説明

メッキ樹脂成形体

【課題】 美しく、強固なメッキ層を有するメッキ樹脂成形体の提供。
【解決手段】 (A)23℃水中下、24hr後の吸水率(ISO62)が0.6%以上であるマトリックス樹脂10〜90質量%、(B)23℃水中下、24hr後の吸水率(ISO62)が0.6%未満である、スチレン系樹脂10〜90質量%、(C)相溶化剤を0〜40質量部%及び(D)水への溶解度(25℃)が0.01/100g〜10g/100gの水可溶性物質を(A)〜(C)成分の合計100質量部に対して1〜20質量部含有する樹脂組成物からなり、表面が粗面化処理されていない樹脂成形体と、前記樹脂成形体の表面に形成された金属メッキ層を有するメッキ樹脂成形体であり、所定のヒートサイクル試験後に肉眼観察による外観変化が認められないメッキ樹脂成形体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メッキ強度が高いメッキ樹脂成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車を軽量化する目的から、自動車部品としてABS樹脂やポリアミド樹脂等の樹脂成形体が使用されており、この樹脂成形体に高級感や美感を付与するため、銅、ニッケル等のメッキが施されている。
【0003】
従来、ABS樹脂等の成形体にメッキを施す場合、樹脂成形体とメッキ層との密着強度を高めるため、脱脂工程の後に樹脂成形体を粗面化するエッチング工程が必須である。例えば、ABS樹脂成形体やポリプロピレン成形体をメッキする場合、脱脂処理の後に、クロム酸浴(三酸化クロム及び硫酸の混液)を用い、65〜70℃、10〜15分でエッチング処理(粗面化処理)する必要があり、廃水には有毒な6価のクロム酸イオンが含まれる。このため、6価のクロム酸イオンを3価のイオンに還元した後に中和沈殿させる処理が必須となり、廃水処理時の問題がある。
【0004】
このように現場での作業時の安全性や廃水による環境への影響を考慮すると、クロム浴を使用したエッチング処理をしないことが望ましいが、その場合には、ABS樹脂等から得られる成形体へのメッキ層の密着強度を高めることができないという問題がある。
【特許文献1】特開2003−82138号公報
【特許文献2】特開2003−166067号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2には、クロム酸エッチング処理をすることなく、美しく、かつ高いメッキ強度を有する、メッキ樹脂成形体及びその製造方法が開示されているが、どのようなメカニズムにより、非常に優れたメッキ層を有するメッキ樹脂成形体が得られるかについては全く開示されていない。
【0006】
本発明は、樹脂成形体表面を金属メッキしてメッキ樹脂成形体を得るときのメカニズムを明らかにして、より限定された条件を設定することで、より美しく、より高いメッキ強度を有する、メッキ樹脂成形体を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、特許文献1、2に開示されたメッキ樹脂成形体において、クロム酸によるエッチング処理をすることなく、美しく、かつ強固なメッキ層が形成されるメカニズムを研究した結果、以下の(I)〜(V)からなる複合的メカニズムにより、美しく、かつ強固なメッキ層が形成されることを初めて見出した。
【0008】
(I)(A)〜(D)成分、及び必要に応じて更に(E)成分を用いることにより、ポリアミド系樹脂(海)とスチレン系樹脂(島)が海島構造を形成し、海島構造の形成に(D)成分の水可溶性物質が大きく関与していること(或いは(D)成分と(E)成分の組み合わせが相乗的に関与していること);
(II)メッキ工程における酸(クロム酸等の有害な酸を除く)等による接触処理により、海島構造においてポリアミド系樹脂相(海)の一部が膨潤層を形成すること;
(III)メッキ工程で使用する周知の触媒液が膨潤層内に浸透し、触媒が析出すること(この場合の触媒液の浸透深さが、膨潤層がない場合に比べて深いこと);
