説明

リチウム二次電池

【課題】、低SOC領域における出力に優れ、かつ充放電サイクルによる劣化が抑制されたリチウム二次電池を提供する。
【解決手段】リチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなす正極活物質を有する正極と、負極と、を備えるリチウム二次電池が提供される。上記正極活物質は、Ni、CoおよびMnの少なくとも一種を含み、それらの総量を100モル%としてm(モル%)のW、mCa(モル%)のCaおよびmMg(モル%)のMgを含む。上記Wは上記一次粒子の表面に偏って存在している。m、mMg、mCaの関係は、2≦(m/mCa)≦50、(m+mCa)≧0.26、および(mMg/mCa)≧1.5を満たす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム遷移金属酸化物を正極活物質に用いたリチウム二次電池および該電池用の正極活物質に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウム二次電池は、車両搭載用電源あるいはパソコンや携帯端末等の電源として、その重要性がますます高まっている。特に、軽量で高エネルギー密度が得られるリチウムイオン二次電池は、車両搭載用高出力電源として好適なものとして期待されている。リチウム二次電池に用いられる正極活物質の代表例として、リチウム(Li)と少なくとも一種の遷移金属元素とを含む複合酸化物(以下、リチウム遷移金属酸化物ともいう。)が挙げられる。リチウム二次電池に関する技術文献として特許文献1が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−310181号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
リチウム二次電池を広いSOC(充電状態;State of charge)幅で使用すると、該電池の単位体積または単位質量から取り出して有効に利用し得るエネルギー量はより多くなり得る。このことは、例えば、高出力および高エネルギー密度が求められる車両搭載用電池(例えば車両駆動電源)において特に有意義である。しかしながら、一般にリチウム二次電池はSOCが低くなると出力(例えば低温における出力)が小さくなるため、単純にSOC幅を広くするだけでは該SOC幅の全体に亘って確保し得る出力値が小さくなってしまう。また、より広いSOC幅で電池を使用すると、充放電サイクルによる劣化(例えば容量の低下)が大きくなる傾向にある。特に、車両駆動電源において要求されるような高温かつ大電流での充放電サイクルでは電池が劣化しやすかった。
【0005】
本発明の一つの目的は、低SOC領域における出力に優れ、かつ充放電サイクルによる劣化が抑制されたリチウム二次電池を提供することである。関連する他の目的は、かかるリチウム二次電池用の正極活物質を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によると、正極と負極とを備えたリチウム二次電池が提供される。前記正極は、正極活物質を有する。その正極活物質は、層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態を呈する。前記正極活物質は、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)およびマンガン(Mn)のうち少なくとも一種を含む。該正極活物質は、さらにタングステン(W)、カルシウム(Ca)およびマグネシウム(Mg)を含む。前記正極活物質に含まれるWは、前記一次粒子の表面(粒界としても把握され得る。)に偏って存在している。前記正極活物質は、該正極活物質に含まれるNi、CoおよびMnの総量を100モル%として、該正極活物質に含まれるWのモル数m(モル%)、Caのモル数mCa(モル%)、およびMgのモル数mMg(モル%)の関係が以下の式を満たす。
2≦(m/mCa)≦50
(m+mCa)≧0.26
(mMg/mCa)≧1.5
かかる正極活物質を備えるリチウム二次電池は、低SOCにおける出力の向上(換言すれば、所望の出力が得られるSOC幅の拡大)と、充放電サイクル(特に、高温での充放電サイクル)に対する耐久性の向上とを同時に実現するものとなり得る。したがって、当該リチウム二次電池をより広いSOC幅で適切に使用することができる。
【0007】
なお、本明細書において「リチウム二次電池」とは、電解質イオンとしてリチウムイオンを利用し、正負極間におけるリチウムイオンに伴う電荷の移動により充放電が実現される二次電池をいう。一般にリチウムイオン二次電池と称される電池は、本明細書におけるリチウム二次電池に包含される典型例である。また、本明細書において「活物質」とは、二次電池において電荷担体となる化学種(すなわち、ここではリチウムイオン)を可逆的に吸蔵および放出(典型的には挿入および脱離)可能な物質をいう。また、本明細書において「SOC」とは、特記しない場合、当該電池が通常使用される電圧範囲を基準とする、該電池の充電状態をいうものとする。例えば、層状構造のリチウム遷移金属酸化物を備えたリチウムイオン二次電池では、端子間電圧4.1V(上限電圧)〜3.0V(下限電圧)の条件で測定される定格容量(典型的には、後述する評価試験用電池の定格容量測定と同様の条件で特定される定格容量)を基準とする充電状態をいうものとする。
【0008】
好ましい一態様では、前記正極活物質に含まれるCaが、前記一次粒子の表面に偏って存在している。このようにWおよびCaのいずれもが一次粒子の表面に偏って存在(分布)する態様によると、WとCaとの相互作用によって粒界強度を効果的に向上させることができるので、充放電サイクルによる劣化をよりよく抑制することができる。
【0009】
好ましい他の一態様では、前記正極活物質に含まれるMgが、前記一次粒子の内部全体に存在している。かかる態様によると、正極活物質の一次粒子の表面に偏って存在するWと、該一次粒子の内部全体に存在するMgとの相乗効果により、充放電サイクルによる劣化抑制に加えて、より低SOC領域における出力に優れた電池が実現され得る。
【0010】
正極活物質に含まれるWのモル数m(モル%)は、該正極活物質に含まれるNi、CoおよびMnの総量を100モル%として、0.05≦m≦1.0であることが好ましい。このことによって、低SOC領域における出力向上と充放電サイクルによる劣化の抑制とを、より高度なレベルで両立させることができる。
【0011】
好ましい一態様では、前記正極活物質に含まれるWおよびCaがリチウム遷移金属酸化物と化合物化している。かかる態様によると、上記WおよびCaを利用して粒界強度をより効果的に向上させることができるので、充放電サイクルによる劣化をよりよく抑制することができる。WおよびCaのいずれもが一次粒子の表面に偏って存在する態様によると、WおよびCaの化合物化による上記の効果が特によく発揮され得る。
【0012】
ここに開示される技術の好ましい一態様では、前記リチウム遷移金属酸化物が、その構成金属元素として少なくともNiを含有する酸化物である。例えば、Ni、CoおよびMnの全てを構成金属元素として含むリチウム遷移金属酸化物(以下、「LiNiCoMn酸化物」ともいう。)が好ましい。かかる組成の正極活物質によると、より高性能のリチウム二次電池が実現され得る。
【0013】
本発明によると、また、リチウム二次電池用の正極活物質であって、層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなし、Ni、CoおよびMnのうち少なくとも一種を含み、さらにW、CaおよびMgを含む正極活物質を製造する方法が提供される。その方法は、前記Ni、CoおよびMnの少なくとも一種とMgとCaとを含む水溶液(典型的には酸性の水溶液)Aqを準備することを含む。また、Wを含む水溶液Aqを準備することを含む。そして、前記水溶液Aqと前記水溶液Aqとをアルカリ性条件下で混合して、前記Ni、CoおよびMnの少なくとも一種と、Mgと、Caと、Wと、を含む水酸化物を析出させることを含む。この方法は、典型的には、さらに前記水酸化物とリチウム化合物とを混合することを含む。また、前記混合物を焼成して前記リチウム遷移金属酸化物を生成させることを含み得る。
【0014】
このように、ここに開示される正極活物質製造方法では、Ni、CoおよびMnのうち少なくとも一種とMgとCaとを含む水溶液Aqと、Wを含む水溶液Aqとを、別々の水溶液として準備し、かつ、水溶液Aqと水溶液Aqとをアルカリ性条件下(すなわち、pHが7を超える条件下)で混合して、Ni、CoおよびMnの少なくとも一種とMgとCaとWとを含む水酸化物(以下、「前駆体水酸化物」ともいう。)を析出させる。そして、この前駆体水酸化物をリチウム化合物(Li源)と混合して焼成する。かかる方法は、リチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなし、該一次粒子の表面に偏ってWが存在する正極活物質を製造する方法として好適である。したがって、上記方法は、ここに開示されるいずれかの正極活物質の製造、該正極活物質を備えたリチウム二次電池用正極の製造、該正極活物質を備えたリチウム二次電池の製造等に、好ましく適用され得る。
【0015】
