説明

マスターシリンダー前端部構造

【課題】ダッシュパネル2のエンジンルーム側に配設されたマスターシリンダー1が、自動車の衝突時に後退することを抑制して、これによるダッシュパネル2の大変形を防止するとともに、そのマスターシリンダー1を利用してバッテリ8などの電装品をエンジンEから遠ざけ、漏れた燃料への引火の可能性を可及的に低下させる。
【解決手段】マスターシリンダー1の車体前方の車体外方寄りにバッテリ8が配設されている場合、自動車の衝突時に後退するバッテリ8の隅部を捉えて、車体外方へ向かうようにガイドするガイド部13をシリンダボディ10の前端部に設ける。ガイド部13には前端側ほど車体中央寄りに位置するように傾斜した傾斜面13aを形成する。ガイド部13はシリンダボディ10の前端に一体形成する。別体のガイド部材15,17,19をシリンダボディ10の前端に取り付けるようにしてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の油圧ブレーキ装置におけるマスターシリンダー前端部の構造の技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
従来より、一般に、自動車のエンジンルームと車室とを仕切るダッシュパネルの前面(エンジンルーム側の面)には、油圧ブレーキ装置のマスターシリンダーがマスターバック(バキュームサーボユニット)を介して取り付けられている。このマスターシリンダーはダッシュパネルから前方に延びるように設けられている一方、その後端には、マスターバック内のロッドやダッシュパネルを貫通するオペレーションロッドを介して、該ダッシュパネルの後方側(車室側)に位置するプレーキペダルが連結されている。
【0003】
そのため、自動車の衝突時に車体前部が潰れ、エンジンルーム内のパワートレインやエンジン補機などが後退するときに、これによりマスターシリンダーが押されて後退すると、その後端に連結されているブレーキペダルも後退して、これを踏み操作しているドライバーの足に直接的に衝突荷重が作用する虞れがあった。
【0004】
これに対し、例えば特許文献1には、前記のような衝突時の衝撃などによってブレーキペダルを支持するブラケットの一部が車体側部材から外れるようにしたペダル支持構造が開示されている。こうして車体側部材から外れたブラケットは、その枢着部位を中心に回動して、ブレーキペダルを前方に変位させるようになっており、このことで、ドライバーの足にブレーキペダルから直接的に衝突荷重が作用することは回避される。
【特許文献1】特開2004−114793号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記従来例のものでは、前後に長いマスターシリンダーの後退によってダッシュパネルが後方に大きく膨出するように変形することになるから、ドライバーの保護という観点において未だ改善の余地が残されている。
【0006】
また、前記のように衝突によって車体前部が潰れるときには、エンジンへの燃料供給系統も破損して燃料が漏れることがあり、こうして漏れた燃料がバッテリなど電装品の付近に飛散すると、短絡などによる火花によって引火する可能性も存在する。
【0007】
本発明は、斯かる諸点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、自動車の衝突時にマスターシリンダーの後退を抑制して、これによるダッシュパネルの大変形を防止するとともに、そのマスターシリンダーを利用してバッテリなどの電装品をエンジンから遠ざけて、漏れた燃料への引火の可能性を可及的に低下させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するために、本発明では、マスターシリンダーの車体前方の車体外方寄りに電装品が配設されている場合に、この電装品が自動車の衝突時に後退するときに車体外方へ向かうようにガイドするガイド部を、前記マスターシリンダーの前端部に設けたものである。
【0009】
