説明

モリブデン材

【課題】 従来よりも低い温度で二次再結晶を引き起すことが可能で、且つ二次再結晶後の組織が粒界の少ない巨大な結晶粒からなり耐クリープ特性に優れるようにすることが可能な工業的に優位性のあるモリブデン材を提供する。
【解決手段】 本発明のモリブデン材は、表面から板厚方向に向かって全厚の5分の1の深さに該当する領域において、X線回折測定した場合、結晶回折面(110)および(220)のそれぞれのピーク強度が、(211)のピーク強度未満となる領域が存在する部分を少なくとも一部に有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モリブデン材に関する。
【背景技術】
【0002】
高温構造材料および部品材料等、高温で耐熱性が要求される部位にはモリブデン材が用いられる場合がある。しかしながら、材料に特定の元素を意図的に添加しない純モリブデン材の場合は、約1000℃以上で使用すると再結晶化し、等軸粒組織に変化する。等軸粒組織が生じると粒界すべりが起きやすくなるため耐クリープ特性が低下し、その結果変形し易くなる。
【0003】
そのため、モリブデン材を1000℃以上の高温で使用する場合は、高温での耐クリープ特性を改善する必要がある。
【0004】
モリブデン材の高温での耐クリープ特性を改善する方法としては、再結晶温度を使用温度以上に高めるか、再結晶しても耐クリープ特性に優れた組織とするか、いずれかの方法が知られている。
【0005】
このうち、再結晶温度を高める方法としては、非特許文献1に記載されたような、TZM合金(チタン、ジルコニウム、炭素を含むモリブデン合金)を用いることにより、一次再結晶温度を高める方法が知られている(非特許文献1)。しかし、TZM合金は再結晶温度が1400℃程度で純モリブデン材と比較して高いものの、再結晶後は等軸粒組織を形成するために、再結晶温度以上では純モリブデン材と同様に変形し易かった。
【0006】
また、再結晶しても耐クリープ特性に優れた材料とする方法としては、非特許文献2に記載のように、Al、Si、Kの組み合わせや、非特許文献3に記載されているような、Laなどの希土類酸化物を添加したモリブデン焼結体に高加工率の塑性加工を施すことによって、再結晶後の組織を加工方向に伸長させた長大結晶粒の積層組織とする方法が知られている(非特許文献2、3)。しかしながら、特性改善のための添加剤および組織制御は、モリブデン材への鍛造や圧延といった塑性加工時に亀裂の発生原因となり良品歩留の低下に影響する他、組織異方性に因る曲げ特性などの異方性を生じさせるために、モリブデン材サイズの制限が必要となる。さらに、焼成用敷板の場合のようにモリブデン材が他の元素からなる焼成物等と接する用途の場合には、モリブデン材に接する焼成物等とモリブデン材中の添加剤が反応する場合があり、焼成物の種類が制限される可能性があった。
【0007】
一方、塑性加工性の良い純モリブデン材で耐クリープ特性を改善する方法として、二次再結晶による結晶粒の巨大化を利用した方法がある。これは、結晶粒を巨大化させると、結晶粒界が少なくなることにより粒界のすべりが起き難くなるためであり、顕著な例としては単結晶材が挙げられる。
【0008】
ここで二次再結晶について説明すると、例えばモリブデン材の場合、圧延等の塑性によって形成された繊維状の組織が1000℃〜1100℃での熱処理によって、塑性加工により発生した歪を核として、新たに20〜30μm程度の結晶粒に変化する現象を一次再結晶あるいは単に再結晶と呼び、その一次再結晶粒で構成された材料をさらに高温で熱処理することによって、隣接する一次再結晶粒が合体、成長を繰り返し、巨大結晶粒に変化する現象を二次再結晶と呼ぶ(非特許文献4)。
【0009】
より詳細には、一次再結晶した数十μm程度の結晶粒は熱エネルギーを供給するに従い徐々に数十μm〜数百μmに巨大化するが、例えばある温度に達したとき、またはある温度で長時間加熱したときに、急激に成長し、mm単位以上の結晶粒になる。この急激な結晶粒の巨大化現象を二次再結晶と呼ぶ。
【0010】
そこで、特許文献1では、実質的に添加剤のない純度99.9%以上のモリブデン板材に2250℃の水素気流中で0.5〜5時間の結晶粒コントロール処理を行い、直径が15〜150mmの巨大な円板状結晶粒を形成させることによって、1800℃における耐クリープ特性に優れた板材とすることを可能にしている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭61−143548号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】T.Mrotzek et.al. , ”Hardening mechanisms and recrystallization behaviour of several molybdenum alloys” International Journal of Refractory Metals & Hard Materials, 2006, (24), p298-305.
