説明

モリブデン系金属材料用電解加工液、およびこれを用いるモリブデン系金属製品の製造方法

【課題】毒劇物を使用することなくモリブデン系金属材料の電解加工を可能とするための手段を提供すること。
【解決手段】グリコール系化合物を含む水系溶媒に、アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物からなる群から選ばれる電解質ならびにクエン酸が溶解されてなるモリブデン系金属材料用電解加工液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モリブデンおよびモリブデン合金等のモリブデン系金属材料用電解加工液に関するものであり、詳しくは、毒劇物を使用することなくモリブデン系金属材料の電解研磨および電解エッチング加工を可能とするモリブデン系金属材料用電解加工液に関するものである。
更に本発明は、前記電解加工液を使用するモリブデン系金属製品の製造方法にも関するものである。
【背景技術】
【0002】
モリブデン(Mo)は高融点の耐熱材料であるため、高い耐熱性が求められる各種用途に広く用いられている。例えば、電子顕微鏡において電子ビーム径を調節するために使用されるアパーチャーは、電子ビームによる高温に晒されるため、その多くはモリブデン箔に微細孔を開けて製作されている。その加工にはモリブデン箔の薄さと要求精度等の理由で放電加工やフォトプロセスを用いた電解エッチング加工が用いられている。電解エッチング加工は、放電加工と比べて加工コストが低いため、近年、アパーチャー加工の重要な方法となっている。
【0003】
一般に、モリブデン系金属材料の電解加工液としては、クロム酸や硫酸を含む水溶液が使用されているが、クロム酸、硫酸とも劇物に指定されているため作業性や洗浄、廃液処理に課題をかかえている。
【0004】
これに対し非特許文献1には、クロム酸を含まない(クロムフリー)電解加工液によりモリブデン箔を電解エッチング加工することが可能となったことが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】出口、外舘:電子顕微鏡用アパーチャーの微細孔加工技術の開発−モリブデン箔の電解エッチング加工−,埼玉県産業技術総合センター研究報告,7,(2009)70
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載の電解加工液は、エチレングリコールと硫酸を含む水溶液であり、クロム酸を使用することなくモリブデン箔の電解加工(電解エッチング加工)を可能とするものである。しかし、上記クロムフリー電解加工液に含まれる硫酸も劇物であるため、作業性や洗浄、廃液処理の観点からは、クロム酸も硫酸も含まない毒劇物フリーの電解加工液によりモリブデンの電解加工を可能とすることが望まれる。
【0007】
そこで本発明の目的は、毒劇物を使用することなくモリブデン系金属材料の電解加工を可能とするための手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、以下の新たな知見を得た。
まず本発明者は上記目的を達成するために、非引火性であり安全性の高いグリコール系化合物を含む水系溶媒に、安全性の高い塩であるアルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物からなる群から選ばれる電解質を溶解した電解加工液を使用してモリブデン系金属材料を電解加工(電解研磨加工、電解エッチング加工)することを試みたところ、電解加工は可能であったが、電解加工中に液が顕著に白濁する現象が確認された。これは電解加工中に陰極で発生した気泡が液中に浮遊したことが原因であったが、電解加工における気泡の発生は気泡が被加工部分に滞留し加工精度(例えば電解エッチング処理における貫通孔の形状精度、電解研磨における研磨面の均一性)を悪化させるおそれがあるため、上記白濁を起こすことなく電解加工を可能とする電解加工液が望まれる。
そこで本発明者が上記組成系の電解加工液における気泡による白濁を抑制するために鋭意検討を重ねた結果、安全性の高い有機酸であるクエン酸を添加することにより電解加工中の液の白濁を抑制できることが判明した。これに対し、クエン酸以外の有機酸や無機酸では白濁を抑制することはできなかった。
