説明

リチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔

【目的】十分な強度を有すると共に、電気抵抗の増加を抑えることができるリチウムイオン電池電極用アルミニウム合金箔を提供する。
【構成】質量%で、Mn:0.8%以上1.7%以下、Si:0.6%を超え1.4%以下、Mg:0.2%以下、Ti:0.05%以下、Fe:0.5%以下を含有し、残部Alおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金箔であり、マトリックス中に円相当直径が10〜50nmのAl−Mn−Si系化合物が1立方μmあたり2000個以上存在することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は携帯電話やノート型パーソナルコンピューター等に利用されるリチウムイオン電池の電極集電体用として好適な高強度で加工性に優れたアルミニウム合金箔に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池電極集電体は正極と負極がセパレータを介して捲回された極板群からなり、これを電池ケース内へ挿入する。電池ケースの形状としては円筒型と角型があり、ケースの形状にあわせて集電体を調製し、集電体を挿入後、非水電解液を注入して封口する。
【0003】
正極活物質としてはコバルト酸リチウム、リチウムニッケル複合化合物などが用いられ、負極活物質としてはコークスや黒鉛等のリチウムイオンを吸脱着できる炭素材料が用いられている。これらの正極活物質または負極活物質はポリフッ化ビニリデン等を使用したバインダーと撹拌、混合し、正極のアルミニウム箔や負極の銅箔に塗布し、乾燥後圧延を行い、圧延中もしくは圧延前後で熱処理を行って吸着力を向上させ、所定寸法に裁断することによりシート状に成形し、リチウムイオン二次電池の電極とする。
【0004】
正極集電対用アルミニウム箔としては、正極活物質塗布後の乾燥工程での加熱によるアルミニウム箔の軟化、強度低下を抑制し、圧延工程におけるアルミニウム箔の変形を防止するために、MnやCuを含有したアルミニウム合金箔が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−234277号公報
【特許文献2】特開平11−67220号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、電池の高密度高エネルギー化がさらに要求され、従来から集電体として用いられているアルミニウム合金箔では、その電気抵抗による発熱でゲージダウンができないという問題が生じて、電気効率等の電池特性に影響を及ぼすようになってきており、リチウムイオン電池の高密度化を可能とする正極材用アルミニウム箔が望まれている。
【0007】
本発明は、上記の要求に応えるためになされたものであり、その目的は、十分な強度を有すると共に、電気抵抗の増加を抑えることができるリチウムイオン電池電極用アルミニウム合金箔を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するための請求項1によるリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔は、質量%で、Mn:0.8%以上1.7%以下、Si:0.6%を超え1.4%以下、Mg:0.2%以下、Ti:0.05%以下、Fe:0.5%以下を含有し、残部Alおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金箔であり、マトリックス中に円相当直径が10〜50nmのAl−Mn−Si系化合物が1立方μmあたり2000個以上存在することを特徴とする。以下の説明において、合金成分はすべて質量%で示す。また、以下の表示は0%を含まず、例えば、Mg:0.2%以下は、Mg:0%を超え0.2%以下を意味する。
【0009】
請求項2によるリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔は、請求項1において、前記アルミニウム合金箔が、さらに、Cu:0.05%以上0.8%以下を含有することを特徴とする。
【0010】
請求項3によるリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔は、該アルミニウム合金箔の引張強さが280MPa以上であることを特徴とする。
