説明

ラクトン構造を有する物質を原料とするポリヒドロキシアルカン酸の製造方法およびポリヒドロキシアルカン酸

【課題】 安価なラクトン構造を有する物質を出発物質として使用し、より少ないステップで容易にアシルチオエステルを合成することで工業的に利用可能なポリヒドロキシアルカン酸を製造する方法およびポリヒドロキシアルカン酸を提供する。
【解決手段】 ラクトン構造を有する物質から開環−チオエステル化反応によってアシルチオエステルを合成し、このアシルチオエステルをチオエステル交換反応によりCoA誘導体に変換後、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素により重合酵素反応させることでポリヒドロキシアルカン酸を合成することを特徴とするポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸の製造方法に関し、特に高価なヒドロキシアルカン酸のR体を出発原料とせずに安価なラクトン構造を有する物質を出発原料として、化学的にアシルチオエステルを調製し、精製ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素によりポリヒドロキシアルカン酸を工業的に利用可能に製造するポリヒドロキシアルカン酸の製造方法およびポリヒドロキシアルカン酸に関するものである。
【背景技術】
【0002】
石油など化石燃料由来の合成プラスチックは、自然環境中で分解されないために、環境中に半永久的に蓄積して、様々な環境問題を引き起こしている。このような背景から、自然界に存在する微生物によって分解される生分解性プラスチック(グリーンプラ)は、環境に負荷を与えない高分子材料として注目されはじめ、実用化に向け、優れた性能を持つ材料の開発が行われている。また、生体機能材料(バイオマテリアル)として、生物・医学領域への新たな展開も期待されている。
【0003】
生分解性ポリエステルは、現在までに数多くの微生物において、糖や植物油のような再生可能な生物有機資源(バイオマス)を原料として合成され、菌体内に蓄積されることが知られている。その中で、ポリヒドロキシアルカン酸は、合成プラスチックと同様に熱可塑性を示し、優れた生分解性と生体適合性を有することから注目を集めているポリエステルであり、ポリマー中において90種類以上のモノマー構造が確認されている(FEMS Microbiol. Lett.,1995,128,219−228)。
【0004】
ポリヒドロキシアルカン酸の合成方法には、微生物発酵生産によるin vivo合成法と精製ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素とポリヒドロキシアルカン酸のモノマーを用いるin vitro合成法がある。
【0005】
現在、ポリヒドロキシアルカン酸は、一般にin vivo合成法によって製造されるが、微生物の発酵生産では微生物体内にポリヒドロキシアルカン酸を蓄積するためにその生産性は低く、また微生物を粉砕してポリヒドロキシアルカン酸を抽出して生成するには高いコストがかかるなど、問題点が多い。さらに微生物の発酵生産によるポリヒドロキシアルカン酸の製造方法では、複雑な微生物代謝経路を経るために必ずしも所望の性質を有するポリヒドロキシアルカン酸を作り出せるわけではなく、ポリヒドロキシアルカン酸の合成およびそのバリエーションも限定される。また、発酵生産の制御方法によっては所望のホモポリマーとならずにコポリマーになることもあり、また逆にコポリマー生産においても必ずしも所望のモル比の均質なコポリマーを生産できるわけではない(FEMS Microbiol. Rev.,1992,103,207―214)。
【0006】
一方、近年急速に進んだ遺伝子組換え技術により、ポリヒドロキシアルカン酸を重合する酵素であるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の遺伝子が単離され、その発現を増強することによりin vivo合成法におけるポリヒドロキシアルカン酸の生産の向上が図られたり、基質特異性を変換することによりポリヒドロキシアルカン酸の共重合組成を制御する試みがされるようになった(特許文献1ないし特許文献3)。
【0007】
さらに、遺伝子組換え技術を使うことでポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の大量調製が可能となり、補酵素A(以下CoA)のチオエステルであるヒドロキシアシルCoAをモノマーとして重合させてポリヒドロキシアルカン酸合成酵素を合成するin vitro合成法が開発された(Proc. Natl. Acad. sci.,1995,92,6279―6283、Int. Symp. Bacterial Polyhydroxyalkanoates,1996,28−35,Eur. J. Biochem.,1994,226,71−80,Macromolecules,2001,34,6889−6894)。
