説明

マグネトロン及びその製造方法

【課題】煩雑な形成膜の除去作業を不要として低コスト化を図ると共に、暗電流の抑制効果を最大限に引き出すことができるようにする。
【解決手段】電子放出面(電子放出面形成工程101)が形成されたカソードスリーブに、ニッケルクロム合金製のエンドシールドを接合し、かつこのエンドシールドに支持(電極)リードを接続して管球を組み立てる組立て工程102及び103、この組立て工程の後、上記管球内に二酸化炭素ガスを充満、加熱し、エンドシールドの表面に酸化クロム膜を形成する管球排気及び酸化クロム膜形成工程104を含み、この工程104では、真空排気中に、カソードを活性化させ、その酸化物陰極材[例えば(BaSrCa)CO]の熱分解で二酸化炭素ガスを発生させ、この二酸化炭素ガス分圧の制御によって、エンドシールドの表面に酸化クロム膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマグネトロン及びその製造方法、特に高出力パルスを実現するためのマグネトロンのエンドシールドの表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図4に、従来のマグネトロンにおけるカソード及びアノードの概略構成、図5にカソードの構成が示されており、マグネトロンでは、複数の共振回路を形成するアノード1の内側に、カソード2が配置される。このカソード2は、例えば図5(A)に示されるように、カソードスリーブ3の上下両方に釣鐘形状のエンドシールド4が溶接又は圧着等で接合されると共に、その側面に、酸化物陰極材を有する電子放出面5が形成される。また、このカソード2は、上下のエンドシールド4の部分で、支持リード6a,6bで支持され、かつ電気的に接続される。
【0003】
図5(B)には、円板形状のエンドシールドを用いたカソードの他の構成例が示されており、このカソード8では、カソードスリーブ9の上下両方に円板形状のエンドシールド10が溶接又は圧着等で接合されると共に、その側面に、酸化物陰極材を塗布した電子放出面11が形成される。
【0004】
このようなマグネトロンにおいて、上記のエンドシールド4,10は、アノード1とカソード2との間の作用空間の電子が軸方向に漏れないようにする役目を担い、高出力パルスを得るために必要な部材となる。しかし、このエンドシールド4,10の端部は、管内で最も強い電界がかかる個所の一つであるため、その表面に電子放出面11の酸化物陰極材が付着するとエンドシールドエミッションと呼ばれる問題が発生する。このエンドシールドエミッションは、マイクロ波発振に寄与しない電流(暗電流)となり、マグネトロンの立ち上がり特性や動作効率に悪影響を与える。そのため、従来から、この暗電流を抑制する対策として、エンドシールド4,10の材質、形状及び表面処理の改良が行なわれてきた。
【0005】
このエンドシールド4,10の材質としては、一般的に、純ニッケルが用いられるが、高出力マグネトロンでは、599ニッケル(シリコン添加ニッケル)やニッケルクロム合金が採用され、モリブデン等もしばしば用いられる。また、エンドシールド4,10の形状としては、図5(A),(B)に示したように、釣鐘状のものと円板状のものがあるが、釣鐘状のエンドシールド4を用いたものは、暗電流抑制の効果が高い。
【0006】
そして、エンドシールド4,10の表面処理としては、酸化膜(高抵抗)や不活性膜の形成が行われる。例えば、表面に、サンドブラスト様にαアルミナ粉末を吹き付けることが行われる。また、特に599ニッケルやニッケルクロム合金では、湿潤水素気流中で高温酸化させることにより、表面に酸化シリコンや酸化クロム膜をそれぞれ形成することも行われている。また、モリブデンを用いる場合は、カーボンと接触させながら水素気流中で侵炭させ炭化層を形成することが行なわれている。
【特許文献1】特開平9−69340号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、従来のマグネトロンの上記エンドシールド4,10は、カソードスリーブ3,9に溶接又は圧着によって固定され、またこのエンドシールド4,10には、支持リード6a,6bが溶接又は圧着されるが、これら溶接や圧着において、カソードスリーブ3,9や支持リード6a,6bとの接合面に上記形成膜(例えば酸化膜)があると、機械的及び電気的な接合不具合が生じる。また、電気溶接においては、カソードスリーブ3,9や支持リード6a,6bの支持に必要な部分との接合面だけでなく、溶接電極との接合面においても接合不具合が生じることになる。
【0008】