本発明者は以上の検討の結果、グリコール系化合物を含む水系溶媒に、上記安全性の高い電解質とともにクエン酸を溶解させることにより、毒劇物を使用することなく、かつ電解加工中の液の白濁を抑制してモリブデン系金属材料を電解加工することが可能となることを見出すに至った。
【0009】
即ち、上記目的は、下記手段により達成された。
[1]グリコール系化合物を含む水系溶媒に、アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物からなる群から選ばれる電解質ならびにクエン酸が溶解されてなるモリブデン系金属材料用電解加工液。
[2]前記溶媒中の水の含有量が50体積%以下である、[1]に記載のモリブデン系金属材料用電解加工液。
[3]クエン酸の含有量が0.08〜2.4mol/lの範囲である、[1]または[2]に記載のモリブデン系金属材料用電解加工液。
[4]前記グリコール系化合物はエチレングリコールである、[1]〜[3]のいずれかに記載のモリブデン系金属材料用電解加工液。
[5]電解研磨液として使用される、[1]〜[4]のいずれかに記載のモリブデン系金属材料用電解加工液。
[6]電解エッチング液として使用される、[1]〜[4]のいずれかに記載のモリブデン系金属材料用電解加工液。
[7]モリブデン系金属材料を陽極とし、[1]〜[4]のいずれかに記載の電解加工液を電解研磨液として電解研磨処理を行うことを特徴とする、表面に研磨面を有するモリブデン系金属製品の製造方法。
[8]モリブデン系金属材料の表面にレジストを塗布する工程と、
前記レジストにフォトマスクを介して露光し、パターン部を形成する工程と、
前記パターン部またはパターン部以外のレジストを除去することにより、モリブデン系金属材料表面の一部を露出させる工程と、
前記露出した表面を腐食させることにより、凹部および/または貫通孔を形成する工程と、
前記モリブデン系金属材料表面上のレジストを除去する工程と
を含む、凹部および/または貫通孔を有するモリブデン系金属製品の製造方法であって、
前記露出した表面の腐食を、前記モリブデン系金属材料を陽極とし、[1]〜[4]のいずれかに記載の電解加工液を電解エッチング液として電解エッチング処理することにより行うことを特徴とする、前記製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、毒劇物を含まず引火性もない安全性の高い電解加工液を用いてモリブデン系金属材料を電解加工することができる。更に、クエン酸を使用した電解加工液は強い刺激臭もなく取り扱いが容易である点でも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明のモリブデン系金属製品の製造方法の一態様の概略を示す説明図である。
【図2】電解加工装置の構成を示す。
【図3】電解研磨試料の説明図である。
【図4】実施例1の電解処理後の試料の状態を示すデジタルカメラ写真である。
【図5】比較例1および実施例1の電解処理中の電解液の状態を撮影したデジタルカメラ写真である。
【図6】比較例2〜4の電解処理中の電解液の状態を撮影したデジタルカメラ写真である。
【図7】実施例11で得られた結果を示す。
【図8】電解エッチング試料の説明図である。
【図9】実施例12における加工表面の走査型電子顕微鏡写真(倍率100倍)である。
【図10】実施例12における加工表面の走査型電子顕微鏡写真(倍率400倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[モリブデン系金属材料用電解加工液]
本発明の電解加工液は、モリブデン系金属材料の電解加工に使用されるものであって、グリコール系化合物を含む水系溶媒に、アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物からなる群から選ばれる電解質ならびにクエン酸が溶解されてなる。本発明の電解加工液は、劇物であるクロム酸および硫酸を使用することなくモリブデン系金属材料の電解加工を可能とするものである。安全性の高いアルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物からなる群から選ばれる電解質と、安全性の高い有機酸であるクエン酸を、非引火性であるグリコール化合物を含む水系溶媒に溶解してなるものであるため、きわめて高い安全性を有するとともに、強い刺激臭もなく取り扱いが容易であるという利点を有する。更に、電解加工中の液の白濁を抑制することが可能である。
