説明

リチウムイオン電池用電極

【課題】電位窓が広くて高い電位においても電解液が分解し難く、充放電が高い正電位の領域にまで及ぶ物質を正極活物質として利用することが可能なリチウムイオン電池用電極を提供する。
【解決手段】本発明のリチウムイオン電池用電極は、XPSによる表面分析を行った場合有機窒素の形態の窒素とアンモニウム塩の形態の窒素との合計が2atm%以上存在する電極である。さらには、リンが1atm%以上存在し、該リンの主成分はP−F結合の形態であってもよく、ホウ素が1atm%以上存在し、該ホウ素の主成分はB−F結合の形態であってもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電位窓が広く、高電位においても電解液が分解し難いリチウムイオン電池用電極に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のリチウムイオン電池は、正極としてコバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、これらの固溶体、マンガン酸リチウム(LiMn24)等を用い、負極として黒鉛等の炭素からなる負極材料を用いている。そして、エチレンカーボネートやプロピレンカーボネート等の液状の有機化合物を溶媒に、リチウム塩を溶質として溶解させた電解液を用いている。
【0003】
こうしたリチウムイオン電池のエネルギー密度をさらに高めるべく、新たな正極活物質の探索が進められている。このような正極活物質として、例えば、LiNiPO、LiCoPO、LiNiPOF及びLiCoPOF等のオリビン型結晶構造を有する正極活物質が提案されている(特許文献1及び特許文献2)。これらの正極活物質をリチウムイオン電池に利用すれば、起電力の大きな電池となるため、理論的には、大きなエネルギー密度を有するリチウムイオン電池となるはずである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3624205号
【特許文献2】特許第3631202号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記のオリビン型結晶構造を有する正極活物質は、充電反応が極めて高い電位において起こるため、電解液が分解して変質してしまい、折角の高い起電力を発揮することができず、エネルギー密度の高い電池の実用化が困難となっていた。また、正極を構成する導電助剤や、集電体や、電極ケースも充電時の高い電位によって腐食してしまうという問題があった。
【0006】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであり、高い電位においても電解液が分解し難く、耐食性に優れたリチウムイオン電池用電極を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記従来の課題を解決すべく、リチウムイオン電池用電極の前処理として電極表面に耐食性皮膜を形成させることを考えた。その結果、ニトリル基を有する有機溶媒を用いたリチウムイオン電池用電解液中で電極に正電圧を付与することにより、電位窓が著しく広がることを発見した。さらに、このような処理によって電位窓が広がった電極の表面分析を行なったところ、有機窒素の形態の窒素とアンモニウム塩の形態の窒素を含む皮膜が形成されており、この様な皮膜をリチウムイオン電池用電極に形成させることにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の第1の局面のリチウムイオン電池用電極は、XPSによる表面分析を行った場合有機窒素の形態の窒素とアンモニウム塩の形態の窒素との合計が2atm%以上存在する皮膜が形成されていることを特徴とする。
【0009】
また、本発明者らは、皮膜中にさらにP−F結合を主体とするリンを存在させたものが、高い電位においても電解液が分解し難く、耐食性に優れていることを見出した。
すなわち、本発明の第2の局面のリチウムイオン電池用電極は、第1の局面のリチウムイオン電池用電極であって、XPSによる表面分析を行った場合リンが1atm%以上存在し、該リンの主成分はP−F結合の形態であることを特徴とする。
【0010】
さらに、本発明者らは、皮膜中にさらにB−F結合を主体とするホウ素を存在させたものが、高い電位においても電解液が分解し難く、耐食性に優れていることを見出した。
すなわち、本発明の第3の局面のリチウムイオン電池用電極は、第1の局面のリチウムイオン電池用電極であって、XPSによる表面分析を行った場合ホウ素が1atm%以上存在し、該ホウ素の主成分はB−F結合の形態であることを特徴とする。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のリチウムイオン電池用電極は、リチウムイオン電池用正極のみならず、リチウムイオン電池用負極も含まれる。
リチウムイオン電池用正極は、集電体と正極活物質とを備え、正極活物質にはカーボンなどの導電助剤やPTFE等のバインダーが混合されてもよい。集電体、正極活物質及び導電助剤の全ての表面に皮膜が形成されていることが好ましいが、集電体、正極活物質及び導電助剤の一種又は二種に皮膜が形成されていてもよい。
また、リチウムイオン電池用負極は、集電体と負極活物質とを備え、負極活物質はカーボンなどの導電助剤やPTFE等のバインダーが混合されてもよい。集電体、正極活物質及び導電助剤の全ての表面に皮膜が形成されていることが好ましいが、集電体、正極活物質及び導電助剤の一種又は二種に皮膜が形成されていてもよい。
【0012】
<本発明のリチウムイオン電池用電極の製造方法>
本発明のリチウムイオン電池用電極は、ニトリル化合物を1容量%以上含む有機溶媒中にリチウム塩が溶解した前処理用電解液中に浸漬し(浸漬処理工程)、前処理用電解液に浸漬された状態で電極に正電圧を付与する(正電圧処理工程)ことにより容易に製造することができる。こうして得られた電極は、XPSによる表面分析を行った場合有機窒素の形態の窒素とアンモニウム塩の形態の窒素との合計が2atm%以上存在する皮膜が形成されており、この皮膜の存在により電位窓が大きく正方向に広がる。このため、前処理を施さない電極では5.2V(対Li/Li+)以下で分解がおこるような電解液(例えば、リチウムイオン電池の電解液としてよく用いられている、エチレンカーボネートとジメトキシカーボネートとの混合溶媒等)を用いても、電解液は5.2V以上の電位においてほとんど分解することがない。このため、充電のための電位が5.2V(対Li/Li+)を超える領域に存在するような高電位酸化還元正極活物質を正極活物質として利用することができ、このため、電池の起電力及びエネルギー密度を極めて高くすることができる。
【0013】
なお、本発明のリチウムイオン電池用電極を、ニトリル化合物を10容量%未満含む有機溶媒にリチウム塩が溶解している電解液を用いたリチウムイオン電池に用いることも好ましい。こうであれば、ニトリル化合物により、充電中においても電位窓を広げる効果が発揮されることとなり、より耐久性の高いリチウムイオン電池となることが期待される。
また、本発明のリチウムイオン電池用電極は、電解質にNaPF、NaBF、NaTFSI等を用いたナトリウムイオン電池用の電解液としても適用可能である。
【0014】
浸漬処理工程に用いる電解液の有機溶媒は、鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物、鎖式エーテル化合物の末端の少なくとも一つにニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物及びシアノ酢酸エステルのうち少なくとも一つのニトリル化合物を含むことが好ましい。
【0015】
鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物としては、例えば、スクシノニトリルNC(CHCN、グルタロニトリルNC(CHCN、アジポニトリルNC(CHCN、セバコニトリルNC(CHCN、ドデカンジニトリルNC(CH10CNなどのような直鎖状のジニトリル化合物の他、2−メチルグルタロニトリルNCCH(CH)CHCHCN等のように分枝を有していても良い。これらの鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物は、炭素数は特に限定されないが、20以下であることが好ましい。
【0016】
また、鎖式エーテル化合物の末端の少なくとも一つにニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物としては、オキシジプロピオニトリルNCCHCH−O−CHCHCNや、3−メトキシプロピオニトリルCH−O−CHCHCN等が挙げられる。これらの鎖式エーテルニトリル化合物は、炭素数は特に限定されないが、20以下であることが好ましい。