そこで、従来では、エンドシールド4,10の表面において、カソードスリーブ3,9との接合面とその周辺の形成膜、また支持リード6a,6bとの接合面とその周辺の形成膜等を機械的或いは化学的に除去することが行われている。
図6は、マグネトロン内部を上側から見た図であるが、例えば上側エンドシールド4では、支持リード6aとの接合のため、その上面4S全体の形成膜を除去している(外側面部はそのまま)。従って、このような形成膜の除去作業が煩雑になると共に、工数を要するためコスト高になるという問題があった。
【0009】
また、溶接又は圧着場所の周辺の形成膜は、特に電気溶接を行う場合に顕著となるが、比較的広い範囲を除去する必要があることから、エンドシールド4,10において形成膜のない面が広く存在し、エンドシールドエミッションに起因する暗電流の抑制が十分に効かなくなるという問題がある。
【0010】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、煩雑な形成膜の除去作業を不要として低コスト化を図ると共に、暗電流の抑制効果を最大限に引き出すことができるマグネトロン及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、請求項1の発明に係るマグネトロンの製造方法は、カソードスリーブの表面に電子放射性物質を含む陰極材の電子放出面を形成する電子放出面形成工程と、この電子放出面形成工程で得られたカソードスリーブに、少なくともクロムを含む金属からなるエンドシールドを接合し、かつこのエンドシールドに電極リードを接続して管球を組み立てる組立て工程と、この組立て工程の後、上記管球内に二酸化炭素ガスを充満させ、加熱することにより、上記エンドシールドの表面に露出する上記クロムを酸化し、酸化クロム膜を形成するエンドシールド酸化膜形成工程と、を含んでなることを特徴とする。
請求項2に係る発明は、上記陰極材として、バリウム酸化物を主成分とするアルカリ土類金属の酸化物を含む酸化物陰極材を含み、上記エンドシールド酸化膜形成工程は、上記酸化物陰極材が熱分解する際に発生する二酸化炭素ガスを管球内に充満させ、上記エンドシールドの表面に上記酸化クロム膜を形成することを特徴とする。
【0012】
請求項3に係る発明は、上記エンドシールド酸化膜形成工程では、カソード温度を600〜900℃に制御し、かつ管球内に充満させる二酸化炭素ガス分圧を1.33×10−4〜1.33×10−2Paの範囲内に制御することを特徴とする。
請求項4の発明に係るマグネトロンは、カソードスリーブの表面に電子放射性物質を含む陰極材の電子放出面を備え、この電子放出面が形成されたカソードスリーブに、少なくともクロムを含む金属からなるエンドシールドが接合し、かつこのエンドシールドに電極リードが接続して管球に組み立てられ、上記エンドシールド表面は、上記エンドシールド表面のクロムが酸化して形成された酸化クロム膜で被覆させてなることを特徴とする。
【0013】
本発明の構成によれば、陰極材の電子放出面を形成したカソードスリーブに、エンドシールドを接合し、かつこのエンドシールドに電極リードを接続することにより管球を組み立てた後、真空排気工程中の管球内に二酸化炭素ガスを充満させ、この二酸化炭素ガス分圧とカソード温度を所定値に制御することにより、二酸化炭素ガスを用いた酸化が行われ、これによって、エンドシールドの表面に酸化クロム膜が形成される。
【0014】
また、請求項2の構成によれば、例えばカソードスリーブの陰極材として、(BaSrCa)CO等の炭酸塩を用い、排気工程中に、二酸化炭素ガス分圧とカソード温度を請求項3の所定値に制御すれば、酸化物陰極材の熱分解により発生させた二酸化炭素ガスによって、エンドシールド表面に酸化クロム膜が形成される。
【発明の効果】
【0015】
本発明のマグネトロン及びその製造方法によれば、管球を組み立てた後の排気工程中に、エンドシールド表面に酸化クロム膜が形成できるので、エンドシールドとカソードスリーブ及びカソード支持リードとの溶接や圧着の前に行う従来の煩雑な酸化膜の除去工程が不必要となり、コストダウンを図ることができるという利点がある。
また、各部材との接合箇所以外のエンドシールド全面に、隙間なく酸化クロム膜が形成できるので、暗電流抑制効果を最大に引き出すことができるという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1には、本発明の実施例に係るマグネトロンの製造方法の各工程が示され、図2には、マグネトロンの組立て時の構成が示されており、この実施例は、酸化物陰極材の熱分解により発生した二酸化炭素ガスを用いて酸化を行うものである。なお、実施例のカソードの構成は、上述の図5のものと同様となる。実施例では、表面に酸化膜を形成していないエンドシールドを用いてマグネトロン管球を組み立てており、この管球組立てについては従来と同じ工程となる。
