メラニン前駆体の製造方法
【課題】メラニン前駆体の効率的な製造方法の提供。
【解決手段】チロシン、チロシン及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を、以下の(a)、(b)、 (c) 、及び(d)の1以上の要因で高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞と存在させ、メラニン前駆体に変換する工程と、メラニン前駆体回収工程とを含むメラニン前駆体の製造方法。(a) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている。(b) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を複数コピー有する。(c) 変異したカテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を有することにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。(d) チロシナーゼ活性化処理されることにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
【解決手段】チロシン、チロシン及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を、以下の(a)、(b)、 (c) 、及び(d)の1以上の要因で高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞と存在させ、メラニン前駆体に変換する工程と、メラニン前駆体回収工程とを含むメラニン前駆体の製造方法。(a) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている。(b) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を複数コピー有する。(c) 変異したカテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を有することにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。(d) チロシナーゼ活性化処理されることにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化粧品、ガラス、プラスティック、食品等に添加されるメラニン前駆体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メラニンは、動物及び植物に広く存在する黄色〜黒色の色素であり、紫外線吸収機能、ラジカル捕獲機能、酸化防止機能などを有することが知られている。メラニンは、生体由来の物質であり安全性が高いことから、化粧品、食品等の添加剤として広く使用されている。
【0003】
例えば、メラニンは、日焼け防止クリーム、サングラス等に配合することによりこれらに紫外線吸収機能を持たせるために用いられている。また、食品やプラスティックの酸化防止剤としても使用されている。さらに、色素として白髪染めなどにも添加されている。
【0004】
このように、メラニンは非常に有益な物質であるため、その製造方法が種々検討されてきた。従来行われているメラニン製造法は、自然界に存在するメラニンの抽出、化学合成及びチロシナーゼを用いた酵素反応に大別される。
【0005】
例えばメラニンを比較的大量に産生するオーレオバシジウム属微生物、アスペルギルス属微生物、ストレプトマイセス属微生物の培養物からメラニンを抽出及び精製することができる。しかし、野生型の微生物のメラニン産生量は限られており、実用上十分な量を製造するのは困難である。また、ストレプトマイセス属のチロシナーゼは分泌型であるため、培養菌体を再利用できず、効率が悪い。
また、ヤリイカの墨袋から抽出する方法も知られているが、ヤリイカの墨袋中のメラニンは溶解性が悪いとされている。
また、チロシンなどを原料として化学合成することも可能であるが、強力な酸化反応が必要であり、複雑でコスト高な技術を要する。チロシンを過酸化水素中で酸化させ、さらに重合反応を経てメラニンを合成する方法も知られているが、得られるメラニンは水に不溶であり、化粧品や染料などとして使用し難い。
図1に示すように、生体内において、メラニン色素は、メラニン生成酵素であるチロシナーゼが、基質であるチロシン又は3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)の酸化を触媒することにより生成するドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のようなモノマーが重合することにより生合成される。このようにして生成するメラニン色素は、皮膚や髪等のメラニン産生細胞内に小粒となって存在しており、水に不溶で、熱濃硫酸や強アルカリに可溶な高分子化合物であり、その構造は明らかになっていない。
【0006】
基質のチロシン又はDOPAにチロシナーゼを作用させることによりドーパキノンを経て生成するモノマーの重合によりメラニンを製造することも試みられている。チロシナーゼとしては、マッシュルームから精製されたチロシナーゼ標品やマウスやハムスターの細胞から分離されたチロシナーゼ標品が市販されている。
しかし、チロシナーゼを用いて製造したメラニン色素は水に不溶であり、すみやかに沈殿する。繊維や皮革などの染料として利用する場合、不溶性の高分子色素は組織に浸透することができず、対象を染めることはできない。
従って、メラニンを染料などに利用するためには、これを染色対象中に浸透させるための工夫が必要になる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、メラニン前駆体の効率的な製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本発明者は研究を重ね、以下の知見を得た。
(1) メラニンは水に溶け難い高分子であるため、例えば染料として用いる場合に対象物中に浸透させることが難しいが、重合体であるメラニンの構成モノマーの混合物(メラニン前駆体)の形で染料として用いれば、対象物品中に容易に浸透させることができる。さらに、染色対象物中で容易に重合させてメラニンを生成することができる。
(2) カテコールオキシダーゼはL-チロシン、D-チロシン、L-DOPA、D-DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物に対する親和性は高いが、その酸化生成物であるドーパクロムに対しては親和性が低い。即ち、基質化合物に対して過剰量のカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞又は過剰量のカテコールオキシダーゼ活性を示す酵素を作用させることより、酵素反応生成物であるドーパクロムの非酵素的な酸化が進行する前に基質化合物を急速に酵素酸化する事によりメラニン前駆体を効率的に蓄積させることができる。
(4) ドーパクロム溶液のpHを5〜7に調整し、この溶液を酸素の存在下で上記pHを維持しつつ保存する、あるいはpHを3〜5に調整しこの溶液を酸素非存在下で上記pHを維持しつつ保存する、あるいはpHを5〜10に調整し、この溶液を酸素非存在下で上記pHを維持しつつ保存することにより、効率よく5,6-ジヒドロキシインドールを生成させることができる。即ち、ドーパクロムは、自発的な脱炭酸によって5,6-ジヒドロキシインドールに変換されるが、本発明者は、ドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドールへの効率的な変換方法を見出した。
(5) ドーパクロム溶液に水溶性有機溶媒を添加して保存することにより、ドーパクロムが効率的に5,6-ジヒドロキシインドールに変換される。ただし、アミノエタノールのような塩基性を示す水溶性有機溶媒を用いた場合、5,6-ジヒドロキシインドールカルボン酸に効率よく変換され、安定に保存できる。
(6) ドーパクロム溶液に塩を添加して保存することにより、効率よく、ドーパクロムが5,6-ジヒドロキシインドールに変換される。
(7) ドーパクロム溶液に2価銅イオンを添加して保存することにより、非酵素的に効率よく、ドーパクロムが5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸に変換される。
(8) ドーパクロム溶液に緩衝剤、特にリン酸緩衝剤を添加し、-80〜-0℃程度の低温で保存することにより、非酵素的に効率よく、ドーパクロムが5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸に変換される。
【0009】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、以下のメラニン前駆体の製造方法を提供する。
【0010】
1. 反応液中に、チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物と、以下の(a)、(b)、 (c) 、及び(d)の1以上の要因で高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞とを存在させた状態で、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と、
反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程と
を含むメラニン前駆体の製造方法。
(a) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている。
(b) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を複数コピー有する。
(c) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする変異した遺伝子を有することにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
(d) チロシナーゼ活性化処理されることにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
【0011】
2. L-DOPAを基質として用いた場合の細胞のカテコールオキシダーゼ活性が0.1U/OD600以上である項1に記載の方法。
3. 1molのL-DOPAを基質として用いた場合のカテコールオキシダーゼ活性が、5×105U/mol以上である項1又は2に記載の方法。
4. カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドがチロシナーゼである項1、2又は3に記載の方法。
【0012】
5. チロシナーゼが、アスペルギルス(Aspergillus)属糸状菌、ニューロスポラ(Neurospora)属糸状菌、リゾムコール(Rhizomucor)属糸状菌、トリコデルマ(Tricoderma)属糸状菌、ペニシリウム(Penicillium)属糸状菌からなる群より選ばれる糸状菌のチロシナーゼである項4に記載の方法。
【0013】
6. チロシナーゼが、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)のmelBチロシナーゼ遺伝子、melDチロシナーゼ遺伝子又はmelOチロシナーゼ遺伝子にコードされるポリペプチドである項5に記載の方法。
【0014】
7. 細胞が大腸菌(Escherichia coli)、酵母及び糸状菌からなる群より選ばれる微生物細胞である項1〜6のいずれかに記載の方法。
【0015】
8. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を2価銅イオンの存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(A)を含む項1〜7のいずれかに記載の方法。
【0016】
9. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、緩衝剤の存在下で-80〜0℃保存することによりその組成を調整する組成調整工程(B)を含む項1〜8のいずれかに記載の方法。
【0017】
10. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を塩の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(C)を含む項1〜7のいずれかに記載の方法。
【0018】
11. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程において得られるメラニン前駆体を、酸素非存在下pH3〜5、酸素非存在下pH5〜10、又は酸素存在下pH5〜7に維持した状態で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(D)を含む項1〜7及び10のいずれかに記載の方法。
【0019】
12. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、水溶性有機溶媒の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(E)を含む項1〜7、10及び11のいずれかに記載の方法。
【0020】
13. チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物に対して、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素を、1molのL-DOPAを基質として用いた場合のカテコールオキシダーゼ活性が5×105U/mol以上となるようにして作用させることにより、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と、
反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程と
を含むメラニン前駆体の製造方法。
【0021】
14. カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドがチロシナーゼである項13に記載の方法。
【0022】
15. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を2価銅イオンの存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(A)を含む項13又は14に記載の方法。
【0023】
16. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、緩衝剤の存在下で-80〜0℃保存することによりその組成を調整する組成調整工程(B)を含む項13、14又は15に記載の方法。
【0024】
17. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を塩の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(C)を含む項13又は14に記載の方法。
【0025】
18. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程において得られるメラニン前駆体を、酸素非存在下pH3〜5、酸素非存在下pH5〜10、又は酸素存在下pH5〜7に維持した状態で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(D)を含む項13、14又は17に記載の方法。
【0026】
19. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、水溶性有機溶媒の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(E)を含む項13、14、17又は18に記載の方法。
【0027】
20. 項1〜19のいずれかに記載の方法により得られるメラニン前駆体。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、メラニン前駆体の効率的な製造方法が提供された。さらにいえば、本発明方法によれば、メラニン前駆体の重合によるメラニンの生成を抑制して、メラニンの構成モノマーの混合物(メラニン前駆体)を効率的に製造することができる。
【0029】
また本発明方法によればメラニン構成モノマーを簡単かつ安価に製造できるため、本発明方法はメラニン前駆体の工業的生産に好適である。
【0030】
メラニンは水難溶性の高分子であるため有機物を染色し難いが、メラニン前駆体は水溶性であるため、染色対象物にメラニン前駆体を浸透させた後に、重合させることにより効率良く対象物を染色することができる。
メラニン前駆体のうちインドール類には殺菌作用があるため、染色と同時に殺菌効果も期待できる。さらに、反応性が高いため有機物のみならずステンレスなどの金属も染色することが可能である。
また、反応条件を設定することにより、特定重合状態のメラニン(例えば平面的に重合したメラニン)になる組成のメラニン前駆体を製造することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
(I)第1のメラニン前駆体の製造方法
基本的構成
本発明の第1のメラニン前駆体の製造方法は、反応液中に、チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物と、高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞とを存在させた状態で、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と;反応液からメラニン前駆体を回収する工程とを含む方法である。
基質化合物の酸化工程
<カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチド>
カテコールオキシダーゼ活性とは、カテコールの酸化によるo-キノンの生成を触媒する活性である。カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチド(以下、「カテコールオキシダーゼ」と略称する)には、カテコールオキシダーゼ、モノフェノールオキシダーゼ、ジフェノールオキシダーゼ、o-ジフェノラーゼ、チロシナーゼ等と称されている酵素が含まれる。これらは、通常、モノフェノールオキシダーゼ活性を有する。このほかモノフェノールオキシダーゼは有していないが、ポリフェノールオキシダーゼ活性を有しているラッカーゼ、ペルオキシダーゼもカテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドに含まれる。カテコールオキシダーゼ中でも、L-DOPAに対して親和性が高いために天然型メラニン前駆体を効率よく製造できる点で、チロシナーゼを使用することが好ましい。
【0032】
カテコールオキシダーゼは、どのような生物に由来する酵素であってもよいが、特に、発現効率がよく、かつ宿主細胞内で安定であることから、糸状菌由来のチロシナーゼが好ましい。このような糸状菌としては、アスペルギルス属糸状菌、ニューロスポラ属糸状菌、リゾムコール属糸状菌、トリコデルマ属糸状菌、ペニシリウム属糸状菌などが挙げられる。中でも、熱に対して比較的安定であり、かつ安全性が確かめられている点で、アスペルギルス属糸状菌のチロシナーゼが好ましく、具体的には、アスペルギルス・オリゼのmelB遺伝子(特開2002-191366号公報)、melD遺伝子(特願2002-373069)又はmelO遺伝子(Molecular cloning and nucleotide sequence of the protyrosinase gene, melO, from Aspergillus oryzae and expression of the gene in yeast cells.Biochim Biophys Acta. 1995 Mar 14;1261(1):151-154.)にコードされるチロシナーゼを挙げることができる。
