説明

ラット肝細胞におけるリファンピシンによるCYP3A誘導法

【課題】 ラット肝細胞において誘導が認められないことが知られているリファンピシンによるCYP3A誘導法の提供。
【解決手段】 リファンピシン存在下にラット小型肝細胞を培養することを特徴とする、CYP3A誘導法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラット肝細胞におけるリファンピシンによるCYP3A誘導法及びラット肝細胞を用いたリファンピシンと被験薬物の相互作用の検定法に関する。
【背景技術】
【0002】
リファンピシンは抗結核薬として使われている肝排泄型の薬剤であるが、ヒト肝臓中に存在するシトクロム系薬物代謝酵素であるCYP3A4を誘導するために、併用すると効果が得られない薬剤や肝臓に重大な障害を及ぼす薬剤が多数あると考えられ、リファンピシン投与状態での薬物代謝系の研究が必要である。しかし動物実験で頻繁に使われるラット等のげっ歯類では、ヒトCYP3A4に相当するCYP3A1及びCYP3A2のリファンピシンによる誘導が認められないことがわかっているため、これらの動物を使った従来の研究法では正確な評価は困難である。また、ヒト肝細胞を用いた実験は細胞の入手が難しく、研究を行うのは困難である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の目的は、ラット肝細胞において誘導が認められないことが知られているリファンピシンによるCYP3A誘導法を提供するとともに、ラット肝細胞を用いた被験薬物とリファンピシンとの相互作用検定法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
そこで本発明者は、種々の動物の細胞を用いて薬物代謝酵素誘導能の検討をしてきたところ、全く意外にもラット小型肝細胞をリファンピシン存在下に培養すれば、従来ラット肝細胞では誘導されないと考えられていたCYP3A誘導が生じることを見出した。さらに、この培養系を用いれば、生体内における被験薬物とリファンピシンとの相互作用が検定できることも見出した。
【0005】
すなわち、本発明は、リファンピシン存在下にラット小型肝細胞を培養することを特徴とする、CYP3A誘導法を提供するものである。
さらに本発明は、被験薬物及びリファンピシンの存在下にラット小型肝細胞を培養し、薬物代謝酵素誘導能を測定することを特徴とする、被験薬物とリファンピシンの相互作用の検定法を提供するものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、従来、ラット肝細胞ではリファンピシンによって誘導されないと考えられていたCYP3Aを、培養が容易で、凍結保存も可能なラット小型肝細胞で誘導させることが可能となった。この培養系を用いることにより、種々の被験薬物とリファンピシンとを併用した場合の生体内における相互作用、すなわち、薬効、肝障害の可能性等が予測可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明においては、ラット小型肝細胞を用いる。ラット小型肝細胞は肝組織中に存在する肝幹細胞の一種で肝細胞としての機能を持ちながら、非常に高い増殖活性を持っている。また長期間凍結保存した後、再培養を行ってもその能力を失わない。また、ラット小型肝細胞は培養経過とともに薬物代謝酵素の活性が低下することはなく、成熟化を誘導するとその活性も成熟肝細胞に近くまで上がる。従って、ラット小型肝細胞は、薬物代謝酵素誘導能の高い状態を長期間に渡って維持することができる特性を有している。
【0008】
ラット小型肝細胞は、例えばラットの肝臓よりコラゲナーゼ灌流法によって採取された細胞懸濁物から、遠心操作を繰り返すことによって単離することができる。また、同細胞懸濁物から小型肝細胞特異的抗原に対する特異抗体(CD44、BRI3、D6.1A等)やヒアルロン酸を付着した担体などにより分離することができる。
【0009】
得られたラット小型肝細胞は、凍結保存することができるので、長期保存可能である。
【0010】
CYP3A誘導法にあたっては、リファンピシンの存在下にラット小型肝細胞を培養する。培養液中のリファンピシンの濃度は、10〜100μM、さらに30〜100μMが好ましい。また、ラット小型肝細胞は、30〜50個の細胞よりなるコロニーを形成する培養7〜20日目(より好ましくは、8〜14日目、特に好ましくは10〜12日目)に一旦培養皿より剥がして新しい培養皿に再播種するか、凍結保存した小型肝細胞コロニーを500〜10000コロニー/60mm培養皿(より好ましくは、1000〜5000コロニー/60mm培養皿、特に好ましくは2000〜4000コロニー/60mm培養皿)の濃度で播種し、培養するのが好ましい。
【0011】
また、被験薬物とリファンピシンの相互作用検定法においては、上記培養条件に被験薬物を添加した系でラット小型肝細胞を培養する。リファンピシン及び小型肝細胞濃度は前記と同様である。
【0012】
培養は、コラーゲンをコートしたディシュ上で行うのが好ましい。また、培地としては、DMEM培地、William’s Medium E培地、RPMI1640培地等を用いることができる。さらに培地中にはFBS、アスコルビン酸、甲状腺ホルモン、DMSO等を添加することができる。培地中に加えるのが好ましいものとしては、ニコチンアミド、増殖因子、デキサメサゾン、インスリンが挙げられる。増殖因子としては、肝細胞増殖因子[HGF, hepatocyte growth factor]、腫瘍増殖因子[TGF-alpha, Transforming growth factor-alpha]、線維芽細胞増殖因子[FGF, fibroblast growth factor]などが挙げられる。培養は、通常35±5℃、3〜7%CO2インキュベーター内の条件で行うのが好ましい。また試験を行うまでの培養時間は、2日以上であるのが好ましい。
【0013】
ラット小型肝細胞のCYP3A活性は、リファンピシンの濃度に依存して高くなる。従ってこの培養系を用いれば、リファンピシンと被験薬物との相互作用が検定できる。リファンピシンと被験薬物との相互作用を検定するには、被験薬物非添加時のCYP3Aを含む薬物代謝酵素誘導能と被験薬物添加時の薬物代謝酵素誘導能とを対比すればよい。ここで、CYP3Aを含む薬物代謝酵素誘導能は常法、例えば酵素反応の基質を含む緩衝液をラット小型肝細胞に加えて酵素反応を行い、代謝産物をHPLCにより測定すればよい。ここで、CYP3Aとしては、CYP3A1、CYP3A2、CYP3A23が挙げられ、このうち、CYP3A2、CYP3A23が好ましい。CYP3A以外の薬物代謝酵素としては、CYP1A、CYP2B、CYP2E等が挙げられる。
【実施例】
【0014】
次に実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明は何らこれら実施例に限定されるものではない。
【0015】
実施例1
A:試験方法
1)凍結小型肝細胞の調製
オスのラット肝臓を灌流し、得られた細胞をハンクス緩衝液(表1)に懸濁して50×g、1min、4℃で遠心し、上清を回収する。この操作を3回繰り返す。
50×g、5min、4℃で遠心し、沈殿をハンクス緩衝液に懸濁する。この操作を3回繰り返す。
150×g、5min、4℃で遠心し、沈殿をハンクス緩衝液に懸濁する。
150×g、5min、4℃で遠心し、沈殿をDMEM/FBS(表2)に懸濁する。
50×g、5min、4℃で遠心し、沈殿をDMEM/FBSに懸濁する。
細胞数を数え、6×104細胞/mlになるようDMEM/FBSで調製する。
【0016】
【表1】