前記前駆体水酸化物の析出は、pHを11〜14(例えばpH11.5〜12.5、典型的にはpH12前後)に維持しつつ行うことが好ましい。かかる前駆体水酸化物を用いて得られた正極活物質によると、より高性能な(例えば、低SOC領域における出力および充放電サイクルに対する耐久性の少なくとも一方により優れた)リチウム二次電池が実現され得る。なお、本明細書中におけるpH値は、特記しない場合、液温25℃を基準とするpH値をいうものとする。
【0016】
前記アルカリ性条件下での混合を実施するにあたっては、前記水溶液Aq、前記水溶液Aqとは別に、アルカリ性水溶液を用意し、該アルカリ性水溶液を用いて前記アルカリ性条件を維持(例えば、pHを11〜14に維持)するとよい。前記アルカリ性水溶液としては、少なくともアンモニアを含む水溶液を好ましく使用することができる。ここに開示される技術の好ましい一態様として、上記アルカリ性水溶液としてアンモニア水と水酸化ナトリウム水溶液との混合溶液を使用する態様が挙げられる。好ましい他の一態様として、二種類以上のアルカリ性水溶液(例えば、アンモニア水と水酸化ナトリウム水溶液)を別々に使用する(例えば、各アルカリ性水溶液をそれぞれ独立して反応槽に供給する)態様が挙げられる。これらの態様を組み合わせてもよい。
【0017】
本発明によると、ここに開示されるいずれかの方法により製造された正極活物質が提供される。また、本発明によると、ここに開示される正極活物質(ここに開示されるいずれかの方法により製造された正極活物質であり得る。)を備えたリチウム二次電池用正極が提供される。さらに、かかる正極を備えるリチウム二次電池が提供される。
【0018】
上述のように、ここに開示されるリチウム二次電池(典型的には、リチウムイオン二次電池)は、低SOC領域においても良好な出力が得られ、しかも充放電サイクルに対する耐久性に優れるので、より広いSOC範囲において、動力源等として好適に利用することができる。したがって、本発明の他の側面として、例えば図13に示すように、ここに開示されるいずれかのリチウム二次電池100(複数個の電池が典型的には直列に接続された組電池の形態であり得る。)を備えた車両1が提供される。特に、かかるリチウム二次電池を動力源(典型的には、ハイブリッド車両または電気車両の動力源)として備える車両(例えば自動車)が好ましい。また、本発明によると、車両駆動電源用のリチウム二次電池100が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】一実施形態に係る正極活物質製造方法の概略を示すフロー図である。
【図2】リチウム二次電池の一構成例を模式的に示す斜視図である。
【図3】図2のIII−III線断面図である。
【図4】一実施形態に係る正極活物質のTEM像である。
【図5】図4に示す正極活物質におけるWの分布を示す像である。
【図6】図4に示す正極活物質におけるCaの分布を示す像である。
【図7】図4に示す正極活物質におけるMgの分布を示す像である。
【図8】サンプル1のTOF−SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析)正スペクトルの一部分である。
【図9】サンプル1のTOF−SIMS正スペクトルの一部分である。
【図10】サンプル1のTOF−SIMS正スペクトルの一部分である。
【図11】サンプル1のTOF−SIMS負スペクトルの一部分である。
【図12】サンプル1のTOF−SIMS負スペクトルの一部分である。
【図13】リチウム二次電池を搭載した車両(自動車)を模式的に示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。また、以下の図面において、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付して説明し、重複する説明は省略または簡略化することがある。
【0021】
≪正極活物質≫
ここに開示される技術における正極活物質は、リチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなす。上記リチウム遷移金属酸化物は、典型的には層状(典型的には岩塩型)の結晶構造を有するリチウム酸化物であって、Ni、CoおよびMnのうち少なくとも一種を含む。ここに開示される技術は、かかる正極活物質を備えたリチウム二次電池用正極、および、該正極を構成要素とする種々のリチウム二次電池(典型的にはリチウムイオン二次電池)に適用され得る。
【0022】
上記正極活物質におけるNi、CoおよびMnの合計含有量は、該正極活物質に含まれるリチウム以外の金属元素の総量を100モル%として、そのうち例えば85モル%以上(好ましくは90モル%以上、典型的には95モル%以上)であり得る。少なくともNiを含む正極活物質が好ましく、例えば、該正極活物質に含まれるリチウム以外の金属元素の総量を100モル%として、Niを10モル%以上(より好ましくは25モル%以上)含有する正極活物質が好ましい。
【0023】
ここに開示される技術におけるリチウム遷移金属酸化物の一好適例として、少なくともLi、Ni、CoおよびMnを含むリチウム酸化物(すなわち、LiNiCoMn酸化物)が挙げられる。例えば、Ni、CoおよびMnの合計量(原子数基準)を1として、Ni、CoおよびMnの量がいずれも0を超えて0.7以下(例えば、0.1を超えて0.6以下、典型的には0.3を超えて0.5以下)であるLiNiCoMn酸化物を好ましく採用し得る。Ni、Co、Mnのうちの第一元素(原子数基準で最も多く含まれる元素)は、Ni、CoおよびMnのいずれであってもよい。好ましい一態様では、上記第一元素がNiである。好ましい他の一態様では、Ni、CoおよびMnの量(原子数基準)が概ね同程度である。かかる三元系のリチウム遷移金属酸化物は、正極活物質として優れた熱安定性を示すので好ましい。
【0024】
≪Wの分布≫
上記正極活物質は、Ni、CoおよびMnのうち少なくとも一種を含有するほか、さらにW、MgおよびCaを含有する。ここに開示される技術の一つの特徴は、上記正極活物質において、Wが一次粒子の表面に偏って存在する点にある。このことによって、低SOC領域における出力(特に低温出力)を効果的に向上させ、かつ充放電サイクルに対する耐久性に優れたリチウム二次電池を実現することができる。
【0025】
ここで、Wが「一次粒子の表面に偏って存在する」とは、一次粒子の内部に比べて、一次粒子の表面(粒界)に集中してWが存在(分布)していることを意味する。したがって、Wが粒界のみに存在する(換言すれば、一次粒子の内部には全く存在しない)態様のみを意味するものではない。Wが一次粒子の表面に偏って存在していることは、例えば、活物質粒子(二次粒子)についてエネルギー分散型X線分光法(EDX;Energy Dispersive X−ray Spectroscopy)を用いてWの分布をマッピングし、そのマッピング結果においてWが粒界に集中して存在する(一次粒子の内部に比べて粒界では面積当たりのW存在量が多い)様子が認められることにより把握することができる(図5参照)。上記粒界(一次粒子の表面)の位置は、例えば、上記断面の透過型電子顕微鏡(TEM)観察により把握することができる。EDXを備えたTEMを好ましく使用し得る。
【0026】
≪Caの分布≫
ここに開示される技術において、正極活物質に含まれるCaは、Wと同様、一次粒子の表面に偏って存在(分布)することが好ましい。このことによって、より充放電サイクルに対する耐久性に優れたリチウム二次電池を実現することができる。Caが一次粒子の表面に偏って存在していることは、例えば、Wと同様にEDXを用いてCaの分布をマッピングすることにより把握することができる(図6参照)。一次粒子表面へのCaの偏りの程度は、Wと同程度であってもよく、異なってもよい。
【0027】
≪Mgの分布≫
ここに開示される技術において、正極活物質に含まれるMgは、一次粒子の内部全体に存在することが好ましい。ここで、Mgが「一次粒子の内部全体に存在する」とは、Mgが正極活物質の全体に、目立った偏りを示すことなく(好ましくは略均一に)存在(分布)していることを意味する。したがって、Wの分布とは対照的に、Mgでは一次粒子表面への偏りはみられない。Mgの分布に偏りのないことは、例えば、活物質粒子(二次粒子)をEDXにてライン分析し、粒界に対応する位置への濃縮がないことを通じて把握することができる。また、Wの場合と同様にMgの分布をマッピングし、粒界への集中が見られないことによっても把握され得る(図7参照)。好ましい一態様では、上記ライン分析の結果が、一次粒子の内部全体を通じて(例えば、活物質粒子の全体を通じて)略均一である。
【0028】
なお、上記正極活物質は、Ni、CoおよびMnの少なくとも一種を含む(典型的には、リチウム遷移金属酸化物の構成金属元素として含む)ところ、これらの元素は、一次粒子の内部全体に(好ましくは略均一に)存在していることが好ましい。
【0029】
ここに開示される技術における正極活物質において、WおよびCaの少なくとも一方(好ましくは両方)は、その少なくとも一部が、該正極活物質中のリチウム遷移金属酸化物と化合物化した状態(すなわち、リチウム遷移金属酸化物と単に混在しているのではなく、実際にリチウム化合物を形成している状態)で含まれることが好ましい。かかる化合物化により、充放電サイクルに対する耐久性をより向上させることができる。上記化合物化は、例えば、正極活物質のTOF−SIMSスペクトルを通じて確認することができる。WおよびCaが十分に化合物化している場合、典型的には、上記TOF−SIMSスペクトルにおいて、LiCaWO,LiCaW,CaWO,LiCaW等に対応するピークが認められる。その他のピークとして、例えば、LiCaOに対応するピーク等が特に顕著であることによっても上記化合物化を確認し得る。WおよびCaがいずれも粒界に偏って分布し、かつ、いずれもその少なくとも一部が遷移金属酸化物と化合物化している正極活物質が好ましい。
