利用して溝加工を行い、試薬や検体を流すことができる微細な流路と試薬を蓄える液溜部を設けており、さまざまなパターンが提案されている。
【0004】
しかし、試薬と検体を混合させる際、混合部以外のマイクロチップ流路内で混合すると正確な検体の特性を調べることができなくなる。そこで、流路の途中には試薬と検体が混合部以外の場所で混合や反応を行わないように、例えば特許文献1には、試薬と検体の間に試薬や検体に対して無反応の液体を用いて分離する技術が開示されている。
【0005】
さらに特許文献2には、試薬と検体との間に気体を用いて分離する方法が記載されており、このときに発生する気体が、反応部などの次の流路に流出しないように流路の溝に段差をつけ気泡をトラップする技術が開示されている。
【特許文献1】特開2005−274199号公報
【特許文献2】特開2006−266924号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示されているような液体を用いて分離する技術手段では試薬と検体の間に液体を供給するために、新たな流路を設けなければならない。そのためマイクロチップの流路パターンが複雑になり、さらに液体をタイミング良く供給するための制御を行わなければならないという問題や、正確な制御を行うためにコストが上がると言う新たな問題が発生する。
【0007】
また特許文献2に開示されている技術手段では、気体をトラップするために、試薬などを送液するためのポンプなどの送液圧力を制御しなければならないという問題がある。
【0008】
本発明は、試薬と検体が流路の途中で混合しないように分離させる気体が、混合部に混入しないようして検体の特性を調べることが可能なマイクロチップを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的は、下記構成により達成できる。
1.少なくとも1種類の試薬と、前記試薬と反応させる検体とを、間に気体を介して送液させる流路と、
前記流路内に設けた前記試薬と前記検体とを混合する混合部と、
を有するマイクロチップであって、
前記気体の体積をV1、前記送液方向から見た前記混合部の断面積をS1、幅をW1、前記試薬と前記検体の合計の体積をV2としたとき、以下の関係式(1)、(2)を満たすことを特徴とするマイクロチップ。
(2/π)×S1×W1>V1 (1)
(2/π)×S1×W1>V2 (2)
2.前記試薬又は前記検体と、前記流路の壁面との接触角が90°以上であり、かつ前記試薬又は前記検体と、前記混合部の壁面との接触角が90°以上であることを特徴とする1に記載のマイクロチップ。
3.前記混合部の送液方向上流側の流路の前記送液方向から見た断面積をS2、幅をW2としたとき以下の関係式(3)を満たすことを特徴とする1又は2に記載のマイクロチップ。
(2/π)×S2×W2<V1 (3)
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、試薬と検体とを分離する気体の体積V1が、試薬と検体とを混合する混合部の流路方向から見た断面積をS1、流路の幅をW1、試薬と検体の合計の体積をV2としたとき、
(2/π)×S1×W1>V1 (1)
(2/π)×S1×W1>V2 (2)
の式(1)、(2)関係が成り立つと、混合部で気体が流路壁面にトラップされるので、試薬と検体は気体をすり抜けて混合することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明を図示の実施の形態に基づいて説明するが、本発明は該実施の形態に限らない。また、以下の、本発明の実施の形態における断定的な説明は、ベストモードを示すものであって、本発明の用語の意義や技術的範囲を限定するものではない。
【0012】
図1に本実施の形態に係るマイクロチップを示す。マイクロチップ1は、略矩形のカード形状であり、一連の流路が形成されている。マイクロチップ1の壁面を構成する基材BPは、例えばシリコン、ガラス、セラミックス、石英などで製作される一枚のチップから構成されている。これら基材BPは、外部からの圧力に対して液体が移動して他の試薬が混入するのを防止するために、撥水性が優れていることが望ましい。具体的には基材BPと、試薬L、検体Q、との接触角ψはそれぞれ90°以上になるように撥水処理を施してある(図3参照)。
【0013】
もちろんマイクロチップ1は図1に示す形状に限定されるものではなく、その配置、形状、寸法、大きさなどは、検体の種類、検査項目などに応じて変更可能である。
【0014】
図1において、P1、P2は、駆動液Dを注入する注入口である。駆動液Dはマイクロチップ1内の液状の試薬Lや検体Qを流路に沿って送液するための液であり、試薬Lや検体Qに対して反応しない純水などの液体が用いられる。駆動液Dは、液を送液する液駆動ポンプ(不図示)によって送液される。
【0015】
符号2は検体Qを貯留する検体貯留部であり、検体Qは注入口P3から液駆動ポンプを用いて注入される。符号3、4は複数の試薬Lを貯留する流路であり、注入口P4、P5からそれぞれ液駆動ポンプを用いて注入される。なお、液駆動ポンプは、複数の注入口に対してそれぞれ専用に用意されている。
【0016】
