説明

リチウム二次電池用の正極とその製造方法

【課題】電極ペーストの粘度の上昇を抑制し、正極活物質の分散性と集電性を向上させた正極活物質層を備える正極の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明によって提供される正極活物質38を含む正極活物質層が正極集電体に保持された構成のリチウム二次電池用の正極を製造する方法は、正極活物質38の表面に有機酸39を付与する工程と、該有機酸を付与した正極活物質40と、フッ化ビニリデン系重合体からなる結着材と、導電材とを所定の溶媒に分散させてなる正極活物質層形成用ペーストを調製する工程と、該調製した正極活物質層形成用ペーストを上記正極集電体の表面に塗布して上記正極活物質層を形成する工程と、を包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次電池用の正極の製造方法に関する。詳しくは、有機酸を表面に備える正極活物質を備えたリチウムイオン電池用の正極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオンが正極と負極との間を行き来することにより充電および放電するリチウム二次電池(典型的にはリチウムイオン電池)は、軽量で高エネルギー密度が得られることから、車両搭載用電源、或いはパソコンおよび携帯端末の電源に好ましく用いられるものとして重要性が高まっている。この種のリチウム二次電池の典型的な正極は、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出しうる正極活物質を主成分とする正極活物質層が正極集電体の上に形成された構成である。例えばリチウムイオン電池の正極活物質層は、正極活物質(リチウム遷移金属複合酸化物)と、高導電性材料の粉末(カーボンブラック等)と、バインダー(結着剤)等とを有機溶媒を用いて混合して得られた正極活物質層形成用ペースト(以下、「電極ペースト」と略称する場合がある。)を正極集電体に塗布することによって形成される。
【0003】
上記正極の製造方法に関する従来技術として、特許文献1〜4が挙げられる。特許文献1に記載の技術では、電極活物質と共に結着剤および多価の有機酸を含む電極合剤により、電極合剤の流動性を向上させると共に粘度の上昇を抑制している。特許文献2には、結着剤としてゴム物質を含む含フッ素ポリマーを添加した合剤により柔軟性を保持した正極電極を有する電池が開示されている。特許文献3には、正極活物質と導電性物質とバインダとを溶剤に分散し、全重量に対し、0.3〜5.0重量%の有機酸を配合して高温でのサイクル特性に優れるリチウム二次電池用正極ペースト組成物が開示されている。特許文献4に記載の技術では、結着剤として合成ゴム系ラテックス型接着剤と増粘剤とを含有する正極により充放電サイクル寿命を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−011594号公報
【特許文献2】特開2001−273895号公報
【特許文献3】特開2000−188096号公報
【特許文献4】特開2004−055493号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、正極活物質層成形用ペーストを製造するとき、上記特許文献に記載されているように、有機酸を添加することにより粘度の上昇を抑制して流動性を向上させることが知られている。これにより正極集電体に前記ペーストを均一に薄く塗布することができる。
しかしながら、バインダーとしてフッ化ビニリデン系重合体(即ちフッ化ビニリデンを構成モノマー成分とする重合体、例えばポリフッ化ビニリデン)を使用するとき、フッ化ビニリデン系重合体は、有機溶媒に溶解される等運動性が高い状態にあるときには大きな極性を有するため、正極活物質層形成用ペースト内において他の材料の極性部位と静電相互作用を生じ得る。
従って、正極活物質と、導電材と、フッ化ビニリデン系重合体とを混合しこれに有機酸を添加したのち、有機溶媒に分散させて得た電極ペーストにより正極活物質層を形成する場合には、有機酸として用いる分子とフッ化ビニリデン系重合体の静電相互作用によってバインダーの偏析が生じ電池性能が低下してしまう虞がある。
【0006】
