説明

メタマテリアル

【課題】負の屈折率を有するメタマテリアルにおいて、電磁波の伝播効率を向上させる。
【解決手段】本発明は、複数の単位素子から構成され負の屈折率を有するメタマテリアルであって、単位素子の少なくとも一部が、グラフェン1により構成されるものである。また、複数のグラフェン1が、層間距離0.2nm以上となるように配置されることが好ましい。また、2層のグラフェン1が、層間距離0.14nm以下となるように配置されたものを単位層とし、複数の単位層が、層間距離0.2nm以上となるように配置されてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光を含む電磁波の屈折現象において負の屈折率を有するメタマテリアルに関し、特にその構成材料の選択に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、負の屈折率を有するメタマテリアルが開発され、その特性を利用した技術開発が進められている。メタマテリアルは、人工的に創られる極めて微小な複数の単位素子を、マトリクス状に配置することにより構成される。この単位素子は、可視光線等の電磁波の波長より十分に小さく、透磁率及び誘電率を共に負とする性質を有するものである。
【0003】
図6は、正の屈折率を有する通常のマテリアルにおける光の屈折を示している。同図に示すように、媒質1(例えば屈折率n1=1)から媒質2(例えば屈折率n2=2)に入射される光は、スネルの法則に従い、入射角θ1と屈折角θ2とが、この例ではsinθ1=(n/n)・sinθ2となるように、両媒質の界面で屈折し伝播する。
【0004】
これに対し、図7は、負の屈折率を有するメタマテリアルにおける光の屈折を示している。同図に示すように、媒質1から、メタマテリアルからなる媒質2(例えば屈折率n2=−1)に入射される光は、この光の媒質2への到達点において、界面に垂直な線aに対し反射するような光跡となる(この例では、sinθ1=(−1)・sinθ2、θ2は負値、|θ1|=|θ2|となる)。
【0005】
また、図6及び図7に示す両マテリアルを比較してみると、波面の進行に関して次のような相違点があることがわかる。図6に示す通常のマテリアルの場合には、入射光が媒質1から媒質2に入った後の媒質2での波面の進行は、・・→−2→−1→0→+1→+2→・・となる。一方、図7に示すメタマテリアルの場合には、波面の進行は、・・→+2→+1→0→−1→−2→・・となる。
【0006】
図8は、メタマテリアルを構成する単位素子100の一例を示している。この単位素子100は、U字パターン101、誘電スペーサ102、I字パターン103を備えている。前記U字パターン101は、Cu,Au等からなり、幅及び長さが50nm、厚さが20nm程度の大きさを持つ。このU字パターン101により、前記メタマテリアルの透磁率が負になるように作用する。前記誘電スペーサ102は、SiO2等からなり、前記U字パターン101と前記I字パターン103とにより挟持される。前記I字パターン103は、Cu,Au等からなり、50nm程度の長さを持つ。このI字パターン103により、前記メタマテリアルの誘電率が負になるように作用する。このような構成の単位素子100を、100nm程度のピッチをもって3次元的にマトリクス配置することにより、可視光領域で負の屈折率を有するメタマテリアルを作製することができる。単位粒子をこれ以上に大きくすれば、電磁波領域で負の屈折率を有するメタマテリアルとなる。
【0007】
図9(a),(b)は、正の屈折率を有する通常のマテリアルから形成されたレンズにおける結像の状態を示している。図9(a)に示すように、通常のレンズにおいては、結像Bが実像Aに対して上下左右が反転したものになる。また、図9(b)に示すように、通常のレンズにおける結像点Pには、ビームウェスト120が存在する。このビームウェスト120は、光波の干渉現象における回折限界によるものであり、その幅dは、光の波長より小さくならない。即ち、この幅dより小さい画像に対して正確に焦点を結ぶことができない。通常の可視光では、400〜800nmが結像限界のビームウェスト120となる。
【0008】
