説明

リチウム二次電池

【課題】正極活物質と水分との反応を十分に抑制し得るリチウム二次電池を提供する。
【解決手段】本発明によって提供されるリチウム二次電池は、正極活物質粒子10を含む正極を備えるリチウム二次電池であって、正極活物質粒子10は、その表面が撥水性樹脂12により被覆されており、ここで、撥水性樹脂12により被覆されている正極活物質粒子10の平均粒径(メジアン径:d50)をA[μm]、その質量をB[g]とし、かつ、該正極活物質粒子10を被覆している撥水性樹脂被膜12の質量をC[g]、該撥水性樹脂の結晶化度をD[%]としたとき、3.0≦A×(C/B)×D≦10.0なる関係式を満たすことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム二次電池、特に正極活物質粒子を含む正極活物質層が正極集電体上に保持された構造を有する正極を備えたタイプのリチウム二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リチウムイオン電池、ニッケル水素電池その他の二次電池は、車両搭載用電源、或いはパソコンおよび携帯端末の電源として重要性が高まっている。特に、軽量で高エネルギー密度が得られるリチウムイオン電池は、車両搭載用高出力電源として好ましく用いられるものとして期待されている。
【0003】
この種のリチウム二次電池の一つの典型的な構成では、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出し得る材料(電極活物質)が導電性部材(電極集電体)に保持された構成の電極を備える。例えば、正極に用いられる電極活物質(正極活物質)の一つとして、リチウムと一種または二種以上の遷移金属元素を構成金属元素として含む酸化物(リチウム遷移金属複合酸化物)が挙げられる。特に、リチウムとニッケルを構成金属元素として含むリチウムニッケル複合酸化物は、容量が比較的大きいことから、エネルギー密度を高めうるとともに負荷追従性も兼ね備える正極活物質として好ましく用いられている。しかし、リチウムニッケル複合酸化物等の正極活物質は、その表面において、空気中の水分と反応することで、LiOHを生成し、電極集電体として用いられるアルミニウム箔が腐食される。アルミニウム箔が腐食されると、抵抗増加を引き起こし、入出力特性が著しく低下するので好ましくない。また、環境条件の変動に応じて水分との反応量が変動するため、電池性能にバラツキが生じる要因にもなり得る。
【0004】
このような正極活物質と水分との反応抑制を目的として、正極活物質の表面を耐食性のある物質でコーティングすることが検討されている。例えば、特許文献1には、リチウム含有複合酸化物微粒子よりなる正極活物質(正極材)を含む正極を備えたリチウムイオン二次電池において、該リチウム含有複合酸化物微粒子の表面に、ポリフッ化ビニリデン等の撥水性物質の被膜を形成することが記載されている。この種の正極活物質表面の被膜材に関する他の従来技術としては、特許文献2等が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−224664号公報
【特許文献2】特開2007−265668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1のように、リチウム含有複合酸化物微粒子よりなる正極活物質を含む正極を備えたリチウムイオン二次電池において、該リチウム含有複合酸化物微粒子の表面にポリフッ化ビニリデン等の撥水性物質の被膜を形成すると、該ポリフッ化ビニリデン等の撥水性物質はそれ自体がリチウムイオン伝導の抵抗成分として働くため、正極活物質の反応性(リチウムイオンの挿入脱離反応の活性)が大幅に低下してしまう。すなわち、ポリフッ化ビニリデン等の撥水性物質の被膜を設けることによって正極活物質と水分との反応を抑制することはできるが、その背反として該被膜の存在によりリチウムイオンの挿入脱離反応が阻害されるため、該正極活物質を用いて構築されたリチウム二次電池の反応抵抗が増大して高出力型電池への応用が難しいという課題がある。