(IV)メッキ金属が膨潤層内に浸透したとき、析出した触媒を核として木の根状に成長して、樹脂とメッキ層とを強固に結合させること;
(V)スチレン系樹脂(島)は、膨潤層に分散して膨潤を抑制するように作用すると共に、メッキ後における膨潤層の収縮を抑制し、樹脂成形体とメッキ層との界面破壊を抑制するように作用すること。
【0009】
そして、本発明者は、これらの複合的メカニズムを支配する要因が、海島構造の形成と膨潤層の形成に関与する要件であることを見出し、本発明を完成したものである。
【0010】
即ち本発明は、課題の解決手段として、
(A)23℃水中下、24hr後の吸水率(ISO62)が0.6%以上であるマトリックス樹脂を10〜90質量%
(B)23℃水中下、24hr後の吸水率(ISO62)が0.6%未満である、スチレン系樹脂を10〜90質量%
(C)相溶化剤を0〜40質量%、及び
(D)水への溶解度(25℃)が0.01/100g〜10g/100gの水可溶性物質を(A)〜(C)成分の合計100質量部に対して0.01〜20質量部含有する樹脂組成物からなり、表面が粗面化処理されていない樹脂成形体と、前記樹脂成形体の表面に形成された金属メッキ層を有するメッキ樹脂成形体であり、
下記の(1)樹脂成形体の相構造、及び(2)樹脂成形体と金属メッキ層との接合状態の少なくとも一方の要件を備えており、更に下記ヒートサイクル試験後において、肉眼観察による外観変化が認められないメッキ樹脂成形体を提供するものである。
【0011】
(1)樹脂成形体の相構造
(1-1)(A)成分が海で、(B)成分が島である海島構造、或いは
(1-2)(A)成分が海で、(B)成分が島である海島構造であり、(A)〜(C)成分を含み、(D)成分を含まない場合の海島構造における島(B-1)が集合して、より大きな領域の島(B-2)が形成された海島構造であること。
【0012】
(2)樹脂成形体と金属メッキ層との接合状態
樹脂成形体の表面近傍において、海である(A)成分が膨潤層を形成し、前記膨潤層内にメッキ金属が浸透しており、島である(B)成分内には実質的にメッキ金属が浸透していないこと。
(ヒートサイクル試験1)
縦100mm、横50mm、厚み3mmのメッキ樹脂成形体を試験片として用い、−30℃で60分間保持、室温(20℃)で30分間保持、75℃で60分間保持、室温(20℃)で30分間保持を1サイクルとして、計3サイクルのヒートサイクル試験を行う。
(ヒートサイクル試験2)
縦100mm、横50mm、厚み3mmのメッキ樹脂成形体を試験片として用い、−30℃で60分間保持、室温(20℃)で30分間保持、85℃で60分間保持、室温(20℃)で30分間保持を1サイクルとして、計3サイクルのヒートサイクル試験を行う。
【0013】
本発明における吸水率は、膨潤度を示す指標であり、吸水率が高いほど膨潤度が高いことを意味する。
【発明の効果】
【0014】
本発明のメッキ樹脂成形体は、クロム酸エッチングによる表面粗し処理をしないにも拘わらず、外観が美しく、かつ樹脂成形体とメッキ層との密着強度が非常に高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のメッキ樹脂成形体は、特定の樹脂組成物からなる樹脂成形体と、前記樹脂成形体の表面に形成された金属メッキ層を有するものである。
【0016】
<樹脂組成物及び樹脂成形体>
(A)成分のマトリックス樹脂は、吸水率が0.6%以上のものであり、0.6〜11%のものが好ましく、0.6〜5%のものがより好ましく、0.6〜2.5%のものが更に好ましい。
【0017】
(A)成分のマトリックス樹脂としては、上記飽和吸水率を満たすポリアミド系樹脂、アクリル酸塩系樹脂、セルロース系樹脂、ビニールアルコール系樹脂、ポリエーテル系樹脂等が好ましく、ポリアミド系樹脂、ポリエーテル系樹脂がより好ましく、ポリアミド系樹脂がもっとも好ましい。
【0018】
ポリアミド系樹脂は、ジアミンとジカルボン酸とから形成されるポリアミド樹脂及びそれらの共重合体である。
【0019】
