説明

マイクロ波アシスト磁気記録媒体

【課題】記録層の強磁性共鳴周波数よりも低い周波数の高周波磁場により書き込みが可能なマイクロ波アシスト磁気記録媒体を提供する。
【解決手段】マイクロ波アシスト磁気記録媒体10は、基板1と、基板1上に形成される下地層2と、下地層2上に形成される軟磁性層4、記録層3及び保護層5と、を含み、軟磁性層4内に誘起されるスピン波により記録層3の反転磁場を制御する。軟磁性層3のスピン波の周波数は、記録層3の強磁性共鳴周波数よりも低いので、より低い周波数の高周波磁場により書き込みが可能となる。記録層3の磁気異方性を5×105J/m3以上とし、その厚さを20nm以下、軟磁性層4の磁気異方性を5×105J/m3以下とし、その厚さを20nm〜150nmとすれば、1GHz〜15GHzの高周波磁場によりスピン波を記録層内へと伝搬させて、記録層の保磁力を大幅に低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ波アシスト磁気記録媒体に関する。さらに詳しくは、本発明は、マイクロ波を印加して書き込みを行うことができる磁気記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスク記憶装置に使用される磁気記録媒体は、磁性体の向きで情報の「1」、「0」を記録している。この磁気記録媒体を高密度化するためには、記録層に用いられる磁性体の体積を縮小させる必要がある。記録層に用いられる磁性体には、安定した情報記録をするために、外部からの熱エネルギーによる擾乱に対する磁化の熱安定性が必要とされる。
【0003】
磁化の熱安定性Δと磁気異方性エネルギーKには、一般的に下記(1)式が成り立つ。
【数1】

ここで、Vは磁性体の体積、kBはボルツマン定数、Tは温度である。
【0004】
(1)式から分かるように、磁気記録密度の増大に伴い磁性体の体積を減少させる場合、磁化の熱安定性を確保するためには、記録層としては高い磁気異方性エネルギーを有する材料が必要となる。
【0005】
一方で記録層の磁気異方性エネルギーが高くなるにつれて、外部から情報を書き込むために必要とされる磁場が増大してしまう問題も生じる。磁化が均一に反転する一斉回転の磁化反転モードを仮定した場合、磁気異方性エネルギーと保磁力Hc及び異方性磁場Hkの間には、下記(2)式が成り立つ。
【数2】

ここで、Msは磁性体の飽和磁化の値である。
【0006】
例えば、Msが1000emu/cm3(1.26Wb/m2)で直径5nmの粒からなる磁性体の記録層を仮定する。一般にΔは60以上が要求されており、室温で4×107erg/cm3(4×106J/m3)程度の磁気異方性エネルギーが必要となる。
【0007】
一方、この粒子のHcは80kOe(Oeはエルステッド、6.4MA/m)であり、記録層の磁化を反転させるためにはHc以上の磁場を印加しなくてはならない。現行の磁気記録方式は、書き込み磁気ヘッドからの磁場により記録層の磁化反転を行うが、10kOe(0.8MA/m)程度の磁場が書き込み磁気ヘッドから印加できる磁場の限界である。
【0008】
この問題を解決するために、例えば特許文献1に開示されているように、外部磁場と同時にGHz帯域の高周波磁場を記録層に印加することにより、記録層の磁性体の磁化歳差運動を励起し、ダイナミックな磁化反転を行うマイクロ波アシスト磁化反転が検討されている。
【0009】
記録層の磁性体が初期状態から反対方向へと磁化反転するためには、磁気異方性エネルギーにより決まるエネルギー障壁を乗り越えるためのエネルギーを加える必要がある。高い磁気異方性を有する材料では、そのエネルギー障壁が高いため、エネルギー障壁分の大きな外部磁場を印加してエネルギー障壁を乗り越えなくてはならない。
【0010】
マイクロ波アシスト磁化反転の原理は、特許文献1に示されるように、記録層のもつ共鳴周波数と同程度の高周波磁場を印加して、低い外部磁場で磁化反転を誘起する手法のことを言う。磁性体の磁化は、有限温度下において有効磁場Heffの周りを歳差運動している。その時の周波数fFMRは、下記(3)式で与えられる。このfFMRは強磁性共鳴周波数と呼ばれる。
【数3】

ここで、γはジャイロ磁気因子である。
【0011】
記録層においてfFMRで歳差運動している磁化に対し同じ周波数の高周波磁場を印加すると、高周波磁場と磁化の歳差運動が共鳴し、歳差運動の振幅が増幅される。歳差運動が増幅された磁化は、エネルギー障壁よりも低い外部磁場下でも、歳差運動が増幅されていることによりエネルギー障壁を乗り越えることができ、最終的に磁化反転が生じる。これがマイクロ波アシスト磁化反転である。
【0012】