【0007】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、電池の反応抵抗を増大させることなく、正極活物質と水分との反応を十分に抑制し得るリチウム二次電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明により提供される電池は、正極活物質粒子を含む正極を備えるリチウム二次電池である。上記正極活物質粒子は、その表面が撥水性樹脂により被覆されている。ここで、上記撥水性樹脂により被覆されている正極活物質粒子の平均粒径(メジアン径:d50)をA[μm]、その質量をB[g]とし、かつ、該正極活物質粒子を被覆している撥水性樹脂被膜の質量をC[g]、該撥水性樹脂の結晶化度をD[%]としたとき、3.0≦A×(C/B)×D≦10.0なる関係式を満たすことを特徴とする。
【0009】
ここで上記式中の「A×(C/B)」は、正極活物質粒子を被覆している撥水性樹脂被膜の厚みに相当するパラメータであり、その値が大きいほど撥水性樹脂被膜が厚く、水分やCOが透過しにくくなるが、同時に該被膜のリチウムイオン透過性も低下する。また上記式中の「D」は、撥水性樹脂の結晶化度を表すパラメータであり、その値が大きいほど撥水性樹脂被膜の結晶性が向上し、水分やCOが透過しにくくなるが、同時に該被膜のリチウムイオン透過性も低下する。
【0010】
本発明の構成によれば、正極活物質粒子の表面を撥水性樹脂でコーティングしているので、正極活物質と水分とCOとの反応を好ましく抑制することができる。その際、撥水性樹脂被膜が薄すぎたり撥水性樹脂の結晶化度が小さすぎたりすると(典型的には「A×(C/B)×D」の値が3.0を下回る場合)、撥水性樹脂被膜を水分やCOが透過するため、正極活物質と水分とCOとの反応を十分に抑制できない。一方、撥水性樹脂被が厚すぎたり撥水性樹脂の結晶化度が大きすぎたりすると(典型的には「A×(C/B)×D」の値が10.0を上回る場合)、水分やCOの透過を抑制することはできるが、同時にリチウムイオン透過性も低下するため、リチウムイオンの挿入脱離反応が阻害されてしまう。これらの事象は、いずれも電池の反応抵抗を増大させ、性能劣化を引き起こす要因になり得る。
【0011】
これに対して、本発明のリチウム二次電池によれば、3.0≦A×(C/B)×D≦10.0の関係式を満足し、撥水性樹脂被膜の厚みと撥水性樹脂の結晶化度とが適度なバランスで調整されているので、良好なリチウムイオン透過性を備え、且つ、水分やCOの透過を好ましく抑制できる。そのため、撥水性樹脂被膜の存在によってリチウムイオンの挿入脱離反応が阻害されることなく、正極活物質と水とCOとの反応を確実に抑制することができる。このことによって従来よりも電池の反応抵抗を低下させることができ、性能劣化を改善することができる。
【0012】
ここに開示されるリチウム二次電池の好ましい一態様では、上記平均粒径Aと、上記質量B,Cとの間に、関係式0.05≦A×(C/B)≦0.20が成立する。この範囲よりも小さすぎると撥水性樹脂被膜によって正極活物質と水分との反応を十分に抑制できない場合があり、この範囲よりも大きすぎると撥水性樹脂被膜の存在によりリチウムイオンの挿入脱離反応が阻害されてしまう場合がある。ここに開示される好ましい技術では、上記正極活物質粒子の平均粒径Aが4μm〜8μmであり、上記撥水性樹脂被膜と上記正極活物質粒子との質量比(C/B)が0.01〜0.04である。
また好ましくは、撥水性樹脂の結晶化度Dが40%〜70%である。この範囲を下回ると正極活物質と水分とCOとの反応を十分に抑制できないことがあり、この範囲を上回ると撥水性樹脂被膜の存在によりリチウムイオンの挿入脱離反応が阻害されてしまうことがある。
【0013】
上記正極活物質粒子を構成する材料としては、従来からリチウム二次電池に用いられる物質と同様の組成を有する材料(典型的には粒子状)の一種または二種以上を特に限定することなく使用することができる。好適例として、リチウムニッケル複合酸化物(LiNiO)、リチウムマンガン複合酸化物(LiMn)、リチウムコバルト複合酸化物(LiCoO)等の、リチウムと遷移金属元素とを構成金属元素として含む酸化物(リチウム遷移金属酸化物)を主成分とする正極活物質材料が挙げられる。
【0014】
中でも、以下の一般式:
Li1+x(NiCoMn1−y−z−γγ)O
(但し、上記式中のx、y、z及びγは、0≦x≦0.2、0.3≦y≦1.0、0≦z≦0.5、0≦γ≦0.2、0.3≦y+z+γ≦1を全て満足する数であり、
Mは、存在しないか若しくF、B、Al、W、Mo、Cr、Ta、Nb、V、Zr、Ti、Yからなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素である。)
で示されるリチウムニッケル複合酸化物への適用が好ましい。
【0015】
特に、上記一般式中のyが0.5≦y≦1.0であり、0.5≦y+z+γ≦1を満足する数であることが好ましい。