【0030】
上記正極活物質は、上述した金属元素(すなわち、Ni、CoおよびMnのうち少なくとも一種、Li、W、CaおよびMg)に加えて、他の一種または二種以上の金属元素を含むことができる。かかる金属元素は、例えば、Al、Cr、Fe、V、Nb、Mo、Ti、Cu、Zn、Ga、In、Sn、La、CeおよびNaから選択される一種または二種以上の元素であり得る。このような任意金属元素の各々の分布は特に限定されない。例えば、一次粒子の表面に偏って存在してもよく、一次粒子の内部全体に存在してもよい。かかる任意金属元素は、例えば、電池の反応抵抗を低下させる効果をもたらし得る。任意金属元素の含有量(二種以上を含む場合、各々の含有量)は、例えば、各任意金属元素の含有量を、Li以外の全金属元素の合計量の1モル%以下(典型的には1モル%未満)とすることができ、通常は0.1モル%以下(典型的には0.1モル%未満)とすることが好ましい。二種以上の任意金属元素を含む場合には、それらの任意金属元素の合計量を、Li以外の全金属元素の合計量の2モル%以下(典型的には2モル%未満)とすることができ、通常は0.2モル%以下(典型的には0.2モル%未満)とすることが好ましい。あるいは、Li、Ni、Co、Mn、W、Ca、Mg以外の金属元素を実質的に含有しない(かかる任意金属元素を少なくとも意図的には含ませないことをいい、該任意金属元素が非意図的又は不可避的に含まれることは許容され得る。)リチウム遷移金属酸化物であってもよい。
【0031】
上記正極活物質は、例えば、W、MgおよびCaを除く組成(該正極活物質全体の平均組成をいう。)が以下の式(I)で表される材料であり得る。
Li1+mNipCoqMnrs2 (I)
上記式(I)において、mは、0≦m≦0.2(例えば0.05≦x≦0.2)であり得る。上記式中のpは、0.1<p≦1(例えば0.3<p<0.9、好ましくは0.3<p<0.6)であり得る。qは、0≦q≦0.5(例えば0.1<q<0.4、好ましくは0.3<q<0.6)であり得る。rは、0≦r≦0.5(例えば0.1<r<0.4、好ましくは0.3<r<0.6)であり得る。ただし、p+q+r≦1(典型的には0.8≦p+q+r≦1、例えば0.9≦p+q+r≦1である。Mは、Al、Cr、Fe、V、Ti、Mo、Cu、Zn、Ga、In、Sn、La、CeおよびNaから選択される一種または二種以上であり得る。sは、0≦s≦0.05であり得る。sが実質的に0(すなわち、Mを実質的に含有しない酸化物)であってもよい。
【0032】
上記式(I)で表される組成に、所定量のW、CaおよびMgが添加された平均組成を有する正極活物質が好ましい。なお、上記式(I)は、電池構築時における正極活物質の組成(換言すれば、電池の製造に用いる正極活物質の組成)からW、CaおよびMgを除いた組成を指す。この組成は、通常、該電池の完全放電時の組成と概ね同じである。
【0033】
ここに開示される技術における正極活物質は、前記正極活物質に含まれるNi、CoおよびMnの総量を100モル%として、該正極活物質に含まれるWのモル数m(モル%)、Caのモル数mCa(モル%)、およびMgのモル数mMg(モル%)の関係が以下の式(III)〜(V)を満たすことが好ましい。
2≦(m/mCa)≦50 (III)
(m+mCa)≧0.26 (IV)
(mMg/mCa)≧1.5 (V)
【0034】
/mCaが2よりも小さすぎると、低SOCにおける出力(例えば、後述する低SOC−30℃出力のように、低温における低SOC出力)が低くなりがちである。m/mCaが50よりも大きすぎると、充放電サイクルに対する耐久性(例えば、後述する4C−CC容量維持率のように高温かつ大電流での充放電サイクルに対する耐久性)が低下しやすい。好ましい一態様では、m/mCaが2〜40(例えば2〜35)である。
【0035】
+mCaが0.26モル%を下回ると、充放電サイクルに対する耐久性(例えば容量維持率)が低下しやすくなる。特に、後述する4C−CC容量維持率のように高温かつ大電流での充放電サイクルに対する劣化が大きくなりがちである。m+mCaの上限は特に限定されないが、初期容量やコスト等の観点から、通常はm+mCaを凡そ3.0モル%以下(典型的には2.0モル%以下、例えば1.5モル%以下)とすることが適当である。例えば、0.28モル%≦(m+mCa)≦1.20モル%を満たす正極活物質が好ましい。
【0036】
Mg/mCaが1.5よりも小さすぎると、低SOCにおける出力(例えば、−30℃程度の低温における低SOC出力)が低くなりがちである。mMg/mCaの上限は特に限定されないが、m/mCaやm+mCaとの兼ね合いおよび初期容量やコスト等を考慮すると、通常はmMg/mCaを凡そ50以下(典型的には20以下、例えば10以下)とすることが適当である。
【0037】
ここに開示される技術において、正極活物質におけるWの含有量は、該正極活物質に含まれるNi、CoおよびMnの総量を100モル%として、例えば、0モル%よりも多く3モル%以下(典型的には0.01モル%以上3モル%以下)とすることができる。Wの含有量が少なすぎると、Wを含まない組成の正極活物質に対する電池性能向上効果(例えば、低SOC領域における出力を向上させる効果、反応抵抗を低減する効果等)が十分に発揮され難くなる場合があり得る。また、Wの量が多すぎる場合にも、Wを含まない組成に対する電池性能向上効果が十分に発揮され難くなったり、あるいは却って電池性能が低下したりすることがあり得る。好ましい一態様では、上記Wの含有量が0.05モル%以上2.0モル%以下(例えば0.1モル%以上1.0モル%以下)である。ここに開示される技術では、Wが、所望の機能を発揮するのに適した位置(具体的には、一次粒子の表面)に集中して存在しているので、より少量のWによっても十分な性能向上効果が発揮され得る。したがって、Wの使用に伴って生じ得る弊害(背反)がよりよく抑制され得る。また、電池材料の資源リスク低減の観点からも有利である。なお、Wの含有量は、例えば、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析法により、JIS K 0116に準拠して測定することができる。
【0038】
正極活物質におけるCaの含有量は、該正極活物質に含まれるNi、CoおよびMnの総量を100モル%として、例えば、0モル%よりも多く3モル%以下(典型的には0.005モル%以上2モル%以下)とすることができる。Caの含有量が少なすぎると、充放電サイクルに対する耐久性を向上させる効果が十分に発揮され難くなる場合があり得る。Caの量が多すぎると、初期容量が低下傾向となる場合があり得る。好ましい一態様では、上記Ca含有量が0.01モル%以上1.0モル%以下(例えば0.01モル%以上0.5モル%以下、典型的には0.01モル%以上0.25モル%以下)である。Caが粒界(一次粒子の表面)に集中して存在する態様によると、より少量のCaによっても十分な性能向上効果が発揮され得るので好ましい。なお、Caの含有量は、例えば、ICP発光分析法により測定することができる。
【0039】
正極活物質におけるMgの含有量は、該正極活物質に含まれるNi、CoおよびMnの総量を100モル%として、例えば、0モル%よりも多く3モル%以下(典型的には0.005モル%以上2モル%以下)とすることができる。Mgの含有量が少なすぎると、Mgを含まない組成の正極活物質に対する電池性能向上効果(例えば、低SOC領域における出力を向上させる効果)が十分に発揮され難くなる場合があり得る。Mgの含有量が多すぎると、初期容量が低下傾向となる場合があり得る。好ましい一態様では、上記Mg含有量が0.05モル%以上2.0モル%以下(例えば0.05モル%以上1.0モル%以下)である。なお、Mgの含有量は、例えば、ICP発光分析法により測定することができる。
【0040】
ここに開示される技術を実施するにあたり、上記構成の正極活物質の使用した電池によると低SOC領域における出力および充放電サイクルに対する耐久性が共に向上する理由を明らかにする必要はないが、例えば以下のような推察が可能である。すなわち、低SOC領域での出力を向上させる一つの手法として、該低SOC領域における正極の放電深度を浅くすることが考えられる。正極の放電深度が浅いとは、電池のSOCを基準として、所定のSOCにおいて正極活物質が受け入れ可能なLiイオンの量が多い(Liイオンを受け入れる余裕が大きい)ことを意味する。受け入れ可能なLiイオン量が多くなると、正極活物質の固体内におけるLiの移動性(拡散性)は高くなる傾向にある。したがって、低SOC領域における正極の放電深度を浅くすることにより、低SOC領域における出力(特に、Liの拡散性の影響を受けやすい低温出力)が向上し得るものと期待される。
【0041】