以下、本発明の電解加工液について、更に詳細に説明する。
【0013】
本発明の電解加工液は、電解により金属材料表面を溶解させる各種電解加工に使用することができる。電解加工の具体例としては、電解研磨加工および電解エッチング加工を挙げることができ、それらの詳細は後述する。
【0014】
本発明において電解加工対象となる金属材料は、モリブデン系金属材料であり、純モリブデン、またはチタンジルコニアモリブデン合金、モリブデンハフニウムカーバイド、モリブデンランタン合金、モリブデンイットリウム合金、その他金属成分としてモリブデンを含む各種モリブデン合金を挙げることができる。このようなモリブデン系金属材料の電解加工液としては、前述のように従来は劇物であるクロム酸や硫酸を含むものが使用されていた。これに対し本発明によれば、以下に記載の安全性に優れ、かつ電解加工時の液の白濁の抑制が可能なモリブデン系金属材料用電解加工液を提供することができる。本発明の電解加工液はモリブデン含有量の高い金属材料への適用に適するものであり、90質量%以上、更には95重量%以上のモリブデンを含む高純度モリブデン系金属材料への適用に好適なものである。
【0015】
本発明の電解加工液の溶媒は、グリコール系化合物を含む水系溶媒である。水系溶媒とは水を含有する溶媒を意味し、安全性の点からは水とグリコール系溶媒からなる混合溶媒が好ましい。上記水系溶媒中の水の含有量は、鏡面仕上がり(高光沢度)の滑らかな加工面を得る観点からは、50体積%以下であることが好ましい。また、加工速度の観点からは、上記水系溶媒中の水の含有量は10体積%以上であることが好ましく、20体積%以上であることがより好ましい。加工品質および加工速度の観点からは、水とグリコール系溶媒からなる混合溶媒において、水とグリコール系溶媒との混合比は、グリコール系溶媒:水(体積比)=2:1〜1:1の範囲であることが好ましい。
【0016】
上記水系溶媒に含まれるグリコール系化合物(グリコール系溶媒)としては、下記一般式(I)で表されるグリコール系化合物を挙げることができる。加工精度の観点から好ましい具体例としては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、またはプロピレングリコールを挙げることができ、最も好ましくはエチレングリコールである。なお、本発明ではグリコール系化合物を一種単独で使用してもよく、二種以上を併用することも可能である。
【0017】
【化1】

(式中、Rは水素原子またはメチル基であり、好ましくは水素原子である。nは1〜3の範囲の整数であり、好ましくは1〜2の範囲の整数である。)
【0018】
本発明の電解加工液は、安全性の高い塩であるアルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物からなる群から選ばれる電解質を含む。具体的には、アルカリ金属塩化物としては、塩化ナトリウム、塩化リチウムおよび塩化カリウムを挙げることができ、アルカリ土類金属塩化物は、塩化カルシウムおよび塩化ストロンチウムを挙げることができる。なお、本発明では、二種以上のアルカリ金属塩化物、アルカリ土類金属塩化物を併用することも可能である。本発明の電解加工液中の上記電解質の濃度は、前記水系溶媒に対する使用する電解質の溶解度を考慮して設定することが好ましい。加工品質の観点からは、上記電解質の濃度は、溶媒1リットルに対して50g以上とすることが好ましく、65g以上とすることがより好ましく、100g以上とすることが更に好ましく、130g以上とすることがよりいっそう好ましい。mol/l表示の濃度としては、0.85mol/l以上とすることが好ましく、1.5mol/l以上とすることがより好ましい。後述の実施例で示すように、鏡面仕上がり(高光沢度)の滑らかな加工面を得るためには電解質濃度を高くするほど好ましいが、飽和濃度を超えて電解質を添加すると電解加工液中に塩化物が析出し加工精度が低下する場合があるため、電解質の濃度は飽和濃度以下とすることが好ましい。
【0019】