【0017】
さらに、シアノ酢酸エステルとしてはシアノ酢酸メチル、シアノ酢酸エチル、シアノ酢酸プロピル、シアノ酢酸ブチル等が挙げられる。これらのシアノ酢酸エステルは、炭素数は特に限定されないが、20以下であることが好ましい。
【0018】
また、前処理用電解液中のリチウム塩は、LiPF、LiBF、LiTFSI及びLiBETIのうち少なくとも一つが含まれていることが好ましい。
【0019】
さらに、浸漬処理工程における電解液に用いられている有機溶媒中のニトリル化合物の濃度は1容量%以上である。ニトリル化合物の濃度が1容量%未満では電位窓を広げる効果が小さくなる。好ましくは5容量%以上であり、より好ましくは10容量%以上であり、さらに好ましいのは30容量%以上であり、最も好ましいのは70容量%以上である。
【0020】
本発明のリチウムイオン電池用電極をリチウムイオン電池の電解液に用いれば、電位窓が広いため、充電のための電位が5V(対Li/Li+)を超えた領域に存在するような高電位酸化還元正極活物質を利用することができる。このため、起電力が大きく、エネルギー密度の高い電池とすることができる。
【0021】
正電圧付与工程において電極に付与される正電圧は、リチウムイオン電池に組み込まれた時に、充電時に設定される電位よりも高い電位が好ましい。具体的には(Li/Li+)参照電極に対して6Vを超えることが好ましい。発明者らの試験結果によれば、電極に付与される正電圧が(Li/Li+)参照電極に対して6Vを超えると、リチウムイオン電池用の電解液の中で電位窓が劇的に広がり、高電位酸化還元正極活物質を利用することが可能となる。特に好ましいのは6.2V以上であり、さらに好ましいのは6.5V以上であり、最も好ましいのは7V以上である。
【0022】
本発明のリチウム電池用電極を正極に用いる場合の正極活物質としては、例えば、LiCoPOF,LiNiPOF,LiCoPO,LiNiPO等が挙げられる。また、これらのうちの金属原子を他の金属原子でドープしたものも含まれる。ドーパントとしては酸化還元反応において電気化学的な特性を変化させられるものであれば特に限定されるものではない。例えば、Mg、Al、Ti、V、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Zr、Nb及びMoの1種又はそれ以上を用いることができる。
これらの正極活物質はエネルギー密度が高く、容量の大きなリチウムイオン電池とすることができる。例えば、LiCoPOFは正極活物質としてのエネルギー密度がLiCoOに対して理論値で2倍以上あることが予測されており、十分にポテンシャルを発揮できれば、容量の大きなリチウムイオン電池を作ることができる。また、LiCoPOFが酸化される電位は高い電位領域にまで及ぶため、起電力の大きい電池とすることができる。さらに、LiCoPOFは熱安定性に優れ、400°Cという高温になっても、発熱反応は示さないことが、熱分析結果から分かっており、電池温度の上昇を防ぐことができる。
【実施例】
【0023】
以下本発明のリチウムイオン電池用電極を具体化した実施例についてさらに詳細に述べる。
【0024】
(実施例1-1〜実施例1-6)
・前処理用の電解液の調整
有機溶媒としてセバコニトリルと、エチレンカーボネート(EC)と、ジメチルカーボネート(DMC)とを容量比で50:25:25の割合で混合した溶媒を用い、これにリチウム塩としてLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を1mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0025】
・浸漬処理工程及び正電圧処理工程
こうして調製した前処理用電解液を電気化学測定用のガラスセルに入れ、電極としてグラッシーカーボン電極(以下「GC電極」と略す)を浸漬し、対極として白金線を用い、参照電極として(Li/Li)を用いて、自然電位から所定の電位(実施例1-1では7V、実施例1-2では6.5V、実施例1-3では6.2V、実施例1-4では6V、実施例1-5では5.5V、実施例1-6では5V)まで電位操作(スキャン速度5mV/sec)を行なった。その後、GC電極を引き上げ、DMCで洗浄して実施例1-1〜実施例1-6のリチウムイオン電池用電極を得た。
【0026】
(実施例2)
実施例2では、前処理用電解液として、セバコニトリルにリチウム塩としてLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を0.1mol/Lとなるように溶解させて電解液とした。また、正電圧処理工程では、参照電極(Li/Li)に対して8Vまで電位操作を行った。その他の処理条件については実施例1-1と同様であり、説明を省略する。
【0027】
(比較例1)
比較例1は、実施例1で用いた前処理用電解液にGC電極を単に3時間の浸漬処理工程のみを行い、正電圧処理工程をすることなく引き上げ、DMCで洗浄し、乾燥させたものである。
【0028】
(比較例2)
比較例2は、なんらの処理もしていないGC電極である。
【0029】
−評 価−
(電位−電流曲線の測定)
以上のようにして得た実施例1-1〜実施例1-6、実施例2、比較例1及び比較例2の電極をエチレンカーボネート(EC):ジメトキシカーボネート(DMC)=1:1の混合溶媒中に浸漬し、電位−電流曲線を測定した。なお、対極として白金線を用い、参照電極として(Li/Li)を用いた。
【0030】
その結果、図1に示すように、単に前処理用電解液に浸漬したのみのGC電極である比較例1は、未処理のGC電極である比較例2とほとんど変わりなかったのに対し、6Vを超える電位まで正電圧処理工程を行った実施例1-1〜実施例1-3及び実施例2のCG電極は、電位窓が6V以上まで飛躍的に広がることが分かった。
【0031】
(前処理電解液についてのサイクリックボルタモグラムの測定)
正電圧処理工程における電極表面の変化を調べるために、実施例1で用いた前処理電解液(すなわち、セバコニトリル:エチレンカーボネート(EC):ジメチルカーボネート(DMC)=50:25:25(容量比)、LiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を1mol/L)について、自然電位付近から8.1Vまでのサイクリックボルタモグラムを測定した。スキャン速度は5mV/secである。その結果、図2に示すように、1回目の正方向へのスイープ時には、5.2V付近で若干の酸化電流が流れた後、6V以降で大きな酸化電流が流れるが、2回目の正方向へのスイープ時には、5.2V付近での酸化電流はほぼ消失し、6V以降の電流も小さくなった。このことから、前処理電解液中で正電圧処理工程を行なうことにより、何らかの耐食性皮膜が生じ、これが電位窓を広くする原因となっていることが示唆された。
【0032】
(XPSの測定)
前処理電解液についてのサイクリックボルタモグラムの測定結果から示唆された耐食性皮膜の形成について調べるため、実施例1-1の電極についてX線光電子分光法(XPS)による表面分析を行なった。XPSは試料表面に軟X線を照射し、表面から放出される光電子のエネルギーを測定することにより、表面に存在する元素の種類、価数、結合状態に関する情報を得るという測定法である。光電子の平均自由工程は数nmであることから、XPSによる表面分析の深さ方向の検出領域は数nmとなり、このため極表面での分析を行なうことができる。測定条件は以下のとおりである。
測定装置:Quantera SXI(PHI社製)
励起X線:monochromatic AlKα1,2
X線径:200μm
光電子脱出角度:45°(試料表面に対する検出器の傾き)
前処理方法:サンプリング及び装置への試料の搬送はアルゴン雰囲気で行なった。
データ処理:スムージングは9ポイントスムージングで行い、横軸補正はC1メインピークを284.6eVとして行なった。
【0033】
・実施例1-1のXPS測定の結果
図3の最上段に示すワイドスキャンの結果から、下記表1に示すように炭素、酸素、窒素、フッ素及びリンが存在していることが分かった。なお、リチウムは検出限界以下であった。また、ナロースキャンによる各元素の状態分析の結果を図3〜図5に示す。炭素についてはC1sピーク分割から、C−C、CHX(炭化水素成分)、α成分(表1の注1参照)、カルボニル基、COO成分、β成分(表1の注1参照)が認められた。また、窒素についてはN1sピーク分割から、アンモニア成分あるいは−NO成分と、CN(三重結合)あるいはC−N結合の成分が認められた。また、フッ素及びリンについては、F1s及びP2pのピーク位置から、PF成分が主成分と判断された。
【0034】
【表1】

【0035】
(実施例3〜実施例13及び比較例3、4)