【0017】
【表2】

【0018】
調製した細胞懸濁液を100mm 培養皿(CORNING)に9mlずつ分注し、CO2インキュベーター(37℃,5%CO2,湿度95%)で培養する。培養2日目に培地をDMEM/FBSで交換し、その後2日に1回、培地をDMEM/FBS/DMSO(表3)で交換する。10日間培養後、培養皿から培地を除き6mlのPBSで洗浄し、2mlの0.02%EDTAを加えて攪拌、液を除く。37℃に温めたCell dissociation solution(SIGMA)を2ml加え、CO2インキュベーター内で5min静置する。DMEMを1ml加えて細胞を回収、500rpm、5minで遠心し、沈殿を1ml(4培養皿分)のセルバンカー(三菱化学ヤトロン)に懸濁する。−30℃で30min凍結したのち、−80℃で保存する。
【0019】
【表3】

【0020】
2)コラーゲンコート培養皿の調製
ラットの尾から調製したコラーゲン液(5mg/ml)を0.1% 酢酸で100倍に希釈し、60mm 培養皿(CORNING)に3mlずつ分注する。室温で1hr静置してからコラーゲン液を除き、クリーンベンチ内で一晩乾燥させたのち、紫外線を1hr照射して滅菌、3mlのPBSを加えて37℃で30minインキュベートする。その後PBSを除き、解凍した小型肝細胞を3,000〜5,000コロニー/培養皿で播種する。
【0021】
3)小型肝細胞の培養
凍結小型肝細胞を37℃インキュベーター内で解凍し、37℃に温めたDMEM/FBS培地10mlに加えて50×g、1min遠心する。上清を除き、37℃に温めたDMEM/FBS培地3mlに沈殿した細胞を懸濁してコラーゲンコート培養皿に播種する。CO2インキュベーター(37℃,5%CO2,湿度95%)で培養し、24時間後培地を無血清培地(DMEM/DMSO、表4)に交換し、以後2日に1回、培地をDMEM/DMSOで交換する。
【0022】
【表4】