【0016】
このようなNiの組成比が高いリチウムニッケル複合酸化物を主成分とする正極活物質は、正極活物質と水分とCOとの反応が生じやすいことから、本発明を適用することが特に有益である。なお、正極活物質として例えばLiNiOを用いる場合、正極活物質と水分とCOとの反応は2段階で起こると考えられる。まず、1段階目のLiNiO+HO→NiOOH+LiOHの反応によりLiOHが生成し、これが正極集電体として用いられるアルミニウム箔を腐食するため、抵抗増加を引き起こす。次いで、2段階目の2LiOH+CO→LiCO+HOの反応によりLiCOが生成し、これが正極活物質表面を覆うことで、リチウムイオンの挿入脱離反応が阻害されるため、さらなる抵抗増加を引き起こす。本発明を適用すれば、上記のような正極活物質と水分とCOとの反応による抵抗増加を確実に抑制でき、高性能なリチウム二次電池を構築し得る。
なお、本明細書中のリチウムニッケル複合酸化物を示す化学式では、便宜上、O(酸素)の組成比を2として示しているが厳密ではなく、多少の組成の変動(典型的には1.95以上2.05以下の範囲に包含される)を許容するものである。
【0017】
ここに開示されるリチウム二次電池の好ましい一態様では、上記撥水性樹脂は、ポリフッ化ビニリデン系樹脂である。ポリフッ化ビニリデン系樹脂は、リチウムイオン伝導性が比較的高いため、その被膜の存在によってリチウムイオンの挿入脱離が阻害されにくく、特に好適である。
【0018】
ここに開示されるいずれかのリチウム二次電池(例えばリチウムイオン電池)は、上記したように、従来よりも電池の反応抵抗を低下させることができるため、特にハイレート充放電が要求される車両に搭載される電池として適した性能を備える。したがって本発明によると、ここに開示されるいずれかのリチウム二次電池(複数のリチウム二次電池が接続された組電池の形態であり得る。)を備える車両が提供される。特に、該リチウム二次電池を動力源(典型的には、ハイブリッド車両または電気車両の動力源)として備える車両(例えば自動車)が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係る被膜付き正極活物質粒子を模式的に示す図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るリチウム二次電池を模式的に示す図である。
【図3】一試験例において製造したPVDF被膜付き正極活物質粉末の熱質量分析結果の一例を示すグラフである。
【図4】一試験例において製造したPVDF被膜付き正極活物質粉末の示差熱走査熱量測定結果の一例を示すグラフである。
【図5】一試験例において製造したPVDF被膜付き正極活物質粉末のX=A×(C/B)×Dの値とLiCO量および反応抵抗比との関係を表わすグラフである。
【図6】一試験例において製造したラミネートセル(試験用リチウム二次電池)を模式的に示す側面図である。
【図7】本発明の一実施形態に係るリチウム二次電池を備えた車両を模式的に示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら、本発明による実施の形態を説明する。以下の図面においては、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付して説明している。なお、各図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。また、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えば、正極および負極を備えた電極体の構成および製法、セパレータや電解質の構成および製法、リチウム二次電池の構築に係る一般的技術等)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。
【0021】
ここに開示されるリチウム二次電池は、図1に示すように、正極活物質粒子10を含む正極を備えるリチウム二次電池である。正極活物質粒子10は、その表面が撥水性樹脂12により被覆されている。ここで、撥水性樹脂12により被覆されている正極活物質粒子10の平均粒径(メジアン径:d50)をA[μm]、その質量をB[g]とし、該正極活物質粒子を被覆している撥水性樹脂被膜の質量をC[g]、該撥水性樹脂の結晶化度をD[%]としたとき、3.0≦A×(C/B)×D≦10.0なる関係式を満たすことを特徴とする。ここで、上記式中の「A×(C/B)」は、撥水性樹脂被膜12の厚みに相当するパラメータであり、その値が大きいほど撥水性樹脂被膜が厚く、水分やCOが透過しにくくなるが、同時にリチウムイオン透過性が低下する。また上記式中の「D」は、撥水性樹脂の結晶化度を表すパラメータであり、その値が大きいほど撥水性樹脂被膜の結晶性が向上し、水分やCOが透過しにくくなるが、同時にリチウムイオン透過性が低下する。
