説明

マルチウエルプレート用粘着シート及び細胞培養方法

【課題】 細胞培養容器としてのマルチウエルプレートの各ウエルを通気性を確保しながらコンタミを確実に防いで密封することができるマルチウエルプレート用粘着シート1を提供する。
【解決手段】 複数のウエル401が配列されているマルチウエルプレート400の上面を覆う通気性で不透水性のシート本体10と、シート本体10に設けられた、それぞれのウエル401の開口部403の全周囲に貼着して各ウエル401を密封する粘着剤層11と、ウエル401の開口部403に対応して設けられた、粘着剤層11が設けられていないシート露出部12とを有する構成とする。また、かかるマルチウエルプレート用粘着シート1を用いてマルチウエルプレート400の各ウエル401を密封して細胞培養を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルチウエルプレートの各ウエルを密封するマルチウエルプレート用粘着シート及びそのシートを用いた細胞培養方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
培養している細胞を顕微鏡などで観察することが行われている。例えば、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究においては、万能細胞が組織細胞に変化していく際の過程が不明であり、その解明には、細胞を生きたまま継続的に観察することが必要になる。生きている細胞の培養は、生物の体内と同じ温度37℃、湿度95%、CO2濃度5%に管理されたインキュベータの中で行われる。
【0003】
こうした細胞培養と観察を行うために、例えばウエルの底壁が板状でポリスチレン等の透明なプラスチックで形成されているマルチウエルプレートが用いられる。このマルチウエルプレートは底壁を介してウエル内部の細胞を顕微鏡などで観察することができる。また、特許文献1に示されているように、ウエルの底部を蛍光を有さない合成石英で形成し、蛍光による細胞観察に適したマルチウエルプレートも提案されている。
【特許文献1】特開2002−125656号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、マルチウエルプレートを培養容器として用いる細胞培養方法は、培養容器を密栓する密閉系とすることができないため、開放系となるが、開放系では、細胞培養における一番の問題点であるコンタミが生じやすい。
【0005】
そのため、マルチウエルプレートを細胞培養容器として用いる場合に、密閉系とすることが要望されている。密閉系とするためには、酸素と炭酸ガス等の通気性を確保しつつ、コンタミを防ぐために水が入らないように密封する必要がある。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたもので、細胞培養容器としてのマルチウエルプレートの各ウエルを通気性を確保しながらコンタミを確実に防いで密封することができるマルチウエルプレート用粘着シートを提供することを目的とする。
【0007】
また、本発明は、このようなマルチウエルプレート用粘着シートを用いる細胞培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1にかかる本発明は、上記目的を達成するため、複数のウエルが配列されているマルチウエルプレートの上面を覆う通気性で不透水性のシート本体と、前記シート本体に設けられた、それぞれの前記ウエルの開口部の全周囲に貼着して前記各ウエルを密封する粘着剤層と、前記ウエルの前記開口部に対応して設けられた、前記粘着剤層が設けられていないシート露出部とを有することを特徴とするマルチウエルプレート用粘着シートを提供する。
【0009】
このマルチウエルプレート用粘着シートを、各ウエルの開口部とシート露出部とを位置合わせをしてマルチウエルプレートの上面に貼り付けると、マルチウエルプレートの各ウエルの開口部の全周囲に粘着剤層が貼着して各ウエルの開口部を粘着剤層とシート本体で閉塞して密封することができる。マルチウエルプレート用粘着シートをマルチウエルプレートの上面に貼着した状態では、各ウエルの開口部に粘着剤層が設けられていないシート露出部が位置するので、シート露出部においてシート本体の通気性が発揮され、酸素や二酸化炭素等がシート本体を透過し、各ウエルの中の環境をインキュベータの環境に速やかに入れ替えることができるため、ウエル内を細胞の培養に適した環境に保つことができる。また、シート本体が不透水性であるので、一旦マルチウエルプレートにマルチウエルプレート用粘着シートを貼り付ければ、コンタミは生じない。
【0010】