本発明の電解加工液は、前記水系溶媒中に電解質とともにクエン酸が溶解されてなるものであり、クエン酸を含むことにより電解加工中の液の白濁を抑制することができる。上記白濁を効果的に抑制する観点からは、本発明の電解加工液中のクエン酸の含有量は、0.08mol/l以上であることが好ましく、0.15mol/l以上であることがより好ましい。また、加工速度の観点からは、本発明の電解加工液中のクエン酸の含有量は2.4mol/l以下であることが好ましく、0.60mol/l以下であることがより好ましく、0.40mol/l以下であることが更に好ましい。なお、上記クエン酸の含有量は無水クエン酸基準で示したが、本発明ではクエン酸水和物を使用して電解加工液を調整することも、もちろん可能である。
【0020】
本発明の電解加工液は、前記水系溶媒に、アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物からなる群から選ばれる電解質とクエン酸を溶解することにより調製されるものであり、上記の成分に加えて公知の添加剤を含むこともできるが、基本的に上記した成分から構成されるものである。クエン酸を含むため、通常液性は酸性であり、pHとしては1〜3程度が好適である。本発明の電解加工液を電解研磨液として使用することにより高い光沢度を有するモリブデン系金属製品を提供することができ、電解エッチング液として使用することにより所望形状にエッチング加工されたモリブデン系金属製品を提供することができる。本発明の電解加工液を使用する電解加工の詳細については後述する。
【0021】
[モリブデン系金属製品の製造方法]
本発明のモリブデン系金属製品の製造方法の第一の態様(以下、「方法1」という)は、電解研磨処理を行うことにより表面に研磨面を有するモリブデン系金属材料を得るものである。
本発明のモリブデン系金属製品の製造方法の第二の態様(以下、「方法2」という(は、電解エッチング処理により凹部および/または貫通孔を有するモリブデン系金属製品を得るものである。
以下、方法1、方法2の詳細を、順次説明する。
【0022】
方法1
方法1は、表面に研磨面を有するモリブデン系金属製品の製造方法であって、モリブデン系金属材料を陽極とし、本発明の電解加工液を電解研磨液として電解研磨処理を行うものである。研磨処理される表面は、上記金属材料の表面の一部でもよく全部でもよい、部分的に研磨処理するためには、研磨処理対象の部分以外をテープ等でマスキングしたうえで電解研磨処理を行えばよい。
【0023】
方法1では、研磨処理する金属材料を陽極とし、該陽極と陰極との間に、本発明の電解加工液を配置して電解研磨処理を行うことができる。具体的には、陽極と陰極を本発明の電解加工液中に浸漬して電解研磨処理を行うことができる。
【0024】
陰極の材料は、特に限定されるものではなく、例えば、チタン、白金、ステンレス、銅などを挙げることができる。また陰極の形状についても特に制限はなく、研磨する金属材料の形状に応じて、電流が均一に流れるような形状にすることが好ましく、例えば、平板状とすることができる。前述のように、本発明では前記クエン酸を含む電解加工液を使用するため、電解研磨処理中に陰極で発生した気泡が液中に浮遊し液が白濁することを防ぐことができる。
【0025】
電解研磨処理は、公知の方法で行うことができ、電解条件は所望の研磨量および研磨面の状態(例えば光沢度)を考慮して決定することが好ましい。例えば極間電圧は5〜40V、電流密度は100〜800mA/cm2、電解処理時間は1〜60分間程度とすることができる。ここで、「極間電圧」とは、陽極(被加工物)と陰極(電極)の間の電圧をいう。印加する電流は直流であっても交流であってもよい。また、電解研磨処理を行う際の電解加工液の温度は、例えば常温(室温)程度とすることができ、5〜40℃の範囲とすることが好ましい。電解研磨処理は一定条件で行ってもよく、連続的または段階的に極間電圧などの電解条件を変化させながら行うこともできる。また、電解を休止することなく全工程を連続して行ってもよく、一旦休止する期間を設けることも可能である。研磨処理中に研磨面に異物が付着する場合には、電解を一旦休止して液を攪拌したり被研磨物を振動させることにより、研磨面から異物を除去することが、研磨効率を高める上で有効である。
【0026】
以上説明した方法1により、処理前と比べて光沢度が向上した研磨面を有するモリブデン系金属製品を得ることができる。方法1および後述する方法2におけるモリブデン系金属材料については、本発明の電解加工液について前述した通りである。
【0027】
方法2