例えば、ナイロン66、ポリヘキサメチレンセバカミド(ナイロン6・10)、ポリヘキサメチレンドデカナミド(ナイロン6・12)、ポリドデカメチレンドデカナミド(ナイロン1212)、ポリメタキシリレンアジパミド(ナイロンMXD6)、ポリテトラメチレンアジパミド(ナイロン46)及びこれらの混合物や共重合体;ナイロン6/66、6T成分が50モル%以下であるナイロン66/6T(6T:ポリヘキサメチレンテレフタラミド)、6I成分が50モル%以下であるナイロン66/6I(6I:ポリヘキサメチレンイソフタラミド)、ナイロン6T/6I/66、ナイロン6T/6I/610等の共重合体;ポリヘキサメチレンテレフタルアミド(ナイロン6T)、ポリヘキサメチレンイソフタルアミド(ナイロン6I)、ポリ(2−メチルペンタメチレン)テレフタルアミド(ナイロンM5T)、ポリ(2−メチルペンタメチレン)イソフタルアミド(ナイロンM5I)、ナイロン6T/6I、ナイロン6T/M5T等の共重合体が挙げられ、そのほかアモルファスナイロンのような共重合ナイロンでもよく、アモルファスナイロンとしてはテレフタル酸とトリメチルヘキサメチレンジアミンの重縮合物等を挙げることができる。
【0020】
更に、環状ラクタムの開環重合物、アミノカルボン酸の重縮合物及びこれらの成分からなる共重合体、具体的には、ナイロン6、ポリ−ω−ウンデカナミド(ナイロン11)、ポリ−ω−ドデカナミド(ナイロン12)等の脂肪族ポリアミド樹脂及びこれらの共重合体、ジアミン、ジカルボン酸とからなるポリアミドとの共重合体、具体的にはナイロン6T/6、ナイロン6T/11、ナイロン6T/12、ナイロン6T/6I/12、ナイロン6T/6I/610/12等及びこれらの混合物を挙げることができる。
【0021】
(A)成分のポリアミド系樹脂としては、上記の中でもPA(ナイロン)6、PA(ナイロン)66、PA(ナイロン)6/66が好ましい。
【0022】
(B)成分のスチレン系樹脂は、吸水率が0.6%未満のものであり、0.4%以下のものが更に好ましい。
【0023】
スチレン系樹脂は、スチレン及びα置換、核置換スチレン等のスチレン誘導体の重合体を挙げることができる。また、これら単量体を主として、これらとアクリロニトリル、アクリル酸並びにメタクリル酸のようなビニル化合物及び/又はブタジエン、イソプレンのような共役ジエン化合物の単量体から構成される共重合体も含まれる。例えばポリスチレン、耐衝撃性ポリスチレン(HIPS)樹脂、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体(ABS)樹脂、アクリロニトリル−スチレン共重合体(AS樹脂)、スチレン−メタクリレート共重合体(MS樹脂)、スチレン−ブタジエン共重合体(SBS樹脂)等を挙げることができる。
【0024】
また、ポリスチレン系樹脂として、ポリアミド系樹脂との相溶性をあげるためのカルボキシル基含有不飽和化合物が共重合されているスチレン系共重合体を含んでもよい。カルボキシル基含有不飽和化合物が共重合されているスチレン系共重合体は、ゴム質重合体の存在下に、カルボキシル基含有不飽和化合物及び必要に応じてこれらと共重合可能な他の単量体を重合してなる共重合体である。
【0025】
成分を具体的に例示すると、
1)カルボキシル基含有不飽和化合物を共重合したゴム質重合体の存在下に、芳香族ビニルモノマーを必須成分とする単量体あるいは芳香族ビニルとカルボキシル基含有不飽和化合物とを必須成分とする単量体を重合して得られたグラフト重合体、
2)ゴム質重合体の存在下に、芳香族ビニルとカルボキシル基含有不飽和化合物とを必須成分とする単量体を共重合して得られたグラフト共重合体、
3)カルボキシル基含有不飽和化合物が共重合されていないゴム強化スチレン系樹脂とカルボキシル基含有不飽和化合物と芳香族ビニルとを必須成分とする単量体の共重合体との混合物、
4)上記1)、2)とカルボキシル基含有不飽和化合物と芳香族ビニルとを必須とする共重合体との混合物、
5)上記1)〜4)と芳香族ビニルを必須成分とする共重合体との混合物がある。
【0026】
上記1)〜5)において、芳香族ビニルとしてはスチレンが好ましく、また芳香族ビニルと共重合する単量体としてはアクリロニトリルが好ましい。カルボキシル基含有不飽和化合物は、スチレン系樹脂中、好ましくは0.1〜8質量%であり、より好ましくは0.2〜7質量%である。
