説明

ヤブレツボカビ科原生生物における多価不飽和脂肪酸の含量を高める方法

本発明は、細胞を低温条件下に保存することによって、原生生物ヤブレツボカビにおける多価不飽和脂肪酸(PUFA)の含量を、0.5〜5倍に高める方法であって、原生生物を培地に接種するステップ、前記培養物を室温にて2〜5日間増殖させるステップ、遠心分離によって前記細胞を収穫してバイオマスを得るステップ、前記バイオマスを12〜48時間、約10℃にて保存するステップ、および前記保存されたバイオマスから、増大したPUFAを得るステップ、を含む方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原生生物ヤブレツボカビにおける多価不飽和脂肪酸(PUFA)の含量を、細胞を低温条件下に保存することによって0.5〜5倍に高める方法であって、原生生物を培地に植えつけるステップ;培養物を、室温にて2〜5日間増殖させるステップ;遠心分離によって細胞を収穫してバイオマスを得るステップ;バイオマスを12〜48時間、約10℃にて保存するステップ;および保存されたバイオマスから増大したPUFAを得るステップを含む方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脂肪酸は脂質の構成成分であり、脂質はあらゆる生物の成長、生存、繁殖に必要とされる。脂肪酸のうち飽和脂肪酸は、炭素原子が互いに一重結合によって結合しており、炭素二重結合を含まない化学構造を有する。不飽和脂肪酸は、1つ以上の、互いの炭素原子が二重結合によって結合している化学構造を有する。多価不飽和脂肪酸(以下、PUFAと称する)は、そのような二重結合が2つ以上存在する脂肪酸である。
【0003】
PUFAのうちの2種類は、動物および人間の健康において極めて重要であると考えられる。この2種類とはドコサヘキサエン酸とエイコサペンタエン酸であり、以下においてそれぞれを、DHAとEPAと称する。DHAとEPAの分子構造はいずれも、脂肪酸構造のメチル末端から3番目の炭素原子が最初の二重結合を形成している。したがって、これらのPUFAは、オメガ−3PUFAとも称される。DHAには22個の炭素原子が含まれており、これらのなかに6個の炭素二重結合が存在する。EPAには20個の炭素原子が含まれており、これらのなかに5個の炭素二重結合が存在する。
【0004】
DHAとEPAのいずれも、人間の健康と動物の栄養にとって重要であることが明らかになっている。人間の健康に関してDHAとEPAは、子供の脳の発達、アテローム性動脈硬化の防止、夜盲症の防止、神経疾患の防止に重要なことが明らかになっているほか、癌の防止の可能性も示されている(Bajpai, P. and P. K. Bajpai. 1993. Journal of Biotechnology 30: 161-183 ; Barclay, W. R. et al. 1994. Journal of Applied Phycology 6: 123-129; Singh, A. and O. P. Ward. 1997. Advances in applied microbiology, 45: 271-312)。
【0005】
これら2種類のオメガ−3PUFAは、甲殻類生物(エビなど)の成長と繁殖を促進させることが明らかにされており、甲殻類生物は、人間により消費される養殖生物として非常に重要である(Harrison, K. E. 1990. Journal of Shellfish Research 9: 1-28)。
【0006】
したがってDHAとEPAを、人間および動物の食料に取り込むことは意義深いと考えられる。ヤブレツボカビ科の原生生物におけるDHAおよびEPAの含量は、本発明に詳しく説明されるように、高い粘性の培地中で細胞を増殖させることによって、その天然状態の含量よりも高められるので、ヤブレツボカビ科の細胞は、人間の栄養補給剤および動物飼料として、現在知られている方法と比較して、より好ましく使用されうる。ヤブレツボカビ科の細胞は、よく知られている発酵手法を用いて大規模に培養されうる。このようにして得られた細胞は、適切な工程(例えば噴霧乾燥や冷凍など)を経た後に貯蔵されることによって、動物飼料として使用されうる。また、オメガ−3脂肪酸の含量が増大した細胞バイオマスを収穫し、それからDHAとEPAを純粋な形で抽出することもできる。これらは、不可欠なオメガ−3PUFAを十分に含まない人間の食品を補うために使用されうる。
【0007】
人間が消費するEPAおよびDHAの主たる供給源の一つは魚油である。しかしながら魚油は、多くの消費者が不快に感じる匂いがあるという欠点を有する。また、DHAおよびEPAが含まれる魚は、季節によって非常に限定され、そのオメガ−3PUFA含量も変動する。さらに魚油のほとんどは水素化されるので、オメガ−3PUFAも分解される。
【0008】