符号5は、試薬Lと検体Qを混合させる混合部である。符号RBは、疎水性バルブ(バルブRBという)であり、マイクロチップ1内に送液される液体を所定の位置で一旦停止させるために設けるものである。バルブRBは、断面積が送液流路よりもさらに小さく、幅及び深さとも絞られた短い流路形状である。液駆動ポンプが、マイクロチップ1内にある試薬Lや検体Qなどの液体を所定圧力よりも低い圧力で送液したときには、液体がバルブRBから広幅の流路に出ようとする際に、液体の表面に働く表面張力によって液体の送液が妨げられるので送液は停止される。液体を所定圧力以上で送液したときには、この表面張力に打ち勝ち、液体はバルブRBを通過し下流に送液される。このように、バルブRBを設けることにより試薬保管時には落下などの衝撃に対してそれぞれの液体の位置が不動である一方で、送液時には高抵抗の流路を通過することが可能な圧力をかけることで送液を可能にしている。
【0017】
本実施例では、流路6の断面積は50000μm2(幅200μm×深さ250μm)であり、バルブRBの断面積は625μm2(幅25μm×深さ25μm)とした。
【0018】
符号7は流路4と混合部5との間を繋ぐ混合部前流路である。
【0019】
図2は、マイクロチップ1内に貯留されている試薬Lと検体Qが、駆動液Dによって順次送液されるところを示す図である。なお図中、網模様部は検体Q、ハッチング部は試薬L1、試薬L2を示す。また、試薬L1、試薬L2は検体と反応する試薬が1種類とは限らないので、複数の試薬を貯留するマイクロチップの代表例として用いている。
【0020】
図2(a)において、流路3、4には異なる試薬L1、試薬L2が貯留され、検体貯留部2には検体Qが貯留され、それぞれバルブRB1、RB2によって液が流れ出さないようになっている。
【0021】
次いで図2(b)に示すように、注入口P1から駆動液D(黒塗りつぶし部)が所定の圧力で注入され、検体貯留部2に貯留されている検体QはバルブRB1に抗して下流に押し出され、流路6に貯蔵される。
【0022】
次いで図2(c)に示すように、注入口P2から駆動液Dが所定の圧力で注入され、検体QはバルブRB2を通って流路3に押し出される。検体Qが流路3に貯留されるに伴って、試薬L1と試薬L2は順次流路4、混合部5に移動する。このとき、検体Qと試薬L1が混合しないように、両者の間に気体を注入口P4から注入している。
【0023】
更に図2(d)に示すように、注入口P2から注入された駆動液Dがさらに注入され、試薬L1が混合部5に送液される。これにより図2(e)に示すように、検体Qも混合部5に送液される。
【0024】
ここで、混合部5には、気体Eが同時に混入されている。この気体Eが混入された混合液は、例えば反応部などの後次工程で加熱したりすると気泡Eの膨張などにより正確な検査が行えない等の問題が発生する。
【0025】
本発明は、混合部5の流路壁面に気体Eを付着(トラップという)させた状態にして、その間に試薬Lと検体Qを混合部5から通過させ、次工程に気体Eが混入しないようにしたマイクロチップである。以下にその詳細を説明する。
【0026】
一般に、流路にある液体の中の気体(以下気泡という)は、表面張力により液体が界面の面積を最小にしようとするので球状になる。ここで気泡が、液体との接触角ψが90°以上になるような表面処理が行われた流路の壁面を通過する際に、球状を保つか、壁面に付着して半球になるか否かは液体との界面の面積に依存し、一般に面積が小さい方が壁に付着する気泡付着力が大きい。計算によれば表面積は、気泡の体積が同じとすると、気泡が壁に付着した半球形の界面の面積の方が、球形の面積よりも小さいので壁に付着し続ける(図4参照)。
【0027】
次に、気泡を半球形にするための、条件を求める。気泡は全ての壁に接すると壁に付着し続ける(安定するという)が、液体の移動に伴って一緒に流路の中を移動する。しかしある程度、壁との距離が離れると表面積が小さくなり、気泡付着力が増して安定する。このときの壁との距離を臨界幅という。気泡が壁側に付着してその横を液体が追い越すがどうかは
1)流路の幅が臨界幅以上であること。
2)気泡の横を流れる液体の圧力に抗して、気泡が壁面に付着し続けること。
を満足していることである。なお、気泡が壁面に付着し続ける力(気泡付着力)は、液体の表面張力に気泡界面の長さを乗じて計算できる。
(臨界幅を求める)
気泡が流路全周面に接触しているときの流路の断面形状を矩形としたとき、気泡の形状は角柱となる(図5参照)。送液方向から見たその幅をw、高さをh、気泡の長さをlとすると、
気泡の体積v=whl・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
気泡の面積(気体と液体が接している面積)s1=2wh・・(5)
気泡付着力f1=2σ(w+h)・・・・・・・・・・・・・(6)
である。なお、σは液体の表面張力である。
【0028】
次に、半球状になる場合は(図6参照)、
気泡の半径をr、高さをhとすると、
気泡の体積V1=(1/2)πr2h・・・・・・・・・・・(7)
気泡の面積s2=πrh・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
気泡付着力=2σ(πr+h)・・・・・・・・・・・・・・(9)
気泡の面積が小さい方が安定となるから