そこで、本発明は二次電池用の電極の製造方法に関する従来の問題点を解決すべく創出されたものであり、その目的とするところは、電極ペーストの粘度の上昇を抑制するとともに、正極活物質の分散性と集電性を向上させた正極活物質層を備える信頼性の高い二次電池用の正極を製造する方法を提供することである。また、そのような製法で得られた正極を備える二次電池および該二次電池を備える車両を提供することを他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を実現するべく本発明により、正極活物質を含む正極活物質層が正極集電体に保持された構成のリチウム二次電池用の正極を製造する方法が提供される。ここで開示される製造方法は、以下の工程、すなわち、(1).前記正極活物質の表面に有機酸を付与する工程、(2).前記有機酸を付与した正極活物質と、フッ化ビニリデン系重合体からなる結着材(以下、「バインダー」ともいう。)と、導電材とを所定の溶媒に分散させてなる正極活物質層形成用ペーストを調製する工程、(3).前記調製した正極活物質層形成用ペーストを前記正極集電体の表面に塗布して前記正極活物質層を形成する工程、を包含する。
【0008】
なお、本明細書において「リチウム二次電池」とは、電解質イオンとしてリチウムイオンを利用し、正負極間のリチウムイオンの移動により充放電が実現される二次電池をいう。一般にリチウムイオン電池と称される二次電池は、本明細書におけるリチウム二次電池に包含される典型例である。
また、本明細書において「正極活物質」とは、二次電池において電荷担体となる化学種(ここではリチウムイオン)を可逆的に吸蔵および放出(典型的には挿入及び離脱)可能な正極側の活物質をいう。
【0009】
本発明によって提供されるリチウム二次電池用の正極の製造方法では、予め正極活物質の表面に有機酸(典型的には有機酸基)を付与(典型的には結合または吸着)し、正極活物質層を構成する結着材と導電材と共に所定の溶媒に分散させて電極ペースト(スラリー状のものを含む)を調製している。
このように、正極活物質の表面に有機酸(有機酸基)が結合(吸着)していることにより、フッ化ビニリデン系重合体からなるバインダーを使用して正極活物質層形成用ペーストを作製した場合、電極ペーストの粘度の上昇を抑制することができるので、該ペーストを正極集電体に薄く塗布することができ、正極活物質の該ペースト内での分散性を向上させることができる。さらに、正極活物質が均一に分散することにより、その表面に結合している有機酸(有機酸基)も均一に分散することになるので、有機酸と静電相互作用を生じ得るバインダーも均一に分散することとなり、結果、バインダーの偏析を抑制することができる。これにより、前記正極活物質層形成用ペーストを用いて正極集電体表面に形成された正極活物質層では、集電性、反応性が向上されるので、サイクル特性が向上されることとなる。その結果、信頼性に高いリチウム二次電池用の正極の製造方法を提供することができる。
【0010】
ここで開示される製造方法の好適な一態様では、前記有機酸付与工程において、乾式法または湿式法により有機酸を正極活物質の表面に付与する。公知の各種乾式法または湿式法を用いることにより、正極活物質の表面に有機酸を簡単に結合または吸着させることができる。特に好適に使用される有機酸としてマレイン酸(例えば無水マレイン酸)が挙げられる。また、使用されるフッ化ビニリデン系重合体の典型例としてポリフッ化ビニリデン(PVDF)が挙げられる。
【0011】
また、本発明により、正極集電体と、該集電体上に積層された正極活物質層とを備えるリチウム二電池用正極が提供される。本発明に係るリチウム二次電池用の正極は、前記正極活物質層には、正極活物質と、フッ化ビニリデン系重合体からなる結着材と、導電材とが含まれており、前記正極活物質は、その表面に有機酸を有している。そして、前記正極活物質層において、正極活物質が均一に分散している。
本発明によって提供されるリチウム二次電池用の正極は、正極活物質層において、表面に有機酸を結合している正極活物質が均一に分散しているので、バインダーがフッ化ビニリデン系重合体からなる場合であってもバインダーの偏析が抑制されており、これにより正極活物質層での集電性、反応性が向上されている。従って、本発明によれば、サイクル特性に優れたリチウム二次電池用の正極を提供することができる。かかる効果を奏するのに特に好適な有機酸としてマレイン酸(例えば無水マレイン酸)が挙げられる。また、使用されるフッ化ビニリデン系重合体の典型例としてポリフッ化ビニリデン(PVDF)が挙げられる。
【0012】
また、本発明によると、ここで開示されるいずれかの方法により製造されたリチウム二次電池用の正極またはいずれかのリチウム二次電池用の正極を備えるリチウム二次電池(典型的にはリチウムイオン電池)が提供される。さらに、そのような構成のリチウム二次電池を備える車両が提供される。本発明によって提供されるリチウム二次電池用の正極は、車両に搭載されるリチウム二次電池として適した品質(例えば、正極活物質の分散性と集電性の向上によるサイクル特性の向上)を示すものであり得る。従って、かかるリチウム二次電池は、ハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車のような電動機を備える自動車等の車両に搭載されるモーター(電動機)用の電源として好適に使用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】一実施形態に係るリチウム二次電池の外形を模式的に示す斜視図である。