具体的に、請求項1の発明は、自動車のエンジンルームと車室とを仕切るダッシュパネルのエンジンルーム側に配設されたマスターシリンダーの前端部の構造を対象として、このマスターシリンダーの車体前方に、車体正面視で該マスターシリンダーよりも車体中央寄りにエンジンが搭載される一方、反対の車体外方寄りには車体正面視で前記マスターシリンダー乃至その近傍の所定範囲にオーバーラップして、前記エンジンの運転に関与する電装品が配設されている場合に、そのマスターシリンダーの前端部に、自動車の衝突時に後退する前記電装品を車体外方へ向かうようにガイドするガイド部を設けたことを特徴とする。
【0010】
すなわち、自動車が例えば前方の障害物に衝突して(前突)車体前部が潰れるときには、フロントバンパーやラジエータシュラウドなどが押し潰されるとともに、左右のフェンダやサイドフレームなども押し潰されて、エンジンルーム内のパワートレインやエンジン補機、或いは電装品などが後退することになる。
【0011】
この際、前記の構成によると、マスターシリンダーの車体前方において車体正面視で車体外方寄りに該マスターシリンダー乃至その近傍の所定範囲にオーバーラップして配設されている電装品の後部が、そのマスターシリンダーの前端に前方乃至斜め前方から衝突することになるが、この電装品はマスターシリンダーの前端に設けられているガイド部によって車体外方へ向かうようにガイドされ、マスターシリンダーから車体外方に逸れて後退するようになる。
【0012】
こうして前後に長いマスターシリンダーが電装品に押されて、そのまま後退することはなくなり、このマスターシリンダの後退によるダッシュパネルの変形が抑制される。
【0013】
また、そうして電装品がマスターシリンダーから車体外方に逸れて後退することにより、この電装品はエンジンから遠ざけられることになるので、燃料供給系統から漏れた燃料への引火の可能性は従来よりもさらに低くなる。
【0014】
ここで、前記の如く車体正面視で電装品とオーバーラップするマスターシリンダー近傍の所定範囲というのは、前記のように後退する電装品の後部がマスターシリンダーの前端に前方乃至斜め前方から衝突するような範囲のことであり、電装品とマスターシリンダー前端部との前後方向の間隔にもよるが、マスターシリンダーを中心として半径が約3〜6cmまでの範囲であると考えられる。
【0015】
或いは、前記マスターシリンダーがマスターバックを介してダッシュパネルに取り付けられている場合には、前記電装品が車体正面視で前記マスターバックとオーバーラップする範囲が、前記マスターシリンダー近傍の所定範囲ということもできる(請求項2の発明)。また、この場合には、車両衝突時に前記のように後退する電装品がマスターバックに衝突することになり、該マスターバックが変形して電装品による後方への衝撃力を吸収することになるので、ダッシュパネルの変形をさらに抑制することができる。
【0016】
そして、前記のようにマスターシリンダーの前端に衝突した電装品を車体外方に逸らせて後退させるためには、その電装品の重心位置が車体正面視でマスターシリンダーよりも車体外方に位置しているのが好ましい(請求項11の発明)。
【0017】
また、前記電装品として代表的にはバッテリが挙げられるが(請求項3)、それ以外にも例えば、オルタネータ、スタータモータ、イグニッションコイルなど、ケーブルを介してバッテリの端子に接続されていて、そのケーブルが破断したときに短絡する虞れのあるものが考えられる。
【0018】
また、前記マスターシリンダーのガイド部として、具体的には、マスターシリンダーの前端部に前端側ほど車体中央寄りに位置するように傾斜した傾斜面を設ければよい(請求項4の発明)。こうすれば、極めて簡単な構成でありながら、後退する電装品を車体外方へ向かうようにガイドすることができる。
【0019】
その場合に、前記傾斜面は、マスターシリンダーの前端部に一体に形成してもよいが、マスターシリンダーとは別体のガイド部材に傾斜面を形成し、このガイド部材をマスターシリンダーの前端に固定するようにしてもよい(請求項5の発明)。こうすれば、ガイド部を設ける場合でも設けない場合でも、マスターシリンダー自体は共通化できる。
【0020】
より具体的に、前記ガイド部材は、例えばマスターシリンダーの前端に形成したボルト締結部に締結により固定すればよい(請求項6の発明)。こうすれば、簡単な構成でコストアップを最小限に抑えられる上に、ガイド部材を極めて容易に、しっかりと取り付けることができる。
【0021】