<細胞>
高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞としては、以下の(a)、(b)、(c)又は/及び(d)の細胞を用いる。
(a) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている。
(b) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を複数コピー有する。
(c) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする変異した遺伝子を有することにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
(d) チロシナーゼ活性化処理されることにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
【0033】
具体的には、例えば、タンパク質の大量発現用に通常用いられているベクターにカテコールオキシダーゼ遺伝子をクローニングしたものを宿主細胞に導入し、宿主染色体に組み込むか又はこれをプラスミド状態で有する宿主細胞を培養することによりカテコールオキシダーゼを大量に産生させることができる。これにより、その遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させればよい。
【0034】
また、例えば、カテコールオキシダーゼ遺伝子を複数コピー保持する可能性のある2倍体以上の細胞にカテコールオキシダーゼ遺伝子を導入したものを用いればよい。また、例えば実用酵母の中には、3倍体や4倍体の細胞も存在するため、これらも好適に使用できる。このようにして、その遺伝子本来よりコピー数を多くすることにより、高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞とすることができる。
【0035】
さらに、カテコールオキシダーゼ遺伝子の変異により、カテコールオキシダーゼ活性が高くなった細胞又はこのような変異カテコールオキシダーゼ遺伝子を導入した細胞も使用できる。このようにして、天然型酵素より高い活性を示す変異型酵素とすることにより、高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞とすることができる。
【0036】
また後述するように、2価銅イオンを配位させる処理や、pH2.8〜3.2程度の酸性溶液での処理などを施すことにより、そのカテコールオキシダーゼ活性を高めた細胞を用いることもできる。
【0037】
中でも、(a)のカテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている細胞が好ましい。
【0038】
カテコールオキシダーゼを産生させる細胞の種類は、特に限定されないが、大量培養が容易である点で微生物であることが好ましい。使用し易い微生物としては、大腸菌、酵母及び糸状菌等を挙げることができる。中でも、安全で、カテコールオキシダーゼの産生効率がよく、さらに単細胞であり、かつ細胞の沈降速度が速いため、比較的低速回転の遠心分離で反応後の細胞を分離できる点で酵母を用いることが好ましい。中でも、菌体が堅牢であるために菌体由来のタンパク質の反応液中への流出が抑えられ、かつ遺伝子操作が容易である点で、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)が好ましい。
カテコールオキシダーゼ、特にチロシナーゼが活性を示すためには触媒活性中心に2価銅イオンが配位することが必要である。野生型細胞ではカテコールオキシダーゼの発現量が少ないため、その細胞内に存在する2価銅イオンの配位により十分活性を示すが、形質転換等によりカテコールオキシダーゼの発現量が向上している細胞では十分なカテコールオキシダーゼ活性が得られない場合がある。従って、上記(a)〜(d)のいずれの細胞を用いる場合も、細胞を予め2価銅イオンで処理することにより、カテコールオキシダーゼの触媒活性中心に2価銅イオンを配位させることが好ましい。具体的には、形質転換体を0.1〜2mM程度の例えば硫酸銅溶液に懸濁し、30〜40℃程度で0.5〜2時間程度静置することにより、細胞内のカテコールオキシダーゼに十分に2価銅イオンを配位させることができる。
また、上記(a)〜(d)のいずれの細胞を用いる場合も、カテコールオキシダーゼの中でもチロシナーゼ、特にアスペルギルス・オリゼ由来のチロシナーゼは、pH2.8〜3.2程度の酸性溶液で処理することにより、成熟化し、活性化する。従って、例えば、20〜200mM程度の酢酸ナトリウム緩衝溶液(pH=3)に懸濁し、0〜40℃程度で0.5〜1時間程度静置することにより、カテコールオキシダーゼ活性を一層向上させることができる。
細胞が酵母の場合、L-DOPAを基質として用いた場合に、0.1 U/OD600以上、好ましくは0.5 U/OD600以上、さらに好ましくは1U/OD600以上のカテコールオキシダーゼ活性を有する細胞を用いることが好ましい。酵母以外の細胞の場合も同様のカテコールオキシダーゼ活性を有する細胞を用いればよい。細胞のカテコールオキシダーゼ活性の上限は特に限定されないが、通常5U/OD600程度である。
【0039】
さらに、1molのL-DOPAを基質として用いた場合に、通常5×105U/mol以上、好ましくは5×106U/ mol以上となるようにすればよい。L-DOPA 1mol当たりのカテコールオキシダーゼ活性の上限は特に限定されないが、通常5×107U/ mol程度もあれば十分であり、それ以上はコスト高になる。
本発明において細胞のカテコールオキシダーゼ活性及び酵素のカテコールオキシダーゼ活性は実施例に記載の方法により測定される活性である。
【0040】
本発明方法においては、高いカテコールオキシダーゼを示す細胞を用いることにより、細胞内に、基質に対してカテコールオキシダーゼが過剰に存在する状態となる。これにより、基質化合物から生成したメラニン前駆体がさらに重合してメラニンが生成する速度より速く基質化合物からメラニン前駆体が生成し、反応系にメラニン前駆体が効率良く蓄積する。
【0041】
なお、細胞は、例えば担体結合法、包括法、架橋法、光架橋法のような公知の方法で固定化したものを用いることができ、これにより細胞を効率よく利用し、使用後は容易に反応系から分離することが可能となる。
<プロモーター>
高活性プロモーターの使用により大量にカテコールオキシダーゼを産生させる場合には、プロモーターは、この遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターであればよく、特に限定されない。使用する宿主に合わせて適したプロモーターを使用すればよい。
【0042】
例えば宿主として大腸菌を用いる場合は、T7プロモーター、tacプロモーター、tacIプロモーター、lacZプロモーター、trpプロモーター、BADプロモーター、lacプロモーター、λPLプロモーター、spaプロモーター、sp6プロモーター、lppプロモーターなどが挙げられる。中でも、T7プロモーター、tacプロモーター、trpプロモーターが好ましく、T7プロモーターがより好ましい。
【0043】
宿主として酵母を用いる場合は、SED1プロモーター、ADH1プロモーター、PGKプロモーター、GAPDHプロモーター、TDH1プロモーター、PHO5プロモーター、GAL4プロモーター、GAL10プロモーター、CUP1プロモーターなどが挙げられる。中でも、SED1プロモーター、ADH1プロモーター、PGKプロモーター、GAPDHプロモーターが好ましく、SED1プロモーターがより好ましい。
【0044】
宿主として麹菌を用いる場合は、melOプロモーター、glaAプロモーター、マンガン・スーパーオキシドディスムターゼプロモーター(sodMプロモーター)、銅、亜鉛・スーパーオキシドディスムターゼプロモーター、チトクロームP450プロモーター、カタラーゼAプロモーター、カタラーゼBプロモーター、スモールV−ATPaseプロモーター、アクチンプロモーター、ヒストンH2プロモーター(以上、特開2001-224381に記載);クルシフォーム結合タンパク質プロモーター、ペプチジルプロリルシストランスイソメラーゼプロモーター、ユビキチンコンジュゲーテリング酵素プロモーター、ATP依存性トランスポータープロモーター、H+トランスポーティングATPシンターゼプロモーター、ユビキチンプロモーター、Rab5様GTPaseプロモーター、リボソーム蛋白質L37プロモーター、リボソーム蛋白質S16プロモーター、ホスファチジルシンテターゼプロモーター、mRNA除去因子Iの25kDaサブユニットプロモーター、ヒストンH3サブユニットプロモーター、26Sプロテアソームp44.5蛋白質プロモーター、酵母由来飢餓生存蛋白質プロモーター、推定膜蛋白質プロモーター、脂質トランスポーターPOX18様蛋白質プロモーター、ペルオキシソーム膜蛋白質per10様蛋白質プロモーター、液胞H+ATPaseサブユニットプロモーター、DNA結合P52/P100複合体100kDaサブユニットプロモーター、アデノシンキナーゼプロモーター、複製因子A様蛋白質プロモーター、T. reesei様プロテインキナーゼプロモーター、カルシウム結合蛋白質プロモーター、マンノース結合蛋白質プロモーター、ソルビトールユーティリゼーション蛋白質プロモーター、チオレドキシンプロモーター、チトクロームCプロモーター、マンノースレクチンプロモーター、マンガンスーパーオキシドディスムターゼ2プロモーター、sar1プロモーター、d12-デサチュラーゼプロモーター、d9-デサチュラーゼプロモーター、d6-デサチュラーゼプロモーター、アルコールアシルトランスフェラーゼプロモーター、ccg-9プロモーター(以上、特開2002-320477に記載);GTP結合タンパク質プロモーター、ATP合成酵素プロモーター、シャペロンプロモーター、熱ショックタンパク質プロモーター、熱ショックタンパク質活性化タンパク質プロモーター、G4核酸結合タンパク質プロモーター、ATP/ADPキャリアータンパク質プロモーター(以上、特開2003-61659に記載);黒麹菌由来のマンガン・スーパーオキシドディスムターゼプロモーター(特開2003-164283に記載)などが挙げられる。中でも、sodMプロモーター、melOプロモーター、glaAプロモーターが好ましく、sodMプロモーターがより好ましい。
<基質化合物>
基質化合物としては、チロシン、DOPA及びDOPA類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を使用する。チロシン、DOPA及びDOPA類縁体は、L体又はD体のいずれであってもよい。類縁体としては、ドーパミン(Dopamine)や、DOPA又はチロシンの低級(炭素数1〜4)アルキルエステル、およびα−低級(炭素数1〜4)アルキルDOPA、α−低級(炭素数1〜4)アルキルチロシン等を例示できる。中でも、天然型メラニン前駆体が得られる点で、L-チロシン又は/及びL-DOPAを用いることが好ましく、酵素に対する親和性の点でL-DOPAを用いることがより好ましい。
【0045】
基質は1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
<反応>
反応開始時の基質の濃度は、通常10〜60mM程度とすることが好ましく、15〜25mM程度とすることがより好ましい。上記範囲であれば、十分量のメラニンを得ることができるとともに、メラニン生成量が増加し過ぎることによるメラニン前駆体の収率低下や未反応DOPAの残存が生じない。
【0046】
また反応液のpHは、酵素が基質の酸化反応を触媒できる範囲であればよく特に限定されないが、通常4〜9程度に維持することが好ましく、5〜7程度に維持することがより好ましい。余りに低pHであると基質の酸化が進行せず、逆に余りに高pHであると生成したメラニンが蓄積せずに重合してしまうが、上記範囲であれば、メラニンの生成を抑えて反応液中に効率よくメラニン前駆体を蓄積させることができる。
【0047】
反応液のpHは、反応液として緩衝液を用いることにより上記範囲に維持することもできるが、塩濃度が高いとメラニン前駆体の重合によるメラニンの生成が促進される場合があるため、KOH、NaOHのような強アルカリ及びH2SO4、HClのような強酸を少量添加することにより調整することが好ましい。
【0048】
反応液中の細胞量は、1molのL-DOPAを基質とした場合のカテコールオキシダーゼ活性が、5×105U/mol以上となる範囲内で、少なければ少ないほど良い。細胞投入量は、通常反応液の体積に対して20容量%以下が好ましく、10容量%以下がより好ましい。上記の範囲内であれば、反応後の菌体分離を容易に行えることにより、メラニン前駆体の収率を高くすることができる。
【0049】
反応温度は、酵素が基質の酸化反応を触媒できる範囲であればよく特に限定されないが、通常15〜35℃程度に維持することが好ましく、20〜30℃程度に維持することがより好ましい。上記範囲内であれば、十分に酸化反応が進行するとともに、酵素が失活し難く、またメラニン化が進行し難い。
【0050】
反応開始直後は、酸化反応に大量の酸素が必要であるため、大量に通気することが好ましい。但し、攪拌速度が速すぎると細胞が損傷するため、反応液中の酸素濃度を監視し、酸素濃度が低下しなくなれば通気量および攪拌速度を減少することが好ましい。反応液中の酸素濃度は0.1〜8ppm程度に維持することが好ましく、1〜2ppm程度に維持することがより好ましい。通気や撹拌により反応液中に大量の泡が生じる場合は、シリコーン樹脂のような消泡剤を添加してもよい。
【0051】
反応は、バッチ式又は連続式の何れであってもよい。未反応の基質と生成物を分離できる点でバッチ式が好ましい。バッチ式の場合の反応時間は、通常10分〜2時間程度とするのが好ましく、30分〜1時間程度とするのがより好ましい。余りに長時間反応させると生成したメラニン前駆体の重合反応が進行してしまうため収率が低下するが、この程度であれば、重合反応を最小限に抑えながら基質化合物を十分メラニン前駆体に変換できる。
【0052】
連続式の場合は、基質濃度が10〜60mM程度、特に15〜25mM程度になるように細胞を含む反応容器に基質を供給しつつ反応液を連続的に回収すればよい。あるいは酵素または細胞を固定化した担体を充填したカラムに1〜10mM程度、特に3〜6mM程度になるような基質と、電子供与体として基質の2倍濃度の過酸化水素とを添加すればよい。
【0053】
基質化合物としてチロシン又はDOPAを用いる場合は、上記酵素反応により基質化合物が酸化されてドーパクロムが生成する。この反応液を、静置すればドーパクロムの自発的な脱炭酸により5,6-ジヒドロキシインドールが生成し、或いは、細胞中に含まれるドーパクロムトートメラーゼにより、あるいは非酵素的な異性化によりドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸が生成する。これにより、ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸を含むメラニン前駆体が得られる。
【0054】
細胞を用いた酸化工程の後、直ぐに回収工程へ移り、反応液への酸素供給を遮断して組成を調整することにより、ドーパクロムの比率が高いメラニン前駆体が得られる。
【0055】
また基質化合物として、例えばドーパミン(Dopamine)を用いる場合は、基質化合物の酸化によりドーパミンクロム(Dopaminchrome)が生成する。この反応液を静置すればジヒドロキシインドールが生成し、これによってもメラニン前駆体が得られる。
【0056】
またメラニン前駆体には、これらが2〜5分子程度重合した水溶性オリゴマーが含まれる場合もある。
【0057】
この他、基質にシステイン又はグルタチオンのようなチオール化合物、コウジ酸などの異種化合物を添加しておくことにより、前述したメラニン前駆体構成成分にこれらの異種化合物が結合し、又は/及び、これらの異種化合物が混在するメラニン前駆体が得られる。これらの異種化合物は、酸化反応工程の途中又はその後、又は、後述する組成調整工程の途中又はその後に反応液に添加することもできる。チロシン、DOPA又はDOPA類縁体のいずれにも該当しない異種化合物を用いることにより得られる修飾されたメラニン前駆体も、本発明のメラニン前駆体に含まれる。
【0058】
基質としてDOPA又はドーパミンを用いることにより得られるメラニン前駆体は重合により黒色のメラニンになる。また基質としてチロシンのアルキルエステル又はDOPAのアルキルエステルを用いることにより得られるメラニン前駆体は重合により黄色のメラニンになる。基質としてチロシンのα−アルキルエステル又はDOPAのα−アルキルエステルを用いることにより得られるメラニン前駆体は重合により黒色のメラニンになるが、pHを調節して重合させることにより黄色〜紫のメラニンを合成することができる。また基質としてチロシンやDOPAとシステインとを併用することにより得られるメラニン前駆体は重合により褐色のメラニンになる。
組成の調整工程
前述したように、酸化工程終了後に反応液を放置するとドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドールや5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸が生じることなくメラニンが生成してしまう。これに対して、酸化工程終了後に、例えば遠心分離などの方法で反応液から細胞を除去した後、以下の処理を行うことにより、メラニン前駆体の組成を調整することができる。酸化反応終了後は、酸化を防止するため、反応液は酸素を遮断した状態とするのが望ましい。
(i)5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の比率が高い前駆体溶液の製造
<組成調整工程(A)>
カテコールオキシダーゼによる酸化工程終了後に、反応液に、通常0.1〜20mM程度、好ましくは5〜10mM程度の2価銅イオンを添加し、例えば10〜30分間程度保存することにより、メラニン前駆体中のドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸への変換が促進される。
【0059】
メラニン前駆体と2価銅イオンとの接触の際の温度は特に限定されず、酸化工程と同じ20〜30℃程度で行えばよい。また、反応液を室温下で静置してもよい。
【0060】
本発明において、「保存」とは、一定状態で静置することのみを指す用語でははく、温度や処理剤濃度などが変化する場合も含まれる。また、静置する場合の他、震盪する場合等が含まれる。
【0061】
銅イオンは、例えば硫酸銅溶液として添加することができる。
【0062】
染料の染まり易さを決める要因の1つに染料の電気的性質がある。本発明方法により得られるメラニン前駆体を染料として用いる場合は、メラニン前駆体中の5,6-ジヒドロキシインドールと5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸との比率により染料の電気的性質が異なる。従って、染色対象の材質により、5,6-ジヒドロキシインドールと5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸との比率を適宜調整できれば便利である。5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸が多く含まれるメラニン前駆体は、例えばケラチンからなる繊維を染色するのに適している。
<組成調整工程(B)>
また、カテコールオキシダーゼによる酸化工程後に、反応産物であるメラニン前駆体を緩衝剤の存在下で、通常-80〜0℃程度、好ましくは-30〜-10℃程度で保存することができる。これによっても、メラニン前駆体中のドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸への変換が促進される。