【0008】
ポリヒドロキシアルカン酸のin vitro合成法は、前述の通り、精製ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素と基質となるモノマーを用いてポリヒドロキシアルカン酸を合成する方法であり、モノマーを化学的に調製することによってポリヒドロキシアルカン酸のモノマー構造を拡張したり、量の調整を高い精度で行うことができるため、前述のようなin vivoの合成法による問題点が回避でき、これまでin vivoの合成法では得ることのできなかった様々な物性や機能性を有するポリヒドロキシアルカン酸を合成することが期待される。
【0009】
しかしながら、ポリヒドロキシアルカン酸のin vitro合成法では、基質となるモノマーとしてヒドロキシアシルCoAのR体(以下(R)−ヒドロキシアシルCoA)を使用するため、この化合物を連続的に供給する必要があるが、(R)−ヒドロキシアシルCoAは極めて高価で、その合成方法も非常に複雑である上、その合成にも高価なCoAとヒドロキシアルカン酸のR体を用いなければならない。
【0010】
そのため、安価な他の化合物を出発物質として用い、ポリヒドロキシアルカン酸を容易に合成できる工業的に生産可能な製造方法の開発が強く望まれている。
【0011】
これらの問題に対して、ポリヒドロキシアルカン酸の重合と共に反応系内に遊離したCoAをリサイクリングしたり、ヒドロキシアシルCoAのR体を連続的に供給する試みもなされている。
【0012】
例えば、FEMS Microbiology Letters,1998,168,319−324では、重合酵素反応液中に酢酸とアセチルCoAシンターゼとATPを共存させることで遊離してくるCoAをアセチルCoAに変換し、さらにピロプオニルCoAトランスフェラーゼと3−ヒドロキシブタン酸も共存させることで3−ヒドロキシブチルCoAを得てCoAをリサイクリングする方法が示されている。
【0013】
また、再表2004−065609号では、出発物質であるチオエステルからポリヒドロキシアルカン酸を合成する一連の反応過程において、CoAをリサイクリングしながら(R)−ヒドロキシアシルCoAを連続的に供給する方法が開示されている。つまり、出発物質であるチオエステルはチオエステル交換反応によりCoAと反応して(R)−ヒドロキシアシルCoAに変換され、つづいて、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素により重合されてポリヒドロキシアルカン酸に合成される。この重合反応時にCoAが遊離されるため、この遊離されたCoAをチオエステルからのエステル交換反応に再利用して、(R)−ヒドロキシアシルCoAを連続的に合成する方法である(特許文献4)。
【0014】
【特許文献1】特開平7―265065号公報
【特許文献2】特許第3062459号
【特許文献3】特表2001―516574号公報
【特許文献4】再表2004−065609号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、FEMS Microbiology Letters,1998,168,319−324では、精製の困難な3種類の酵素を使用しなければならず、さらに極めて高価なATPも必須であるため、たとえCoAをリサイクリングできたとしても、工業的な生産を行うことは極めて難しい。
【0016】
一方、再表2004−065609では、出発物質であるチオフェニルエステルを、ヒドロキシアルカン酸を原料としてチオフェニルエステル化して合成しなければならず、このチオフェニルエステル化反応では、ヒドロキシアルカン酸の水酸基を一度保護し、反応後に脱保護するという手間の掛かる合成をしなければならず、やはり工業化が困難であるという点で問題が残る。
【0017】
さらに、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素は(R)−ヒドロキシアシルCoAのみを基質とするために、ポリヒドロキシアルカン酸の合成に使用できるのは、原料として高価なR体のヒドロキシアルカン酸のみであるため、未だ原価が高価であるという問題は解決されていない。
【0018】
一方、これまで in vivo合成およびin vitro合成の両者において、ポリヒドロキシアルカン酸のモノマー構造として、側鎖にアミノ基を有する構造のものは合成されていない。