これらの理由から、EPAおよびDHAを含み、かつ大規模に培養されうる微生物は、人間の栄養分および動物飼料に好適に用いられると考えられる(Bajpai, P. and P. K. Bajpai. 1993. Journal of Biotechnology 30: 161-183)。いくつかの単細胞植物、すなわち藻類には、多量のEPAおよびDHAが含まれており、上記の目的に適していると考えられてきた。A. Singh and O. P. Ward(Singh, A. and O. P. Ward, 1997. Advances in Applied Microbiology 45: 272-312)を参照。微生物は、安価な栄養物を用いて容易かつ大規模に培養することができる。いくつかの種類の微生物には、多量のEPAおよびDHAが含まれている。このような微生物は、そのまま食料として用いられたり、さらなる用途を目的として上記のPUFAを抽出されうる。多量のDHAおよびEPAを含む微生物を調べた結果、ヤブレツボカビ科の原生生物に、最も多量のDHAおよびEPAが含まれていることが明らかにされた。ヤブレツボカビは、商業的な重要性がすでに検討されている。ヤブレツボカビ科の細胞は、動物飼料中で使用されたり、PUFAを抽出されたりして、商業的に利用されている(Lewis, T. E. et al., 1999, The Biotechnological potential of thraustochytrids. Marine Biotechnology 1: 580-587; US Patent No. 6,451, 567 of 17 September 2002)。
【0009】
日本国特許第9633263号(1996年)には、ヤブレツボカビ株の食品産業における用途として、食品添加物、栄養補給剤、幼児用調乳の添加物、飼料添加物および医薬品添加物などが記載されている。その株には、少なくとも2重量%のDHA(乾燥重量)が含まれている。一方、日本国特許第9803671号(1998年)には、ヤブレツボカビ科の原生生物のリピドからの、発酵によるDHA、および別のPUFAであるドコサペンタエン酸(DPA)の製造について記載されている。原生生物ヤブレツボカビの細胞は、養殖における飼料としてそのまま使用することができる(米国特許第5,908,622号、1999年6月1日)。あるいは、ヤブレツボカビの細胞から、適切な技術を用いてDHAおよびEPAを抽出することができる(特開平10−3105555(1998年11月24日)、特開平10−310556(1997年5月12日))。米国特許第5,340,594号明細書には、高濃度のオメガ−3PUFAを含む原生生物ヤブレツボカビを用いて、微生物産物そのもの、またはその抽出物を生産する方法が記載されている。またヤブレツボカビ科の原生生物を、人間の栄養補給剤として利用できる可能性もある(Application A428 of Australia New Zealand Food Authority (ANZFA), 12 Dec. 2001)。
【0010】
ヤブレツボカビ科原生生物からDHAおよびEPAを生産するためには、それを発酵槽において適切な条件下で成長させて、商業的に有用な量の前記2種類のPUFAを得る必要がある。いくつかの研究報告および特許では、ヤブレツボカビにおけるDHAおよびEPAの増大と生産に適した条件を提供するという課題に取り組んでいる。米国特許第5,340,742号明細書には、原生生物ヤブレツボカビの成長に適しているとされる培地中で、原生生物ヤブレツボカビを成長させる方法が開示されている。米国特許第6,461,839号明細書(2002年10月8日)には、炭素源としてオイルまたは脂肪酸が含まれている培地を用いて、ラビリンチュラ属(Labyrinthula sp.)においてPUFAを生産する方法が示されている。Yokochi等(1999; Applied Microbiology and Biotechnology, 49, 72-76)は、ヤブレツボカビ属スキゾキトリウムリマシウム(thraustochytrid Schizochytrium limacinum)において多量のDGAを生産するための、塩分、温度、炭素源、油/窒素源について説明している。スラウストキトリウム・アウレム(Thraustochytrium aureum)にとって好適なpHと培地成分も知られている(Iida T. et al., Journal of Fermentation and Biogengineering, 81: 76-78)。
【0011】
本発明は、培地の成分に依存することなく、原生生物ヤブレツボカビにおけるDHAおよびEPAの含量を高めて、PUFAを商業的に高い収率で得ることを目的とする。さらに、上述した先行技術特許では、DHAおよびEPAの濃度が中程度である種々の株が考慮されていないが、本発明においては、DHAおよびEPAの含量が中程度である株さえも、低温条件下にさらすことによって、多量のPUFAを生産するために用いることができる。
【0012】
米国特許第5,340,594号明細書には、ヤブレツボカビが、成長時にわたって低温によるストレスを受けると、培地中に多量の溶存酸素を維持すると記載されている。しかしながら、数百リットルにもおよぶ多量のヤブレツボカビの培養物を低温条件下に維持することは、高コストな方法である。さらに米国特許第5,340,594号明細書には、酸素含有量の高い液体培地から細胞バイオマスを取り出して低温条件下に保存した場合に、そのPUFA含量が高められることを示唆する記載はない。さらに、PUFA含量の変動に注目させる示唆はない。一方、本出願人は数百の実験を行って本願方法を開発した。さらに、いかなる当業者も、上記の米国特許に記載された方法からPUFA含量を推測することはない。本願発明では、室温において細胞を増殖させ、細胞を収穫し、収穫された細胞を低温にて保存することによって、上記の問題を克服する。この保存ステップによって、DHAおよびEPA含量を増加させる。