或いは、前記ガイド部材には、マスターシリンダーの外周面を径方向に締め付ける把持状態と、非把持状態とに機械的に切り替え可能な把持機構を備えてもよい(請求項7の発明)。こうすれば、マスターシリンダー自体には何ら加工などすることなく、把持機構によってガイド部材をしっかりと取り付けることができる。
【0022】
また、前記ガイド部材には、マスターシリンダーの前端側に嵌め合わされる嵌合部を備え、この嵌合部を弾性変形させてマスターシリンダーに外挿するように構成してもよい(請求項8の発明)。この場合もマスターシリンダー自体には何ら加工などすることなく、ガイド部材を極めて容易に取り付けることができる。
【0023】
さらに、前記のようにマスターシリンダーの前端部に傾斜面を設ける場合に、より好ましいのは、その傾斜面の少なくとも前部を自動車の車幅方向に見て、電装品とオーバーラップさせることである(請求項9の発明)。こうすることで、自動車の衝突時に後退する電装品を傾斜面によって、より確実に車体外方へガイドすることができる。
【0024】
そして、その場合には、前記傾斜面を、マスターシリンダー前端のボルト締結部に固定された別体のガイド部材に形成することが特に好ましい(請求項10の発明)。こうすれば、締結のためのボルトの長さを変更するだけで、傾斜面の自動車に対する前後の位置を変更できるから、ガイド部材は複数の車種において容易に共通化できる。
【0025】
さらにまた、上述した構成において、前記マスターシリンダーは、その前端側ほど上方に位置するよう上下方向に傾斜して設けることが好ましい(請求項12の発明)。すなわち、マスターシリンダーを前後に真っ直ぐに略水平に延びるように設けた場合は、その前端に衝突した電装品の後部が食い込み、マスターシリンダーが前後方向に突張ってガイド部が機能しなくなる可能性も残されているが、前記のようにマスターシリンダーを傾斜させれば、それが前後に突張ることはなくなり、上述したガイド部の機能がより確実に得られるようになる。
【発明の効果】
【0026】
以上、説明したように、本発明に係るマスターシリンダー前端部構造によると、マスターシリンダーの車体前方の車体外方寄りに電装品が配設されている場合に、そのマスターシリンダーの前端部にガイド部を設けて、自動車の衝突時に後退する前記電装品をマスターシリンダーから車体外方に逸らすようにしたので、マスターシリンダーの後退によってダッシュパネルが後方に大きく膨出変形することを防止して、ドライバーの安全性を従来より一層、改善できるとともに、マスターシリンダーを利用して、電装品をエンジンから遠ざけることにより、燃料への引火の可能性を可及的に低減できる。
【0027】
特に請求項4〜8の発明では、前記ガイド部を所定の傾斜面とすることで、極めて簡単な構成により、衝突時に後退する電装品を車体外方へ向かうようにガイドすることができる。その際に別体のガイド部材を用いるようにすれば(請求項5の発明)、傾斜面を設けない場合ともマスターシリンダー自体は共通化して、コストを低減することができる。
【0028】
すなわち、前記ガイド部材をボルトによりマスターシリンダーに締結するようにすれば(請求項6の発明)、それを極めて容易にかつしっかりと取り付けることができるし、把持機構によって取り付けるようにすれば(請求項7の発明)、マスターシリンダー自体には何ら加工などすることなく、ガイド部材をしっかりと取り付けることができる。或いはガイド部材を弾性変形する嵌合部によってマスターシリンダーに取り付けるようにすれば(請求項8の発明)、この場合もマスターシリンダー自体には何ら加工などすることなく、ガイド部材を極めて容易に取り付けることができる。
【0029】
また、請求項9の発明では、前記の如くマスターシリンダーの前端部に設けた傾斜面の少なくとも前部を、自動車の車幅方向に見て電装品とオーバーラップさせることで、この電装品をより確実に車体外方へガイドすることができる。
【0030】
その場合に、前記傾斜面を別体のガイド部材に形成して、それをボルトによりマスターシリンダーに取り付けるようにすれば(請求項10の発明)、ボルトの長さを変更するだけで、ガイド部材を複数の車種で容易に共通化できる。
【0031】
請求項11の発明では、前記電装品の重心位置がマスターシリンダーよりも車体外方に位置するように、即ち該マスターシリンダーを相対的に車体中央寄りに配置することにより、上述の如き効果をより確実に得ることができる。