低SOC領域における正極の放電深度を浅くするには、正極の初回充放電効率を高める(換言すれば、不可逆容量を減らす)ことが有効である。ここに開示される正極活物質において、一次粒子の表面(粒子界面)に存在するWは、例えば、自身の価数変化によって電池の充放電に寄与することにより、初期充放電効率の向上に役立ち得る。これにより低SOC領域における出力が向上するものと考えられる。上記Wは、正極活物質の反応抵抗を低下させる効果をも発揮し得る。正極活物質に含まれるMgは、充放電による結晶構造変化を安定化することにより、初期充放電効率の向上に役立ち得る。Mgが一次粒子の内部全体に存在(典型的には、略均一に分布)している正極活物質では、上記安定化の効果がよりよく発揮され得る。このように、正極活物質のなかでWおよびMgが各々適した位置に配置されていることにより、該正極活物質を用いた電池において、低SOC領域における出力が効果的に改善されるものと考えられる。
【0042】
一次粒子の表面に存在するWは、粒界強度の向上にも役立ち得る。Wがリチウム遷移金属酸化物と化合物化している場合には、上記粒界強度の向上効果が特によく発揮され得る。粒界強度が高くなると、二次粒子(正極活物質)の強度が向上し、これにより充放電サイクルに伴う正極活物質の劣化が抑制される(例えば、充放電に伴う膨張収縮に耐えて初期の粒子構造がよりよく保たれる)ものと推察される。正極活物質に含まれるCaもまた、正極活物質の粒界強度の向上を通じて電池性能の向上に寄与し得る。Caがリチウム遷移金属酸化物と化合物化している場合には、上記粒界強度向上効果がよりよく発揮され得る。Caが一次粒子の表面に偏って存在すると、より少量のCaによって高い粒界強度向上効果が発揮され得るので好ましい。
【0043】
≪正極活物質の製造方法≫
このような正極活物質を製造する方法としては、該活物質を最終生成物として調製可能な方法を適宜採用することができる。以下、主に上記リチウム遷移金属酸化物がNi、CoおよびMnの全てを含む層状構造の酸化物(LiNiCoMn酸化物)である正極活物質を例として、該正極活物質の好ましい製造方法の一実施態様をより詳しく説明するが、ここに開示される技術の適用対象をかかる正極活物質に限定する意図ではない。
【0044】
図1に示すように、本実施態様に係る正極活物質製造方法は、Ni、Co、Mn、CaおよびMgを含む水溶液(典型的には酸性、すなわちpH7未満の水溶液)Aqを準備することを含む(ステップS110)。この水溶液Aqは、典型的には、Wを実質的に含有しない組成物である。上記水溶液Aqに含まれる各金属元素の量比は、目的物たる正極活物質の組成に応じて適宜設定することができる。例えば、Ni、CoおよびMnのモル比を、上記正極活物質におけるこれらの元素のモル比と概ね同程度とすることができる。また、水溶液Aqに含まれるNi、CoおよびMnの総質量とCaおよびMgの各々の質量との比は、上記正極活物質におけるこれらの質量比と概ね同程度とすることができる。なお、水溶液Aqは、Ni、Co、Mn、CaおよびMgの全てを含む一種類の水溶液であってもよく、組成の異なる二種類以上の水溶液であってもよい。例えば、金属元素としてNi、Co、MnおよびCaのみを含む水溶液AqA1と、金属元素としてMgのみを含む水溶液AqA2との二種類を、上記Aqとして使用してもよい。通常は、製造装置の複雑化を避ける、製造条件の制御が容易である等の観点から、Ni、Co、Mn、CaおよびMgの全てを含む一種類の水溶液Aqを用いる態様を好ましく採用し得る。
【0045】
≪水溶液Aq
上記水溶液Aqは、例えば、適当なNi化合物、Co化合物、Mn化合物、Ca化合物およびMg化合物のそれぞれ所定量を水性溶媒に溶解させて調製することができる。これらの金属化合物としては、各金属の塩(すなわち、Ni塩、Co塩、Mn塩、Ca塩およびMg塩)を好ましく使用することができる。これらの金属塩を水性溶媒に添加する順序は特に制限されない。また、各塩の水溶液を混合して調製してもよい。あるいは、Ni塩、Co塩、Mn塩を含む水溶液に、Ca塩およびMg塩の水溶液を混合してもよい。これらの金属塩(Ni塩、Co塩、Mn塩、Ca塩、Mg塩)におけるアニオンは、それぞれ、該塩が所望の水溶性となるように選択すればよい。例えば、硫酸イオン、硝酸イオン、塩化物イオン、炭酸イオン、水酸化物イオン等であり得る。すなわち、上記金属塩は、それぞれ、Ni、Co、Mn、Ca、Mgの硫酸塩、硝酸塩、塩酸塩、炭酸塩、水酸化物等であり得る。これら金属塩のアニオンは、全てまたは一部が同じであってもよく、互いに異なってもよい。これらの塩は、それぞれ、水和物等の溶媒和物であってもよい。図1には、各金属の硫酸塩を用いる例を示している。水溶液Aqの濃度は、全遷移金属(Ni、Co、Mn)の合計が1.0〜2.2mol/L程度となる濃度であることが好ましい。
【0046】
≪水溶液Aq(W水溶液)≫
本態様に係る正極活物質製造方法は、また、Wを含む水溶液Aq(以下、「W水溶液」ということもある。)を準備することを含む(ステップS120)。このW水溶液は、典型的には、Ni、Co、Mn、CaおよびMgを実質的に含有しない(これらの金属元素を少なくとも意図的には含有させないことをいい、不可避的不純物等として混入することは許容され得る。)組成物である。例えば、金属元素として実質的にWのみを含むW水溶液を好ましく使用し得る。上記W水溶液は、上述した水溶液Aqと同様に、所定量のW化合物を水性溶媒に溶解させて調製することができる。かかるW化合物としては、例えば、各種のW塩を用いることができる。好ましい一態様では、タングステン酸(Wを中心元素とするオキソ酸)の塩を用いる。上記W塩におけるカチオンは、該塩が水溶性となるように選択することができ、例えばアンモニウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン等であり得る。好ましく使用し得るW塩の一例として、パラタングステン酸アンモニウム(5(NHO・12WO)が挙げられる(図1)。上記W塩は、水和物等の溶媒和物であってもよい。W水溶液の濃度は、W元素基準で0.01〜1mol/L程度であることが好ましい。
【0047】
上記水溶液Aqおよび上記W水溶液の調製に用いる水性溶媒は、典型的には水である。使用する各塩金属化合物の溶解性によっては溶解性を向上させる試薬(酸、塩基等)を含む水を用いてもよい。
【0048】
≪アルカリ性水溶液≫
本態様に係る方法は、さらに、アルカリ性水溶液を準備することを含み得る(ステップS130)。このアルカリ性水溶液は、水性溶媒にアルカリ剤(液性をアルカリ側に傾ける作用のある化合物)が溶解した水溶液である。上記アルカリ剤としては、強塩基(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物)および弱塩基(アンモニア、アミン等)のいずれも使用可能である。少なくともアンモニアを含むアルカリ性水溶液Aqが好ましい。ここに開示される技術の好ましい一態様では、弱塩基および強塩基の両方を含むアルカリ性水溶液を使用する。例えば、アンモニアと水酸化ナトリウムとを含むアルカリ性水溶液を好ましく使用し得る。組成の異なる複数のアルカリ性水溶液(例えば、アンモニア水と水酸化ナトリウム水溶液)を使用してもよい。典型的には、Ni、Co、Mn、Ca、MgおよびWを実質的に含有しない(これらの金属元素を少なくとも意図的には含有させないことをいい、不可避的不純物等として混入することは許容され得る。)組成物である。
【0049】
≪前駆体水酸化物の晶析≫
そして、水溶液AqとW水溶液とを、アルカリ性の(好ましくはpH11〜14の)条件下で混合することにより、Ni、Co、Mn、Ca、MgおよびWを含む前駆体水酸化物を析出(晶析)させる(ステップS140)。したがって、上記水溶液Aqは、中和された後にWと混合される。例えば、初期pHが11〜14(典型的には11.5〜12.5、例えば12.0程度)のアルカリ性水溶液を反応槽内に用意し(ステップS142)、この初期pHを維持しつつ、該反応槽に水溶液AqおよびW水溶液Aqを適切な速度で供給して撹拌混合する。このとき、上記初期pHを維持するために、必要に応じて上記反応槽にアルカリ性水溶液を追加供給するとよい(ステップS144)。析出した前駆体水酸化物は、晶析終了後、水洗・濾過して乾燥させ、所望の粒径を有する粒子状に調製するとよい(ステップS150)。
【0050】
このように、Ni、Co、Mn、CaおよびMgと、Wとを、別々の水溶液中に準備し、これらをアルカリ性条件下(典型的には、pH11以上の条件下)で混合することにより、一次粒子の表面に偏ってWが存在する正極活物質(典型的には、該一次粒子の内部全体にMgが存在する正極活物質)の製造に適した前駆体水酸化物(典型的には粒子状)が生成し得る。これは、上記のようにNi、Co、Mn、CaおよびMgを含む水溶液Aqが中和された後にWと混合されることにより、まずNi、Co、Mn、CaおよびMgを含む水酸化物が析出し始め、その析出物に接触することでWが析出しやすくなるためと考えられる。
【0051】
上記前駆体水酸化物の析出反応(該水酸化物の生成反応)を進行させる間、その反応液の温度は、20℃〜60℃(例えば30℃〜50℃)の範囲に制御することが好ましい。また、反応液のpHを11〜14(典型的には11.5〜12.5、例えば12.0程度)に調整することが好ましい。アンモニアを含むアルカリ性水溶液を用いる態様では、反応液中のアンモニア濃度を3〜25g/Lに調整することが好ましい。上記前駆体水酸化物の析出反応を継続する時間は、目的とする正極活物質の粒子径(典型的には平均粒子径)に応じて適宜設定することができる。傾向としては、より粒子径の大きな正極活物質を得るためには、より反応時間を長くするとよい。
【0052】