また、請求項2にかかる本発明は、請求項1にかかるマルチウエルプレート用粘着シートにおいて、シート本体が透明性を有することを特徴とする。
これにより、シート露出部において、シート露出部のシート本体を通してウエル内部を観察することが可能となる。
【0011】
また、本発明は、請求項1又は2記載のマルチウエルプレート用粘着シートにおいて、前記シート本体の素材が、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリスルフォン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリシリコーン及びエチレンビニルアセテートから選ばれることを特徴とするマルチウエルプレート用粘着シートを提供する。
シート本体にこのような素材を用いることにより、通気性と透明性を確保することができる。
【0012】
また、請求項4にかかる発明は、底面が平坦な複数のウエルが配列されている少なくとも底部が透明なマルチウエルプレートの前記ウエルに細胞と培養液を入れる工程と、前記ウエルの各開口部を請求項1に記載されたマルチウエルプレート用粘着シートで密封する工程と、前記細胞を培養する工程と、培養工程中に、前記ウエルの内部を前記マルチウエルプレート用粘着シートを介して及び/又は前記ウエルの底面を介して観察する工程を有することを特徴とする細胞培養方法を提供する。
【0013】
かかる細胞培養方法は、マルチウエルプレートの各ウエルを通気性を保ちながら密封して細胞を培養する際に、ウエル内部をウエルの底面を通して又はシート露出部を通して観察することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明のマルチウエルプレート用粘着シートによれば、細胞培養容器としてのマルチウエルプレートの各ウエルを、通気性を確保しながらコンタミを確実に防いで密封することができる。
また、本発明の細胞培養方法によれば、マルチウエルプレートを密閉系の細胞培養容器として使用しながら、ウエル内部を観察することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明のマルチウエルプレート用粘着シートの一実施形態を示す平面図である。
【図2】図1のA−A矢視断面図である。
【図3】本発明のマルチウエルプレート用粘着シートをマルチウエルプレートの上面に貼着した状態を示す平面図である。
【図4】市販の96ウエルのマルチウエルプレートを示すもので、(a)は平面図、(b)は(a)のB−B矢視断面図である。
【図5】マルチウエルプレートの上面にマルチウエルプレート用粘着シートを貼着したときのウエルの状態を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明のマルチウエルプレート用粘着シート及び細胞培養方法の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
まず、本発明のマルチウエルプレート用粘着シートが貼着される対象となるマルチウエルプレートについて説明する。マルチウエルプレートの大きさ及び形は世界的にほぼ統一されており、形状は同じであるが、ウエルの大きさにより、4ウエル、12ウエル、24ウエル、48ウエル、96ウエル、384ウエルなどのバリエーションがあり、使用目的によって使い分けされる。
【0017】
図4に示したマルチウエルプレート400は、横12列、縦8行の合計96のウエル401が設けられている96ウエルである。ウエル401の底壁402が平板状で全体が透明なポリスチレン等で一体に成形されている。各ウエル401の開口部403の全周縁には、コンタミを避けるために上面からやや突き出たリング状の周縁リブ404が設けられている。周縁リブの幅は約1mmで上端面が平坦に形成されている。また、マルチウエルプレート400の上面の外周縁に亘って上面から突出した外周リブ405が設けられている。また、マルチウエルプレート400の一角に位置決めのための切り欠き部406が設けられている。上面の左端と上端にはそれぞれのウエルの番号を示す記号の刻印が形成されている。また、ウエルの底壁を蛍光を有さない合成石英で形成し、蛍光による細胞観察に適したマルチウエルプレートも存在する。
【0018】
本発明のマルチウエルプレート用粘着シート1は、いずれのマルチウエルプレートにも適用することができる。以下では、図4に示した96ウエルのマルチウエルプレート400に適合したマルチウエルプレート用粘着シートの一実施形態について説明を行う。
【0019】