方法2は、モリブデン系金属材料の表面にレジストを塗布する工程(以下、「第一工程」という)と、前記レジストにフォトマスクを介して露光し、パターン部を形成する工程(以下、「第二工程」という)と、前記パターン部またはパターン部以外のレジストを除去することにより、モリブデン系金属材料表面の一部を露出させる工程(以下、「第三工程」という)と、前記露出した表面を腐食させることにより、凹部および/または貫通孔を形成する工程(以下、「第四工程」という)と、前記モリブデン系金属材料表面上のレジストを除去する工程(以下、「第五工程」という)と、を含む、凹部および/または貫通孔を有するモリブデン系金属製品の製造方法であって、前記露出した表面の腐食を、前記モリブデン系金属材料を陽極とし、本発明の電解加工液を電解エッチング液として電解エッチング処理することにより行うものである。
以下、方法2の詳細を、図1に基づき説明する。
【0028】
図1は、方法2の概略を示す説明図である。
まず、モリブデン系金属材料の表面にレジストを塗布する(第一工程:図1(a))。次いで、前記レジスト上にフォトマスクを介して露光することにより、該レジスト上にフォトマスクのパターンを転写する(第二工程:図1(b))。その後、前記パターンが転写されたレジストの一部を除去することにより、モリブデン系金属材料表面の一部を露出させる(第三工程:図1(c))。
第一工程、第二工程、第三工程は、電解エッチング加工において広く用いられている公知のフォトリソグラフィー技術を用いて行うことができる。
【0029】
本発明では、レジストとしては、公知のレジストを用いることができる。レジストは、金属材料の片面のみに塗布してもよいが、貫通孔を形成する場合は金属材料の両面にレジストを塗布し、上下面に同一のパターンを形成することが好ましい。電解エッチング加工では、エッチングが内部に進むに従い径が小さくなる傾向がある。そのため、均一な径の貫通孔を形成するためには、上下面に同一のパターンを形成し、金属材料の両面からエッチングを行うことが好ましい。なお、レジストを一方の面のみに塗布する場合は、電解処理において他の面がエッチングされることがないように、非導電性マスキング等の公知の非導電性処理を行えばよい。
【0030】
第二工程では、光源としては、紫外線等の使用するレジストに応じた光源を用いることができる。第二工程により、レジスト上にフォトマスクのパターンが転写され、パターン部が形成される。なお、フォトマスクにより露光が遮られた未露光部分が、パターン部となる。
【0031】
その後、パターン部(未露光部分)またはパターン部以外(露光部)のレジストを除去し、金属材料表面の一部を露出させる。レジストの除去は、公知の現像方法により行うことができる。現像液は、使用するレジストに応じて適宜選択すればよい。レジストとしてポジ型レジストを使用した場合は、露光した部分のレジストが現像により除去され、ネガ型レジストを使用した場合は、未露光部分のレジストが現像により除去される。
以上の工程により、凹部および/または貫通孔を形成したい位置において金属材料表面を露出させることができる。
【0032】
次に、第四工程について説明する。
第四工程は、露出した表面を腐食させることにより、凹部および/または貫通孔を形成する工程である(図1(d))。この工程において、前記露出した表面の腐食を、前記モリブデン系金属材料を陽極とし、本発明の電解加工液を電解エッチング液として電解エッチング処理することにより行う。具体的には、第三工程において表面の一部を露出させた金属材料を陽極とし、該陽極と陰極との間に、本発明の電解加工液を配置して電解エッチング処理を行うことができる。より具体的には、陽極と陰極を電解加工液中に浸漬して電解エッチング処理を行うことができる。本工程において、露出した表面を腐食し、深さ方向に金属を除去することにより、凹部、更には貫通孔を形成することができる。陰極の材料および形状については、先に方法1について記載した通りである。
【0033】
電解エッチング加工では、加工面にくぼみができ、それが徐々に深くなっていくことによりエッチングが進行し、凹部、更には貫通孔が形成される。方法2における電解エッチング処理は、公知の方法で行うことができ、電解条件は、加工対象の金属材料および所望の凹部、貫通孔の形状(直径、深さ等)に応じて適宜設定することができる。例えば、極間電圧は3〜40V、電流密度は25〜800mA/cm2とすることができる。電解処理時間は、金属材料の厚さおよび所望の凹部、貫通孔の形状等に応じて設定すればよく、例えば1〜60分間とすることができる。その他の電解処理の詳細については、方法1について先に記載した通りである。