【0063】
具体的には、反応液に緩衝剤を添加することにより緩衝液とすればよい。緩衝液の種類は、pH4〜9程度の範囲で緩衝能を有するものであればよく、特に限定されないが、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸への変換効率が高くなる点で、リン酸緩衝液が好ましい。リン酸緩衝液は、リン酸のみ含む緩衝液でもよく、その他の成分を含むものであってもよい。前者としては、リン酸ナトリウム緩衝液、リン酸カリウム緩衝液などを例示できる。後者としては、クエン酸−リン酸ナトリウム緩衝液、トリス−リン酸緩衝液を例示できる。
【0064】
反応液中の緩衝剤の濃度は、例えば10mM〜500mM程度、好ましくは50mM〜200mM程度とすればよい。上記の緩衝剤濃度範囲であれば、緩衝剤の効果が十分に得られるとともに、メラニンの重合が促進されることがない。
【0065】
また上記の保存温度範囲であれば、変換反応が十分効率的に進行するとともに、メラニンの生成量が増加し難い。
【0066】
保存期間は、通常1〜7日間程度とすればよい。
(ii)5,6-ジヒドロキシインドールの比率が高い前駆体溶液の製造
<組成調整工程(C)>
また、カテコールオキシダーゼによる酸化工程後に、反応産物であるメラニン前駆体を塩の存在下で保存することができる。これにより、メラニン前駆体中のドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドールへの変換が促進される。
【0067】
塩の種類は特に限定されず、公知の塩を制限なく使用できる。塩としては、例えば、塩酸、硝酸、硫酸、炭酸、酢酸、リン酸のような酸のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩などが挙げられる。
【0068】
反応液中の塩濃度は、例えば0.5〜40重量%程度、好ましくは1〜5重量%程度とすればよい。塩濃度が余りにも高いと塩やメラニンが析出したりする場合があるが、上記の範囲であれば5,6-ジヒドロキシインドールへの変換が効率的に行われるとともに、塩やメラニンが析出しない。
【0069】
保存温度は特に限定されず、酸化工程と同じ20〜30℃程度で行えばよい。また、反応液を室温下で静置してもよい。保存期間は、通常30分間〜3時間程度とすればよい。
<組成調整工程(D)>
カテコールオキシダーゼによる酸化工程後に、反応液のpHを5〜7程度に調整し、酸素存在下、即ち大気雰囲気中で反応液を保存することにより、メラニン前駆体中に含まれるドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドールへの変換が促進される。
【0070】
また、反応液のpHを5〜10程度に調整し、酸素が存在しない状態又は殆ど存在しない状態で反応液を保存することによっても、5,6-ジヒドロキシインドールへの変換を促進することができる。pH5〜10程度では5,6-ジヒドロキシインドールが生成するが、pH7〜10程度では、生成した5,6-ジヒドロキシインドールが急激に酸化してしまうため、酸素非存在下で作業することにより、効率的に5,6-ジヒドロキシインドールを得ることができる。
【0071】
さらに、反応液のpHを5以下に調製し、酸素が存在しない状態又は殆ど存在しない状態で反応液を保存することによって得られる沈殿をpH5〜7で、酸素が存在しない状態又は殆ど存在しない状態で溶解させることにより、5,6-ジヒドロキシインドールが得られる。
【0072】
酸素が存在しない状態又は殆ど存在しない状態は、反応容器を密閉するか、又は、反応容器の上部気体を窒素ガス、不活性ガス(希ガス)又は二酸化炭素ガスなどで置換することにより達成できる。
【0073】
保存温度は特に限定されないが、例えば5〜40℃程度で保存すればよい。また3〜24時間程度保存すれば十分である。
<組成調整工程(E)>
また、カテコールオキシダーゼによる酸化工程後に、反応液に中性又は酸性の水溶性有機溶媒を添加して保存することによっても、メラニン前駆体中の5,6-ジヒドロキシインドールの比率を向上させることができる。
【0074】
このような水溶性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、イソブチルアルコール、s-ブチルアルコール、t-ブチルアルコールなどの低級アルコール;酢酸エチルエステルのような低級アルキルエステル;エチルエーテル、;アセトン;酢酸;アセトニトリル等が挙げられる。特に、安全性の点でアルコールが好ましく、中でもエタノール、アセトンがより好ましい。
【0075】
水溶液有機溶媒の添加量は、反応液の全量に対してアルコールの比率が、通常10〜70容量%程度、好ましくは40〜60容量%程度となるようにすればよい。溶媒添加量を多くしても特に問題はなく、逆に変換速度が速くなる、生成してしまったメラニンを除去できるという効果があるが、上記範囲であれば、実用上十分に5,6-ジヒドロキシインドールの比率を向上させることができるとともに安全に後処理を行うことができる。
【0076】
保存温度は特に限定されないが、例えば5〜40℃程度とすればよい。また、30分〜1時間程度も保存すれば十分である。
【0077】
前述した塩処理、pH5〜7下での脱酸素処理、及び中性又は酸性水溶性有機溶媒処理は、2以上を組み合わせて行うことができる。この場合の実施順序は特に制限されない。また、反応液に、塩及び/又は水溶性有機溶媒を添加して、又は/さらに、pHを5〜7に調整して酸素非存在下で保存することもできる。これらにより、5,6-ジヒドロキシインドールの比率を一層向上させることができる。
メラニン前駆体の回収工程
上記各工程の終了後に、メラニン前駆体を回収する。メラニン前駆体は、反応液中の細胞を例えば遠心分離などの手段で除去することにより回収できる。除去した細胞は、酸化工程用の容器に戻すことにより再利用することができる。なお、組成調整工程前に既に細胞を除去している場合は細胞除去は不要である。
【0078】
また反応液からメラニン前駆体を精製してもよい。即ち、反応終了後の反応液には、通気及び撹拌により細胞が破損して生じたタンパク質又は細胞から流出したタンパク質が含まれている場合がある。従って、限外ろ過、ゲルろ過クロマトグラフィー等の公知の方法で除タンパクを行うことが好ましい。なお、カテコールオキシダーゼを産生させる細胞として酵母細胞を用いる場合は、細胞壁が強固であるため、反応液中に存在する細胞由来のタンパク質は少ない又は殆どないが、メラニン前駆体を医薬品や食品などとして使用する場合は、このような細胞由来のタンパク質を厳密に除去することが望ましいため、除タンパク工程を行うのが好ましい。
【0079】
また、反応液中には、通常メラニン前駆体の他にこれらが重合したメラニンも含まれる。従って、限外ろ過などの方法でメラニンを除去することが好ましい。
【0080】
さらに、逆浸透濃縮、スプレードライ、凍結濃縮などの公知の方法で水分を除去してメラニン前駆体を濃縮することが好ましい。
【0081】
逆浸透濃縮装置は海水から純水を製造するのに用いられており、大量の溶液の処理が可能であることから、工業的にメラニン溶液を濃縮するのに適している。逆浸透濃縮装置にはバッチ型とクロスフロー型の2種類があるが、酸素が存在すると前駆体の化学的酸化が徐々に進んでしまうため、バッチ型を使用する場合は容器に空気が入らないように工夫することが望ましい。また圧力源となる窒素は出来る限り酸素含有量の少ないものを使用した方が良い。クロスフロー型装置は通常ポンプにより加圧するが、非透過液を循環させる必要があるので、あらかじめメラニン前駆体溶液を高純度窒素などにより置換し、液受けタンクも密閉型にすることが望ましい。
【0082】
回収工程では、メラニン前駆体溶液を密閉容器に入れ、又はさらに上部気体を窒素、希ガス、二酸化炭素ガス等で置換することにより、酸素を遮断することが好ましい。これにより、メラニン前駆体の酸化の進行を抑えることができ、所望の組成のメラニン前駆体とすることができる。メラニン前駆体の保存
メラニン前駆体の単品又は混合物は、そのまま、濃縮状態又は乾燥粉末状態などのいずれの形態でも保存することができる。
【0083】
ドーパクロムは、-40℃以下の低温で冷凍することにより安定に保存できる。また5,6-ジヒドロキシインドールは、酸素非存在下又は-40℃以下の低温で冷凍することにより安定に保存でき、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸は、酸素非存在下又は0℃以下の低温で冷凍することにより安定に保存できる。ドーパクロム以外は、酸素を除去すれば室温下で保存できるため、実用性が高い。
(I)第2のメラニン前駆体の製造方法
基本的構成
本発明の第2のメラニン前駆体の製造方法は、チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物に対して、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素を、1molのL-DOPAを基質として用いた場合のカテコールオキシダーゼ活性が5×105U/mol以上となるようにして作用させることにより、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と;反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程とを含む方法である。
基質化合物の酸化工程
<カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素>
カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素の種類は第1の製造方法と同様である。酵素の由来は特に限定されず、細菌、真菌、植物、動物などどのような生物に由来するものであってもよい。
この酵素は、そのまま反応液に添加して使用すればよい。また、固定化酵素とすることにより、反応液中の酵素の安定性が向上し、使用後は容易に反応系から分離することが可能となる。また、反応系にタンパク質が混入しないというメリットもある。酵素の固定化方法は特に限定されず公知の方法を採用できる。公知の固定化方法としては、例えば、固定化担体により酵素分子間を架橋する方法、アルギン酸ゲルのようなゲルに内包させる方法等が挙げられる。
酵素は、生物由来の夾雑物を含む粗標品でもよく、精製酵素でもよいが、固定化する場合は精製されたものであることが望ましい。
本発明では、基質に対して過剰量の酵素を作用させる。1molのL-DOPAを基質として用いた場合の活性は、通常5×105U/mol以上、好ましくは5×103U/mol以上となるようにすればよい。L-DOPA 1mol当たりのカテコールオキシダーゼ活性の上限は特に限定されないが、通常5×107U/mol程度もあれば十分である。
【0084】
また第1の製造方法と同様に、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素を2価銅イオンの配位や、pH2.8〜3.2程度の酸性溶液による処理などにより、活性化することが望ましい。また、この酵素は、トリプシン等の特定のペプチド結合を選択的に切断するエンドペプチダーゼのようなプロテアーゼで処理することによっても活性化することができる。プロテアーゼ処理することにより、酵素のN末端および/またはC末端側の配列が取り除かれ酵素活性が向上する。
<基質化合物>
基質化合物については、第1の製造方法と同様である。
<反応>
基質の酸化反応及びメラニン前駆体の組成の調整方法は、第1の製造方法と同様である。
メラニン前駆体の回収工程
上記各工程の終了後に、メラニン前駆体を回収する。メラニン前駆体は、反応液中の酵素を例えば限外ろ過、ろ過、遠心分離などの手段で除去することにより回収できる。除去した酵素は、酸化工程用の容器に戻すことにより再利用することができる。なお、組成調整工程前に既に酵素を除去している場合は酵素除去は不要である。
メラニン前駆体の保存
メラニン前駆体の保存方法は、第1の製造方法の場合と同様である。
実施例
以下、本発明を実施例を示してさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
<メラニン前駆体の各成分の定量方法>
各実施例では、Waters社製HPLC Alliance2695-2996を用いて、以下の条件でメラニン前駆体の各成分を検出及び定量した。
【0085】
成分の分離にはImtakt社製逆相カラムUnison UK-C18(4.6×150mm)を用い、移動相として1.5%リン酸溶液(A液)及び99.9%メタノール(B液)を用い、移動相中のB液が初発0%、5分後に50%となるようにグラジエントを設けた。流速は1.0ml/minとした。
【0086】
注入するサンプルは、サンプル10μlに対し、20mMの亜二チオン酸ナトリウム(Na2S2O4)を100μl及び1.5%のリン酸(H3PO4)溶液を890μl添加し、0.45μmのフィルターで濾過することにより調製した。これを上記カラムに20μl注入して測定を行った。
【0087】
ドーパの検出は、極大吸収波長である280nmにおける吸光度でモニターした。ドーパクロムは上記測定条件では還元されたロイコドーパクロムとして定量される。5,6-ジヒドロキシインドールは標準物質が存在するため定量が可能であるが、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸は標準物質が存在しないため定量できない。そのため、各成分濃度は280nmにおけるピークエリア面積で単純に比較した。但し、5,6-ジヒドロキシインドールの極大吸収波長は300nmであり、5,6-ジヒドロキシインドールカルボン酸の極大吸収波長は320nmであることから、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸は実際の濃度よりも少ないピークエリアが測定されている。
【実施例1】
【0088】
(アスペルギルス・オリゼのチロシナーゼ遺伝子のクローニング)
発明者らは鋭意研究の結果、麹菌Aspergillus oryzaeが米麹などの固体培養でmelBチロシナーゼ遺伝子を大量に発現することを見出した(特開2002-191366)。解析したmelB遺伝子のゲノム塩基配列を元に、常法により逆転写PCRを行いcDNAをクローニングした。
【0089】
具体的には麹菌Aspergillus oryzae OSI-1013株(産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM P-16528として寄託済み)を蒸米に接種し、常法により製麹した麹を1.5g秤量し、液体窒素中で完全に破砕した。次いで、日本ジーン社製ISOGENTMを用いて、その取扱説明書の記述に従って240μgの全RNAを抽出した。さらに120μgの全RNAからタカラバイオ株式会社製OligotexTM-dT30<Super>を用いて、その取扱説明書の記述にしたがって1μgのmRNAを精製した。このようにして得られたmRNAをもとにして、Clontech社製SMARTTM cDNA Library Construction KitによりcDNAライブラリーを作成し、PCRによりmelB cDNAのみを増幅した。
反応条件を詳述すれば、3μlのmRNA溶液(50ngのmRNAを含む)にキット添付のSMART IIIオリゴ溶液、CSD III/3' PCR primer溶液をそれぞれ1μlずつ添加し、72℃で2分間保持した後、氷上で2分間急冷した。遠心後、2μlの5×First Strand buffer、1μl のDTT(20mM)溶液、1μlのdNTP Mix (10mM)溶液、1μl のMMLV RTase溶液を添加し、42℃で1時間逆転写反応を行った。得られたcDNAライブラリーは引き続きmelB cDNAを特異的に増幅するためのテンプレートとして用いた。2μlのcDNAライブラリー溶液に80μlの滅菌蒸留水、10μlの10×Advantage 2 PCR buffer、2μl の50×dNTP mix溶液、2μl の5' PCR primer(melB開始コドンからの配列;5'-atgccctacc tcatcaccgg tatcccaaag-3';配列番号1)溶液、2μl のCSD III/3' PCR primer溶液、2μl の50×Advantage 2 polymerase mix溶液を添加した。パーキンエルマー社製サーマルサイクラーPE2400を用いて95℃で20秒間の後、95℃で5秒間及び68℃で6分間のサイクルを30回行い、反応を終了した。
得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動に供し、目的の約1.8Kbpのバンドのみが増幅されていることを確認した。また、塩基配列解析の結果、正常にイントロン配列が取り除かれていることも確認した。
【実施例2】
【0090】
酵母への組み込み
実施例1によりcDNAをInvitrogen社製大腸菌用発現ベクターpET23b、日本国特許特開2003-265177公報記載の酵母Saccharomyces cerevisiae発現ベクター(SED1プロモーター使用)、日本国特許特開2001-224381公報記載の麹菌Aspergillus oryzae発現ベクター(sodMプロモーター使用)に発現可能な状態で接続することにより、各菌体内での大量発現に成功した。ここでは酵母における発現についてのみ詳細に述べる。
SED1プロモーターは発明者らの鋭意研究の結果、対数増殖期後半から特に非常に強く発現することを見出したものである。
【0091】
プラスミド構築方法を図2に示す。SED1プロモーターとADH1ターミネーターを持つ発現ベクターのプロモーター直下のSmaI部位にPCRにより増幅したmelB cDNAを挿入した。さらに、URA3マーカー内部に存在するStuI部位で切断することにより得られるmelB cDNAを含む断片を導入用カセットとして精製した。
【0092】
宿主として使用した酵母は清酒の醸造に用いられる実用酵母・協会9号由来のウラシル要求性株を用いた。実験室酵母でなく実用酵母を利用したのは2倍体であるため、ベクターが2コピー導入される可能性があるためである。実用酵母には3倍体、4倍体のものが存在することが知られており、これらの酵母を利用すればより多くのコピー数を持つ形質転換体を得ることが可能である。
【実施例3】
【0093】
組換え酵母のチロシナーゼ活性測定
<チロシナーゼの活性化処理>
実施例2により得られた組替え酵母は遠心分離によって菌体を回収し、次いで蒸留水で洗浄することにより培地成分をよく取り除いた。菌体を、菌体質量の約10倍程度の、2mMの硫酸銅を含む50mM Tris-HCl緩衝液(pH8.0)に懸濁し4℃で一晩静置した。菌体を遠心分離により回収し、過剰な銅イオンを除去するため0.1MのEDTA溶液で洗浄した。
【0094】
銅添加処理に引き続き酸活性化処理を行った。即ち、銅添加処理し、洗浄した後の菌体を0.2Mの酢酸緩衝液(pH3.0)に懸濁し、室温で1時間静置した。活性化後の菌体は遠心分離で回収した。
<チロシナーゼ活性測定>
菌体のチロシナーゼ活性の測定は次のようにして行った。すなわち、回収した菌体の一部を水に懸濁し、その0.1mlに対して30℃に保温しておいた10mM L-DOPA(0.005Nの塩酸に溶解)0.8ml及び1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)0.1mlを添加し、30℃で5分間反応させた後、15,000rpmで30秒間遠心分離を行うことにより菌体を取り除き、DOPAの吸収極大波長である475nmにおける吸光度を測定した。菌体の懸濁量は、実験の便宜上、反応の後の反応液の475nmにおける吸光度が0.1〜0.3に収まるように調整した。
本発明において、チロシナーゼ活性の1Uは1mlのDOPA溶液を30℃で5分間反応させた場合の475nmにおける吸光度を1増加させる活性とし、反応に用いた菌体の密度(600nmにおける吸光度)で除したものを菌体のチロシナーゼ活性とした。
【0095】