【0022】
このように3.0≦A×(C/B)×D≦10.0の関係式を満足し、撥水性樹脂被膜12の厚みと撥水性樹脂の結晶化度とが適度なバランスで調整されているリチウム二次電池は、撥水性樹脂被膜12が良好なリチウムイオン透過性を備え、且つ、水分やCOの透過が十分に抑制されるため、撥水性樹脂被膜によってリチウムイオンの挿入脱離反応が阻害されることなく、正極活物質10と水とCOとの反応を確実に抑制することができる。このことによって従来よりも電池の反応抵抗を低下させることができ、電池の性能劣化を改善することができる。
【0023】
例えば、本構成によって提供される撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子としては、3.0≦A×(C/B)×D≦10.0を満足するものが好ましく、4.0≦A×(C/B)×D≦9.0を満足するものがさらに好ましく、5.0≦A×(C/B)×D≦8.0を満足するものが特に好ましい。その一方で、「A×(C/B)×D」が10.0を上回る場合は、撥水性樹脂被膜が厚すぎたり撥水性樹脂の結晶化度が大きすぎたりするので、水分やCOの透過を抑制することはできるが、同時にリチウムイオン透過性が低下する。そのため、リチウムイオンの挿入脱離反応が阻害され、電池の反応抵抗を増大させる要因になり得る。
また、「A×(C/B)×D」が3.0を下回る場合は、撥水性樹脂被膜が薄すぎたり撥水性樹脂の結晶化度が小さすぎたりするので、該被膜を水分やCOが透過しやすくなる。そのため、正極活物質と水分とCOとの反応を十分に抑制できない。また、環境条件の変動に応じて水分及びCOとの反応量も変動するため、電池性能にバラツキが生じる要因になり得る。従って、低抵抗かつ性能バラツキのないリチウム二次電池を実現する観点からも、「A×(C/B)×D」は3.0以上が適当であり、好ましくは4.0以上であり、特に好ましくは5.0以上である。
【0024】
ここに開示される好ましい一態様では、正極活物質粒子の平均粒径Aと、撥水性樹脂被膜と正極活物質粒子との質量比(C/B)との間に、関係式0.05≦A×(C/B)≦0.20が成立する。この範囲を下回ると正極活物質と水との反応を十分に抑制できない場合があり、この範囲を上回ると撥水性樹脂被膜のリチウムイオン透過性が低下しすぎる場合がある。好ましくは正極活物質粒子の平均粒径Aが4μm〜8μmの範囲であり、好ましくは撥水性樹脂被膜と正極活物質粒子との質量比(C/B)が0.01〜0.04の範囲である。また好ましくは、撥水性樹脂の結晶化度Dが40%〜70%(より好ましくは40%〜65%)である。この範囲を下回ると撥水性樹脂被膜によって正極活物質と水とCOとの反応を十分に抑制できない場合があり、この範囲を上回ると撥水性樹脂被膜の存在によりリチウムイオンの挿入脱離反応が阻害されてしまう場合がある。
【0025】
ここで開示される正極活物質粒子を構成する材料としては、従来からリチウム二次電池に用いられる物質と同様の組成を有する材料(典型的には粒子状)の一種または二種以上を特に限定することなく使用することができる。好適例として、リチウムニッケル複合酸化物(LiNiO)、リチウムマンガン複合酸化物(LiMn)、リチウムコバルト複合酸化物(LiCoO)等の、リチウムと遷移金属元素とを構成金属元素として含む酸化物(リチウム遷移金属酸化物)を主成分とする正極活物質材料が挙げられる。リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(例えばLiNi1/3Co1/3Mn1/3)を主成分とする正極活物質(典型的には、実質的にリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物からなる正極活物質)へも好ましく適用し得る。
【0026】