図1に示すように、本発明のマルチウエルプレート用粘着シート1の一実施形態においては、マルチウエルプレート400の上面の形状とほぼ同一か、又は上面からややはみ出す大きさのプラスチックシート乃至フィルムで構成されるシート本体10を有する。シート本体10は、少なくとも、全てのウエル401を覆う大きさが必要であり、マルチウエルプレート400の外周リブ405を覆う大きさとすることが好ましい。本実施形態では、マルチウエルプレート400の平面形状とほぼ同一の形状、大きさの矩形状となっている。
【0020】
シート本体10の材質は、透明性に優れると共に、酸素、二酸化炭素等の気体透過性に優れ、かつ、水を通さない不透水性であることが好ましく、例えばポリエチレンやポリプロピレン等のポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリスルフォン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリシリコーン及びエチレンビニルアセテート等が用いられる。通気性ではあるが、不透明なメンブランフィルタや不織布は適さない。中でも、低密度(0.91〜0.94)ポリエチレンシート乃至フィルムが、透明性に優れ、気体透過性が大きいことから、好ましく用いられる。シート本体10の厚さは、気体透過性を確実にするため、1〜500μmの範囲、特に10〜250μmの範囲とすることが好ましい。
【0021】
本発明のマルチウエルプレート用粘着シート1は、シート本体10に粘着剤層11とシート露出部12が形成されている。粘着剤層11は、シート本体10の一面側の全面に設けられており、シート露出部12の部分だけが粘着剤層11が設けられていない部分となっている。シート露出部12の位置と形状は、ウエル401の開口部403の周縁リブ404の内周縁の円形に合致するように形成されている。実際には、シート本体10の一面側の全面に粘着剤層11を設け、マルチウエルプレート400の各ウエル401の開口部403の周縁リブ404の内径とほぼ一致するか、叉は中心が一致して0.1〜2mm小径の円形に粘着剤層11が打ち抜かれた箇所が、粘着剤層11が形成されていないシート露出部12となっている。また、図2の断面図では、粘着剤層11の上に剥離紙13が積層されている。
【0022】
本発明のマルチウエルプレート用粘着シート1を、剥離紙13を剥がした後、シート露出部12の中心をマルチウエルプレート400の各ウエル401の開口部403の中心と一致させてマルチウエルプレート400の上面に貼り付けると、図3に示すように、シート露出部12の周縁の粘着剤層11が、各ウエルの周縁リブ404の上面の全面に貼着されると共に、粘着シート1の外周部の粘着剤層11が、マルチウエルプレート400の外周リブ405の上面に貼着する。これによって、図5に示すように、各ウエル401の開口部403は、シート本体10の粘着剤層11が各ウエル401の開口部403の全周囲に亘る周縁リブ404の上面に貼着することによって閉塞され、各ウエル401はマルチウエルプレート用粘着シート1によってそれぞれ密封される。切り欠き部406ではシート本体10が三角形状にはみ出している。この部分はマルチウエルプレート用粘着シート1を剥離するときの手がかりとなる。
【0023】
密封された各ウエル401の開口部403にはシート露出部12が対応しており、粘着剤層11が存在しないことから、シート本体10の通気性が粘着剤層11によって阻害されず、シート露出部12においてはシート本体10を通して良好な通気性を有する。また、シート本体10が不透水性であるので、各ウエル401はそれぞれ独立してシート本体10と粘着剤層11とで密封され、コンタミが生じるおそれがない。また、ウエル401内部の液体はシート本体10によってシールされ、外部に流出しない。
【0024】
本発明のマルチウエルプレート用粘着シート1をマルチウエルプレート400の上面に貼り付けると、図5に示す如く、シート本体10が透明性を有すれば、シート露出部12においては、シート本体10を通して上からウエル401内部を観察することができる。また、透明なウエル底壁402を通して培養中の細胞を観察することができる。更に、シート本体10とウエル底壁402とを通して、ウエル401内を透視することができる。
【0025】
本発明のマルチウエルプレート用粘着シート1は、例えば、剥離紙13の上に粘着剤を塗布して粘着剤層11を形成した後、別の図示しない剥離紙を被せ、剥離紙13と粘着剤層11とをシート露出部12の形状に打ち抜いて除去し、打ち抜かなった剥離紙を剥がし、最後に基材シート10に粘着剤層11を貼り付けるという工程で製造することができる。粘着剤層11は、細胞培養に影響を及ぼさないものが好ましく、アクリル系粘着剤、シリコーン系粘着剤を用いることができる。
【0026】