【0032】
さらに請求項12の発明では、マスターシリンダーを上下方向に傾斜させることにより、上述の如き効果をより確実に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0034】
(実施形態1)
図1は本発明のマスターシリンダー1の実施形態1を示し、このマスターシリンダー1は、例えば図2に一例を示すように、自動車(車両)のエンジンルームRを後方(図の右方)の車室から仕切るダッシュパネル2の前面(エンジンルーム側の面)に、マスターバック3を介して取り付けられるものである。
【0035】
図2は、ボンネットフードやフェンダなどの外板部材を省略して、エンジンルームRの左半分を上方から見たものであり、この実施形態では、前記ダッシュパネル2の左側縁部の下端近傍から車体前方に向かって延びるように閉断面構造のフロントサイドフレーム4が設けられ、このフロントサイドフレーム4の上縁部には、エンジンルームRを左側(図の下側)のホイールハウスから仕切るエプロンメンバ5の下縁部が接合されている。
【0036】
そのエプロンメンバ5の後縁部は前記ダッシュパネル2の左側縁部に接合されている。一方、エプロンメンバ5の前縁部の上端付近には、ラジエータシュラウドのアッパパネル6の左端部が結合されている。このエプロンメンパ5の前後の中間部位には、図示しないサスペンションユニットを収容するサスペンションハウジングがエンジンルームR側に膨出するように設けられている。
【0037】
また、前記フロントサイドフレーム4の前端部には、クラッシュカン7aを介してバンパービーム7の左端部が結合されていて、その前後の中間部には、図示しないマウント部材を介してパワートレインPTの変速機T側の端部が支持されている。すなわち、この実施形態では、エンジンルームR内のパワートレインPTは、その出力軸を車幅方向に向けて横置きに搭載されていて、相対的に右側にエンジンEが、また、左側に変速機Tが位置しており、そのエンジンEの変速機T側の端部(左端部)は、車体正面視でマスターシリンダー1よりも車体中央寄り(この実施形態では相対的に右側寄り)に位置している。
【0038】
そして、前記変速機Tの上方でエンジンEと前記エプロンメンバ5との中間に挟まれるようにして、バッテリ8(電装品)が配置されている。このバッテリ8は、概略矩形のボックス状であり、車体正面視で、その重心位置Gがマスターシリンダー1よりも車幅方向の車体外方(この実施形態では左側)に位置しているとともに、車体中央寄り(右寄り)の端部は、マスターシリンダー1前端の後述するガイド部13の車体外方側の端部とオーバーラップしている。
【0039】
つまり、エンジンルームRにおいて、マスターシリンダー1の車体前方には、車体正面視で該マスターシリンダー1よりも車体中央寄りにエンジンEが搭載される一方、反対の車体外方寄りには車体正面視で前記マスターシリンダー1とオーバーラップするように、バッテリ8が配設されている。尚、この実施形態では、前記バッテリ8の前方に近接してエンジンコントローラ(図示せず)が配設されている。
【0040】
尚、この実施形態では、図8に示すように側方(同図では車体左側)から見て明らかなように、マスターシリンダー1は、その前端側ほど上方に位置するよう上下方向に傾斜して設けられている。
【0041】
図1に拡大して示すように、この実施形態のマスターシリンダー1は、例えばアルミ合金製の概略筒状のシリンダボディ10内に、図示しないが、各々ピストンを収容する2つの液圧室を直列に設けたタンデム型のものである。シリンダボディ10の後端にはマスターバック3の中心孔に嵌入される円筒状の嵌入部10aと、該マスターバック3の前面に接合されるフランジ部10b,10bとが一体に形成されている。
【0042】
また、そうしてマスターバック3に装着された状態で上方を向くようにして、シリンダボディ10の外周にはリザーバタンク11(同図(b)にのみ仮想線で示す)の配設されるボス部10c,10cが一体に形成されるとともに、同装着状態で側方を向くようにして、ブレーキ配管12,12(同図(a)にのみ仮想線で示す)の接続される接続部10d,10dが一体に形成されている。
【0043】