【0011】
請求項4によるリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔は、該アルミニウム箔の室温での比抵抗値が3.7μΩcm以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、正極板製造時の乾燥工程で加熱されても強度低下を生じることがなく、また圧延工程でも変形しない十分な強度を備えると共に、電気抵抗も十分に低くリチウムイオン電池の高密度高エネルギー化を可能とし、特に、正極材用として好適なリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔の合金成分の意義およびその限定理由について説明する。
Mn:固溶したMnは箔の強度を高めるよう機能する。また、乾燥工程での強度低下を抑制する。固溶したMnは比抵抗を上昇させるが、SiとAl−Mn−Si系微細化合物を形成し、Mn固溶量減少による比抵抗低減と、微細化合物の分散によって強度を高めることができる。Mnの好ましい含有量は0.8〜1.7%の範囲であり、0.8%未満では十分な強度を得ることができず、1.7%を超えると鋳造時に粗大な金属間化合物が生じて箔圧延性が低下する。Mnのより好ましい含有範囲は1.0〜1.3%である。
【0014】
Si:Siは強度上昇と比抵抗低減の相反する特性を満たすために必要な元素である。300℃以上の温度で10〜50nmサイズのAl−Mn−Si系化合物が析出する。この時、固溶していたMnが析出することにより、大きな比抵抗低減効果が得られる。固溶Mnの減少は強度低下を招くが、10〜50nmサイズの微細なAl−Mn−Si系化合物の析出により転位の移動が抑制され強度が上昇する。Siの好ましい含有量は0.6を超え1.4%以下の範囲であり、0.6%以下では比抵抗低減効果や強度への寄与が小さく、1.4%を超えると強度は上昇するものの、比抵抗も増加するため好ましくない。Siのより好ましい含有範囲は0.8〜1.2%である。
【0015】
Mg:Mgは強度を向上させる元素として知られるが、鋳造時にSiと化合物を形成し粗大なMgSiとなると前記Siの効果が抑制される。Mgが0.2%以下であれば、Siとの化合物形成が少なく、Siの効果を阻害することはない。
【0016】
Ti:鋳塊組織の微細化のためTiを添加することがある。Tiは少量でも比抵抗を上昇させる。Tiの好ましい含有量は0.05%以下の範囲であり、0.05%を超えて含有すると箔圧延時のピンホールの原因となることがある。BはTiとともに添加して同様な効果を得ることができる。アルミニウム合金箔中のBの含有量は同様の理由で0.01%以下とすることが好ましい。
【0017】
Fe:鋳造時にAl−Mn−Fe系化合物を形成し、Mnの固溶量を低減させる。Al−Mn−Fe系化合物は1〜10μm程度のサイズで、強度には寄与しない。Feの好ましい含有量は0.5%以下の範囲であり、0.5%を超えると、所定の強度が得られず好ましくない。また、0.2%未満では高純度のAl地金を用いる必要があり、製造コストの上昇を招くから、0.2%以上とするのが好ましい。
【0018】
Cu:Mnよりも比抵抗が増加し難く、強度向上に寄与する。Cuの好ましい含有量は0.05〜0.8%の範囲であり、0.05%未満では強度向上には寄与しない。0.8%を超えると強度は上昇するが、比抵抗も増加するため好ましくない。また、鋳造時に割れが発生しやすくなって、量産規模の製造が難しくなる。
【0019】
不可避的不純物として、Zn:0.1%以下、Cr、Ni、Ga、V、その他の元素がそれぞれ0.05%以下、不可避的不純物量として合計0.15%以下であれば本発明の特性に影響することはない。
【0020】
本発明のアルミニウム合金箔は、マトリックス中に円相当直径が10〜50nmのAl−Mn−Si系化合物が1立方μmあたり2000個以上存在することが望ましい。MnとSiが共存する状態で加熱すると、300℃を超えたあたりから微細なAl−Mn−Si系化合物が析出する。この化合物は550℃付近まで安定して存在するが、550℃を超えると分解して再固溶する。
【0021】
発明者らは、0.8%以上のMnと0.6%を超える量のSiを含むアルミニウム合金を、Al−Mn−Si系化合物が存在する温度域で均質化処理し、熱間圧延あるいは冷間圧延を行うと、厚さが50μm以下の箔材では100nm以下の微細な化合物となって分散し、これらの微細化合物によって、冷間圧延時に強度が上昇することを見出した。
