説明

マイクロメカニカル時計部品の熱処理方法

【課題】マイクロメカニカル時計部品の物理的特性を局部的に変化させる。
【解決手段】LIGA法によって得られる極めて低い熱慣性を示すマイクロメカニカル時計構成部品のための熱処理方法であって、その方法は、マイクロメカニカル時計構成部品の一領域を局部的に加熱することで、局部的な相変態により硬さを高めるステップを含んでおり、十分に短い時間、構成部品は加熱されることでその熱処理の影響を受けるのは局部的に加熱される領域のみであって、構成部品の非処理部分の相は変わらない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロメカニカル時計部品の熱処理方法に関する。より正確には、本発明は、歯車などのマイクロメカニカル時計部品の特定の物理的特性を局部的に変化させることを目的とする熱処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特定の要件を満たすため、マイクロメカニカル時計部品の硬さ、磁性、または延性などの物理的特性を局部的に変化させることが求められることがある。これは、時計製作設計の分野で用いられることがますます多くなっているLIGA法の場合に、特に当てはまる。この方法によると、非常に卓越した精度で、しかも全体的なコストは工業生産要件と適合したままで、マイクロメカニカル部品の大量生産が可能である。ところが、以下で詳細に示すように、LIGA法を用いて得られるマイクロメカニカル時計部品は、耐摩耗性に問題がある場合があり、これを克服することが求められる。
【0003】
頭字語「LIGA」は、ドイツ語に由来している。それは、この方法のいくつかの異なる工程を表す「Lithographie(リソグラフィ)、Galvanoformung(電鋳)、Abformung(モールディング)」の略語である。簡単に言えば、時計製作の分野で用いられるLIGA法は、導電性基板に堆積させた感光性樹脂を、フォトリソグラフィ・マスクを通して紫外線で露光することである。樹脂が現像されたら、電着により電鋳工程を実施し、これにより、感光性樹脂の層に予め形成された所望の部品形状と一致する輪郭の微細構造に金属を堆積させる。最後の工程は、残っている感光性樹脂の層を除去し、これにより得られる部品を切り離すことである。
【0004】
時計製作の分野では、ここ数年、LIGA法が注目されている。しかしながら、上記のことから理解されるように、LIGA法によって課せられる制約の1つは、使用される材料は、電気分解によって堆積させることができなければならないということである。時計製作の分野で、最初に使用された材料はニッケルであった。この材料は、LIGA法で実現できるという利点がある。しかし、これは、非晶質状態で磁性を示すという欠点があり、このことが、時計製作の用途に使用することを難しくしている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本出願人の目下の関心は、12重量%のリンを含有するニッケルとリンの合金を用いてLIGA法により得られるマイクロメカニカル時計部品にあり、これを以下では「合金NiP12」と呼ぶ。この合金NiP12は、非晶質状態で非磁性であるという大きな利点がある。一方、LIGA法により作製された合金NiP12部品の硬さは、平均して580HV程度である。この比較的低い硬さに直接結び付く摩耗の問題は、このようなマイクロメカニカル時計部品において、特定の条件下で見られる。
【0006】
このような摩耗の問題に直面して、出願人は、LIGA法により得られる歯車の歯の硬さを高めるように努めた。例えば、航空産業または自動車産業で、立体的な機械部品の製造分野において知られている技法は、歯車の歯を局部的に加熱することである。しかしながら、例えばレーザビームを用いた立体部品の局部的加熱は、加熱した領域の硬さを高める効果があるものの、加熱は、そのように処理される領域の弱化を伴うことが知られている。それでも、立体的な機械部品の製造分野では、部品の熱慣性によって、相変態を起こすのは直接加熱された表面のみであり、部品のほとんどの部分の相は、その本来の特性を維持する。
【0007】
しかし、部品の厚さが一般に数十から数百ミクロン程度であって、寸法が1ミリメートルを超えることはほとんどない時計製作設計の分野では、同じことが当てはまらない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
よって、本発明の目的は、マイクロメカニカル時計部品のための熱処理方法であって、それにより非処理部分の相に影響を与えることなく、部品の物理的特性を局部的に変化させる熱処理方法を提供することにより、上記欠点を克服することである。