菌体のチロシナーゼ活性=U/OD600
このようにして測定した各形質転換株のうち最もチロシナーゼ活性の高い酵母(チロシナーゼ活性:1.9〜4.4 U/OD600)を、YPD培地を用いて定常期まで培養し、実施例4以下に用いた。
【実施例4】
【0096】
ドーパクロムの蓄積反応
実施例3により得られた酵母の形質転換体を用いて、L-DOPAを基質としてメラニン前駆体であるドーパクロムの蓄積反応を行った。なお、同様の反応は組換え大腸菌体、組換え麹菌体でも可能であるが、ここでは特に酵母を用いた反応について記載する。
【0097】
前述したように、できるだけ高濃度のメラニン前駆体溶液を得るにはL-DOPAの初発濃度を高くすればよいが、ここでは残存DOPAを検出限界以下にし、かつ高濃度のメラニン前駆体を得るための方法について述べる。
5Lの反応槽で2Lの反応溶液の反応を行う場合、7.9gのL-DOPAを0.03N H2SO4 500mlに溶解させ、2N KOHを用いてこの溶液のpHをmelBチロシナーゼの至適pHであるpH5.5に調整した。このL-DOPA溶液に、反応液1Lあたり菌体の活性値が1.35×105U/Lとなる量の組換え酵母菌体(実施例3により得られたもの)を、バッチ式反応槽に投入し、反応を開始した。
反応温度は最適温度の25℃となるように、冷水及びヒーターにより温度調節を行った。
反応開始直後は酸化反応により生じる水素イオンの受容体として大量の酸素が必要であるため、通気量及び攪拌速度を最大とした。また、反応初期はpHが低下するため、2N KOHを滴下することによってpHを5.5に調節した。ドーパクロムは化学的に酸化される。その際は逆にpHが上昇するため0.3NのH2SO4を滴下してpHを5.5に調節した。pHの調節はオンラインモニターにより自動的に行った。
このようにして、40分間反応を行った。
反応液中の通気量及び撹拌速度の推移を図3に示す。また、反応液のpH及び酸素濃度(OD)の推移を図4に示す。また、反応液のpHを5.5に維持するために添加した2N KOH溶液及び0.3N H2SO4溶液の累積添加量を図5に示す。
反応経過観察
反応中に適宜サンプリングを行い、急速に-80℃で凍結させて保存した。保存サンプルは反応終了後、上述した方法でドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドールを定量した。反応液中のL-DOPA濃度及びメラニン前駆体濃度の推移を図6に示す。
この反応条件では5,6-ジヒドロキシインドールカルボン酸の生成はほとんど無く、無視できる程度であるため、得られる前駆体濃度はドーパクロム濃度と5,6-ジヒドロキシインドール濃度との合計である。
なお、メラニン前駆体濃度の経時的変化と、記録しておいた酸素濃度及びpH維持のための酸、アルカリ添加量の経時的変化などを照合し、反応終了の判断基準を設定した。なお、L-DOPAを検出限界以下にするために、事前に決定した条件よりも長めに反応を行った。
【実施例5】
【0098】
前駆体溶液の除タンパク
実施例4により得たメラニン前駆体溶液は、強固な細胞壁を有する酵母細胞を用いているため、メラニン前駆体溶液中に存在する菌体の破片や菌体から流出したタンパク質は存在しない又は殆ど存在しないと考えられる。しかし、本品を食品や医薬品として用いる場合、タンパク質が含まれていないことが望ましいため、限外ろ過によりタンパク質除去を行った。
【0099】
限外ろ過装置として、ダイセンメンブラン社製限外濾過モジュール・モルセップFS10-FUS0181(分画分子量1万)を用いた。ろ過により得られた溶液をSDS-PAGEに供し、銀染色を行うことにより、除タンパクされていることを確認した。一般に行われているように280nmにおける吸光度を測定する方法を採用しなかったのは、ドーパクロム自身が280nm付近に吸収を持つこと、及び、インドールの反応性が高いため呈色試薬と反応し易いなどの理由による。銀染色の結果、限外濾過後はタンパク質と考えられるバンドは検出されなかった。
【実施例6】
【0100】
前駆体溶液の濃縮
反応により得られるメラニン前駆体濃度を高くするために、当初の基質(L-DOPA)濃度を高くすると、反応後に得られるメラニン前駆体溶液中にL-DOPAが検出される。逆に実施例4で用いたような比較的低濃度のL-DOPAを用いると高濃度のメラニン前駆体溶液が得られない。
従って、実施例5により除タンパクしたメラニン前駆体溶液を以下のようにして濃縮した。濃縮には、海水から純水を製造するのに用いられるクロスフロー型逆浸透濃縮装置(日東電工マテックス社製)を用いた。この装置は、概略構成を図7に示すように、メラニン前駆体溶液を入れた密閉タンクと逆浸透濃縮モジュールNTR7410-HG-S4Fとの間で溶液を循環させるものであり、逆浸透濃縮モジュールにより生成する純水は、このモジュールから透過水タンクに導かれる。純水の生成に伴い、タンク内にメラニン前駆体が濃縮される。循環はポンプにより圧力2Mpaで行った。
この結果、約30分間の操作により50Lのメラニン前駆体溶液が約30Lに濃縮された。濃縮中の溶液を経時的にサンプリングし、HPLCにより、メラニン前駆体中の5,6-ジヒドロインドール濃度を測定した。濃縮によりメラニン前駆体透過液中にはメラニンは殆ど生成しておらず、メラニン前駆体(5,6-ジヒドロインドール濃度で代表される)の回収率は85%以上であった。濃縮による溶液中の5,6-ジヒドロインドール濃度の推移を図8に示す。
このようにして得られた濃縮後の溶液を-80℃での凍結保存が可能であった。また、濃縮液を超高純度窒素ガスで置換後アンプルに封入し、40℃で保存したところ、図9に示すように、1年間安定に保存できた。
【実施例7】
【0101】
前駆体の粉末化
製造したメラニン前駆体は粉末化することもできる。実施例6により得られたメラニン前駆体溶液をヤマト科学社製のスプレードライ・パルビスGB22を用いて粉末化した。
【0102】
実施例6により得られた濃縮メラニン前駆体、脱酸素剤を同封した濃縮メラニン前駆体、乾燥メラニン前駆体、及び、脱酸素剤を同封した乾燥メラニン前駆体をそれぞれ40℃で保存した。経時的に、5,6-ジヒドロキシインドール含有量を測定した結果を図10に示す。図10から明らかなように、脱酸素剤を同封して酸素非存在の状態にすることにより、メラニン前駆体は1年間安定に保存できることが分かる。特に、乾燥状態で酸素を遮断することにより高い安定性が得られた。
【0103】
なお、図示しないが、脱酸素剤を同封した乾燥メラニン前駆体は、40℃で3ヶ月以上安定に保存できた。
【実施例8】
【0104】
pHによる前駆体溶液の組成コントロール
実施例5により除タンパクされたメラニン前駆体溶液(主にドーパクロムを含む)について5つのサンプルを作り、それぞれpHを2、4、6、8及び10に調整し、全てのサンプルをマイクロチューブに封入することにより容器内に酸素が存在しない状態とし、40℃で2時間保存した。
保存後の各サンプル中に含まれる5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸濃度及び5,6-ジヒドロキシインドール濃度をHPLCを用いて測定した。
【0105】
結果を図11に示す。この結果、pH5〜7で保存する場合に、5,6-ジヒドロキシインドールの比率が高くなり、またドーパクロムが殆ど全て5,6-ジヒドロキシインドールに変換されることが分かる。pHが高くなるほどメラニン前駆体溶液中の5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の割合が大きくなっている。また、pH2及びpH4では沈殿が生成した。
【実施例9】
【0106】
有機溶媒による前駆体溶液の組成コントロール
実施例5により除タンパクすることにより得られたメラニン前駆体溶液(ドーパクロムを主に含む)にエタノールを、全量に対して50容量%になるように添加し、室温で2時間保存した。同様にして、前駆体溶液の全量に対して50容量%になるように、アセトン及び水をそれぞれ加え、室温で2時間保存した。保存後の各溶液中のドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸及び5,6-ジヒドロキシインドールの各濃度をHPLCで測定した。
【0107】
結果を図12に示す。中性又は酸性の水溶性溶媒であるメタノール、エタノール、アセトン、アセトン、2-プロパノール及びアセトニトリルの存在下でメラニン前駆体溶液を保存することにより、ドーパクロムが効率的に5,6-ジヒドロキシインドールに変換されたことが分かる。また、塩基性の水溶性有機溶媒である2-アミノエタノールの存在下でメラニン前駆体溶液を保存することにより、ドーパクロムが効率的に5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸に変換されたことが分かる。
また、エタノール又はアセトンを添加して保存することにより、同量の水を添加して保存する場合に較べて5,6-ジヒドロキシインドールの収量が多くなることが分かる。
【実施例10】
【0108】
リン酸緩衝液による前駆体溶液の組成コントロール
実施例5により除タンパクすることにより得られたメラニン前駆体溶液(ドーパクロムを主に含む)に、1Mリン酸緩衝液を添加することにより、メラニン前駆体を含むpH6.0の0.1Mリン酸緩衝液とした。この前駆体溶液を−20℃程度で7日間保存し、経時的にサンプリングして、HPLCで、ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸を定量した。
結果を図13に示す。図13から、酸成分としてリン酸を含むリン酸緩衝液中で低温保存することにより、ドーパクロムが効率よく5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸に変換されたことが分かる。なお前述したように、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の280nmにおけるピークエリアから算出した濃度は実際の濃度より低くなるため、実際には、ドーパクロムの殆ど全てが5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸に変換されていると考えられる。
【実施例11】
【0109】
塩溶液による前駆体溶液の組成コントロール
実施例5により除タンパクすることにより得られたメラニン前駆体溶液(ドーパクロムを主に含む)に、最終濃度2.5%になるように塩化ナトリウム及びアスコルビン酸ナトリウム溶液をそれぞれ添加し、室温で45分間静置した。
【0110】
静置後のメラニン前駆体溶液中のドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の各濃度をHPLCで測定した。また、塩を添加せずにメラニン前駆体溶液をそのまま室温で静置したコントロール溶液についても同様にして測定した。
結果を図14に示す。図14から明らかなように、メラニン前駆体に塩を添加することによりドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸への変換が促進されたことが分かる。特にアスコルビン酸ナトリウムを添加した場合、その酸化防止作用が相乗効果をもたらし、著量の5,6-ジヒドロキシインドールが蓄積することが分かる。
【実施例12】
【0111】
2価銅イオンによる前駆体溶液の組成コントロール
実施例5により除タンパクすることにより得られたメラニン前駆体溶液(ドーパクロムを主に含む)に最終1mMとなるように硫酸銅を添加して、室温で15分間静置した。
【0112】
静置後のメラニン前駆体溶液中のドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の各濃度をHPLCで測定した。また、2価銅イオンを添加せずにメラニン前駆体溶液をそのまま室温で静置したコントロール溶液についても同様にして測定した。
【0113】
結果を図15に示す。図15から明らかなように、メラニン前駆体に2価銅イオンを接触させることによりドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸への変換が促進されたことが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】メラニンの生合成経路を示す図である。
【図2】アスペルギルス・オリゼのmelBチロシナーゼ遺伝子導入カセットの構築方法を説明する図である。
【図3】実施例4における、チロシナーゼ産生細胞によるL-DOPAの酸化反応中の撹拌速度及び通気量の推移を示す図である。
【図4】実施例4における、チロシナーゼ産生細胞によるL-DOPAの酸化反応中の反応液のpH及び酸素濃度の推移を示す図である。
【図5】実施例4における、チロシナーゼ産生細胞によるL-DOPAの酸化反応中に添加した酸及びアルカリの累積量を示す図である。
【図6】実施例4における、チロシナーゼ産生細胞によるL-DOPAの酸化反応の反応液中のL-DOPA濃度及びメラニン前駆体濃度の推移を示す図である。
【図7】実施例6においてメラニン前駆体溶液の濃縮に用いた逆浸透濃縮装置の概略構成を示す図である。
【図8】実施例6のメラニン前駆体溶液の濃縮工程における5,6-ジヒドロキシインドール濃度及び濃縮倍率の推移を示す図である。
【図9】濃縮メラニン前駆体が酸素非存在下で40℃保存できたことを示す図である。
【図10】乾燥メラニン前駆体が酸素非存在下で40℃保存できたことを示す図である。
【図11】pHによるメラニン前駆体溶液の組成の調整結果を示す図である。
【図12】水溶性有機溶媒によるメラニン前駆体溶液の組成の調整結果を示す図である。
【図13】リン酸緩衝液によるメラニン前駆体溶液の組成の調整結果を示す図である。
【図14】塩溶液による前駆体溶液の組成の調整結果を示す図である
【図15】2価銅イオンによるメラニン前駆体溶液の組成の調整結果を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、化粧品、ガラス、プラスティック、食品等に添加されるメラニン前駆体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メラニンは、動物及び植物に広く存在する黄色〜黒色の色素であり、紫外線吸収機能、ラジカル捕獲機能、酸化防止機能などを有することが知られている。メラニンは、生体由来の物質であり安全性が高いことから、化粧品、食品等の添加剤として広く使用されている。
【0003】
例えば、メラニンは、日焼け防止クリーム、サングラス等に配合することによりこれらに紫外線吸収機能を持たせるために用いられている。また、食品やプラスティックの酸化防止剤としても使用されている。さらに、色素として白髪染めなどにも添加されている。
【0004】
このように、メラニンは非常に有益な物質であるため、その製造方法が種々検討されてきた。従来行われているメラニン製造法は、自然界に存在するメラニンの抽出、化学合成及びチロシナーゼを用いた酵素反応に大別される。
【0005】
例えばメラニンを比較的大量に産生するオーレオバシジウム属微生物、アスペルギルス属微生物、ストレプトマイセス属微生物の培養物からメラニンを抽出及び精製することができる。しかし、野生型の微生物のメラニン産生量は限られており、実用上十分な量を製造するのは困難である。また、ストレプトマイセス属のチロシナーゼは分泌型であるため、培養菌体を再利用できず、効率が悪い。
また、ヤリイカの墨袋から抽出する方法も知られているが、ヤリイカの墨袋中のメラニンは溶解性が悪いとされている。
また、チロシンなどを原料として化学合成することも可能であるが、強力な酸化反応が必要であり、複雑でコスト高な技術を要する。チロシンを過酸化水素中で酸化させ、さらに重合反応を経てメラニンを合成する方法も知られているが、得られるメラニンは水に不溶であり、化粧品や染料などとして使用し難い。
図1に示すように、生体内において、メラニン色素は、メラニン生成酵素であるチロシナーゼが、基質であるチロシン又は3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)の酸化を触媒することにより生成するドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のようなモノマーが重合することにより生合成される。このようにして生成するメラニン色素は、皮膚や髪等のメラニン産生細胞内に小粒となって存在しており、水に不溶で、熱濃硫酸や強アルカリに可溶な高分子化合物であり、その構造は明らかになっていない。
【0006】
基質のチロシン又はDOPAにチロシナーゼを作用させることによりドーパキノンを経て生成するモノマーの重合によりメラニンを製造することも試みられている。チロシナーゼとしては、マッシュルームから精製されたチロシナーゼ標品やマウスやハムスターの細胞から分離されたチロシナーゼ標品が市販されている。
しかし、チロシナーゼを用いて製造したメラニン色素は水に不溶であり、すみやかに沈殿する。繊維や皮革などの染料として利用する場合、不溶性の高分子色素は組織に浸透することができず、対象を染めることはできない。
従って、メラニンを染料などに利用するためには、これを染色対象中に浸透させるための工夫が必要になる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、メラニン前駆体の効率的な製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本発明者は研究を重ね、以下の知見を得た。
(1) メラニンは水に溶け難い高分子であるため、例えば染料として用いる場合に対象物中に浸透させることが難しいが、重合体であるメラニンの構成モノマーの混合物(メラニン前駆体)の形で染料として用いれば、対象物品中に容易に浸透させることができる。さらに、染色対象物中で容易に重合させてメラニンを生成することができる。
(2) カテコールオキシダーゼはL-チロシン、D-チロシン、L-DOPA、D-DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物に対する親和性は高いが、その酸化生成物であるドーパクロムに対しては親和性が低い。即ち、基質化合物に対して過剰量のカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞又は過剰量のカテコールオキシダーゼ活性を示す酵素を作用させることより、酵素反応生成物であるドーパクロムの非酵素的な酸化が進行する前に基質化合物を急速に酵素酸化する事によりメラニン前駆体を効率的に蓄積させることができる。
(4) ドーパクロム溶液のpHを5〜7に調整し、この溶液を酸素の存在下で上記pHを維持しつつ保存する、あるいはpHを3〜5に調整しこの溶液を酸素非存在下で上記pHを維持しつつ保存する、あるいはpHを5〜10に調整し、この溶液を酸素非存在下で上記pHを維持しつつ保存することにより、効率よく5,6-ジヒドロキシインドールを生成させることができる。即ち、ドーパクロムは、自発的な脱炭酸によって5,6-ジヒドロキシインドールに変換されるが、本発明者は、ドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドールへの効率的な変換方法を見出した。
(5) ドーパクロム溶液に水溶性有機溶媒を添加して保存することにより、ドーパクロムが効率的に5,6-ジヒドロキシインドールに変換される。ただし、アミノエタノールのような塩基性を示す水溶性有機溶媒を用いた場合、5,6-ジヒドロキシインドールカルボン酸に効率よく変換され、安定に保存できる。
(6) ドーパクロム溶液に塩を添加して保存することにより、効率よく、ドーパクロムが5,6-ジヒドロキシインドールに変換される。
(7) ドーパクロム溶液に2価銅イオンを添加して保存することにより、非酵素的に効率よく、ドーパクロムが5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸に変換される。