そして、本発明の特徴部分として、前記シリンダボディ10の前端には、そこからさらにシリンダボディ10の長さ方向に延びるようにして、楔状のガイド部13が一体に形成されている。このガイド部13は、後述の如く自動車の前突時などに後退するバッテリ8を車幅方向の車体外方(左方)に向かうようにガイドするものであり、そのように後退するバッテリ8に当接して、その移動方向を偏向させる傾斜面13aを有している。
【0044】
すなわち、前記ガイド部13の傾斜面13aは、前記のようにマスターバック3に取り付けられたマスターシリンダー1の前端部において、車体外方(左方)の斜め前方を臨むように、即ち前端側ほど車体中央寄り(右側寄り)に位置するように形成され、この実施形態では車体前後方向に対して約30°の傾斜角度(45°以下であることが好ましい)とされている。この傾斜面13aの後端部は、マスターシリンダー1のシリンダボディ10から車幅方向外方(左方)にはみ出したガイド部13の車体外方側の端部であり、車体前後方向に見ると、バッテリ8の車体中央寄りの端部とオーバーラップしている。また、図8のように車幅方向に見れば、前記傾斜面13aの前側部位がバッテリ8の後部とオーバーラップしている。
【0045】
つまり、前記ガイド部13の傾斜面13aは、その車体外方(左方)斜め前方に位置するバッテリ8後端の車体中央寄り(右寄り)の隅部と対向し、この隅部を車体正面視及び車体側方視のいずれにおいても含むように配置されており、以下に説明するように自動車の前突時などに後退するバッテリ8の隅部を捉えて、その後退移動の方向を車体外方に向けるようになっている。
【0046】
以上の如き構成により、例えば走行中の自動車が前方の障害物に衝突(前突)して、停止するときには、図3及び図4に示すように、車体前部が潰れて、バンパービーム7やシュラウドアッパパネル6などが押し潰されるとともに、クラッシュカン7a、フロントサイドフレーム4及びエプロンメンバ5も押し潰され、これらに押されて、バッテリ8やエンジンコントローラが車体後方に後退するようになる。
【0047】
図の例では、オフセット衝突の場合が示されており、車体前部の左側が後方及び車体内方(右方)に潰れるため、バッテリ8などもやや斜め後ろに移動することになり、その結果として、マスターシリンダー1の車体前方において車体外方(左方)寄りに配置されているバッテリ8の後部が、該マスターシリンダー1の前端に斜め前方から衝突する。
【0048】
そうして衝突したバッテリ8に押されて、前後に長いマスターシリンダー1がそのまま後退すると、これによりダッシュパネル2が変形して、後方の車室側に大きく膨出する虞れがあるが、この実施形態では、バッテリ8後端の車体中央寄りの部位が、マスターシリンダー1前端のガイド部13の傾斜面13aに沿って車体外方(左方)にガイドされ、マスターシリンダー1から車体外方(左方)に逸らされる。
【0049】
この際、バッテリ8の重心位置Gがマスターシリンダー1よりも車体外方(左方)に位置していることから、バッテリ8はその重心周りに回動し、その車体中央寄りの側面(右側面)をガイド部材13に沿わせて、図3に示すようにマスターシリンダー1から車体外方(左方)に逸れて、後退するようになる。このため、そうして後退したバッテリ8が、図4に示すようにマスターバック3を押し潰すときでも、マスターシリンダー1はあまり後退していない。
【0050】
つまり、この実施形態のマスターシリンダー前端部構造によると、前突時に自動車の車体前部が潰れて、パワートレインPTやバッテリ8が後退するときに、このバッテリ8の後方に位置するマスターシリンダー1の前端に設けられたガイド部13によって、そのバッテリ8がマスターシリンダー1から車体外方に逸らされることになるので、前後に長いマスターシリンダー1が大きく後退してダッシュパネル2を大きく後方に膨出させることはなくなり、ドライバーの安全性が従来より一層、改善される。
【0051】
また、そうしてバッテリ8がマスターシリンダー1から車体外方に逸れて後退することにより、このバッテリ8はエンジンEから遠ざけられることになるので、仮に燃料供給系統から燃料が漏れたとしても、それに引火する可能性は従来よりもさらに低くなり、その可能性を可及的に低減することができる。
【0052】
特に、この実施形態では、前記ガイド部13の傾斜面13aがバッテリ8後端の隅部の近くに、これと対向して配置されているので、上述の如く後退するバッテリ8をより確実に捉えて、該バッテリ8を車体外方へガイドすることができ、前記の効果が安定的に得られるものである。