【0009】
そこで、本発明は、LIGA法により得られる極めて低い熱慣性を有するマイクロメカニカル時計部品のための熱処理方法に関し、該方法は、マイクロメカニカル時計構成部品の一領域を局部的に加熱することで、局部的な相変態によりその硬さを高めるステップを含んでおり、このとき、その熱処理の影響を受けるのは局部的に加熱される領域のみであって、構成部品の非処理部分の相は変わらないように、十分に短い時間、構成部品は加熱される。
【0010】
このような特徴によって、本発明による方法は、構成部品の非処理部分の相に影響を与えて物理的特性の変化を起こすことなく、加熱される領域の局部的な相変態によって、マイクロメカニカル時計構成部品の硬さを極めて局部的に変化させる。
【0011】
例えば、本発明は、このようにして、マイクロメカニカル時計構成部品の硬さを極めて局部的に高めることが、それによって該構成部品の非処理部分の相に影響を与えることなく、可能である。この点は非常に重要であり、なぜなら、熱処理は、構成部品の加熱した領域を硬化させる効果があるものの、処理の必然的な結果として、加熱した領域を脆弱にすることが知られているからである。従って、構成部品を全体として弱化させることを回避するためには、構成部品の硬さを高める必要がある領域のみを加熱することが必須である。
【0012】
このような目的を設定して、出願人は、LIGA法によるNiP12の電鋳または電着で作製された歯車の歯を、例えばレーザなどの局所熱源または点熱源に当てた。
【0013】
出願人にとって大きな驚きであったのは、歯車の歯を、短い時間、局部的に加熱したのであれば、それによって歯車の非処理部分の相に影響を与えることなく、歯の硬さを十分に高めることが可能であることが観測されたことである。この種の歯車の熱慣性がその寸法に対して低いことは明らかであり、また、レーザビームにより高温が達成されることを考えると、この結果は一層、注目に値する。
【0014】
この結果は、加熱によって生じる相変態の観測を可能にする歯車の結晶解析によって確認される。実際に、最初は非晶質状態である歯車の加熱される領域では、ニッケルとリンの成分が相分離を受けて、ニッケルとNi3Pの形で析出する。また、歯車の加熱される領域の硬さは、合金NiP12の本来の硬さに対して50%程度増加し、一方、歯車の非処理部分の硬さは、ほとんど変化しない。さらには、歯車の加熱された領域で、わずかな磁化が観測されるが、これは、歯車が組み込まれる時計機構の正常な動作に支障をきたすものではない。
【0015】
補完的な特徴によれば、本発明による方法は、LIGA法により得られるマイクロメカニカル時計部品であって、ニッケル、およびニッケルとリン、タングステン、または鉄の合金からなるグループから選択された材料で作製されるあらゆるタイプのマイクロメカニカル時計部品に適用され、さらには、通常の方法により得られるマイクロメカニカル時計部品であって、炭素鋼のような焼戻し処理を施すことができる材料、または銅/ベリリウム合金のような構造硬化を持つ合金で作製されたマイクロメカニカル時計部品に適用される。
【0016】
本発明の他の特徴によれば、以下のものを使用することができる:レーザビーム、誘導加熱システム、例えば加水分解および水の水素成分と酸素成分の再結合の原理に従って作動するマイクロトーチ、または、構成部品を局部的に硬化するように高密度エネルギーを極めて局部的に当てるための他のシステム。さらには、例として、予熱したロッドなどの小型要素と処理すべき部品との接触によるか、または予熱した要素を処理すべき領域に近づけることによる放射によるか、いずれかによって構成部品を局部的に加熱することを想定することもできる。
【0017】
本発明の他の特徴および効果は、添付の図面を参照して、限定するものではない単なる例として提示される、本発明による方法の実施形態についての以下の詳細な説明から、より明確となるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、LIGA法に従ってNiP12の電鋳により作製される時計構成部品の斜視図である。