【非特許文献2】Y.Fukasawa et.al. , “Very High Temperature Creep Behavior Of P/M Molybdenum Alloys”, Proceedings of the 11th International Plansee Seminar, vol.1 1985, p295-308.
【非特許文献3】R.Bianco et.al., "Mechanical Properties of Oxide Dispersion Strengthened (ODS) Molybdenum", Molybdenum and Molybdenum Alloys Edited by A. Crowson, E.S. Chen, J.A.Shields, and P.R. Subramanian, 1998, p125-142.
【非特許文献4】(社)粉体粉末冶金協会編「粉体粉末冶金用語辞典」、日刊工業新聞社、2001、p558−559
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1に記載された技術は、添加剤を使用しないため、上述の塑性加工時の亀裂発生、良品歩留低下の問題や被焼成物との反応の問題、高加工率の塑性加工も必要としないので組織の異方性や特性の異方性がなく良好な技術であるといえる。
【0014】
しかしながら、特許文献1記載のモリブデン板材は二次再結晶を生じさせるために必要な熱処理温度が2250℃であり、一次再結晶開始温度の1000℃から考えると非常に高いため、生産性や、エネルギーコストという観点からは、二次再結晶を生じさせるために必要な熱処理温度をより低下させることが望ましい。
【0015】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は従来よりも低い温度で二次再結晶を引き起すことが可能で、且つ二次再結晶後の組織が粒界の少ない巨大な結晶粒からなり耐クリープ特性に優れるようにすることが可能な工業的に優位性のあるモリブデン材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記した課題を解決するために、本発明者はモリブデン材のX線回折による各結晶回折面の強度と二次再結晶挙動の関係について着目し、鋭意検討した結果、モリブデン材の厚さ方向に対し、一定の領域の特定の結晶回折面のピーク強度と二次再結晶温度との間に有意な関係があることを見出した。
【0017】
さらに、このピーク強度を制御することにより、従来技術よりも低温で二次再結晶による結晶粒の巨大化を引き起せることを見出し、本発明をするに至った。
【0018】
即ち、本発明の第1の態様は、表面から厚さ方向に向かって全厚の5分の1の深さに該当する領域において、X線回折測定した場合、結晶回折面(110)および(220)のそれぞれのピーク強度が、(211)のピーク強度未満となる領域が存在する部分を少なくとも一部に有することを特徴とするモリブデン材である。
【0019】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載のモリブデン材を1700℃以上の温度で熱処理して得られ、前記板材断面の結晶粒の線分法による平均粒径が15mm以上であることを特徴とするモリブデン材である。
【0020】
本発明の第3の態様は、第1または第2の態様に記載のモリブデン材を有することを特徴とする加熱炉用構造部材である。
【0021】
本発明の第4の態様は、第1または第2の態様に記載のモリブデン材を有することを特徴とする焼成用敷板である。
【発明の効果】
【0022】
本発明においては、従来よりも低い温度で二次再結晶を引き起すことが可能で、且つ二次再結晶後の組織が、粒界の少ない巨大な結晶粒からなり耐クリープ特性に優れるようにすることが可能な工業的に優位性のあるモリブデン材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明のモリブデン板材の面および圧延方向を示す斜視図である。
【図2】本発明のモリブデン板材の部分斜視図である。
【図3】線分法の原理を説明するための図である。
【図4】本発明のモリブデン板材の組織形状および寸法を示す模式図である。
【図5】本発明の実施例に係るモリブデン板材のX線回折結果を示す図である。