一方、図10は、負の屈折率を有する平板のメタマテリアルをレンズとして用いた場合の結像の状態を示している。この場合、メタマテリアルの内部で、実像Aに対して上下反転した結像B1が生成され、その後メタマテリアルを透過した光により、実像Aと同一の対称性をもった結像B2(結像B1の上下反転写像)が生成される。このような、メタマテリアルに関する現象については、下記非特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Physics Reports vol.444 (2007) P101-202, "Periodic nanostructures for photonics"
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のようなメタマテリアルにおける電磁波の伝播は、隣接する単位素子100の間で生ずる量子光学的な励起作用により行われる。即ち、図11に示すように、n番目の単位素子100は、(n−1)番目から放射される波動エネルギーに反応し、内部の電子が誘導電流となる。この誘導電流により、単位素子100のパターン形状に依存する2次的な波動エネルギーが放射され、(n+1)番目の要素素子100を励起する。このようにして、メタマテリアル外部から照射された電磁波は、メタマテリアル内部を伝播していく。従って、単位素子100の電気伝導率(電子移動度)が小さいと、熱変換によるエネルギー損失が大きくなり伝播の減衰等の不具合を招く。
【0011】
メタマテリアルの屈折率の絶対値は、上述したような単位素子の電気伝導率に依存して決定され、この電気伝導率に比例して増加すると推測される(他の要因が同一であると仮定した場合)。この屈折率の絶対値が増大すると、例えば上記図11に示したメタマテリアルレンズにおいて内部の結像点B1が表面Sに近づくため、このメタマテリアルレンズの厚さを薄くすることができる等の効果が得られる。しかしながら、現状のメタマテリアルにおいては、上述したように、その単位素子100を構成する材料として、Cu,Au等の物質を用いていることから、屈折率の絶対値を増加させることについて限界に達している。
【0012】
そこで、本発明は、負の屈折率を有するメタマテリアルにおいて、電磁波の伝播効率を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題の解決を図る本発明は、複数の単位素子から構成され、負の屈折率を有するメタマテリアルであって、前記単位素子の少なくとも一部がグラフェンにより構成されるものである。
【0014】
グラフェンとは、図12に示すように、炭素6角格子(ベンゼン環)が3次元的に結合してなるグラファイトから表面の1層のみを分離したものであり、炭素6角格子が2次元的に結合してなる原子1個分の厚さを有するシート状の材料である。グラフェンは、およそ2*10cm/(V・sec)の電子移動度を有する。上述したような従来の単位素子の構成に用いられるCu,Au等の電子移動度は、およそ50〜200cm/(V・sec)である。また、グラフェンは、その2次元的な形状により、例えばグラファイト等の三次元的な構造を有する材料に比べ、伝播方向を統一させやすく、エネルギーの損失が少ない。このようなグラフェンを用いることにより、単位素子の電子移動度(電気伝導率)を飛躍的に向上させることができる。その結果、電磁波がメタマテリアル内を伝播する際の伝播効率が向上される。また、メタマテリアルの屈折率の絶対値を、Cu,Au等の材料を用いた場合よりも増大させることができる。
【0015】
また、複数の前記グラフェンが、層間距離0.2nm以上となるように配置されていることが好ましい。
【0016】
グラフェンを並列に配置することにより、単層で用いる場合よりも、1つの単位素子全体としての電気伝導率を大きく向上させることができる。また、グラフェンの層間距離を、グラファイトの格子間隔0.14nmの1.5倍以上、即ちおよそ0.2nm以上とすることにより、隣接するグラフェン層の間で原子間結合が生じない。
【0017】
また、2層の前記グラフェンが、層間距離0.14nm以下となるように配置されたものを単位層とし、複数の前記単位層が、層間距離0.2nm以上となるように配置されてもよい。
【0018】
このような構成によっても、グラフェンを単層で用いる場合よりも、1つの単位素子全体としての電気伝導率を大きく向上させることができる。
【0019】
また、前記グラフェンに、K,Li,Na,Mgからなる群より選択される少なくとも1つの元素を添加してもよい。
【0020】