【0053】
加えて、この実施形態では、前記マスターシリンダー1が前端側ほど上方に位置するよう上下方向に傾斜して設けられていることによっても、前記の効果が安定的に得られるようになる。すなわち、仮にマスターシリンダー1を前後に真っ直ぐに略水平に延びるように設けた場合は、その前端に衝突したバッテリ8の後部が食い込み、マスターシリンダー1が前後方向に突張る虞れがあり、こうなるとガイド部13が機能しなくなる可能性もあるが、前記のようにマスターシリンダー1が傾斜していれば、それが前後に突張ることはなくなり、上述の如きガイド部13の機能がより確実に得られるからである。
【0054】
(実施形態2)
図5は、本発明の実施形態2に係るマスターシリンダー1を示す。このマスターシリンダー1のシリンダボディ10の前端にはガイド部13が形成されておらず、その代わりにボルト締結部10eが形成されていて、前記実施形態1と同様の傾斜面15aを有する別体のガイド部材15が取り付けられている。尚、この実施形態2のマスターシリンダー1の構成は、前記ボルト締結部10eやガイド部材15を除いて実施形態1のものと略同じなので、同じ部材には同一の符号を付して、その説明は省略する。
【0055】
そして、この実施形態2では、前記ガイド部材15は、略矩形の平板状に形成されて、その裏面から斜めに延びるボス部15bにボルト16が埋め込まれていて、このボルト16により前記シリンダボディ10のボルト締結部10eに取り付けられている。こうしてシリンダボディ10の前端に締結により固定された状態で、ガイド部材15の表面は前記実施形態1のガイド部13の傾斜面13aと略同じ位置にあり、それと同じ機能を有する傾斜面15aとなる。
【0056】
したがって、この実施形態2の場合も、前記実施形態1と同じ作用効果が得られるとともに、ガイド部材15がシリンダボディ10とは別体であるから、これを取り付ける場合と取り付けない場合とでシリンダボディ10自体は共通化でき、しかも、ガイド部材15をボルト16によってシリンダボディ10に締結するという、極めて簡単な構成なので、コストアップは最小限に抑制できる。
【0057】
また、ボルト16によってガイド部材15を極めて容易に、かつしっかりとシリンダボディ10に取り付けることができる上に、そのボルト16の長さを変更するだけで、傾斜面15aの前後の位置を変更できるから、ガイド部材15も複数の車種で共用することができる。
【0058】
(実施形態3)
図6は、本発明の実施形態3に係るマスターシリンダー1を示す。この実施形態3では前記実施形態2と同様にシリンダボディ10の前端に別体のガイド部材17を取り付けているが、その取付方法が異なっている。この実施形態3においても、実施形態1、2と同じ部材には同一の符号を付して、その説明は省略する。
【0059】
そして、この実施形態3のガイド部材17は、同図(a)(b)に示すように、上述した実施形態1のガイド部13と略同じ傾斜面17aを有する楔形状とされていて、その後端から後方に向かって延びるに左右2つのブラケット部17b,17bが形成され、さらに、そのブラケット部17b,17bの後端に円環状のクランプ18(把持機構)が連結されている。このクランプ18は、例えば図(c)に模式的に示すように、シリンダボディ10の下側外周を半周以上に亘って取り囲む下側クランプ部材18aと、この下側クランプ部材18aに対し着脱可能に連結された上側クランプ部材18bとからなり、それらの連結部18c,18dのいずれかを解除すれば(非把持状態)、容易にシリンダボディ10から取り外すことができる一方、両連結部18c,18dを連結すれば、シリンダボディ10の外周面を径方向に締め付けて(把持状態)、しっかりと取り付けることができる。
【0060】
したがって、この実施形態3の場合も、前記実施形態1と同じ作用効果が得られるとともに、前記実施形態2と同様に、ガイド部材17の有無に拘わらずシリンダボディ10を共通化でき、しかも、その前端部にボルト締結部10eを設けるための加工が不要になるので、標準仕様のマスターシリンダー1を使用することができる。
【0061】
(実施形態4)