本態様に係る正極活物質製造方法は、上記前駆体水酸化物とLi化合物とを混合することを含み得る(ステップS160)。上記Li化合物としては、Liを含む酸化物を用いてもよく、加熱により酸化物となり得る化合物(Liの炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、シュウ酸塩、水酸化物、アンモニウム塩、ナトリウム塩等)を用いてもよい。好ましいLi化合物として、炭酸リチウム、水酸化リチウム等を例示することができる。かかるLi化合物は、一種のみを単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。上記前駆体水酸化物とLi化合物との混合は、湿式混合および乾式混合のいずれの態様で行ってもよい。簡便性およびコスト性の観点からは乾式混合が好ましい。上記前駆体水酸化物と上記Li化合物との混合比は、目的とする正極活物質におけるLiとNi、CoおよびMnとのモル比が実現されるように決定することができる。例えば、LiとNi、CoおよびMnとのモル比が上記正極活物質におけるモル比と同程度となるように、上記前駆体水酸化物とLi化合物とを混合するとよい。
【0053】
そして、上記混合物を焼成してリチウム遷移金属酸化物を生成させる(ステップS170)。焼成温度は、凡そ700〜1000℃の範囲とすることが好ましい。焼成は、同じ温度で一度に行ってもよく、異なる温度で段階的に行ってもよい。焼成時間は、適宜選択することができる。例えば、800〜1000℃程度で2〜24時間程度焼成してもよく、あるいは、700〜800℃程度で1〜12時間程度焼成した後、800〜1000℃程度で2〜24時間程度焼成してもよい。より高い出力を得るためには、焼成温度を850℃〜980℃(より好ましくは850℃〜950℃)の範囲とすることが好適である。かかる焼成条件は、例えばハイブリッド自動車のように、出力性能を高めることが重視される用途向けのリチウム二次電池に用いられる正極活物質の製造において好ましく採用され得る。また、所望の出力を発揮し得るSOCの範囲をより広くするためには、焼成温度を900℃〜1000℃の範囲とすることが好適である。かかる焼成条件は、例えば電気自動車のように、取り出し得る電気量を多くすることが重視される用途向けのリチウム二次電池に用いられる正極活物質の製造において好ましく採用され得る。
【0054】
好ましくは、かかる焼成工程後に焼成物を解砕し、必要に応じて篩分けを行なって正極活物質の粒径を調整する。このようにして、リチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなし、該一次粒子の表面に偏ってWが存在する正極活物質を得ることができる。好ましい一態様では、上記正極活物質に含まれるCaもまた、一次粒子の表面(粒界)に偏って存在している。一方、上記正極活物質に含まれるMgは上記一次粒子の内部全体に、好ましくは略均一に存在している。かかる製造方法によると、典型的には、後述するサンプル1のTOF−SIMSスペクトルにみられるように、Wの一部およびCaの少なくとも一部がともにLiと化合物化した状態で含まれる正極活物質が得られる。上記製造方法によってWおよびCaがいずれも粒界に偏って分布した正極活物質が得られる理由の一つとして、かかる化合物化(すなわち、Li、WおよびCaを含む化合物の形成)の寄与があるものと推察される。
【0055】
ここに開示される技術における正極活物質は、上記二次粒子の平均粒径が1μm〜50μm程度のものであり得る。通常は、上記平均粒径が2μm〜20μm程度(典型的には3μm〜10μm、例えば3μm〜8μm程度)である正極活物質が好ましい。なお、本明細書中において「平均粒径」とは、特記しない場合、レーザ散乱・回折法に基づく粒度分布測定装置に基づいて測定した粒度分布から導き出せるメジアン径(50%体積平均粒子径;以下「D50」と表記することもある。)をいう。上記正極活物質の比表面積は、概ね0.5〜1.9m/gの範囲にあることが好ましい。
【0056】
上記正極活物質を構成する一次粒子の平均粒径は、電子顕微鏡(透過型(TEM)および走査型(SEM)のいずれも使用可能である。)を用いて、少なくとも5個(例えば5個〜10個程度)の一次粒子について一定方向に対する直径(最長の差渡し長さ)を測定し、それらを算術平均することにより把握することができる。通常は、上記一次粒子の平均粒径が0.1μm〜1.0μm(例えば0.2μm〜0.7μm)である正極活物質が好ましい。
【0057】
本発明によると、ここに開示されるいずれかの正極活物質を有する正極が提供される。また、上記正極を備えたリチウムイオン二次電池が提供される。かかるリチウムイオン二次電池の一実施形態について、捲回型の電極体と非水電解液とを扁平な角型形状の電池ケースに収容した構成のリチウムイオン二次電池を例にして詳細に説明するが、ここに開示される技術の実施形態を限定する意図ではない。
【0058】
≪リチウムイオン二次電池≫
ここに開示される技術の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、例えば図2および図3に示されるように、捲回電極体20が、非水電解液90とともに、該電極体20の形状に対応した扁平な箱状の電池ケース10に収容された構成を有する。ケース10の開口部12は蓋体14により塞がれている。蓋体14には、外部接続用の正極端子38および負極端子48が、それら端子の一部が蓋体14から電池の外方に突出するように設けられている。かかる構成のリチウムイオン二次電池100は、例えば、ケース10の開口部12から電極体20を内部に収容し、該ケース10の開口部12に蓋体14を取り付けた後、蓋体14に設けられた電解液注入孔(図示せず)から電解液90を注入し、次いで上記注入孔を塞ぐことによって構築することができる。
【0059】
電極体20は、正極活物質を含む正極合剤層34が長尺シート状の正極集電体32に保持された正極シート30と、負極活物質を含む負極合剤層44が長尺シート状の負極集電体42に保持された負極シート40とを重ね合わせて捲回し、得られた捲回体を側面方向から押圧して拉げさせることによって扁平形状に成形されている。典型的には、正極合剤層34と負極合剤層44との間は、両者の直接接触を防ぐ絶縁層が配置されている。好ましい一態様では、上記絶縁層として2枚の長尺シート状のセパレータ50を使用する。例えば、これらのセパレータ50を正極シート30および負極シート40とともに捲回して電極体20が構成される。上記絶縁層は、また、正極合剤層34および負極合剤層44の一方または両方の表面にコートされていてもよい。
【0060】
正極シート30は、その長手方向に沿う一方の端部において、正極合剤層34が設けられておらず正極集電体32が露出するように形成されている。同様に、負極シート40は、その長手方向に沿う一方の端部において、負極合剤層44が設けられておらず負極集電体42が露出するように形成されている。そして、正極集電体32の上記露出端部に正極端子38が、負極集電体42の上記露出端部には負極端子48がそれぞれ接合されている。正負極端子38、48と正負極集電体32、42との接合は、例えば、超音波溶接、抵抗溶接等により行うことができる。
【0061】
正極シート30は、ここに開示されるいずれかの正極活物質を、必要に応じて用いられる導電材、バインダ(結着剤)等とともに適当な溶媒に分散させたペースト状またはスラリー状の組成物(正極合剤組成物)を正極集電体32に付与し、該組成物を乾燥させることにより好ましく作製することができる。上記溶媒としては、水性溶媒および有機溶媒のいずれも使用可能である。正極活物質に含まれるWが上記溶媒に溶出する事態をより高度に防止するという観点からは、上記溶媒として有機溶媒(例えば、N−メチル−2−ピロリドン(NMP))を用いることが好ましい。
【0062】
導電材としては、カーボン粉末やカーボンファイバー等の導電性粉末材料が好ましく用いられる。カーボン粉末としては、種々のカーボンブラック、例えば、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ケッチェンブラック、グラファイト粉末等が好ましい。導電材は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0063】
上記バインダの例としては、カルボキシメチルセルロース(CMC;典型的にはナトリウム塩)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等が挙げられる。このようなバインダは、一種を単独で、または二種以上を適宜組み合わせて用いることができる。かかるバインダは、正極合剤組成物の増粘剤としても機能し得る。
【0064】
正極合剤層全体に占める正極活物質の割合は、凡そ50質量%以上(典型的には50〜95質量%)とすることが適当であり、通常は凡そ70〜95質量%であることが好ましい。導電材を使用する場合、正極合剤層全体に占める導電材の割合は、例えば凡そ2〜20質量%とすることができ、通常は凡そ2〜15質量%とすることが好ましい。バインダを使用する場合には、正極合剤層全体に占めるバインダの割合を例えば凡そ0.5〜10質量%とすることができ、通常は凡そ1〜5質量%とすることが適当である。
【0065】