【図6】比較例に係るモリブデン板材のX線回折結果を示す図である。
【図7】実施例および比較例に係るモリブデン板材の加熱温度と結晶粒径の関係を示す表である。
【図8】実施例および比較例に係るモリブデン板材の耐クリープ特性評価のための負荷試験の概略図である。
【図9】実施例および比較例に係るモリブデン板材の負荷試験の結果を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照して本発明に好適な実施形態を詳細に説明する。
【0025】
前述のように、本発明に係るモリブデン材は、厚さ方向に対し、一定の領域の特定の結晶回折面のピーク強度を制御したものであるが、以下、本発明のモリブデン材の条件について、板材を例に詳細に説明する。
【0026】
<組成>
本発明のモリブデン板材の組成については主成分がモリブデンであればよい。
具体的には、本発明の板材を高温で使用した際に接する材料、例えば本発明のモリブデン板材上で加熱処理される焼成物への汚染を考慮すると99.9質量%以上のモリブデンからなることが望ましいが、これに限定されるものではない。例えばモリブデンが主成分(98質量%以上)となる材料、より具体的には、例えば、モリブデンに0.1〜2.0質量%のランタン酸化物(La)を含有した板材や、モリブデンに0.3〜1.0質量%のチタン、0.01〜0.10質量%のジルコニウム、0.01〜0.1質量%の炭素を含む板材であっても同様に従来よりも低い温度で二次再結晶を引き起すなどの効果を得ることができる。即ち、モリブデン板材が添加剤と合金を形成していても同様の効果が得られる。
【0027】
<製造方法>
本発明のモリブデン板材は、モリブデン粉末を加圧成型・焼結し、これに圧延や鍛造などの塑性加工を施せば得られるものである。以下、圧延加工によりモリブデン板材を得る方法について説明するが、本発明のX線回折によるピーク強度が制御されれば、製造方法はこれに限定されるものではない。
【0028】
本発明のモリブデン板材を得るために使用するモリブデン粉末は、純度99.9質量%以上であることが望ましい。また原料粉末の粒径や嵩密度などの粉末特性や、焼結体を得るためのプレス工程および焼結工程の方法や条件については、塑性加工が可能な程度の密度である相対密度で90%以上の焼結体が得られるのであればよい。
【0029】
なお、焼結体の相対密度が90%未満の場合、板材を塑性加工する際に焼結体中の空隙により亀裂などが発生する原因となるため好ましくない。
【0030】
モリブデン粉末の加圧成型方法としては、例えば、Fsss法(フィッシャー法)にて測定した粒度が1.0〜10μmのモリブデン粉末を用い、公知の一軸式プレス機や冷間等方圧プレス機(CIP)などを用いて加圧成型することにより、成形体を形成すれば良い。また成形体の焼結方法としては、上記した成型体を、水素、アルゴン、真空などの非酸化性雰囲気で1700〜2000℃の加熱処理を行って焼結すれば良い。
【0031】
また、主成分のモリブデンの他に添加剤がある場合は、添加剤が焼結体中に均一に分散し、また焼結後の塑性加工において、歩留まりが悪化しないように、添加剤の純度や粒度などの粉末特性を適宜設定すればよい。
【0032】
焼結体の圧延加工は、1パス毎のロール間隔すなわち圧延加工率(=((圧延前の厚さ)-(圧延後の厚さ))×100/(圧延前の厚さ)単位%)を制御することで、板材の相対する上下面の少なくとも一方の面の、任意の表面から板厚方向に向かって板厚の5分の1の深さに該当する領域において、X線回折における特定の結晶面の強度を制御する。本発明品は圧延1パスあたりの圧延加工率を20%未満(0を含まない)とすることで、板材の相対する上下面の少なくとも一方の面の、任意の表面から板厚方向に向かって板厚の5分の1の深さに該当する領域において、X線回折測定した場合、結晶回折面(110)および(220)のそれぞれのピーク強度が、(211)のピーク強度未満となるように制御できる。
【0033】
ここで圧延1パスあたりの加工率を20%未満としたのは、本発明に係る特定の結晶回折面の強度を確実に制御できる条件だからであり、圧延加工率を20%以上とすると結晶回折面の強度を制御し難く、また圧延割れなどにより良品歩留を下げてしまうからである。また、1パスあたりの圧延加工率の下限は5%以上、より好ましくは15%以上が好ましい。これは、5%未満の場合、圧延パス数が増加し製造コストが増加するためである。
