説明

ヨウ素の回収方法

【課題】ヨウ素を添加剤として使用する硫化銅鉱の浸出後液などのヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する溶液からヨウ素を効率良く回収する方法を提供すること。
【解決手段】ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液に、該水溶液のpHを2未満に維持するように制御しつつ塩素系酸化剤を添加し、該水溶液中のヨウ化物イオンを選択的に酸化する工程と、前記工程で生成したヨウ素を回収する工程を含むことを特徴とする、ヨウ素の回収方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液からヨウ素を回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヨウ素は、医薬品、殺菌・防カビ剤、工業用触媒、感光剤、樹脂安定剤、除草剤、飼料添加剤として、医薬、工業、農業など多岐にわたる分野で利用されている。また近年では、液晶の偏光フィルムや半導体エッチング剤においても利用されており、その需要はますます高まっている。その一方、ヨウ素は産地が偏在する貴重な天然資源であり、安価ではないため、コスト、環境負荷、資源の有効利用の面からこれを効率的に回収する方法が産業上強く求められている。
【0003】
上記のように、ヨウ素は各種の産業で幅広く用いられている結果、それらの産業から排出される廃液にはヨウ化物イオンが含まれる場合が多い。ヨウ化物イオン含有液からヨウ素を回収する方法については、これまでブローアウト法、イオン交換樹脂法、活性炭吸着法、澱粉吸着法、銅法、銀法など種々の方法が提案されている。これらのうち、ブローアウト法は、ヨウ化物イオンを含む天然かん水中のヨウ化物イオンをさらし粉や塩素ガスなどの酸化剤を用いて酸化し、単体ヨウ素にした後、ガス化させることにより回収する方法であり(特許文献1〜3)、ヨウ素をポリイオン化してイオン交換樹脂に吸着させて回収するイオン交換樹脂法と並んでヨウ素回収方法の主流となっている。
【0004】
一方、硫化銅鉱やそれに付随する貴金属の湿式製錬において、その浸出速度改善のために様々な添加剤が使用される。その中でも、ヨウ素は温和な酸化剤として作用するほか、配位子として金属の浸出を促進することも知られており、優れた浸出助剤である(特許文献4、非特許文献1)。本発明者も、鉄(III)イオンを酸化剤として硫化銅鉱から銅を浸出させる際に、ヨウ素を触媒として添加する方法を確立している(特願2008-189258号)。ヨウ素をこのような鉱業分野において利用する場合は、その使用量は膨大であり、その回収は非常に重要となってくる。また、上記の硫化銅鉱の浸出に際しては、浸出後の液にヨウ化物イオンのほかに鉄(II)イオンが存在する。ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンはともに酸化されやすいために、鉄(II)イオンの存在によってヨウ化物イオンの酸化が妨害されてヨウ素を回収することが困難となる。一般に、2種類以上の物質が共存するとき、一方を選択的に酸化できるのは酸化還元電位が300mV以上離れているときといわれているが、ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンは酸化還元電位差が235mVしかなく、また、鉄(II)イオンがヨウ化物イオンに比べて大過剰に存在すればいっそうヨウ化物イオンの酸化は困難となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭28−6615号
【特許文献2】特開昭51−106695号
【特許文献3】特開平2−184504号
【特許文献4】特開2005−154892号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】化学工学論文集 第27巻 第3号(2001)p367-372
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、上記のような事情に鑑み、ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する溶液からヨウ素を効率良く回収する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液に塩素系酸化剤を添加し、低pH条件下で酸化反応を行うことにより、ヨウ化物イオンが選択的に酸化されてヨウ素が生成し、ヨウ素を効率良く回収できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液に、該水溶液のpHを2未満に維持するように制御しつつ塩素系酸化剤を添加し、該水溶液中のヨウ化物イオンを選択的に酸化する工程と、前記工程で生成したヨウ素を回収する工程を含むことを特徴とする、ヨウ素の回収方法。
(2) 前記塩素系酸化剤が、次亜塩素酸ナトリウムまたはさらし粉である、(1)に記載の方法。
(3) 前記塩素系酸化剤の添加量が、ヨウ化物イオンに対して有効塩素量換算で4倍モル以上である、(1)または(2)に記載の方法。
