説明

リガンド分子の検出方法

【課題】高感度かつ高精度に、細胞表面に存在するレセプター分子と特異的に結合するリガンド分子を検出することができる簡便な方法の提供。
【解決手段】被検試料中の、細胞表面に存在するレセプター分子と特異的に結合するリガンド分子を検出する方法であって、(a)レセプター分子が細胞表面に存在しており、かつ第1蛍光物質により蛍光標識細胞に、被検試料を接触させる工程と、(b)工程(a)の後又は工程(a)において被検試料と同時に、蛍光標識細胞に第2蛍光物質により標識された検出用分子を接触させる工程と、(c)工程(b)の後、第1蛍光物質と第2蛍光物質との間で生じる蛍光共鳴エネルギー転移を測定する工程とを有し、前記蛍光標識細胞が細胞膜、細胞質、又は前記レセプター分子以外の細胞膜に存在する分子が第1蛍光物質により標識されており、前記検出用分子がリガンド分子と特異的に結合する分子であるリガンド分子の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞自身を検出用試薬として用いて、高感度かつ簡便に、細胞表面に存在するレセプター分子と特異的に結合するリガンド分子を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体を構成する細胞の表面には、様々なタンパク質や糖鎖、脂質等が存在している。例えば、細胞表面に存在する代表的なタンパク質である受容体は、細胞外からのリガンドと結合することにより、細胞内にシグナルを伝えるという重要な役割を行っている。また、細胞表面の糖タンパク質からなる抗原は、自己非自己の認識や、異物としての排除機構の活性化のシグナルとして重要である。このため、このような細胞表面分子と結合する物質を検出することは、学術的のみならず、臨床的にも意義のあることである。
【0003】
特に、細胞表面分子と結合する抗体の存在を検査することは臨床的に有用である。
例えば、癌患者においては、癌細胞表面に存在するいくつかのタンパク質や糖鎖が異物として認識され、これらを抗原とする自己抗体を産生する場合がある。このような癌に対する自己抗体は、主に血中に存在するために、血液検査による癌のスクリーニング法として期待されている。
【0004】
具体的には、例えば、特許文献1では、癌化により細胞膜上の発現が亢進するホルモンレセプターに対する自己抗体の存在を検出することによって癌を検出する方法が報告されている。
また、特許文献2には、癌細胞の表面に存在する複数の抗原に対する自己抗体を組み合わせて検出することにより、癌の検出感度を向上させる方法が開示されている。当該方法では、MUC1やErbB2(Her2/neu)等の細胞表面に存在しており、かつ癌細胞で高発現することがよく知られたタンパク質に対する自己抗体を、患者血清中から複数組み合わせて癌を高感度に検出する方法である。
【0005】
また、赤血球表面の抗原に対する抗体の検出が、臨床検査として行われている。例えば、妊娠したり輸血を受けた場合のように他者の血球が生体内に混入した場合に、他者の血球表面に自己が持たない抗原があった場合には、当該抗原に対する抗体が産生される場合がある。これらは不規則抗体と呼ばれており、現在20種類以上の抗原が同定されている。不規則抗体をもつ人と、当該不規則抗体に対する抗原をもつ人との間で輸血を行うと、血液の凝集や溶血等の重大な症状が起こるため、輸血時の不規則抗体の検査は非常に重要である。
【0006】
このように、癌の自己抗体についての研究は古くからなされており、同定されている抗原も多いものの、細胞表面に存在する生体分子を抗原とする抗体を、臨床検査に適用可能なほど簡便かつ高い感度・特異度で検出することは非常に難しい。癌を感度よく検出するためには、細胞内分子を抗原とする自己抗体よりも、常に表面に提示されている膜表面分子に対する自己抗体を測定するほうが好ましいが、現在のところ、実際に癌スクリーニングキット等として検査に使われているものはない。例えば、癌検出法として承認されている自己抗体検出キットとして、変異型p53組み換えタンパク質を固定したELISA法による変異型p53タンパク質に対する自己抗体の検出キット〔MESACUP(登録商標)anti−p53テスト、MBL社製〕があるものの、変異型p53タンパク質は、癌細胞が細胞死した際に排出される核タンパク質であり、常に細胞表面に存在する生体分子ではない。
【0007】
癌細胞や血球の細胞表面に存在する生体分子を抗原とする抗体を検出する場合の共通の難しさとして、検出に用いるための適当な抗原を調製することが困難であることが挙げられる。これは、表面分子は複雑な糖鎖修飾がなされている場合が多く、組み換えタンパク質として抗原性を保ったものを供給するのが難しいためである。表面分子を細胞から直接単離して精製する方法もあるが、表面分子は細胞膜貫通型である場合が多いため、細胞からの単離・精製が非常に困難である場合も多い。また、特許文献2に記載されているように、一の生体試料に対して、一種類の表面分子に対する抗体のみではなく、複数の表面分子に対するそれぞれの抗体を同時に測定するほうが、より癌検出の感度を改善することができ、臨床的に意義がある場合が多いが、人工的に調製した抗原を複数調製することは、さらにその手間とコストがかかり、一層困難である。
【0008】
例えば、癌細胞に対する自己抗体の抗原の同定やスクリーニングの方法として、癌細胞で発現する遺伝子をクローニングして発現させた組み換えタンパク質を調製し、それらと癌患者血清とを反応させることにより、血清中の自己抗体の抗原を同定するSEREX法が古くから行われている。この方法により、多数の自己抗体が見つかっているものの、人工的に発現させた組み換えタンパク質を抗原としているため、当該方法を、生体試料中の自己抗体をスクリーニングするための臨床検査に用いたとしても、感度や再現性を保つことができず、臨床的に意義のある検査とはなり難い。これは、組み換えタンパク質と細胞表面上に存在するタンパク質では修飾等の構造に違いがあること、また、同じ抗原に対する抗体であっても、個体間でその抗原のどの部位をエピトープとして抗体を産生したかが異なること等のためである。
【0009】
このような検出用の適当な抗原の調製に関する問題は、細胞そのものを抗原として用いることにより解決することができる。例えば、特許文献1記載の方法では、ホルモンレセプターの一部の合成配列を抗原としたELISA法により自己抗体を検出しているが、細胞そのものを抗原として利用することにより、さらに癌検出感度が改善される可能性がある。また、細胞表面には多数の表面分子が存在しているため、複数種類の抗体を、一の細胞で検出することができる。つまり、人工的に組み換えタンパク質を調製する場合と異なり、抗体の種類ごとに抗原を調製する必要がない。
【0010】
実際に、不規則抗体の検査においては、複数ある抗原はいずれも複雑な糖鎖の修飾があるため、組み換えタンパク等として提供することが難しく、このため、抗原を提示した赤血球そのものを抗原として用意し、抗原抗体反応を確認することで検査している。この検査方法で最も一般的な方法として、間接グロブリン法(クームス法)が挙げられる。この方法は、赤血球3種と検査対象血清を混合し、37℃で10〜30分間反応させた後、遠心分離と生理食塩水の交換を3回行うことにより赤血球と結合した抗体以外の抗体を排除した上で、抗グロブリン抗体を混合し、不規則抗体の結合した赤血球と抗グロブリン抗体の架橋による凝集を目視で確認することによって、不規則抗体の存在を判定している。
【0011】
間接グロブリン法を通常の試験管を用いた試験として行った場合には、遠心分離と洗浄を繰り返さなければならず、かつ目視での判定であるため、定量性がなく、検査技師の能力により精度が異なってしまう。そこで、間接グロブリン法の改良法が幾つか開示されている。例えば、ID−マイクロタイピングシステム(オリンパス社製)等のゲルカラム法による自動化がなされている。この方法は、分子量カラムにて、赤血球結合抗体の凝集体を分ける方法であり、洗浄を必要とせず、工程数を減少させることができる。また、例えば、特許文献3に記載の方法(MMPH−A法)や市販されている不規則抗体検出用試薬CAPTURE−R(イムコア社製)等のように、マイクロプレートを用いることにより、スループットを改善する方法も開示されている。MMPH−A法では、赤血球をU底マイクロプレート容器に固相化し、その固相化赤血球表面上で検査対象の血清中の抗体と反応させた後洗浄し、抗ヒトグロブリン抗体感作磁性体封入粒子と抗体との結合を確認することにより、不規則抗体を検出している。その他、特許文献4には、一定の浸透圧の細胞希釈液で細胞を所定濃度に希釈して調整した細胞浮遊液を容器に固相化後、その余剰細胞を除去するために細胞浮遊液よりも高張に調整された洗浄液で洗浄を行うことにより、赤血球をはじめとする細胞を単層で均一に容器内壁に形成させる方法が開示されている。