【0034】
また、本発明のモリブデン板材を得るための焼結体の厚さに特に制限はない。そのため、例えば厚さ20mmの板材を得るための焼結体厚さは、50mmあるいは150mmであっても構わない。
【0035】
ここで、圧延総加工率(=((焼結体の厚さ)-(圧延後の板材の最終厚さ))×100/(焼結体の厚さ)単位%)は少なくとも50%以上なければ、本発明のX線回折ピーク強度は得難い。より好ましくは85%以上である。
【0036】
上記1回あたりの加工率および総加工率を満たすためには、数十回、例えば20回の加工(圧延パス数)が必要となる。1回あたりの圧延率を20%を境界とすることにより得られるモリブデン板材の表面および内部のX線回折線図形は、多くの加工(圧延パス数)を施すことにより大きく異なることとなる。
【0037】
得られたモリブデン板材の結晶組織の模式図を図4(a)に示す。圧延により繊維状組織となっている。
【0038】
<X線回折強度>
次に、本発明の板材の結晶面のX線回折強度測定について記す。図1に板材の概略図を示す。板材のND面は、圧延される面、即ち圧延ロールと接する面であり、本実施形態で定義する板材の上下面に該当する。
【0039】
本発明のモリブデン板材は、板材の相対する上下面の少なくとも一方の面の、表面から板厚方向に向かって板厚の5分の1の深さに該当する領域において、X線回折測定した場合、結晶回折面(110)および(220)のそれぞれのピーク強度が、(211)のピーク強度未満となる領域が存在する部分を少なくとも一部に有する。
【0040】
即ち、本発明において二次再結晶に顕著な影響を与える重要な板材の部位、即ちモリブデン板材のX線回折強度を制御する領域は、図2に示すように、板材の相対する上下面の少なくとも一方の面の、任意の表面から板厚方向に向かって板厚の5分の1に該当する領域とした。
【0041】
なお、ここで「板厚の5分の1に該当する領域」とは、塑性加工材の表面に不可避的に発生する酸化物を除去した後の板材の実質表面から5分の1に該当する深さの±50μmの範囲を指す。なお、酸化物除去とは、圧延加工終了後に施すものであり、加工中に生じた表面の酸化物層を、水素雰囲気での加熱還元処理、王水や弗酸および硝酸の混合液等による化学薬品処理、切削や研磨等による機械的除去、又はこれらの組み合わせにより取り除くことを言う。
【0042】
また、結晶回折面の強度の制御を板材の相対する上下面、即ち図1のND面の少なくとも一方としたのは、上下面のいずれかが制御されていれば、1700℃以上の熱処理によりモリブデン板材全体が二次再結晶を引き起し、板断面、即ち図1ではTD面やRD面の結晶粒の平均粒径が15mm以上となるためである。また板表面からの距離を限定したのは、板表面から板厚に対し5分の1に該当する領域のX線回折強度が二次再結晶温度に顕著な影響を与えることが判明したからである。
【0043】
結晶回折面のピーク強度を上記条件にすることにより、従来よりも低温で二次再結晶が起こるメカニズムについては詳細不明であるが、結晶粒の再結晶現象は、モリブデン板材の結晶粒に、圧延や鍛造などの加工を施すことにより歪が与えられ、これが加熱処理により歪が開放され、加工によって発生した歪を核として新たに形成される一次再結晶と、二次再結晶がある。二次再結晶は、この一次再結晶粒の巨大化および合体が起きる現象であり、本発明に係るモリブデン材では、二次再結晶現象に大きな影響を与える要因は、一次再結晶前のモリブデン材の状態、即ち再結晶の核となる部位が、結晶回折面のピーク強度が上記条件を満たす領域に存在することと考えられる。
【0044】
ここで、上述したように図1のND面の一方の面のみが本発明のX線回折強度を表わす場合があるが、これは塑性加工条件、例えば、モリブデンの板材の圧延加工では板材加工時の上下面の反転などの条件によるものである。他方、上下面均等に圧延した場合はND面の両面が本発明のX線回折強度を呈し易い。
【0045】
なお、必ずしも板材表面全面にわたって5分の1に該当する領域のX線回折強度が上記要件を満たしている必要はなく、板材表面の少なくとも一部に上記要件を満たす部分があれば、当該部分を基点として二次再結晶が生じうる。
【0046】
<一次再結晶温度>