【図2】図1中のII−II線に沿う縦断面図である。
【図3】一実施形態に係る正極活物質の表面に有機酸が結合している状態(有機酸基の結合)を模式的に示す図である。
【図4】実施例に係る正極活物質層のSEM(電子顕微鏡)写真である。
【図5】比較例に係る正極活物質層のSEM(電子顕微鏡)写真である。
【図6】温度と重量減少との関係を示すグラフである。
【図7】ペースト粘度を示すグラフである。
【図8】サイクル数と容量維持率との関係を示すグラフである。
【図9】直流抵抗比と反応抵抗比とを示すグラフである。
【図10】本発明に係る電池を備えた車両(自動車)を模式的に示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な一実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事項であって本発明の実施に必要な事項は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
なお、各図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。また、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付し、重複する説明は省略または簡略化する。
【0015】
本発明によって提供されるリチウム二次電池用の正極は、正極活物質の表面に有機酸(有機酸基)を備えていること(結合または吸着)によって特徴付けられる。以下、上記正極を用いて構築される角型形状のリチウムイオン電池を例にして、ここに開示される正極および該正極の製造方法を詳細に説明するが、本発明をかかる実施形態に限定することを意図したものではない。
【0016】
図1は、一実施形態に係る角型形状のリチウムイオン電池10を模式的に示す斜視図である。図2は、図1中のII−II線に沿う縦断面図である。
図1及び図2に示されるように、本実施形態に係るリチウムイオン電池10は、直方体形状の角型の電池ケース15と、該ケース15の開口部17を塞ぐ蓋体19とを備える。この開口部17より電池ケース15内部に扁平形状の電極体(捲回電極体20)及び電解質を収容することができる。また、蓋体19には、外部接続用の正極端子25と負極端子30とが設けられており、該端子25,30の一部は蓋体19の表面側に突出している。
【0017】
図2に示されるように、本実施形態では該ケース15内に捲回電極体20が収容されている。電極体20は、長尺シート状の正極集電体32の表面に正極活物質層34が形成された正極シート36と、長尺シート状の負極集電体42の表面に負極活物質層44が形成された負極シート46と、長尺シート状のセパレータ50とからなる。そして、正極シート36及び負極シート46を2枚のセパレータ50と共に重ね合わせて捲回し、得られた捲回電極体20を側面方向から押しつぶして拉げさせることによって扁平形状に形成されている。
【0018】
また、捲回される正極シート36において、その長手方向に沿う一方の端部には正極活物質層34が形成されずに正極集電体32が露出しており、一方、捲回される負極シート46においても、その長手方向に沿う一方の端部は負極活物質層44が形成されずに負極集電体42が露出している。そして、正極集電体32の該露出端部に正極端子25が、負極集電体42の該露出端部には負極端子30がそれぞれ接合され、上記扁平形状に形成された捲回電極体20の正極シート36または負極シート46と電気的に接続されている。正負極端子25,30と正負極集電体32,42とは、例えば超音波溶接、抵抗溶接等によりそれぞれ接合され得る。
【0019】
以下、本実施形態に係るリチウムイオン電池10の正極の各構成要素について説明する。ここで開示されるリチウムイオン電池用の正極(典型的には正極シート36)は、正極集電体32の表面に正極活物質層34が形成された構成を備える。
上記正極集電体32としては、導電性の良好な金属からなる導電性部材が好ましく用いられる。例えば、アルミニウムまたはアルミニウムを主成分とする合金を用いることができる。正極集電体32の形状は、リチウムイオン電池の形状等に応じて異なり得るため、特に制限はなく、棒状、板状、シート状、箔状、メッシュ状等の種々の形態であり得る。本実施形態ではシート状のアルミニウム製の正極集電体32が用いられている。
【0020】
次に、上記正極集電体32の表面に形成された正極活物質層34を構成する材料について説明する。