以下に示す様々な前処理用電解液を用い、様々な条件下で実施例3〜13及び比較例3、4のリチウムイオン電池用電極を調製した。それらの条件を表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
実施例3〜13及び比較例3、4の電極作製では、実施例1-1〜実施例1-6と同様、対極として白金線を用い、参照電極として(Li/Li)を用いて、自然電位から所定の電位まで電位操作(スキャン速度5mV/sec)を行なった。その後、電極を引き上げ、DMCで洗浄して実施例3〜13及び比較例3、4の電極を得た。なお、実施例9では、ダイヤモンドライクカーボン粉末(平均粒径0.03μm)4mgとPTFE粉体1mgとを混合し、8mmφの円盤状の電極とし、この電極に正電圧処理工程を施した。また、実施例10では純ニッケル板を、実施例11では純チタン板を、実施例12では純アルミニウム板を、実施例13では、純チタン板にダイヤモンドライクカーボンをプラズマCVD法によってコーティングした電極をそれぞれ用いた。
【0038】
−評 価−
実施例3〜13及び比較例3、4の電極についてX線光電子分光法(XPS)による表面分析を行なった。測定条件は実施例1-1のXPS測定と同様である。
【0039】
【表3】

【0040】
<結果>
・表面に存在する元素の存在割合について
XPSワイドスキャンの結果から求めた、電極表面に存在する元素の存在割合を表3及び図6に示す。表3から、実施例1−3、3〜13では窒素が2.7〜12.8atm%の範囲で存在し、実施例1−3、3〜7及び実施例9〜13ではリンが1.2〜4.1atm%の範囲で存在し、フッ素が15.6〜29.7atm%の範囲で存在し、その他酸素等が存在することが分かった。窒素は前処理用電解液に含まれているニトリルに起因するものであり、リンは電解質として添加したLiPFに起因するものである。すなわちニトリル及びLiPFは正電圧処理工程において電極反応を起こし、電極表面に窒素、リン及びフッ素を成分として含む耐食性の皮膜が形成されることが分かった。ただし、実施例8では電解質としてLiBFを用いておりリン源はなく、リンは検出されないが、電位窓は広がる(後述する表4参照)ことから、リンの存在しない皮膜であっても、電位窓は広がる効果を有することが分かった。
これに対し、比較例3及び比較例4ではリチウムが多く検出され、その他フッ素、酸素等が検出され、窒素及びリンを成分として含む耐食性の皮膜がほとんど形成されないことが分かった。なお、比較例3及び比較例4で検出されたリン及びフッ素は、電解質として添加したLiPFの分解生成物と考えられる。
【0041】
また、実施例10では基板であるニッケルがほとんど検出されなかったのに対し、実施例11、12では基板であるTiやAlがかなり検出された。このことから、ニッケルを基板とした場合、緻密な耐食性皮膜が形成されることが示唆された。
【0042】
さらに、比較例4と実施例1−3、6とを比較すると、実施例1−3、6ではリン及び窒素が多く存在しているのに対し、比較例4ではリン及び窒素の存在量は少なかった。比較例4と実施例1−3、6とは前処理用電解液の組成は同じであり、正電圧処理工程での付与電圧が異なっているのみである。すなわち、比較例4では付与電圧が5Vであるのに対し、実施例1−3では6.2V、実施例6では7Vである。このことから、実施例4の電極表面で検出された多量のリン及び窒素を含む耐食性皮膜は、5Vより高い電位で形成されることが分かった。
【0043】
・窒素の表面存在割合及び結合状態について
ワイドスキャン及び窒素のナロースキャンから求めた、窒素の表面存在割合及び結合状態の割合を図7に示す。この図に示すように、実施例3〜13の電極表面には窒素の存在割合が多く、その結合状態はCN三重結合あるいはCN単結合及びアンモニウム塩、−NOであった。また、Ti基板を用いた実施例11ではTi上に窒化物も確認された。実施例1−3も電極表面には窒素の存在割合が多く、その結合状態はCN三重結合あるいはCN単結合及びアンモニウム塩、−NOであった。
【0044】
・リンの表面存在割合及び結合状態について
ワイドスキャン及びリンのナロースキャンから求めた、リンの表面存在割合及び結合状態の割合を図8に示す。この図に示すように、実施例3〜7、及び9〜13の電極表面に存在するリンは、P−F結合に係るリン化合物に起因するものである。これに対して比較例3及び比較例4のリンは、P−F結合に係るリン化合物に起因するものは少なく、電解質であるLiPFの分解生成物に起因するものと考えられるPO及びPFに基づくものが大きかった。
なお、実施例8については、リンではなくホウ素の存在割合及び結合状態を示す。そして、実施例8の電極表面に存在するホウ素はB−F結合に係わるホウ素化合物に起因するものであると考えられる。実施例1-3も電極表面に存在するリンは、P−F結合に係るリン化合物に起因するものであった。
【0045】
・フッ素の表面存在割合及び結合状態について
ワイドスキャン及びフッ素のナロースキャンから求めた、フッ素の表面存在割合及び結合状態の割合を図9に示す。この図に示すように、実施例3〜7、及び実施例10〜12の電極表面に存在するフッ素は、C−F結合あるいはP−F結合に帰属されるフッ素が多く、実施例13ではP−F結合に帰属されるフッ素のみが検出された。また、電解質にLiBFを用いた実施例8はB−F結合に帰属されるフッ素が多く検出された。これに対し、比較例3及び比較例4のフッ素は、PFに基づくものが多く、電解質であるLiPFの分解生成物に起因するものと考えられた。実施例1-3の電極表面に存在するフッ素は、P−F結合に係るリン化合物が主成分であった。
【0046】
また、有機溶媒としてEC:DMC:SB=1:1:2電解質として1M LiTFSI 電位操作6.5V、GC電極を用いた場合、電極表面上に窒素元素が8.5atm%観測された。結合状態はCN三重結合あるいはCN単結合及びアンモニウム塩、−NOであった。
【0047】
以上のXPSによる表面分析の結果から、実施例の電極に形成されている表面皮膜は以下の性質を有するものである。
(1)電極表面には窒素が多く存在し、窒素の結合状態はCN三重結合あるいはCN単結合及びアンモニウム塩、−NOである。また、チタン基板を用いた場合には窒化物も存在する。
(2)電極表面に窒素及びフッ素を成分として含む皮膜が形成される。
(3)電解質としてLiPFを用いた場合、皮膜中にP−F結合に係るリン化合物が検出される。また、電解質にLiBFを用いた場合、電極上にB−F結合に係わるホウ素化合物が検出される。
(4)フッ素はC−F結合あるいはP−F結合に帰属されるフッ素が多い。ただし実施例14ではP−F結合に帰属されるフッ素のみが検出された。また、実施例3〜13では、C−F結合あるいはP−F結合に帰属されるフッ素がPFに基づくものより多い。また、電解質にLiBFを用いた場合には、B−F結合に関わるホウ素化合物が検出される。
【0048】
<ニトリル化合物及びリチウム塩の組み合わせについて>
本発明のリチウムイオン電池用電極では、実施例1-1〜実施例1-6及び実施例2〜13において用いた前処理用電解液以外に、各種のニトリル化合物及び各種のリチウム塩を組み合わせた前処理用電解液を用いることができる。このことは、様々なニトリル化合物及びリチウム塩を組み合わせた以下の実施例15〜61の前処理用電解液における電位−電流曲線の測定において、電位窓が大きく広がることからも、立証されている。
【0049】
(実施例15)
実施例15では、有機溶媒としてアジポニトリルと、エチレンカーボネート(EC)と、ジメチルカーボネート(DMC)とを容量比で50:25:25の割合で混合した溶媒を用い、これにリチウム塩としてLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を0.05mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0050】
(比較例5)
比較例5では、有機溶媒としてエチレンカーボネート50体積%、ジメチルカーボネート50体積%の混合溶媒を用い、これにリチウム塩としてLiPF6を1mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0051】
(実施例16〜23)
実施例16〜23では溶媒を、各種ニトリル:エチレンカーボネート:ジメチルカーボネート=50:25:25(容量比)とし、この混合溶媒に電解質をLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を1mol/Lとなるように溶解させたものを前処理用電解液とした(ただし、ニトリル化合物をオキシジプロピオニトリルにした実施例18は、LiPF6を0.5mol/Lとした)。
各実施例に用いたニトリルの種類は以下のとおりである。
実施例15 アジポニトリルNC(CHCN
実施例16 スクシノニトリルNC(CHCN
実施例17 セバコニトリルNC(CHCN