一次再結晶温度は一般に加工条件により多少の差異はあるものの概ね1000℃〜1100℃程度であり、本発明の板材においても、従来材同様1000℃〜1100℃程度である。
【0047】
参考までに、図4(b)に一次再結晶組織の模式図を示した。一次再結晶を起こす為の雰囲気は、非酸化性雰囲気であれば特に問わない。例えば、水素、アルゴン、真空雰囲気などが挙げられ、これらの組み合わせからなる雰囲気でも構わない。
【0048】
<二次再結晶温度>
次に、本発明におけるモリブデン板材の二次再結晶を起こさせるためには、1700℃以上にて熱処理する必要がある。これは、現状の技術ではその温度未満の場合、例えば1600℃で10時間の加熱処理では二次再結晶を起こし難いためである。なお、加熱時間は、1700℃では10時間程度は必要であるが、それを超える温度になるとより短時間で二次再結晶を引き起す。また熱処理する際の雰囲気は、上述の一次再結晶の場合と同様である。
【0049】
<二次再結晶粒径>
本発明のモリブデン板材を1700℃以上で熱処理した際に板断面の結晶粒の平均粒径は15mm以上であるのが望ましい。これは、良好な耐クリープ特性を得るために必要な結晶粒径であるためである。また特許文献1には処理温度および処理時間に費やす経済的負担を理由に最大結晶粒径を150mmとしてあるが、本発明品を用いれば、比較的、低温・短時間にて結晶粒を巨大化することができ、条件によっては単結晶にすることも可能である。また、板材のサイズが大きくなっても、それを熱処理できる大きさの加熱炉を準備すれば、板材のサイズに合わせて二次再結晶後の結晶粒径を大きくすることができるため、最大結晶粒径は制限されない。
【0050】
なお、ここでいう、平均結晶粒径とは、図3に示すようにひとつの試験片に対し、板材上下面に平行な3本の任意の線を引き、それぞれの線で結晶粒径を算出した場合の平均値のことである。
【0051】
なお、本発明のモリブデン材は基本的に寸法の制限はない。モリブデン材の寸法は製造設備である加熱炉や圧延、鍛造、伸線等の塑性加工装置などにより決まる。本発明者の試験では、一例として長さ1500mm、幅1000mm、厚さ20mmの大型板材である、本発明のモリブデン材を得ることができた。
【実施例】
【0052】
以下、実施例に基づき、本発明をさらに詳細に説明する。
【0053】
(実施例1および比較例1)
種々の加工条件でモリブデン板材を作製し、板厚方向のピーク強度と二次再結晶化温度の関係、および二次再結晶化後の耐クリープ特性等を評価した。具体的な手順は以下の通りである。
【0054】
<実施例1の試料の作製>
純度99.9質量%、Fsss 法にて測定した粒度4μmのモリブデン粉末を出発原料として用いた。このモリブデン粉末をラバーに充填してCIPにて2ton/cmの圧力でプレス成型し、水素気流中1800℃にて10時間の焼結を行い、幅300mm、長さ400mmで、厚さが20mmおよび150mmの二つの焼結体を得た。得られた焼結体の相対密度は各々94.2%、94.4%であった。
【0055】
この焼結体を1500℃で20分間加熱した後に、2ないし3パスの圧延と1200℃での再加熱を繰り返し、最終的に板厚1.0、1.5、2.0、3.0、10、20 mmのモリブデン板材を得た。本発明の実施例1では板厚1.0〜3.0mmまでは厚さ20mmの焼結体を圧延して作製し、板厚10、20mmの板材は厚さ150mmの焼結体を圧延して作製した。
【0056】
ここで実施例1の試料は1パスあたりの圧延加工率(=((圧延前の厚さ)-(圧延後の厚さ))×100/(圧延前の厚さ)単位%)を20%未満、具体的には10〜19.8%とした。
【0057】
最後に、表面の酸化物を水素雰囲気中にて800℃で還元処理後王水にて除去し、その後純水で洗浄して実施例1の試料を得た。
【0058】
<X線回折>
次に、得られた試料に以下の手順によりX線回折を行い、板厚方向のピーク強度を測定した。
【0059】
まず、試料のND面(圧延面)を耐水研磨紙(#100番〜#1000番)を用いて湿式研磨し、電解液(過塩素酸:エタノール=1:9)中に研磨した試料を浸漬させ、電流1Aで150秒間の電解研磨を施し、X線回折を行う板厚方向深さまで試料を研磨した。
【0060】