【0027】
(C)成分の相溶化剤は、(A)及び(B)成分が互いの相溶性が劣る場合に使用する成分であり、相溶性の劣る(A)成分及び(B)成分を均一に分散混合させるように作用する。(A)〜(C)成分からなる混合物の成形体においては、(A)成分が海で、(B)成分が島として微分散された状態の海島構造(第1の海島構造)が形成されている。
【0028】
(C)成分の相溶化剤としては、カルボキシル基含有不飽和化合物が共重合されているスチレン系共重合体を挙げることができる。
【0029】
カルボキシル基含有不飽和化合物が共重合されているスチレン系共重合体は、ゴム質重合体の存在下に、カルボキシル基含有不飽和化合物及び必要に応じてこれらと共重合可能な他の単量体を重合してなる共重合体であり、上記した1)〜5)を相溶化剤として用いることができる。
【0030】
樹脂組成物中における(A)〜(C)成分の含有割合は、次のとおりである。
【0031】
(A)成分は、好ましくは10〜90質量%、より好ましくは20〜80質量%、更に好ましくは30〜70質量%である。
【0032】
(B)成分は、好ましくは10〜90質量%、より好ましくは20〜80質量%、更に好ましくは30〜70質量%である。
【0033】
(C)成分は、好ましくは0〜40質量%、より好ましくは1〜20質量%、更に好ましくは1〜15質量%である。
【0034】
(D)成分の水への溶解度(25℃)が0.01/100g〜10g/100gの水可溶性物質は、上記した(A)〜(C)成分からなる成形体における第1の海島構造を改変する成分である。
【0035】
(A)〜(C)成分に加えて、更に(D)成分を配合することにより、樹脂成形体の相構造は、(1-1)(A)成分が海で、(B)成分が島である海島構造(第1の海島構造が維持されている)、或いは(1-2)(A)成分が海で、(B)成分が島である海島構造であり、(A)〜(C)成分を含み、(D)成分を含まない場合の海島構造における島(B-1)が集合して、より大きな領域の島(B-2)が形成された海島構造(第2の海島構造)となり、メカニズム(I)を発現させる。なお、(1-1)及び(1-2)のいずれの相構造をとるかは、(D)成分の含有割合によって異なり、いずれの相構造でも本発明の課題を解決することができる。
【0036】
このメカニズム(I)は、海である(A)成分の相中に(D)成分が溶け込むことで、モビリティが高められ、(A)成分の結晶化が促進される結果、第1の海島構造が維持され、又は第2の海島構造が形成されるものと考えられる。
【0037】
(D)成分としては、ペンタエリスリトール(7.2g/100g)、ジペンタエリスリトール(0.1g/100g以下)が好ましい。
【0038】
樹脂組成物中の(D)成分の含有割合は、(A)〜(C)成分の合計100質量部に対して、0.01〜20質量部が好ましく、0.05〜20質量部がより好ましく、0.1〜20質量部が更に好ましい。
【0039】
(E)成分の界面活性剤は必要に応じて含有される成分であり、(D)成分との組み合わせにより、第1の海島構造を維持したり、第2の海島構造の発現に寄与したりして、相乗的にメッキ層の密着強度を高めるように作用するものと考えられる。
【0040】
界面活性剤は、熱可塑性樹脂の製造時に乳化重合を適用した場合に用いる界面活性剤(乳化剤)が樹脂中に残存しているものでもよいし、塊状重合等の乳化剤を使用しない製造法を適用した場合には、別途に添加したものでもよい。
【0041】
界面活性剤は、樹脂の乳化重合で使用するもののほか、乳化重合で使用するもの以外のものでもよく、界面活性剤は、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤、両性界面活性剤が好ましい。
【0042】