上記正極集電体32の表面には、有機溶剤に対して可溶性である少なくとも一種の結着材と、導電材と、有機酸が表面に結合されている正極活物質とを有機溶剤に分散させて成る非水性ペースト(本実施形態においては正極活物質層形成用ペースト)が用いられて形成された正極活物質層34を有している。
【0021】
ここで開示されるリチウムイオン電池10の正極に用いられる正極活物質層34に含まれる正極活物質としては、リチウムを吸蔵および放出可能な粒状の活物質材料が用いられる。この種のリチウムイオン電池の正極活物質として知られている層状構造の酸化物系正極活物質や、スピネル構造の酸化物系正極活物質等を好ましく用いることができる。例えば、リチウムニッケル系複合酸化物、リチウムコバルト系複合酸化物、リチウムマンガン系複合酸化物等のリチウム遷移金属複合酸化物が挙げられる。
ここで、リチウムニッケル系複合酸化物とは、リチウム(Li)とニッケル(Ni)とを構成金属元素とする酸化物のほか、リチウムおよびニッケル以外に他の少なくとも一種の金属元素(すなわち、LiとNi以外の遷移金属元素および/または典型金属元素)を典型的にはニッケルよりも少ない割合(原子数換算。LiおよびNi以外の金属元素を二種以上含む場合にはそれらの合計量としてNiよりも少ない割合)で構成金属元素として含む酸化物をも包含する意味である。上記LiおよびNi以外の金属元素は、例えば、コバルト(Co),アルミニウム(Al),マンガン(Mn),クロム(Cr),鉄(Fe),バナジウム(V),マグネシウム(Mg),チタン(Ti),ジルコニウム(Zr),ニオブ(Nb),モリブデン(Mo),タングステン(W),銅(Cu),亜鉛(Zn),ガリウム(Ga),インジウム(In),スズ(Sn),ランタン(La)およびセリウム(Ce)からなる群から選択される一種または二種以上の金属元素であり得る。リチウムコバルト系複合酸化物およびリチウムマンガン系複合酸化物についても同様の意味である。なお、一般式がLiMPO(MはCo、Ni、Mn、Feのうちの少なくとも一種以上の元素;例えばLiFePO、LiMnPO)で表記されるオリビン型のリン酸化合物を上記正極活物質として用いてもよい。
【0022】
このような正極活物質を構成する化合物は、例えば、従来公知の方法で調製し、提供することができる。例えば、原子組成に応じて適宜選択されるいくつかの原料化合物を所定のモル比で混合し、適当な手段で焼成することによって該酸化物を調製することができる。また、焼成物を適当な手段で粉砕、造粒および分級することにより、所望する平均粒径および/または粒径分布を有する二次粒子によって実質的に構成された粒状の正極活物質粉末を得ることができる。なお、正極活物質(リチウム遷移金属酸化物粉末等)の調製方法自体は本発明を何ら特徴付けるものではない。
【0023】
また、本実施形態に係る正極活物質の表面に結合(吸着)される有機酸としては、有機酸であれば特に制限はなく、例えば、マレイン酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、フタル酸、フマル酸、アクリル酸、クエン酸、シュウ酸、乳酸、ピルビン酸、マロン酸、安息香酸、サリチル酸等のカルボキシル基を有するカルボン酸、または低級アルカンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、トルエンスルホン酸等のスルホ基を有する有機スルホン酸が挙げられる。使用する有機酸としては無水有機酸、例えば無水マレイン酸、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水コハク酸、無水フタル酸等の無水カルボン酸が好適に用いられ得る。特に好ましく用いられる有機酸は、無水マレイン酸である。なお、このような有機酸は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせてもよい。
【0024】
また、本実施形態に係る正極活物質層34に含まれる導電材としては、従来この種の二次電池で用いられているものであればよく、特定の導電材に限定されない。例えばカーボン粉末やカーボンファイバー等のカーボン材料を用いることができる。カーボン粉末としては、種々のカーボンブラック(例えば、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ケッチェンブラック)、グラファイト粉末、等のカーボン粉末を用いることができる。これらのうち一種又は二種以上を併用して用いてもよい。
【0025】