【0012】
その他、臨床検査として行われている自己抗体のスクリーニング法としては、抗核抗体検査がされている。これは、咽頭癌培養細胞Hep−2を固定したスライドガラスに、検査対象の血液サンプルをかけた後、蛍光標識した抗IgG抗体を用いてスライドガラス上の細胞に結合した抗体を検出する方法である。この方法は、細胞内分子を抗原とする自己抗体を検出する方法であり、検出対象が細胞表面タンパク質ではないものの、複数の生体分子に対する自己抗体を簡便に検出するために、細胞そのものを抗原としている。
【0013】
一方、分子同士の結合を検出する方法として、蛍光エネルギー転移(FRET)を利用した方法が知られている。FRETとは、分光特性の異なる2種類の蛍光物質(ドナー蛍光色素及びアクセプター蛍光色素)が近接した場合に、両蛍光物質間でエネルギー転移が生じる結果、蛍光物質から発せられる蛍光の波長や蛍光量が、両蛍光物質が離れている場合から変化するものであり、2種類の分子を、ドナー蛍光色素とアクセプター蛍光色素の関係にある蛍光物質を用いてそれぞれ標識し、生じたFRETを検出することにより、分子間の距離や結合を測定することができる。この方法を利用した方法の1つとして、ドナー蛍光色素に長時間蛍光を発する希土類色素を用いた、時間分解FRET(TR−FRET;Time−Resolved Fluorescence Resonance Energy Transfer Assay)がある。この方法では、励起後、遅延した蛍光を測定する。通常の蛍光色素の蛍光が退色した後の蛍光を測定するため、生体試料等の自家蛍光をもつ試料を用いた測定系において、バックグラウンドを下げた、高感度な分子の結合測定が可能となる。
【0014】
例えば、非特許文献1には、TR−FRETを応用し、細胞全体を蛍光標識して、表面のIL−2Rαに結合する蛍光標識した抗体との間のFRETを検出できることが報告されている。この方法では、細胞表面全体のアミノ基をNHSエステル化−biotin試薬を用いてbiotin化した後、さらにストレプトアビジンを結合させたEu3+蛍光色素(FRETのドナー蛍光色素)を結合させることにより、Eu3+蛍光色素が全体に標識された細胞を作製している。一方で、検出対象となるIL−2Rαに対するモノクローナル抗体を、Cy5(FRETのアクセプター蛍光色素)で標識することにより、アクセプター蛍光色素結合抗体を作製する。作製されたドナー蛍光色素標識細胞とアクセプター蛍光色素結合抗体とを混合すると、細胞膜表面のIL−2Rαと結合したアクセプター蛍光色素結合抗体のアクセプター蛍光色素(Cy5)と細胞膜表面上のEu3+との距離が、FRETの起こる距離(例えば10nm以下)となった場合にFRETが起こる。このため、FRETの起きた波長の蛍光量を測定することにより、細胞表面のIL−2Rαの存在を検出することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特許第3995316号公報
【特許文献2】米国特許第7402403号明細書
【特許文献3】特開平2−124464号公報
【特許文献4】特許第2821040号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】ルンディン(Lundin)、外3名、アナリティカル・バイオケミストリー(Analytical Biochemistry)、2001年、第299巻、92〜97ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上記で挙げた細胞自身を抗原として用いる自己抗体の検出方法のうち、抗核抗体検査は、一般的に、Hep−2細胞の固定化、固定化された細胞に血液サンプルをかけた後の抗原抗体反応、洗浄操作、2次抗体の結合反応、洗浄操作、蛍光顕微鏡での検出等の諸工程を要する。つまり、操作が煩雑であり、かつ自動化が困難な工程が複数含まれているという問題がある。また、細胞を固定化する容器がスライドグラスであるため、スループットも悪いという問題もある。
【0018】
一方、間接グロブリン法の改良方法である特許文献2に記載の方法は、洗浄を必要とせず、自動化が可能な方法であるものの、遠心分離処理を要するため、抗核抗体検査よりも良いものの、スループットが十分ではないという問題がある。また、特許文献3に記載のMMPH−A法等は、U底マイクロプレート容器に固相化した赤血球を用いているため、一度に多数の検体を処理可能な方法であるものの、赤血球を単層に固相化する工程は煩雑であり、かつ均一な単層を形成することは非常に難しいという問題がある。
【0019】
また、上記非特許文献1記載の方法は、細胞表面に存在する特定の抗原を検出する方法であるが、細胞表面のアミノ基をNHSエステル化することによって細胞を蛍光標識しており、細胞表面上の全ての遊離したアミノ基が蛍光修飾される。このため、細胞表面抗原のアミノ酸配列によっては、蛍光標識により抗原性が失われてしまい、正確な測定ができない場合がある。
【0020】
本発明は、高感度かつ高精度に、細胞表面に存在するレセプター分子と特異的に結合するリガンド分子を検出することができる簡便な方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、細胞表面に存在するレセプター分子と特異的に結合するリガンド分子を、当該レセプター分子が細胞表面に存在する細胞自身を検出用試薬として用い、蛍光標識した細胞と、前記細胞とは異なる蛍光物質により標識したリガンド分子と特異的に結合する分子との間のFRETを検出することにより検出できること、及び、当該細胞の細胞膜、細胞質、及び前記レセプター分子以外の細胞膜に存在する分子からなる群より選択される1以上を蛍光物質で標識することにより、前記レセプター分子の立体構造を損なうことなく、細胞を蛍光標識することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0022】
すなわち、本発明は、
(1) 被検試料中の、細胞表面に存在するレセプター分子と特異的に結合するリガンド分子を検出する方法であって、(a) レセプター分子が細胞表面に存在しており、かつ第1蛍光物質を用いて標識された蛍光標識細胞に、被検試料を接触させる工程と、(b) 前記工程(a)の後、又は前記工程(a)において被検試料と同時に、前記蛍光標識細胞に、第2蛍光物質を用いて標識された検出用分子を接触させる工程と、(c) 前記工程(b)の後、前記第1蛍光物質と前記第2蛍光物質との間で生じる蛍光共鳴エネルギー転移を測定する工程と、を有し、前記蛍光標識細胞が、細胞膜、細胞質、及び前記レセプター分子以外の細胞膜に存在する分子からなる群より選択される1以上が第1蛍光物質により標識されている細胞であり、前記検出用分子が、前記リガンド分子と特異的に結合する分子であることを特徴とするリガンド分子の検出方法、
(2) 前記工程(a)が、前記蛍光標識細胞を含む細胞溶液に前記被検試料を添加する工程であり、 前記工程(b)が、前記工程(a)において、前記細胞溶液に、直接、前記検出用分子を添加する工程であり、前記工程(c)における蛍光共鳴エネルギー転移の測定が、前記工程(b)において前記検出用分子が添加された細胞溶液自体を測定試料とすることを特徴とする前記(1)記載のリガンド分子の検出方法、
(3) 前記蛍光標識細胞が、前記第1蛍光物質中の脂質親和性の高い部位が細胞膜に埋め込まれている細胞であることを特徴とする前記(1)又は(2)記載のリガンド分子の検出方法、
(4) 前記蛍光共鳴エネルギー転移の測定を、時間分解蛍光エネルギー転移法により行うことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか記載のリガンド分子の検出方法、
(5) 前記リガンド分子が抗体であることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれか記載のリガンド分子の検出方法、
(6) 前記検出用分子が、抗グロブリン抗体、protein A、及びprotein Gからなる群より選択される1種以上であることを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれか記載のリガンド分子の検出方法、
(7) 前記蛍光共鳴エネルギー転移が、650nm以上の波長の光を検出することにより測定されることを特徴とする前記(1)〜(6)のいずれか記載のリガンド分子の検出方法、
(8) 前記被検試料が、血液、血清、及び血漿からなる群より選択される1種であることを特徴とする前記(1)〜(7)のいずれか記載のリガンド分子の検出方法、