【0019】
側鎖にアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸をモノマーユニットとして含むポリヒドロキシアルカン酸は、アミノ基を介して様々な物質と結合させることができるため、多様な性質を備えるポリヒドロキシアルカン酸が得られることになる。さらに、このようなポリヒドロキシアルカン酸を安価な原料から工業的に生産可能な方法で得られることが望まれている。
【0020】
本発明は、以上のような問題点を解決するためになされたものであって、本発明者らがすでに提案しているCoAをリサイクリングしながら(R)−ヒドロキシアシルCoAを連続的に供給してポリヒドロキシアルカン酸を合成する方法をさらに発展させたものであって、安価なラクトン構造を有する物質を出発物質として使用し、より少ないステップで容易にアシルチオエステルを合成することで工業的に利用可能なポリヒドロキシアルカン酸を製造する方法およびポリヒドロキシアルカン酸を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明に係るポリヒドロキシアルカン酸の製造方法の特徴は、ラクトン構造を有する物質から開環−チオエステル化反応によってアシルチオエステルを合成し、このアシルチオエステルをチオエステル交換反応によりCoA誘導体に変換後、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素により重合反応させることでポリヒドロキシアルカン酸を合成する点にある。
【0022】
また、本発明において、前記ラクトン構造を有する物質が、ジケテンであることが好ましい。
【0023】
そして、前記開環−チオエステル化反応は、ジクロロメタン中でトリエチルアミン存在下、ジケテンとチオフェノールを反応させることにより、一段階で前記アシルチオエステルを合成することが好ましい。
【0024】
また、本発明において、前記ラクトン構造を有する物質が、N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンであることが好ましい。
【0025】
そして、前記開環−チオエステル化反応は、前記N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンを無水酢酸を用いたアセチル化反応により開環させた後、塩化メチレン中でジメチルアミノピリジン存在下、チオフェノールと反応させ脱保護することにより前記アシルチオエステルを合成することが好ましい。
【0026】
本発明に係るポリヒドロキシアルカン酸の特徴は、α位に側鎖としてアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸ユニットを分子中に含む点にある。
【0027】
また、本発明において、前記ヒドロキシアルカン酸ユニットは、下記化学式(1):
【化1】


(式中、mは0〜6の整数を示す)で示されるα位に側鎖としてアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸ユニットであることが望ましい。
【0028】
そして、本発明において、前記ヒドロキシアルカン酸ユニットは、下記化学式(2):
【化2】


(式中、nは1〜4の整数を示す)で示されるα位に側鎖としてアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸ユニットであることが望ましい。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、安価なラクトン構造を有する物質を出発原料として、少ないステップで容易にポリヒドロキシアルカン酸を合成することができ、工業化に適するポリヒドロキシアルカン酸の合成が可能となる。また、アミノ基を側鎖に有するポリヒドロキシアルカン酸が安価に製造できるため、そのアミノ基を反応基点として様々な物質を結合させることが可能となり、多様なポリヒドロキシアルカン酸の合成が可能となって応用範囲が広がる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明に係るポリヒドロキシアルカン酸の製造方法およびポリヒドロキシアルカン酸の一実施形態について図1から図3を参照しつつ説明する。
【0031】
図1に示すように、本実施形態におけるポリヒドロキシアルカン酸の製造方法は、主として、ラクトン構造を有する物質から開環−チオエステル化反応によってアシルチオエステルを合成するステップ(ステップ1)と、このアシルチオエステルをチオエステル交換反応によりCoA誘導体に変換するステップ(ステップ2)と、このCoA誘導体をポリヒドロキシアルカン酸合成酵素により重合反応させることによりポリヒドロキシアルカン酸を合成するステップ(ステップ3)とからなる。