【0017】
図1において、まず電子放出面形成工程101では、図2等に示されるカソード2のカソードスリーブ3(ニッケル製)の表面に電子放出面が作成される。即ち、例えば50〜100μm程度のニッケル粒をカソードスリーブ3に焼き付けることで、マトリックス構体が形成され、その後、このマトリックス構体に酸化物陰極材を塗布することで、電子放出面5が形成される。この電子放出面5の酸化物陰極材としては、例えば(BaSrCa)CO、(BaSr)CO等の炭酸塩が用いられる。
【0018】
次のカソード組立て工程102では、カソード2の組み立てが行われる。即ち、酸化膜を形成していないニッケルクロム合金製のエンドシールド14を電極位置にセットし、絶縁碍子やタングステンヒ一夕を組み込みながら、前工程101で得られたニッケル製カソードスリーブ3とエンドシールド14をアーク溶接(TIG)で接合する。このとき、このエンドシールド14の表面には酸化クロム膜が形成されていないので、容易に良好な接合が得られる。このようにして、図2又は図5で示されるカソード2が形成される。
【0019】
続いて、管球組立て工程103にて、管球の組み立てが行われ、図2に示されるアノード16に対する所定位置にカソード2が支持され、かつ電気的接続が行われる。即ち、図2のように、上側の支持リード(電極リード)6aをエンドシールド14にアーク溶接し、下側の支持リード(電極リード)6bを下側のエンドシールド14の中央部に設けられたヒ一夕端子にアーク溶接することにより、カソード2が支持されると共に電気的にも接続される。このときも、上記エンドシールド14の表面には酸化クロム膜が存在しないので、接合が容易かつ良好に行われる。そして、この後、管球内が封止状態に設定される。
【0020】
そして、次の管球排気及び酸化クロム膜形成工程104では、封止された管球に、真空ポンプを装備した排気台が結合され、組み立てられた管球内が高真空に排気されると同時に、二酸化炭素ガスによる酸化が行われる。実施例では、まず管球内部を真空度1.33×10−5Pa以下に排気しながら、管球全体を100℃〜400℃程度にベーキングする。続いて、カソード2を活性化させながら、エンドシールド14の表面に酸化クロム膜が形成される。
【0021】
実施例では、カソード2の活性化により、下記の化学式1のように、酸化物陰極材である(BaSrCa)COの熱分解を進行させるが、このとき発生する二酸化炭素ガスの分圧を制御することで、エンドシールド14を高温酸化させ、これによって酸化クロム膜を形成する。
(BaSrCa)CO → (BaSrCa)O + CO↑… (1)
【0022】
例えば、タングステンヒータでカソード2の温度を600℃程度にすると、上記(BaSrCa)COの熱分解が生じ始める。この後、バルブ操作等で排気速度を制御し、かつカソード温度の調整で酸化物陰極材の熱分解速度を制御することで、二酸化炭素ガス分圧が1.33×10−4〜1.33×10−2Paとなるようにする。そして、この管内雰囲気を10時間以上継続すると、下記の化学式2の酸化反応によって、ニッケルクロム合金製のエンドシールド14の全表面に酸化クロム膜(Cr)が形成される。
2Cr+3CO → Cr + 3CO … (2)
【0023】
このような酸化において、二酸化炭素ガス分圧が1.33×10−4Paよりも低い場合では、実用時間で必要な酸化クロム膜(1μm以上)が得られず、また二酸化炭素ガス分圧が1.33×10−2Paを超えると、熱分解前の炭酸塩(BaSrCa)COと熱分解後の酸化物(BaSrCa)Oとの共晶が関与し、カソード2のマトリックス構体内で酸化物陰極材が実用上のダメージを受け、エミッション特性の劣化が生じてしまう。
【0024】
一方、カソード温度の制御は、600℃〜900℃の範囲で行うのが好ましく、599℃以下では、熱分解速度が遅いため、実用時間でカソード活性化が終了できず、901℃以上では、熱分解速度が速いため、二酸化炭素ガス分圧の制御ができないばかりでなく、上述の共晶(共晶温度は903℃程度)により、マトリックス構体内の酸化物陰極材が溶け、エミッション特性の劣化が生じる。
【0025】
更に、上述した酸化膜形成の雰囲気の継続時間は、実用上少なくとも10時間以上が必要である。実施例では、10時間〜45時間保持したとき、図3に示されるように、カソード2のエンドシールド14の表面に、必要十分な酸化クロム膜Mが得られた。また、これ以上の時間を継続させても、膜厚は殆ど変化しない結果となった。これは、酸化クロム膜Mが厚くなるにつれ、酸化界面と雰囲気が離れ、膜成長が進まないためである。逆に、3時間程度の短い時間では、目視で酸化クロム膜の存在を確認することはできなかった。