(9) 前記蛍光標識細胞が、正常細胞又は癌細胞からなる群より選択される1種であることを特徴とする前記(1)〜(8)のいずれか記載のリガンド分子の検出方法、
(10) 前記蛍光標識細胞が血球細胞であることを特徴とする前記(1)〜(9)のいずれか記載のリガンド分子の検出方法、
(11) 生体試料中の癌細胞表面抗原に対する抗体を検出する方法であって、(a’1) 第1蛍光物質を用いて標識された癌細胞に、被検対象である生体試料を接触させる工程と、
(b’1) 前記工程(a’1)の後、又は前記工程(a’1)において被検試料と同時に、前記癌細胞に、第2蛍光物質を用いて標識された検出用分子を接触させる工程と、
(c’1) 前記工程(b’1)の後、前記第1蛍光物質と前記第2蛍光物質との間で生じる蛍光共鳴エネルギー転移を測定する工程と、を有し、前記癌細胞が、細胞膜、細胞質、及び前記癌細胞表面抗原以外の細胞膜に存在する分子からなる群より選択される1以上が第1蛍光物質を用いて標識されている細胞であり、前記検出用分子が、前記抗体と特異的に結合する分子であることを特徴とする抗体の検出方法、
(12) 血液試料中の赤血球表面抗原に対する抗体を検出する方法であって、(a’2) 第1蛍光物質を用いて標識された赤血球に、被検対象である血液試料を接触させる工程と、
(b’2) 前記工程(a’2)の後、又は前記工程(a’2)において被検試料と同時に、前記赤血球に、第2蛍光物質を用いて標識された検出用分子を接触させる工程と、(c’2) 前記工程(b’2)の後、前記第1蛍光物質と前記第2蛍光物質との間で生じる蛍光共鳴エネルギー転移を測定する工程と、を有し、前記赤血球が、細胞膜、細胞質、及び前記赤血球表面抗原以外の細胞膜に存在する分子からなる群より選択される1以上が第1蛍光物質を用いて標識されている細胞であり、前記検出用分子が、前記抗体と特異的に結合する分子であることを特徴とする赤血球表面抗原に対する抗体の検出方法、
(13) 被検試料中の、細胞表面に存在するレセプター分子と特異的に結合するリガンド分子を検出するためのキットであって、細胞を標識するための第1蛍光物質と、第2蛍光物質を用いて標識された検出用分子とを有し、前記第1蛍光物質及び前記第2蛍光物質は、互いに近接した状態で両者の間に蛍光共鳴エネルギー転移が生じるものであることを特徴とするリガンド分子の検出用キット、
(14) 前記第1蛍光物質が脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質、受動輸送又は細胞のエンドサイトーシスにより細胞内に直接取り込ませることが可能な蛍光物質、及び蛍光ナノ粒子からなる群より選択される1種以上であり、前記検出用分子が抗グロブリン抗体、protein A、及びprotein Gからなる群より選択される1種以上であることを特徴とする前記(13)記載のリガンド分子の検出用キット、
を、提供するものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明のリガンド分子の検出方法では、検出用試薬として細胞自身を用いているため、レセプター分子の組み換えタンパク質等の人工的に調製したものを用いる場合よりも簡便に、かつ、精度よくリガンド分子を検出することができる。また、一般的には、細胞を利用した測定系は、細胞の固相化処理や固定化処理、複数回の洗浄操作や遠心分離操作等を有し、工程が煩雑であるが、本発明のリガンド分子の検出方法は、FRETを利用していることから、このような処理を要さずとも行うことが可能であり、非常に簡便である。さらに、蛍光標識された細胞を調製する場合に、細胞膜等を蛍光標識するため、レセプター分子の立体構造に対する影響がほとんどなく、リガンド分子との結合性(抗原性)に変化が起こらないため、より正確にリガンド分子を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】細胞膜を標識した蛍光標識細胞を用いた場合の、本発明のリガンド分子の検出方法の概念図(B)を、非特許文献1に記載の方法の概念図(A)と比較した図である。
【図2】実施例1において、各被検試料の665nmの蛍光強度の測定結果を示した図である。
【図3】比較例1において、各被検試料の665nmの蛍光強度の測定結果を示した図である。
【図4】比較例2において、各被検試料の665nmの蛍光強度の測定結果を示した図である。
【図5】実施例2において、各被検試料の730nmの蛍光強度の測定結果を示した図である。
【図6】比較例3において、各被検試料の磁性粒子の分散の度合(相対値)を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明において、レセプター分子とは、細胞表面に提示された生体分子であって、検出対象であるリガンド分子と特異的に結合する分子を意味する。レセプター分子としては、細胞表面に提示されたものであれば特に限定されるものではなく、タンパク質であってもよく、糖鎖であってもよく、脂質であってもよく、これらの複合分子であってもよい。また、分子の一部分が細胞膜に埋め込まれているものであってもよく、細胞膜を貫通する分子であってもよい。本発明においては、特に、癌細胞表面抗原や赤血球表面抗原であることが好ましい。
【0026】
本発明において、リガンド分子は、レセプター分子の細胞表面に提示されている部分と特異的に結合する分子であれば特に限定されるものではなく、タンパク質であってもよく、低分子化合物であってもよい。本発明においては、生体試料中に含まれる生体分子であることが好ましく、抗体や、情報伝達物質として機能する生体分子であることがより好ましい。情報伝達物質として機能する生体分子としては、例えば、ホルモンやビタミン類等が挙げられる。
【0027】
より具体的には、リガンド分子が抗体である場合には、レセプター分子は癌細胞表面抗原や赤血球表面抗原等の抗原であり、リガンド分子がホルモン等の情報伝達物質である場合には、レセプター分子は当該情報伝達物質のレセプターである。
【0028】
本発明において、検出用分子とは、リガンド分子と特異的に結合する分子を意味する。本発明において用いられる検出用分子は、細胞表面に存在するレセプター分子と結合しているリガンド分子と、当該レセプター分子との結合を阻害することなく結合可能な分子であれば、特に限定されるものではなく、タンパク質等の生体分子であってもよく、合成化合物であってもよい。具体的には、リガンド分子が抗体である場合には、抗体の抗原認識部位(可変領域)以外の部分と結合する分子、例えば、抗グロブリン抗体(抗IgG抗体、抗IgM抗体)、proteinA、proteinG等が挙げられる。また、リガンド分子がホルモン等のタンパク質(ペプチドも含む)である場合には、当該リガンド分子に特異的な抗体や、当該リガンド分子に結合可能なタンパク質等が挙げられる。
【0029】
本発明のリガンド分子の検出方法は、細胞表面にレセプター分子が存在している細胞を第1蛍光物質により標識し、これに被検試料を接触させた後、第2蛍光物質により標識したリガンド分子と特異的に結合する検出用分子をさらに添加する。当該被検試料中にリガンド分子が存在していた場合には、細胞表面のレセプター分子にリガンド分子が結合し、このリガンド分子にさらに検出用分子が結合するため、細胞を標識した第1蛍光物質と、検出用分子を標識した第2蛍光物質との間でFRETが生じる。つまり、第1蛍光物質と第2蛍光物質との間で生じたFRETを検出することにより、被検試料中のリガンド分子を検出することができる。
【0030】
細胞を標識する第1蛍光物質及び検出用分子を標識する第2蛍光物質は、互いに近接した状態で両者の間にFRETが生じるものであれば特に限定されるものではなく、FRETを利用した反応系において一般的に用いられている蛍光物質の組み合わせのいずれを用いてもよい。また、第1蛍光物質と第2蛍光物質のいずれがドナー蛍光色素であってもよく、いずれがアクセプター蛍光色素であってもよい。また、アクセプター蛍光色素が蛍光物質であってもよく、ドナー蛍光色素から受け取った蛍光エネルギーを熱エネルギーに変換する消光物質(クエンチャー)であってもよい。
【0031】
本発明において第1蛍光物質又は第2蛍光物質として用いられるドナー蛍光色素としては、TR−FRETを可能とする蛍光物質であることが好ましい。具体的には、ドナー蛍光色素として、長寿命蛍光を可能とする希土類錯体(ユウロピウム、テルビウム等)を用いることが好ましい。細胞には自家蛍光を有するものが多いが、検出にTR−FRETを用いることにより、自家蛍光による測定時のバックグラウンドを低減することができる。
【0032】