【0034】
次いで、第四工程における凹部および/または貫通孔形成終了後、金属材料表面に残存しているレジストを除去する(第五工程:図1(e))。レジスト除去は、使用するレジストに応じたレジスト剥離液やアセトン等の溶媒を用いて公知の方法で行うことができる。
以上の工程により、凹部および/または貫通孔を有するモリブデン系金属製品を得ることができる。
【0035】
本発明は、モリブデン系金属材料が適用される様々な金属製品、例えば半導体デバイス等の電子機器、光学機器、化学機器に適用可能である。また、方法2により貫通孔が形成された金属製品は、例えば、フィルター、アパーチャー等であることができる。
本発明によれば、上記モリブデン系金属製品を安全性の高い電解加工液を用いて製造することができ、また上記電解加工液によれば電解加工中の液の白濁を防止することができる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例に基づき本発明を更に説明する。ただし本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0037】
1.電解研磨処理の実施例・比較例
【0038】
1−1 クエン酸添加効果の確認
[実施例1〜3、比較例1]
(1)電解加工装置
電解加工装置の構成を、図2に示す。
電源は直流電源(最大電流5A)を用いた。電解槽にはガラス製角形容器(100mm×100mm×100mm)を用い、電解加工試料(陽極)は槽の中央に配置した。電極(陰極)はステンレス板(SUS304,板厚0.2mm)を角形容器の壁面(被加工面と対向する面)に沿わせて配置した。なお、後述の電解エッチング処理の実施例において使用した電解加工装置も同様の構成であるが、両面から電解エッチング加工するため、電極を対向する2面に配置する点が異なる。
【0039】
(2)電解研磨試料
純モリブデン板(ニラコ社製、0.50mm厚×100mm×500mm,純度99.95%(質量%))からシャーリング加工機で帯状(幅 15mm)に加工したものをエタノール中で超音波洗浄後、図3に示すようにフッ素樹脂テープ(日東電工社製ニトフロン粘着テープ)でマスキングすることにより研磨面積(50mm×15mm)を調整し、研磨試料とした。
【0040】
(3)電解加工液の調製
エチレングリコール300mlと水300mlとの混合溶媒600mlに塩化ナトリウム60gを溶解した水溶液に、表1に示す量のクエン酸一水和物を溶解することにより電解加工液を調製した。
【0041】
(4)電解研磨処理
上記(3)で調製した電解研磨液を用いて、図2に示す電解加工装置を用いて、液温20℃、極間電圧20Vで定電圧電解を3分間行った。電解処理中の液の白濁の有無を表1に示す。
【0042】
(5)板厚減量の測定
研磨部分5箇所において、マイクロメータで研磨処理前後の板厚を測定し平均値を算出た。(研磨処理前の板厚の平均値)−(研磨処理後の板厚の平均値)を板厚減量とした。
【0043】
(6)光沢度
光沢計VGS−300A(日本電色(株))において、鏡面光沢度測定方法(JIS Z8741)に基づき測定角度60°で研磨面の中央部分を4回測定し、平均値を算出した。上記方法で研磨処理前の鏡面光沢度を測定したところ、158であった。
【0044】
【表1】

【0045】
表1に示すように、実施例1〜3および比較例1では、電解処理により板厚が減量したためクロム酸および硫酸を使用することなくモリブデンの電解研磨処理が可能となったことが確認できる。また、研磨処理により鏡面光沢度を高めることができたことから、電解処理により鏡面研磨加工が可能であることも確認できる。代表例として、実施例1の処理後の試料の状態を示すデジタルカメラ写真を図4に示す。
しかしクエン酸を含まない電解加工液を使用した比較例1では、電解処理中に液が顕著に白濁した。対比のため、比較例1および実施例1の電解処理中の電解液の状態を撮影したデジタルカメラ写真を図5に示す。比較例1の電解処理中の装置内を目視で観察したところ、陰極表面から多量の気泡が発生していたことから、白濁の原因は陰極で発生する気泡であることが確認された。電解加工における気泡の発生は気泡が被加工部分に滞留し加工精度を悪化させるおそれがある。