正極集電体32としては、導電性の良好な金属からなる導電性部材が好ましく用いられる。例えば、アルミニウムまたはアルミニウムを主成分とする合金を用いることができる。正極集電体32の形状は、リチウムイオン二次電池の形状等に応じて異なり得るため、特に制限はなく、棒状、板状、シート状、箔状、メッシュ状等の種々の形態であり得る。本実施形態のように捲回電極体20を備えるリチウムイオン二次電池100では、厚み10μm〜30μm程度のアルミニウムシート(アルミニウム箔)を正極集電体32として好ましく使用し得る。
【0066】
正極集電体32に付与した正極合剤組成物の乾燥は、必要に応じて加熱下で行うことができる。乾燥後、必要に応じて全体をプレスしてもよい。正極集電体32の単位面積当たりに設けられる正極合剤層34の質量(正極集電体32の両面に正極合剤層34を有する構成では両面の合計質量)は、例えば5〜40mg/cm(典型的には5〜20mg/cm)程度とすることが適当である。正極合剤層34の密度は、例えば1.0〜3.0g/cm(典型的には1.5〜3.0g/cm)程度とすることができる。
【0067】
負極シート40は、例えば、負極活物質を、必要に応じて用いられるバインダ等とともに適当な溶媒に分散させたペーストまたはスラリー状の組成物(負極合剤組成物)を負極集電体42に付与し、該組成物を乾燥させることにより好ましく作製することができる。
【0068】
負極活物質としては、従来からリチウムイオン二次電池に用いられる材料の一種または二種以上を特に限定なく使用することができる。好適な負極活物質として炭素材料が挙げられる。少なくとも一部にグラファイト構造(層状構造)を有する粒子状の炭素材料(カーボン粒子)が好ましい。いわゆる黒鉛質のもの(グラファイト)、難黒鉛化炭素質のもの(ハードカーボン)、易黒鉛化炭素質のもの(ソフトカーボン)、これらを組み合わせた構造を有するもののいずれの炭素材料も好適に使用され得る。なかでも特に、天然黒鉛等のグラファイト粒子を好ましく使用することができる。グラファイトの表面に非晶質(アモルファス)カーボンが付与されたカーボン粒子等であってもよい。負極合剤層全体に占める負極活物質の割合は特に限定されないが、通常は凡そ50質量%以上とすることが適当であり、好ましくは凡そ90〜99質量%(例えば凡そ95〜99質量%)である。
【0069】
バインダとしては、上述した正極と同様のものを、単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。バインダの添加量は、負極活物質の種類や量に応じて適宜選択すればよく、例えば、負極合剤層全体の1〜5質量%程度とすることができる。
【0070】
負極集電体42としては、導電性の良好な金属からなる導電性部材が好ましく用いられる。例えば、銅または銅を主成分とする合金を用いることができる。また、負極集電体42の形状は、正極集電体32と同様に、種々の形態であり得る。本実施形態のように捲回電極体20を備えるリチウムイオン二次電池100では、厚み5μm〜30μm程度の銅製シート(銅箔)を、負極集電体42として好ましく使用し得る。
【0071】
負極集電体42に付与した正極合剤組成物の乾燥は、必要に応じて加熱下で行うことができる。乾燥後、必要に応じて全体をプレスしてもよい。負極集電体42の単位面積当たりに設けられる負極合剤層44の質量(両面の合計質量)は、例えば3〜30mg/cm(典型的には3〜15mg/cm)程度とすることが適当である。負極合剤層44の密度は、例えば0.8〜2.0g/cm(典型的には1.0〜2.0g/cm)程度とすることができる。
【0072】
正極シート30と負極シート40との間に介在されるセパレータ50としては、当該分野において一般的なセパレータと同様のものを特に限定なく用いることができる。例えば、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエステル、セルロース、ポリアミド等の樹脂からなる多孔質シート、不織布等を用いることができる。好適例として、一種または二種以上のポリオレフィン樹脂を主体に構成された単層または多層構造の多孔性シート(微多孔質樹脂シート)が挙げられる。例えば、PEシート、PPシート、PE層の両側にPP層が積層された三層構造(PP/PE/PP構造)のシート等を好適に使用し得る。セパレータの厚みは、例えば、凡そ10μm〜40μmの範囲内で設定することが好ましい。ここに開示される技術におけるセパレータは、上記多孔質シート、不織布等の片面または両面(典型的には片面)に、多孔質の耐熱層を備える構成のものであってもよい。かかる多孔質耐熱層は、例えば、無機材料(アルミナ粒子等の無機フィラー類を好ましく採用し得る。)とバインダとを含む層であり得る。
【0073】
非水電解液90としては、非水溶媒(有機溶媒)中に電解質(支持塩)を含むものが用いられる。上記非水溶媒としては、一般的なリチウムイオン二次電池の電解液に用いられる有機溶媒の一種または二種以上を適宜選択して使用することができる。特に好ましい非水溶媒として、エチレンカーボネート(EC)、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、ビニレンカーボネート(VC)、プロピレンカーボネート(PC)等のカーボネート類が例示される。例えば、ECとEMCとDMCとを3:3:4の体積比で含む混合溶媒を好ましく用いることができる。
【0074】
上記電解質としては、一般的なリチウムイオン二次電池において電解質として用いられるリチウム塩の一種または二種以上を、適宜選択して使用することができる。かかるリチウム塩として、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF、Li(CFSON、LiCFSO等が例示される。特に好ましい例として、LiPFが挙げられる。非水電解液90は、例えば、電解質濃度が0.7〜1.3mol/L(典型的には1.0〜1.2mol/L)の範囲内となるように調製することが好ましい。
【0075】
非水電解液90は、本発明の目的を大きく損なわない限度で、必要に応じて任意の添加剤を含んでもよい。かかる添加剤は、例えば、電池100の出力性能の向上、保存性の向上(保存中における容量低下の抑制等)、サイクル特性の向上、初期充放電効率の向上、等の一または二以上の目的で使用され得る。好ましい添加剤の例として、フルオロリン酸塩(好ましくはジフルオロリン酸塩。例えば、LiPOで表されるジフルオロリン酸リチウム)、リチウムビスオキサレートボレート(LiBOB)等が挙げられる。非水電解液90における各添加剤の濃度は、通常、0.20mol/L以下(典型的には0.005〜0.20mol/L)とすることが適当であり、例えば0.10mol/L以下(典型的には0.01〜0.10mol/L)とすることができる。好ましい一態様として、LiPOおよびLiBOBの両方を、それぞれ0.01〜0.05mol/L(例えば、それぞれ0.025mol/L)の濃度で含む非水電解液90が挙げられる。
【0076】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0077】
≪正極活物質サンプルの作製≫
(サンプル1)
攪拌装置および窒素導入管を備えた反応槽に、その容量の半分程度の水を入れ、攪拌しながら40℃に加熱した。該反応槽を窒素置換した後、窒素気流下、反応槽内の空間を酸素濃度2.0%程度の非酸化性雰囲気に維持しつつ、25%(質量基準)水酸化ナトリウム水溶液と、25%(質量基準)アンモニア水とを、それぞれ適量加えて、液温25℃を基準とするpHが12.0であり、液相のアンモニア濃度が15g/Lであるアルカリ性水溶液(NH・NaOH水溶液)を調製した。
【0078】
硫酸ニッケル(NiSO)、硫酸コバルト(CoSO)および硫酸マンガン(MnSO)を、金属元素のモル比(Ni:Co:Mn)が0.34:0.33:0.33となり、これら金属の合計濃度が1.8mol/Lとなるように水に溶解させた。この水溶液に、さらに硫酸カルシウム(CaSO)および硫酸マグネシウム(MgSO)を混合して、Ni、Co、Mn、CaおよびMgを含む水溶液Aqを調製した。
【0079】
パラタングステン酸アンモニウム(5(NHO・12WO)を水に溶解させて、タングステン(W)濃度が0.05mol/Lの水溶液Aq(W水溶液)を調製した。
【0080】
上記反応槽中のアルカリ性水溶液に、上記で得られた水溶液Aqと、水溶液Aqと、25%水酸化ナトリウム水溶液と、25%アンモニア水とを、反応液のpHが12.0に維持され、かつ液相のアンモニア濃度が15g/Lに維持されるようにしながら添加・混合した。pHおよびアンモニア濃度の調節は、各液の反応槽への供給速度を調整することにより行った。
【0081】
析出した生成物を分離し、水洗し、乾燥して、Ni:Co:Mn:W:Ca:Mgのモル比が34:33:33:0.5:0.213:0.326である前駆体水酸化物を得た。この水酸化物(水酸化物粒子)の平均組成は、Ni0.34Co0.33Mn0.330.005Ca0.00213Mg0.00326(OH)2+α(0≦α≦0.5である。)で表される。上記水酸化物を、温度150℃の大気雰囲気中に12時間保持した。
【0082】
次いで、上記水酸化物に含まれるNi、CoおよびMnのモル数の合計をMとして、該Mに対するリチウムのモル比(Li/M)が1.15となるように炭酸リチウムを秤量し、上記水酸化物と混合した。得られた混合物を、酸素(O)濃度21体積%の空気中にて800℃〜950℃で5〜20時間焼成した。この焼成物を粉砕し、篩い分けして、平均組成がLi1.15Ni0.34Co0.33Mn0.330.005Ca0.00213Mg0.00326で表される正極活物質サンプル1を得た。なお、CaおよびMgの含有量は、ICP発光分光分析法により測定した。