(8) ドーパクロム溶液に緩衝剤、特にリン酸緩衝剤を添加し、-80〜-0℃程度の低温で保存することにより、非酵素的に効率よく、ドーパクロムが5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸に変換される。
【0009】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、以下のメラニン前駆体の製造方法を提供する。
【0010】
1. 反応液中に、チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物と、以下の(a)、(b)、 (c) 、及び(d)の1以上の要因で高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞とを存在させた状態で、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と、
反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程と
を含むメラニン前駆体の製造方法。
(a) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている。
(b) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を複数コピー有する。
(c) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする変異した遺伝子を有することにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
(d) チロシナーゼ活性化処理されることにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
【0011】
2. L-DOPAを基質として用いた場合の細胞のカテコールオキシダーゼ活性が0.1U/OD600以上である項1に記載の方法。
3. 1molのL-DOPAを基質として用いた場合のカテコールオキシダーゼ活性が、5×105U/mol以上である項1又は2に記載の方法。
4. カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドがチロシナーゼである項1、2又は3に記載の方法。
【0012】
5. チロシナーゼが、アスペルギルス(Aspergillus)属糸状菌、ニューロスポラ(Neurospora)属糸状菌、リゾムコール(Rhizomucor)属糸状菌、トリコデルマ(Tricoderma)属糸状菌、ペニシリウム(Penicillium)属糸状菌からなる群より選ばれる糸状菌のチロシナーゼである項4に記載の方法。
【0013】
6. チロシナーゼが、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)のmelBチロシナーゼ遺伝子、melDチロシナーゼ遺伝子又はmelOチロシナーゼ遺伝子にコードされるポリペプチドである項5に記載の方法。
【0014】
7. 細胞が大腸菌(Escherichia coli)、酵母及び糸状菌からなる群より選ばれる微生物細胞である項1〜6のいずれかに記載の方法。
【0015】
8. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を2価銅イオンの存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(A)を含む項1〜7のいずれかに記載の方法。
【0016】
9. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、緩衝剤の存在下で-80〜0℃保存することによりその組成を調整する組成調整工程(B)を含む項1〜8のいずれかに記載の方法。
【0017】
10. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を塩の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(C)を含む項1〜7のいずれかに記載の方法。
【0018】
11. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程において得られるメラニン前駆体を、酸素非存在下pH3〜5、酸素非存在下pH5〜10、又は酸素存在下pH5〜7に維持した状態で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(D)を含む項1〜7及び10のいずれかに記載の方法。
【0019】
12. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、水溶性有機溶媒の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(E)を含む項1〜7、10及び11のいずれかに記載の方法。
【0020】
13. チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物に対して、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素を、1molのL-DOPAを基質として用いた場合のカテコールオキシダーゼ活性が5×105U/mol以上となるようにして作用させることにより、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と、
反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程と
を含むメラニン前駆体の製造方法。
【0021】
14. カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドがチロシナーゼである項13に記載の方法。
【0022】
15. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を2価銅イオンの存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(A)を含む項13又は14に記載の方法。
【0023】
16. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、緩衝剤の存在下で-80〜0℃保存することによりその組成を調整する組成調整工程(B)を含む項13、14又は15に記載の方法。
【0024】
17. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を塩の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(C)を含む項13又は14に記載の方法。
【0025】
18. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程において得られるメラニン前駆体を、酸素非存在下pH3〜5、酸素非存在下pH5〜10、又は酸素存在下pH5〜7に維持した状態で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(D)を含む項13、14又は17に記載の方法。
【0026】
19. さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、水溶性有機溶媒の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(E)を含む項13、14、17又は18に記載の方法。
【0027】
20. 項1〜19のいずれかに記載の方法により得られるメラニン前駆体。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、メラニン前駆体の効率的な製造方法が提供された。さらにいえば、本発明方法によれば、メラニン前駆体の重合によるメラニンの生成を抑制して、メラニンの構成モノマーの混合物(メラニン前駆体)を効率的に製造することができる。
【0029】
また本発明方法によればメラニン構成モノマーを簡単かつ安価に製造できるため、本発明方法はメラニン前駆体の工業的生産に好適である。
【0030】
メラニンは水難溶性の高分子であるため有機物を染色し難いが、メラニン前駆体は水溶性であるため、染色対象物にメラニン前駆体を浸透させた後に、重合させることにより効率良く対象物を染色することができる。
メラニン前駆体のうちインドール類には殺菌作用があるため、染色と同時に殺菌効果も期待できる。さらに、反応性が高いため有機物のみならずステンレスなどの金属も染色することが可能である。
また、反応条件を設定することにより、特定重合状態のメラニン(例えば平面的に重合したメラニン)になる組成のメラニン前駆体を製造することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
(I)第1のメラニン前駆体の製造方法
基本的構成
本発明の第1のメラニン前駆体の製造方法は、反応液中に、チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物と、高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞とを存在させた状態で、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と;反応液からメラニン前駆体を回収する工程とを含む方法である。
基質化合物の酸化工程
<カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチド>
カテコールオキシダーゼ活性とは、カテコールの酸化によるo-キノンの生成を触媒する活性である。カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチド(以下、「カテコールオキシダーゼ」と略称する)には、カテコールオキシダーゼ、モノフェノールオキシダーゼ、ジフェノールオキシダーゼ、o-ジフェノラーゼ、チロシナーゼ等と称されている酵素が含まれる。これらは、通常、モノフェノールオキシダーゼ活性を有する。このほかモノフェノールオキシダーゼは有していないが、ポリフェノールオキシダーゼ活性を有しているラッカーゼ、ペルオキシダーゼもカテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドに含まれる。カテコールオキシダーゼ中でも、L-DOPAに対して親和性が高いために天然型メラニン前駆体を効率よく製造できる点で、チロシナーゼを使用することが好ましい。
【0032】
カテコールオキシダーゼは、どのような生物に由来する酵素であってもよいが、特に、発現効率がよく、かつ宿主細胞内で安定であることから、糸状菌由来のチロシナーゼが好ましい。このような糸状菌としては、アスペルギルス属糸状菌、ニューロスポラ属糸状菌、リゾムコール属糸状菌、トリコデルマ属糸状菌、ペニシリウム属糸状菌などが挙げられる。中でも、熱に対して比較的安定であり、かつ安全性が確かめられている点で、アスペルギルス属糸状菌のチロシナーゼが好ましく、具体的には、アスペルギルス・オリゼのmelB遺伝子(特開2002-191366号公報)、melD遺伝子(特願2002-373069)又はmelO遺伝子(Molecular cloning and nucleotide sequence of the protyrosinase gene, melO, from Aspergillus oryzae and expression of the gene in yeast cells.Biochim Biophys Acta. 1995 Mar 14;1261(1):151-154.)にコードされるチロシナーゼを挙げることができる。
<細胞>
高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞としては、以下の(a)、(b)、(c)又は/及び(d)の細胞を用いる。
(a) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている。
(b) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を複数コピー有する。
(c) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする変異した遺伝子を有することにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
(d) チロシナーゼ活性化処理されることにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
【0033】
具体的には、例えば、タンパク質の大量発現用に通常用いられているベクターにカテコールオキシダーゼ遺伝子をクローニングしたものを宿主細胞に導入し、宿主染色体に組み込むか又はこれをプラスミド状態で有する宿主細胞を培養することによりカテコールオキシダーゼを大量に産生させることができる。これにより、その遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させればよい。
【0034】
また、例えば、カテコールオキシダーゼ遺伝子を複数コピー保持する可能性のある2倍体以上の細胞にカテコールオキシダーゼ遺伝子を導入したものを用いればよい。また、例えば実用酵母の中には、3倍体や4倍体の細胞も存在するため、これらも好適に使用できる。このようにして、その遺伝子本来よりコピー数を多くすることにより、高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞とすることができる。
【0035】
さらに、カテコールオキシダーゼ遺伝子の変異により、カテコールオキシダーゼ活性が高くなった細胞又はこのような変異カテコールオキシダーゼ遺伝子を導入した細胞も使用できる。このようにして、天然型酵素より高い活性を示す変異型酵素とすることにより、高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞とすることができる。
【0036】
また後述するように、2価銅イオンを配位させる処理や、pH2.8〜3.2程度の酸性溶液での処理などを施すことにより、そのカテコールオキシダーゼ活性を高めた細胞を用いることもできる。
【0037】
中でも、(a)のカテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている細胞が好ましい。
【0038】
カテコールオキシダーゼを産生させる細胞の種類は、特に限定されないが、大量培養が容易である点で微生物であることが好ましい。使用し易い微生物としては、大腸菌、酵母及び糸状菌等を挙げることができる。中でも、安全で、カテコールオキシダーゼの産生効率がよく、さらに単細胞であり、かつ細胞の沈降速度が速いため、比較的低速回転の遠心分離で反応後の細胞を分離できる点で酵母を用いることが好ましい。中でも、菌体が堅牢であるために菌体由来のタンパク質の反応液中への流出が抑えられ、かつ遺伝子操作が容易である点で、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)が好ましい。
カテコールオキシダーゼ、特にチロシナーゼが活性を示すためには触媒活性中心に2価銅イオンが配位することが必要である。野生型細胞ではカテコールオキシダーゼの発現量が少ないため、その細胞内に存在する2価銅イオンの配位により十分活性を示すが、形質転換等によりカテコールオキシダーゼの発現量が向上している細胞では十分なカテコールオキシダーゼ活性が得られない場合がある。従って、上記(a)〜(d)のいずれの細胞を用いる場合も、細胞を予め2価銅イオンで処理することにより、カテコールオキシダーゼの触媒活性中心に2価銅イオンを配位させることが好ましい。具体的には、形質転換体を0.1〜2mM程度の例えば硫酸銅溶液に懸濁し、30〜40℃程度で0.5〜2時間程度静置することにより、細胞内のカテコールオキシダーゼに十分に2価銅イオンを配位させることができる。
また、上記(a)〜(d)のいずれの細胞を用いる場合も、カテコールオキシダーゼの中でもチロシナーゼ、特にアスペルギルス・オリゼ由来のチロシナーゼは、pH2.8〜3.2程度の酸性溶液で処理することにより、成熟化し、活性化する。従って、例えば、20〜200mM程度の酢酸ナトリウム緩衝溶液(pH=3)に懸濁し、0〜40℃程度で0.5〜1時間程度静置することにより、カテコールオキシダーゼ活性を一層向上させることができる。
細胞が酵母の場合、L-DOPAを基質として用いた場合に、0.1 U/OD600以上、好ましくは0.5 U/OD600以上、さらに好ましくは1U/OD600以上のカテコールオキシダーゼ活性を有する細胞を用いることが好ましい。酵母以外の細胞の場合も同様のカテコールオキシダーゼ活性を有する細胞を用いればよい。細胞のカテコールオキシダーゼ活性の上限は特に限定されないが、通常5U/OD600程度である。
【0039】
さらに、1molのL-DOPAを基質として用いた場合に、通常5×105U/mol以上、好ましくは5×106U/ mol以上となるようにすればよい。L-DOPA 1mol当たりのカテコールオキシダーゼ活性の上限は特に限定されないが、通常5×107U/ mol程度もあれば十分であり、それ以上はコスト高になる。
本発明において細胞のカテコールオキシダーゼ活性及び酵素のカテコールオキシダーゼ活性は実施例に記載の方法により測定される活性である。
【0040】
本発明方法においては、高いカテコールオキシダーゼを示す細胞を用いることにより、細胞内に、基質に対してカテコールオキシダーゼが過剰に存在する状態となる。これにより、基質化合物から生成したメラニン前駆体がさらに重合してメラニンが生成する速度より速く基質化合物からメラニン前駆体が生成し、反応系にメラニン前駆体が効率良く蓄積する。
【0041】
なお、細胞は、例えば担体結合法、包括法、架橋法、光架橋法のような公知の方法で固定化したものを用いることができ、これにより細胞を効率よく利用し、使用後は容易に反応系から分離することが可能となる。
<プロモーター>
高活性プロモーターの使用により大量にカテコールオキシダーゼを産生させる場合には、プロモーターは、この遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターであればよく、特に限定されない。使用する宿主に合わせて適したプロモーターを使用すればよい。
【0042】
例えば宿主として大腸菌を用いる場合は、T7プロモーター、tacプロモーター、tacIプロモーター、lacZプロモーター、trpプロモーター、BADプロモーター、lacプロモーター、λPLプロモーター、spaプロモーター、sp6プロモーター、lppプロモーターなどが挙げられる。中でも、T7プロモーター、tacプロモーター、trpプロモーターが好ましく、T7プロモーターがより好ましい。
【0043】
宿主として酵母を用いる場合は、SED1プロモーター、ADH1プロモーター、PGKプロモーター、GAPDHプロモーター、TDH1プロモーター、PHO5プロモーター、GAL4プロモーター、GAL10プロモーター、CUP1プロモーターなどが挙げられる。中でも、SED1プロモーター、ADH1プロモーター、PGKプロモーター、GAPDHプロモーターが好ましく、SED1プロモーターがより好ましい。
【0044】