これに対し図5下図に示すように、実施例1では電解処理中に液が白濁することはなかった。実施例2、3でも、電解処理中の電解液は図5下図に示す状態であり白濁は見られなかった。以上の結果から、クエン酸添加により電解処理中の液の白濁を抑制できることが示された。
【0046】
[実施例4、5]
下記表2に示す電解加工液および電解条件により電解処理を行った点以外、上記実施例と同様の処理および評価を行った。実施例1〜3と同様、電解処理中の液の白濁はなく、研磨処理後には板厚減量および鏡面光沢度の向上が確認された。
【0047】
【表2】

【0048】
[実施例6]
水(300ml)−エチレングリコール(300ml)−塩化カルシウム(120g)−クエン酸一水和物(40g)の組成を有する電解加工液(pH1.2)を使用し、極間電圧15Vで定電圧電解を10分間実施(液温20℃)したところ、電解処理中の液の白濁は確認されなかった。また、上記方法で測定した鏡面光沢度は532であり、鏡面加工されたことが確認された。
【0049】
[比較例2]
クエン酸に代えて酸として塩酸5mlを使用した点(電解処理液のpH0.9)以外、実施例1〜3と同様の処理および評価を行った。電解処理中の液の状態を撮影したデジタルカメラ写真を図6に示す。板厚減量は16μm、鏡面光沢度は510であったことから電解処理により研磨が行われたことは確認されたが、図6に示すように電解処理中に液が白濁した。また、塩酸は劇物であることから、上記組成の電解加工液は毒劇物フリーの電解加工液とはなり得ない。
【0050】
[比較例3]
クエン酸に代えて酢酸30mlを使用した点(電解処理液のpH3.4)以外、実施例1〜3と同様の処理および評価を行った。電解処理中の液の状態を撮影したデジタルカメラ写真を図6に示す。板厚減量は13μm、鏡面光沢度は484であったことから電解処理により研磨が行われたことは確認されたが、図6に示すように電解処理中に液が白濁した。また、酢酸を使用したため電解加工液は刺激臭が強い点でも、実施例で使用した電解加工液と比べて不利であった。
【0051】
[比較例4]
クエン酸に代えて乳酸30mlを使用した点(電解処理液のpH3.0)以外、実施例1〜3と同様の処理および評価を行った。電解処理中の液の状態を撮影したデジタルカメラ写真を図6に示す。板厚減量は13μm、鏡面光沢度は490であったことから電解処理により研磨が行われたことは確認されたが、図6に示すように電解処理中に液が白濁した。また、乳酸を使用したため電解加工液は刺激臭が強い点でも、実施例で使用した電解加工液と比べて不利であった。
【0052】
1−2 溶媒混合比の検討
[実施例7〜10]
下記表3に示す組成の電解液を使用し、極間電圧を使用した電源の最大電流5Aを超えない範囲で5V刻み(5V、10V、15V、…、60V)で設定し定電圧電解を3分間行った点以外は前述の実施例と同様の処理および評価を行った。各組成について最大の鏡面光沢度を示した極間電圧と、その際の板厚減量を表3に示す。
【0053】
【表3】

【0054】
表3に示すように、いずれの組成においても板厚減量が確認されたことから、表3に示す組成の電解加工液により電解研磨処理が行われたことが確認できる。また、混合溶媒中の水の含有量が50体積%以下の実施例8、9において電解処理前の光沢度(鏡面光沢度158)を超える加工が実現されたことから、電解研磨処理により高光沢度表面を得るためには混合溶媒中の水の含有量を50体積%以下とすることが好ましいことも確認できる。
【0055】
1−3 電解質濃度の検討
[実施例11]
水(300ml)−エチレングリコール(300ml)−塩化ナトリウム−クエン酸一水和物(40g)の組成において、塩化ナトリウム濃度の光沢度に与える影響を確認するために、塩化ナトリウム量を20g、40g、60g、80gと変えた電解加工液を調製した。各電解加工液を使用し、極間電圧を15Vまたは20Vに設定し定電圧電解を3分間行った点以外は前述の実施例と同様の処理および評価を行った。いずれの電解処理においても板厚が減量したことから、電解研磨処理が行われたことが確認できる。
鏡面光沢度の結果を、図7に示す。図7に示すように、塩化ナトリウム量20gでは研磨前と比べて鏡面光沢度は低下するが塩化ナトリウムを増量するほど処理後の鏡面光沢度が改善することが確認できる。したがって、高い光沢度を有する研磨面を得るためには電解加工液中の電解質濃度が高いことが好ましいと言える。ただし飽和濃度を超える量の電解質を添加すると析出した電解質が研磨面に付着する可能性があるため、電解質濃度は飽和濃度以下とすることが好ましい。