また、第1蛍光物質により標識される細胞として、赤血球等のように特定の波長の光を吸収し易い細胞を用いる場合には、第1蛍光物質又は第2蛍光物質として用いられるドナー蛍光色素及びアクセプター蛍光色素としては、ドナー蛍光色素の励起波長、アクセプター蛍光色素の励起波長(エネルギー転移により、ドナー蛍光色素から発されてアクセプター蛍光色素へ受け取られる光の波長)、及びエネルギー転移後の測定波長(エネルギー転移後にアクセプター蛍光色素から発される蛍光波長、以下、「FRET光の波長」ということがある。)が、当該細胞の吸光波長帯を避けたものとなる組み合わせの蛍光色素を用いることが好ましい。
【0033】
例えば、蛍光標識細胞として赤血球を用いる場合には、赤血球に含まれるヘモグロビンの吸収を避けた波長の蛍光色素を用いることが好ましい。すなわち、ドナー蛍光色素の励起波長が400nm以下、より好ましくは320nm以下であり、アクセプター蛍光色素の励起波長が600nm以上、より好ましくは650nm以上であり、FRET光の波長が650nm以上、より好ましくは700nm以上であることが好ましい。このようなアクセプター蛍光色素として有用なのは、例えば、APC、Cy5(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)、Alexa Fluor(登録商標)シリーズ(インビトロジェン社製)、Atto dyeシリーズ(Atto tec社製)等がある。
【0034】
本発明のリガンド分子の検出方法においては、レセプター分子の組み換えタンパク質に代えて、レセプター分子が細胞表面に存在している細胞であって、細胞膜、細胞質、及び前記レセプター分子以外の細胞膜に存在する分子からなる群より選択される1以上が第1蛍光物質により標識されている蛍光標識細胞を、リガンド分子の検出に用いる。レセプター分子が細胞表面に存在している細胞自身をリガンド分子検出に用いているため、人工的に単離発現させることが難しい細胞膜上のレセプター分子に結合するリガンド分子の存在を容易に検出することができる。特に、複数のリガンド分子を検出する際に、検出用試薬として用いる組み換えタンパク質をリガンド分子ごとに調製することは大変な労力を要するが、本発明のリガンド分子の検出方法では、これらのリガンド分子に対するレセプター分子を発現している細胞を適宜用いれば足りるため、非常に簡便である。例えば、複数種類のレセプター分子を発現している1種類の細胞を用いることにより、複数種類のリガンド分子を、一度の検出操作により検出することができる。
【0035】
また、癌等の特定の疾患の患者において特異的に検出される抗体や、血液中の不規則抗体等は、その存在は明らかにされている場合ものの、抗原は同定されていない場合も多い。本発明においては、細胞自体を検出に用いるため、レセプター分子が同定されていないリガンド分子をも検出することが可能である。例えば、癌マーカーとして用いられる抗体であって、その抗原が未同定である場合であっても、癌患者から採取した細胞を用いることにより、当該抗体を検出することができる。
【0036】
蛍光標識細胞として用いられる細胞としては、レセプター分子が細胞表面に存在している細胞であれば特に限定されるものではなく、生体から直接取り出した細胞であってもよく、培養細胞であってもよい。また、レセプター分子が元々細胞表面に存在している細胞であってもよく、遺伝子導入等によりレセプター分子を後発的に発現させた細胞であってもよい。生体から取り出した細胞としては、例えば、血球細胞や、各種臓器を構成する細胞等が挙げられる。血球細胞としては、赤血球、血小板、白血球、リンパ球等が挙げられる。また、正常細胞であってもよく、癌細胞や炎症部位の細胞等の何らかの疾患を起こしている細胞等であってもよい。
【0037】
また、蛍光標識細胞として用いられる細胞は、細胞表面のレセプター分子がリガンド分子との結合能(本願明細書においては、「抗原性」ということがある。)を保持している状態であればよく、生細胞であってもよく、固定した細胞であってもよい。本発明においては、より生体内で機能している状態に近い条件でリガンド分子を検出することができるため、蛍光標識細胞は生細胞であることが好ましい。
【0038】
本発明のリガンド分子の検出方法において用いられる蛍光標識細胞は、細胞膜、細胞質、及びレセプター分子以外の細胞膜に存在する分子からなる群より選択される1以上が蛍光物質により標識されている。本発明においては、レセプター分子自体は標識されることがないため、レセプター分子が有するリガンド分子との結合能が損なわれることがなく、非特許文献1に記載の方法のように、細胞全体に標識する方法よりも、リガンド分子検出の感度・特異度を改善することができる。
【0039】
図1は、細胞膜を標識した蛍光標識細胞を用いた場合の、本発明のリガンド分子の検出方法の概念図(B)を、非特許文献1に記載の方法の概念図(A)と比較した図である。非特許文献1に記載の方法では、細胞表面抗原1を検出対象とするものであるが、細胞表面の遊離アミノ基を一律に蛍光物質2で標識しているため、細胞表面抗原1中の遊離アミノ基も蛍光物質2で標識されてしまう。すると、蛍光物質3で標識された細胞表面抗原1に対する抗体4を添加した場合に、細胞表面抗原1ではなくその近傍の他の分子が蛍光物質2で標識されている場合には、抗体4は細胞表面抗原1と結合することができ、FRETが生じる。一方、細胞表面抗原1自体が蛍光物質2で標識されている場合には、抗体4は細胞表面抗原1と結合することができず、FRETが生じない。つまり、非特許文献1に記載の方法では、検出対象である細胞表面抗原のアミノ酸配列や、蛍光標識の方法等に依存して検出結果がばらつくという問題がある。
【0040】
これに対して、本発明のリガンド分子の検出方法では、細胞膜自体を蛍光物質5により標識するため、細胞表面のレセプター分子6の抗原性が変化せず、検出対象であるリガンド分子7はレセプター分子6と安定して結合することができ、さらに蛍光物質8で標識された検出用分子9をリガンド分子7に結合させることにより、FRETが生じ、被検試料中のリガンド分子を安定して検出することができる。
【0041】
前述したように、本発明においては、細胞を標識した第1蛍光物質と検出用分子を標識した第2蛍光物質との間に生じるFRETを検出することにより、リガンド分子を検出する。このため、レセプター分子に結合したリガンド分子にさらに結合した検出用分子を標識する第2蛍光物質と、細胞を標識する第1蛍光物質との距離が、FRETが生ずる距離であることが必要である。本発明においては、細胞膜、細胞質、及びレセプター分子以外の細胞膜に存在する分子を蛍光標識することにより、レセプター分子とリガンド分子と検出用分子とからなる複合体(以下、「3者複合体」ということがある。)が形成された際に、第1蛍光物質と第2蛍光物質との距離を、十分に短くすることができる。
【0042】
細胞膜、細胞質、及びレセプター分子以外の細胞膜に存在する分子を蛍光標識する方法は、細胞表面に存在するレセプター分子とリガンド分子との結合性に影響を及ぼさない方法であれば特に限定されるものではなく、当該技術分野において用いられるいずれの方法を用いて行ってもよい。
【0043】
細胞膜の蛍光標識は、細胞膜に直接蛍光物質を結合させてもよいが、細胞膜と蛍光物質との親和性を利用して標識することが好ましい。例えば、少なくとも一部に脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質を用いて染色することにより、細胞膜自体を蛍光標識することができる。脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質としては、例えば、脂肪鎖や脂肪酸を有する蛍光物質等が挙げあれる。細胞膜はリン脂質からなる脂質二重層であり、蛍光物質中の脂肪鎖や脂肪酸等の脂質親和性の高い部位(脂質テイル)が、脂質二重層内に埋め込まれることにより、細胞膜が蛍光標識される。当該方法は、細胞膜に蛍光物質を埋め込む以外に何ら化学的変化を引き起こさないため、細胞毒性が少ない標識方法であり、生きたまま細胞を染色することができる上に、蛍光標識によりレセプター分子の発現等が変化することがなく好ましい。
【0044】
脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質としては、例えば、長い脂肪酸をもつ蛍光物質であるCellVue(登録商標) Kits(Polysciences社製、米国特許第5665328号明細書参照。)や、蛍光物質カルボシアニン等が挙げられる。汎用されているカルボシアニンの1つであるカルボシアニン色素DiIは、1,1’−ジオクタデシル−3,3,3’,3’−テトラメチルインドカルボシアニンの過塩素酸塩(1,1’−dioctadecyl−3,3,3’,3’−tetramethylindocarbocyanine perchlorate)であり、2個(ジ)のオクタデシル基がインドカルボシアニンに結合した構造を有し、脂質ニ重層のアシル基に親和性の高い疎水性のオクタデシル基(脂質テイル)が細胞膜に埋め込まれ、細胞全体を標識することができる。特に、カルボシアニンDiDやCellVue(登録商標)シリーズは、励起波長及びFRET光の波長がヘモグロビンの吸収波長帯から外れている蛍光特性を有する蛍光物質であるため、蛍光標識細胞として赤血球を用いる場合に特に好ましい。
