説明

マクロホモプシスガムの製造方法

【解決課題】マクロホモプシスを用いたマクロホモプシスガム製造の改良法として、マクロホモプシスガムを高い収率(収量)で製造する方法を提供する。
【解決手段】マクロホモプシスガムの製造を下記の方法で行う。マクロホモプシス(Macrophomopsis)に属する微生物を、窒素源濃度が窒素元素換算で0.014〜0.043重量%となるような割合で窒素源を含む培地で通気培養し、培養物に生成されたβ-グルカンを採取する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マクロホモプシス(Macrophomopsis)属に属する微生物が産生するβ-グルカンであるマクロホモプシスガムの製造方法に関する。特に、本発明は当該マクロホモプシスガムを高い収率で効率よく取得するための製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、微生物が各種のβ-グルカンを産生することはよく知られている。例えば、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属に属する微生物が産生するカードラン、担子菌スエヒロタケが産生するジゾフェラン(以上、非特許文献1)、マクロホモプシス(Macrophomopsis)属に属する微生物が産生するマクロホモプシスガム(特許文献1)などを挙げることができる。
【0003】
これらのうち、ジゾフェラン以外のβ-グルカンはいずれも食品添加物として使用が認められているものであり(非特許文献2〜3)、例えばマクロホモプシスガムについては、増粘安定剤としての用途のほか、コレステロール抑制剤としての用途も知られている(特許文献2)。
【0004】
しかしながら、例えば特許文献1に記載されている培養方法によると、マクロホモプシスが産生するβ-グルカン(マクロホモプシスガム)の量は、培養時間4日間で1.5g/L以下と少なく、このため現在においても大量生産されていないのが実情である。
【非特許文献1】「天然・生体高分子材料の新展開」シーエムシー出版 p84〜89、p146〜147
【非特許文献2】「第三版 既存添加物 自主規格」平成14年11月 日本食品添加物協会 p120
【非特許文献3】「第三版 既存添加物 自主規格」平成14年11月 日本食品添加物協会p263
【特許文献1】特開平4−122701号公報
【特許文献2】特開平6−135839号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述するように、マクロホモプシスガムは、その産生菌であるマクロホモプシス属に属する微生物(以下、単に「マクロホモプシス」という)のβ-グルカン産生能の低さまたは従来の製造方法の収量の低さから、大量生産されておらず、有効利用されていないのが実情である。そこで、本発明は、マクロホモプシスを用いたマクロホモプシスガム製造の改良法として、マクロホモプシスガムを高い収率(収量)で製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねたところ、マクロホモプシスを窒素源濃度が特定の狭小範囲内である培地中で培養することによって、マクロホモプシスがβ-グルカン(マクロホモプシスガム)を大量に産生することを見いだした。
【0007】
さらに、かかる培養条件では、マクロホモプシスの菌体そのものの増殖は抑制され、このため、不都合な培地の粘度上昇が生じず、スケールアップによる大量培養(マクロホモプシスガムの大量製造)が可能であることを見いだした。
【0008】
本発明はかかる知見に基づくものであり、下記の態様を包含する:
項1.マクロホモプシス(Macrophomopsis)に属する微生物を、窒素源濃度が窒素元素換算で0.014〜0.043重量%となるような割合で窒素源を含む培地で通気培養し、培養物に生成されたβ-グルカンを採取する工程を有する、マクロホモプシスガムの製造方法。
項2.マクロホモプシス(Macrophomopsis)に属する微生物を、窒素源濃度がタンパク質換算で0.09〜0.27重量%となるような割合で窒素源を含む培地で通気培養し、培養物に生成されたβ-グルカンを採取する工程を有する、マクロホモプシスガムの製造方法。
項3. 培地が、窒素源として脱脂綿実粉を含むものである、項1又は2に記載の製造方法。
項4. 培地に含まれる脱脂綿実粉の含有量が0.15〜0.45重量%である項3に記載の製造方法。