実施例18 ドデカンジニトリルNC(CH10CN
実施例19 2−メチルグルタロニトリルNCCH(CH)CHCHCN
実施例20 オキシジプロピオニトリルNCCHCH-O-CHCHCN
実施例21 3−メトキシプロピオニトリルCH-O-CHCHCN
実施例22 シアノ酢酸メチルNCCHCOOCH
実施例23 シアノ酢酸ブチルNCCHCOO(CHCH
【0052】
−評価−
(電位−電流曲線の測定)
以上のようにして調製した実施例15〜23及び比較例5の前処理用電解液について、電位−電流曲線を測定した。測定にはポテンシオガルバノスタットを用い、作用極にはグラッシーカーボンを用い、対極には白金線を用いた。また、参照電極は(Ag/Ag+)または(Li/Li)を用いた。測定にあたっては、正側及び負側に数回スキャンさせた後、自然電位から正方向、あるいは負方向に5mV/秒の速度で電位の掃引を行い、電位−電流曲線を測定した。結果を図10〜図12に示す。
【0053】
その結果、図10に示すように、実施例15の電解液の電位窓は、(Li/Li)に対して6.9V(電位窓の判断基準は50μA/cmとした。以下同様)となった。これに対して、エチレンカーボネートとジメチルカーボネートの混合溶媒を用いた比較例5の電位窓は、図12に示すように5.2Vであり、実施例15の電解液の電位窓は、比較例5の電解液に比べて、正側に大きく広がっていることが分かった。この結果から、実施例15の前処理用電解液を用いれば、充電のための電位が5.2Vを超えた領域に存在するような高電位酸化還元正極活物質をリチウムイオン電池の正極活物質として利用できることとなり、起電力及びエネルギー密度が高く、容量の大きなリチウムイオン電池とすることができる。
【0054】
また、図11に示すように、実施例16〜23の前処理用電解液においても、実施例15と同様、いずれも比較例5の前処理用電解液と比較して、電位窓が正方向に広がることが分かった。これらの結果から、エチレンカーボネート及びジメチルカーボネートに、さらに鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物(実施例15〜19)、鎖式エーテル化合物の末端の少なくとも一つにニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物(実施例20,21)及びシアノ酢酸エステルのうち少なくとも一つのニトリル化合物(実施例22,23)を加えることによって、溶媒が高い電位まで分解することなく安定に存在できることが分かった。特に電位窓が大きく広がったのは、ニトリル化合物として鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物を用いた実施例15〜19であり、分枝を有する実施例19においても大きく電位窓が正方向に広がることが分かった。また、オキシジプロピオニトリルNCCHCH-O-CHCHCNを用いた実施例20においても、大きく電位窓が正方向に広がることが分かった。
【0055】
(実施例24〜31)
実施例24〜31では溶媒を、各種ニトリル:エチレンカーボネート:ジエチルカーボネート=50:25:25(容量比)とし、この混合溶媒に電解質をLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を1mol/Lとなるように溶解させたものをリチウムイオン電池用電解液とした(ただし、ニトリル化合物をグルタロニトリルにした実施例24では、LiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を0.5mol/Lとした)。
各実施例に用いたニトリルの種類は以下のとおりである。
実施例24 グルタロニトリルNC(CHCN
実施例25 セバコニトリルNC(CHCN
実施例26 ドデカンジニトリルNC(CH10CN
実施例27 2−メチルグルタロニトリルNCCH(CH)CHCHCN
実施例28 オキシジプロピオニトリルNCCHCH-O-CHCHCN
実施例29 3−メトキシプロピオニトリルCH-O-CHCHCN
実施例30 シアノ酢酸メチルNCCHCOOCH
実施例31 シアノ酢酸ブチルNCCHCOO(CHCH
【0056】
(比較例6)
比較例6では、有機溶媒としてエチレンカーボネート:ジエチルカーボネート=50:50(容量比)の混合溶媒を用い、これにリチウム塩としてLiPF6を1mol/Lとなるように溶解させてリチウムイオン電池用電解液とした。
【0057】
−評価−
(電位−電流曲線の測定)
実施例24〜31及び比較例6の前処理用電解液について、前述の方法と同様にして電位−電流曲線を測定した。結果を図13に示す。
この図から、実施例24〜31の前処理用電解液では、比較例6の前処理用電解液と比較して、電位窓が正方向に広がることが分かった。この結果から、エチレンカーボネート及びジエチルカーボネートを溶媒として用いた場合においても、エチレンカーボネート及びジメチルカーボネートを溶媒として用いた場合(すなわち実施例15〜23の場合)と同様、鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物、鎖式エーテル化合物の末端の少なくとも一つにニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物及びシアノ酢酸エステルのうち少なくとも一つのニトリル化合物を加えることによって、溶媒が高い電位まで安定に存在することが分かった。特に電位窓が大きく広がったのは、ニトリル化合物として鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物を用いた実施例24〜27であり、分枝を有する実施例27においても大きく電位窓が正方向に広がることが分かった。また、鎖式エーテル化合物の末端の少なくとも一つにニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物を用いた実施例28及び実施例29においても、大きく電位窓が正方向に広がることが分かった。
【0058】
(実施例32〜39)
実施例32〜39では溶媒を、各種ニトリル:γ−ブチロラクトン:ジメチルカーボネート=50:25:25(容量比)とし、この混合溶媒に電解質をLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を1mol/Lとなるように溶解させたものを前処理用電解液とした。また、ニトリルとしてアジポニトリルを用いた実施例33では、LiPFを0.5mol/Lとした。
各実施例に用いたニトリルの種類は以下のとおりである。
実施例32 グルタロニトリルNC(CHCN
実施例33 アジポニトリルNC(CHCN
実施例34 セバコニトリルNC(CHCN
実施例35 ドデカンジニトリルNC(CH10CN
実施例36 2−メチルグルタロニトリルNCCH(CH)CHCHCN
実施例37 オキシジプロピオニトリルNCCHCH-O-CHCHCN
実施例38 シアノ酢酸メチルNCCHCOOCH
実施例39 シアノ酢酸ブチルNCCHCOO(CHCH
【0059】
(比較例7)
比較例7では、有機溶媒としてγ−ブチロラクトン:ジメチルカーボネート=50:50(容量比)の混合溶媒を用い、これにリチウム塩としてLiPF6を1mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0060】
−評価−
(電位−電流曲線の測定)
実施例32〜39及び比較例7の前処理用電解液について、前述の方法と同様にして電位−電流曲線を測定した。結果を図14に示す。
この図から、実施例32〜39の前処理用電解液においても、比較例7の前処理用電解液と比較して、電位窓が正方向に大きく広がることが分かった。この結果から、環状炭酸エステルであるエチレンカーボネートに替えて、ジメチルカーボネート及び環状カルボン酸エステルであるγ−ブチロラクトンを溶媒として用いた場合においても、鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物を加えることによって、溶媒が高い電位まで安定に存在することが分かった。また、鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物のうち、直鎖分子である実施例32〜35のみならず、分枝を有する実施例36においても大きく電位窓が正方向に広がることが分かった。さらに、鎖式エーテル化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物を用いた実施例37や、シアノ酢酸エステルを用いた実施例38,39においても、大きく電位窓が正方向に広がることが分かった。
【0061】
(実施例40〜45)