【0045】
脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質は、細胞と混合させるだけで、細胞膜に埋め込まれ、細胞膜を標識することができる。例えば、細胞の培養液を蛍光物質溶液に交換し、所定時間インキュベートすることにより、細胞膜を蛍光標識することができる。蛍光物質の種類によっては、培養液にそのまま蛍光物質を添加してもよい。また、蛍光物質溶液に混合させた状態の蛍光標識細胞を用いて本発明のリガンド分子の検出方法を行ってもよく、蛍光物質溶液を除去し、余剰の蛍光物質を排除した蛍光標識細胞を用いて行ってもよい。さらに、蛍光物質溶液を除去した後、培養液や適当なバッファー等を用いて洗浄した蛍光標識細胞を用いることも好ましい。例えば、CellVue(登録商標) Kitsやカルボシアニンであれば、細胞から培養液を除去した後、蛍光物質溶液を混合して2〜5分間室温でインキュベートし、FCS(Fetal calf Serum)を添加して反応を停止させた後、培地で洗浄するのみで、蛍光標識細胞を作製することができる。
【0046】
なお、培養液と蛍光物質溶液の置換や蛍光標識細胞の洗浄操作等は、通常の培地交換と同様に行うことができる。例えば、第1蛍光物質により標識される細胞が接着性の細胞である場合には、培養容器からアスピレータ等を用いて上清を除去した後、蛍光物質溶液等を添加すればよい。また、第1蛍光物質により標識される細胞が浮遊性の細胞である場合には、蛍光物質溶液と細胞の混合溶液を所定時間静置することや遠心分離処理により細胞を沈殿させた後、上清を除去してもよく、フィルター濾過等により蛍光物質溶液等を細胞から除去してもよい。
【0047】
また、細胞質を蛍光標識することにより、3者複合体が形成された際に、細胞膜直下の細胞質を標識した第1蛍光物質と第2蛍光物質との距離を、細胞膜自体を染色した場合と同様に十分に短くすることができる。細胞質の蛍光標識は、例えば、細胞内に蛍光物質を取り込ませることにより行うことができる。細胞内に取り込ませる蛍光物質としては、細胞の標識に通常用いられている蛍光物質の中から、好ましい蛍光特性を有する蛍光物質を適宜選択して用いることができる。その他、NEO−STEM(Biterials社製)等のような、シリカの殻に所望の蛍光物質を封入した蛍光ナノ粒子を、細胞内に取り込ませることによっても、細胞質を蛍光標識した細胞を作製することができる。
【0048】
このような蛍光物質や蛍光ナノ粒子は、受動輸送又は細胞のエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれる。このため、前述の脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質と同様に、細胞と混合させるだけで、蛍光ナノ粒子等を細胞内に取り込ませ、細胞質を蛍光標識することができる。例えば、蛍光ナノ粒子は、当該粒子を含有する溶液中で細胞を2〜3時間のインキュベートすることにより、細胞内に取り込まれる。
【0049】
また、レセプター分子以外の細胞膜に存在する分子を蛍光標識することによっても、細胞膜や細胞質を標識する場合と同様に、3者複合体が形成された際に、第1蛍光物質と第2蛍光物質との距離を十分に短くすることができる。なお、細胞膜に存在する分子は、細胞表面に存在する分子であってもよく、細胞内の細胞膜に存在する分子であってもよい。例えば、公知の遺伝子組換技術利用した細胞内発現系を用いて、細胞膜に局在するタンパク質や細胞膜直下に局在するタンパク質(ドメイン等の部分タンパク質を含む)の蛍光物質との融合タンパク質を細胞内に発現させると、発現した蛍光物質融合タンパク質を細胞膜に局在させることができる。細胞膜に局在するタンパク質等として、例えば、脂質に結合するドメインや、細胞膜を裏打ちする細胞骨格系の主要構成分子であるアクチンタンパク質等が挙げられる。
【0050】
特に、脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質を用いる標識法や、蛍光ナノ粒子等を細胞内と取り込ませる標識法を用いることにより、細胞膜又は細胞質を蛍光標識した細胞を非常に簡便に作製することができる。これらの標識法は、細胞と蛍光物質を混合し、早いもので5分程度の反応時間で細胞を蛍光標識することが可能であり、また、遊離した過剰の蛍光物質の排除は、細胞から蛍光物質溶液を取り除く作業のみでよいという、非常に簡便な方法である。このため、当該標識法を用いることにより、臨床検査室で、検査ごとに蛍光標識細胞を作製することも可能となる。例えば、培養細胞や市販されている赤血球だけではなく、生体内から取り出した疾患細胞や、輸血検査の交差適合性試験等で患者から取り出した細胞等を利用し、その場で蛍光標識細胞を作製しなければならない場合にも容易に対応することができる。また、細胞膜の脂質という普遍的なものに対する標識であるため、どんな細胞であっても共通に使用することが可能であり、検査対象ごとに試薬を変える必要がない。
【0051】
検出用分子の第2蛍光物質による標識は、従来法により行うことができる。例えば、検出用分子が抗体を含むタンパク質である場合には、マレイミド化又はNHSエステル化された蛍光物質を結合させることにより標識することができる。また、検出用分子にBiotinを結合させたのち、ストレプトアビジンを結合した蛍光物質を間接的に結合させることもできる。この場合、蛍光物質がリガンド分子の認識部位に結合しないように、標識方法に配慮する必要がある。例えば、リガンド分子認識部位にマレイミドと反応するチオール基を持つシステインを多く含む場合には、マレイミド化以外の方法で蛍光物質の標識を行う。
【0052】
また、検出用分子が抗グロブリン抗体、proteinA、proteinG等の比較的安定な分子である場合には、標識後長期保存が可能であるため、第2蛍光物質により標識された検出用分子を検査試薬としてそのまま提供することが可能である。このため、例えば、前述の脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質や、受動輸送又は細胞のエンドサイトーシスにより細胞内に直接取り込ませることが可能な蛍光物質や蛍光ナノ粒子等の細胞を第1蛍光物質により標識するための試薬と、第2蛍光物質により標識された検出用分子をキット化し、当該キットを用いることにより、本発明のリガンド分子の検出方法をより簡便に行うことができる。
【0053】
本発明のリガンド分子の検出方法に供される被検試料としては、検出対象であるリガンド分子が含まれていることが期待される試料であれば特に限定されるものではないが、生体試料であることが好ましい。このような生体試料としは、例えば、血液、血清、血漿、骨髄液、リンパ液、唾液、腹水、滲出液、喀痰、精液、尿、胆汁、膵液、羊膜液、糞便、腹腔洗浄液、腸管洗浄液、肺洗浄液、気管支洗浄液、膀胱洗浄液等が挙げられる。本発明においては、特に、血液、血清、血漿、骨髄液、リンパ液等であることが好ましく、血清又は血漿であることがより好ましい。
【0054】
被検試料として用いられる生体試料は、採取直後のものであってもよく、採取後一定期間保存されたものであってもよい。生体試料の保存は、常法により行うことができる。
また、該生体試料は、ヒト等の生物から採取された状態の試料であってもよく、調製した試料であってもよい。該調製の方法は、該試料中に含有されているリガンド分子を損なわない方法であれば、特に限定されるものではなく、通常、生体試料等に対してなされている調製方法を行うことができる。該調製方法として、例えば、粘液等の洗浄除去や、生理食塩水や緩衝液等を用いた希釈、細胞性構成要素の分離又は濃縮等がある。
【0055】
具体的には、本発明のリガンド分子の検出方法は、下記の工程(a)〜(c)を有する。
(a) レセプター分子が細胞表面に存在しており、かつ第1蛍光物質を用いて標識された蛍光標識細胞に、被検試料を接触させる工程。
(b) 前記工程(a)の後、又は前記工程(a)において被検試料と同時に、前記蛍光標識細胞に、第2蛍光物質を用いて標識された検出用分子を接触させる工程。