項5. 培地が、炭素源としてグルコースを含むものである、項1乃至4のいずれかに記載の製造方法。
項6.培養後、培養物を70〜150℃で加熱処理する工程を有する項1乃至5のいずれかに記載の製造方法。
項7.培養中に少なくとも1回、培地中への通気量を減少させる工程を有することを特徴とする項1乃至6のいずれかに記載する製造方法。
項8. 採取するβ-グルカンが、下記の性質を有するものである項1乃至7のいずれかに記載の製造方法:
(a)主鎖D-グルコピラノシル残基がすべてβ-1,3結合し、当該主鎖のD-グルコピラノシル残基4つに対して1つの割合で、当該残基のC6位に側鎖としてD-グルコピラノシル残基1つがβ-1,6結合してなる中性多糖、
(b)重量分率平均分子量が10万Da〜1000万Da。
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
本発明は、マクロホモプシス(Macrophomopsis)属に属する微生物(マクロホモプシス)を用いてマクロホモプシスガムを製造する方法に関する。マクロホモプシスは、例えば特開平1-63370号公報(微工研受託9366号)に記載されているように、従来より公知の不完全糸状菌である。後述する実施例では、かかるマクロホモプシス属に属する寄託菌(San-Ei-1株:寄託者が付した識別のための表示「Macrophomopsis San-Ei-1 San-Ei Gen F.F.I., 20050125」、受託番号「FERM P-20389」)を例として用いて説明したが、本発明の方法は、この寄託菌に限らず、マクロホモプシス属に属する微生物全般を用いて行うことができる方法である。
【0011】
本発明の方法は、かかるマクロホモプシスを、窒素源濃度が窒素元素換算で0.010重量%より多く、通常0.014重量%以上であって、かつ0.048重量%より少ない、通常0.043重量%以下となるような割合で窒素源を含む栄養培地で培養することにより実施される。栄養培地に配合する窒素源の下限は、窒素元素換算で、通常0.014重量%以上、好ましくは0.015重量%以上、より好ましくは0.017重量%以上、さらに好ましくは0.019重量%以上である。栄養培地に配合する窒素源の上限は、窒素元素換算で、通常0.043重量%以下、好ましくは0.040重量%以下、より好ましくは0.034重量%以下、さらに好ましくは0.029重量%以下である。栄養培地に配合する窒素源の好適な範囲として、窒素元素換算で、通常0.014〜0.043重量%、好ましくは0.015〜0.040重量%、より好ましくは0.017〜0.034重量%、更に好ましくは0.019〜0.029重量%を挙げることができる。
【0012】
なお、これをタンパク質量に換算した場合、窒素源濃度は0.06重量%より多く、通常0.09重量%以上であって、かつ0.30重量%より少ない、通常0.27重量%以下となるような割合で窒素源を含む栄養培地で培養することにより実施される。栄養培地に配合する窒素源の下限は、タンパク質量換算で、好ましくは0.09重量%以上、より好ましくは0.11重量%以上、さらに好ましくは0.12重量%以上である。栄養培地に配合する窒素源の上限は、タンパク質量換算で、通常0.27重量%以下、好ましくは0.25重量%以下、より好ましくは0.21重量%以下、さらに好ましくは0.18重量%以下である。栄養培地に配合する窒素源の好適な範囲として、タンパク質量換算で、通常0.09〜0.27重量%、好ましくは0.09〜0.25重量%、より好ましくは0.11〜0.21重量%、更に好ましくは0.12〜0.18重量%を挙げることができる。よって、窒素源としてタンパク質を用いる場合は、この割合を参考にしてタンパク質を栄養培地中に配合することができる。
【0013】
栄養培地に配合する窒素源としては、概ね微生物の培養に用いられる有機または無機の窒素源の全てが使用可能であり、前記の窒素濃度となるように栄養培地に配合すればよい。例えば脱脂綿実粉(Pharmamedia)、コーンスティープリカー、酵母エキス、各種ペプトン、オートミール肉エキス、カゼイン加水分解物、アンモニア塩、硝酸塩などが挙げられる。
【0014】