【0032】
ここで開環−チオエステル化反応(ステップ1)とは、ラクトンの環状構造を開環させてチオエステル構造を付加する反応を意味しており、当該反応は一段階で行える場合に限らず複数段階を経て行う場合も含む。
【0033】
また、CoA誘導体とは、ポリヒドロキシアルカン酸のモノマーとなる代謝中間体であり、ここでは、アシルCoAや当該アシルCoAを還元反応させて得られるヒドロキシアシルCoAのことを示す。
【0034】
そして、チオエステル交換反応によりCoA誘導体に変換するステップ(ステップ2)とは、ポリヒドロキシアルカン酸のモノマーとなる代謝中間体を合成する反応ステップであり、アシルチオエステルのフェニル基を遊離させると同時にCoAを付加してアシルCoAを合成する交換反応と、アシルCoAレダクターゼを用いた還元反応によりアシルCoAからヒドロキシアシルCoAを合成する反応が含まれる。ただし、出発原料であるラクトン構造を有する物質の構造によっては、ポリヒドロキシアルカン酸のモノマーとなる代謝中間体の合成に上記還元反応を必要としない場合があり、このような場合には、当該反応ステップには、還元反応が含まれない。また、当該ステップにおける交換反応と還元反応は、一段階で行える場合に限らず二段階で行う場合も含む。
【0035】
また、チオエステル交換反応によりCoA誘導体に変換するステップ(ステップ2)と重合反応によりポリヒドロキシアルカン酸を合成するステップ(ステップ3)は、別々の2つのステップとして行うこともできるし、2つのステップを合わせた1つのステップとしても行うことが可能である。1つのステップとして行う場合には、重合反応によりポリヒドロキシアルカン酸を合成するステップ(ステップ3)で遊離されたCoAを用いて、チオエステル交換反応によりCoA誘導体に変換するステップ(ステップ2)を行うことができるため、CoAのリサイクリングが可能となる。
【0036】
ラクトン構造を有する物質としては、例えば、ジケテン、N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトン等が挙げられる。
【0037】
また、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の由来微生物としては、本発明における効果を奏すれば、特に限定されず、例えば、Ralstonia属、Pseudomonas属、Bacillus属、Allochromatium属、Synechocystis属、Aeromonas属等が挙げられる。
【0038】
ここで、ジケテンを出発物質としてポリ3−ヒドロキシブタン酸を製造する反応経路について図2を参照しつつ説明する。
【0039】
まず、ジケテンを出発物質とする場合において、ジケテンから3−ケトブチリルチオフェニルエステルを合成するステップ(ステップ1)について説明する。このステップでは、ジケテンをトリエチルアミンが存在するジクロロメタン中でチオフェノールと反応させることにより、一段階で3−ケトブチリルチオフェニルエステルを合成する。
【0040】
次に、3−ケトブチリルチオフェニルエステルをチオエステル交換反応により(R)−3ヒドロキシブチルCoAに変換するステップ(ステップ2)と重合反応によりポリ3−ヒドロキシブタン酸を合成するステップ(ステップ3)を組み合わせて、3−ケトブチリルチオフェニルエステルからポリ3−ヒドロキシブタン酸を一つのステップで反応をさせるステップ(ステップ2+3)について説明する。このステップでは、ヘキサンを用いた有機溶媒層に3−ケトブチルチオフェニルエステルを溶解し、水層にポリ3−ヒドロキシブタン酸合成酵素とCoA、3−ケトアシルCoAレダクターゼ、NADPHを溶解し、界面でエステル交換反応を行い、水層で還元反応および重合反応を行うことにより、ポリ3−ヒドロキシブタン酸を合成する。
【0041】
また、ステップ2とステップ3を別々に行う場合について説明する。まず、ステップ2について説明する。このステップでは、3−ケトブチリルチオフェニルエステルを溶解したアセトニトリル溶液を、CoAと3−ケトアシルCoAレダクターゼとNADPHを溶解したリン酸緩衝溶液に添加し、一段階で交換反応および還元反応を行い、(R)−3−ヒドロキシブチリルCoAを合成する。
【0042】