実施例40〜45では溶媒を、各種ニトリル:ジメチルカーボネート=50:50(容量比)とし、この混合溶媒に電解質をLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を1mol/L(実施例44、45では0.1mol/L)となるように溶解させたものを前処理用電解液とした。各実施例に用いたニトリルの種類は以下のとおりである。
実施例40 グルタロニトリルNC(CHCN
実施例41 セバコニトリルNC(CHCN
実施例42 ドデカンジニトリルNC(CH10CN
実施例43 2−メチルグルタロニトリルNCCH(CH)CHCHCN
実施例44 オキシジプロピオニトリルNCCHCH-O-CHCHCN
実施例45 シアノ酢酸メチルNCCHCOOCH
【0062】
(比較例8)
比較例8では、有機溶媒としてジメチルカーボネートにリチウム塩としてLiPF6を1mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0063】
−評価−
(電位−電流曲線の測定)
実施例40〜45及び比較例8の電解液について、前述の方法と同様にして電位−電流曲線を測定した。結果を図15に示す。
この図から、溶媒としてニトリル化合物以外にジメチルカーボネートを単独で加えた実施例40〜45の電解液では、ジメチルカーボネートを単独溶媒とした比較例8の前処理用電解液と比較して、電位窓が正方向に広がることが分かった。また、鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物を加えることによって(実施例40〜45)、溶媒が高い電位まで安定に存在することが分かった。さらには、鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物のうち、直鎖分子である実施例40〜42のみならず、分枝を有する実施例43においても大きく電位窓が正方向に広がることが分かった。さらに、鎖式エーテル化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物を用いた実施例44でも電位窓が大きく広がり、シアノ酢酸エステルを用いた実施例45では、電位窓が広がった。
【0064】
(実施例46,47)
実施例46,47では溶媒を、各種ニトリル:プロピレンカーボネート=50:50(容量比)とし、この混合溶媒に電解質をLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を1mol/Lとなるように溶解させたものを前処理用電解液とした。各実施例に用いたニトリルの種類は以下のとおりである。
実施例46 セバコニトリルNC(CHCN
実施例47 ドデカンジニトリルNC(CH10CN
【0065】
(比較例9)
比較例9では、有機溶媒としてプロピレンカーボネートにリチウム塩としてLiPF6を1mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0066】
−評価−
(電位−電流曲線の測定)
実施例46,47及び比較例9の電解液について、前述の方法と同様にして電位−電流曲線を測定した。結果を図16に示す。
この図から、溶媒としてニトリル化合物以外にプロピレンカーボネートを単独で加えた実施例46,47の電解液では、プロピレンカーボネートを単独溶媒とした比較例9の電解液と比較して、電位窓が正方向に大きく広がることが分かった。また、鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物を加えることによって、溶媒が高い電位まで安定に存在することが分かった。
【0067】
(実施例48〜50)
実施例48〜50では溶媒を、各種ニトリル:γ−ブチロラクトン=50:50(容量比)とし、この混合溶媒に電解質をLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を1mol/Lとなるように溶解させたものを前処理用電解液とした。各実施例に用いたニトリルの種類は以下のとおりである。
実施例48 グルタロニトリルNC(CHCN
実施例49 セバコニトリルNC(CHCN
実施例50 ドデカンジニトリルNC(CH10CN
【0068】
(比較例10)
比較例10では、有機溶媒としてγ−ブチロラクトンにリチウム塩としてLiPF6を0.1mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0069】
−評価−
(電位−電流曲線の測定)
実施例48〜50及び比較例10の前処理用電解液について、前述の方法と同様にして電位−電流曲線を測定した。結果を図17に示す。
この図から、溶媒としてニトリル化合物以外にγ−ブチロラクトンを単独で加えた実施例48〜50の前処理用電解液では、γ−ブチロラクトンを単独溶媒とした比較例10の前処理用電解液と比較して、電位窓が正方向に大きく広がることが分かった。また、鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物を加えることによって、溶媒が高い電位まで安定に存在することが分かった。
【0070】
(実施例51〜53)
実施例51〜53では溶媒を、各種ニトリル:エチレンカーボネート:γ−ブチロラクトン=50:25:25(容量比)とし、この混合溶媒に電解質をLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を1mol/Lとなるように溶解させたものを前処理用電解液とした。各実施例に用いたニトリルの種類は以下のとおりである。
実施例51 セバコニトリルNC(CHCN
実施例52 2−メチルグルタロニトリルNCCH(CH)CHCHCN
実施例53 オキシジプロピオニトリルNCCHCH-O-CHCHCN
【0071】
(比較例11)
比較例11では、有機溶媒としてエチレンカーボネート:γ−ブチロラクトン=50:50(容量比)にリチウム塩としてLiPF6を1mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0072】
−評価−
(電位−電流曲線の測定)
実施例51〜53及び比較例11の電解液について、前述の方法と同様にして電位−電流曲線を測定した。結果を図18に示す。
この図から、溶媒としてニトリル化合物以外に環状炭酸エステルであるエチレンカーボネートと、環状カルボン酸エステルであるγ−ブチロラクトンとを溶媒として加えた実施例51〜53の前処理用電解液では、ニトリル化合物を入れない比較例11の前処理用電解液と比較して、電位窓が正方向及び負方向に大きく広がることが分かった。また、鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物を加えることによって、電位窓が大きく広がることが分かった。さらには、鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物のうち、直鎖分子である実施例51のみならず、分枝を有する実施例52においても大きく電位窓が正方向及び負方向に広がることが分かった。さらに、鎖式エーテル化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物を用いた実施例53でも電位窓が大きく正負方向に広がった。
【0073】
(実施例54〜58)
実施例54〜58では溶媒を、セバコニトリル(実施例56ではアジポニトリル):エチレンカーボネート:ジメチルカーボネート=50:25:25(容量比)とし、この混合溶媒に各種電解質を1mol/Lとなるように溶解させたものをリチウムイオン電池用電解液とした。各実施例に用いた電解質の種類は以下のとおりである。
実施例54 LiPF6
実施例55 LiTFSI
実施例56 LiTFSI
実施例57 LiBF
実施例58 LiBETI
【0074】
(実施例59)
実施例59では、有機溶媒としてセバコニトリルと、エチレンカーボネート(EC)と、ジメチルカーボネート(DMC)とを容量比で50:25:25の割合で混合した溶媒を用い、これにリチウム塩としてLiPF6(六フッ化リン酸リチウム)を0.05mol/L、LiTFSI(リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド)を1.0mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0075】
(実施例60)
実施例60では、有機溶媒としてシアノ酢酸ブチルと、エチレンカーボネート(EC)と、ジメチルカーボネート(DMC)とを容量比で50:25:25の割合で混合した溶媒を用い、これにリチウム塩としてLiTFSI(リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド)を1.0mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0076】