中でも、一般式Li1+x(NiCoMn1−y−z−γγ)Oで示されるリチウムニッケル複合酸化物への適用が好ましい。ここで、上記式中のxの値は0≦x≦0.2であり、yの値は0.3≦y≦1.0であり、zの値は0≦z≦0.5であり、γの値は0≦γ≦0.2であり、0.3≦y+z+γ≦1である。特に、上記一般式中のyが0.5≦y≦1.0であり、0.5≦y+z+γ≦1を満足する数であることが好ましい。このようなNiの組成比が高いリチウムニッケル複合酸化物を主成分とする正極活物質は、正極活物質と水分とCOとの反応が生じやすいことから、本構成を適用することが特に有益である。なお、正極活物質として例えばLiNiOを用いる場合、正極活物質と水分とCOとの反応は2段階で起こると考えられる。まず、1段階目のLiNiO+HO→NiOOH+LiOHの反応によりLiOHが生成し、これが正極集電体として用いられるアルミニウム箔を腐食するため、抵抗増加を引き起こす。次いで、2段階目の2LiOH+CO→LiCO+HOの反応によりLiCOが生成し、これが正極活物質表面を覆うことで、リチウムイオンの挿入脱離反応が阻害されるため、さらなる抵抗増加を引き起こす。本構成を適用すれば、上記のような正極活物質と水分とCOとの反応による抵抗増加を確実に抑制でき、高性能なリチウム二次電池を構築し得る。
【0027】
なお、ここでいうリチウムニッケル複合酸化物とは、上記一般式で示されるように、Li及びNiを構成金属元素とする酸化物のほか、Li及びNi以外に他の少なくとも一種の金属元素(すなわち、Li及びNi以外の遷移金属元素および/または典型金属元素)を含む酸化物をも包含する意味である。かかる金属元素は、典型的にはCo及びMnである。また、かかる金属元素は、Co及びMnのほかに、F、B、Al、W、Mo、Cr、Ta、Nb、V、Zr、Ti及びYからなる群から選択される一種または二種以上の元素であり得る。
【0028】
このようなリチウム遷移金属酸化物を主成分する正極活物質粒子は、上記したような撥水性樹脂でコーティングされている点を除いては、従来公知のリチウム遷移金属酸化物粉末を構成する粒子と同様の性状(外形)であり得る。ここに開示される正極活物質粒子は、例えば、平均粒径が凡そ2μm〜10μmの範囲(特に好ましくは4μm〜8μmの範囲)にある二次粒子(リチウム遷移金属酸化物からなる微粒子が多数凝集して形成された粒状粉末)によって実質的に構成されたリチウム遷移金属酸化物からなる正極活物質粒子であり得る。
【0029】
ここで開示される撥水性樹脂被膜を構成する材料としては特に限定されずに幅広く使用することができるが、中でもリチウムイオン伝導性が比較的高いものが好ましい。好適例として、ポリフッ化ビニリデン系樹脂が挙げられる。ポリフッ化ビニリデン系樹脂としては、フッ化ビニリデンのモノマーを1種類で重合した単独重合体(PVDF)が好ましく用いられる。また、ポリフッ化ビニリデン系樹脂は、フッ化ビニリデンと共重合可能なビニル系単量体との共重合体であってもよい。フッ化ビニリデンと共重合可能なビニル系単量体としては、ヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレンおよび三塩化フッ化エチレン等が例示される。さらに、上記単独重合体及び共重合体の2種類以上を混合したものであってもよい。ポリフッ化ビニリデン系樹脂に代えて、ポリアクリロニトリル、ポリアミドイミド等の樹脂材料を用いることもできる。
【0030】
続いて、正極活物質粒子を撥水性樹脂で被覆する方法について説明する。上記撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子は、正極活物質粒子と撥水性樹脂とを適当な溶媒に分散混合したスラリー状(ペースト状またはインク状を含む。以下同じ。)の混合物を作製し、これを適当な温度で乾燥することにより得ることができる。上記スラリー状混合物の混練は、例えばプラネタリーミキサー等を使用して行うことができる。
【0031】
上記スラリー状混合物に用いられる溶媒としては、N‐メチルピロリドン(NMP)、ピロリドン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクサヘキサノン、トルエン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、等の有機系溶剤またはこれらの2種以上の組み合わせが挙げられる。あるいは、水または水を主体とする混合溶媒であってもよい。かかる混合溶媒を構成する水以外の溶媒としては、水と均一に混合し得る有機溶媒(低級アルコール、低級ケトン等)の一種または二種以上を適宜選択して用いることができる。スラリー状混合物における溶媒の含有率は特に限定されないが、スラリー全体の30〜80質量%程度が好ましい。
【0032】