なお、ステップ2は、交換反応した後に還元反応をする二段階で反応させることもできる。つまり、3−ケトブチリルチオフェニルエステルをアルカリ条件下でCoAと接触させチオフェノールとCoAの間で交換反応させアセトアセチルCoAを得る。その後、得られたアセトアセチルCoAをリン酸緩衝溶液に溶解し、アセトアセチルCoAレダクターゼとNADPHを加えて還元反応させて(R)−3−ヒドロキシブチリルCoAを合成する。
【0043】
最後にステップ3について説明する。このステップでは、微生物から単離したポリ3−ヒドロキシブタン酸合成酵素を用いて、ステップ2で得られた(R)−3−ヒドロキシブチリルCoAをリン酸緩衝液中にて重合反応させて、ポリ3−ヒドロキシブタン酸を合成する。
【0044】
ポリ3−ヒドロキシブタン酸合成酵素は、3−ヒドロキシブタン酸を重合してポリ3−ヒドロキシブタン酸を合成することのできる酵素を有する微生物由来であれば特に限定しないが、ラルストニア(Ralstonia)属に属する微生物由来の合成酵素、ラルストニア・ユートロファ(Ralstonia eutropha)、特にラルストニア・ユートロファ(Ralstonia eutropha)ATCC17699由来のものを用いることが好ましい。
【0045】
次に、N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンを出発物質としてα位に側鎖としてアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸ユニットを分子中に含むポリヒドロキシアルカン酸を製造する反応経路について図3を参照しつつ説明する。
【0046】
まず、N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンを出発物質とする場合において、N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンからL−セリン チオフェニルエステルを合成するステップ(ステップ1)について説明する。このステップでは、まず、無水酢酸を用いたアセチル化反応により、N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンの環状構造を開環させて、N−カルボベンゾキシ−O−アセチル−L−セリンを合成する。次に、ジメチルアミノピリジンが存在する塩化メチレン中において、得られたN−カルボベンゾキシ−O−アセチル−L−セリンとチオフェノールとを反応させることにより、N−カルボベンゾキシ−L−セリン チオフェニルエステルを合成する。最後に、N−カルボベンゾキシ−L−セリン チオフェニルエステルを脱保護することにより、L−セリン チオフェニルエステルを合成する。
【0047】
次に、L−セリン チオフェニルエステルをチオエステル交換反応により3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオニルCoAに変換するステップ(ステップ2)と重合反応によりα位に側鎖としてアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸ユニットを分子中に含むポリヒドロキシアルカン酸を合成するステップ(ステップ3)を組み合わせて、L−セリン チオフェニルエステルからα位に側鎖としてアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸ユニットを分子中に含むポリヒドロキシアルカン酸を一つのステップで反応をさせるステップ(ステップ2+3)について説明する。このステップでは、ヘキサンを用いた有機溶媒層にL−セリン チオフェニルエステルを溶解し、水層にポリ3−ヒドロキシアルカン酸合成酵素とCoAを溶解し、界面でエステル交換反応を行い、水層で重合反応を行うことにより、ポリ3−ヒドロキシアルカン酸を合成する。
【0048】
次に、本実施形態におけるポリヒドロキシアルカン酸の製造方法およびポリヒドロキシアルカン酸について具体的な実施例を説明する。
【実施例1】
【0049】
実施例1では、ジケテンを出発原料としてポリヒドロキシアルカン酸を製造する方法を示す。
【0050】
『3−ケトブチリルチオフェニルエステルの合成について』
まず、ジケテンを原料として、3−ケトブチリルチオフェニルエステルを合成した。
【0051】
つまり、ナス型フラスコ中に25mLのジクロロメタンを入れ、10mLの9.74Mチオフェノール溶液を添加し、さらに3.8mLの12.8Mジケテンを加えて、ジケテンとチオフェノールのモル比が1:2になるようにした。そこに、氷冷、窒素気流下でトリエチルアミンを一滴加えて一晩撹拌し、反応物中の溶媒を減圧留去し生成物を得た。得られた生成物をシリカゲル60のカラムクロマトグラフィー(溶離液はヘキサン:酢酸エチル=4:1)で精製し、少し赤いオイル状の精製3−ケトブチリルチオフェニルエステルを得た。この化合物の構造確認をNMRによって行った。