好ましくは脱脂綿実粉である。脱脂綿実粉を窒素源として用いる場合、栄養培地中に脱脂綿実粉を0.10重量%より多く配合することが好ましく、通常0.15重量%以上、好ましくは0.16重量%以上、好ましくは0.18重量%以上、より好ましくは0.20重量%以上となるように配合することが望ましい。また、脱脂綿実粉は栄養培地中に0.50重量%未満で配合することが好ましく、通常0.45重量%以下、好ましくは0.42重量%以下、より好ましくは0.35重量%以下、更により好ましくは0.30重量%以下で配合する。脱脂綿実粉の好適な配合範囲としては、通常0.15〜0.45重量%、好ましくは0.16〜0.42重量%、より好ましくは0.18〜0.35重量%、さらに好ましくは0.2〜0.3重量%の濃度となるように配合することが望ましい。
【0015】
後述する実施例に示すように、かかる窒素源の濃度条件でマクロホモプシスを培養することによって、マクロホモプシスのβ-グルカン産生能を有意に増加させることができ、マクロホモプシスガムを高収量で取得することができる。
【0016】
栄養培地には、他の成分として炭素源を配合する。炭素源としては、例えばブドウ糖、麦芽糖、澱粉、澱粉分解物、ショ糖、果糖、乳糖、糖蜜、グルコース、ラクトース、フルクトース、ガラクトース、メリビオース、ラフィノース、スタキオースまたはこれらの混合物を挙げることができる。好ましくはグルコースである。
【0017】
かかる炭素源の栄養培地中の濃度は、特に制限されないが、通常2〜20重量%、好ましくは2〜10重量%、より好ましくは2〜5重量%を例示することができる。
【0018】
栄養培地には、必要に応じて、その他の成分として、例えば塩化ナトリウム、マグネシウム、カルシウム、またはリン酸等の無機塩を配合してもよいし、また鉄、銅、マンガン等の金属塩を微量配合してもよい。
【0019】
培養液のpHは3.5〜9、好ましくはpH5〜8の範囲にすることが望ましく、状況によっては水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、及び硝酸アンモニウム等のアルカリ塩類、その他アミノ酸類または緩衝液等でpHを一定に調整することもある。
【0020】
培養方法は、通気条件であれば特に制限されず、例えば深部通気攪拌培養(撹拌翼を用いた培養物撹拌による深部通気培養)、撹拌培養(撹拌翼を用いた培養液撹拌による培養)、振とう培養、深部通気培養、またはドラム回転式培養等の通気可能な方式を挙げることができる。例えば培養に採用される通気条件として、好ましくは0.1〜4vvm、より好ましくは0.5〜2vvm、更に好ましくは1〜2vvmの範囲を挙げることができる。なお、通気に使用される気体としては、滅菌した酸素を含む気体、具体的には大気をフィルターに通して濾過滅菌した空気を例示することができる。
【0021】
好ましくは、上記通気条件下で攪拌しながら培養する方法である(深部通気攪拌培養法、撹拌培養)。攪拌の回転数(攪拌翼の攪拌速度)は、特に制限されない。例えば、10L容量(内径:200mm、高さ:390mm)の深部通気培養装置において、図1に示す高粘度培養用の門型の撹拌翼(幅:110mm、高さ:110mm、羽根の幅:15mm、培養装置の底面から20mmの位置に設置)を使用した場合、攪拌の回転数(攪拌翼の攪拌速度)として、通常50〜300rpm、好ましくは100〜250rpm、より好ましくは200〜250rpmを例示することができる。
【0022】
培養温度は、通常10〜40℃の範囲が好ましく、より好ましくは29〜35℃である。
【0023】
培養時間は、培養条件に応じて適宜調整することができる。通常3日〜6日を挙げることができる。例えば、上記の深部通気培養装置を用いて、攪拌翼の攪拌速度200〜250rpm、温度条件29〜35℃、及び通気条件1〜2vvmの下で、深部通気攪拌培養する場合、培養は通常3〜6日間、好ましくは4〜5日間行うのが望ましい。
【0024】
なお、通気培養を6日より長く行うと、却ってマクロホモプシスガムの収量が低下することがある。これを解消する方法として、通気培養時間を6日より長く行う場合には、培養期間中の培養物内への通気量を、少なくとも1回、減じることが好ましい(通気量の段階的低減)。具体的には、一定期間通気培養した後、培養物内への通気量を初回通気量の半分以下、さらに好ましくは三分の一以下にするのが良い。こうすることで培養中に生じる菌体の過度な増殖を抑えることができる。また、通気量を1回または複数回、段階的に低減しながら長期間培養することで、通常の培養条件(例えば上記の条件:攪拌翼の攪拌速度200〜250rpm、温度条件29〜35℃、及び通気条件1〜2vvmの下で、3〜6日間の深部通気攪拌培養)で培養するよりもマクロホモプシスガムの収量が向上することもある。
【0025】