次に、本発明のマルチウエルプレート用粘着シート1を用いた細胞培養方法について説明する。本発明の細胞培養方法は、細胞を生きたまま観察することに適しており、例えば、予め公知の方法で滅菌した剥離紙13が粘着剤層11に貼り付けられたマルチウエルプレート用粘着シート1とマルチウエルプレート400を準備する。ウエル401の内面に細胞を付着させるための処理をしていても良い。適切な培養液(培地)2に細胞3を懸濁させ、各ウエル401に懸濁液を注入する。次に、マルチウエルプレート用粘着シート1をマルチウエルプレート400の上面にウエル401の中心とシート露出部12の中心とを合わせて貼り付けることによって、図5に示すように、各ウエル401をマルチウエルプレート用粘着シート1で密封する。これによって、各ウエル401は不透水性シート10で密封されるため、水の滲入や細菌の汚染が無くなり、コンタミが生じない状態となる。
【0027】
マルチウエルプレート用粘着シート1を貼り付けたマルチウエルプレート400をインキュベータの中に入れて細胞3を培養する。このとき、各ウエル401の開口部403に対向しているシート露出部12を構成するシート基材10が通気性を有するので、各ウエル401の内部の空気がインキュベータの雰囲気ガスによって速やかに置換され、細胞3の培養が進行する。
【0028】
各ウエル401の内部の細胞3を観察するには、インキュベータから取りだして、又はインキュベータの中で、透明性を有するシート露出部12のシート基材10を通して観察することができる。また、ウエル底壁402を介して、ウエル401内部の細胞の状態を位相差顕微鏡、蛍光顕微鏡等で観察することができる。場合によっては、シート露出部12のシート基材10とウエル底壁402を通してウエル401内部を透視することも可能である。
【0029】
このように、本発明のマルチウエルプレート用粘着シート1は、これまで開放系の培養容器としか使えなかったマルチウエルプレート400を、内部観察が可能な密閉系の培養容器へと簡便に変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のマルチウエルプレート用粘着シート及び細胞培養方法は、細胞培養の研究分野に利用することができる。
【符号の説明】
【0031】
1: マルチウエルプレート用粘着シート
10: シート本体
11: 粘着剤層
12: シート露出部
13: 剥離紙
2: 培養液(培地)
3: 細胞
400:マルチウエルプレート
401:ウエル
402:底壁
403:開口部
404:周縁リブ
405:外周リブ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のウエルが配列されているマルチウエルプレートの上面を覆う通気性で不透水性のシート本体と、前記シート本体に設けられた、それぞれの前記ウエルの開口部の全周囲に貼着して前記各ウエルを密封する粘着剤層と、前記ウエルの前記開口部に対応して設けられた、前記粘着剤層が設けられていないシート露出部とを有することを特徴とするマルチウエルプレート用粘着シート。
【請求項2】
請求項1記載のマルチウエルプレート用粘着シートにおいて、
前記シート本体が透明性を有することを特徴とするマルチウエルプレート用粘着シート。
【請求項3】
請求項1又は2記載のマルチウエルプレート用粘着シートにおいて、
前記シート本体の素材が、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリスルフォン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリシリコーン及びエチレンビニルアセテートから選ばれることを特徴とするマルチウエルプレート用粘着シート。
【請求項4】
底面が平坦な複数のウエルが配列されている少なくとも底部が透明なマルチウエルプレートの前記ウエルに細胞と培養液を入れる工程と、前記ウエルの各開口部を請求項1に記載されたマルチウエルプレート用粘着シートで密封する工程と、前記細胞を培養する工程と、培養工程中に、前記ウエルの内部を前記マルチウエルプレート用粘着シートを介して及び/又は前記ウエルの底面を介して観察する工程を有することを特徴とする細胞培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−60903(P2012−60903A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−206178(P2010−206178)
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【出願人】(503385060)カジックス株式会社 (4)
【Fターム(参考)】