【0013】
上記した特許のすべては、多数のヤブレツボカビの培養物をスクリーニングして、DHAおよびEPA含量が最も高い株を選択し、それらの突然変異株を作製し、その突然変異株を商業生産に最適な培養条件下で培養する技術に関する。米国特許第6,410,282号明細書には、多価不飽和脂肪酸を増大させる方法が示されているが、この方法では、培地の成分を変えずに、ポリビニルピロリドン(PVP)を添加することによって培地の粘性を増大させている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の主たる目的は、原生生物ヤブレツボカビにおけるPUFA含量を増大させることにより、上述した欠点を解消することである。
本発明の別の目的は、最適な栄養条件下でヤブレツボカビ株を作製して、通常に生産されるよりも多量のDHAおよびEPAを生産することである。
本発明のさらに別の目的は、標準培地で原生生物ヤブレツボカビの培養物を室温にて増殖させ、細胞を収穫し、収穫された細胞を低温条件下で保存することによって、原生生物ヤブレツボカビの脂肪酸の含量を高めることである。
本発明のさらに別の目的は、原生生物ヤブレツボカビにおける多価不飽和脂肪酸(PUFA)の含量を、細胞を低温条件下に保存することによって0.5〜5倍に高める方法を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、ヤブレツボカビ科の原生生物における多価不飽和脂肪酸(PUFA)の含量を、細胞を低温条件下に保存することによって0.5〜5倍に高める方法であって、原生生物を培地に植えつけるステップ、培養物を室温にて2〜5日間増殖させるステップ、遠心分離によって細胞を収穫してバイオマスを得るステップ、バイオマスを12〜48時間、約10℃にて保存するステップ、および保存されたバイオマスから増大したPUFAを得るステップ、を含む方法に関する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
したがって本発明は、ヤブレツボカビ科の原生生物における多価不飽和脂肪酸(PUFA)の含量を、細胞を低温条件下に保存することによって、0.5〜5倍に高める方法であって、原生生物を培地に植えつけるステップ、培養物を室温にて2〜5日間増殖させるステップ、遠心分離によって細胞を収穫してバイオマスを得るステップ、バイオマスを12〜48時間、約10℃にて保存するステップ、および保存されたバイオマスから増大したPUFAを得るステップ、を含む方法に関する。
【0017】
本発明の別の実施形態においては、ヤブレツボカビ科の原生生物における多価不飽和脂肪酸(PUFA)の含量を、細胞を低温条件下に保存することによって0.5〜5倍に高める方法であって、
・ 原生生物を培地に植えつけるステップと、
・ 培養物を室温にて2〜5日間増殖させるステップと、
・ 遠心分離によって細胞を収穫してバイオマスを得るステップと、
・ バイオマスを12〜48時間、約10℃にて保存するステップと、
・ 保存されたバイオマスから増大したPUFAを得るステップと、
を含む。
【0018】
本発明の別の実施形態においては、PUFAはドコサヘキサエン酸(DHA)およびエイコサペンタエン酸(EHA)である。
本発明のさらに別の実施形態においては、増大したPUFAは、動物飼料、人間の栄養分、および栄養補給剤として用いられる。
本発明のさらに別の実施形態においては、室温は25〜30℃の範囲である。
本発明のさらに別の実施形態においては、原生生物ヤブレツボカビは、スラウストキトリウム(Thraustochytrium)、スキゾキトリウム(Schizochytrium)、およびウルケニア(Ulkenia)である。
【0019】
本発明のさらに別の実施形態においては、培地は0.3重量%〜3.0重量%濃度のペプトンと、0.005重量%〜0.5重量%濃度の酵母エキスと、0.005重量%〜5.0重量%濃度のグルコースと、海水とを含む。
本発明の別の実施形態においては、ペプトンの濃度は約1.5重量%である。
本発明のさらに別の実施形態においては、酵母エキスの濃度は約0.1重量%である。
本発明のさらに別の実施形態においては、グルコースの濃度は約1.0重量%である。
【0020】
本発明のさらに別の実施形態においては、通常条件下でPUFAの含量が中程度である細胞さえからも、PUFAが多量に生産される。
【0021】
本発明は、標準培地中で原生生物ヤブレツボカビの培養物を室温にて増殖させ、細胞を収穫し、それらを低温条件下で保存することによって提供される。
【0022】