図7は、本発明の実施形態4に係るマスターシリンダー1を示す。この実施形態4でも前記実施形態2、3と同様にシリンダボディ10の前端に別体のガイド部材19を取り付けるようにしており、その両実施形態のものとは取付方法が異なるだけである。従って、実施形態1〜3と同じ部材には同一の符号を付して、その説明は省略する。
【0062】
そして、この実施形態4のガイド部材19は、例えば樹脂などの比較的大きく弾性変形する素材を成形加工して、図示の如く、実施形態1、3などと略同じ傾斜面19aを有する楔形状とし、さらに、その後端から後方に向かって延びる筒状の嵌合部19bを形成したものである。この嵌合部19bは、その内径がシリンダボディ10の前端側の外径と略同じで、側壁には、ブレーキ配管12の接続部10dが挿通する貫通孔が形成されている。そして、その嵌合部19bを弾性変形させてシリンダボディ10に外挿し、その前端側に嵌め合わせることで、ガイド部材19を極めて容易にシリンダボディ10に取り付けることができる。
【0063】
したがって、この実施形態4の場合も、前記実施形態1と同じ作用効果が得られるとともに、前記実施形態2、3と同様にガイド部材19の有無に拘わらずシリンダボディ10を共通化でき、しかも、シリンダボディ10自体には何ら加工などする必要がないので、標準仕様のマスターシリンダー1を使用することができる。
【0064】
尚、本発明の構成は、上述した実施形態1〜4に限定されるものではなく、それ以外の種々の構成をも包含する。すなわち、前記各実施形態では、いずれも、マスターシリンダー1の前端に設けたガイド部13乃至ガイド部材15、17,19に傾斜面13a,15a,17a,19aを形成し、この傾斜面13a,15a,17a,19aを、自動車の車体正面視及び車体側方視のいずれにおいてもバッテリ8後端の車体中央寄り(右寄り)の隅部を含むように、即ち、傾斜面の一部がバッテリ8とオーバーラップするように位置づけているが、これに限るものではない。
【0065】
例えば、車体正面視でバッテリ8がマスターシリンダー1乃至マスターバック3とオーバーラップするように配置されている場合も、或いはマスターバック3の設けられていない自動車においては、車体正面視でバッテリ8がマスターシリンダー1の近傍の所定範囲にオーバーラップするように配置されている場合も、本発明の構成に含まれる。そして、その所定範囲とは、マスターシリンダー1を中心として半径が約3〜6cmまでの範囲であると考えられる。
【0066】
さらに、前記各実施形態では、マスターシリンダー1を上下方向に傾斜させて設けているが、これに限らず、マスターシリンダー1を略水平に設ける場合も本発明の構成に含まれる。
【0067】
また、電装品としてはバッテリ8に限らず、それ以外にも例えば、オルタネータ、スタータモータ、イグニッションコイルなど、ケーブルを介してバッテリの端子に接続されていて、そのケーブルが破断したときに短絡する虞れのあるものを含む。
【産業上の利用可能性】
【0068】
以上説明したように、本発明の前端部構造を有するマスターシリンダーは、自動車の衝突時にダッシュパネルの大変形を防止できるとともに、漏れた燃料への引火の可能性を可及的に低下させることができ、有用である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の実施形態1に係るマスターシリンダーの(a)上面図及び(b)側面図である。
【図2】同マスターシリンダーの配設された自動車のエンジンルームを、ボンネットフードやフェンダなどを省略して上方から見た説明図である。
【図3】衝突初期の車体前部の潰れを示す図2相当図である。
【図4】衝突後期の図3相当図である。
【図5】実施形態2に係る図1相当図である。
【図6】実施形態3に係る図1相当図である。
【図7】実施形態4に係る図1相当図である。
【図8】側方から見てマスターシリンダーの傾斜配置を示す説明図である。
【符号の説明】
【0070】
R エンジンルーム
1 マスターシリンダー
2 ダッシュパネル
3 マスターバック
8 バッテリ(電装品)
10 シリンダボディ
10e ボルト締結部
13 ガイド部
13a 傾斜面
15 ガイド部材
15a 傾斜面
17 ガイド部材
17a 傾斜面
18 クランプ(把持機構)
19 ガイド部材
19a 傾斜面