例えば通気培養法として深部通気攪拌培養法を用いる場合、培養期間中に培養物内への通気量を減じて培養する方法としては、通気条件1〜2vvmの下で、攪拌翼の初回攪拌速度200〜250rpmを用いて2〜5日間程度培養し、次いで5日目ぐらいより攪拌翼の攪拌速度を50rpm〜150rpmに減じてさらに2日以上、好ましくは6〜7日間培養する方法を挙げることができる。培養液中の攪拌通気量を減じる時期としては培養開始から3〜5日目、好ましくは4〜5日目を挙げることができる。
【0026】
斯くして、マクロホモプシスにより培養物中に目的のβ-グルカン(マクロホモプシスガム)が産生される。
【0027】
本発明が目的とするβ-グルカン(マクロホモプシスガム)は、下式に示すように、主鎖のD-グルコピラノシル残基がすべてβ-1,3結合で結合しており、主鎖のD-グルコピラノシル残基4つに1つの割合で、そのC6位の位置に、側鎖としてD-グルコピラノシル残基1つがβ-1,6結合してなる構成を有する中性多糖である。
【0028】
【化1】

【0029】
本発明が目的とするβ-グルカン(マクロホモプシスガム)には、重量分率平均分子量として10万〜1000万Da、好ましくは100万〜1000万Daを有するものが含まれる。なお、重量分率平均分子量は、後述の実施例に示すように、サイズ排除クロマトグラフィーにより分子量分画し、分画された各分子量を多角度光散乱検出器で測定することによって求めることができる。
【0030】
次いで、本発明の方法は、上記方法により調製された培養物から目的のβ-グルカン(マクロホモプシスガム)を採取することによって実施される。培養物からβ-グルカン(マクロホモプシスガム)を採取する方法は、培養物から多糖類を単離精製する際に用いられる慣用の操作を適宜組み合わせて行うことができる。
【0031】
例えば、まず培養物を滅菌し、次いで濾過又は遠心分離などの定法に従って培養物を固液分離し、固形分として得られる微生物菌体を除去して培養液(濾液、上清)を取得する。
【0032】
ここで培養物の滅菌は、培養物を加熱処理する方法により行うのが好ましい。加熱処理の温度条件としては、70〜150℃、好ましくは100〜125℃を挙げることができる。好ましくは70〜150℃で1〜120分の加熱処理、より好ましくは100〜125℃で5〜20分の加熱処理である。具体的加熱条件として、105℃で15分、または121℃で10分の条件を例示することもできる。
【0033】
この加熱処理を行うことにより、培養物を滅菌すると同時に、培養物の粘度を下げることができ、その後の固液分離(濾過、遠心分離)の作業効率を向上することができる。またこの加熱処理により、培養液(濾液、上清)中に回収されるβ-グルカン(マクロホモプシスガム)の収量を向上することができる。この理由は定かではないが、菌体表面に付着しているβ-グルカン(マクロホモプシスガム)が加熱処理によって菌体から容易に遊離するためと考えられる。
【0034】
次に、上記で得られる培養液(濾液、上清)に、適当な沈殿剤、例えばエタノール、メタノール、イソプロパノール、プロパノール、アセトン等の有機溶媒を、約10〜60重量%、好ましくは10〜30重量%となるような割合で添加し、β-グルカン(マクロホモプシスガム)を沈殿させる。
【0035】
なお、この際、低分子物質も、β-グルカン(マクロホモプシスガム)とともに沈殿する場合があるが、かかる混在物は、この沈殿剤(有機溶媒)の濃度を適当に調整することで除去することができる。さらに沈殿物は、水に再溶解させた後、濾過又は遠心分離などの固液分離を繰り返すか、または上記沈殿剤による沈殿を繰り返すことによって、混在する不溶性または不純物が除去され、β-グルカン(マクロホモプシスガム)を精製取得することができる。得られた精製物は、適当な乾燥方法、例えば凍結乾燥、棚乾燥、ドラムドライ、スプレードライ等の方法で乾燥することができる。また必要に応じて粉砕処理してもよい。
【0036】
なお、上記固液分離によって得られる培養液(上清、濾液)を、イオン交換処理して脱塩し、必要に応じて活性炭などで脱色する方法によっても精製することができる。
【発明の効果】
【0037】
上記の方法によって、目的のマクロホモプシスガムを高収量で生産することができる。具体的には、本発明の方法によれば、従来法の収量(1.5g/L)に比べて、例えば3g/L以上、好ましくは4g/L以上というように高い収量でマクロホモプシスガムを生産することができる。さらに、本発明の方法によれば、マクロホモプシス菌体の増殖や、培養物の好ましくない粘度の増大を抑制しながら、目的のマクロホモプシスガムを生産することができる。