次に、株式会社リガク製X線回折装置(RAD-2X)で、Cu管球を用い、管電流30mA 、管電圧40kVとし、スキャンスピード:1度(deg)/min、発散スリット:1度(deg)、散乱スリット:1度(deg)、受光スリット:0.15mm、測定角度2θ=30〜120度(deg)の条件で試料のX線回折を行い、出力された測定結果の(110)、(220)、(211)面の強度の大きさを比較した。なお、ここで得られたデータは、測定原データのバックグラウンド処理、平滑化処理およびKα2除去を装置ソフトにより自動にて行った後に得られたものである。
【0061】
次に、再度、上記研磨を行い、X線回折を行う板厚方向深さまで試料を研磨し、当該深さでX線回折を行った。この作業を所定の深さになるまで複数回繰り返し、その都度X線回折によるND面の板厚さ方向のピーク強度の変化を測定した。
【0062】
得られたモリブデン板材のX線回折によるND面の板厚さ方向のピーク強度の変化の一例(板材厚さ1.5mm)を表1に、表1をグラフにしたものを図5に示した。
【0063】
【表1】

【0064】
表1および図5から明らかなように、板厚さ方向中央近傍では(211)の強度比が、(110)、(220)に比較し高く、(110)、(220)の強度は0に近い値であることが分かる。また板厚に対し5分の1に相当する表面から300μmの領域においては(110)、(220)の強度が(211)の強度未満となっている。実施例1の他の試料においても各結晶面の分布は全て同様の傾向であった。
なお、結晶組織は図4の(a)の模式図に代表される状態であった。
【0065】
<組成測定結果>
次に、得られた試料の組成を測定した。
具体的には、金属成分を島津製作所製プラズマ発光分析装置ICPS−8100を用いて測定した。ガス不純物としてはO、Cの測定を、それぞれOはLECO社製TC-600で、CはLECO社製WC−230で測定した。
【0066】
その結果、試料の組成は、98.0質量%以上のモリブデンとその他不可避不純物からなっていた。なお、ここで不可避不純物としては、Al、Ca、Cr、Cu、Fe、Mg、Mn、Ni、Pb、Si、Sn、Ti、Zr、Znの金属不純物およびO、Cのガス不純物であり、これらを除いた純度をモリブデン純度とした。
【0067】
<比較例1の試料の作製およびX線回折>
実施例1と同様に幅300mm、長さ400mmで、厚さが20mmおよび150mmの二つの焼結体を得、この焼結体を1500℃で20分間加熱した後に、2ないし3パスの圧延と1200℃での再加熱を繰り返し、最終的に板厚1.0、1.5、2.0、3.0、10、20 mmのモリブデン板材を得た。ここで1パスあたりの圧延加工率を20〜23%とした。なお、実施例1と同様に、板厚1.0〜3.0mmまでは厚さ20mmの焼結体を圧延して作製し、板厚10、20mmの板材は厚さ150mmの焼結体を圧延して比較例1の試料を得た。
【0068】
上記比較例1のうち板厚1.5mmの試料を用い、実施例1と同様に板厚方向のX線ピーク強度の変化を測定し、表2および図6に示す結果を得た。
【0069】
【表2】

【0070】
表2および図6に示すように、比較例1の試料では、板材表面から板厚方向に1/5の領域における結晶回折面(110)および(220)のそれぞれのピーク強度が(211)以上となる板材であった。
【0071】
<二次再結晶化温度測定>
次に、実施例1および比較例1にて得られた各試料を1600〜2200℃で1時間から最長10時間まで水素気流中にて熱処理し、熱処理後の板材のTD面(図1参照)の組織観察を行い、平均結晶粒径を前述の線分法にて算出し、二次再結晶化温度を評価した。
【0072】
なお、実施例1および比較例1にて得られた各試料は上記各温度に達するまでの間、具体的には1000℃〜1100℃で一次再結晶を起こした。
【0073】
平均結晶粒の測定は、図1のTD面にて組織観察を行い、結晶粒径を算出した。試験片はそれぞれの板材において長さが30mmになるように切断し、研磨・エッチングにより結晶粒サイズを観察できるように調整し、線分法にて結晶粒径を算出した。より具体的には、図3に示すようにひとつの試験片に対し、板材上下面に平行な3本の任意の線を引き、それぞれの線で結晶粒径を算出してその平均値をその試料の平均結晶粒径とした。
【0074】
ただし、二次再結晶後の結晶粒径は1mm以上となり、図4(c)の模式図に示したような組織形態をとるため結晶粒径を特定するのは難しい場合がある。そこで、15mm以上の結晶粒径であれば全て“15mm以上”と表記することとした。結果を図7に示す。