【0023】
4)小型肝細胞の成熟化
凍結小型肝細胞を14日間培養したのち、成熟化を行う。Matrigel(ベクトンデキンソン)を4℃に冷却したDMEM培地で1mg/mlになるよう希釈し、氷上で静置する。培養皿から培地を除きMatrigel溶液を1mlずつ分注し、CO2インキュベーター内で1時間培養したのち、DMEM/DMSO培地を2ml加えて培養を続ける。
【0024】
5)誘導剤の添加
リファンピシン(SIGMA)を10mMになるようDMSO(SIGMA)に溶解し、さらにDMEM培地で100倍に希釈して孔径0.2μmのフィルターで濾過し、4℃で保存する。それをさらにDMEM/DMSO培地で希釈し、0、1、3、10、30μMのリファンピシンを含む培地を調製する。
成熟化後7日間、および成熟化せず播種後21日間培養した小型肝細胞をリファンピシン添加培地で培養する。リファンピシン添加後3日間培養を行ったのちに酵素反応を行う。
【0025】
6)酵素反応
リファンピシン添加および非添加で3日間培養した小型肝細胞を37℃のKH緩衝液(表5)3mlで2回洗浄したのち、10μMのミダゾラム(ULTRAFINE Chemicals)を含むKH緩衝液を1.5ml加えてCO2インキュベーターで1時間反応させる。反応液を回収し、−80℃で保存する。
【0026】
【表5】

【0027】
7)サンプル処理
サンプル400μlをフィルター(ウルトラフリー、C3LH、日本ミリポア)を用いて、遠心分離(2400×g、4℃、5分)する。
得られたろ液250μlに内部標準溶液(Phenacetinのメタノール溶液、10μg/ml)10μlを加え、そのうちの50μlをHPLCに注入する。
【0028】
8) 検量線溶液
1'−ヒドロキシミダゾラム溶液(100、30、10、3、1、0.3、0.1μM)250μlに内部標準溶液10μlを添加し、そのうちの50μlをHPLCに注入する。
【0029】
9)HPLC分析条件
カラム:Xterra RP18、5μm、4.6×150mm(Waters)
移動相:A液;10mmol/Lリン酸緩衝液(pH7.4)
B液;メタノール/アセトニトリル(5/7、v/v)
溶出条件:グラジェント
Time(min) 0→5→17→25→26→35
B conc.(%) 30→30→60→60→30→30
流速:1ml/min
カラム温度:40℃
UV検出波長:263nm
分析時間:35min
【0030】
10)タンパク濃度測定
酵素反応を行った培養皿に1mlのリシス緩衝液(表6)を加えて4℃で1hr静置したのち、緩衝液に細胞を懸濁させて回収し、氷上で超音波処理(Sonifier、50% duty、output1、30sec)を行う。
1,200×g、5min、4℃で遠心し上清を回収、BCA protein assay kit(PIERCE)でタンパク濃度を測定する。濃度標準はBSAを用いる。
【0031】
【表6】

【0032】
11)データ処理
HPLCで得られた代謝産物量を培養皿あたりのタンパク量で割り、酵素活性(pmol/min/mg protein)とする。各項目3培養皿ずつの実験と4培養皿ずつの実験を行い、リファンピシン非添加条件での酵素活性を1として相対値を算出する。
【0033】
B.結果
リファンピシンを0〜30μMになるように添加して培養したラット小型肝細胞を図1に示す。また、そのときのCYP3A活性を測定した結果を図2に示す。
【0034】
図1から明らかなように、1〜30μMの濃度範囲においてリファンピシンはラット小型肝細胞の培養に影響を及ぼさなかった。
【0035】
図2から明らかなように、リファンピシンを0、1、3、10、30μMになるよう加えてラット小型肝細胞を培養し、CYP3A活性を測定した結果、リファンピシン1μMの条件下では活性は無添加の条件と比べると若干低下するが、リファンピシン濃度を高くすると活性は濃度依存的に上昇し、30μM条件下では無添加に比べて活性は高くなることが判明した。従って、この系に被験薬物を添加し、CYP3A活性その他の薬物代謝酵素活性を測定すれば、被験薬物とリファンピシンとの相互作用が検定できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】リファンピシン存在下に培養したラット小型肝細胞の位相差顕微鏡像を示す。
【図2】リファンピシン存在下に培養したラット小型肝細胞のCYP3A活性を示す。リファンピシン濃度0の時の値を1として、各濃度における活性を相対値で表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リファンピシン存在下にラット小型肝細胞を培養することを特徴とする、CYP3A誘導法。
【請求項2】
被験薬物及びリファンピシン存在下にラット小型肝細胞を培養し、薬物代謝酵素誘導能を測定することを特徴とする、被験薬物とリファンピシンの相互作用の検定法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−37466(P2007−37466A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−225708(P2005−225708)
【出願日】平成17年8月3日(2005.8.3)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(390037327)第一化学薬品株式会社 (111)
【Fターム(参考)】