(4) 前記ヨウ素の回収がブローアウト法または有機溶媒抽出法により行われる、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5) 前記ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液が硫化銅鉱の浸出後液である、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、ヨウ化物イオンを含む水溶液にヨウ化物イオンの酸化の妨害となる鉄(II)イオンが存在しても、当該溶液中のヨウ化物イオンが選択的に酸化されてヨウ素を高収率で回収することが可能となる。本発明の方法は、ヨウ素を添加剤として使用する硫化銅鉱の浸出後液の処理に用いることができ、ヨウ素の再利用という点で経済的であり、かつ、環境負荷を低減させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のヨウ素の回収方法は、ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液に、該水溶液のpHを2未満に維持するように制御しつつ塩素系酸化剤を添加し、該水溶液中のヨウ化物イオンを選択的に酸化する工程と、前記工程で生成したヨウ素を回収する工程を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明の方法の対象となる水溶液は、ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液であれば特に限定はされない。ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液としては、代表的には、鉱業から排出される廃液であるが、その他の産業、例えば電子工業、薬品産業から排出される水溶液でもよい。具体的には、ヨウ素イオンと鉄(III)イオンとを含有する硫酸溶液を浸出液として用いて硫化銅鉱の浸出処理を行った液(廃液)が挙げられる。
【0013】
本発明の方法において、ヨウ素の酸化に用いる酸化剤としては単体ヨウ素(I2)より酸化還元標準電極電位が上位のものならば理論的に使用可能ではあるが、酸化力、反応速度、共存物質の影響を考慮すると塩素系酸化剤が好ましい。塩素系酸化剤としては、好適には、無機塩素系酸化剤、例えば、次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カリウム、次亜塩素酸カルシウム(さらし粉)、亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸カリウムなどが挙げられるが、次亜塩素酸ナトリウムが好ましい。
【0014】
塩素系酸化剤はpHが低くなるにつれその酸化能力が増すことが知られており、また、鉄(II)イオンはpHが低くなるにつれ安定性が増すので、処理する水溶液のpHを低くなるように制御すればヨウ化物イオンのみの選択的酸化が可能である。従って、本発明の方法において、ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液のpHは2.0未満、好ましくは1.2〜1.6とする。pHは、当該水溶液への酸化剤添加時の初期pHのみならず、酸化反応終了まで上記範囲に維持されるよう制御することが好ましい。
【0015】
ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液への塩素系酸化剤の添加量は、上記のpH範囲に制御する限りヨウ化物イオンに対して有効塩素量換算で4倍モル以上であれば特に制限はないが、好ましくは4〜22倍モルである。4倍モルより少ないとヨウ素回収率が50%に至らず実操業上好ましくない。
【0016】
上記酸化反応により生成したヨウ素の回収は、ヨウ素を気化させた後、還元吸収するブローアウト法により行うことができる。具体的には、酸化反応終了後の液に空気または水蒸気を吹き込むことにより、ヨウ素を反応系から遊離させ、蒸発遊離したヨウ素を亜硫酸水素ナトリウムなどの還元剤を含む水溶液にて吸収する。またヨウ素は単体では水に難溶であるが有機溶媒には易溶である。従って、この性質を利用して、上記酸化反応により生成したヨウ素を有機溶媒と接触させて有機相に抽出する溶媒抽出法によりヨウ素を濃縮回収することもできる。ここで、使用する有機溶媒としては、ヘキサン、キシレン、トルエン、ベンゼンなどが挙げられる。
【実施例】
【0017】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものでない。
(実施例1)各種酸化剤によるヨウ素の酸化
硫酸銅5水和物(Cu濃度:1g/l)と硫酸鉄(II)7水和物(Fe2+濃度:3g/l)を含む水溶液100mlを硫酸でpH1.6に調整した後、ヨウ化カリウム水溶液(KI濃度:10 g/l)を1ml混合した。この水溶液を300ml容量の分液ロートに注ぎ、下記の酸化剤A〜Dを添加して軽く攪拌し、さらにトルエン100mlを注いだ後、手で一分程度激しく振とうした。また、酸化剤を添加しない場合についても上記操作を同様に行った。
(酸化剤A)次亜塩素酸ナトリウム液(有効塩素5%以上)0.5ml
(酸化剤B)さらし液(高度さらし粉50g/l、不完全溶解)2ml
(酸化剤C)予め液中のFe3+を硫酸鉄(III)にて10g/lに調整
(酸化剤D)過酸化水素水(30%)1ml
上記操作後、トルエン中に分配されたヨウ素の濃度を吸光光度測定器で測定した。また水相のFe2+濃度を二クロム酸カリウム滴定法で決定した。ヨウ素濃度から換算したヨウ素回収率、およびFe2+酸化率を下記表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
表1に示されるように、次亜塩素酸ナトリウム液とさらし液はヨウ素イオンを選択的にかつ効率的に酸化できることがわかった。これに対し、Fe3+では酸化力が不足し、過酸化水素水ではfenton反応により共存物質であるFe2+が優先的に酸化された。
【0020】
(実施例2)ヨウ素の酸化に対するFe2+濃度と酸化剤添加量の影響
本実施例では酸化剤として次亜塩素酸ナトリウム液を用いた。初期Fe2+濃度と次亜塩素酸ナトリウム液の添加量を以下の条件とする以外は、実施例1と同様の操作で水溶液からヨウ素を回収した。
(条件A)Fe2+濃度:3 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:0.1 ml