このように、電子供給能力の高い元素を、グラフェン上に添加することにより、更に電気伝導率を向上させることができる。ここでいう添加には、上記元素を、グラフェンの構成元素(C及びH)のπ電子と結合させることや、Cの一部と置換すること等が含まれる。
【発明の効果】
【0021】
以上のように、グラフェンを用いて単位素子を構成することにより、その電気伝導率(電子移動度)を従来のCu,Au等を用いた場合に比べて飛躍的に向上させることができる。そして、このグラフェンを含んで構成される単位素子によりメタマテリアルを構成することにより、その屈折率の絶対値を増大させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、実施の形態1において、単位素子の一部を単層のグラフェンにより構成する際の構造例を概略的に示す図である。
【図2】図2は、実施の形態2において、単位素子の一部を多層のグラフェンにより構成する際の構造例を概略的に示す図である。
【図3】図3は、実施の形態3において、グラフェンに所定の元素を添加した状態を概略的に示す図である。
【図4】図4は、実施の形態4において、グラフェンのアームチェア端と称する構造を示す図である。
【図5】図5は、実施の形態4において、グラフェンのジグザグ端と称する構造を示す図である。
【図6】図6は、正の屈折率を有する通常のマテリアルにおける光の屈折現象を示す図である。
【図7】図7は、負の屈折率を有するメタマテリアルにおける光の屈折現象を示す図である。
【図8】図8は、メタマテリアルの単位素子の構造例を示す図である。
【図9】図9(a)は、通常のマテリアルから構成されるレンズにおける結像状態を示す図であり、図9(b)は、同レンズにおける焦点部分の状態を示す図である。
【図10】図10は、メタマテリアルから構成されるレンズにおける結像状態を示す図である。
【図11】図11は、メタマテリアル内を電磁波が伝播する際の単位素子の状態を示す図である。
【図12】図12は、グラフェンの構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
実施の形態1
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。図1は、メタマテリアルを構成する単位素子の一部を単層のグラフェンにより構成する際の構造例を示している。同図において、グラフェン1の両端部に、Au電極2が蒸着された状態が示されている。SiC基板3を水素雰囲気中で1800℃に熱することにより、SiC基板3表面にグラフェン1の単層を形成することができる。このグラフェン1とAu電極2とからなる素子を複数用いて、例えば図8に示すようなメタマテリアルの単位要素100のU字パターン101及びI字パターン103を構成する。
【0024】
下記表1は、グラフェン1を用いた各種電極(試料番号1〜3)、Cu線(試料番号4)、シリコン薄膜(試料番号5)の電子移動度及び電気伝導率を比較するものである。試料番号1は、グラフェン1を単層で用いたものであり、試料番号2は、グラフェン1を1nmおきに多層配置したものであり、試料番号3は、グラフェン1を10nmおきに多層配置したものである。同表が示すように、グラフェン1を用いた電極の電子移動度は、およそ2*10cm/(V・sec)にも達する。この値は、試料番号4に示すCu線のおよそ4000倍であり、試料番号5に示すシリコン薄膜のおよそ200倍である。
[表1]

【0025】
上記のようなグラフェン1を用いた素子により、メタマテリアルの単位素子100のI字パターン103を構成することにより、誘電率が光及びミリ波領域でマイナスとなり、実効的な誘電率が減少する。このグラフェン1を用いた素子を、従来のCuで構成されたI字パターン103上に配置したところ、負の誘電率の絶対値がおよそ12%上昇することが確認された。また、U字パターン101においても同様に、負の透磁率の絶対値をおよそ5%上昇することが確認された。この結果から、メタマテリアルの負の屈折率の絶対値を、およそ7%上昇させることができる。
【0026】
実施の形態2