(c) 前記工程(b)の後、前記第1蛍光物質と前記第2蛍光物質との間で生じる蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)を測定する工程。
以下、工程ごとに説明する。
【0056】
まず、工程(a)として、蛍光標識細胞に、被検試料を接触させる。これにより、被検試料中にリガンド分子が含まれている場合には、蛍光標識細胞の表面上のレセプター分子とリガンド分子とが結合する。具体的には、例えば、蛍光標識細胞の培養液中に被検試料を添加してもよく、蛍光標識細胞の培養液を、被検試料又は適当な緩衝液で調製した被検試料希釈液に交換してもよい。被検試料又はその希釈液への交換は、前述の脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質による細胞の標識と同様に、通常の培地交換と同様の手法で行うことができる。被検試料を接触させてレセプター分子とリガンド分子の結合反応を行う温度は特に限定されるものではないが、両分子の結合は生体分子同士の反応であるため、20〜37℃であることが好ましい。
【0057】
蛍光標識細胞を、被検試料を含む培養液又は被検試料若しくはその希釈液(以下、「被検試料を含有する培養液等」ということがある。)中で所定時間インキュベートすることにより、被検試料中のリガンド分子とレセプター分子をより十分に結合させることができ、より安定した検出結果を得ることができる。インキュベーションの時間や温度は、被検試料の種類や調製方法等により適宜決定することができるが、例えば、20〜37℃で1〜15分間インキュベートすることにより、レセプター分子とリガンド分子を結合させることができる。
【0058】
次いで、工程(b)として、被検試料を接触させた蛍光標識細胞に、さらに蛍光標識した検出用分子を接触させる。これにより、リガンド分子と検出用分子が結合するため、被検試料中にリガンド分子が含まれていた場合には、3者複合体が形成される。具体的には、被検試料を含む培養液等に検出用分子を直接添加してもよく、洗浄により遊離のリガンド分子を除去した蛍光標識細胞に、検出用分子を含む溶液を添加することにより、蛍光標識細胞と検出用分子を接触させてもよい。その他、被検試料と検出用分子とを共に培養液に添加する等により、両者を同時に蛍光標識細胞に接触させてもよい。
【0059】
蛍光標識細胞を、検出用分子の存在下で所定時間インキュベートすることにより、3者複合体をより十分に形成させることができる。インキュベートの時間や温度は、被検試料の種類や調製方法等により適宜決定することができるが、例えば、20〜37℃で1〜15分間インキュベートすることにより、レセプター分子とリガンド分子を結合させることができる。
【0060】
被検試料を含有する培養液等に直接検出用分子を添加する場合や、被検試料と検出用分子とを同時に蛍光標識細胞に接触させる場合には、被検試料中に含まれている、検出用分子が結合可能なリガンド分子以外の物質の存在量を考慮し、検出用分子がリガンド分子以外の物質と結合したとしても、3者複合体が形成されてリガンド分子の存在が検出できるように、十分量の検出用分子を培養液等に添加することが重要である。一方で、FRETを起こす2つの蛍光色素間では、いずれの蛍光色素も一定以上の濃度で存在すると、溶液中の分子間の距離が縮まり、分子間の結合を伴わないFRETが起きる場合がある。このため、蛍光標識した検出用分子の濃度は、上記2つの点を考慮し、非特異なFRETが起こらず、蛍光標識細胞に結合したリガンド分子を検出できる濃度に設定することが重要である。
【0061】
また、工程(a)において蛍光標識細胞と被検試料とを接触させた反応容器から、蛍光標識細胞を別の反応容器に移し替えた後に、工程(b)として蛍光標識細胞と検出用分子とを接触させてもよいが、易操作性とコンタミネーション抑制の点から、工程(a)において蛍光標識細胞と被検試料とを接触させた反応容器と同一の反応容器内で蛍光標識細胞と検出用分子とを接触させることが好ましい。
【0062】
次いで、工程(c)として、第1蛍光物質と第2蛍光物質との間で生じるFRETを測定する。FRETが検出された場合には、3者複合体が形成されており、被検試料中にリガンド分子が含まれていたと判断できる。一方、FRETが検出されなかった場合には、被検試料中にはリガンド分子が含まれていなかったと判断できる。本発明のリガンド分子の検出方法においては、FRETを利用していることから、リガンド分子を高感度に検出することができる。
【0063】
本発明においては、特に、励起を受けるドナー蛍光色素として、長寿命蛍光である希土類錯体を利用し、励起後、一定の遅延時間後にFRET光の蛍光強度を測定する時間分解FRET(TR−FRET)を使用することが好ましい。この方法では、生体試料などの自家蛍光は短寿命蛍光であるため消光し、その後残ったFRET光のみを測定することにより、細胞や被検試料由来の自家蛍光を排除し、バックグランドの少ない高感度な測定を行うことが可能となる。
【0064】
時間分解とは、パルス光を照射してドナー蛍光色素を励起し、一定時間たった後にアクセプター蛍光色素から発せられるエネルギー転移後の蛍光波長の蛍光強度を計測する反応であり、この工程を複数回くりかえした平均値を通常蛍光強度として使用する。さらに、ドナー蛍光色素自体の蛍光波長の蛍光強度も測定し、エネルギー転移した蛍光強度と、ドナー蛍光色素自体の蛍光強度の比を利用することにより、生体試料に由来する吸収等の影響を排除した正確な測定をすることも可能である。
【0065】
FRET光の測定は、従来法を用いて行うことができる。例えば、蛍光プレートリーダー等の蛍光測定器を用いて、FRET光の波長の蛍光強度を測定することにより、FRETを測定することができる。時間分解測定が可能なプレートリーダーを用いることがより好ましい。
【0066】
工程(c)において、FRETが検出されたか否かを判定するために、被検試料に換えて、リガンド分子を含有しない緩衝液等の陰性コントロールを用いて工程(a)〜(c)を行い、得られた測定値を基準とすることができる。例えば、被検試料から得られたFRET光の蛍光強度の測定値が、陰性コントロールから得られた測定値よりも大きい場合には、FRETが検出されており、被検試料中にリガンド分子が含まれていたと判定することができる。FRET検出の有無をより正確に判定するためには、工程(a)〜(c)を行う場合に、陰性コントロールと被検試料とを、同一の工程で行うことが好ましい。
【0067】
その他、FRET光の蛍光強度やアクセプター蛍光色素が単独で存在している場合の蛍光波長の蛍光強度を、工程(b)において蛍光標識細胞に検出用分子を接触させた時点から経時的に測定し、蛍光強度の変化を調べることによっても、FRETが検出されたか否かを判定することができる。例えば、FRETが起こらなかった場合には、FRET光の蛍光強度は変化せず、一方、FRETが起こった場合には、FRET光の蛍光強度は、検出用分子を接触させた時点よりも所定時間経過後のほうが大きくなる。
【0068】
また、被検試料に換えて、リガンド分子の含有量が既知の試料溶液を用いて工程(a)〜(c)を行い、得られた測定値に基づき、被検試料から得られた測定値から、被検試料に含まれるリガンド分子を定量的に測定することもできる。
【0069】
本発明においては、FRET光を測定することにより、形成された3者複合体の存在を直接測定しているため、抗原抗体反応の検出に汎用されている酵素標識による化学発光検出のような間接的測定法とは異なり、3者複合体を形成する反応とのタイムラグがなく、形成された3者複合体を経時的にモニターすることが可能となる。さらに、測定試料ごとに各工程の反応時間を一定にして測定することにより、レセプター分子とリガンド分子との結合反応やリガンド分子と検出用分子との結合反応が平衡に達する前に、FRET光を測定したとしても、精度よくリガンド分子を検出することができる。つまり、本発明においては、レセプター分子とリガンド分子とも結合反応や、リガンド分子と検出用分子との結合反応が必ずしも平衡に達するまで待つ必要がないため、リガンド分子を短時間で検出することが可能となる。具体的には、例えば、工程(a)〜(c)の全工程を30分間以内で行うことができる。
【0070】
FRET光は、第1蛍光物質と第2蛍光物質が近づいた時にのみ起こるため、遊離の第2蛍光物質(すなわち、遊離の検出用分子)が存在している場合であっても、FRET光の測定は可能である。このため、FRET光の測定は、工程(b)において前記検出用分子が添加された培養液等自体を測定試料としてもよく、洗浄により遊離の検出用分子を除去した蛍光標識細胞を測定試料としてもよい。
【0071】