(実施例61)
実施例61では、有機溶媒としてシアノ酢酸ブチルと、エチレンカーボネート(EC)と、ジメチルカーボネート(DMC)とを容量比で50:25:25の割合で混合した溶媒を用い、これにリチウム塩としてLiBF(四フッ化ホウ酸リチウム)を1.0mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0077】
(比較例12〜14)
比較例12〜14では、比較例5におけるリチウム塩であるLiPF6の替わりに、各種リチウム塩を添加した。すなわち、有機溶媒としてエチレンカーボネート:ジメチルカーボネート=50:50(容量比)に各種リチウム塩(比較例12ではLiTFSI、比較例13ではLiBF、比較例14ではLiBETI)を1mol/Lとなるように溶解させて前処理用電解液とした。
【0078】
−評価−
(電位−電流曲線の測定)
実施例54〜58、比較例5及び比較例12〜14の前処理用電解液について、前述の方法と同様にして電位−電流曲線を測定した。結果を図19に示す。またこの図から求めた、電流密度が50μA/cmとなるときの電位の値を表4に示す。
この図19及び表4から、溶媒としてニトリル化合物以外に環状炭酸エステルであるエチレンカーボネートと鎖状炭酸エステルであるジメチルカーボネートとを溶媒として加えた実施例54〜58の前処理用電解液では、電解質の種類によらず、ニトリル化合物を入れない比較例5及び比較例12〜14の前処理用電解液と比較して、電位窓が正方向に大きく広がることが分かった。
また、実施例59の電解液の電位窓は6.6V(図20参照)、実施例60の前処理用電解液の電位窓は5.4V(図21参照)、実施例61の電解液の電位窓は6.1V(図22参照)となり、いずれも正側に広がっていることが分かった。
【0079】
【表4】

【0080】
同様に、リチウム塩をLiPFとした、他の実施例及び比較例の前処理用電解液について、電位−電流曲線から求めた、所定の電流密度となるときの電極電位を表5に示す。この表から、鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物、鎖式エーテル化合物の末端の少なくとも一つにニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物及びシアノ酢酸エステルのうち少なくとも一つのニトリル化合物と、環状炭酸エステル、環状カルボン酸エステル及び鎖状炭酸エステルのうち少なくとも一つとが含まれている場合に、正方向に電位窓が広がることが分かる。
【0081】
【表5】

【0082】
<ニトリル添加量の影響>
前処理用電解液におけるニトリルの添加量の影響を調べるため、エチレンカーボネート:ジメチルカーボネート=1:1(容量比)の混合溶媒に、所定量のセバコニトリルを添加し、電位電流曲線を測定した。なお、電解質はLiPFを1Mとなるように加えた(ただし、セバコニトリル100容量%の場合には、1Mの溶解は困難であったため0.1Mとした)。結果を図23に示す。この図から、セバコニトリルの添加量は、1容量%でも電位窓を広げる効果があり、添加量が増すほど電位窓は高電位方向に広がることが分かった。前処理用電解液として好ましいセバコニトリルの添加量は、5容量%以上であり、より好ましくは10容量%以上であり、さらに好ましいのは30容量%以上であり、最も好ましいのは70容量%以上である。
【0083】
以上のように、前処理用電解液の有機溶媒にニトリル化合物を加えることにより、電位窓が正の方向に大きく広がることが分かった。上記実施例の電位−電流曲線の測定においては、前述したように、正側及び負側に数回スキャンさせた後、自然電位から正方向、あるいは負方向に5mV/秒の速度で電位の掃引を行い、電位−電流曲線を測定している。この測定前の数回の電位のスキャンにおいては、2回以降において電位窓が広がっており、このことから、本発明の電解液中で正方向に電位掃引することにより、電位窓の広い電極を製造できることが分かる。
【0084】
<電池特性の測定>
本発明のリチウムイオン電池用電極の性能を評価するため、リチウム電池用陰極及びリチウム電池用正極を用いた電位−電流曲線を測定した。
すなわち、上記実施例55の前処理用電解液(すなわち、容量比でEC:DMC:セバコニトリル=25:25:50,リチウム塩としてLiTFSI(リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド)を1.0mol/L)を用い、作用極にリチウム電池用陰極及びリチウム電池用陽極を用いて、リチウム吸蔵放出の電位−電流曲線を測定した。リチウム電池用陰極としてはLiTiO1を用い、リチウム電池用正極としてはLiCoO及びLiCoPOを用いた。測定にはポテンシオガルバノスタットを用いた。また、参照電極は(Ag/Ag+)を用いた。測定にあたっては、正電圧処理工程として正側及び負側に数回スキャンさせた後、自然電位から正方向、あるいは負方向に0.5mV/秒の速度で電位の掃引を行い、電位−電流曲線を測定した。
【0085】
その結果、図24に示すように、リチウム電池用陰極としてのLiTi12、リチウム電池用正極としてのLiCoO及びLiCoPOのいずれの電極においても、リチウム(0)とリチウムイオンとの間での酸化還元に伴うほぼ可逆的な電流が観測された。この結果から、リチウム(0)−リチウムイオン間の円滑な充放電が可能であることが分かった。
【0086】
本発明のリチウムイオン電池用電極は、リチウムイオン電池に適用される。
ここに、リチウムイオン電池は電解液、正極、負極、セパレータ及びケースを備えてなる。
【0087】
(電解液)
電解液はLi塩(電解質)と有機溶媒とを含んでいる。
Li塩には、Liイオン電池用の一般的なLi塩を用いることができる。例えば、LiPF6(六フッ化リン酸リチウム),LiBF(四フッ化ホウ酸リチウム)、LiTFSI(リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド),LiTFS(トリフルオロメタンスルホン酸リチウム)、LiBETI(リチウムビス(ペンタフルオロエタンスルホニル)イミド)又はこれらの2種以上を用いることができる。
なかでも、正極の酸化還元電位が4.5V以上のものについては、LiPF、及び/又はLiBFを使用することが好ましい。また、LiTFSIやLiTFSやLiBETIを用いる場合、LiPF又はLiBFを添加することが好ましい。
【0088】
有機溶媒もLiイオン電池に用いられる一般的なものを採用できる。かかる有機溶媒とし環状炭酸エステル、環状カルボン酸エステル及び鎖状炭酸エステルの中から選ばれる1種、又は2種以上が好ましい。更に好ましくは、環状炭酸エステルと鎖状炭酸エステルとを併用する。具体的には、エチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを併用する。両者の配合割合は特に限定されない。環状カルボン酸エステルとしてはγ−ブチロラクトンを用いることができる。
更にはニトリル化合物を有機溶媒として用いることができる。ここで、ニトリル化合物としては、鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物、鎖式エーテル化合物の末端の少なくとも一つにニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物及びシアノ酢酸エステルのうち少なくとも一つのニトリル化合物を挙げることができる。
【0089】
鎖式飽和炭化水素化合物の両末端にニトリル基が結合した鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物としては、例えば、スクシノニトリルNC(CHCN、グルタロニトリルNC(CHCN、アジポニトリルNC(CHCN、セバコニトリルNC(CHCN、ドデカンジニトリルNC(CH10CNなどのような直鎖状のジニトリル化合物の他、2−メチルグルタロニトリルNCCH(CH)CHCHCN等のように分枝を有していても良い。これらの鎖式飽和炭化水素ジニトリル化合物は、炭素数は特に限定されないが、20以下であることが好ましい。更に好ましくは7〜12である。
【0090】
鎖式エーテル化合物の末端の少なくとも一つにニトリル基が結合した鎖式エーテルニトリル化合物としては、オキシジプロピオニトリルNCCHCH−O−CHCHCNや、3−メトキシプロピオニトリルCH−O−CHCHCN等が挙げられる。これらの鎖式エーテルニトリル化合物は、炭素数は特に限定されないが、20以下であることが好ましい。
シアノ酢酸エステルとしてはシアノ酢酸メチル、シアノ酢酸エチル、シアノ酢酸プロピル、シアノ酢酸ブチル等が挙げられる。これらのシアノ酢酸エステルは、炭素数は特に限定されないが、20以下であることが好ましい。