【0056】
2.電解エッチング処理の実施例
【0057】
[実施例12]
実施例1で使用した電解加工液により、以下の方法で電解エッチング処理を行った。なお上記電解加工液のpHは3.2であった。
【0058】
(1)電解エッチング試料
純Mo箔(0.03mm厚)にフォトレジスト(富士ハントエレクトロニクステクノロジー社製SC450,膜厚3μm)を用いて両面にパターニングした。孔パターンの開口径はφ0.15mm孔を加工する目的でアンダーカット(サイドエッチ:レジストパターン下部被加工金属の横方向への溶解進行)を見込んでφ0.132mmとした。そして図8に示すように孔パターンを25mm×15mmの範囲にピッチ0.2mmで形成した。孔総数は約9,000個になる。
【0059】
(2)電解加工装置
両面から電解エッチング加工するため、電極を対向する2面に配置した点以外、電解研磨処理の実施例で使用した電解加工装置と同様の構成の電解加工装置を使用した。
【0060】
(3)電解エッチング処理
実施例1で使用した電解加工液を用いて、上記(2)の電解加工装置を用いて、液温20℃、極間電圧10Vで定電圧電解を4分間行った。
加工表面を走査型電子顕微鏡SE−2150(日立製作所)で観察した結果、図9および図10に示すように、滑らかな加工面を持つ貫通孔が電解エッチング加工できたことが確認された。また、電解エッチング処理中の液の状態を目視で観察したところ、白濁は見られなかった。
【0061】
以上の結果から、本発明によれば毒劇物フリーの電解加工液により、モリブデン系金属材料の電解加工を行うことが可能となり、しかも電解処理中の液の白濁を抑制できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、電子機器、光学機器、化学機器等のモリブデン系金属材料が使用される各種分野に適用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリコール系化合物を含む水系溶媒に、アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物からなる群から選ばれる電解質ならびにクエン酸が溶解されてなるモリブデン系金属材料用電解加工液。
【請求項2】
前記溶媒中の水の含有量が50体積%以下である、請求項1に記載のモリブデン系金属材料用電解加工液。
【請求項3】
クエン酸の含有量が0.08〜2.4mol/lの範囲である、請求項1または2に記載のモリブデン系金属材料用電解加工液。
【請求項4】
前記グリコール系化合物はエチレングリコールである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のモリブデン系金属材料用電解加工液。
【請求項5】
電解研磨液として使用される、請求項1〜4のいずれか1項に記載のモリブデン系金属材料用電解加工液。
【請求項6】
電解エッチング液として使用される、請求項1〜4のいずれか1項に記載のモリブデン系金属材料用電解加工液。
【請求項7】
モリブデン系金属材料を陽極とし、請求項1〜4のいずれか1項に記載の電解加工液を電解研磨液として電解研磨処理を行うことを特徴とする、表面に研磨面を有するモリブデン系金属製品の製造方法。
【請求項8】
モリブデン系金属材料の表面にレジストを塗布する工程と、
前記レジストにフォトマスクを介して露光し、パターン部を形成する工程と、
前記パターン部またはパターン部以外のレジストを除去することにより、モリブデン系金属材料表面の一部を露出させる工程と、
前記露出した表面を腐食させることにより、凹部および/または貫通孔を形成する工程と、
前記モリブデン系金属材料表面上のレジストを除去する工程と
を含む、凹部および/または貫通孔を有するモリブデン系金属製品の製造方法であって、
前記露出した表面の腐食を、前記モリブデン系金属材料を陽極とし、請求項1〜4のいずれか1項に記載の電解加工液を電解エッチング液として電解エッチング処理することにより行うことを特徴とする、前記製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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