ここで前述のとおり、ここで開示される撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子は、正極活物質粒子の平均粒径をA[μm]、その質量をB[g]とし、撥水性樹脂被膜の質量をC[g]、該撥水性樹脂の結晶化度をD[%]としたとき、3.0≦A×(C/B)×D≦10.0の関係式を満足するものであり得る。
【0033】
上述した関係式のうち、正極活物質粒子の平均粒径(A)は、スラリー状混合物に添加する正極活物質粒子の平均粒径を変えることによって調整することができる。すなわち、スラリー状混合物に添加する正極活物質粒子の平均粒径を適切に選択することによって、撥水性樹脂により被覆されている正極活物質粒子の平均粒径(A)をここに開示される好適な範囲に調整することができる。好ましくは、平均粒径が4μm〜8μm程度の微粒子形態の正極活物質粉末を添加してスラリー状混合物を作製するとよい。なお、ここでの平均粒径はメジアン径(d50)をいい、市販されている種々のレーザー回折/散乱法に基づく粒度分布測定装置によって容易に測定することができる。
【0034】
また上述した関係式のうち、撥水性樹脂被膜と正極活物質粒子との質量比(C/B)は、スラリー状混合物に添加する撥水性樹脂の配合量(撥水性樹脂/正極活物質粒子の配合比)を変えることによって調整することができる。一般にスラリー状混合物に添加する撥水性樹脂の配合量(撥水性樹脂/正極活物質粒子の配合比)が増えるほど、撥水性樹脂被膜と正極活物質粒子との質量比(C/B)が増大する。したがって、スラリー状混合物に添加する撥水性樹脂の配合量(撥水性樹脂と正極活物質粒子との配合比)を適切に選択することによって、撥水性樹脂被膜と正極活物質粒子との質量比(C/B)をここに開示される好適な範囲に調整することができる。好ましくは、撥水性樹脂被膜と正極活物質粒子との質量比(C/B)が0.01〜0.04となるように、撥水性樹脂の配合量(撥水性樹脂/正極活物質粒子の配合比)を適切に選択してスラリー状混合物を作製するとよい。なお、撥水性樹脂被膜と正極活物質粒子との質量比(C/B)は、例えば、撥水性樹脂被膜を加熱分解したときの熱重量分析(TGA)に基づく質量減少率から容易に把握することができる。
【0035】
また上述した関係式のうち、撥水性樹脂の結晶化度(D)は、スラリー状混合物を乾燥するときの乾燥条件(乾燥温度や乾燥時間等)を変えることによって調整することができる。すなわち、スラリー状混合物の乾燥条件(乾燥温度や乾燥時間等)は撥水性樹脂の結晶化度(D)を制御するという観点から一つの重要なファクターである。スラリー状混合物の乾燥条件(乾燥温度や乾燥時間等)を適切に選択することによって、撥水性樹脂の結晶化度(D)をここに開示される好適な範囲に調整することができる。好ましくは、スラリー状混合物の乾燥温度を110℃〜160℃(より好ましくは140℃〜160℃)の範囲内に決定するとよい。これにより、スラリー状混合物を乾燥した際に撥水性樹脂の結晶化度(D)が40%〜70%(より好ましくは40%〜65%)となる撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子を形成することができる。なお、撥水性樹脂の結晶化度(D)は、例えば、市販されている示差熱走査熱量測定(DSC)装置による融解熱測定によって容易に把握することができる。
上記のような乾燥処理により得られた乾燥凝集物を、好ましくは冷却後、乳鉢等で軽く粉砕することによって、撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子を得ることができる。
【0036】
なお、ここに開示される技術によると、上記3.0≦A×(C/B)×D≦10.0の関係式を満たすように調製された撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子を含む正極を備えるリチウム二次電池を製造する方法が提供され得る。
その製造方法は、上記3.0≦A×(C/B)×D≦10.0の関係式を満たすように調製された撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子を形成すること;および、
上記撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子を含む正極を用いてリチウム二次電池を構築すること;
を包含する。
【0037】