したがって本発明は、原生生物ヤブレツボカビにおける多価不飽和脂肪酸の含量を高める冷蔵方法であって、(a)スラウストキトリウム(Thraustochytrim)、スキゾキトリウム(Schizoclaytrium)、ウルケニア(Ulkenia)などの属に属するヤブレツボカビの培養物を用意するステップ、(b)上記原生生物の培養物を、培地中で25〜30℃の範囲の温度にて2〜5日培養するステップ、(c)遠心分離によって上記培養物から細胞を収穫するステップ、(g)細胞バイオマスを低温条件下で最大48時間保存するステップ、ならびに(h)増大した量のドコサヘキサエン酸(DHA)およびエイコサペンタエン酸(EPA)を抽出するステップを含む方法を提供する。
【0023】
本発明の別の実施形態においては、原生生物ヤブレツボカビの細胞におけるPUFAの含量を高める方法が提供される。
本発明のさらに別の実施形態においては、標準培地中で培養物を増殖させ、細胞を収穫し、それらを低温条件下で保存することによって、原生生物ヤブレツボカビの細胞中のDHAおよびEPA含量を増大させる。
本発明のさらに別の実施形態においては、使用される培地は、0.5重量%〜1.5重量%(好ましくは1.5重量%)のペプトン、0.01重量%〜0.1重量%(好ましくは0.1重量%)の酵母エキス、0.01重量%〜1.0重量%(好ましくは1.0重量%)のグルコース、および100mlの海水を含有する。
【0024】
本発明のさらに別の実施形態においては、低温での保存時間は12〜48時間である。
本発明のさらに別の実施形態においては、増大するPUFAは、DHAおよびEPAである。
【0025】
本発明は、原生生物ヤブレツボカビにおける多価不飽和脂肪酸の含量を高める方法に関する。詳細には、本発明は、ヤブレツボカビと称される原生生物のグループに属する微生物の細胞中の多価不飽和脂肪酸である、ドコサヘキサエン酸およびエイコサペンタエン酸を、前記細胞を低温条件下にて保存することによって増大させる方法に関する。このような多価不飽和脂肪酸(PUFA)の含量が増大された細胞は、動物飼料、人間の栄養分、栄養補給剤用としてのPUFAの抽出など、多価不飽和脂肪酸を必要とするさまざまな有用な用途において、PUFAの含量が増大されていない細胞よりも好ましく利用されうる。
【0026】
したがって本発明は、標準培地、またはDHAおよびEPAの生産のために最適化された培地を用いて、かつ収穫された細胞バイオマスを低温にて保存して、原生生物ヤブレツボカビにおける多価不飽和脂肪酸の含量を高める方法を提供する。
ステップa:DHAおよびEPAを含むヤブレツボカビの培養物を用意する。
ステップb:前記株を培地に植え付ける。
ステップc:培養物を2日間増殖させる。
ステップd:前記培地を使用する接種物として使用するための培養物を取得し、それをヤブレツボカビを培養するための標準培地、またはその特定の株におけるEPAおよびDHAの生産用に最適化されている培地に植えつける。
ステップe:前記培養物を25〜30℃にて、個別に2〜5日間増殖させる。
ステップf:遠心分離またはその他の適切な方法によって、上記培養物から細胞を収穫する。
ステップg:細胞を10℃の温度にて12〜48時間保存し、増大した量のドコサヘキサエン酸(DHA)およびエイコサペンタエン酸(EPA)を抽出する、または細胞バイオマスをさまざまな目的に使用する。
【0027】
まず本発明では、オメガ−3PUFAであるDHAおよびEPAを含む、ヤブレツボカビの候補種の培養物を、液体培地に植えつける。それ以外の原生生物ヤブレツボカビに属する原生生物の株、例えば米国バクテリア登録機関ATCC(American Type Culture Collection)株として、ヤブレツボカビ属(Thraustochytrium sp.)に属するATCC番号18906、18907、20890、20891、20892、26185;スラウストキトリウム・ロセウム・ガルトナー(Thraustochytrium roseum Gaertner)に属するATCC番号28210;スラウストキトリウム・アウレム・ゴールドスタイン(Thraustochytrium aureum Goldstein)に属するATCC番号34304を使用することができる。ヤブレツボカビ以外に、ヤブレツボカビに関連する原生生物ラビリンチュラ(labyrinthulid protists)のメンバー、例えばラビリンチュラ種またはアプラノキトリウム種(Aplanochytrium)などを使用してもよい。
【0028】
適切な培地とは、例えば、ペプトン、酵母エキス、グルコースおよび海水を含む培地である。培養物が良好に増殖することができるのであれば、他の培地を用いてもよい。培養物を、25〜30℃の範囲の室温にて2日間増殖させる。この培養物を接種物として使用して、上記のような標準培地、または特定のヤブレツボカビ株におけるDHAおよびEPAの生産に最適化された培地に植えつける。培養物は、実験室の回転式振盪培養機の上のフラスコの中で増殖させるか、大規模な培養が必要なときには、発酵槽の中で増殖させればよい。培養物は、25〜30℃の室温か、または前記特定の株の増殖にとって好ましい任意の温度にて増殖されればよい。
【0029】