【0038】
すなわち、本発明の方法によれば、培養期間中、培養物の粘度を低い状態に維持することができるため、例えば深部通気攪拌培養などにおいて攪拌翼の攪拌速度を上げても培養液の飛散や菌体の損傷が生じず、通気を十分に確保することができる。その結果、またマクロホモプシスのβ-グルカン産生能を増加させることができ、高収量でβ-グルカン(マクロホモプシスゲル)を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下に、本発明の構成ならびに効果をより明確にするために、参考例及び実施例を記載する。但し、本発明はこれらの実施例などに何等影響されるものではない。
【0040】
なお、下記の実施例において使用したマクロホモプシスは、下記の性状を有するマクロホモプシス属に属する菌株(以下、これを「San-Ei-1株」という)である。
[参考例]
【0041】
I.採取地
神奈川県小田原市の土壌より分離。
【0042】
II.各種培養基上の性状
San-Ei-1株の肉眼的および顕微鏡的観察に基づく各種培地上における培養の特徴は下記の通りである。
(1)肉眼的観察
San-Ei-1株の25℃での生育形態を調べた。
【0043】
(1-1) ツアベックドックス寒天培地
生育は比較的速く、培養二日目には菌糸の伸長が見られた。培養5日目には、白色の綿毛様の菌糸増殖が盛んであった。菌糸が全体に密に増殖する。12日目頃には、コロニーは5.5cm位になり、コロニー中心部の裏面は黄褐色化する。3週間目頃から、コロニー中心よりやや周辺部で菌糸が盛り上がりはじめた。
【0044】
(1-2) ポテトデキストロース寒天培地
生育は比較的速く、菌糸は白色綿毛様である。コロニー中心部は、菌糸は余り増殖性が活発でなく、周辺部で非常に活発で、菌糸が密になり、ドーナツ様になる。更に、そこから菌糸が伸長し、ドーナツ周辺にやや疎菌糸帯を形成し、その先端周辺部に密菌糸帯を形成していく。そしてまたその疎菌糸帯も密になり、更に大きなドーナツ様コロニーとなる。12日目頃には、コロニーは6.5〜7.5cm位になる。コロニー中心部の裏面が黄褐色化する。3週間目位には、コロニー中心部への菌糸増殖が進み、全体的に菌糸が覆われた状態になる。その後、コロニー中心部よりやや周辺部で、暗緑色様に着色しつつ、菌糸の盛り上がりが起こってきた。
【0045】
(1-3) 麦芽エキス寒天培地
(1-1)および(1-2)に比較し、初期の白色綿毛様の菌糸体増殖が遅い。しかし、コロニーの拡大は速い。5日目頃からコロニー中心部より周辺部に向かい、疎・密菌糸帯の繰り返し紋様が観察される。12日目頃には、コロニーが8.5cmとなる。3週間目位には、そのまんだら紋様が全体的に菌糸で覆われるような形で薄れていく。
【0046】
(1-4) コーンミル培地
生育は極めて速く、ポテトデキストロース寒天培地と同様に菌糸は白色綿毛様の菌糸体増殖をする。分生子果形成に適しており、分生子果の着生成熟ともに速く盛ん。分生子果は寒天中にわずかに埋没して形成される。1%mert extraを添加して培養すると紫色に着色する。
【0047】
(1-5) オートミル寒天培地
コーンミル培地とほぼ同じ挙動である。
【0048】
(2)顕微鏡下での形態
コーンミルなどの寒天培地上での菌糸は白色綿毛様であり、寒天に潜るようにして増殖し、分岐をもち、隔膜がある。寒天培地上で形成される分生子果は、こげ茶で球形であり、開口部を持っている。開口部の孔口は単一で、まるく中心にある。分生子果柄は無色で分岐し、基部でのみ隔膜がみられ、円筒状の形態をしている。分生子形成細胞は、全割、不定形である。分生子は無色で隔膜のない紡錘形をしている。分生子の先端は鈍角、後端は裁断状である。
【0049】
(3)生育pH
pH3.5〜9で生育できるが、pH2.5以下では生育できない。生育の最適pHは5〜8である。
【0050】
(4)生育温度
10〜40℃の温度域で生育するが、5℃以下または45℃以上では生育できない。35〜40℃での生育は、28℃での生育と同程度に速い。白色菌糸体の形成が主体で、分生子果の形成、成熟には28℃以下のほうが適している。生育および分生子果の形成の最適温度は20〜30℃である。
【0051】