非特許文献1では、記録層に用いるコバルト微粒子における高周波磁場印加時の保磁力を調べており、強磁性共鳴周波数に近い高周波磁場を印加することによりコバルト微粒子の保磁力が低下することが報告されている。
【0013】
非特許文献2では、磁性体の磁化を電流で回転させることにより高周波磁場を発生させる発振器を磁気記録媒体用書き込み磁気ヘッドに搭載することを想定し、発生された高周波磁場が磁気記録媒体への書き込みに与える影響を計算機シミュレーションにより検討している。その結果、記録層の持つ強磁性共鳴周波数の近傍で大きく保磁力が低減することが報告されている。
【0014】
また、非特許文献3では、記録層として磁気異方性の低い軟磁性層と磁気異方性の高い硬磁性層を組み合わせることにより、高周波磁場による保磁力の低下が効果的になることが計算機シミュレーションから報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2010-257539号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】CHRISTOPHE THIRION et al.,“Switching of magnetization by nonlinear resonance studied in single nanoparticles”, Nature Materials, vol.2, p.524, 2003
【非特許文献2】Jian-Gang Zhu et al., “Microwave Assisted Magnetic Recording”, IEEE Trans. Magn., Vol.44, p.125, 2008
【非特許文献3】T. J. Fal et al., “Domain wall and microwave assisted switching in an exchange spring bilayer”, J. Appl. Phys., Vol.109, p.093911, 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
現在までにマイクロ波アシスト磁化反転の利点が実験及び計算から報告されているが、高密度磁気記録を視野に入れた場合、記録層の磁気異方性が高くなるにつれて印加する高周波磁場の周波数も高くなるという新たな課題が出てくる。
【0018】
例えば(3)式の有効磁場には、異方性磁場も含まれるため、Hkが80kOeの場合、fFMRは200GHzを超える。このようなサブTHzの小型発振器を書き込み磁気ヘッドに搭載することは、技術的な困難を伴う。
【0019】
さらに、現状では大きな保磁力を持つ記録層にマイクロ波を照射した場合、低減率は大きくとも60%から70%程度であり、実装の観点から低減率が十分ではない。
【0020】
本発明は、上記課題に鑑み、記録層の強磁性共鳴周波数よりも低い周波数の高周波磁場により書き込みが可能なマイクロ波アシスト磁気記録媒体を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記目的を達成するため、本発明のマイクロ波アシスト磁気記録媒体は、基板と、基板上に形成される下地層と、下地層上に形成される軟磁性層、記録層及び保護層と、を含み、高周波を印加することで軟磁性層内に誘起されるスピン波により記録層の反転磁場を制御する。
【0022】
上記構成において、記録層と軟磁性層とは、好ましくは、界面で磁気的に交換結合している。
軟磁性層のスピン波の周波数は、好ましくは、記録層の強磁性共鳴周波数よりも低い。
記録層は、好ましくは、5×105J/m3以上の磁気異方性を有している。記録層の厚さは、好ましくは、20nm以下である。
軟磁性層は、好ましくは、5×105J/m3以下の磁気異方性を有している。軟磁性層の厚さは、好ましくは、20nm〜150nmの範囲である。
記録層の磁化方向は、基板の面内に対して垂直方向である。
【発明の効果】
【0023】
本発明のマイクロ波アシスト磁気記録媒体によれば、軟磁性層内に誘起されるスピン波により記録層の反転磁場を制御することができ、記録層の強磁性共鳴周波数よりも著しく低いGHz帯で記録層の反転磁場を減少させることができ、記録層の記録密度を向上させることができる。例えば、軟磁性と記録層とを界面で磁気的に交換結合させ、軟磁性層の厚さを20nmから150nmの範囲で厚くすることにより、1GHzから15GHzの高周波磁場により軟磁性層内に誘起させた空間的に不均一な磁化の集団的運動、つまり、スピン波を記録層内へと伝搬させて、記録層の保磁力を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明に係るマイクロ波アシスト磁気記録媒体の構成を示す断面図である。