【0083】
(サンプル2〜21)
水溶液AqにおけるCaおよびMgの濃度、ならびにW水溶液におけるWの濃度を、Ca、MgおよびWの含有量(m、mCa、mMg)がそれぞれ表1、2に示す値となるように調節した。その他の点については正極活物質サンプル1の作製と同様にして、正極活物質サンプル2〜21を作製した。
これら正極活物質サンプル1〜21は、いずれも、平均粒径(D50)が3μm〜8μmの範囲にあり、比表面積が0.5〜1.9m/gの範囲となるように調整した。
【0084】
≪TEM観察≫
上記で得られた正極活物質サンプル1〜21をTEMで観察したところ、いずれも、複数の一次粒子が集まった二次粒子の形態であることが確認された。TEM像から求めた一次粒子の平均粒径は、いずれも、約0.1μm〜0.6μmの範囲にあった。上記一次粒子の平均粒径は、約10個の一次粒子について、一定方向に対する直径(最長の差渡し長さ)を測定し、それらを算術平均して求めた。サンプル1のTEM像の一つを図4に示す。このTEM像は、日本電子株式会社製の透過型電子顕微鏡、型式「JEM−2100F」を用いて、加速電圧200kVの条件で得られたものである。図中の白線は、図を見やすくするために画像上で加えたものであって、粒界(一次粒子同士の境界)にあたる位置を示している。
【0085】
≪WおよびMgの分布≫
正極活物質サンプル1について、図4と同一の視野にてEDX分析を行い、Wの分布をマッピングした。その結果を図5に示す。この図5では、Wが多く検出された箇所ほど明るく表示されている。図5において明るく表示された箇所と、図4に示される粒界の位置とを見比べることにより明らかなように、このサンプル1ではWが粒界に偏って存在ししている。サンプル2〜16およびサンプル18〜21についても同様にWの分布をマッピングしたところ、Wの含有量(m)によって明るさの程度に差はあるものの、いずれも、Wが粒界に偏って存在していることが確認された。
【0086】
また、正極活物質サンプル1について、図4と同一の視野にてEDX分析を行い、Caの分布をマッピングした。その結果を図6に示す。Caが多く検出された箇所ほど明るく表示されている。図6と図4とを見比べることにより明らかなように、Caが粒界に偏って存在していることが確認された。サンプル2〜21についても同様にCaの分布をマッピングしたところ、Caの含有量(mCa)によって明るさの程度に差はあるものの、いずれも、Caが粒界に偏って存在していることが確認された。
【0087】
また、正極活物質サンプル1について、図4と同一の視野にてEDX分析を行い、Mgの分布をマッピングした。その結果を図7に示す。Mgが多く検出された箇所ほど明るく表示されている。図7と図4とを見比べることにより明らかなように、Mgがサンプル1中に略均一に存在している(明るさに偏りが見られない)ことが確認された。サンプル2〜21についても同様にMgの分布をマッピングしたところ、いずれも、Mgが偏りなく存在していることが確認された。
【0088】
≪TOF−SIMS分析≫
正極活物質サンプル1〜16およびサンプル18〜21について、TOF−SIMS装置(ION−TOF社製、型式「TOF.SIMS 5」)を用いて、飛行時間型一次イオン質量分析を行ってスペクトルを得た。各スペクトルにおいて、LiCaO,LiCaWO,LiCaW,CaWO,およびLiCaWのピークの有無を確認した。これらスペクトルのうち、サンプル1に係る正負スペクトルの一部を図8〜12に示す。なお、TOF−SIMSの測定条件は次のとおりとした。
一次イオン: Bi2+
一次イオンエネルギー: 25kV
パルス幅: 5.1ns
パンチング: あり
帯電中和: なし
測定真空度: 4×10−7Pa(3×10−9Torr)
二次イオン極性: 正,負
質量範囲(m/z): 0〜1500μ
クラスターサイズ: 200μm
スキャン数: 16
ピクセル数: 256ピクセル
後段加速: 10kV
【0089】
≪評価用電池の作製≫
上記正極活物質サンプル1〜21をそれぞれ使用して、概略図2、図3に示す構造のリチウムイオン二次電池(評価用電池)100を作製した。以下、これらの電池を、使用した正極活物質サンプル1〜21に対応づけて、電池1〜21ということがある。
【0090】
上記正極活物質サンプルと、導電材としてのアセチレンブラック(AB)と、結着剤としてのPVDFとを、これらの質量比が90:8:2となるようにNMPと混合して、スラリー状の組成物を調製した。この組成物を、厚さ15μmのアルミニウム箔(正極集電体)32の両面に、乾燥後の質量(目付量)が両面の合計で11.8mg/cmとなるように塗布した。乾燥後、圧延プレス機によりプレスして、正極合剤層34の密度を2.1g/cmに調整した。このようにして正極シート30を作製した。
【0091】
負極活物質としては、グラファイト粒子の表面にアモルファスカーボンがコートされた構造のカーボン粒子を使用した。より具体的には、天然黒鉛粉末とピッチとを混合して該黒鉛粉末の表面にピッチを付着させ(天然黒鉛粉末:ピッチの質量比は96:4とした。)、不活性雰囲気下において1000℃〜1300℃で10時間焼成した後、篩いにかけて、平均粒子径(D50)8〜11μm、比表面積3.5〜5.5m/gの負極活物質を得た。この負極活物質とCMCとSBRとを、これらの質量比が98.6:0.7:0.7となるようにイオン交換水と混合して、スラリー状の組成物を調製した。この組成物を、厚さ10μmの銅箔(負極集電体)42の両面に、乾燥後の質量(目付量)が両面の合計で7.5mg/cmとなるように塗布した。乾燥後、圧延プレス機によりプレスして、負極合剤層44の密度を1.0〜1.2g/cmに調整した。このようにして負極シート40を作製した。
【0092】
正極シート30と負極シート40とを、2枚の多孔質ポリエチレンシート50(厚さ20μm)とともに捲回し、扁平形状に成形して電極体20を作製した。正極端子38および負極端子48を蓋体14に取り付け、これらの端子38、48を電極体20端部において露出した正極集電体32および負極集電体42にそれぞれ溶接した。このようにして蓋体14と連結された電極体20を、ケース10の開口部12からその内部に収容し、該ケース10の開口部12に蓋体14をレーザ溶接した。
【0093】
蓋体14に設けられた電解液注入孔(図示せず)から非水電解液90を注入した。非水電解液90としては、ECとEMCとDMCとの体積比3:3:4の混合溶媒中に、支持塩としてのLiPFを1.1mol/L(1.1M)の濃度で含むものを使用した。その後、上記注入孔を塞いで、評価用のリチウムイオン二次電池100を構築した。この電池100は、正極の充電容量と負極の充電容量とから算出される対向容量比が1.5〜1.9に調整されている。電池100の容量は概ね4Ahである。
【0094】
次に、上記のように構築した評価試験用の電池について行われるコンディショニング工程および定格容量の測定につき説明する。
【0095】
≪コンディショニング≫
コンディショニング工程は、次の手順1〜2によって行った。
[手順1]1Cの定電流(1Cは、満充電状態の電池を1時間で放電終止電圧まで放電させる電流値を意味する。放電時間率と称されることもある。)にて端子間電圧が4.1Vに到達するまで充電(CC充電)した後、5分間休止する。
[手順2]手順1の後、定電圧で1.5時間充電(CV充電)し、5分間休止する。
【0096】
≪定格容量の測定≫
評価試験用電池の定格容量は、上記コンディショニング工程後の評価試験用電池について、温度25℃において、3.0Vから4.1Vの電圧範囲で、次の手順1〜3に従って測定した。
[手順1]1Cの定電流放電によって3.0Vに到達後、定電圧にて2時間放電し、その後、10秒間休止する。
[手順2]1Cの定電流充電によって4.1Vに到達後、定電圧充電にて2.5時間充電し、その後、10秒間休止する。
[手順3]0.5Cの定電流放電によって3.0Vに到達後、定電圧放電にて2時間放電し、その後、10秒間停止する。
上記手順3における、定電流放電から定電圧放電に至る放電における放電容量(CCCV放電容量)を、定格容量とする。
【0097】
≪低SOC、−30℃における出力の測定≫
以下の手順1〜5により、低SOCに調整された評価用電池の−30℃における出力を測定した。
[手順1;SOC調整]上記コンディショニング工程および定格容量測定後の電池を、常温(ここでは25℃)の温度環境にて、1Cの定電流で3VからSOC25%まで充電(CC充電)し、次いで定電圧で2.5時間充電(CV充電)した。
[手順2;−30℃に保持]手順1後の電池を、−30℃の恒温槽内に6時間保持した。
[手順3;定ワット放電]手順2後の電池を、−30℃の温度環境において定ワット(W)にて放電し、放電開始から電圧が2.0V(放電カット電圧)になるまでの秒数を測定する。
[手順4;繰り返し]:手順3の定ワット放電における放電出力(定ワット放電の放電電力量)を80W〜200Wの間で異ならせて、上記手順1〜3を繰り返す。より具体的には、手順3の定ワット放電における放電出力を、1回目80W、2回目90W、3回目100W・・・と10Wづつ上げながら、該ワット数が200Wになるまで上記手順1〜3を繰り返す。