培養物を適切な期間(例えば2〜7日間)増殖させた後、培養物から細胞を収穫する。細胞の収穫は、遠心分離、定常流遠心分離(continuous flow centrifugation)、濾過などの任意の適切な方法によって行えばよい。次いで、細胞バイオマスを約10℃にて12〜48時間保存する。その後、保存された細胞は、ヤブレツボカビの細胞を必要とするあらゆる用途に使用されうる。前記用途の例には、動物飼料、人間の栄養補給剤、あるいは純粋なDHAおよびEPAの抽出用としての細胞バイオマスが含まれる。
【0030】
前述のように本発明は、オメガ−3PUFAであるDHAおよびEPAの含量を高める方法に関する。本方法によって、ヤブレツボカビの培養株から、他の方法によるよりも多量のPUFAを生産することができる。さらに、通常の条件下ではこれらのPUFAを中程度の量しか含まない株を使用しても、その細胞において多量のPUFAを生産することができる。
【0031】
以下の実施例は、本発明を説明する目的で示してあり、したがって、本発明の範囲を制限するように解釈されないものとする。
【0032】
[実施例1]
形態およびライフサイクルが、スキゾキトリウム・ゴールドスタイン・アンド・ベルスキー(Schizochytrium Goldstein and Belsky)属に対応する、#NIOS−1株に属するヤブレツボカビの培養物を、ゼラチンペプトン1.5重量%、酵母エキス0.1重量%、グルコース1.0重量%および海水100mlを含む100mlの培地に植えつけた。培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて2日間増殖させた。これらの培養物を、実験用の接種物として用いた。上記と同じ組成の培地を使用して、培養物を準備した。これらの培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて5日間増殖させた。この期間後に、遠心分離によって細胞を収穫した。1セットの細胞バイオマスをただちに使用し、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。収穫した細胞バイオマスの別のセットを、冷蔵庫に10℃にて24時間保存し、保存後に、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。冷蔵庫に保存した細胞バイオマスには、冷蔵庫に保存しなかった細胞バイオマスのほぼ0.5倍増のDHAが含まれていた(図1)。
【0033】
[実施例2]
形態およびライフサイクルがスキゾキトリウム・ゴールドスタイン・アンド・ベルスキー(Schizochytrium Goldstein and Belsky)属に相当する、#NIOS−1株に属するヤブレツボカビの培養物を、ゼラチンペプトン1.5重量%、酵母エキス0.1重量%、グルコース1.0重量%および海水100mlを含む100mlの培地に植えつけた。培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて2日間増殖させた。これらの培養物を、実験用の接種物とした。上記と同じ組成の培地を使用して、培養物を準備した。これらの培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて5日間増殖させた。この期間後に、遠心分離によって細胞を収穫した。1セットの細胞バイオマスは、ただちに使用し、脂肪酸の抽出とガスクロマトグラフィーによる分析を行った。収穫した細胞バイオマスの別のセットは、冷蔵庫において10℃にて24時間保存し、保存後に脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。冷蔵庫に保存した細胞バイオマスには、冷蔵庫に保存しなかった細胞バイオマスと比較して、ほぼ3倍のEPAが含まれていた(図2)。
【0034】
[実施例3]
形態およびライフサイクルがスラウストキトリウム・ガルトナー(Thraustochytrium Gaertner)属に相当する、株#NIOS−2に属するヤブレツボカビの培養物を、ゼラチンペプトン1.5重量%、酵母エキス0.1重量%、グルコース1.0重量%、および海水100mlを含む100mlの培地に植えつけた。培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて2日間増殖させた。これらの培養物を、実験用の接種物とした。上記と同じ組成の培地を使用して、培養物を準備した。これらの培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて5日間増殖させた。この期間後に、遠心分離によって細胞を収穫した。1セットの細胞バイオマスは、ただちに使用し、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。収穫した細胞バイオマスの別のセットは、冷蔵庫において10℃にて24時間保存し、保存後に、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。冷蔵庫に保存した細胞バイオマスには、冷蔵庫に保存しなかった細胞バイオマスと比較して、ほぼ2倍のDHAが含まれていた(図3)。
【0035】
[実施例4]