【0075】
図7から明らかなように、実施例1の試料はTD面の全ての領域において1700℃以上且つ少なくとも10時間の加熱で結晶粒径が15mm以上になるのに対し、比較例1の試料は2000℃での熱処理によって15mm以上に巨大化したのは板厚1.0mmの場合のみであり、その他の比較例1の試料は2200℃の加熱を行わなければ15mm以上の結晶粒が得られなかった。また1600℃では実施例1および比較例1ともに平均結晶粒径が100μm以下であり、二次再結晶は起こらなかった。なお、平均結晶粒径を測定した任意の3本においては顕著な差異はなかった。二次再結晶が起きた結晶組織は図4の(c)に模式図として表わされたものに類似したものであった。
【0076】
また、実施例1の試料はモリブデン板材断面の結晶粒径の測定はTD面にて観察しているが、RD面でも同様の組織が得られていた。
【0077】
特許文献1にはモリブデン板材の圧延条件や結晶面等についての記述はないが、今回の結果と照らし合わせると、本実施例で記載した、加熱時間に関係なく2200℃での加熱により結晶粒が巨大粒化した全ての比較例1は特許文献1にほぼ該当する板材であると考えられる。即ち、実施例1の試料は特許文献1類似品に比較し低温にて巨大結晶化したことが分かった。
【0078】
<耐クリープ特性評価>
次に、実施例1および比較例1の試料の耐クリープ特性を、1800℃における負荷試験による変形量にて評価した。
【0079】
具体的には、まず、実施例1の試験片を水素気流中1800℃で5時間加熱し、二次再結晶させ、寸法が幅20mm×長さ150mmとなるように加工した。なお、板厚は、1.0、1.5、2.0、3.0、10、20mmのものを用いた。比較例1の試験片も同様に加熱処理および所定の寸法に加工した。比較例1の各試料はいずれも二次再結晶していなかった。
【0080】
次に、図8に示すように、試験片1をタングステン製治具2および2’の上にセットした。治具2および2’の距離は100mmとし、治具2および2’上の試験片の中央部に荷重3を付与した。試験する際の荷重は板厚1mmで125g、板厚1.5mmで280g、板厚2mmで500g、板厚3mmで1.1kgとした。また板厚10mmおよび20mmでは試験の安全性を考慮し12.5kgとした。
【0081】
次に、試験片に前記荷重を付与した状態で、水素気流中、1800℃で最長100時間まで加熱し、試料の変形量を測定した。変形量は、図8に示すように、試験前の試験片1と試験後の試験片1’の上面の位置の差異として表わし、マイクロゲージを用いて測定した。なお、試験の安全を考慮して、20mm変形したものに関してはその時点で試験を中断した。
【0082】
測定された変形量を図9に示す。
図9に示すように、比較例1の試料は板厚に関係なく20時間経過後には20mm変形したが、実施例1の試料は100時間経過後も殆ど変形することもなく良好な耐クリープ特性を示した。また従来技術である特許文献1には同様の試験方法にて板厚2mmのデータが記載されているが、本発明品はその試験結果と比較し同等以上の優れた結果が得られた。
【0083】
(比較例2)
実施例1の板材のうち、板厚1.5mmのものを、両表面から深さ1/5+50μmまでの領域を研磨により除去し、1600〜2200℃で1時間から最長10時間まで水素気流中にて熱処理し、熱処理後の試料のTD面(図1参照)の組織観察を行い、平均結晶粒径を前述の線分法にて算出し、二次再結晶化温度を評価した。
【0084】
その結果、上記板材は、比較例1の試料と同様に、2200℃まで熱処理しないと二次再結晶による結晶粒の巨大化を引き起さなかった。
【0085】
これは、実施例1の試料には両表面から深さ1/5の領域に、従来よりも低温で二次再結晶が生じる起点の核が形成されていたためと考えられる。
【0086】
以上の結果から、モリブデン板材の相対する上下面の少なくとも一方の面の、任意の表面から板厚方向に向かって板厚の5分の1の深さに該当する領域において、圧延方向に対して平行な面の結晶回折面のピーク強度を制御することにより、従来技術(特許文献1)に比べて低い温度で二次再結晶を引き起すことが可能で、且つ耐クリープ特性に優れた工業的に優位性のあるモリブデン板材が得られることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0087】