【0022】
さらに、Al−Mn−Si系化合物の分散状態と比抵抗および強度の相関を詳細に調査した結果として、10〜50nmの微細Al−Mn−Si系化合物が1立方μmあたり2000個以上存在すると、強度低下することなく比抵抗が低減することを究明した。なお、上記化合物の存在密度は透過型電子顕微鏡を用いて定量化したものである。すなわち、明視野像から化合物の数を測定し、測定エリアの面積と測定位置のサンプル厚さから単位体積あたりの化合物数を算出した。サンプル厚さは透過型電子顕微鏡で観察される消衰縞を利用して、観察される白黒の縞模様の数と消衰距離の積で厚さを算出した(透過電子顕微鏡法、諸住正太郎訳、コロナ社、568頁参照)。
【0023】
本発明のリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔の製造工程について説明すると、当該アルミニウム箔は、前記特定の組成を有するアルミニウム合金を溶解、鋳造し、得られた鋳塊を均質化処理後、熱間圧延、冷間圧延、冷間圧延の途中で中間熱処理を行い、最終冷間することにより製造される。
【0024】
均質化処理は350〜550℃の温度に24時間以下の時間保持することにより行うのが好ましい。温度が350℃未満では、Al−Mn−Si系化合物の形成が不十分であり比抵抗低減効果が得られない。550℃を超える温度ではそれまでに形成したAl−Mn−Si系化合物が分解して再固溶し、比抵抗低減効果が得られない。保持時間は製造コストの観点から24h以下とすることが好ましい。
【0025】
均質化処理は熱間圧延前の加熱として行ってもよい。熱間圧延は550℃以下の温度で開始し、再結晶温度以下の温度で終了するのが好ましく、終了温度を300℃以下とすることがより好ましい。熱間圧延を再結晶温度以下の温度で終了するのは、均質化処理で微細なAl−Mn−Si系化合物が形成した状態で熱間圧延を行い、再結晶温度を超える温度で巻き上げると数mmサイズの粗大な再結晶粒が形成し、その後の冷間圧延での割れ発生などの加工性が劣化するためである。
【0026】
その後、冷間圧延を行い、冷間圧延の途中で350〜450℃の温度域で中間熱処理を行う。中間熱処理時、Al−Mn−Si系化合物の微細析出が誘発され、比抵抗低減効果が得られる。中間熱処理時の冷却速度は10℃/h以上とすることが好ましい。冷却速度が遅いとAl−Mn−Si系化合物サイズが大きくなって、強度向上効果が弱まる。中間熱処理後の最終冷間圧延加工度は、280MPaの引張強さを得るために、95%以上とするのが好ましい。
【実施例】
【0027】
以下、本発明の実施例を比較例と対比して説明し、本発明の効果を実証する。なお、これらの実施例は本発明の一実施態様を示すものであり、本発明はこれらに限定されない。
【0028】
実施例1
表1に示す組成の合金を半連続鋳造法にて造塊し、480℃で5hの均質化処理を行い、450〜260℃の温度範囲で熱間圧延を行って厚さ3mmのアルミニウム合金板を得た。その後、0.5mmまで冷間圧延した後、急速加熱炉を用いて400℃で1分(冷却速度20℃/s)の中間熱処理を実施した。その後、冷間圧延を繰り返して15μmのアルミニウム合金箔を得た。従来材については、600℃で5hの均質化処理を行い、熱間圧延以降は上記と同じ工程を行ってアルミニウム合金箔を作製した。
【0029】
【表1】

【0030】
得られたアルミニウム合金箔を試験材として、引張強さと伸び、室温(25℃)の比抵抗値を下記の方法で測定した。また、箔圧延状況(ピンホール発生有無)と化合物分散状態も評価した。結果を表2に示す。
【0031】
引張強さと伸び:JIS Z2241に準拠し、試験材からJIS5号試験片を採取して測定した。
比抵抗値:JIS H0505に準拠し、ダブルブリッジ法により測定した。
ピンホール発生有無:試験材について、背後から照明を当て、光のもれの有無により評価した。
化合物分散状態:Al−Mn−Si系化合物の1立方μmあたりの個数を、前記の透過型電子顕微鏡を用いる方法により定量化した。
【0032】
【表2】

【0033】