これらの界面活性剤としては、脂肪酸塩、ロジン酸塩、アルキル硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルジフェニルエーテルスルホン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、スルホコハク酸ジエステル塩、α−オレフィン硫酸エステル塩、α−オレフィンスルホン酸塩等のアニオン界面活性剤;モノもしくはジアルキルアミン又はそのポリオキシエチレン付加物、モノ又はジ長鎖アルキル第4級アンモニウム塩等のカチオン界面活性剤;アルキルグルコシド、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、蔗糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンプロピレンブロックコポリマー、脂肪酸モノグリセリド、アミンオキシド等のノニオン界面活性剤;カルボベタイン、スルホベタイン、ヒドロキシスルホベタイン等の両性界面活性剤を挙げることができる。
【0043】
樹脂組成物中の(E)成分の含有割合は、(A)〜(C)成分の合計100質量部に対して、0.01〜10質量部が好ましく、0.01〜5質量部がより好ましく、0.01〜2質量部が更に好ましい。
【0044】
また樹脂組成物中における(D)成分と(E)成分の質量比率〔(E)/(D)〕は、好ましくは100/1〜1/100、より好ましくは50/1〜1/50、更に好ましくは20/1〜1/20である。
【0045】
樹脂組成物中には、メッキ樹脂成形体の用途に応じて、本発明の効果が得られる範囲内で、一般の樹脂成形品に添加する各種添加剤、充填剤を含有させることができる。
【0046】
樹脂成形体は、上記した樹脂組成物を用い、射出成形等の公知の樹脂成形方法を適用し、用途に応じた所望形状に成形して得ることができる。
【0047】
<メッキ樹脂成形体>
次に、図1を用い、上記したメカニズム(I)〜(V)との関連を明らかにしながら、本発明のメッキ樹脂成形体の製造法を工程毎に説明する。図1は、製造工程とメカニズム(I)〜(V)の関係を概念的に示した図である。
【0048】
本発明のメッキ樹脂成形体は、公知のメッキ方法、即ち、酸又は塩基による脱脂処理工程(但し、公知法であるクロム酸や過マンガン酸カリウムよる処理はしない)、触媒付与液で処理する工程、無電解メッキ工程を応用することで、樹脂成形体表面に金属メッキすることができる。
【0049】
〔樹脂成形体の成形;メカニズム(I)〕
(A)〜(D)成分を含む樹脂成形体を、射出成形等の公知の方法により、用途に適した所望形状に成形して得る。樹脂成形体が(D)成分、及び必要に応じて(D)成分と(E)成分を含有することにより、第1の海島構造が維持され、又は第2の海島構造が形成される。これらの海島構造は、最終製品にも存在している。
【0050】
このような海島構造の形成により、次工程において、樹脂成形体の表面近傍の海〔(A)成分〕において膨潤層が形成され易くなる〔メカニズム(II)の発現〕ほか、後に島〔(B)成分〕による膨潤層の膨潤抑制作用が容易になる〔メカニズム(V)の発現〕。
【0051】
第2の海島構造が形成された場合、TEMによる観察により比較される、島(B-2)の面積が島(B-1)の面積の少なくとも2倍以上になっている。
【0052】
〔脱脂処理及び酸等による接触処理工程;メカニズム(II)〕
脱脂処理は、塩基又は酸を含有する界面活性剤水溶液により行う。本発明では、メッキ層の密着強度を高めるための粗面化処理となるクロム酸等の重金属を含む酸によるエッチングエッチング工程は不要である。
【0053】
この脱脂処理及び酸等による接触処理により、メカニズム(II)が発現され、図1(a)に示すとおり、海島構造を形成している樹脂成形体11では、(A)成分の相(海)12の内、表面近傍の(A)成分の相において膨潤層13が形成されるため、次工程においてメカニズム(III)が発現され易くなる。(B)成分の相(島)14は、相12と膨潤層13の両方に分散して存在している。膨潤は、元の体積よりも増加した状態を意味し、増加の程度は問わない。なお、相12と膨潤層13との界面は、図示するように平滑な境目になる訳ではない。
【0054】
脱脂処理で用いる酸又は塩基は、低濃度のものが好ましく、好ましくは4規定未満であり、より好ましくは3.5規定以下であり、更に好ましくは3.0規定以下である。