(条件B)Fe2+濃度:3 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:0.2 ml
(条件C)Fe2+濃度:3 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:0.3 ml
(条件D)Fe2+濃度:3 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:0.4 ml
(条件E)Fe2+濃度:3 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:0.5 ml
(条件F)Fe2+濃度:3 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:1 ml
(条件G)Fe2+濃度:3 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:2 ml
(条件H)Fe2+濃度:3 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:5 ml
(条件I)Fe2+濃度:0 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:1 ml
(条件J)Fe2+濃度:5 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:1 ml
(条件K)Fe2+濃度:10 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:1 ml
(条件L)Fe2+濃度:15 g/l、次亜塩素酸ナトリウム液添加量:1 ml
条件A〜Lによる反応後、トルエン中に分配されたヨウ素の濃度を吸光光度測定器で測定した。また水相のFe2+濃度を二クロム酸カリウム滴定法で決定した。ヨウ素濃度から換算したヨウ素回収率、Fe2++酸化率、および酸化後の液のpHを下記表2に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
表2に示されるように、初期Fe2+濃度が3 g/lの条件下で次亜塩素酸ナトリウム液の添加量を増加させた場合(条件A〜H)、次亜塩素酸ナトリウム液の添加量が0.1ml(ヨウ素に対して2倍モル)ではヨウ素回収率が約40%(条件A)、0.2ml(ヨウ素に対して4倍モル)ではヨウ素回収率が約60%(条件B)、0.4ml(ヨウ素に対して8倍モル)ではヨウ素回収率が約80%(条件D)、0.5ml(ヨウ素に対して11倍モル)ではヨウ素回収率が97%と最も高くなった(条件E)。しかしながら、次亜塩素酸ナトリウム液の添加量が1ml(ヨウ素に対して22倍モル)ではヨウ素回収率がピーク時に比べると低下し(条件F)、2.0mlを超えると、本条件下ではその強いアルカリ性のためpHの上昇をひきおこし、その結果鉄(II)イオンが優先的に酸化されてしまいヨウ素の酸化および抽出が不能となった(条件G、H)。
【0023】
一方、次亜塩素酸ナトリウム液の添加量が1 mlの条件下で、初期Fe2+濃度を増加させた場合(条件I〜L)、初期Fe2+濃度が増加するにつれてヨウ素回収率が下がる傾向にあるが、いずれも高い回収率でヨウ素を得ることができた。
【0024】
以上の結果から、Fe2+濃度に関わらず、次亜塩素酸ナトリウム液の添加量が0.2ml〜1.0ml(ヨウ素に対して4倍モル〜22倍モル)とすると、ヨウ素を効率よく回収できることが確認できた(条件B、C、D、E、F、J、K、L)。
【0025】
(実施例3)ヨウ素の酸化に対するpHの影響
実施例2の結果に示されるように、過剰の次亜塩素酸ナトリウム液の添加はpHの上昇を引き起こし、ヨウ素の優先的酸化を妨害した(条件G、H)。そこで、酸化剤として次亜塩素酸ナトリウム液0.5mlを用い、水溶液の初期pHを以下の条件とする以外は、実施例1と同様の操作で水溶液からヨウ素を回収した。
(条件M)pH1.0
(条件N)pH1.2
(条件O)pH1.4
(条件P)pH1.6
(条件Q)pH1.8
(条件R)pH2.0
(条件S)pH2.2
(条件T)pH2.4
条件M〜Tによる反応後、トルエン中に分配されたヨウ素の濃度を吸光光度測定器で測定した。また水相のFe2+濃度を二クロム酸カリウム滴定法で決定した。ヨウ素濃度から換算したヨウ素回収率、Fe2+酸化率、および酸化後の液のpHを表3に示す。
【0026】
【表3】

【0027】
表3に示されるように、次亜塩素酸ナトリウム液の添加から酸化反応終了までの水溶液のpHを2未満に維持することにより、ヨウ素を効率よく回収できることが確認できた(条件M〜Q)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液に、該水溶液のpHを2未満に維持するように制御しつつ塩素系酸化剤を添加し、該水溶液中のヨウ化物イオンを選択的に酸化する工程と、前記工程で生成したヨウ素を回収する工程を含むことを特徴とする、ヨウ素の回収方法。
【請求項2】
前記塩素系酸化剤が、次亜塩素酸ナトリウムまたはさらし粉である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記塩素系酸化剤の添加量が、ヨウ化物イオンに対して有効塩素量換算で4倍モル以上である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記ヨウ素の回収がブローアウト法または有機溶媒抽出法により行われる、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記ヨウ化物イオンと鉄(II)イオンを含有する水溶液が硫化銅鉱の浸出後液である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。