図2は、単位素子の一部を多層のグラフェンにより構成する際の構造例を概略的に示している。同図において、複数層のグラフェン1の両端部に、Au電極7が蒸着された状態が示されている。各グラフェン1間の層間距離は1nmであり、各層間にSiOやSiN等の絶縁材料が挟持される。そして、このような層を20層程度重ねた素子を用いて、上記U字パターン101及びI字パターン103を構成する。このようにして得られた単位素子100の電気伝導率は、およそ100S(シーメンス)/mに達する。この値は、Cuのおよそ12倍である。更に、グラフェン1の欠陥(原子の欠落等)を極力排除することにより、電気伝導率をおよそ300S/mにすることも可能である。
【0027】
また、2層のグラフェン1を層間間隔が0.14nm以下となるように配置したものを単位層とし、この単位層を層間距離が0.2nm以上となるように複数配置する。そして、これを用いて単位素子100を構成することにより、伝導ノイズを極めて小さくすることができ、およそ150S/mの電気伝導率を得ることができる。
【0028】
実施の形態3
図3は、グラフェンに所定の元素を添加した状態を示している。グラフェン1のπ電子密度からみた理論電気伝導率は、1300S/m程度と見積もられるが、実際のグラフェン1には様々な構造上の欠陥が存することにより、この数値には届かない。そこで、グラフェン1に、元素欠損等の欠陥があっても、必要な電子を供給できる元素を添加することにより、電気伝導率を理論値に近づけることができる。この添加に適する元素としては、K(カリウム),Li(リチウム),Na(ナトリウム),Mg(マグネシウム)等が挙げられる。このような元素を、グラフェン1の構成元素(C及びH)のπ電子と結合させたり、欠損したCの部分に充当したりすることにより、電気伝導率を20〜150%程度向上させることができる。
【0029】
実施の形態4
本発明においては、グラフェン1を短冊形状に加工して用いるが、その原子配列をスキャニングトンネル顕微鏡で観察すると、図4又は図5に示すような状態となっていることがわかる。図4は、グラフェン1のアームチェア端と称される構造を示している。図5は、グラフェン1のジグザグ端と称される構造を示している。本発明は、グラフェン1の端部が、これらのうちどちらか一方の構造、又は両者が混合した構造(斜めに切断した構造を含む)のいずれであっても、従来のCu,Au等を用いる場合に比べ、電気伝導率を大きく向上させ、メタマテリアルの屈折率の絶対値を増加させる効果が得られる。しかしながら、発明者による調査の結果、最も電気伝導率を向上させることができるのは、図5に示すジグザグ端であり、次いで図4に示すアームチェア端であり、次いで両者が混合した構造であることがわかっている。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、メタマテリアルを用いたレンズ、プリズム等の光学部品、又これらの部品を用いたスキャナ、複写機、半導体装置、記憶装置等に利用できると想定される。また、本発明は、上記実施の形態に限られるものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能なものである。
【符号の説明】
【0031】
1 グラフェン
2,7 電極
3 SiC基板
100 単位素子
101 U字パターン
103 I字パターン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の単位素子から構成され、負の屈折率を有するメタマテリアルであって、
前記単位素子の少なくとも一部が、グラフェンにより構成される、
メタマテリアル。
【請求項2】
複数の前記グラフェンが、層間距離0.2nm以上となるように配置される、
請求項1記載のメタマテリアル。
【請求項3】
2層の前記グラフェンが、層間距離0.14nm以下となるように配置されたものを単位層とし、複数の前記単位層が、層間距離0.2nm以上となるように配置される、
請求項1記載のメタマテリアル。
【請求項4】
前記グラフェンに、K,Li,Na,Mgからなる群より選択される少なくとも1つの元素が添加される、
請求項1〜3のいずれか1つに記載のメタマテリアル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−187062(P2010−187062A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−28218(P2009−28218)
【出願日】平成21年2月10日(2009.2.10)
【出願人】(000005810)日立マクセル株式会社 (2,366)
【Fターム(参考)】