[手順5;出力値の算出]:手順4において各定ワット放電において測定された電圧2.0Vまでの秒数を横軸にとり、そのときの定ワット放電出力を縦軸にとったプロットの近似曲線から、電圧2.0Vまでの秒数が2秒となるときの出力値(低SOC・−30℃出力)を求める。
【0098】
なお、ここでは手順4において定ワット放電出力を80Wから200Wまで10Wづつ上げていきながら手順1〜3を繰り返したが、低SOC・−30℃出力の測定条件はこれに限られず、例えば、定ワット放電出力を80Wから上記とは異なる一定のワット数づつ(例えば、5Wづつ、あるいは15Wづつ)上げていってもよいし、200Wから一定のワット数づつ(例えば、5Wづつ、10Wづつ、あるいは15Wづつ)下げていってもよい。
【0099】
上記低SOC・−30℃出力は、低SOCで、しかも−30℃という極めて低い温度環境に所定時間放置された場合にも、評価用電池が発揮し得る出力を示している。この出力値(ワット数)が高いほど、評価用電池が、かかる厳しい使用条件においても高い出力を発揮し得ることを示している。
【0100】
≪2C−CCCV容量維持率≫
上記コンディショニング工程および定格容量測定後の電池をSOC100%に調整し、温度25℃にて、1Cのレートで両端子間電圧が3VとなるまでCC放電させ、次いで同電圧で2時間定電圧(CV)放電させた。10分休止後、1Cのレートで両端子間電圧が4.1VとなるまでCC充電し、次いで同電圧で2.5時間CV充電した。10分休止後、0.2Cのレートで両端子間の電圧が3VとなるまでCC放電させ、次いで同電圧で2時間CV放電させ、このCCCV放電時に測定された総放電容量を初期2C−CCCV容量とした。
初期2C−CCCV容量測定後の電池をSOC100%に調整し、温度60℃において、SOC0%〜100%の間で1000サイクルの充放電に供した。1サイクルは、2Cのレートで電圧が3VとなるまでCC放電させる操作と、次いで2Cのレートで電圧が4.1VとなるまでCC充電する操作とした。1000サイクル完了後の電池につき、上記初期放電容量測定と同様にして放電容量(耐久後2C−CCCV容量)を測定した。
上記初期2C−CCCV容量に対する耐久後2C−CCCV容量の百分率(すなわち、(耐久後2C−CCCV容量)/(初期2C−CCCV容量)×100(%))を、2C−CCCV容量維持率として求めた。
【0101】
≪4C−CC容量維持率≫
上記コンディショニング工程および定格容量測定後の電池をSOC100%に調整し、温度60℃にて、1000サイクルの充放電に供した。1サイクルは、4Cのレートで電圧が3VとなるまでCC放電させる操作と、次いで4Cのレートで電圧が4.1VとなるまでCC充電する操作とした。1000サイクル完了時点において、4Cのレートで電圧が3VとなるまでCC放電させ、このときの放電容量を測定した。1サイクル目の4C−CC放電容量(初期4C−CC容量)に対するサイクル終了後の放電容量(耐久後4C−CC容量)の百分率を、4C−CC容量維持率として求めた。
【0102】
上記で求めた低SOC・−30℃出力、2C−CCCV容量維持率および4C−CC容量維持率の値を表1および表2に示す。これらの表には、各例に係る電池の有する正極活物質サンプルにおけるW、CaおよびMgの含有量を合わせて示している。
【0103】
【表1】

【0104】
【表2】

【0105】
これらの表に示されるように、Wが一次粒子の表面に偏って存在し、mが0.05モル%以上1.0モル%以下であり、m/mCaが2以上50以下であり、m+mCaが0.26モル%以上(より詳しくは、0.26モル%以上1.5モル%以下)であり、かつmMg/mCaが1.5以上(より詳しくは、1.5以上10以下)であるサンプル1〜12に係る電池は、いずれも、低温における低SOC出力が高く、2C−CCCV容量維持率のみならず4C−CC容量維持率(すなわち、高温かつ大電流での充放電サイクルに対する容量維持率)にも優れていた。
【0106】
これらサンプル1〜12に係る電池に比べて、Wを含まないサンプル17に係る電池は、低SOC・−30℃出力および4C−CC容量維持率が明らかに低かった。Wの含有量が少ない(mが0.05モル%に満たない)サンプル18に係る電池では、サンプル17に比べて低SOC・−30℃出力は向上したものの、サンプル1〜12には及ばず、4C−CC容量維持率も低かった。m/mCaが小さすぎるサンプル13〜16およびm/mCaが小さすぎるサンプル19に係る電池の低SOC・−30℃出力は、サンプル17よりは高いものの、サンプル1〜12に比べて明らかに低かった。m/mCaが大きすぎるサンプル20およびm+mCaが小さすぎるサンプル21に係る電池では、4C−CC容量維持率が大幅に低下した。
【0107】
加えて、図8〜12に示されるとおり、サンプル1に係るTOF−SIMSスペクトルには、LiCaO,LiCaWO,LiCaW,CaWO,およびLiCaWに対応する分子量の位置にピーク(各図中の破線で囲まれた部分)が確認された。これらの結果から、サンプル1に含まれるCaおよびWがリチウム遷移金属酸化物と化合物化していることが確認された。
【0108】
以上、本発明を詳細に説明したが、上記実施形態は例示にすぎず、ここで開示される発明には上述の具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【符号の説明】
【0109】
1 車両
10 電池ケース
12 開口部
14 蓋体
20 捲回電極体
30 正極シート(正極)
32 正極集電体
34 正極合剤層
38 正極端子
40 負極シート(負極)
42 負極集電体
44 負極合剤層
48 負極端子
50 セパレータ
90 非水電解液
100 リチウムイオン二次電池(リチウム二次電池)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極および負極を備えたリチウム二次電池であって、
前記正極は、層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなす正極活物質を有し、
前記正極活物質は、Ni、CoおよびMnのうち少なくとも一種を含み、さらにW、CaおよびMgを含み、
該正極活物質に含まれるWは、前記一次粒子の表面に偏って存在しており、
前記正極活物質に含まれるNi、CoおよびMnの総量を100モル%として、該正極活物質に含まれるWのモル数m(モル%)、Caのモル数mCa(モル%)、およびMgのモル数mMg(モル%)の関係が、以下の式:
2≦(m/mCa)≦50;
(m+mCa)≧0.26;および
(mMg/mCa)≧1.5;
を満たす、リチウム二次電池。
【請求項2】
前記正極活物質に含まれるCaは、前記一次粒子の表面に偏って存在している、請求項1に記載のリチウム二次電池。
【請求項3】
前記正極活物質に含まれるMgは、前記一次粒子の内部全体に存在している、請求項1または2に記載のリチウム二次電池。
【請求項4】
前記正極活物質に含まれるNi、CoおよびMnの総量を100モル%として、該正極活物質に含まれるWのモル数m(モル%)が0.05≦m≦1.0である、請求項1から3のいずれか一項に記載のリチウム二次電池。
【請求項5】
前記正極活物質に含まれるWおよびCaがリチウム遷移金属酸化物と化合物化している、請求項1から4のいずれか一項に記載のリチウム二次電池。
【請求項6】
前記リチウム遷移金属酸化物は、Ni、CoおよびMnの全てを含む酸化物である、請求項1から5のいずれか一項に記載のリチウム二次電池。
【請求項7】
車両の駆動電源として用いられる、請求項1から6のいずれか一項に記載のリチウム二次電池。
【請求項8】
リチウム二次電池用の正極活物質であって、層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなし、Ni、CoおよびMnのうち少なくとも一種を含み、さらにW、CaおよびMgを含む正極活物質を製造する方法であって:
前記Ni、CoおよびMnの少なくとも一種とMgとCaとを含む水溶液Aqを準備すること;
Wを含む水溶液Aqを準備すること;
前記水溶液Aqと前記水溶液Aqとをアルカリ性条件下で混合して、前記Ni、CoおよびMnの少なくとも一種とMgとCaとWとを含む水酸化物を析出させること;
前記水酸化物とリチウム化合物とを混合すること;および、
前記混合物を焼成して前記リチウム遷移金属酸化物を生成させること;
を包含する、正極活物質製造方法。
【請求項9】
前記水酸化物の析出は、pHを11〜14に維持しつつ行われる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記水酸化物の析出は、少なくともアンモニアを含むアルカリ性水溶液を用いて前記アルカリ性条件を維持しつつ行われる、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
請求項8から10のいずれか一項に記載の方法により製造された正極活物質を備える、リチウム二次電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−252807(P2012−252807A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−122613(P2011−122613)
【出願日】平成23年5月31日(2011.5.31)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】