【図2】本発明のマイクロ波アシスト磁気記録媒体に書き込みを行う機構を模式的に示す図である。
【図3】本発明に係るマイクロ波アシスト磁気記録媒体を構成する磁性多層膜が示す磁化曲線である。
【図4】図3の低磁界の磁化曲線である。
【図5】マイクロ波アシスト磁気記録媒体を構成する磁性多層膜に対し、高周波磁場を印加しない場合の異方性磁気抵抗効果を示す図である。
【図6】マイクロ波アシスト磁気記録媒体を構成する磁性多層膜に対し、高周波磁場を印加した場合の異方性磁気抵抗効果を示す図である。
【図7】マイクロ波アシスト磁気記録媒体を構成する磁性多層膜に対し、高周波磁場を印加した場合の反転磁場の周波数依存性を示す図である。
【図8】マイクロ波アシスト磁気記録媒体を構成する磁性多層膜における強磁性共鳴周波数の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は本発明に係るマイクロ波アシスト磁気記録媒体10の構成を示す断面図である。
図1に示す実施形態では、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10は、基板1上に形成される下地層2と、下地層2上に形成される記録層3と、記録層3上に形成される軟磁性層4と、軟磁性層4上に形成される保護層5と、がこの順に積層される構造を有している。
基板1は単結晶基板を用いることができる。基板1としては、MgO基板、Si基板、ガラス基板等を用いることができる。基板1上にMgO層などの適当な下地層2を設けることにより、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10の磁性多層膜を作製することが可能となる。
【0026】
下地層2は、基板1上に記録層3等の磁性多層膜を形成する際に、記録層3等の結晶品質や配向性を高めるために挿入される層である。下地層2は、バッファー層とも呼ばれている。下地層2としては、例えば、Fe(鉄)やAu(金)からなる層とすることができる。図1に示すように、下地層2は、第1の下地層2aと第2の下地層2bとからなる構成としてもよい。
【0027】
記録層3は、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10の磁性多層膜面に対して水平方向又は垂直方向に磁気を記録する層である。記録層3は、軟磁性層4に磁気的に結合している層である。マイクロ波アシスト磁気記録媒体10の記録密度を増加させるには、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10の磁性多層膜面に対して垂直方向、つまり垂直磁気記録をすることが望ましい。この場合、記録層3の記録方向は、図1の紙面の上下方向であるY方向であり、記録層3の磁化方向は、基板1の面内に対して垂直方向である。記録層3の材料としては、磁気異方性の高い強磁性体を用いる。このような強磁性体としては、L10型鉄白金規則合金、Co−Pt系合金、Fe−Pd系合金、Co−Pd系合金等が挙げられる。
【0028】
軟磁性層4は、記録層3とは異なり磁化特性においてヒステリシスを有していない材料からなる。軟磁性層4は、軟磁性裏打層とも呼ばれている。軟磁性層4は、例えば、パーマロイ合金Fe19Ni81からなる。
【0029】
なお、軟磁性層4としては、Co−Fe合金等の軟磁性材料を用いることもできるが、磁気異方性の低いパーマロイ合金層を用いることが望ましい。
【0030】
図2は、本発明のマイクロ波アシスト磁気記録媒体20に書き込みを行う機構を模式的に示す図である。図2に示すように、マイクロ波アシスト磁気記録媒体20の上部には、書き込み磁気ヘッド30が配設されている。
マイクロ波アシスト磁気記録媒体20は、基板1上に形成される下地層2と、下地層2上に形成される軟磁性層4と、軟磁性層4上に形成される記録層3と、記録層3上に形成される保護層5と、がこの順に積層された構造を有している。図1に示す実施形態のマイクロ波アシスト磁気記録媒体10とは、軟磁性層4と記録層3との積層が逆になっている以外は同じ構成である。
【0031】
書き込み磁気ヘッド30の開口部30aには、書き込み用の直流磁場が印加されると共に、高周波磁場が重畳して印加される。マイクロ波アシスト磁気記録媒体10の記録密度を向上させるためには、この開口部30aの寸法は小さい程好ましい。しかしながら、開口部30aの寸法が小さくなりすぎると急峻な直流磁場を発生させるのが困難となるので、開口部30aの寸法は急峻な直流磁場を発生させるために、例えば100nm程度とする。