【0026】
このようにして、実施例では、従来のようにエンドシールドの表面の酸化クロム膜を除去することなく、効率よくマグネトロンを組み立てることが可能となる。また、ニッケルクロム合金製エンドシールド14の全表面に酸化クロム膜Mを隙間なく形成することができ、エンドシールドエミッション(暗電流)の抑制を確実にすることができるという利点がある。
【0027】
上記実施例では、二酸化炭素ガスの供給源として酸化物陰極材の熱分解を利用したが、二酸化炭素ガスボンベを補助的又は主体的に用い、管球内に二酸化炭素ガスを供給するように構成してもよい。即ち、上記実施例にて、酸化物陰極材の熱分解により二酸化炭素ガスを発生させると共に、ガスボンベから二酸化炭素ガスを管球内へ補助的に供給し、これによって、二酸化炭素ガス分圧を所定値に設定してもよい。
【0028】
また、二酸化炭素ガスを発生しない酸化物陰極材、例えばアルミン酸バリウム等の酸化物陰極材が用いられる場合に、ガスボンベの二酸化炭素ガスを管球内へ供給することにより、エンドシールド14の表面に酸化クロム膜を形成することができる。このガスボンベからの供給を用いた場合は、管球内の一定の雰囲気を保持し易く、二酸化炭素ガス分圧の制御が行い易くなる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施例に係るマグネトロンの製造方法の各工程を示す図である。
【図2】実施例に係るマグネトロンの管球内部の構成を示す一部断面図である。
【図3】実施例に係るマグネトロンの管球内上部の構成を示し、酸化クロム膜形成後の図である。
【図4】従来のマグネトロンの内部構成を示す斜視図である。
【図5】従来及び実施例のカソードの2つの構成例を示す側面図である。
【図6】図5(A)のカソードを用いた従来のマグネトロンの管球内上部の構成を示し、酸化クロム膜除去時の図である。
【符号の説明】
【0030】
1,16…アノード、 2,8…カソード、
3,9…カソードスリーブ、 4,10,14…エンドシールド、
5,11…電子放出面、 6a,6b…支持リード、
M…酸化クロム膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カソードスリーブの表面に電子放射性物質を含む陰極材の電子放出面を形成する電子放出面形成工程と、
この電子放出面形成工程で得られたカソードスリーブに、少なくともクロムを含む金属からなるエンドシールドを接合し、かつこのエンドシールドに電極リードを接続して管球を組み立てる組立て工程と、
この組立て工程の後、上記管球内に二酸化炭素ガスを充満させ、加熱することにより、上記エンドシールドの表面に露出する上記クロムを酸化し、酸化クロム膜を形成するエンドシールド酸化膜形成工程と、を含んでなるマグネトロンの製造方法。
【請求項2】
上記陰極材として、バリウム酸化物を主成分とするアルカリ土類金属の酸化物を含む酸化物陰極材を含み、上記エンドシールド酸化膜形成工程は、上記酸化物陰極材が熱分解する際に発生する二酸化炭素ガスを管球内に充満させ、上記エンドシールドの表面に上記酸化クロム膜を形成することを特徴とする請求項1記載のマグネトロンの製造方法。
【請求項3】
上記エンドシールド酸化膜形成工程では、カソード温度を600〜900℃に制御し、かつ管球内に充満させる二酸化炭素ガス分圧を1.33×10−4〜1.33×10−2Paの範囲内に制御することを特徴とする請求項2記載のマグネトロンの製造方法。
【請求項4】
カソードスリーブの表面に電子放射性物質を含む陰極材の電子放出面を備え、
この電子放出面が形成されたカソードスリーブに、少なくともクロムを含む金属からなるエンドシールドが接合し、かつこのエンドシールドに電極リードが接続して管球に組み立てられ、
上記エンドシールド表面は、上記エンドシールド表面のクロムが酸化して形成された酸化クロム膜で被覆させてなるマグネトロン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−245711(P2009−245711A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−90029(P2008−90029)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000191238)新日本無線株式会社 (569)
【Fターム(参考)】