19b 嵌合部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車のエンジンルームと車室とを仕切るダッシュパネルのエンジンルーム側に配設されたマスターシリンダーの前端部の構造であって、
前記マスターシリンダーの車体前方には、車体正面視で該マスターシリンダーよりも車体中央寄りにエンジンが搭載される一方、反対の車体外方寄りには車体正面視で前記マスターシリンダー乃至その近傍の所定範囲にオーバーラップして、前記エンジンの運転に関与する電装品が配設されており、
前記マスターシリンダーの前端部には、自動車の衝突時に後退する前記電装品を車体外方へ向かうようにガイドするガイド部が設けられていることを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項2】
請求項1において、
前記マスターシリンダーはマスターバックを介してダッシュパネルに取り付けられ、
前記電装品は、車体正面視で前記マスターバックとオーバーラップするように配置されていることを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれかにおいて、
前記電装品はバッテリを含むことを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つにおいて、
前記ガイド部は、マスターシリンダーの前端部において前端側ほど車体中央寄りに位置するように傾斜した傾斜面を有することを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項5】
請求項4において、
前記マスターシリンダー前端のガイド部は、該マスターシリンダーの前端に取り付けられた別体のガイド部材からなることを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項6】
請求項5において、
前記ガイド部材は、マスターシリンダーの前端に形成されたボルト締結部に締結により固定されていることを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項7】
請求項5において、
前記ガイド部材は、マスターシリンダーの外周面を径方向に締め付ける把持状態と、非把持状態とに機械的に切り替え可能な把持機構を備えていることを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項8】
請求項5において、
前記ガイド部材は、マスターシリンダーの前端側に嵌め合わされる嵌合部を備え、この嵌合部が弾性変形することによりマスターシリンダーに外挿されるように構成されていることを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項9】
請求項4〜8のいずれか1つにおいて、
自動車の車幅方向に見て、前記ガイド部の傾斜面の少なくとも前部が電装品とオーバーラップしていることを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項10】
請求項9において、
マスターシリンダーの前端にはボルト締結部が形成され、
前記ガイド部は、前記ボルト締結部に締結により固定された別体のガイド部材からなることを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1つにおいて、
前記電装品の重心位置は、車体正面視でマスターシリンダーよりも車体外方に位置することを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1つにおいて、
マスターシリンダーは、その前端側ほど上方に位置するよう上下方向に傾斜して設けられていることを特徴とするマスターシリンダー前端部構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−84041(P2007−84041A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−148439(P2006−148439)
【出願日】平成18年5月29日(2006.5.29)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】