以上の分類学的性状を有するSan-Ei-1株は、サッカルド(Saccardo)の分類形式に従い、DEUTERO-MYCOTINA(不完全菌亜門)、Coelomycetes(分生子果不完全菌網)、Sphaeropsidales(スフェロプシド目)に含まれ、更に分生子果の形状、無色で紡錘形の単胞子生子の形態からマクロホモプシス(Macrophomopsis)属に属する菌に分類される〔B.C.Sutton著、「The Coelomycetes Fungi Imperfecti with Pycnidia Acervuli and Stromata」、press Commonwealth Mycological Institute England 1980〕。
【0052】
なお、当該San-Ei-1株は、本出願人により、「Macrophomosis San-Ei-1 San-Ei Gen F.F.I.,Inc 20050125」(識別のための表示)と命名されて、平成17年2月4日に、日本国茨城県つくば市東1−1−1中央第6に住所を有する独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに受託番号:FERM P-20389として寄託されている(通知番号:16産生寄第389号)。
【実施例1】
【0053】
(1)前培養
San-Ei-1株を、容量300mLの三角フラスコに入れた下記組成の栄養培地100 mL(窒素源:0.5重量%配合)(組成:グルコース 5重量%、脱脂綿実粉(Pharmamedia) 0.5重量%、リン酸二水素カリウム 0.1重量%、及び硫酸マグネシウム・7水和物 0.3重量%を配合した水性培地)に植菌して、25℃で4日間前培養した。
【0054】
(2)本培養
栄養培地(窒素源;0.1、0.2、0.3、または0.5重量%)(組成:グルコース 5重量%、脱脂綿実粉(Pharmamedia) 0.1、0.2、0.3、または0.5重量%、リン酸二水素カリウム 0.1重量%、及び硫酸マグネシウム・7水和物0.3重量%を配合した水性培地)を、10 L容量のジャーファンメンター (三ツワ理化学工業株式会社製)に5 L分注し、121℃で15分間加熱殺菌した。25℃まで冷却した後、この中に、上記で前培養した100 mLのSan-Ei-1株を全量植菌し、1.5M 水酸化カリウムで初発pHを7に調整した後、25℃で4日間、深部通気攪拌培養した(通気条件 2vvm、攪拌速度250 rpm、攪拌翼の形状:門型(図1参照))。
【0055】
培養開始から、2日、3日、4日目に培養物の一部を採取して、下記の方法に従って、(i)培地中に生成したβ-グルカンの収量(ガム乾燥重量g/L)、(ii)培養物中の菌体重量(菌体乾燥重量g/L)、及び(iii)培養物の粘度(mPa・S)をそれぞれ測定し、栄養培地の窒素源濃度(脱脂綿実粉量)の影響を調べた。
【0056】
(i) β-グルカンの収量(ガム乾燥重量g/L)
採取した培養物を遠心分離して、上清を回収し、これに20重量%となるようにイソプロピルアルコールを添加して、β-グルカンを沈殿させた。得られた沈殿物を85℃で3時間オーブンにて乾燥し、粉砕したものの重量を測定し、培養液1Lあたりの重量(g)に換算した(ガム乾燥重量g/L)。
【0057】
(ii) 培養物中の菌体重量(菌体乾燥重量g/L)
上記(i)において、培養物の遠心分離により得られた沈殿物(菌体)を、120℃で20時間乾燥した。この重量を測定し、培養液1Lあたりの重量(g)に換算し、これを菌体重量g/Lとした(菌体乾燥重量g/L)。
【0058】
(iii) 培養物の粘度(mPa・S)
培養物の一部を採取し、直径3cm、高さ12cmの円筒状のガラス瓶に入れ、B型粘度計により測定した(測定条件:25℃、ローター番号:粘度範囲が100mPa・s以下は1番、100〜500mPa・sは2番、500〜2000 mPa・sは3番、2000 mPa・s以上は4番のローターを使用、回転数:60回転)。
【0059】
培地中の窒素源(脱脂綿実粉)の濃度を0.1重量%、0.2重量%、0.3重量%、及び0.5重量%〔窒素元素換算で、それぞれ0.010重量%、0.019重量%、0.029重量%、及び0.048重量%〕として、San-Ei-1株を培養した場合の、各(i)β-グルカンの収量(ガム乾燥重量)(g/L)、(ii)菌体乾燥重量(g/L)、及び(iii)培養物の粘度(mPa・S)をそれぞれ表1〜4、及び図2〜4に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【0063】
【表4】

【0064】