形態およびライフサイクルがスラウストキトリウム・ガルトナー(Thraustochytrium Gaertner)属に相当する、株#NIOS−2に属するヤブレツボカビの培養物を、ゼラチンペプトン1.5重量%、酵母エキス0.1重量%、グルコース1.0重量%、および海水100mlを含む100mlの培地に植えつけた。培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて2日間増殖させた。これらの培養物を、実験用の接種物とした。上記と同じ組成の培地を使用して、培養物を準備した。これらの培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて5日間増殖させた。この期間後に、遠心分離によって細胞を収穫した。1セットの細胞バイオマスをただちに使用し、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。収穫した細胞バイオマスの別のセットを、冷蔵庫において10℃にて24時間保存し、保存後に、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。対照の培養物にはEPAが含まれていなかったが、冷蔵庫に保存した細胞バイオマスには、多量のPUFAが含まれていた(図4)。
【0036】
[実施例5]
形態およびライフサイクルがウルケニア・ガルトナー(Ulkenia Gaertner)属に相当する、株#NIOS−3に属するヤブレツボカビの培養物を、ゼラチンペプトン1.5重量%、酵母エキス0.1重量%、グルコース1.0重量%および海水100mlを含む100mlの培地に植えつけた。培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて2日間増殖させた。これらの培養物を、実験用の接種物とした。上記と同じ組成の培地を使用して、培養物を準備した。これらの培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて5日間増殖させた。この期間後に、遠心分離によって細胞を収穫した。1セットの細胞バイオマスをただちに使用し、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。収穫した細胞バイオマスの別のセットを、冷蔵庫において10℃にて24時間保存し、保存後に、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。冷蔵庫に保存した細胞バイオマスには、冷蔵庫に保存しなかった細胞バイオマスと比較して、ほぼ0.5〜2倍のDHAが含まれていた(図5)。
【0037】
[実施例6]
形態およびライフサイクルがウルケニア・ガルトナー(Ulkenia Gaertner)属に相当する、株#NIOS−3に属するヤブレツボカビの培養物を、ゼラチンペプトン1.5重量%、酵母エキス0.1重量%、グルコース1.0重量%および海水100mlを含む100mlの培地に植えつけた。培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて2日間増殖させた。これらの培養物を、実験用の接種物とした。上記と同じ組成の培地を使用して、培養物を準備した。これらの培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて5日間増殖させた。この期間後に、遠心分離によって細胞を収穫した。1セットの細胞バイオマスをただちに使用し、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。収穫した細胞バイオマスの別のセットを、冷蔵庫において10℃にて24時間保存し、保存後に脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。冷蔵庫に保存した細胞バイオマスには、冷蔵庫に保存しなかった細胞バイオマスと比較して、ほぼ0.5〜4倍のEPAが含まれていた(図6)。
【0038】
[実施例7]
形態およびライフサイクルがウルケニア・ガルトナー(Ulkenia Gaertner)属に相当する、株#NIOS−4に属するヤブレツボカビの培養物を、ゼラチンペプトン1.5重量%、酵母エキス0.1重量%、グルコース1.0重量%および海水100mlを含む100mlの培地に植えつけた。培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて2日間増殖させた。これらの培養物を、実験用の接種物とした。上記と同じ組成の培地を使用して、培養物を準備した。これらの培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて5日間増殖させた。この期間後に、遠心分離によって細胞を収穫した。1セットの細胞バイオマスをただちに使用し、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。収穫した細胞バイオマスの別のセットを、冷蔵庫において10℃にて24時間保存し、保存後に脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。冷蔵庫に保存した細胞バイオマスには、冷蔵庫に保存しなかった細胞バイオマスと比較して、ほぼ0.5〜2倍のDHAが含まれていた(図7)。