【0055】
脱脂処理は、樹脂成形体を酸又は塩基中に浸漬する方法を適用でき、液温度10〜80℃で、0.5〜20分間浸漬する方法を適用できる。
【0056】
酸は、塩酸、リン酸、硫酸のほか、酢酸、クエン酸、ギ酸等の有機酸等から選ばれるものを用いることができる。塩基は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等のアルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の炭酸塩等から選ばれるものを用いることができる。
【0057】
この工程の処理では、クロム酸等を使用しないので、樹脂成形体11の表面はクロム酸エッチングをしたときのように粗くはならず、成形したときと同等の表面状態を維持している。
【0058】
〔触媒付与液で処理する工程;メカニズム(III)〕
脱脂処理後、例えば、水洗工程、触媒付与液で処理する工程、水洗工程、活性化液で処理する工程(活性化工程)及び水洗工程を行うことができる。なお、触媒付与液で処理する工程と活性化液で処理する工程は、同時に行うことができる。
【0059】
この処理工程により、図1(b)に示すとおり、メカニズム(III)が発現され、触媒液が膨潤層13内に浸透し、触媒(Sn、Pd)15が析出するため、次工程において、メカニズム(IV)、(V)が発現され易くなる。このとき、触媒液の浸透深さは、膨潤層13がない場合に比べて深くなり、樹脂成形体11表面から少なくとも10nmまでの膨潤層に浸透している。
【0060】
触媒付与液による処理は、例えば、塩化錫(20〜40g/L)の35%塩酸溶液(10〜20mg/L)中、室温で1〜5分程度浸漬する。活性化液による処理は、塩化パラジウム(0.1〜0.3g/L)の35%塩酸溶液(3〜5mg/L)中、室温で1〜2分浸漬する。
【0061】
〔無電解メッキ工程;メカニズム(IV)、(V)〕
次に、無電解メッキを行う。この無電解メッキにより、図1(c)に示すとおり、メカニズム(IV)、(V)が発現される。
【0062】
即ち、メッキ金属16が膨潤層13内に浸透したとき、析出した触媒15を核として木の根状に成長して、樹脂成形体11とメッキ層17とを強固に結合させる。
【0063】
このとき、(B)成分の相(島)14は、(A)成分の相(海)12と膨潤層13に分散して、膨潤を抑制するように作用すると共に、メッキ後における膨潤層13の収縮を抑制し、樹脂成形体11と金属メッキ層17との界面破壊を抑制するように作用する。(B)成分の相(島)14が存在しない場合、界面破壊が生じて、樹脂成形体11の表面からメッキ層が浮き上がるような現象が生じる。
【0064】
その結果、樹脂成形体11表面に美しく、かつ強固な金属メッキ層17を有するメッキ樹脂成形体10が得られる。なお、(B)成分の相(島)14には実質的にメッキ金属は浸透していない。
【0065】
無電解メッキ工程は、メッキ浴として、ニッケル、銅、コバルト、ニッケル−コバルト合金、金等と、ホルマリン、次亜リン酸塩等の還元剤を含むものを用いることができる。メッキ浴のpHや温度は、使用するメッキ浴の種類に応じて選択する。
【0066】
無電解メッキ後に更にメッキ処理をする場合、酸又はアルカリによる活性化処理の後、用途や機能に応じて1種又は2種以上の銅等の公知のメッキ用金属による多層の電気メッキ工程を付加することもできる。
【0067】
本発明のメッキ樹脂成形体は、所定のヒートサイクル試験後における肉眼観察により、メッキ層のしわの発生、割れの発生、膨れの発生等の外観変化が全く認められない。
【0068】
本発明のメッキ樹脂成形体は、樹脂成形体と金属メッキ層との密着強度(JIS H8630)は、最高値が10kPa以上にすることができる。
【0069】
本発明のメッキ樹脂成形体の形状、金属メッキ層の種類、厚み等は、用途に応じて適宜選択することができ、各種用途に適用することができるが、特にバンパー、エンブレム、ホイールキャップ、内装部品、外装部品等の自動車部品用途として適している。
【実施例】
【0070】