【0032】
書き込み磁気ヘッド30の開口部30aには、高周波磁場を印加するためにスピントルク発振器が配設されてもよい。スピントルク発振器は、巨大磁気抵抗素子やトンネル磁気抵抗素子からなり、直流が印加されてマイクロ波を発振する。スピントルク発振器は、nmオーダーであるので、書き込み領域の寸法が微細化されても収容可能な小型発振器である。
【0033】
本発明のマイクロ波アシスト磁気記録媒体10によれば、記録層3の界面と磁気的に交換結合している軟磁性層4内に高周波磁場を印加して誘起されるスピン波により、記録層3の反転磁場を低減するように制御して、つまり、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10に印加する高周波磁場により、記録層3の磁化を容易に磁化反転することができる。この磁化反転の現象は次のような経過を辿ることで生じる。
先ず、軟磁性層4内に誘起されたスピン波により軟磁性層4内の磁化が不均一な運動を起こす。次に、軟磁性層4と磁気的な交換結合をしている記録層3の磁化も軟磁性層4の影響を受け、記録層3内の磁化の運動が誘起される。この記録層3内の磁化に誘起される運動により記録層3の磁化反転が生じる。
これにより、記録層3を磁化方向を反転するための直流磁場を低減化して、垂直磁気記録をするマイクロ波アシスト磁気記録媒体10の書き込みに要する直流磁場を減少させることができる。さらに、書き込み磁気ヘッド30の狭い開口部30aから高周波磁場を印加することにより、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10の記録密度を向上させることができる。
【0034】
軟磁性層4内に高周波磁場を印加して誘起されるスピン波の周波数は、記録層3の強磁性共鳴周波数、例えばHkが80kOe場合の200GHzというサブTHzよりも1桁以上低いGHz帯になる。GHz帯の高周波磁場を印加する発振器は、サブTHzの発振器よりも実現が容易であるので、書き込み磁気ヘッド30の製造がより容易となる。
【0035】
軟磁性層4内に高周波磁場を印加して誘起されるスピン波の周波数を、記録層3の強磁性共鳴周波数よりも低い周波数となるGHz帯、例えば、1〜10GHzとするためには、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10の構成、特に記録層3と軟磁性層4の厚さや磁気異方性とをパラメータとして設計することができる。スピン波のモードが励起される周波数は、解析的な計算やシミュレーションにより求めることができる。
【0036】
記録層3がFe48Pt52からなり、軟磁性層4がFe19Ni81からなるマイクロ波アシスト磁気記録媒体10では、以下のような条件にすれば、軟磁性層4においてスピン波のモードが励起される周波数を、記録層3の強磁性共鳴周波数である大凡15GHz以下よりも低い周波数とすることができる。
(1)軟磁性層4を、5×106erg/cm3(5×105J/m3)以下の磁気 異方性をもたせ、軟磁性層4の厚さを20nmから150nmの範囲とする。
(2)記録層3を、5×106erg/cm3(5×105J/m3)以上の磁気異 方性をもたせ、記録層3の厚さを20nm以下とする。
以上、説明した本発明のマイクロ波アシスト磁気記録媒体10の特徴は、記録層3の記録方向によらず、記録層3が垂直磁気記録及び水平磁気記録の何れにも適用できる。
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0037】
図1に示すマイクロ波アシスト磁気記録媒体10を以下のようにして作製した。
記録層3としてFe48Pt52からなる組成のL10型鉄白金規則合金を、また、軟磁性層4としてFe19Ni81からなる組成のパーマロイ合金を有しているマイクロ波アシスト磁気記録媒体10を作製した。以下、記録層3は鉄白金規則合金層、軟磁性層4はパーマロイ合金層と呼ぶ。
【0038】
マイクロ波アシスト磁気記録媒体10の磁性多層膜はスパッタリング法を用いて、厚さが500μmのMgOからなる基板1上に堆積した。厚さが1nmのFeからなる下地層2a及び厚さが40nmのAuからなる下地層2bを室温で成膜し、基板温度を450℃にして厚さが10nmの鉄白金規則合金層3を成膜した。その後、厚さが100nmのパーマロイ合金層4を室温で成膜した。最後に、厚さが3nmのAuからなる保護層5を室温で成膜した。
【0039】
図3は、本発明に係るマイクロ波アシスト磁気記録媒体10を構成する磁性多層膜が示す磁化曲線であり、図4は、図3の低磁界の磁化曲線である。図3及び図4の横軸は印加磁場H(kOe)であり、縦軸は磁化M(emu/cm3)である。マイクロ波アシスト磁気記録媒体10に印加する磁場は、膜面内の磁化容易軸方向に印加した。