【0039】
[実施例8]
形態およびライフサイクルがウルケニア・ガルトナー(Ulkenia Gaertner)属に相当する、株#NIOS−4に属するヤブレツボカビの培養物を、ゼラチンペプトン1.5重量%、酵母エキス0.1重量%、グルコース1.0重量%および海水100mlを含む100mlの培地に植えつけた。培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて2日間増殖させた。これらの培養物を、実験用の接種物とした。上記と同じ組成の培地を使用して、培養物を準備した。これらの培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて5日間増殖させた。この期間後に、遠心分離によって細胞を収穫した。1セットの細胞バイオマスをただちに使用し、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。収穫した細胞バイオマスの別のセットを、冷蔵庫において10℃にて24時間保存し、保存後に脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。冷蔵庫に保存した細胞バイオマスには、冷蔵庫に保存しなかった細胞バイオマスと比較して、ほぼ0.5〜2倍のEPAが含まれていた(図8)。
【0040】
[実施例9]
形態およびライフサイクルがスキゾキトリウム・ゴールドスタイン・アンド・ベルスキー(Schizochytrium Goldstein and Belsky)属に相当する、株#NIOS−1に属するヤブレツボカビの培養物を、ゼラチンペプトン1.5重量%、酵母エキス0.1重量%、グルコース1.0重量%および海水100mlを含む100mlの培地に植えつけた。培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて2日間増殖させた。これらの培養物を、実験用の接種物とした。上記と同じ組成の培地を使用して、培養物を準備した。6セットの培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて5日間増殖させた。この期間後に、遠心分離によって細胞を収穫した。1セットの細胞バイオマスをただちに使用し、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。収穫した細胞バイオマスの別の5セットを、冷蔵庫に10℃にて、それぞれ6時間、12時間、24時間、48時間、および72時間保存し、保存後に脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。冷蔵庫に6時間保存した細胞バイオマスはDHA含量の増加を示さず、12時間保存した細胞バイオマスはDHA含量のわずかな増加を示し、24時間保存した細胞バイオマスはほぼ100%の増加を示し、48時間保存した細胞バイオマスはほぼ50%の増加を示し、72時間保存した細胞バイオマスはDHAの増加を示さなかった(図9)。
【0041】
[実施例10]
形態およびライフサイクルがスキゾキトリウム・ゴールドスタイン・アンド・ベルスキー(Schizochytrium Goldstein and Belsky)属に相当する、株#NIOS−1に属するヤブレツボカビの培養物を、ゼラチンペプトン1.5重量%、酵母エキス0.1重量%、グルコース1.0重量%および海水100mlを含む100mlの培地に植えつけた。培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて2日間増殖させた。これらの培養物を、実験用の接種物とした。上記と同じ組成の培地を使用して、培養物を準備した。6セットの培養物を、振盪機において25〜30℃の室温にて5日間増殖させた。この期間後に、遠心分離によって細胞を収穫した。1セットの細胞バイオマスをただちに使用し、脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。収穫した細胞バイオマスの別の5セットを、冷蔵庫に10℃にて、それぞれ6時間、12時間、24時間、48時間、および72時間保存し、保存後に脂肪酸を抽出してガスクロマトグラフィーにより分析した。冷蔵庫に6時間保存した細胞バイオマスはDHA含量の増加を示さず、12時間保存した細胞バイオマスはDHA含量のわずかな増加を示し、24時間保存した細胞バイオマスはほぼ100%の増加を示し、48時間保存した細胞バイオマスはほぼ300%の増加を示し、72時間保存した細胞バイオマスはDHAの増加を示さなかった(図10)。
【0042】
本発明の主な利点は次のとおりである。
1. 培養物の中に存在するヤブレツボカビのDHAおよびEPAの量を、単純な手法により、さらに高めることができる。
2. 中程度の量のDHAおよびEPAしか含まない株についても、これらの脂肪酸を増大させることができる。