さらに、本実施形態に係る正極活物質層34に含まれる結着材(バインダー)としては、フッ化ビニリデンを構成モノマー成分とする重合体、即ちフッ化ビニリデン系重合体(1種類のモノマーから成るホモポリマーであってもよく、2種類以上のモノマーから成るコポリマー(共重合体)であってもよい。)であればよく、特定の結着材に限定されない。この種のバインダーとしては、例えば、フッ化ビニリデン系重合体としては、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)が挙げられ、フッ化ビニリデン系共重合体としては、フッ化ビニリデン‐ヘキサフルオロプロピレン共重合体、フッ化ビニリデン‐テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン‐カルボン酸共重合体、フッ化ビニリデン‐ヘキサフルオロプロピレン‐カルボン酸共重合体等が挙げられる。特に好ましく用いられる結着材は、ポリフッ化ビニリデンである。なお、このような結着材は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0026】
なお、上記非水性ペーストに含まれる結着材を溶解するための溶媒としては、有機溶剤を好適に用いることができる。例えば、N‐メチル‐2‐ピロリドン(NMP)、メチルエチルケトン等が例示される。特に好ましい非水性ペーストに係る溶媒は、NMPである。
【0027】
以下、本実施形態に係るリチウムイオン電池10の正極(典型的には正極シート36)の製造方法について説明する。図3は、一実施形態に係る正極活物質38の表面に有機酸(有機酸基)39が結合(吸着)している状態を模式的に示す図である。
ここで開示される方法は、正極集電体32の表面に正極活物質層34を形成することにより作製し得る。図3に示すように、正極活物質層34の形成にあっては、まず、正極活物質38(例えばニッケル酸リチウム)の表面に有機酸39(例えば無水マレイン酸)を結合(吸着)させる。正極活物質38の表面に有機酸39を結合(吸着)させる方法は、乾式法および湿式法が挙げられる。乾式法としては、例えば、ビーズミル又はボールミル等を用いて正極活物質38および有機酸39にメカノケミカル処理を施す方法が挙げられる。ここで、「メカノケミカル処理」とは、被処理物(本実施形態では、正極活物質と有機酸)に圧縮力、剪断力、摩擦力等の機械的エネルギーを加えることにより、被処理物同士を物理的(機械的)に結合(複合化)させることをいう。なお、メカノケミカル処理を施すことが可能な装置であれば特に限定されない。湿式法としては、例えば、正極活物質38および有機酸39を適当な溶液に浸漬して撹拌することにより両者を吸着(複合化)させる方法が挙げられる。湿式法では、正極活物質38および有機酸39を溶液に分散させる必要があり、処理後には溶媒除去の必要があるので、製造コストの観点から乾式法が好ましい。上記方法により、正極活物質38の表面には有機酸39が結合(吸着)されることになる(即ち、有機酸基を備える正極活物質を得ることができる。)。
【0028】
そして、上記方法により得られた有機酸39が結合(吸着)した正極活物質38(以下、「有機酸処理活物質40」ともいう)、導電材(例えばグラファイト)及び有機溶剤に対して可溶性である少なくとも一種のフッ化ビニリデン系重合体からなる結着材(例えば、ポリフッ化ビニリデン)を有機溶剤(例えば、NMP)に分散させてなる正極活物質層形成用ペースト(ペーストまたはスラリー状の組成物)を調製する。調製した該ペーストを正極集電体32に塗布し、乾燥させた後、圧縮(プレス)することにより正極活物質層34が形成される。
ここで、正極集電体32に上記ペーストを塗付する方法としては、従来公知の方法と同様の技法を適宜採用することができる。例えば、スリットコーター、ダイコーター、グラビアコーター、コンマコーター等の適当な塗付装置を使用することにより、正極集電体32に該ペーストを好適に塗付することができる。また、圧縮方法としては、従来公知のロールプレス法、平板プレス法等の圧縮方法を採用することができる。かかる厚さを調整するにあたり、膜厚測定器で該厚みを測定し、プレス圧を調整して所望の厚さになるまで複数回圧縮してもよい。
【0029】
本発明により提供され得るリチウムイオン電池10は、上述した有機酸処理活物質40を有する正極活物質層34から構成されている正極を備える以外は、従来のこの種の二次電池に備えられるものと同様でよく、特に制限はない。以下、その他の構成要素について説明するが、本発明をかかる実施形態に限定することを意図したものではない。
【0030】
例えば負極シート46は、長尺状の負極集電体42(例えば銅箔)の上に負極活物質層44が形成された構成であり得る。負極活物質層44を構成するリチウムを吸蔵および放出することが可能な負極活物質としては、従来からリチウムイオン電池に用いられる物質の一種または二種以上を特に限定なく使用することができる。例えば、好適な負極活物質としてカーボン粒子が挙げられる。少なくとも一部にグラファイト構造(層状構造)を含む粒子状の炭素材料(カーボン粒子)が好ましく用いられる。いわゆる黒鉛質のもの(グラファイト)、難黒鉛化炭素質のもの(ハードカーボン)、易黒鉛化炭素質のもの(ソフトカーボン)、これらを組み合わせた構造を有するもののいずれの炭素材料も好適に使用され得る。特に黒鉛粒子は、粒径が小さく単位体積当たりの表面積が大きいことからより急速充放電(例えば高出力放電)に適した負極活物質となり得る。