図3及び図4に示すように、磁化曲線には2段ループの挙動が現れており、低磁場付近に見られる一段目がパーマロイ合金層4の磁化反転が開始したことに起因し(図4の実線データ参照)、高磁場の二段目は鉄白金規則合金層3の磁化反転に対応している(図4の点線データ参照)。
【0040】
マイクロ波アシスト磁気記録媒体10においては、パーマロイ合金層4の磁化反転が開始した後、鉄白金規則合金層3の磁化反転が生じる前に磁場をゼロに戻すと、可逆的な磁化の挙動(スプリングバックと呼ばれている。)が確認される(図4の実線データ参照)。これは、パーマロイ合金層4と鉄白金規則合金層3とが界面で交換結合しており、パーマロイ合金層4の磁化が反転を開始しても鉄白金規則合金層3によりピン止めされているために完全には磁化反転せず、磁場を取り除くことにより可逆的に元の状態に戻ることを意味している。
【0041】
上記結果から、パーマロイ合金層4内の磁化が空間的にねじれていることが分かる。パーマロイ合金層4の膜厚を20nmから150nmの範囲で変えたマイクロ波アシスト磁気記録媒体10の磁性多層膜においても、上記図3及び図4と同様に可逆的な磁化の挙動が観測された。
【0042】
つぎに、作製した磁性多層膜10を微細加工法により、保護層5、パーマロイ合金層4及び鉄白金規則合金層3を短軸が2μm、長軸が50μmの矩形状へと加工した。さらに、Feからなる下地層2a及びAuからなる下地層2bをコプレーナ導波路形状へと加工し、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10に高周波磁場を印加することが可能な構造を作製した。
【0043】
図5は、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10を構成する磁性多層膜に対し、高周波磁場を印加しない場合の異方性磁気抵抗効果を示す図である。異方性磁気抵抗効果は、AMR(Anisotropic Magneto-Resistance)と呼ばれている。図5の横軸は印加磁場H(Oe)であり、縦軸は磁化飽和状態の素子抵抗からの抵抗変化、即ちΔR(Ω)である。パーマロイ合金層4の膜厚は120nmである。
AMRは電流と磁化の相対角度に依存して電気抵抗が変化する効果であり、電流と磁化が平行の状態で抵抗が高く、電流と磁化が垂直になると抵抗が減少する。
図5に示すように、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10を加工して作製した矩形素子では、磁場を印加することでパーマロイ層内の磁化がねじれることにより、磁化と電流との相対角度が大きくなるため抵抗が減少する。磁場を増加させて記録層3となる鉄白金規則合金層3が磁化反転すると抵抗値が元の値に戻る。このように、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10に高周波磁場を印加していない状態では、鉄白金規則合金層3は2kOeの磁場で磁化反転する(図5の矢印(↑)参照)。
【0044】
図6は、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10を構成する磁性多層膜に対し、高周波磁場を印加した場合の異方性磁気抵抗効果を示す図である。図6の縦軸及び横軸は図5と同じである。印加した高周波磁場の周波数は7GHzであり、高周波磁場(Hrf)は143Oeである。
図6から明らかなように、7GHzの高周波磁場(Hrf)143Oeを印加することにより鉄白金規則合金層3が250Oeの磁場で磁化反転した(図6の矢印(↑)参照)。
【0045】
図5に示す高周波磁場を印加しない場合の反転磁場(保磁力に相当)に対する低減率は、下記(4)式で与えられる。
【数4】

ここで、Hc(Hrf)は高周波磁場印加時の反転磁場である。
上記(4)式から、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10では、高周波磁場を印加することにより、高周波磁場を印加しない場合と比較して、最大で81%の反転磁場の低減率が得られた。
【0046】
図7は、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10を構成する磁性多層膜に対し、高周波磁場を印加した場合の反転磁場の周波数依存性を示す図である。図7の横軸は高周波磁場の周波数(GHz)であり、縦軸は反転磁場HSW(Oe)である。パーマロイ合金層4の膜厚は120nmであり、印加した高周波磁場の強度は143Oeである。