【0052】
『ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素(PhaC)について』
次に、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の過剰発現系を構築して精製し、精製ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素を得た。つまり、ラルストニア・ユートロファ(Ralstonia eutropha)ATCC17699のゲノムDNAを制限酵素EcoRIとSmaIによって処理し、pUC18を用いてポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を含む約5kbpの遺伝子断片をクローニングし、プラスミドpTI305を取得した。
【0053】
次に、pTI305における約1.6kbpのNotI/StuI断片と、pTI305をテンプレートして下記条件にてPCRにより増幅した140bpのBamHIサイトとSmaIサイトを有する断片と、BamHIとSmaIで処理したベクターpQE30(キアゲン社製)の3つを混合してライゲーションし、この反応液を用いて大腸菌JM109を形質転換し、形質転換体からポリヒドロキシアルカン酸重合酵素遺伝子を有するプラスミドpQERECを得た。このプラスミドを大腸菌BL21に導入し、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素調製用の大腸菌を作製した。
【0054】
上記PCRは、プライマーとして、
センスプライマーaaggatccatggcgaccggcaaaggcgcgg(配列番号1)
アンチセンスプライマーtgcagcggaccggtggcctcggcc(配列番号2)
を用いて、94℃で45秒、58℃で30秒、72℃で60秒の反応を1サイクルとして30サイクル行った。
【0055】
得られたポリヒドロキシアルカン酸合成酵素調製用の大腸菌をアンピシリンを含む1000mLのLB培地中において、30℃で16時間培養し、菌体内にポリヒドロキシアルカン酸合成酵素を蓄積させ、超音波破砕によって菌体を破壊した後、菌体内の可溶性タンパク質を回収した。この回収したタンパク質をNi−NTAアガロースゲルカラムに供し、(6XHis)−PhaCをワンステップで精製した。
【0056】
『3−ケトアシルCoAレダクターゼ(PhaB)について』
また、3−ケトアシルCoAレダクターゼの過剰発現系を構築して精製し、精製3−ケトアシルCoAレダクターゼを得た。
【0057】
つまり、3−ケトアシルCoAレダクターゼ遺伝子を上記pTI305をテンプレートして、下記条件にてPCRによって増幅した750bpのBamHIサイトとHindIIIサイトを有する断片を、BamHIとHindIII処理したベクターpQE30(キアゲン社製)に連結した。得られたプラスミドpQEREBを大腸菌BL21に導入し、3−ケトアシルCoAレダクターゼ調製用の大腸菌を得た。
【0058】
上記PCRは、プライマーとして、
センスプライマーaaggatccatgactcagcgcattgcgtatg(配列番号3)
アンチセンスプライマーaaaagcttgaattggcgcaaaaagcgagga(配列番号4)
を用いて、94℃で45秒、58℃で30秒、72℃で60秒の反応を1サイクルとして30サイクル行った。
【0059】
得られた3−ケトアシルCoAレダクターゼ調製用の大腸菌をアンピシリンを含む1000mLのLB培地中において、30℃でOD値が0.5まで培養した後、終濃度が0.5mMになるようにイソプロピルチオガラクトシドを加えて、さらに5時間培養して、菌体内に3−ケトアシルCoAレダクターゼを蓄積させた。超音波破砕によって菌体を破壊した後、菌体内の可能性タンパク質を回収した。この回収したタンパク質をNi−NTAアガロースゲルカラムに供し、(6XHis)−PhaBをワンステップで精製した。
【0060】
『ポリ3−ヒドロキシブタン酸の合成について』
そして、上記にて得られたポリヒドロキシアルカン酸合成酵素と3−ケトアシルCoAレダクターゼを用いて、3−ケトブチリルチオフェニルエステルからポリ(3−ヒドロキシブタン酸)を合成した。
【0061】