【0031】
負極活物質層44には、上記負極活物質の他に、一般的なリチウムイオン電池に配合され得る一種または二種以上の材料を必要に応じて含有させることができる。そのような材料として、上述の正極活物質層34の構成材料として列挙したような結着材として機能し得る各種の材料を同様に使用し得る。
かかる負極活物質層44は、負極活物質と結着材等とを適当な溶媒(水、有機溶媒およびこれらの混合溶媒)に添加し、分散または溶解させて調製した負極活物質層形成用ペースト(ペーストまたはスラリー状の組成物)を負極集電体42に塗付し、溶媒を乾燥させて圧縮することにより好ましく作製され得る。
【0032】
また、正負極シート間に使用される好適なシート状セパレータ50としては多孔質ポリオレフィン系樹脂で構成されたものが挙げられる。なお、電解質として固体電解質若しくはゲル状電解質を使用する場合には、一般的な樹脂製のセパレータシートが不要な場合(即ちこの場合には電解質自体がセパレータとして機能し得る)があり得る。
【0033】
電池ケース15内に捲回電極体20と共に収容される電解質としては、従来からリチウムイオン電池に用いられる非水電解液と同様のものを特に限定なく使用することができる。例えば、LiPF等のリチウム塩を挙げることができる。適当量(例えば濃度1M)のLiPF等のリチウム塩をジエチルカーボネートとエチレンカーボネートとの混合溶媒(例えば質量比1:1)のような非水電解液に溶解して電解液として使用することができる。
【0034】
上記作製した正極シート36及び負極シート46を2枚のセパレータ50,50と共に積重ね合わせて捲回し、得られた捲回電極体20を電池ケース15内に収容するとともに、上記電解液を注入して封止することによって本実施形態のリチウムイオン電池10を構築することができる。
なお、電池ケース15の構造、大きさ、材料(例えば金属製またはラミネートフィルム製であり得る)、および正負極を主構成要素とする電極体の構造(例えば捲回構造や積層構造)等について特に制限はない。
【0035】
上記リチウムイオン電池用の正極を用いてリチウムイオン電池を構築することにより、品質安定性(サイクル特性)に優れたリチウムイオン電池を構築できることを確認するため、実施例として以下の試験を行った。なお、本発明をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0036】
[実施例に係るリチウムイオン電池の構築]
本実施例では、以下のようにしてリチウムイオン電池(ラミネートセル)を構築した。まず、実施例に係るリチウムイオン電池の正極を作製した。すなわち、正極における正極活物質層を形成するにあたり、正極活物質となる金属酸化物として、Liと遷移金属としてNiとCoとMnとを含む複合金属酸化物(典型的にはLi(Ni1−y−zCoMn)Oと表される化合物。ここでxは1でなくてもよい。典型的には0.8≦x≦2、0<y+z<1。以下、該金属酸化物を「Li(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O」と記す。)を使用した。Li(Ni1/3Co1/3Mn1/3)Oと、有機酸としての無水マレイン酸〔C〕と、導電材としてのカーボンブラックと、結着材としてのポリフッ化ビニリデン(PVDF)とを、これら材料の重量比が100:1:3:2となるように秤量した。このうち正極活物質と無水マレイン酸とを卓上ボールミル機に投入し、100rpmで24時間乾式粉砕して、粉砕過程におけるメカノケミカル処理によりLi(Ni1/3Co1/3Mn1/3)Oの表面に無水マレイン酸を結合させた有機酸処理活物質を得た。
【0037】
そして、上記処理により得られた有機酸処理活物質と、上記カーボンブラックと、上記ポリフッ化ビニリデンとをNMPに分散させて正極活物質層形成用ペースト(ペースト状組成物)を調整した。該ペーストをアルミニウム箔から構成される正極集電体に塗布して溶媒を揮発させた後、ローラプレス機によりシート状に引き伸ばした。そして、厚さ100μm、50cm×50cmの正方形に打ち抜き、正極集電体の表面に正極活物質層を備えた(正極活物質が層状に設けられた)実施例に係る正極を作製した。
次に、実施例に係リチウムイオン電池の対極を作製した。すなわち、銅箔から構成される対極集電体に、対極の活物質としてのグラファイト粒子と、結着材としてのポリフッ化ビニリデンとを、これら材料の重量比が98:2となるように塗布し、乾燥させた後、上記正極と同一形状となるように実施例に係る対極を作製した。