【0091】
これらニトリル化合物は電解液において電位窓を特に正方向に広げる作用を奏する。
電位窓を広げる作用の観点からジニトリル化合物が好ましい。中でも、セバコニトリルの採用が更に好ましい。
ただし、ニトリル化合物は粘度が高いので、上述の鎖状炭酸エステル、環状炭酸エステル及び/又は環状カルボン酸エステルと併用することが好ましい。更に好ましくはニトリル化合物と鎖状炭酸エステル及び環状炭酸エステルとを併用する。鎖状炭酸エステルとしてはジメチルカーボネートを採用することができ、環状炭酸エステルとしてはエチレンカーボネートを採用することができる。
この場合、有機溶媒全体に占めるニトリル化合物の配合割合は1〜90容量%とすることが好ましい。更に好ましくは5〜70容量%であり、更に更に好ましくは、10〜50容量%である。
【0092】
Li塩の濃度は0.01mol/L以上であって、飽和状態よりも低い濃度とする。Li塩の濃度が0.01mol/L未満であると、Liイオンによるイオン伝導が小さくなり、電解液の電気抵抗が高くなるので好ましくない。他方、飽和状態を超えると、温度等の環境変化によって溶解しているLi塩が析出するので好ましくない。
【0093】
(正極)
正極は正極活物質と集電体とを備える。
(正極活物質)
正極活物質とは「負極よりも高い電位で結晶構造内にリチウムが挿入/離脱され、それに伴って酸化/還元が行われる物質」をいう。
正極活物質としては(1)酸化物系、(2)オリビン型結晶構造を有するリン酸塩系、及び(3)オリビンフッ化物系を挙げることができる。
【0094】
(1)酸化物系
1−1具体的物質
酸化物系としては、Li1−xCoO(x=0〜1:層状構造)、Li1−xNiO(x=0〜1:層状構造)、Li1−xMn(x=0〜1:スピネル構造)、Li2-yMnO3系(y=0〜2)及びこれらの固溶体(ここで固溶体とは、上記酸化物系の正極活物質において金属原子が自由な割合で混合された物質を指す。)を挙げることができる。また、これらのうちの金属原子を他の金属原子でドープしたものも含まれる。ドーパントとしては酸化還元反応において電気化学的な特性を変化させられるものであれば特に限定されるものではない。例えば、Li, Mg、Al、Ti、V、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Zr、Nb及びMoの1種又はそれ以上を用いることができる。
【0095】
1−2 特性
この正極活物質の一般的な放電電位は5V vs Li/Li)未満である。但し、LiMn系でNiに一部置換した、LiNi0.5Mn1.5は、放電電位が4.7Vであり、急速充電をおこなう際には過電圧分を加味し、5Vを超える充電電圧を必要とする場合がある。また、LiCoMnOは放電電圧が5.2V程度から始まるため、これも充電電圧は5Vを超える。また、酸化物系は一般に300℃未満で分解し、酸素発生とともに比較的大きな発熱反応がある。このため、過充電が起こらないような制御回路が必要とされる。
【0096】
(2)オリビン型結晶構造を有するリン酸塩系
2−1具体的物質
オリビン型結晶構造を有するリン酸塩系としては、Li1−xNiPO (x=0〜1)
Li1−xCoPO (x=0〜1)、Li1−xMnPO (x=0〜1)、Li1−xFePO (x=0〜1)及びこれらの固溶体(ここで固溶体とは、上記リン酸塩系の正極活物質において金属原子が自由な割合で混合された物質を指す。)を挙げることができる。また、これらのうちの金属原子を他の金属原子でドープしたものも含まれる。ドーパントとしては酸化還元反応において電気化学的な特性を変化させられるものであれば特に限定されるものではない。例えば、Mg、Al、Ti、V、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Zr、Nb及びMoの1種又はそれ以上を用いることができる。(特開2008−130525号参照)
2−2 特性
この正極活物質の酸化還元電位は、酸化物系とは異なり300℃未満では発熱反応が小さい上、酸素は発生せず、安全性が高いことから注目されている。また、リン酸塩系のうち、LiCoPO系は放電電位が4.8V程度であり、急速充電に際しては5V以上で耐電圧を有する電解液が必要とされる。LiNiPOの放電電位は5.2V (vs Li/Li)が示唆されている。
【0097】
(3)オリビンフッ化物系
3−1 具体的物質
Li2−xNiPOF (x=0〜2)、Li2−xCoPOF (x=0〜2)が知られており、その他Li2−xMnPOF (x=0〜2)、Li2−xFePOF (x=0〜2)が考えられる。
また、これらの固溶体(ここで固溶体とは、上記オリビンフッ化物系の正極活物質において金属原子が自由な割合で混合された物質を指す。)も挙げることができる。さらに、これらのうちの金属原子を他の金属原子でドープしたものも含まれる。ドーパントとしては酸化還元反応において電気化学的な特性を変化させられるものであれば特に限定されるものではない。例えば、Mg、Al、Ti、V、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Zr、Nb及びMoの1種又はそれ以上を用いることができる。
3−2 特性
この正極活物質の酸化還元電位はオリビン系と同様に、酸化物系とは異なり、300℃未満の分解では、発熱反応が小さい上、酸素発生がないため、正極活物質由来の電池発火の影響は小さいと考えられ安全性の面で注目されている。また、電池の電気容量密度(mAh/g)を上記リン酸塩系よりも高くできる(特開2003−229126号公報参照)。しかし、例えばLiCoPOF系は、平均放電電位が4.8V程度であり、急速充電に際しては5V以上で耐電圧を有する電解液が必要とされる。また、LiNiPOF系の放電電位は5.2V(vs Li/Li)程度であり、5V以上で耐電圧を有する電解液が必要とされる。
【0098】
(4)その他
その他、リチウム非含有のFeF、有機導電性物質を用いた共役系ポリマー、シェブレル相化合物等を用いることもできる。また、遷移金属カルコゲン化物、バナジウム酸化物及びそのリチウム塩、ニオブ酸化物及びそのリチウム塩、さらには、複数の異なった正極活物質を混合して用いることも可能である。
正極活物質粒子の平均粒径は、特に限定はされないが、10nm〜30μmであることが好ましい。
【0099】
(正極用集電体)
正極用集電体とは正極活物質を担持する導電性の基板である。
正極の集電体の成形材料は、充電時において安定であることが要求される。特に、酸化還元電位の高いオリビン型結晶構造を有するリン酸塩系及びそのオリビンフッ化物系の正極活物質を用いるときには、耐食性に優れた素材を使用することが好ましい。
例えば、電解質としてLiPF、LiBFを使用する場合、SUS304、SUS316、SUS316L、Ni、Al、Ti等を用いることができるが、使用する正極活物質の動作電位を考慮し、適宜選択することが好ましい。例えば、電解質としてLiPFを用いる場合は、Li/Li+電極に対して6Vでも使用することができるが、電解質としてLiBFを用いる場合、SUS304はLi/Li+電極に対し5.8V以下で充放電可能な場合のみ用いることができる。また、電解質としてLiTFSIを使用する場合、正極集電体表面に耐食性皮膜を形成させるべく、LiPF6を共存させることが好ましい。LiBETI及びLiTFSもLiTFSIの場合と同様である。
また、Al等の導電金属材料へ導電性DLC(ダイヤモンドライクカーボン)を周知の方法で被覆したものを集電体として用いることもできる。電解質がLiBFやLiPFなど、容易にフッ化物皮膜を形成するようなリチウム塩の場合は、アルミニウム上へ厚いフッ化皮膜が形成し、耐食性は向上するものの、電子伝導性が低下し、ひいてはオーミック過電圧増加に伴う、高出力化が阻害されることとなる。Al等の導電金属材料へ導電性DLCを被覆すれば、フッ化物皮膜は導電性DLCの欠陥部分の極わずかな面積でのみ発生するだけである。このため、高電圧化しても電子伝導性の低下は無視できる程度となり、懸念されている高電圧化による出力低下は防ぐことが可能となる。
ここで、導電性ダイヤモンドライクカーボンとは、ダイヤモンド結合(炭素同士のSP混成軌道結合)とグラファイト結合(炭素同士のSP混成軌道結合)の両方の結合が混在しているアモルファス構造をとるカーボンのうち、導電性が1000Ωcm以下のものをいう。ただし、アモルファス構造以外に、部分的にグラファイト構造からなる結晶構造(すなわちSP混成軌道結合からなる六方晶系結晶構造)からなる相を有し、これにより導電性が発揮されるものも含まれる。グラファイトとダイヤモンドの中間の性質を有するダイヤモンドライクカーボンは、成膜時にダイヤモンドライクカーボンを構成する炭素原子のSP混成軌道結合とSP混成軌道結合の比率を調整することで、導電性を調節することができる。