つまり、25mLの100mMリン酸バッファー(pH7.5)に500μgのポリヒドロキシアルカン酸合成酵素と、1mMのCoA、3−ケトアシルCoAレダクターゼと、5mMのNADPHを添加した。100mMの3−ケトブチリルチオフェニルエステルを含むヘキサン溶液25mLを重層し、30℃で72時間反応させた。反応後にヘキサン層を除去し、水層中から5mLのクロロホルムで溶液中の生成物を抽出した。これを2回繰り返した。抽出液をフィルターろ過した後、100mLのメタノールを加えて4℃で一晩放置した。生成した沈殿物をフィルターろ過して回収し、真空乾燥器で乾燥し、ポリ3−ヒドロキシブタン酸を得た。この化合物の構造確認をNMRにより行い、その分析結果を以下に示す。
1H NMR (400 Mhz, CDCl3) d 5.26 (m, H), 2.53 (m, 2H), 1.25 (s, 3H)
【0062】
以上のように、本実施形態によれば、ジケテンを出発原料としているため、従来のポリ3−ヒドロキシブタン酸の製造方法に比べて、原料が非常に安価となる。
【0063】
さらに、ジケテンを出発物質としてポリ3−ヒドロキシブタン酸を合成する反応は、何段階もの工程を経て反応させる必要がなく、3−ケトブチリルチオフェニルエステルを合成する反応と3−ケトブチリルチオフェニルエステルからポリ3−ヒドロキシブタン酸を合成する、わずか2つの反応工程によって最終目的物質であるポリ3−ヒドロキシブタン酸を得ることができるため、より工業化に適するポリヒドロキシアルカン酸の合成が可能となる。
【実施例2】
【0064】
実施例2では、N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンを出発原料としてポリヒドロキシアルカン酸を製造する方法を示す。
【0065】
『N−カルボベンゾキシ−O−アセチル−L−セリンの合成について』
まず、下記式のとおり、N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンを原料として、N−カルボベンゾキシ−O−アセチル−L−セリンを合成した。
【0066】
酢酸ナトリウムの無水物5g(60.0mmol)を溶かした75mLの氷酢酸に、N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンを1g(4.52mmol)を加えた。45℃で7時間反応した後、真空下において35 ℃にて溶媒を留去した。残留物に50mLの1M 塩酸を加えてpHを2にした後、150mLの塩化メチレンで抽出した。この抽出操作を3回行った。塩化メチレンを真空で留去することにより、無色透明なシロップ状のN−カルボベンゾキシ−O−アセチル−L−セリンを得た。収量は1.16gであり、モル数は4.12mmol、収率は91.2%であった。この化合物の構造確認をNMRにより行い、その分析結果を以下に示す。
1H NMR (400 Mhz, CDCl3) d 7.22 (s, 5H), 5.42 (d, 1H), 5.00 (s, 2H), 4.56-4.52 (m, 1H), 4.40-4.23 (m, 2H), 1.92 (s, 3H).
【0067】
『N−カルボベンゾキシ−L−セリン チオフェニルエステルの合成について』
次に、下記式のとおり、上記にて得られたN−カルボベンゾキシ−O−アセチル−L−セリンから、N−カルボベンゾキシ−L−セリン チオフェニルエステルを合成した。
【0068】
0.70g(2.49mmol)のN−カルボベンゾキシ−O−アセチル−L−セリンを3mLの無水塩化メチレンに溶解し、これに50mg(0.41mmol)のジメチルアミノピリジンと0.28g(2.55mmol)のチオフェノールを加えた。この溶液を0℃にした後、1.03g(4.99mmol)のジシクロヘキシルカルボジイミドを加えた。この溶液を0℃で5分、20℃で3時間攪拌した後、析出した尿素誘導体を濾過で取り除いた。真空下において溶媒を留去した後、塩化メチレンを加え、この溶液を100mLの0.5M塩酸で2回洗浄し、さらに100mLの飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄した。塩化メチレン層を硫酸マグネシウムで乾燥して溶媒を留去した後、塩化メチレンを移動相に用いたカラムクロマトグラフィー(R値が0.30(塩化メチレン)、シリカゲル)により白色結晶のN−カルボベンゾキシ−L−セリン チオフェニルエステルを得た。収量は0.50gであり、モル数は1.51mmol、収率は60.6%であった。この化合物の構造確認をNMRにより行い、その分析結果を以下に示す。
1H NMR (400 Mhz, CDCl3) d 7.48-7.17 (s, 10H), 5.65 (d, 1H), 5.12 (s, 2H), 4.75-4.70 (m, 1H), 3.45-3.35 (m, 2H).