【0038】
上記正極と対極とをポリプロピレン製の多孔質セパレータを挟んで対向配置させ(積層させ)、これを電解液とともにラミネート型のケース(ラミネートフィルム)に収容することにより本実施例に係るリチウムイオン電池を作製した。電解液としては、プロピレンカーボネートとジエチルカーボネートとの1:1(体積比)混合溶媒に支持塩として1mol/LのLiPFを溶解させた組成のものを用いた。
【0039】
[比較例に係るリチウムイオン電池の構築]
本比較例では、以下のようにしてリチウムイオン電池(ラミネートセル)を構築した。まず、比較例に係るリチウムイオン電池の正極を作製した。すなわち、正極における正極活物質層を形成するにあたり、正極活物質としてのLi(Ni1/3Co1/3Mn1/3)Oと、有機酸としての無水マレイン酸と、導電材としてのカーボンブラックと、結着材としてのポリフッ化ビニリデン(PVDF)とを、これら材料の重量比が100:1:3:2となるように秤量し、有機酸処理(正極活物質の表面に有機酸を結合させること)を行うことなく、これら材料をNMPに分散させて正極活物質層形成用ペースト(ペースト状組成物)を調整した。そして、上記実施例と同様の手順で、比較例に係る正極を作製した。
本比較例では、上記作成した正極を使用する以外は、実施例と同様の対極を用いて実施例と同様の手順で、本比較例に係るリチウムイオン電池を構築した。
【0040】
上記実施例および比較例で得られた正極活物質層のSEM(電子顕微鏡)写真を以下の図4および図5のそれぞれに示す。図4および図5から明らかなように、実施例に係る正極活物質層では結着材の偏析は見られない(均一に分散している)が、比較例に係る正極活物質層では結着材の偏析が確認される(図5のSEM写真の黒い部分)。
【0041】
上記実施例に係る有機酸処理活物質において、正極活物質に有機酸が結合していることを確認するため以下の試験を行った。
[有機酸処理量評価試験]
実施例に係る有機酸処理活物質および比較例に係る正極活物質をTG測定で温度を昇温させていき、その重量変化を測定した。かかる試験の条件は、実施例に係る有機酸処理活物質10mgと、比較例に係る正極活物質10mgとを、それぞれ昇温速度5℃/分にて25℃から500℃まで大気中で昇温し、質量測定を行った。その結果を図6に示す。なお、図6中の横軸は温度(℃)を表し、縦軸は重量の減少(%)を表す。
図6に示すように、実施例および比較例のいずれも150℃付近までは、顕著な差は現れていない。しかしながら、180℃から250℃付近(図6の点線で囲った部分)では、重量の減少に大きな差が生じている(1.0%程度の差が生じている)ことが確認でき、重量減少の差は温度が高くなるにつれて大きくなっている。これは、正極活物質の表面に結合している有機酸が分解されていることを示す。
【0042】
上記調整した実施例および比較例に係る正極活物質層形成用ペーストに対して以下の試験を行った。
[ペースト粘度試験]
実施例および比較例に係る正極活物質層形成用ペーストに対して、B型粘度計を用いて各ペースト粘度を測定した。かかる粘度試験の条件は、室温(18℃から22℃程度)で、回転速度20rpmで測定を行った。その結果を図7に示す。なお、図7中の縦軸はペースト粘度(1000Pa・s)を表す。
図7に示すように、粘度試験の結果によると、有機酸が均一に分散されている実施例のペーストは、有機酸を単に加えただけで均一に分散していない比較例のペーストに比べて大きく粘度が低下していることが確認された。
【0043】
上記構築した実施例および比較例に係るリチウムイオン電池(ラミネートセル)に対して、以下の各種測定試験を行った。
[充放電サイクル試験]
実施例および比較例に係るリチウムイオン電池に対して、充放電を2000サイクル繰り返し、各充放電サイクル特性を評価した。かかる充放電サイクル試験は次のようにして行った。充電条件は、測定温度25℃で、電流0.2C、上限電圧4.1Vの定電流‐定電圧方式(CC/CV方式)とし、放電条件は、測定温度25℃で、電流2C、下限電圧3.0Vの定電流方式とした。その結果を図8に示す。なお、図8中の横軸はサイクル数を表し、縦軸は初期容量に対する容量維持率(%)を表す。
図8に示すように、充放電サイクル試験の結果によると、実施例および比較例のいずれも500サイクル程度では、顕著な差はなかった。しかし、1500サイクルを超えて2000サイクル程度になると、比較例の容量維持率の低下が大きくなっていることが確認された。
【0044】
[インピーダンス試験]
実施例および比較例に係るリチウムイオン電池(ラミネートセル)に対して、測定周波数をスイープしてインピーダンス測定を行い、得られたインピーダンスのCole−Coleプロット(図示しない)から直流抵抗および反応抵抗を算出し、各抵抗比を評価した。その結果を図9に示す。なお、図9中の縦軸は比較例を基準としたときの実施例の反応抵抗比および直流抵抗比を表す。