3. DHAおよびEPA含量の増加は、細胞バイオマスを12〜48時間、低温において保存することによって達成される。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】形態およびライフサイクルがスキゾキトリウム・ゴールドスタイン・アンド・ベルスキー属に相当するヤブレツボカビ株NIOS−1を、液体培地中で増殖させたときのDHA含量を示している。
【図2】形態およびライフサイクルがスキゾキトリウム・ゴールドスタイン・アンド・ベルスキー属に対応するヤブレツボカビ株NIOS−1を、液体培地中で増殖させたときのEPA含量を示している。
【図3】形態およびライフサイクルがスラウストキトリウム・スパロー種に相当するヤブレツボカビ株NIOS−2を、液体培地中で増殖させたときのDHA含量を示している。
【図4】形態およびライフサイクルがスラウストキトリウム・スパロー種に相当するヤブレツボカビ株NIOS−2を、液体培地中で増殖させたときのEPA含有量を示している。
【図5】形態およびライフサイクルがウルケニア・ガルトナー種に相当するヤブレツボカビ株NIOS−3を、液体培地中で増殖させたときのDHA含量を示している。
【図6】形態およびライフサイクルがウルケニア・ガルトナー種に相当するヤブレツボカビ株NIOS−3を、液体培地中で増殖させたときのEPA含量を示している。
【図7】形態およびライフサイクルがウルケニア・ガルトナー属に相当するヤブレツボカビ株NIOS−4を、液体培地中で増殖させたときのDHA含量を示している。
【図8】形態およびライフサイクルがウルケニア・ガルトナー属に相当するヤブレツボカビ株NIOS−1を、液体培地中で増殖させたときのEPA含量を示している。
【図9】形態およびライフサイクルがスキゾキトリウム種属に相当するヤブレツボカビNIOS−1における、細胞バイオマスを低温条件下で種々の時間にわたり保存したときの、DHA含量を示している。
【図10】形態およびライフサイクルがスキゾキトリウム種(Schizochytrium sp.)属に相当するヤブレツボカビNIOS−1における、細胞バイオマスを低温条件下で種々の時間にわたり保存したときの、EPA含量を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヤブレツボカビ科原生生物における多価不飽和脂肪酸の含量を、細胞を低温条件下に保管することによって、0.5〜5倍に高める方法であって、
a.前記原生生物を培地に接種するステップと、
b.前記培養物を室温にて2〜5日間増殖させるステップと、
c.遠心分離によって前記細胞を収穫してバイオマスを得るステップと、
d.前記バイオマスを12〜48時間にわたって約10℃にて保存するステップと、
e.前記保存されたバイオマスから増大したPUFAを得るステップと、
を含む方法。
【請求項2】
PUFAは、ドコサヘキサエン酸(DHA)およびエイコサペンタエン酸(EPA)である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記増大したPUFAを、動物飼料、人間の栄養分、栄養補給剤において使用する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
室温は25〜30℃である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
ヤブレツボカビ科原生生物は、スラウストキトリウム、スキゾキトリウム、およびウルケニアである、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
培地は、0.3重量%〜3.0重量%濃度のペプトンと、0.005重量%〜0.5重量%濃度の酵母エキスと、0.005重量%〜5.0重量%濃度のグルコースと、海水とを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記ペプトンの濃度は約1.5重量%である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記酵母エキスの濃度は約0.1重量%である、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記グルコースの濃度は約1.0重量%である、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
通常条件下で中程度の量のPUFAを含んでいる細胞からも多量に生産される、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2006−513713(P2006−513713A)
【公表日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−569533(P2004−569533)
【出願日】平成15年3月28日(2003.3.28)
【国際出願番号】PCT/IN2003/000094
【国際公開番号】WO2004/083442
【国際公開日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(595023873)カウンシル・オブ・サイエンティフィック・アンド・インダストリアル・リサーチ (69)
【Fターム(参考)】