【図2】図2は、本発明の方法を実施するための装着具に取り付けられた、図1の時計構成部品の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、マイクロメカニカル構成部品を短時間、極めて局部的に加熱することで、加熱した領域の硬さを変化させるという包括的な発明思想によるものである。「マイクロメカニカル時計構成部品」とは、ギア、歯車、または時計ムーブメントで使用される他の部品など、焼戻し処理を施すことができる材料を成形する通常の方法によるか、またはLIGA法によるか、いずれかによって得られるあらゆるタイプの部品を意味している。実際に、ある老化試験において、LIGA法により得られる12重量%のリン含有のニッケル/リン構成部品が、異常に早く摩耗することが認められた。この問題を克服するため、そのような歯車などの構成部品を、それらが隣接する構成部品と接触する領域において硬化させることが構想された。しかし、機械構成部品の硬さを高めるための唯一知られている技法は、それらの構成部品を局部的に加熱することである。それらの構成部品を加熱することで、それらの硬さは高まるものの、これは、加熱された領域の弱化を伴う。この手法は、例えば航空産業または自動車産業向けの立体部品の場合には、良好に用いられている。実際に、これらの立体部品は、その寸法を考えると、部品の非処理部分の相は変わらないまま、加熱される領域のみが熱処理の影響を受けるような、十分に高い熱慣性を示す。しかし、構成部品の寸法が非常に小さく、極めて低い熱慣性を示す時計製作の分野では、同じことが当てはまらない。それでも、本出願人は、このような先入観に反して、マイクロメカニカル時計構成部品を極めて局部的に、かつ非常に短い時間、加熱することで、時計構成部品の非処理部分の相ひいてはその機械的摩耗に影響を与えることなく、加熱される領域の硬さを高めることが可能であることを確認した。12重量%のリンを含有するニッケルとリンの合金で作製された歯車という具体的なケースにおいて、出願人は、歯車の歯末の局部加熱が相変態を伴うことを観測した。実際に、最初は非晶質状態である合金は、相分離を受けて、ニッケルとリンの成分がニッケルとNi3Pの形で析出する。同時に、この相変態に伴って、加熱された領域の硬さがおよそ2倍に増加する。また、この後者の指摘から、歯車の硬さが、部品の体積全体においてこのような割合で増加すると予想することはできないことも明らかであり、そうでなければ、もはや部品は、通常の打ち込み法を用いて、破損のリスクなく取り付けることができなくなるであろう。最後に、構成部品の局部的に加熱された機能領域で、わずかな磁化が観測されるが、これは、有害な値に達することはない。
【0020】
図1は、LIGA法に従ってNiP12の電着または電鋳により作製される時計構成部品の部分の上面図である。図示の例では、時計構成部品は歯車である。全体参照符号1によって全体が示されるこの歯車は、ハブ2を有し、そこから複数の等間隔の歯4が放射状に延びている。この歯車1は、上面6と底面8とを有している。
【0021】
以下の表は、図1に示す歯車1のいくつかの異なる点で実施されたビッカース硬さ測定をまとめたものである。このような硬さ測定は、LIGA法に従ってNiP12の電着により得られた同一の幾何学的形状の2つの異なる部品の上面6と底面8で実施された。
【0022】
【表1】

【0023】
LIGA法の後であって熱処理前の非晶質のNiP12の硬さは、590HV+/−30HVである。本発明による熱処理後の歯車1のハブ2の硬さは、関係する部品と、部品の上面での測定か底面での測定かに応じて、605から613HVの間にあることが観測される。したがって、上記の結果を考えると、歯車1のハブ2の硬さは、歯車1の歯4に施された熱処理の影響を全く受けなかったことが明らかである。しかし、その歯末がレーザビームによって熱処理された後の歯4の硬さは、関係する部品と、歯4の上面での測定か底面での測定かに応じて、996から1020HVの間にあり、これは、LIGA法から直接得られる熱処理されていない非晶質材料の硬さ対して、50%前後の歯末の硬さの増加となる。
【0024】
このように、上記のことから、熱処理された領域の硬さは、LIGA法から直接得られる非晶相のNiP12材料に対して、50%前後の比率で増加することが観測される。注目されるのは、NiP12材料が電着の後の非晶質状態から相分離を受けて、ニッケルとリンの成分がニッケルとNi3Pの形で析出する状態となる構造的変化は、200℃から観測されるということである。
【0025】
本発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、当業者によって、添付の請求項により規定される発明の範囲から逸脱することなく、様々な簡単な変更および変形を想定することができることは言うまでもない。具体的には、歯車などの構成部品を誘導により加熱することを想定することができる。この場合、歯車の上に配置されて、歯車の外径と一致した直径を持つリングが用いられ、そのリングに交流電流が流される。
【0026】