表2に示すように、本発明に従う試験材1〜5はいずれも、ピンホールの発生がなく、15μm厚さの箔において、円相当直径が10〜50nmのAl−Mn−Si系化合物が2000個/立方μm以上存在し、圧延後の引張強さが280MPa以上で、室温での比抵抗は3.7μΩcm以下となり、従来材の3003合金箔(試験材11)に比べ強度が高く、比抵抗が低減されている。
【0034】
これに対して、試験材6はSi量が0.6%以下であるため、Al−Mn−Si系化合物が2000個/立方μm未満となり、従来材よりも引張強さが低く、比抵抗値が3.7μΩcmより高かった。試験材7はMn量が0.8%未満であるため、Al−Mn−Si系化合物が2000個/立方μm未満となり、従来材よりも引張強さが低かった。
【0035】
試験材8はMn量が1.7%を超え、かつFe量が0.5%を超えているため、粗大なAl−Fe−Mn系化合物が形成し、ピンホールが発生した。また、従来材よりも引張強さが低かった。試験材9はCu量が0.8%を超えているため、引張強さは高くなっているが、比抵抗値が3.7μΩcmより高くなった。
【0036】
試験材10はMg量が0.2%より多くMgSiが形成したため、Al−Fe−Mn系化合物の形成が阻害され、その分散量が2000個/立方μm未満となり、従来材よりも引張強さが低く、比抵抗値も3.7μΩcmより高くなった。試験材11は、従来の3003合金材(従来材)であり、Al−Fe−Mn系化合物の形成が少なく、比抵抗値は4.0μΩcmであった。
【0037】
実施例2
表1に示す合金Aの鋳塊を用いて、表3に示す製造条件で15μm厚さのアルミニウム合金箔を製造し、得られたアルミニウム合金箔について、実施例1と同じ方法で、引張強さと伸び、室温(25℃)の比抵抗値を測定し、箔圧延状況(ピンホール発生有無)、化合物分散状態を評価した。結果を表3に示す。
【0038】
【表3】

【0039】
表3に示すように、本発明に従う試験材12〜14はいずれも、ピンホールの発生がなく、15μm厚さの箔において、円相当直径が10〜50nmのAl−Mn−Si系化合物が2000個/立方μm以上存在し、圧延後の引張強さが280MPa以上で、室温での比抵抗は3.7μΩcm以下の優れた特性をそなえていた。
【0040】
これに対して、試験材15は均質化処理温度が600℃を超えたためAl−Mn−Si系化合物の微細析出数が減少し、結果的に厚さ15μm箔での円相当直径が10〜50nmのAl−Mn−Si系化合物が2000個/立方μm未満となり、引張強さが280MPa未満で、比抵抗値も3.7μΩcmより高くなった。試験材16は熱間圧延終了温度が再結晶温度より高かったため、粗大結晶粒が形成し、箔圧延時にピンホールが発生した。試験材17は最終冷間圧延率が95%未満であったため、引張強さが280MPaより低くなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Mn:0.8%以上1.7%以下、Si:0.6%を超え1.4%以下、Mg:0.2%以下、Ti:0.05%以下、Fe:0.5%以下を含有し、残部Alおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金箔であり、マトリックス中に円相当直径が10〜50nmのAl−Mn−Si系化合物が1立方μmあたり2000個以上存在することを特徴とするリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔。
【請求項2】
前記アルミニウム合金箔が、さらに、質量%で、Cu:0.05%以上0.8%以下を含有することを特徴とする請求項1記載のリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔。
【請求項3】
引張強さが280MPa以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔。
【請求項4】
室温での比抵抗値が3.7μΩcm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のリチウムイオン電池電極集電体用アルミニウム合金箔。

【公開番号】特開2011−144440(P2011−144440A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−7970(P2010−7970)
【出願日】平成22年1月18日(2010.1.18)
【出願人】(000002277)住友軽金属工業株式会社 (552)
【Fターム(参考)】