宿主として麹菌を用いる場合は、melOプロモーター、glaAプロモーター、マンガン・スーパーオキシドディスムターゼプロモーター(sodMプロモーター)、銅、亜鉛・スーパーオキシドディスムターゼプロモーター、チトクロームP450プロモーター、カタラーゼAプロモーター、カタラーゼBプロモーター、スモールV−ATPaseプロモーター、アクチンプロモーター、ヒストンH2プロモーター(以上、特開2001-224381に記載);クルシフォーム結合タンパク質プロモーター、ペプチジルプロリルシストランスイソメラーゼプロモーター、ユビキチンコンジュゲーテリング酵素プロモーター、ATP依存性トランスポータープロモーター、H+トランスポーティングATPシンターゼプロモーター、ユビキチンプロモーター、Rab5様GTPaseプロモーター、リボソーム蛋白質L37プロモーター、リボソーム蛋白質S16プロモーター、ホスファチジルシンテターゼプロモーター、mRNA除去因子Iの25kDaサブユニットプロモーター、ヒストンH3サブユニットプロモーター、26Sプロテアソームp44.5蛋白質プロモーター、酵母由来飢餓生存蛋白質プロモーター、推定膜蛋白質プロモーター、脂質トランスポーターPOX18様蛋白質プロモーター、ペルオキシソーム膜蛋白質per10様蛋白質プロモーター、液胞H+ATPaseサブユニットプロモーター、DNA結合P52/P100複合体100kDaサブユニットプロモーター、アデノシンキナーゼプロモーター、複製因子A様蛋白質プロモーター、T. reesei様プロテインキナーゼプロモーター、カルシウム結合蛋白質プロモーター、マンノース結合蛋白質プロモーター、ソルビトールユーティリゼーション蛋白質プロモーター、チオレドキシンプロモーター、チトクロームCプロモーター、マンノースレクチンプロモーター、マンガンスーパーオキシドディスムターゼ2プロモーター、sar1プロモーター、d12-デサチュラーゼプロモーター、d9-デサチュラーゼプロモーター、d6-デサチュラーゼプロモーター、アルコールアシルトランスフェラーゼプロモーター、ccg-9プロモーター(以上、特開2002-320477に記載);GTP結合タンパク質プロモーター、ATP合成酵素プロモーター、シャペロンプロモーター、熱ショックタンパク質プロモーター、熱ショックタンパク質活性化タンパク質プロモーター、G4核酸結合タンパク質プロモーター、ATP/ADPキャリアータンパク質プロモーター(以上、特開2003-61659に記載);黒麹菌由来のマンガン・スーパーオキシドディスムターゼプロモーター(特開2003-164283に記載)などが挙げられる。中でも、sodMプロモーター、melOプロモーター、glaAプロモーターが好ましく、sodMプロモーターがより好ましい。
<基質化合物>
基質化合物としては、チロシン、DOPA及びDOPA類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を使用する。チロシン、DOPA及びDOPA類縁体は、L体又はD体のいずれであってもよい。類縁体としては、ドーパミン(Dopamine)や、DOPA又はチロシンの低級(炭素数1〜4)アルキルエステル、およびα−低級(炭素数1〜4)アルキルDOPA、α−低級(炭素数1〜4)アルキルチロシン等を例示できる。中でも、天然型メラニン前駆体が得られる点で、L-チロシン又は/及びL-DOPAを用いることが好ましく、酵素に対する親和性の点でL-DOPAを用いることがより好ましい。
【0045】
基質は1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
<反応>
反応開始時の基質の濃度は、通常10〜60mM程度とすることが好ましく、15〜25mM程度とすることがより好ましい。上記範囲であれば、十分量のメラニンを得ることができるとともに、メラニン生成量が増加し過ぎることによるメラニン前駆体の収率低下や未反応DOPAの残存が生じない。
【0046】
また反応液のpHは、酵素が基質の酸化反応を触媒できる範囲であればよく特に限定されないが、通常4〜9程度に維持することが好ましく、5〜7程度に維持することがより好ましい。余りに低pHであると基質の酸化が進行せず、逆に余りに高pHであると生成したメラニンが蓄積せずに重合してしまうが、上記範囲であれば、メラニンの生成を抑えて反応液中に効率よくメラニン前駆体を蓄積させることができる。
【0047】
反応液のpHは、反応液として緩衝液を用いることにより上記範囲に維持することもできるが、塩濃度が高いとメラニン前駆体の重合によるメラニンの生成が促進される場合があるため、KOH、NaOHのような強アルカリ及びH2SO4、HClのような強酸を少量添加することにより調整することが好ましい。
【0048】
反応液中の細胞量は、1molのL-DOPAを基質とした場合のカテコールオキシダーゼ活性が、5×105U/mol以上となる範囲内で、少なければ少ないほど良い。細胞投入量は、通常反応液の体積に対して20容量%以下が好ましく、10容量%以下がより好ましい。上記の範囲内であれば、反応後の菌体分離を容易に行えることにより、メラニン前駆体の収率を高くすることができる。
【0049】
反応温度は、酵素が基質の酸化反応を触媒できる範囲であればよく特に限定されないが、通常15〜35℃程度に維持することが好ましく、20〜30℃程度に維持することがより好ましい。上記範囲内であれば、十分に酸化反応が進行するとともに、酵素が失活し難く、またメラニン化が進行し難い。
【0050】
反応開始直後は、酸化反応に大量の酸素が必要であるため、大量に通気することが好ましい。但し、攪拌速度が速すぎると細胞が損傷するため、反応液中の酸素濃度を監視し、酸素濃度が低下しなくなれば通気量および攪拌速度を減少することが好ましい。反応液中の酸素濃度は0.1〜8ppm程度に維持することが好ましく、1〜2ppm程度に維持することがより好ましい。通気や撹拌により反応液中に大量の泡が生じる場合は、シリコーン樹脂のような消泡剤を添加してもよい。
【0051】
反応は、バッチ式又は連続式の何れであってもよい。未反応の基質と生成物を分離できる点でバッチ式が好ましい。バッチ式の場合の反応時間は、通常10分〜2時間程度とするのが好ましく、30分〜1時間程度とするのがより好ましい。余りに長時間反応させると生成したメラニン前駆体の重合反応が進行してしまうため収率が低下するが、この程度であれば、重合反応を最小限に抑えながら基質化合物を十分メラニン前駆体に変換できる。
【0052】
連続式の場合は、基質濃度が10〜60mM程度、特に15〜25mM程度になるように細胞を含む反応容器に基質を供給しつつ反応液を連続的に回収すればよい。あるいは酵素または細胞を固定化した担体を充填したカラムに1〜10mM程度、特に3〜6mM程度になるような基質と、電子供与体として基質の2倍濃度の過酸化水素とを添加すればよい。
【0053】
基質化合物としてチロシン又はDOPAを用いる場合は、上記酵素反応により基質化合物が酸化されてドーパクロムが生成する。この反応液を、静置すればドーパクロムの自発的な脱炭酸により5,6-ジヒドロキシインドールが生成し、或いは、細胞中に含まれるドーパクロムトートメラーゼにより、あるいは非酵素的な異性化によりドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸が生成する。これにより、ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸を含むメラニン前駆体が得られる。
【0054】
細胞を用いた酸化工程の後、直ぐに回収工程へ移り、反応液への酸素供給を遮断して組成を調整することにより、ドーパクロムの比率が高いメラニン前駆体が得られる。
【0055】
また基質化合物として、例えばドーパミン(Dopamine)を用いる場合は、基質化合物の酸化によりドーパミンクロム(Dopaminchrome)が生成する。この反応液を静置すればジヒドロキシインドールが生成し、これによってもメラニン前駆体が得られる。
【0056】
またメラニン前駆体には、これらが2〜5分子程度重合した水溶性オリゴマーが含まれる場合もある。
【0057】
この他、基質にシステイン又はグルタチオンのようなチオール化合物、コウジ酸などの異種化合物を添加しておくことにより、前述したメラニン前駆体構成成分にこれらの異種化合物が結合し、又は/及び、これらの異種化合物が混在するメラニン前駆体が得られる。これらの異種化合物は、酸化反応工程の途中又はその後、又は、後述する組成調整工程の途中又はその後に反応液に添加することもできる。チロシン、DOPA又はDOPA類縁体のいずれにも該当しない異種化合物を用いることにより得られる修飾されたメラニン前駆体も、本発明のメラニン前駆体に含まれる。
【0058】
基質としてDOPA又はドーパミンを用いることにより得られるメラニン前駆体は重合により黒色のメラニンになる。また基質としてチロシンのアルキルエステル又はDOPAのアルキルエステルを用いることにより得られるメラニン前駆体は重合により黄色のメラニンになる。基質としてチロシンのα−アルキルエステル又はDOPAのα−アルキルエステルを用いることにより得られるメラニン前駆体は重合により黒色のメラニンになるが、pHを調節して重合させることにより黄色〜紫のメラニンを合成することができる。また基質としてチロシンやDOPAとシステインとを併用することにより得られるメラニン前駆体は重合により褐色のメラニンになる。
組成の調整工程
前述したように、酸化工程終了後に反応液を放置するとドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドールや5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸が生じることなくメラニンが生成してしまう。これに対して、酸化工程終了後に、例えば遠心分離などの方法で反応液から細胞を除去した後、以下の処理を行うことにより、メラニン前駆体の組成を調整することができる。酸化反応終了後は、酸化を防止するため、反応液は酸素を遮断した状態とするのが望ましい。
(i)5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の比率が高い前駆体溶液の製造
<組成調整工程(A)>
カテコールオキシダーゼによる酸化工程終了後に、反応液に、通常0.1〜20mM程度、好ましくは5〜10mM程度の2価銅イオンを添加し、例えば10〜30分間程度保存することにより、メラニン前駆体中のドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸への変換が促進される。
【0059】
メラニン前駆体と2価銅イオンとの接触の際の温度は特に限定されず、酸化工程と同じ20〜30℃程度で行えばよい。また、反応液を室温下で静置してもよい。
【0060】
本発明において、「保存」とは、一定状態で静置することのみを指す用語でははく、温度や処理剤濃度などが変化する場合も含まれる。また、静置する場合の他、震盪する場合等が含まれる。
【0061】
銅イオンは、例えば硫酸銅溶液として添加することができる。
【0062】
染料の染まり易さを決める要因の1つに染料の電気的性質がある。本発明方法により得られるメラニン前駆体を染料として用いる場合は、メラニン前駆体中の5,6-ジヒドロキシインドールと5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸との比率により染料の電気的性質が異なる。従って、染色対象の材質により、5,6-ジヒドロキシインドールと5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸との比率を適宜調整できれば便利である。5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸が多く含まれるメラニン前駆体は、例えばケラチンからなる繊維を染色するのに適している。
<組成調整工程(B)>
また、カテコールオキシダーゼによる酸化工程後に、反応産物であるメラニン前駆体を緩衝剤の存在下で、通常-80〜0℃程度、好ましくは-30〜-10℃程度で保存することができる。これによっても、メラニン前駆体中のドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸への変換が促進される。
【0063】
具体的には、反応液に緩衝剤を添加することにより緩衝液とすればよい。緩衝液の種類は、pH4〜9程度の範囲で緩衝能を有するものであればよく、特に限定されないが、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸への変換効率が高くなる点で、リン酸緩衝液が好ましい。リン酸緩衝液は、リン酸のみ含む緩衝液でもよく、その他の成分を含むものであってもよい。前者としては、リン酸ナトリウム緩衝液、リン酸カリウム緩衝液などを例示できる。後者としては、クエン酸−リン酸ナトリウム緩衝液、トリス−リン酸緩衝液を例示できる。
【0064】
反応液中の緩衝剤の濃度は、例えば10mM〜500mM程度、好ましくは50mM〜200mM程度とすればよい。上記の緩衝剤濃度範囲であれば、緩衝剤の効果が十分に得られるとともに、メラニンの重合が促進されることがない。
【0065】
また上記の保存温度範囲であれば、変換反応が十分効率的に進行するとともに、メラニンの生成量が増加し難い。
【0066】
保存期間は、通常1〜7日間程度とすればよい。
(ii)5,6-ジヒドロキシインドールの比率が高い前駆体溶液の製造
<組成調整工程(C)>
また、カテコールオキシダーゼによる酸化工程後に、反応産物であるメラニン前駆体を塩の存在下で保存することができる。これにより、メラニン前駆体中のドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドールへの変換が促進される。
【0067】
塩の種類は特に限定されず、公知の塩を制限なく使用できる。塩としては、例えば、塩酸、硝酸、硫酸、炭酸、酢酸、リン酸のような酸のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩などが挙げられる。
【0068】
反応液中の塩濃度は、例えば0.5〜40重量%程度、好ましくは1〜5重量%程度とすればよい。塩濃度が余りにも高いと塩やメラニンが析出したりする場合があるが、上記の範囲であれば5,6-ジヒドロキシインドールへの変換が効率的に行われるとともに、塩やメラニンが析出しない。
【0069】
保存温度は特に限定されず、酸化工程と同じ20〜30℃程度で行えばよい。また、反応液を室温下で静置してもよい。保存期間は、通常30分間〜3時間程度とすればよい。
<組成調整工程(D)>
カテコールオキシダーゼによる酸化工程後に、反応液のpHを5〜7程度に調整し、酸素存在下、即ち大気雰囲気中で反応液を保存することにより、メラニン前駆体中に含まれるドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドールへの変換が促進される。
【0070】
また、反応液のpHを5〜10程度に調整し、酸素が存在しない状態又は殆ど存在しない状態で反応液を保存することによっても、5,6-ジヒドロキシインドールへの変換を促進することができる。pH5〜10程度では5,6-ジヒドロキシインドールが生成するが、pH7〜10程度では、生成した5,6-ジヒドロキシインドールが急激に酸化してしまうため、酸素非存在下で作業することにより、効率的に5,6-ジヒドロキシインドールを得ることができる。
【0071】
さらに、反応液のpHを5以下に調製し、酸素が存在しない状態又は殆ど存在しない状態で反応液を保存することによって得られる沈殿をpH5〜7で、酸素が存在しない状態又は殆ど存在しない状態で溶解させることにより、5,6-ジヒドロキシインドールが得られる。
【0072】
酸素が存在しない状態又は殆ど存在しない状態は、反応容器を密閉するか、又は、反応容器の上部気体を窒素ガス、不活性ガス(希ガス)又は二酸化炭素ガスなどで置換することにより達成できる。
【0073】
保存温度は特に限定されないが、例えば5〜40℃程度で保存すればよい。また3〜24時間程度保存すれば十分である。
<組成調整工程(E)>
また、カテコールオキシダーゼによる酸化工程後に、反応液に中性又は酸性の水溶性有機溶媒を添加して保存することによっても、メラニン前駆体中の5,6-ジヒドロキシインドールの比率を向上させることができる。
【0074】
このような水溶性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、イソブチルアルコール、s-ブチルアルコール、t-ブチルアルコールなどの低級アルコール;酢酸エチルエステルのような低級アルキルエステル;エチルエーテル、;アセトン;酢酸;アセトニトリル等が挙げられる。特に、安全性の点でアルコールが好ましく、中でもエタノール、アセトンがより好ましい。
【0075】
水溶液有機溶媒の添加量は、反応液の全量に対してアルコールの比率が、通常10〜70容量%程度、好ましくは40〜60容量%程度となるようにすればよい。溶媒添加量を多くしても特に問題はなく、逆に変換速度が速くなる、生成してしまったメラニンを除去できるという効果があるが、上記範囲であれば、実用上十分に5,6-ジヒドロキシインドールの比率を向上させることができるとともに安全に後処理を行うことができる。
【0076】
保存温度は特に限定されないが、例えば5〜40℃程度とすればよい。また、30分〜1時間程度も保存すれば十分である。
【0077】
前述した塩処理、pH5〜7下での脱酸素処理、及び中性又は酸性水溶性有機溶媒処理は、2以上を組み合わせて行うことができる。この場合の実施順序は特に制限されない。また、反応液に、塩及び/又は水溶性有機溶媒を添加して、又は/さらに、pHを5〜7に調整して酸素非存在下で保存することもできる。これらにより、5,6-ジヒドロキシインドールの比率を一層向上させることができる。
メラニン前駆体の回収工程
上記各工程の終了後に、メラニン前駆体を回収する。メラニン前駆体は、反応液中の細胞を例えば遠心分離などの手段で除去することにより回収できる。除去した細胞は、酸化工程用の容器に戻すことにより再利用することができる。なお、組成調整工程前に既に細胞を除去している場合は細胞除去は不要である。
【0078】
また反応液からメラニン前駆体を精製してもよい。即ち、反応終了後の反応液には、通気及び撹拌により細胞が破損して生じたタンパク質又は細胞から流出したタンパク質が含まれている場合がある。従って、限外ろ過、ゲルろ過クロマトグラフィー等の公知の方法で除タンパクを行うことが好ましい。なお、カテコールオキシダーゼを産生させる細胞として酵母細胞を用いる場合は、細胞壁が強固であるため、反応液中に存在する細胞由来のタンパク質は少ない又は殆どないが、メラニン前駆体を医薬品や食品などとして使用する場合は、このような細胞由来のタンパク質を厳密に除去することが望ましいため、除タンパク工程を行うのが好ましい。
【0079】
また、反応液中には、通常メラニン前駆体の他にこれらが重合したメラニンも含まれる。従って、限外ろ過などの方法でメラニンを除去することが好ましい。
【0080】
さらに、逆浸透濃縮、スプレードライ、凍結濃縮などの公知の方法で水分を除去してメラニン前駆体を濃縮することが好ましい。
【0081】
逆浸透濃縮装置は海水から純水を製造するのに用いられており、大量の溶液の処理が可能であることから、工業的にメラニン溶液を濃縮するのに適している。逆浸透濃縮装置にはバッチ型とクロスフロー型の2種類があるが、酸素が存在すると前駆体の化学的酸化が徐々に進んでしまうため、バッチ型を使用する場合は容器に空気が入らないように工夫することが望ましい。また圧力源となる窒素は出来る限り酸素含有量の少ないものを使用した方が良い。クロスフロー型装置は通常ポンプにより加圧するが、非透過液を循環させる必要があるので、あらかじめメラニン前駆体溶液を高純度窒素などにより置換し、液受けタンクも密閉型にすることが望ましい。
【0082】
回収工程では、メラニン前駆体溶液を密閉容器に入れ、又はさらに上部気体を窒素、希ガス、二酸化炭素ガス等で置換することにより、酸素を遮断することが好ましい。これにより、メラニン前駆体の酸化の進行を抑えることができ、所望の組成のメラニン前駆体とすることができる。メラニン前駆体の保存
メラニン前駆体の単品又は混合物は、そのまま、濃縮状態又は乾燥粉末状態などのいずれの形態でも保存することができる。
【0083】
ドーパクロムは、-40℃以下の低温で冷凍することにより安定に保存できる。また5,6-ジヒドロキシインドールは、酸素非存在下又は-40℃以下の低温で冷凍することにより安定に保存でき、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸は、酸素非存在下又は0℃以下の低温で冷凍することにより安定に保存できる。ドーパクロム以外は、酸素を除去すれば室温下で保存できるため、実用性が高い。