(5)>(8)が成立する。すなわち
2wh>πrh・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
よってwは
w>(1/2)πr・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
すなわち
臨界幅w=(1/2)πr・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
であり、それ以上のとき気泡が安定する。
(流路断面形状との関係)
(11)を変形して
(2/π)w>r・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)
流路の断面積をS1とすると
S1=whであるので
h=S1/w・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14)
(13)を(7)に代入して
V1=(1/2)π×((2/π)w)2×S1/w
=(2/π)×S1×w・・・・・・・・・・・・・・・(15)
となる。
【0029】
すなわち、気泡の体積V1が、
V1<(2/π)×S1×w・・・・・・・・・・・・・・・(1)
のとき気泡は安定し、液体だけが流路を通過する。
(流路形状)
図7は、図2(d)の混合部付近を拡大した図である。具体的には気泡量を1.4μl、量路深さを0.25mm、粘度を1η(mPa・s)、流量を0.7μl/secとしたとき、式(9)より臨界幅w=2.97mmとなるので、混合部の幅W1は2.98mm以上であれば、混合部に気泡をトラップすることができる。
【0030】
さらに混合部は、試薬と検体の混合を行うために、試薬と検体の合計の体積V2より大きい体積にする必要がある。すなわち
(2/π)×S1×W1>V2・・・・・・・・・・・・・・(2)
となる。
【0031】
具体的には体積V2が3μlとすると、混合部の長さは5.8mm以上とする必要がある。
【0032】
混合部前の流路7は試薬Lや検体Qを混合部5に流入することを防止するためのバルブ機能を有するので、気体の体積V1と混合部の手前の流路7の断面積をS2、手前の流路7の幅をW2としたとき
(2/π)×S2×W2<V1・・・・・・・・・・・・・・(3)
である必要がある。具体的には、w2=2.0mmとすると、
流路深さ=0.25mm、V1=1.4μlから
流路長さは4.6mmとなる。
【0033】
以上の(1)、(2)、(3)を満足する形状を有するマイクロチップの流路を用いれば、気泡V1は混合部5の壁面にトラップされるので、試薬Lと検体Qは気泡を追い越して混合部5の送液方向下流側に送液することができるので、以降の工程において、検体の特性を調べることができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本実施の形態に係るマイクロチップを示す図である。
【図2】図2(a)は、2つの流路に異なる試薬が貯留され、検体貯留部に検体Qが貯留されたところを示す図である。図2(b)は、注入口から駆動液が注入され、検体が流路に貯蔵されるところを示す図である。図2(c)は、駆動液注入により、検体が流路に押し出されたところを示す図である。図2(d)は、駆動液がさらに注入され、試薬が混合部に送液されたところを示す図である。図2(e)は、検体も混合部に送液されたところを示す図である。
【図3】基材BPと、試薬L、検体Q、との接触角ψを示す図である。
【図4】気泡が球形のときと半球形のときを示す図である。
【図5】気泡の形状が角柱のときを示す図である。
【図6】気泡が半球形になる場合を示す図である。
【図7】図2(d)の混合部付近を拡大した図である。
【符号の説明】
【0035】
1 マイクロチップ
2 検体貯留部
5 混合部
7 混合部前の流路
P1〜P5 注入口
S1 混合部断面
W1 流路の幅
V1 気体の体積
D 駆動液
L 試薬
Q 検体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種類の試薬と、前記試薬と反応させる検体とを、間に気体を介して送液させる流路と、
前記流路内に設けた前記試薬と前記検体とを混合する混合部と、
を有するマイクロチップであって、
前記気体の体積をV1、前記送液方向から見た前記混合部の断面積をS1、幅をW1、前記試薬と前記検体の合計の体積をV2としたとき、以下の関係式(1)、(2)を満たすことを特徴とするマイクロチップ。
(2/π)×S1×W1>V1 (1)
(2/π)×S1×W1>V2 (2)
【請求項2】
前記試薬又は前記検体と、前記流路の壁面との接触角が90°以上であり、かつ前記試薬又は前記検体と、前記混合部の壁面との接触角が90°以上であることを特徴とする請求項1に記載のマイクロチップ。
【請求項3】
前記混合部の送液方向上流側の流路の前記送液方向から見た断面積をS2、幅をW2としたとき以下の関係式(3)を満たすことを特徴とする請求項1又は2に記載のマイクロチップ。
(2/π)×S2×W2<V1 (3)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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