すなわち、工程(a)〜(c)は、蛍光標識細胞を含む細胞溶液に、被検試料を添加した後、当該細胞溶液に、直接、検出用分子を添加し、この細胞溶液自体を測定試料としてFRETを測定するという、一度も洗浄操作等の溶液交換処理を行なわない測定系により実施することができる。蛍光標識細胞を含む細胞溶液は、培養液であってもよく、適当な緩衝液を用いて調製したものであってもよい。また、被検試料添加後及び検出用分子添加後に、必要に応じてインキュベートしてもよい。
【0072】
このように、本発明のリガンド分子の検出方法は、溶液交換処理を行わないホモジニアスな測定系、すなわち、細胞の遠心分離や、細胞の固相等の処理の不要な測定系で実施することができる。そして、洗浄や遠心分離の工程が必要ないため、蛍光標識細胞として浮遊性の細胞を用いた場合であっても、MMPH−A法や抗核抗体検査とは異なり、用いる蛍光標識細胞を反応容器に固層化する必要はなく、固定化する必要もない。つまり、本発明のリガンド分子の検出方法は、細胞を用いる方法であるにも関わらず、固相処理等の煩雑かつ困難な前処理が不要であり、かつ、マルチウェルプレートのような複数の検体を同時に扱えるスループットのよい容器を利用できる。
【0073】
また、一般的に洗浄工程はデータのばらつきの原因となり易いが、本発明においては、ホモジニアスな測定系とすることにより、ばらつきの少ないより信頼性の高い測定結果を得ることが可能となる。さらに、工程が少ないため、より短時間でデータを得られるのみならず、作業者によるデータの差や日差を小さくすることもできる。
【0074】
また、蛍光標識細胞と被検試料と検出用分子とを混合したのち、FRET光を測定するだけでよく、通常のマイクロプレートを使用でき、遠心機や溶液の吸引、分注操作が不要であることから、容易に自動化が可能であり、自動化した場合の装置も、検出機のみのシンプルで安価な装置構成になることが期待できる。さらに、遠心や洗浄の工程を省略することができるため、臨床検査に用いた場合であっても、検査スループットの非常に良好な検査とすることができる。
【0075】
このように、本発明のリガンド分子の検出方法を用いることにより、複数の人工的に単離発現させることが難しい細胞膜上のレセプター分子に結合するリガンド分子の存在を容易に検出することができる。例えば、癌細胞を蛍光標識細胞として、血液等の生体試料中の癌に対する自己抗体のスクリーニング系を作成することができる。また、様々な臓器の細胞に対する生体試料中の自己抗体の存在を検出するスクリーニング系を作成することもできる。
【0076】
また、本発明のリガンド分子の検出方法は、未固定の生細胞を蛍光標識細胞として用いることが可能である。つまり、生体内で機能している状態により近い状態でレセプター分子とリガンド分子を結合させることができるため、血液等の生体試料中の抗体と蛍光標識細胞上の表面抗原との反応性が良好であり、かつ、複数の因子に対する自己抗体の存在を検出できるため、感度よく疾患の存在を検出することができる。さらに、赤血球を蛍光標識細胞として用いることにより、血液中の不規則抗体の検査や、交差適合性試験を簡便に行うことができる。
【実施例】
【0077】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0078】
[実施例1]
<細胞膜を蛍光標識した乳癌細胞を用いた、血清中の自己抗体の検出法>
まず、エストロゲンレセプター、プロゲステロンレセプターが亢進していることが知られている乳癌培養細胞MCF7株を、脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質(脂質テイル蛍光色素)で標識した。具体的には、乳癌培養細胞に、カルボシアニンDiD(Molecular−probe社製)(Em644nm/Ex665nm)を混合して5分間インキュベーションした後、遠心して上清を除去し、PBSに縣濁して蛍光標識乳癌細胞の細胞溶液を調製した。
次に、蛍光標識乳癌細胞が1000個/wellとなるように、得られた細胞溶液をマイクロプレートに分注し、さらに癌患者血清(5検体)、健常患者血清(5検体)、又は緩衝液を添加して混合し、37℃で10分間インキュベートした。その後、各ウェルに、それぞれ、予め作製しておいたEu3+蛍光色素で標識した抗IgG抗体(CisBio社製)を10nMとなるようにさらに添加して混合し、37℃で10分間インキュベートして反応させた。このマイクロプレートをTecan社製プレートリーダーに設置して、320nmで励起し、620nmと665nmの蛍光強度をそれぞれ測定した。各被検試料の665nmの蛍光強度の測定結果を図2に示す。
【0079】
この結果、癌患者血清では5検体全部で665nmの蛍光強度の増強が確認された。一方で、健常患者血清と緩衝液では、いずれも蛍光強度の増強は確認できなかった。
すなわち、本発明のリガンド分子の検出方法を用いることにより、癌患者の血清中に存在している、乳癌培養細胞MCF7株に発現している癌細胞表面抗原に対する抗体を、検出できることが明らかである。
【0080】
[比較例1]
<NHSエステル化により蛍光標識した乳癌細胞を用いた、血清中の自己抗体の検出法>
乳癌培養細胞MCF7株を、NHSエステル化Cy5(GE−ヘルスケア社製)(Em649nm/Ex670nm)で蛍光標識し、PBSに縣濁してNHSエステル化蛍光標識乳癌細胞の細胞溶液を調製した。
調製したNHSエステル化蛍光標識乳癌細胞を用いた以外は実施例1と同様にして、実施例1で検討した癌患者血清(5検体)、健常患者血清(5検体)、及び緩衝液中の自己抗体を検出した。各被検試料の665nmの蛍光強度の測定結果を図3に示す。
この結果、癌患者血清における蛍光強度の増強は弱く、3検体で健常患者血清との差を検出することができなかった。健常患者血清清と緩衝液の蛍光強度の増強はなかった。
この結果より、NHSエステル化による蛍光標識は、細胞表面中の抗原の一部の遊離アミノ酸に入り込み、抗原性が失われるため、一部の抗原に対する抗体の存在が検出できない可能性が示唆された。
【0081】
[比較例2]
<蛍光標識細胞に換えてペプチド抗原を用いた、血清中の自己抗体の検出法>
蛍光標識乳癌細胞に換えて、エストロゲンレセプターの部分配列からなるポリペプチド、プロゲステロンレセプターの部分配列からなるポリペプチドに、それぞれCy5(GE−ヘルスケア社製)(Em649nm/Ex670nm)標識したものを用いた以外は実施例1と同様にして、実施例1で検討した癌患者血清(5検体)、健常患者血清(5検体)、及び緩衝液中の自己抗体を検出した。各被検試料の665nmの蛍光強度の測定結果を図4に示す。
この結果、癌患者血清5検体のうち、3検体では蛍光強度の上昇が確認できたが、残る2検体では蛍光強度の上昇が起こらなかった。この結果より、癌患者の血清中の自己抗体が、それぞれのレセプターの想定された部分配列以外のエピトープを認識しているか、若しくは、各レセプター以外の癌特異的に発現している物質を認識している可能性が示唆された。
【0082】
上記実施例1、比較例1及び2の結果より、血液中の自己抗体をスクリーニングする系においては、細胞全体を抗原として利用するほうが、ペプチド抗原等の人工的に作製された抗原を用いた場合よりも検出感度が高く、かつ、細胞を蛍光標識する場合に、脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質を用いることにより、抗原性を失うことなく検査ができることが明らかである。
【0083】
[実施例2]
<細胞膜を蛍光標識した赤血球を用いた、血清中の不規則抗体の検出法>
まず、細胞膜を脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質(脂質テイル蛍光色素)で蛍光標識した赤血球を調製した。具体的には、抗原提示O型赤血球(オーソダイアグノスティクス社製)に、CellVue(登録商標) Kits(Polysciences社製)を混合して5分間インキュベーションした後、遠心して上清を吸引し、LISS緩衝液に縣濁して蛍光標識赤血球の細胞溶液を調製した。
次に、得られた細胞溶液を各ウェルに等量ずつマイクロプレートに分注し、さらに不規則抗体を含む抗E血清、抗C血清、抗e血清、又は陰性コントロールの緩衝液を添加して混合し、37℃で10分間インキュベートした。その後、各ウェルに、予め作製しておいたEu3+蛍光色素で標識した抗IgG抗体(CisBio社製)を添加して混合し、37℃で10分間インキュベートして反応させた。このマイクロプレートをTecan社製プレートリーダーに設置して、320nmで励起し、730nmの蛍光強度をそれぞれ測定した。各被検試料の730nmの蛍光強度の測定結果を図5に示す。
【0084】
この結果、不規則抗体を含む血清では、FRET後の730nmの蛍光強度が上昇したが、緩衝液では蛍光強度の上昇は見られなかった。