本出願人の発明の長所は、現状技術の固定概念を打ち破ることができたことである。実際に、立体部品の機能領域の硬さを高めるために、それらの領域を加熱することができることは知られている。しかし、加熱は、加熱する領域の弱化および磁化を伴う。それでも、立体部品の場合には、部品の体積全体が影響を受けるわけではないので、このことは問題とはならない。その寸法と密度が低いマイクロメカニカル時計構成部品については、同じことは言えず、その非処理部分であっても熱処理の影響を受けるのではないかと考えられるかもしれない。これに全く反して、出願人は、歯車などの時計構成部品の機能領域の局部加熱が可能であるだけではなく、その加熱は、加熱する領域のみの硬化を伴い、構成部品の非処理部分では元来の相が維持されることを実証することにも成功した。本発明の結果は、その機能領域が硬化されることによって耐性が高まった時計構成部品であって、ハブは延性のままであることにより、通常の方法を用いた打ち込みよる組み付けが可能なものである。
【0027】
当然のことながら、特定の要件に応じて、時計構成部品の他の物理的特性を変化させようとすることができることは明らかであろう。例えば、構成部品を局部的に磁性にしようとすることができ、あるいは、延性を増加または減少させることにより構成部品の延性を変化させようとすることができる。理解されるべきことは、本発明の発明的貢献は、単にマイクロメカニカル時計構成部品の硬さを局部的に高めることだけではなく、その貢献は、非常に幅広く、そのような構成部品の物理的特性を熱処理により局部的に調整して変化させることにかかわるものである。
【0028】
本発明による方法を実施するために、図2に示す装着具10を使用することができる。この装着具10は、段付き円柱の形をとり、その外径が歯車1のハブ2の内径にほぼ一致している第1の部分12と、その外径が第1の部分12の外形よりも大きいことで歯車1を支持することができる第2の部分14とを有している。出願人の考えでは、この装着具10は、本発明による方法の実施を成功させる一端を担うものである。実際に、図2に示す歯車1の場合には、歯車1のハブ2の寸法に対して歯4の寸法が小さいので、歯車1のハブ2はヒートシンクの役目を担い、熱は装着具10に拡散される。したがって、歯車1のハブ2の温度が、相変態とそれに伴う硬さの増加を引き起こし得る値に達することはない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
LIGA法によって得られる極めて低い熱慣性を示すマイクロメカニカル時計構成部品のための熱処理方法であって、
前記マイクロメカニカル時計構成部品の一領域を局部的に加熱することで、局部的な相変態によりその硬さを高めるステップを含み、その熱処理の影響を受けるのは前記局部的に加熱される領域のみであるように十分に短い時間、該構成部品は加熱され、該構成部品の非処理部分の相に変化をあたえないことを特徴とする熱処理方法。
【請求項2】
前記構成部品を局部的に硬化させるために、レーザビーム、誘導加熱システム、マイクロトーチ、または、直接接触もしくは放射のいずれかにより該構成部品を局部的に加熱する予熱された要素を用いることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
当該方法は、LIGA法により得られるマイクロメカニカル時計部品であって、ニッケル、およびニッケルとリン、タングステン、または鉄の合金からなるグループから選択された材料で作製されるあらゆるタイプのマイクロメカニカル時計部品に適用され、また、通常の方法により得られるマイクロメカニカル部品であって、炭素鋼のような焼戻し処理を施すことができる材料、または銅/ベリリウム合金のような構造硬化を持つ合金で作製されたマイクロメカニカル部品に適用されることを特徴とする、請求項1または2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
局部的に加熱される必要のある前記構成部品の前記領域は、少なくとも200℃の温度にされることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
当該方法を実施するため、前記マイクロメカニカル時計構成部品を装着具(10)の上に配置し、その装着具の中に、加熱によって生じる熱を拡散させることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2013−96009(P2013−96009A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−236336(P2012−236336)
【出願日】平成24年10月26日(2012.10.26)
【出願人】(599040492)ニヴァロックス−ファー ソシエテ アノニム (33)
【Fターム(参考)】