上記の結果から、培地の窒素源(脱脂綿実粉)の濃度が0.1重量%(窒素元素換算で約0.010重量%)よりも、0.2重量%(窒素元素換算で約0.019重量%)及び0.3重量%(窒素元素換算で約0.029重量%)と多くなることにより、産生されるβ-グルカンの量が増加するものの、窒素源の濃度が0.5重量%(窒素元素換算で約0.048重量%)と高くなると、逆に産生されるβ-グルカンの量が低下することがわかった(図2)。一方、培養物中の菌体重量(図3)及び培養物の粘度(図4)は、培地の窒素源の濃度が高くなるにつれて、増大することがわかった。このことから、San-Ei-1株の菌体量の増加と培養物の粘度の増加は連動性があるものの、San-Ei-1株の菌体量の増加とSan-Ei-1株から産生されるβ-グルカンの増加(産生量)とは一致しないことがわかる。すなわち、培地の窒素源(脱脂綿実粉)の濃度を通常0.15〜0.45重量%(窒素元素換算で約0.014〜0.043重量%)、好ましくは0.16〜0.42重量%(窒素元素換算で約0.015〜0.040重量%)より好ましくは0.18〜0.35重量%(窒素元素換算で約0.017〜0.034重量%)、さらに好ましくは0.20〜0.30重量%(窒素元素換算で約0.019〜0.029重量%)程度に設定することにより、菌体量の増加及び培養物の粘度上昇という不都合がなく、目的のβ-グルカン(マクロホモプシス)を効率よく産生することができることがわかる。
【実施例2】
【0065】
(1)前培養
San-Ei-1株を、容量300mLの三角フラスコに入れた下記組成の栄養培地100 mL(窒素源:0.2重量%配合)(組成:グルコース 5重量%、脱脂綿実粉(Pharmamedia) 0.2重量%、リン酸二水素カリウム 0.1重量%、及び硫酸マグネシウム・7水和物 0.3重量%を配合した水性培地)に植菌して、振とう培養で25℃で4日間前培養した(振とう数:130rpm)。
【0066】
(2)本培養
栄養培地5L〔グルコース 5重量%、脱脂綿実粉(Pharmamedia) 0.2重量%、リン酸二水素カリウム 0.1重量%、及び硫酸マグネシウム・7水和物0.3重量%を配合した水性培地〕を、10 Lのジャーファンメンター (三ツワ理化学工業株式会社製)に分注し、121℃で15分間加熱殺菌した。25℃まで冷却した後、この中に、上記で前培養した100 mLのSan-Ei-1株を全量植菌し、1.5M 水酸化カリウムで初発pHを7に調整した後、25℃で4日間、深部通気攪拌培養した(通気量 2vvm、攪拌速度250 rpm、攪拌翼の形状:門型(図1参照))。培養開始後4日目から深部通気攪拌培養の撹拌速度を100 rpmに低減し、100 rpmでさらに2日間深部通気攪拌培養した(通気量 2vvm、攪拌翼の形状:門型)。
【0067】
培養後、培養液から1Lずつ2サンプル採取し、一方を加熱処理サンプル、もう一方を非加熱処理サンプルとした。
【0068】
加熱処理サンプル(1L)は、105℃で15分間加熱殺菌し、殺菌した培養液を遠心分離機(5000G、15分間)により固液分離し、上清を取り出した。得られた上清の全量に対して20重量%になるようにイソプロピルアルコールを添加し、β-グルカンを沈殿させて収量(ガム乾燥重量g/L)を求めた。一方、非加熱処理サンプル(1L)は、培養後、直ちに遠心分離機(5000G、15分間)により固液分離し上清を取り出し、上清の全量に対して20重量%になるようにイソプロピルアルコールを添加し、β-グルカンを沈殿させて収量(ガム乾燥重量g/L)を求めた。
【0069】
加熱処理サンプルのβ-グルカンの収量(ガム乾燥重量g/L)は5.43 g/Lであった。一方、非加熱処理サンプルのβ-グルカンの収量(ガム乾燥重量g/L)は0.55 g/Lであった。このことから、培養物を加熱処理することによって、マクロホモプシスの培養物からのβ−グルカンの回収率が格段に向上することがわかった。
【0070】
なお、上記β-グルカンは、下記の理化学的データから、マクロホモプシスガムと同定した。
【0071】
(1) 構成糖は2.5Nトリフルオロ酢酸で8時間加水分解し2.5N水酸化ナトリウムで中和後、これをshodex SUGAR SP0810(昭光通商社製)を用いたHPLCにて分析した時、グルコースのみが得られた。このことから得られた多糖類がグルコースのみを主要成分としていることが認められた。
【0072】