すなわち、本発明のリガンド分子の検出方法を用いることにより、血清中の不規則抗体を検出できることが明らかである。
【0085】
[比較例3]
<MMPH−A法を用いた、血清中の自己抗体の検出法>
まず、容器底に赤血球を単層に固相化したマイクロプレート容器を作製した。具体的には、まず、10μg/mlのレクチン溶液をマルチウェルプレートに分注し、4℃で12時間インキュベーションしたのち、5回PBSで洗浄することにより、レクチンコートプレートを作製した。このプレートに、抗原提示O型赤血球(オーソダイアグノスティクス社製)を分注し、室温で10分間置いた後、生理食塩水で3回洗浄した。
また、別途、磁性粒子封入体と10μg/mlの抗IgG抗体を混合し、37℃で60分間置いたのち、PBSで3回洗浄し、抗IgG感作磁性粒子封入体を作製した。
作製された赤血球を固相化したマイクロプレート容器に、LISS緩衝液と不規則抗体を含む血清を分注し、室温で10分間置いた後、生理食塩水で6回洗浄した。さらに、抗IgG感作磁性粒子封入体を分注して室温で3分間置いた後、マグネットプレートを当該マイクロプレート容器の下に置き、それぞれのウェル内の磁性粒子の分散の様子を目視で確認した。各被検試料の磁性粒子の分散の度合(相対値)を図6に示す。
この結果、不規則抗体を含む血清では、磁性粒子の分散が確認されたが、緩衝液では、磁性粒子が集磁されプレート底に集まった。
【0086】
MMPH−A法では、レクチンコートプレート、抗IgG感作磁性粒子の作製等の煩雑な前処理工程があるのみならず、反応中に9回もの洗浄工程があり、反応後の工程のみで、1時間の反応時間がかかり、多くの廃液が出た。これに対して、実施例1及び2で示すように、本発明のリガンド分子検出方法では、洗浄工程がなくてもよく、蛍光標識細胞の作製から反応及び検出までの一連の工程を30分間で行うことが可能であり、かつ、洗浄にともなう廃液も出なかった。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明のリガンド分子の検出方法は、細胞表面に存在するレセプター分子と特異的に結合するリガンド分子を、簡便にかつ高感度に検出できることから、特に臨床検査等の分野において利用が可能である。
【符号の説明】
【0088】
1…細胞表面抗原、2…蛍光物質、3…蛍光物質、4…抗体、5…蛍光物質、6…レセプター分子、7…リガンド分子、8…蛍光物質、9…検出用分子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検試料中の、細胞表面に存在するレセプター分子と特異的に結合するリガンド分子を検出する方法であって、
(a) レセプター分子が細胞表面に存在しており、かつ第1蛍光物質を用いて標識された蛍光標識細胞に、被検試料を接触させる工程と、
(b) 前記工程(a)の後、又は前記工程(a)において被検試料と同時に、前記蛍光標識細胞に、第2蛍光物質を用いて標識された検出用分子を接触させる工程と、
(c) 前記工程(b)の後、前記第1蛍光物質と前記第2蛍光物質との間で生じる蛍光共鳴エネルギー転移を測定する工程と、
を有し、
前記蛍光標識細胞が、細胞膜、細胞質、及び前記レセプター分子以外の細胞膜に存在する分子からなる群より選択される1以上が第1蛍光物質により標識されている細胞であり、
前記検出用分子が、前記リガンド分子と特異的に結合する分子であることを特徴とするリガンド分子の検出方法。
【請求項2】
前記工程(a)が、前記蛍光標識細胞を含む細胞溶液に前記被検試料を添加する工程であり、
前記工程(b)が、前記工程(a)において、前記細胞溶液に、直接、前記検出用分子を添加する工程であり、
前記工程(c)における蛍光共鳴エネルギー転移の測定が、前記工程(b)において前記検出用分子が添加された細胞溶液自体を測定試料とすることを特徴とする請求項1記載のリガンド分子の検出方法。
【請求項3】
前記蛍光標識細胞が、前記第1蛍光物質中の脂質親和性の高い部位が細胞膜に埋め込まれている細胞であることを特徴とする請求項1又は2記載のリガンド分子の検出方法。
【請求項4】
前記蛍光共鳴エネルギー転移の測定を、時間分解蛍光エネルギー転移法により行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載のリガンド分子の検出方法。
【請求項5】
前記リガンド分子が抗体であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載のリガンド分子の検出方法。
【請求項6】
前記検出用分子が、抗グロブリン抗体、protein A、及びprotein Gからなる群より選択される1種以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか記載のリガンド分子の検出方法。
【請求項7】
前記蛍光共鳴エネルギー転移が、650nm以上の波長の光を検出することにより測定されることを特徴とする請求項1〜6のいずれか記載のリガンド分子の検出方法。
【請求項8】
前記被検試料が、血液、血清、及び血漿からなる群より選択される1種であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか記載のリガンド分子の検出方法。
【請求項9】
前記蛍光標識細胞が、正常細胞又は癌細胞からなる群より選択される1種であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか記載のリガンド分子の検出方法。
【請求項10】
前記蛍光標識細胞が血球細胞であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか記載のリガンド分子の検出方法。
【請求項11】
生体試料中の癌細胞表面抗原に対する抗体を検出する方法であって、
(a’1) 第1蛍光物質を用いて標識された癌細胞に、被検対象である生体試料を接触させる工程と、
(b’1) 前記工程(a’1)の後、又は前記工程(a’1)において被検試料と同時に、前記癌細胞に、第2蛍光物質を用いて標識された検出用分子を接触させる工程と、
(c’1) 前記工程(b’1)の後、前記第1蛍光物質と前記第2蛍光物質との間で生じる蛍光共鳴エネルギー転移を測定する工程と、
を有し、
前記癌細胞が、細胞膜、細胞質、及び前記癌細胞表面抗原以外の細胞膜に存在する分子からなる群より選択される1以上が第1蛍光物質を用いて標識されている細胞であり、
前記検出用分子が、前記抗体と特異的に結合する分子であることを特徴とする抗体の検出方法。
【請求項12】
血液試料中の赤血球表面抗原に対する抗体を検出する方法であって、
(a’2) 第1蛍光物質を用いて標識された赤血球に、被検対象である血液試料を接触させる工程と、
(b’2) 前記工程(a’2)の後、又は前記工程(a’2)において被検試料と同時に、前記赤血球に、第2蛍光物質を用いて標識された検出用分子を接触させる工程と、
(c’2) 前記工程(b’2)の後、前記第1蛍光物質と前記第2蛍光物質との間で生じる蛍光共鳴エネルギー転移を測定する工程と、
を有し、
前記赤血球が、細胞膜、細胞質、及び前記赤血球表面抗原以外の細胞膜に存在する分子からなる群より選択される1以上が第1蛍光物質を用いて標識されている細胞であり、
前記検出用分子が、前記抗体と特異的に結合する分子であることを特徴とする赤血球表面抗原に対する抗体の検出方法。
【請求項13】
被検試料中の、細胞表面に存在するレセプター分子と特異的に結合するリガンド分子を検出するためのキットであって、
細胞を標識するための第1蛍光物質と、第2蛍光物質を用いて標識された検出用分子とを有し、
前記第1蛍光物質及び前記第2蛍光物質は、互いに近接した状態で両者の間に蛍光共鳴エネルギー転移が生じるものであることを特徴とするリガンド分子の検出用キット。
【請求項14】
前記第1蛍光物質が脂質親和性の高い部位を有する蛍光物質、受動輸送又は細胞のエンドサイトーシスにより細胞内に直接取り込ませることが可能な蛍光物質、及び蛍光ナノ粒子からなる群より選択される1種以上であり、
前記検出用分子が抗グロブリン抗体、protein A、及びprotein Gからなる群より選択される1種以上であることを特徴とする請求項13記載のリガンド分子の検出用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−281595(P2010−281595A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−133081(P2009−133081)
【出願日】平成21年6月2日(2009.6.2)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】