図9に示すように、インピーダンス試験の結果によると、比較例の直流抵抗および反応抵抗の測定値を基準としたときのそれぞれの抵抗比を比較すると、実施例の直流抵抗比および反応抵抗比は、比較例の直流抵抗比および反応抵抗比よりもいずれも低い値であることが確認できた。
以上の測定結果をまとめると、実施例に係るリチウムイオン電池は、ペーストの粘度の上昇が抑制されていることが示された。そして、サイクル特性に優れていることが示された。また、内部抵抗の上昇が抑制されていることが示された。
【0045】
本発明に係るリチウム二次電池(例えばリチウムイオン電池)は、上記のとおり品質安定性に優れ、より良好な電池性能を示すことから、特に自動車等の車両に搭載されるモーター(電動機)用電源として好適に使用し得る。したがって本発明は、図10に模式的に示すように、かかるリチウムイオン電池10(典型的には当該電池10を複数個直列接続してなる組電池)を電源として備える車両(典型的には自動車、特にハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車のような電動機を備える自動車)100を提供する。
【0046】
以上、本発明を好適な実施形態により説明してきたが、こうした記述は限定事項ではなく、勿論、種々の改変が可能である。例えば、本発明は、上述した角型またはラミネート型の電池に限られず、種々の形状のリチウムイオン電池に適用することができる。また、該電池の大きさおよびその他の構成についても、用途(典型的には車載用)によって適切に変更することができる。
【符号の説明】
【0047】
10 リチウムイオン電池
15 電池ケース
17 開口部
19 蓋体
20 捲回電極体
25 正極端子
30 負極端子
32 正極集電体
34 正極活物質層
36 正極シート
38 正極活物質
39 有機酸
40 有機酸処理活物質
42 負極集電体
44 負極活物質層
46 負極シート
50 セパレータ
100 車両

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極活物質を含む正極活物質層が正極集電体に保持された構成のリチウム二次電池用の正極を製造する方法であって、
前記正極活物質の表面に有機酸を付与する工程と、
前記有機酸を付与した正極活物質と、フッ化ビニリデン系重合体からなる結着材と、導電材とを所定の溶媒に分散させてなる正極活物質層形成用ペーストを調製する工程と、
前記調製した正極活物質層形成用ペーストを前記正極集電体の表面に塗布して前記正極活物質層を形成する工程と、
を包含することを特徴とするリチウム二次電池用の正極の製造方法。
【請求項2】
前記有機酸付与工程において、乾式法または湿式法により有機酸を正極活物質の表面に付与することを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記有機酸として、マレイン酸を用いることを特徴とする請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記フッ化ビニリデン系重合体として、ポリフッ化ビニリデンを用いることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
正極集電体と、該集電体上に積層された正極活物質層とを備えるリチウム二電池用正極であって、
前記正極活物質層には、正極活物質と、フッ化ビニリデン系重合体からなる結着材と、導電材とが含まれており、
前記正極活物質は、その表面に有機酸を有しており、
前記正極活物質層において、正極活物質が均一に分散していることを特徴とするリチウム二次電池用の正極。
【請求項6】
前記有機酸は、マレイン酸であることを特徴とする請求項5に記載の二次電池用の正極。
【請求項7】
前記フッ化ビニリデン系重合体は、ポリフッ化ビニリデンであることを特徴とする請求項5又は6に記載の二次電池用の正極。
【請求項8】
請求項1から4のいずれかに記載の製造方法により得られた二次電池用正極または請求項5から7のいずれかに記載の二次電池用の正極を備えるリチウム二次電池。
【請求項9】
請求項8に記載のリチウム二次電池を備える車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−28898(P2011−28898A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−171185(P2009−171185)
【出願日】平成21年7月22日(2009.7.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】