実施例及び比較例における試験方法及び各成分の詳細は、以下のとおりである。
【0071】
(メッキ層の密着性試験)
以下の実施例及び比較例で得られたメッキ樹脂成形体を用い、JIS H8630附属書6に記載された密着試験方法により、熱可塑性樹脂成形体と金属メッキ層との密着強度(最高値)を測定した。
【0072】
(樹脂組成物の成分)
(A)成分
(A):ポリアミド6,宇部興産株式会社製 UBEナイロン6 1013B(吸水率1.8%)
(B)成分
ABS樹脂(スチレン量45質量%、アクリロニトリル15質量%、ゴム量40質量%;吸水率0.2%)
(C)成分
(C−1):酸変性ABS樹脂(スチレン量42質量%、アクリロニトリル16質量%、ゴム量40質量%、メタクリル酸2重量%)
(C−2):酸変性ABS樹脂(スチレン量40質量%、アクリロニトリル14質量%、ゴム量40質量%、メタクリル酸6重量%)
(D)成分
ジペンタエリスリトール:以下DPER(広栄化学工業社製)
(E)成分
αオレフィンスルホン酸ナトリウム PB800(ライオン株式会社製)
実施例1、2及び比較例1、2
(i)樹脂成形体の成形
表1に示す各成分を用い、射出成形(シリンダー温度240℃、金型温度60℃)して得た、100×50×3mmの樹脂成形体を得た。この樹脂成形体を用い、以下の工程により、メッキ樹脂成形を得た。
【0073】
(ii)脱脂工程及び酸による接触処理工程
樹脂成形体を、エースクリンA−220(奥野製薬工業(株)製)50g/L水溶液(液温40℃)に20分浸漬した。その後、1.0規定の塩酸100ml(液温40℃)中に5分間浸漬した。〔図1(a)〕
(iii)触媒付与工程
35質量%塩酸150ml/Lと、キャタリストC(奥野製薬工業(株)製)40ml/L水溶液との混合水溶液(液温25℃)中に3分間浸漬した。〔図1(b)〕
(iv)第1活性化工程
樹脂成形体を、98質量%硫酸100ml/L水溶液(液温40℃)中に3分間浸漬した。
【0074】
(v)第2活性化工程
試験片を、水酸化ナトリウム15g/L水溶液(液温40℃)中に2分間浸漬した。
【0075】
(vi)ニッケルの無電解メッキ工程
樹脂成形体を、化学ニッケルHR−TA(奥野製薬工業(株)製)150ml/Lと、化学ニッケルHR−TB(奥野製薬工業(株)製)150ml/Lの混合水溶液(液温40℃)に5分間浸漬した。〔図1(c)〕
(vii)酸活性化工程
試験片を、トップサン(奥野製薬工業(株)製)100g/L水溶液(液温25℃)に1分間浸漬した。
【0076】
(viii)銅の電気メッキ工程
樹脂成形体を、下記組成のメッキ浴(液温25℃)に浸漬して、120分間電気メッキを行った。
【0077】
(メッキ浴の組成)
硫酸銅(CuSO・5HO)200g/L
硫酸(98%)50g/L
塩素イオン(Cl)5ml/L、
トップルチナ2000MU(奥野製薬工業(株)製)5ml/L
トップルチナ2000A(奥野製薬工業(株)製)0.5ml/L
図2にメッキ樹脂成形体の相構造(TEM写真)を示す。図2(a)(比較例1)では、(D)成分が含まれていないので、第1の海島構造が形成されており、図2(b)(実施例1)では、(D)成分が含まれているので、第2の海島構造が形成されている。
【0078】
【表1】

【0079】
表1の実施例1と比較例1、2との対比から明らかなとおり、(A)成分と(B)成分として、特定範囲に含まれる吸水率を有するものを組み合わせて用いたことと、(D)成分として、水への溶解度が特定範囲に含まれる水可溶性物質を使用したことにより、外観が美しく、かつ強固なメッキ層を有する成形体を得ることができた。
【0080】
更に実施例2と実施例1との対比から明らかなとおり、(D)成分と(E)成分とを特定比率で併用することで、外観が美しく、より強固なメッキ層を有する成形体を得ることができた。
【0081】
実施例3