(I)第2のメラニン前駆体の製造方法
基本的構成
本発明の第2のメラニン前駆体の製造方法は、チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物に対して、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素を、1molのL-DOPAを基質として用いた場合のカテコールオキシダーゼ活性が5×105U/mol以上となるようにして作用させることにより、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と;反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程とを含む方法である。
基質化合物の酸化工程
<カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素>
カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素の種類は第1の製造方法と同様である。酵素の由来は特に限定されず、細菌、真菌、植物、動物などどのような生物に由来するものであってもよい。
この酵素は、そのまま反応液に添加して使用すればよい。また、固定化酵素とすることにより、反応液中の酵素の安定性が向上し、使用後は容易に反応系から分離することが可能となる。また、反応系にタンパク質が混入しないというメリットもある。酵素の固定化方法は特に限定されず公知の方法を採用できる。公知の固定化方法としては、例えば、固定化担体により酵素分子間を架橋する方法、アルギン酸ゲルのようなゲルに内包させる方法等が挙げられる。
酵素は、生物由来の夾雑物を含む粗標品でもよく、精製酵素でもよいが、固定化する場合は精製されたものであることが望ましい。
本発明では、基質に対して過剰量の酵素を作用させる。1molのL-DOPAを基質として用いた場合の活性は、通常5×105U/mol以上、好ましくは5×103U/mol以上となるようにすればよい。L-DOPA 1mol当たりのカテコールオキシダーゼ活性の上限は特に限定されないが、通常5×107U/mol程度もあれば十分である。
【0084】
また第1の製造方法と同様に、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素を2価銅イオンの配位や、pH2.8〜3.2程度の酸性溶液による処理などにより、活性化することが望ましい。また、この酵素は、トリプシン等の特定のペプチド結合を選択的に切断するエンドペプチダーゼのようなプロテアーゼで処理することによっても活性化することができる。プロテアーゼ処理することにより、酵素のN末端および/またはC末端側の配列が取り除かれ酵素活性が向上する。
<基質化合物>
基質化合物については、第1の製造方法と同様である。
<反応>
基質の酸化反応及びメラニン前駆体の組成の調整方法は、第1の製造方法と同様である。
メラニン前駆体の回収工程
上記各工程の終了後に、メラニン前駆体を回収する。メラニン前駆体は、反応液中の酵素を例えば限外ろ過、ろ過、遠心分離などの手段で除去することにより回収できる。除去した酵素は、酸化工程用の容器に戻すことにより再利用することができる。なお、組成調整工程前に既に酵素を除去している場合は酵素除去は不要である。
メラニン前駆体の保存
メラニン前駆体の保存方法は、第1の製造方法の場合と同様である。
実施例
以下、本発明を実施例を示してさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
<メラニン前駆体の各成分の定量方法>
各実施例では、Waters社製HPLC Alliance2695-2996を用いて、以下の条件でメラニン前駆体の各成分を検出及び定量した。
【0085】
成分の分離にはImtakt社製逆相カラムUnison UK-C18(4.6×150mm)を用い、移動相として1.5%リン酸溶液(A液)及び99.9%メタノール(B液)を用い、移動相中のB液が初発0%、5分後に50%となるようにグラジエントを設けた。流速は1.0ml/minとした。
【0086】
注入するサンプルは、サンプル10μlに対し、20mMの亜二チオン酸ナトリウム(Na2S2O4)を100μl及び1.5%のリン酸(H3PO4)溶液を890μl添加し、0.45μmのフィルターで濾過することにより調製した。これを上記カラムに20μl注入して測定を行った。
【0087】
ドーパの検出は、極大吸収波長である280nmにおける吸光度でモニターした。ドーパクロムは上記測定条件では還元されたロイコドーパクロムとして定量される。5,6-ジヒドロキシインドールは標準物質が存在するため定量が可能であるが、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸は標準物質が存在しないため定量できない。そのため、各成分濃度は280nmにおけるピークエリア面積で単純に比較した。但し、5,6-ジヒドロキシインドールの極大吸収波長は300nmであり、5,6-ジヒドロキシインドールカルボン酸の極大吸収波長は320nmであることから、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸は実際の濃度よりも少ないピークエリアが測定されている。
【実施例1】
【0088】
(アスペルギルス・オリゼのチロシナーゼ遺伝子のクローニング)
発明者らは鋭意研究の結果、麹菌Aspergillus oryzaeが米麹などの固体培養でmelBチロシナーゼ遺伝子を大量に発現することを見出した(特開2002-191366)。解析したmelB遺伝子のゲノム塩基配列を元に、常法により逆転写PCRを行いcDNAをクローニングした。
【0089】
具体的には麹菌Aspergillus oryzae OSI-1013株(産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM P-16528として寄託済み)を蒸米に接種し、常法により製麹した麹を1.5g秤量し、液体窒素中で完全に破砕した。次いで、日本ジーン社製ISOGENTMを用いて、その取扱説明書の記述に従って240μgの全RNAを抽出した。さらに120μgの全RNAからタカラバイオ株式会社製OligotexTM-dT30<Super>を用いて、その取扱説明書の記述にしたがって1μgのmRNAを精製した。このようにして得られたmRNAをもとにして、Clontech社製SMARTTM cDNA Library Construction KitによりcDNAライブラリーを作成し、PCRによりmelB cDNAのみを増幅した。
反応条件を詳述すれば、3μlのmRNA溶液(50ngのmRNAを含む)にキット添付のSMART IIIオリゴ溶液、CSD III/3' PCR primer溶液をそれぞれ1μlずつ添加し、72℃で2分間保持した後、氷上で2分間急冷した。遠心後、2μlの5×First Strand buffer、1μl のDTT(20mM)溶液、1μlのdNTP Mix (10mM)溶液、1μl のMMLV RTase溶液を添加し、42℃で1時間逆転写反応を行った。得られたcDNAライブラリーは引き続きmelB cDNAを特異的に増幅するためのテンプレートとして用いた。2μlのcDNAライブラリー溶液に80μlの滅菌蒸留水、10μlの10×Advantage 2 PCR buffer、2μl の50×dNTP mix溶液、2μl の5' PCR primer(melB開始コドンからの配列;5'-atgccctacc tcatcaccgg tatcccaaag-3';配列番号1)溶液、2μl のCSD III/3' PCR primer溶液、2μl の50×Advantage 2 polymerase mix溶液を添加した。パーキンエルマー社製サーマルサイクラーPE2400を用いて95℃で20秒間の後、95℃で5秒間及び68℃で6分間のサイクルを30回行い、反応を終了した。
得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動に供し、目的の約1.8Kbpのバンドのみが増幅されていることを確認した。また、塩基配列解析の結果、正常にイントロン配列が取り除かれていることも確認した。
【実施例2】
【0090】
酵母への組み込み
実施例1によりcDNAをInvitrogen社製大腸菌用発現ベクターpET23b、日本国特許特開2003-265177公報記載の酵母Saccharomyces cerevisiae発現ベクター(SED1プロモーター使用)、日本国特許特開2001-224381公報記載の麹菌Aspergillus oryzae発現ベクター(sodMプロモーター使用)に発現可能な状態で接続することにより、各菌体内での大量発現に成功した。ここでは酵母における発現についてのみ詳細に述べる。
SED1プロモーターは発明者らの鋭意研究の結果、対数増殖期後半から特に非常に強く発現することを見出したものである。
【0091】
プラスミド構築方法を図2に示す。SED1プロモーターとADH1ターミネーターを持つ発現ベクターのプロモーター直下のSmaI部位にPCRにより増幅したmelB cDNAを挿入した。さらに、URA3マーカー内部に存在するStuI部位で切断することにより得られるmelB cDNAを含む断片を導入用カセットとして精製した。
【0092】
宿主として使用した酵母は清酒の醸造に用いられる実用酵母・協会9号由来のウラシル要求性株を用いた。実験室酵母でなく実用酵母を利用したのは2倍体であるため、ベクターが2コピー導入される可能性があるためである。実用酵母には3倍体、4倍体のものが存在することが知られており、これらの酵母を利用すればより多くのコピー数を持つ形質転換体を得ることが可能である。
【実施例3】
【0093】
組換え酵母のチロシナーゼ活性測定
<チロシナーゼの活性化処理>
実施例2により得られた組替え酵母は遠心分離によって菌体を回収し、次いで蒸留水で洗浄することにより培地成分をよく取り除いた。菌体を、菌体質量の約10倍程度の、2mMの硫酸銅を含む50mM Tris-HCl緩衝液(pH8.0)に懸濁し4℃で一晩静置した。菌体を遠心分離により回収し、過剰な銅イオンを除去するため0.1MのEDTA溶液で洗浄した。
【0094】
銅添加処理に引き続き酸活性化処理を行った。即ち、銅添加処理し、洗浄した後の菌体を0.2Mの酢酸緩衝液(pH3.0)に懸濁し、室温で1時間静置した。活性化後の菌体は遠心分離で回収した。
<チロシナーゼ活性測定>
菌体のチロシナーゼ活性の測定は次のようにして行った。すなわち、回収した菌体の一部を水に懸濁し、その0.1mlに対して30℃に保温しておいた10mM L-DOPA(0.005Nの塩酸に溶解)0.8ml及び1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)0.1mlを添加し、30℃で5分間反応させた後、15,000rpmで30秒間遠心分離を行うことにより菌体を取り除き、DOPAの吸収極大波長である475nmにおける吸光度を測定した。菌体の懸濁量は、実験の便宜上、反応の後の反応液の475nmにおける吸光度が0.1〜0.3に収まるように調整した。
本発明において、チロシナーゼ活性の1Uは1mlのDOPA溶液を30℃で5分間反応させた場合の475nmにおける吸光度を1増加させる活性とし、反応に用いた菌体の密度(600nmにおける吸光度)で除したものを菌体のチロシナーゼ活性とした。
【0095】
菌体のチロシナーゼ活性=U/OD600
このようにして測定した各形質転換株のうち最もチロシナーゼ活性の高い酵母(チロシナーゼ活性:1.9〜4.4 U/OD600)を、YPD培地を用いて定常期まで培養し、実施例4以下に用いた。
【実施例4】
【0096】
ドーパクロムの蓄積反応
実施例3により得られた酵母の形質転換体を用いて、L-DOPAを基質としてメラニン前駆体であるドーパクロムの蓄積反応を行った。なお、同様の反応は組換え大腸菌体、組換え麹菌体でも可能であるが、ここでは特に酵母を用いた反応について記載する。
【0097】
前述したように、できるだけ高濃度のメラニン前駆体溶液を得るにはL-DOPAの初発濃度を高くすればよいが、ここでは残存DOPAを検出限界以下にし、かつ高濃度のメラニン前駆体を得るための方法について述べる。
5Lの反応槽で2Lの反応溶液の反応を行う場合、7.9gのL-DOPAを0.03N H2SO4 500mlに溶解させ、2N KOHを用いてこの溶液のpHをmelBチロシナーゼの至適pHであるpH5.5に調整した。このL-DOPA溶液に、反応液1Lあたり菌体の活性値が1.35×105U/Lとなる量の組換え酵母菌体(実施例3により得られたもの)を、バッチ式反応槽に投入し、反応を開始した。
反応温度は最適温度の25℃となるように、冷水及びヒーターにより温度調節を行った。
反応開始直後は酸化反応により生じる水素イオンの受容体として大量の酸素が必要であるため、通気量及び攪拌速度を最大とした。また、反応初期はpHが低下するため、2N KOHを滴下することによってpHを5.5に調節した。ドーパクロムは化学的に酸化される。その際は逆にpHが上昇するため0.3NのH2SO4を滴下してpHを5.5に調節した。pHの調節はオンラインモニターにより自動的に行った。
このようにして、40分間反応を行った。
反応液中の通気量及び撹拌速度の推移を図3に示す。また、反応液のpH及び酸素濃度(OD)の推移を図4に示す。また、反応液のpHを5.5に維持するために添加した2N KOH溶液及び0.3N H2SO4溶液の累積添加量を図5に示す。
反応経過観察
反応中に適宜サンプリングを行い、急速に-80℃で凍結させて保存した。保存サンプルは反応終了後、上述した方法でドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドールを定量した。反応液中のL-DOPA濃度及びメラニン前駆体濃度の推移を図6に示す。
この反応条件では5,6-ジヒドロキシインドールカルボン酸の生成はほとんど無く、無視できる程度であるため、得られる前駆体濃度はドーパクロム濃度と5,6-ジヒドロキシインドール濃度との合計である。
なお、メラニン前駆体濃度の経時的変化と、記録しておいた酸素濃度及びpH維持のための酸、アルカリ添加量の経時的変化などを照合し、反応終了の判断基準を設定した。なお、L-DOPAを検出限界以下にするために、事前に決定した条件よりも長めに反応を行った。
【実施例5】
【0098】
前駆体溶液の除タンパク
実施例4により得たメラニン前駆体溶液は、強固な細胞壁を有する酵母細胞を用いているため、メラニン前駆体溶液中に存在する菌体の破片や菌体から流出したタンパク質は存在しない又は殆ど存在しないと考えられる。しかし、本品を食品や医薬品として用いる場合、タンパク質が含まれていないことが望ましいため、限外ろ過によりタンパク質除去を行った。
【0099】
限外ろ過装置として、ダイセンメンブラン社製限外濾過モジュール・モルセップFS10-FUS0181(分画分子量1万)を用いた。ろ過により得られた溶液をSDS-PAGEに供し、銀染色を行うことにより、除タンパクされていることを確認した。一般に行われているように280nmにおける吸光度を測定する方法を採用しなかったのは、ドーパクロム自身が280nm付近に吸収を持つこと、及び、インドールの反応性が高いため呈色試薬と反応し易いなどの理由による。銀染色の結果、限外濾過後はタンパク質と考えられるバンドは検出されなかった。
【実施例6】
【0100】
前駆体溶液の濃縮
反応により得られるメラニン前駆体濃度を高くするために、当初の基質(L-DOPA)濃度を高くすると、反応後に得られるメラニン前駆体溶液中にL-DOPAが検出される。逆に実施例4で用いたような比較的低濃度のL-DOPAを用いると高濃度のメラニン前駆体溶液が得られない。
従って、実施例5により除タンパクしたメラニン前駆体溶液を以下のようにして濃縮した。濃縮には、海水から純水を製造するのに用いられるクロスフロー型逆浸透濃縮装置(日東電工マテックス社製)を用いた。この装置は、概略構成を図7に示すように、メラニン前駆体溶液を入れた密閉タンクと逆浸透濃縮モジュールNTR7410-HG-S4Fとの間で溶液を循環させるものであり、逆浸透濃縮モジュールにより生成する純水は、このモジュールから透過水タンクに導かれる。純水の生成に伴い、タンク内にメラニン前駆体が濃縮される。循環はポンプにより圧力2Mpaで行った。
この結果、約30分間の操作により50Lのメラニン前駆体溶液が約30Lに濃縮された。濃縮中の溶液を経時的にサンプリングし、HPLCにより、メラニン前駆体中の5,6-ジヒドロインドール濃度を測定した。濃縮によりメラニン前駆体透過液中にはメラニンは殆ど生成しておらず、メラニン前駆体(5,6-ジヒドロインドール濃度で代表される)の回収率は85%以上であった。濃縮による溶液中の5,6-ジヒドロインドール濃度の推移を図8に示す。
このようにして得られた濃縮後の溶液を-80℃での凍結保存が可能であった。また、濃縮液を超高純度窒素ガスで置換後アンプルに封入し、40℃で保存したところ、図9に示すように、1年間安定に保存できた。
【実施例7】
【0101】
前駆体の粉末化
製造したメラニン前駆体は粉末化することもできる。実施例6により得られたメラニン前駆体溶液をヤマト科学社製のスプレードライ・パルビスGB22を用いて粉末化した。
【0102】
実施例6により得られた濃縮メラニン前駆体、脱酸素剤を同封した濃縮メラニン前駆体、乾燥メラニン前駆体、及び、脱酸素剤を同封した乾燥メラニン前駆体をそれぞれ40℃で保存した。経時的に、5,6-ジヒドロキシインドール含有量を測定した結果を図10に示す。図10から明らかなように、脱酸素剤を同封して酸素非存在の状態にすることにより、メラニン前駆体は1年間安定に保存できることが分かる。特に、乾燥状態で酸素を遮断することにより高い安定性が得られた。
【0103】
なお、図示しないが、脱酸素剤を同封した乾燥メラニン前駆体は、40℃で3ヶ月以上安定に保存できた。
【実施例8】
【0104】
pHによる前駆体溶液の組成コントロール
実施例5により除タンパクされたメラニン前駆体溶液(主にドーパクロムを含む)について5つのサンプルを作り、それぞれpHを2、4、6、8及び10に調整し、全てのサンプルをマイクロチューブに封入することにより容器内に酸素が存在しない状態とし、40℃で2時間保存した。
保存後の各サンプル中に含まれる5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸濃度及び5,6-ジヒドロキシインドール濃度をHPLCを用いて測定した。
【0105】
結果を図11に示す。この結果、pH5〜7で保存する場合に、5,6-ジヒドロキシインドールの比率が高くなり、またドーパクロムが殆ど全て5,6-ジヒドロキシインドールに変換されることが分かる。pHが高くなるほどメラニン前駆体溶液中の5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の割合が大きくなっている。また、pH2及びpH4では沈殿が生成した。
【実施例9】
【0106】
有機溶媒による前駆体溶液の組成コントロール
実施例5により除タンパクすることにより得られたメラニン前駆体溶液(ドーパクロムを主に含む)にエタノールを、全量に対して50容量%になるように添加し、室温で2時間保存した。同様にして、前駆体溶液の全量に対して50容量%になるように、アセトン及び水をそれぞれ加え、室温で2時間保存した。保存後の各溶液中のドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸及び5,6-ジヒドロキシインドールの各濃度をHPLCで測定した。
【0107】
結果を図12に示す。中性又は酸性の水溶性溶媒であるメタノール、エタノール、アセトン、アセトン、2-プロパノール及びアセトニトリルの存在下でメラニン前駆体溶液を保存することにより、ドーパクロムが効率的に5,6-ジヒドロキシインドールに変換されたことが分かる。また、塩基性の水溶性有機溶媒である2-アミノエタノールの存在下でメラニン前駆体溶液を保存することにより、ドーパクロムが効率的に5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸に変換されたことが分かる。