【0069】
『L−セリン チオフェニルエステルの合成について』
つづいて、下記式のとおり、上記にて得られたN−カルボベンゾキシ−L−セリン チオフェニルエステルから、L−セリン チオフェニルエステルを合成した。
【0070】
0.4g(1.21mmol)のN−カルボベンゾキシ−L−セリン チオフェニルエステルを10mL無水メタノールに溶かした後、0.3g(0.37mL)のシクロヘキセン溶液と0.4gの10%パラジウム炭素触媒を加えた。この溶液を15分間加熱還流した後、セライトを用いた濾過により触媒を取り除いた。真空下において溶媒を留去することにより、L−セリン チオフェニルエステルを得た。収量は0.21gであり、モル数は1.10mmol、収率は91.0%であった。この化合物の構造確認をNMRにより行い、その分析結果を以下に示す。
1H NMR (400 Mhz, CDCl3) d 7.30-7.15 (s, 5H), 4.70-4.62 (m, 1H), 3.40-3.34 (m, 2H), 2.5 (br. s, 2H).)。
【0071】
『ポリ3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸の合成について』
つづいて、下記式のとおり、上記にて得られたL−セリン チオフェニルエステルから、ポリ3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸を合成した。
【0072】
つまり、25mLの100mMリン酸緩衝液(pH7.5)に500μgのポリヒドロキシアルカン酸合成酵素と、1mMのCoAを添加した。10mMのL−セリン チオフェニルエステルを含むヘキサン溶液25mLを重層し、30℃で72時間反応させた。反応後にヘキサン層を除去し、水層中から5mLのクロロホルムで溶液中の生成物を抽出した。これを2回繰り返した。抽出液をフィルターろ過した後、100mLのメタノールを加えて4℃で一晩放置した。生成した沈殿物をフィルターろ過して回収し、真空乾燥器で乾燥し、ポリ3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸を得た。
【0073】
以上のように、本実施形態によれば、これまでin vivo合成法およびin vitro合成法においても、合成されたことのないα位に側鎖としてアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸をモノマーユニットとして含むポリヒドロキシアルカン酸が得られる。そして、アミノ基を側鎖に有するポリヒドロキシアルカン酸が安価に製造できるため、そのアミノ基を反応基点として様々な物質を任意に結合させる可能性が広がり、ニーズに応じた多様な性質を有するポリヒドロキシアルカン酸の合成が可能となって実用性・応用性が高まる。
【0074】
なお、本発明に係るポリヒドロキシアルカン酸の製造方法およびポリヒドロキシアルカン酸は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜変更することができる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】ラクトン構造を有する物質からポリ3−ヒドロキシアルカン酸の合成スキームを示した図である。
【図2】ジケテンを出発原料として3−ケトブチリルチオフェニルエステルを経由し、ポリヒドロキシアルカン酸を製造する反応経路図である。
【図3】N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンを出発原料としてポリヒドロキシアルカン酸を製造する反応経路図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトン構造を有する物質から開環−チオエステル化反応によってアシルチオエステルを合成し、このアシルチオエステルをチオエステル交換反応によりCoA誘導体に変換後、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素により重合酵素反応させることでポリヒドロキシアルカン酸を合成することを特徴とするポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記ラクトン構造を有する物質が、ジケテンであることを特徴とするポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項3】
請求項2において、前記開環−チオエステル化反応は、ジクロロメタン中でトリエチルアミン存在下、ジケテンとチオフェノールを反応させることにより、一段階で前記アシルチオエステルを合成することを特徴とするポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項4】
請求項1において、前記ラクトン構造を有する物質が、N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンであることを特徴とするポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項5】
請求項4において、前記開環−チオエステル化反応は、前記N−カルボベンゾキシ−L−セリンベータラクトンを無水酢酸を用いたアセチル化反応により開環させた後、塩化メチレン中でジメチルアミノピリジン存在下、チオフェノールと反応させ脱保護することにより前記アシルチオエステルを合成することを特徴とするポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項6】
α位に側鎖としてアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸ユニットを分子中に含むポリヒドロキシアルカン酸。
【請求項7】
請求項6において、下記化学式(1):
【化1】


(式中、mは0〜6の整数を示す)で示されるα位に側鎖としてアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸ユニットを分子中に含むポリヒドロキシアルカン酸。
【請求項8】
請求項6において、下記化学式(2):
【化2】


(式中、nは1〜4の整数を示す)で示されるα位に側鎖としてアミノ基を有するヒドロキシアルカン酸ユニットを分子中に含むポリヒドロキシアルカン酸。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−302750(P2007−302750A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−130855(P2006−130855)
【出願日】平成18年5月9日(2006.5.9)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(506156665)株式会社アグリバイオインダストリ (16)
【Fターム(参考)】