図7から明らかなように、低周波数領域では反転磁場の変化が観測されず、7GHz近傍において反転磁場が急激に減少する。さらに周波数を上昇させるにつれて、反転磁場が徐々に増加していく。反転磁場が減少する高周波磁場の周波数は7GHz近傍であり、これは鉄白金規則合金層3の磁気異方性エネルギーから期待される強磁性共鳴周波数(15GHz以上)よりも低い値であることが判明した。
【0047】
図8は、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10を構成する磁性多層膜における強磁性共鳴周波数の測定結果である。図8の横軸は高周波磁場の周波数(GHz)であり、縦軸はSパラメータのS11の実部の変化、Re(ΔS11)である。パーマロイ合金層4の膜厚は120nmであり、印加した直流磁場の強度は−500Oeである。この直流磁場は、磁性多層膜の面内方向において、鉄白金規則合金層3の磁化方向とは逆の向きに印加されており、パーマロイ合金層4の磁化が空間的にねじれた状態になる磁場領域に該当している。
図8から明らかなように、7GHz近傍、8GHz近傍及び11GHz近傍(図7の矢印(↓)参照)に強磁性共鳴周波数のピークが観測されていることが分かる。これらの周波数は、周波数の低いピークから順に、パーマロイ合金層4内の次数の低いスピン波のモードに起因している。これらの結果から、反転磁場が急激に減少した7GHzという周波数はパーマロイ合金層4内のスピン波モードに対応し、このモードを利用して鉄白金規則合金層3の反転磁場を低減できることが分かる。
【0048】
上記実施例では、マイクロ波アシスト磁気記録媒体10を構成する磁性多層膜の面内で水平方向に記録する場合に記録層3の反転磁場を低減できるという測定結果について説明した。マイクロ波アシスト磁気記録媒体10の垂直方向に磁気記録する場合についても同様な測定結果が得られることは勿論である。
【0049】
本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の変形が可能であり、それらも本発明の範囲内に含まれることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0050】
1:基板
2:下地層
2a:第1の下地層
2b:第2の下地層
3:記録層
4:軟磁性層
5:保護層
10、20:マイクロ波アシスト磁気記録媒体
30:書き込み磁気ヘッド
30a:開口部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、該基板上に形成される下地層と、下地層上に形成される軟磁性層、記録層及び保護層と、を含み、
高周波を印加することで上記軟磁性層内に誘起されるスピン波により上記記録層の反転磁場を制御する、マイクロ波アシスト磁気記録媒体。
【請求項2】
前記記録層と前記軟磁性層とは、界面で磁気的に交換結合している、請求項1に記載のマイクロ波アシスト磁気記録媒体。
【請求項3】
前記軟磁性層のスピン波の周波数は、前記記録層の強磁性共鳴周波数よりも低い、請求項1又は2に記載のマイクロ波アシスト磁気記録媒体。
【請求項4】
前記記録層は、5×105J/m3以上の磁気異方性を有している、請求項1又は2に記載のマイクロ波アシスト磁気記録媒体。
【請求項5】
前記記録層の厚さは20nm以下である、請求項1又は2に記載のマイクロ波アシスト磁気記録媒体。
【請求項6】
前記軟磁性層は、5×105J/m3以下の磁気異方性を有している、請求項1又は2に記載のマイクロ波アシスト磁気記録媒体。
【請求項7】
前記軟磁性層の厚さは、20nm〜150nmの範囲である、請求項1又は2に記載のマイクロ波アシスト磁気記録媒体。
【請求項8】
前記記録層の磁化方向は、前記基板の面内に対して垂直方向である、請求項1又は2に記載のマイクロ波アシスト磁気記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−105506(P2013−105506A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−246937(P2011−246937)
【出願日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、文部科学省、「高機能・超低消費電力スピンデバイス・ストレージ基盤技術の開発(超高速並列階層型サブシステムの要素技術の開発)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】