また、エタノール又はアセトンを添加して保存することにより、同量の水を添加して保存する場合に較べて5,6-ジヒドロキシインドールの収量が多くなることが分かる。
【実施例10】
【0108】
リン酸緩衝液による前駆体溶液の組成コントロール
実施例5により除タンパクすることにより得られたメラニン前駆体溶液(ドーパクロムを主に含む)に、1Mリン酸緩衝液を添加することにより、メラニン前駆体を含むpH6.0の0.1Mリン酸緩衝液とした。この前駆体溶液を−20℃程度で7日間保存し、経時的にサンプリングして、HPLCで、ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸を定量した。
結果を図13に示す。図13から、酸成分としてリン酸を含むリン酸緩衝液中で低温保存することにより、ドーパクロムが効率よく5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸に変換されたことが分かる。なお前述したように、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の280nmにおけるピークエリアから算出した濃度は実際の濃度より低くなるため、実際には、ドーパクロムの殆ど全てが5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸に変換されていると考えられる。
【実施例11】
【0109】
塩溶液による前駆体溶液の組成コントロール
実施例5により除タンパクすることにより得られたメラニン前駆体溶液(ドーパクロムを主に含む)に、最終濃度2.5%になるように塩化ナトリウム及びアスコルビン酸ナトリウム溶液をそれぞれ添加し、室温で45分間静置した。
【0110】
静置後のメラニン前駆体溶液中のドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の各濃度をHPLCで測定した。また、塩を添加せずにメラニン前駆体溶液をそのまま室温で静置したコントロール溶液についても同様にして測定した。
結果を図14に示す。図14から明らかなように、メラニン前駆体に塩を添加することによりドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸への変換が促進されたことが分かる。特にアスコルビン酸ナトリウムを添加した場合、その酸化防止作用が相乗効果をもたらし、著量の5,6-ジヒドロキシインドールが蓄積することが分かる。
【実施例12】
【0111】
2価銅イオンによる前駆体溶液の組成コントロール
実施例5により除タンパクすることにより得られたメラニン前駆体溶液(ドーパクロムを主に含む)に最終1mMとなるように硫酸銅を添加して、室温で15分間静置した。
【0112】
静置後のメラニン前駆体溶液中のドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の各濃度をHPLCで測定した。また、2価銅イオンを添加せずにメラニン前駆体溶液をそのまま室温で静置したコントロール溶液についても同様にして測定した。
【0113】
結果を図15に示す。図15から明らかなように、メラニン前駆体に2価銅イオンを接触させることによりドーパクロムの5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸への変換が促進されたことが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】メラニンの生合成経路を示す図である。
【図2】アスペルギルス・オリゼのmelBチロシナーゼ遺伝子導入カセットの構築方法を説明する図である。
【図3】実施例4における、チロシナーゼ産生細胞によるL-DOPAの酸化反応中の撹拌速度及び通気量の推移を示す図である。
【図4】実施例4における、チロシナーゼ産生細胞によるL-DOPAの酸化反応中の反応液のpH及び酸素濃度の推移を示す図である。
【図5】実施例4における、チロシナーゼ産生細胞によるL-DOPAの酸化反応中に添加した酸及びアルカリの累積量を示す図である。
【図6】実施例4における、チロシナーゼ産生細胞によるL-DOPAの酸化反応の反応液中のL-DOPA濃度及びメラニン前駆体濃度の推移を示す図である。
【図7】実施例6においてメラニン前駆体溶液の濃縮に用いた逆浸透濃縮装置の概略構成を示す図である。
【図8】実施例6のメラニン前駆体溶液の濃縮工程における5,6-ジヒドロキシインドール濃度及び濃縮倍率の推移を示す図である。
【図9】濃縮メラニン前駆体が酸素非存在下で40℃保存できたことを示す図である。
【図10】乾燥メラニン前駆体が酸素非存在下で40℃保存できたことを示す図である。
【図11】pHによるメラニン前駆体溶液の組成の調整結果を示す図である。
【図12】水溶性有機溶媒によるメラニン前駆体溶液の組成の調整結果を示す図である。
【図13】リン酸緩衝液によるメラニン前駆体溶液の組成の調整結果を示す図である。
【図14】塩溶液による前駆体溶液の組成の調整結果を示す図である
【図15】2価銅イオンによるメラニン前駆体溶液の組成の調整結果を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応液中に、チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物と、以下の(a)、(b)、 (c) 、及び(d)の1以上の要因で高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞とを存在させた状態で、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と、
反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程と
を含むメラニン前駆体の製造方法。
(a) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている。
(b) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を複数コピー有する。
(c) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする変異した遺伝子を有することにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
(d) チロシナーゼ活性化処理されることにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
【請求項2】
L-DOPAを基質として用いた場合の細胞のカテコールオキシダーゼ活性が0.1U/OD600以上である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
1molのL-DOPAを基質として用いた場合のカテコールオキシダーゼ活性が、5×105U/mol以上である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドがチロシナーゼである請求項1、2又は3に記載の方法。
【請求項5】
チロシナーゼが、アスペルギルス(Aspergillus)属糸状菌、ニューロスポラ(Neurospora)属糸状菌、リゾムコール(Rhizomucor)属糸状菌、トリコデルマ(Tricoderma)属糸状菌、ペニシリウム(Penicillium)属糸状菌からなる群より選ばれる糸状菌のチロシナーゼである請求項4に記載の方法。
【請求項6】
チロシナーゼが、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)のmelBチロシナーゼ遺伝子、melDチロシナーゼ遺伝子又はmelOチロシナーゼ遺伝子にコードされるポリペプチドである請求項5に記載の方法。
【請求項7】
細胞が大腸菌(Escherichia coli)、酵母及び糸状菌からなる群より選ばれる微生物細胞である請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を2価銅イオンの存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(A)を含む請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、緩衝剤の存在下で-80〜0℃保存することによりその組成を調整する組成調整工程(B)を含む請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を塩の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(C)を含む請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程において得られるメラニン前駆体を、酸素非存在下pH3〜5、酸素非存在下pH5〜10、又は酸素存在下pH5〜7に維持した状態で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(D)を含む請求項1〜7及び10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、水溶性有機溶媒の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(E)を含む請求項1〜7、10及び11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物に対して、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素を、1molのL-DOPAを基質として用いた場合のカテコールオキシダーゼ活性が5×105U/mol以上となるようにして作用させることにより、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と、
反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程と
を含むメラニン前駆体の製造方法。
【請求項14】
カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドがチロシナーゼである請求項13に記載の方法。
【請求項15】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を2価銅イオンの存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(A)を含む請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、緩衝剤の存在下で-80〜0℃保存することによりその組成を調整する組成調整工程(B)を含む請求項13、14又は15に記載の方法。
【請求項17】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を塩の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(C)を含む請求項13又は14に記載の方法。
【請求項18】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程において得られるメラニン前駆体を、酸素非存在下pH3〜5、酸素非存在下pH5〜10、又は酸素存在下pH5〜7に維持した状態で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(D)を含む請求項13、14又は17に記載の方法。
【請求項19】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、水溶性有機溶媒の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(E)を含む請求項13、14、17又は18に記載の方法。
【請求項20】
請求項1〜19のいずれかに記載の方法により得られるメラニン前駆体。
【請求項1】
反応液中に、チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物と、以下の(a)、(b)、 (c) 、及び(d)の1以上の要因で高いカテコールオキシダーゼ活性を示す細胞とを存在させた状態で、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と、
反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程と
を含むメラニン前駆体の製造方法。
(a) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を本来発現させているプロモーターより高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている。
(b) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子を複数コピー有する。
(c) カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードする変異した遺伝子を有することにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
(d) チロシナーゼ活性化処理されることにより高いカテコールオキシダーゼ活性を示す。
【請求項2】
L-DOPAを基質として用いた場合の細胞のカテコールオキシダーゼ活性が0.1U/OD600以上である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
1molのL-DOPAを基質として用いた場合のカテコールオキシダーゼ活性が、5×105U/mol以上である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドがチロシナーゼである請求項1、2又は3に記載の方法。
【請求項5】
チロシナーゼが、アスペルギルス(Aspergillus)属糸状菌、ニューロスポラ(Neurospora)属糸状菌、リゾムコール(Rhizomucor)属糸状菌、トリコデルマ(Tricoderma)属糸状菌、ペニシリウム(Penicillium)属糸状菌からなる群より選ばれる糸状菌のチロシナーゼである請求項4に記載の方法。
【請求項6】
チロシナーゼが、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)のmelBチロシナーゼ遺伝子、melDチロシナーゼ遺伝子又はmelOチロシナーゼ遺伝子にコードされるポリペプチドである請求項5に記載の方法。
【請求項7】
細胞が大腸菌(Escherichia coli)、酵母及び糸状菌からなる群より選ばれる微生物細胞である請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を2価銅イオンの存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(A)を含む請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、緩衝剤の存在下で-80〜0℃保存することによりその組成を調整する組成調整工程(B)を含む請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を塩の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(C)を含む請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程において得られるメラニン前駆体を、酸素非存在下pH3〜5、酸素非存在下pH5〜10、又は酸素存在下pH5〜7に維持した状態で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(D)を含む請求項1〜7及び10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、水溶性有機溶媒の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(E)を含む請求項1〜7、10及び11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物に対して、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素を、1molのL-DOPAを基質として用いた場合のカテコールオキシダーゼ活性が5×105U/mol以上となるようにして作用させることにより、基質化合物を酸化してメラニン前駆体に変換する酸化工程と、
反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程と
を含むメラニン前駆体の製造方法。
【請求項14】
カテコールオキシダーゼ活性を有するポリペプチドがチロシナーゼである請求項13に記載の方法。
【請求項15】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を2価銅イオンの存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(A)を含む請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、緩衝剤の存在下で-80〜0℃保存することによりその組成を調整する組成調整工程(B)を含む請求項13、14又は15に記載の方法。
【請求項17】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を塩の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(C)を含む請求項13又は14に記載の方法。
【請求項18】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程において得られるメラニン前駆体を、酸素非存在下pH3〜5、酸素非存在下pH5〜10、又は酸素存在下pH5〜7に維持した状態で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(D)を含む請求項13、14又は17に記載の方法。
【請求項19】
さらに、酸化工程と回収工程との間に、酸化工程により得られるメラニン前駆体を、水溶性有機溶媒の存在下で保存することによりその組成を調整する組成調整工程(E)を含む請求項13、14、17又は18に記載の方法。
【請求項20】
請求項1〜19のいずれかに記載の方法により得られるメラニン前駆体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
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【図12】
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【図14】
【図15】
【公開番号】特開2006−158304(P2006−158304A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−355179(P2004−355179)
【出願日】平成16年12月8日(2004.12.8)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年12月8日(2004.12.8)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】
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