実施例1において、(D)成分のDPERの含有割合を(A)〜(C)成分の合計に対して5質量部としたほかは、実施例1と同様にしてメッキ樹脂成形体を得た。図3にメッキ樹脂成形体の相構造(TEM写真)を示す。(D)成分の含有割合が実施例1に比べて少ないので、第1の海島構造がそのまま維持されていた。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】メッキ樹脂成形体のメッキ形成メカニズムを説明するための図である。
【図2】実施例1のメッキ樹脂成形体の相構造を示すTEM写真である。
【図3】実施例3のメッキ樹脂成形体の相構造を示すTEM写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)23℃水中下、24hr後の吸水率(ISO62)が0.6%以上であるマトリックス樹脂を10〜90質量%
(B)23℃水中下、24hr後の吸水率(ISO62)が0.6%未満である、スチレン系樹脂を10〜90質量%
(C)相溶化剤を0〜40質量部%及び
(D)水への溶解度(25℃)が0.01/100g〜10g/100gの水可溶性物質を(A)〜(C)成分の合計100質量部に対して0.01〜20質量部含有する樹脂組成物からなり、表面が粗面化処理されていない樹脂成形体と、前記樹脂成形体の表面に形成された金属メッキ層を有するメッキ樹脂成形体であり、
下記の(1)樹脂成形体の相構造、及び(2)樹脂成形体と金属メッキ層との接合状態の少なくとも一方の要件を備えており、更に下記ヒートサイクル試験後において、肉眼観察による外観変化が認められないメッキ樹脂成形体。
(1)樹脂成形体の相構造
(1-1)(A)成分が海で、(B)成分が島である海島構造、或いは
(1-2)(A)成分が海で、(B)成分が島である海島構造であり、(A)〜(C)成分を含み、(D)成分を含まない場合の海島構造における島(B-1)が集合して、より大きな領域の島(B-2)が形成された海島構造であること。
(2)樹脂成形体と金属メッキ層との接合状態
樹脂成形体の表面近傍において、海である(A)成分が膨潤層を形成し、前記膨潤層内にメッキ金属が浸透しており、島である(B)成分内には実質的にメッキ金属が浸透していないこと。
(ヒートサイクル試験1)
縦100mm、横50mm、厚み3mmのメッキ樹脂成形体を試験片として用い、−30℃で60分間保持、室温(20℃)で30分間保持、75℃で60分間保持、室温(20℃)で30分間保持を1サイクルとして、計3サイクルのヒートサイクル試験を行う。
(ヒートサイクル試験2)
縦100mm、横50mm、厚み3mmのメッキ樹脂成形体を試験片として用い、−30℃で60分間保持、室温(20℃)で30分間保持、85℃で60分間保持、室温(20℃)で30分間保持を1サイクルとして、計3サイクルのヒートサイクル試験を行う。
【請求項2】
更に前記樹脂組成物中に(E)界面活性剤を含有しており、(D)成分と(E)成分との質量比率〔(E)/(D)〕が100/1〜1/100である請求項1記載のメッキ樹脂成形体。
【請求項3】
要件(1)の(1-2)において、透過型電子顕微鏡(TEM)による観察により比較される、島(B-2)の面積が島(B-1)の面積の少なくとも2倍以上である、請求項1又は2記載のメッキ樹脂成形体。
【請求項4】
要件(2)において、樹脂成形体表面から少なくとも10nmまでの膨潤層にメッキ金属が浸透している、請求項1〜3のいずれかに記載のメッキ樹脂成形体。
【請求項5】
メッキ樹脂成形体が、樹脂成形体と金属メッキ層との密着強度(JIS H8630)の最高値が10kPa以上のものである、請求項1〜4のいずれかに記載のメッキ樹脂成形体。
【請求項6】
自動車部品用途である請求項1〜5のいずれかに記載のメッキ樹脂成形体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−28552(P2006−28552A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−206082(P2004−206082)
【出願日】平成16年7月13日(2004.7.13)
【出願人】(501041528)ダイセルポリマー株式会社 (144)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】