勿論、上記耐食性導電性金属材料を導電性DLCで被覆してもよい。
集電体の形状及び構造は、正極活物質や電池の構造に応じて、任意に設計可能である。
【0100】
(負極)
負極は負極活物質と集電体とを備える。
(負極活物質)
負極活物質とは「正極よりも低い電位で結晶構造内にリチウムが挿入/離脱され、それに伴って酸化/還元が行われる物質」をいう
負極活物質としては、例えば、人造黒鉛、天然黒鉛、ハードカーボン等の種々の炭素材料やチタン酸リチウム(LiTi12)、HTi1225、HTi13、Feなどが挙げられる。また、これらを適宜混合した複合体も挙げることができる。さらには、Si微粒子やSi薄膜、これらのSiがSi−Ni、Si−Cu、Si−Nb、Si−Zn、Si−Sn等のSi系合金となった微粒子や薄膜が挙げられる。また、SiO酸化物、Si−SiO複合体、Si−SiO−カーボンなどの複合体等を挙げることができる。
【0101】
負極用の集電体は汎用的な導電性金属材料、Cu、Al、Ni、Ti、SUS304、SUS316等で形成することができる。
但し、電解液にニトリル化合物を用いたとき(他の有機溶剤との併用を含む)には、電解液中のLi塩に応じて適宜選択する必要がある。すなわち、電解質としてLiPF、LiBFを使用する場合、SUS304、316、316L、Ni、Al、Tiの使用が可能となる。ただし、使用する負極活物質の動作電位に応じて、適宜選択する必要がある。負極活物質としてカーボン系やSi系を使用する場合において、電解質としてLiBFを使用した場合は、Cu以外のAl、Ni、Ti、SUS304、SUS316等からなる集電体を使用することができる。負極活物質としてチタン酸リチウムやFe系の化合物を用いた場合は、Cuを含む上記材料の全てが適用可能である。一方、電解質としてLiPF使用時は負極活物質としてカーボン系やSi系を使用する場合においてAl、Ni及びTiが好ましく、SUS316、SUS316L及びCuは好ましくは無い。負極活物質としてチタン酸リチウムやFe2O2系の化合物を用いた場合は、銅を含む上記材料の全てが適用可能である。また、電解質としてLiTFSIや、LiBETI、やLiTFSを使用する場合、Ni、Ti、Al、Cu、SUS304、316及び316Lの何れも使用することができる。
【0102】
(正極用電子伝導部材)
正極活物質には導電性の小さいものがある。従って、正極活物質と集電体との間に導電性の電子伝導部材を介在させて、両者の間に十分な電子伝導パスを確保することが好ましい。
ここで電子伝導部材は正極活物質と集電体との間に電子伝導パスを形成できればその形態は特に限定されるものではなく、例えばカーボンブラック、グラファイト粉、ダイヤモンドライクカーボン、グラッシーカーボン等の導電性粉体(導電助剤)を用いることができる。ダイヤモンドライクカーボン及びグラッシーカーボンは、カーボンブラックやグラファイトよりもはるかに広い電位窓を有しており、高電位を付与した場合の耐食性に優れているため、好適に用いることができる。また、これらの導電助剤に金属微粒子が担持されていることも好ましい。金属微粒子としては、例えばPt、Au、Ni等が挙げられる。これらは、単独で用いても良いし、これらの合金であっても良い。
電子伝導材料として、正極活物質を被覆する導電性皮膜(DLC膜等)、正極活物質を埋入させた導電性薄膜(金の薄膜等)を用いることができる。
特に、LiNiPOF系の正極活物質はそれ自身の及び/又はその表面皮膜の導電性が小さいので、これを集電体へ単に担持させてなるものではリチウムイオン電池の正極として機能しない場合がある。LiNiPOF系の正極活物質の性能評価のために、これを金等の導電薄膜へハンマー等で物理的に打ち込み、電池の正極を形成することができる。
ここにLiNiPOF系正極活物質とはLiNiPOF及びこれへ適宜ドーパントをドープしたものを指す。
【0103】
(負極用電子伝導部材)
正極用電子伝導部材と同様な物を用いることができる。
【0104】
(セパレータ)
セパレータは電解液中へ浸漬され、正極と負極とを分離し両者の短絡を防ぐとともに、Liイオンの通過を許容する。
かかるセパレータには、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン系樹脂から成る多孔質フィルムが挙げられる。
【0105】
(ケース)
ケースは電解液に対する耐食性を有する材質で形成される。その形状は、電池の目的用途に応じて任意に設計できる。
電解質としてLiPF6、LiBF4を使用する場合には、SUS304、316、316L、Ni、Al、Tiからなるケースを用いることができる。但し使用する正極、負極活物質の動作電位により適宜選択しなければならない場合もある。
ケースが集電体を兼ねる場合や集電体に電気的に結合される場合は、各電極の集電体形成材料と同一若しくは同種の材料で形成される。
【0106】
この発明は、上記発明の実施形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0107】
【図1】実施例1-1〜実施例1-6、実施例2、比較例1及び比較例2における電位−電流曲線である。
【図2】実施例1で用いた前処理電解液のサイクリックボルタモグラムである。
【図3】実施例1-1のXPSのワイドスキャン測定及びのナロースキャン測定(炭素及び窒素)の結果を示すチャートである。
【図4】実施例1-1のXPSのナロースキャン測定(酸素、フッ素及びリン)の結果を示すチャートである。
【図5】実施例1-1のXPSのC1sピーク分割及びN1sピーク分割を行なった結果を示すチャートである。
【図6】実施例3〜13、実施例1−3及び比較例3、4の電極についてXPS測定結果から求めた表面に存在する元素の存在割合を示すグラフである。
【図7】実施例3〜13、実施例1−3及び比較例3、4の電極についてXPS測定結果から求めた窒素の表面存在割合及びそれらの元素の結合状態の割合を示すグラフである。
【図8】実施例3〜13、実施例1−3及び比較例3、4の電極についてXPS測定結果から求めたリンの表面存在割合及びそれらの元素の結合状態の割合(ただし、実施例8についてはホウ素の表面存在割合及びそれらの結合状態の割合)を示すグラフである。
【図9】実施例3〜13、実施例1−3及び比較例3、4の電極についてXPS測定結果から求めたフッ素の表面存在割合及びそれらの元素の結合状態の割合を示すグラフである。
【図10】実施例15及び比較例5の電位−電流曲線である。
【図11】実施例16〜23及び比較例5の電位−電流曲線である。
【図12】比較例4の電位−電流曲線である。
【図13】実施例24〜31及び比較例6の電位−電流曲線である。
【図14】実施例32〜39及び比較例7の電位−電流曲線である。
【図15】実施例40〜45及び比較例8の電位−電流曲線である。
【図16】実施例46、47及び比較例9の電位−電流曲線である。
【図17】実施例48〜50及び比較例10の電位−電流曲線である。
【図18】実施例51〜53及び比較例11の電位−電流曲線である。
【図19】実施例54〜58及び比較例5,12,13,14の電位−電流曲線である。
【図20】実施例59及び比較例12の電位−電流曲線である。
【図21】実施例60及び比較例12の電位−電流曲線である。
【図22】実施例61及び比較例5の電位−電流曲線である。
【図23】エチレンカーボネート:ジメチルカーボネート=1:1とし、さらにセバコニトリルを所定量添加した混合溶媒を用いた場合の電位−電流曲線である。
【図24】実施例55のリチウムイオン電池用電解液を用いたリチウム吸蔵放出の電位−電流曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
XPSによる表面分析を行った場合有機窒素の形態の窒素とアンモニウム塩の形態の窒素との合計が2atm%以上存在する皮膜が形成されていることを特徴とするリチウムイオン電池用電極。
【請求項2】
XPSによる表面分析を行った場合リンが1atm%以上存在し、該リンの主成分はP−F結合の形態である皮膜が形成されていることを特徴とする請求項1記載のリチウムイオン電池用電極。
【請求項3】
XPSによる表面分析を行った場合ホウ素が1atm%以上存在し、該ホウ素の主成分はB−F結合の形態である皮膜が形成されていることを特徴とする請求項1記載のリチウムイオン電池用電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−70773(P2011−70773A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−209775(P2009−209775)
【出願日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【出願人】(591261509)株式会社エクォス・リサーチ (1,360)
【Fターム(参考)】