(2) 結合様式はβ-1.3-グルカナーゼ(ラミナリナーゼ:シグマアルドリッチ製)により約4時間酵素消化し、90℃、10分間加熱処理し酵素を失活させた後、これをshodex SUGAR SP0810(昭光通商社製)を用いたHPLCにて分析した時、グルコースとゲンチオビオースが得られた。また両者の比率はおおよそグルコース:ゲンチオビオース=3:1であった。このことから得られた多糖類は主鎖が全てD-グルコピラノース残基でβ-1,3結合したものであり、主鎖のD-グルコピラノース残基が4残基に対して1の割合でβ-1,6結合の側鎖を有する多糖類β-グルカンであった。
【0073】
(3) 分子量はTSKgel GMPWXLカラム(東ソー株式会社製)をカラムとして用いた下記条件のサイズ排除クロマトグラフィーにより分子量分画し、分画された各分子量を下記条件の多角度光散乱検出器で測定した。得られた分子量は重量分率平均分子量で100万〜1000万Daであることが認められた。
【0074】
<サイズ排除クロマトグラフィーの条件>
装置:高速液体クロマトグラフィー(日本分光株式会社製)
カラム: TSKgel GMPWXL (東ソー株式会社製)
カラム温度:25℃
移動相:50mM NaNO3+4mM NaN3
流速:0.5ml/min
注入量:100μl
試料濃度:0.5 mg/mL
前処理:0.45μmのメンブランフィルターでろ過。
【0075】
<多角度光散乱検出器の条件>
装置:多角度光散乱検出器DAWN-DSP (Wyatt 製) 、示差屈折検出器(日本分光株式会社製)
検出温度:25℃。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】深部通気培養装置に使用される高粘度培養用の門型の攪拌翼の模式図である。
【図2】培地中の窒素源濃度の違いに基づくマクロホモプシスガムの産生量を、経時的(培養時間)に調べた結果を示す図である。
【図3】培地中の窒素源濃度の違いに基づく菌体数の増大を、経時的(培養時間)に調べた結果を示す図である。
【図4】培地中の窒素源濃度の違いに基づく培地の粘度を、経時的(培養時間)に調べた結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マクロホモプシス(Macrophomopsis)に属する微生物を、窒素源濃度が窒素元素換算で0.014〜0.043重量%となるような割合で窒素源を含む培地で通気培養し、培養物に生成されたβ-グルカンを採取する工程を有する、マクロホモプシスガムの製造方法。
【請求項2】
マクロホモプシス(Macrophomopsis)に属する微生物を、窒素源濃度がタンパク質換算で0.09〜0.27重量%となるような割合で窒素源を含む培地で通気培養し、培養物に生成されたβ-グルカンを採取する工程を有する、マクロホモプシスガムの製造方法。
【請求項3】
培地が、窒素源として脱脂綿実粉を含むものである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
培地に含まれる脱脂綿実粉の含有量が0.15〜0.45重量%である請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
培地が、炭素源としてグルコースを含むものである、請求項1乃至4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
培養後、培養物を70〜150℃で加熱処理する工程を有する請求項1乃至5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
培養中に少なくとも1回、培地中への通気量を減少させる工程を有することを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載する製造方法。
【請求項8】
採取するβ-グルカンが、下記の性質を有するものである請求項1乃至7のいずれかに記載の製造方法:
(a)主鎖D-グルコピラノシル残基がすべてβ-1,3結合し、当該主鎖のD-グルコピラノシル残基4つに対して1つの割合で、当該残基のC6位に側鎖としてD-グルコピラノシル残基1つがβ-1,6結合してなる中性多糖、
(b)重量分率平均分子量が10万Da〜1000万Da。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−296348(P2006−296348A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−125755(P2005−125755)
【出願日】平成17年4月22日(2005.4.22)
【出願人】(000175283)三栄源エフ・エフ・アイ株式会社 (429)
【Fターム(参考)】