以上、本発明を実施形態および実施例に基づき説明したが、本発明は上記した実施形態に限定されることはない。
【0088】
当業者であれば、本発明の範囲内で各種変形例や改良例に想到するのは当然のことであり、これらも本発明の範囲に属するものと了解される。
【0089】
例えば、上記した実施形態および実施例では、モリブデン板材を圧延加工により製造しているが、その他の鍛造加工などによるモリブデン板材であっても、実施形態および実施例記載のX線回折面のピーク制御がされていれば、同様に二次再結晶させることができる。
【0090】
また、上記した実施形態および実施例では、モリブデンの形状を板状としているが、板材以外の形状、例えば線棒形状であっても、基本的に再結晶現象は同様であることから上記X線回折面のピーク制御がされれば同様に、低温で二次再結晶化させることができると考えられる。この場合、線棒表面から中心軸に向かって、線棒の直径の5分の1の深さに該当する領域のX線回折面のピーク強度が、上記した条件を満たしていれば良い。
【0091】
なお、本発明は、高温構造材料および部品材料、特に、高温炉を構成する壁面やその他構成材料を支持する部品、より具体的には台板、ヒーター、反射板やボルトのような止め具などの高温炉本体を構成する材料や、セラミックス、MIM(金属射出成形)品および希土類磁石などの焼結体を製造する際に使用される焼成用敷板に利用される。
【0092】
また、本発明は、単結晶育成用炉の部材、具体的には、例えばアルミナを溶融してサファイヤ単結晶を製造する際の単結晶育成用炉の炉を構成する部材や二次再結晶後の変形が少ないことからサファイヤ単結晶引き上げに用いられる部材としても利用可能である。
【符号の説明】
【0093】
1 クリープ試験前の試験片
1’ クリープ試験後の試験片
2、2’ クリープ試験治具
3 クリープ試験荷重

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面から厚さ方向に向かって全厚の5分の1の深さに該当する領域において、X線回折測定した場合、結晶回折面(110)および(220)のそれぞれのピーク強度が、(211)のピーク強度未満となる領域が存在する部分を少なくとも一部に有することを特徴とするモリブデン材。
【請求項2】
モリブデン含有量が98.0質量%以上であることを特徴とする請求項1に記載のモリブデン材。
【請求項3】
板材形状を有し、板材の相対する上下面の少なくとも一方の面の、表面から板厚方向に向かって板厚の5分の1の深さに該当する領域において、X線回折測定した場合、結晶回折面(110)および(220)のそれぞれのピーク強度が、(211)のピーク強度未満となる領域が存在する部分を少なくとも一部に有することを特徴とする請求項1または2のいずれか一項に記載のモリブデン材。
【請求項4】
線棒形状を有し、表面から中心軸方向に向かって直径の5分の1の深さに該当する領域において、X線回折測定した場合、結晶回折面(110)および(220)のそれぞれのピーク強度が、(211)のピーク強度未満となる領域が存在する部分を少なくとも一部に有することを特徴とする請求項1または2のいずれか一項に記載のモリブデン材。
【請求項5】
1700℃以上の温度で熱処理したときに、断面の結晶粒の線分法による平均粒径が15mm以上となることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のモリブデン材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のモリブデン材を1700℃以上の温度で熱処理して得られ、前記断面の結晶粒の線分法による平均粒径が15mm以上であることを特徴とするモリブデン材。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のモリブデン材を有することを特徴とする加熱炉用構造部材。
【請求項8】
請求項3記載のモリブデン板材を有することを特徴とする焼成用敷板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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