ここで、上記3.0≦A×(C/B)×D≦10.0の関係式を満たすように調製された撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子は、スラリー状混合物に添加する正極活物質粒子の平均粒径(メジアン径:d50)、スラリー状混合物に添加する撥水性樹脂の配合量(撥水性樹脂/正極活物質粒子の配合比)、スラリー状混合物を乾燥するときの乾燥条件(乾燥温度など)のうちの少なくとも何れかを上記適切な範囲が実現されるように設定し、その設定された条件に沿って撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子を形成することにより得られる。
【0038】
したがって、ここに開示される事項には、上記3.0≦A×(C/B)×D≦10.0の関係式を満たすように調製された撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子を含む正極を備えるリチウム二次電池を製造する方法であって、スラリー状混合物に添加する正極活物質粒子の平均粒径(メジアン径:d50)、スラリー状混合物に添加する撥水性樹脂の配合量(撥水性樹脂/正極活物質粒子の配合比)、スラリー状混合物を乾燥するときの乾燥条件(乾燥温度など)のうちの少なくとも何れかを上記適切な範囲が実現されるように設定することと、その設定された条件に沿って撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子を形成することと、を包含するリチウム二次電池製造方法が含まれる。
【0039】
ここに開示される撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子は、3.0≦A×(C/B)×D≦10.0の関係式を満足し、撥水性樹脂被膜の厚みと撥水性樹脂の結晶化度とが適度なバランスで調整されているので、良好なリチウムイオン透過性を備え、且つ、水分やCOの透過を好ましく抑制できる。このことから、ここで開示される撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子は、リチウム二次電池(典型的にはリチウムイオン電池)の正極活物質として好適に使用することができる。
【0040】
そして、ここで開示される撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子を使用する以外は、従来と同様の材料とプロセスを採用してリチウム二次電池を構築することができる。
【0041】
例えば、ここで開示される撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子から成る粉末に、導電材としてアセチレンブラック、ケッチェンブラック等のカーボンブラックやその他(グラファイト等)の粉末状カーボン材料を混合することができる。また、正極活物質と導電材の他に、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、スチレンブタジエンラバー(SBR)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、カルボキシメチルセルロース(CMC)等の結着材(バインダ)を添加することができる。これらを適当な分散媒体に分散させて混練することによって、ペースト状(スラリー状またはインク状を含む。以下同じ。)の正極活物質層形成用組成物(以下、「正極活物質層形成用ペースト」という場合がある。)を調製することができる。このペーストを、好ましくはアルミニウムまたはアルミニウムを主成分とする合金から構成される正極集電体上に適当量塗布しさらに乾燥ならびにプレスすることによって、リチウム二次電池用正極を作製することができる。
【0042】
他方、対極となるリチウム二次電池用負極は、従来と同様の手法により作製することができる。例えば負極活物質としては、リチウムイオンを吸蔵且つ放出可能な材料であればよい。典型例として黒鉛(グラファイト)等から成る粉末状の炭素材料が挙げられる。特に黒鉛粒子は、粒径が小さく単位体積当たりの表面積が大きいことからより急速充放電(例えば高出力放電)に適した負極活物質となり得る。
【0043】
そして正極と同様、かかる粉末状材料を適当な結着材(バインダ)とともに適当な分散媒体に分散させて混練することによって、ペースト状の負極活物質層形成用組成物(以下、「負極活物質層形成用ペースト」という場合がある。)を調製することができる。このペーストを、好ましくは銅やニッケル或いはそれらの合金から構成される負極集電体上に適当量塗布しさらに乾燥ならびにプレスすることによって、リチウム二次電池用負極を作製することができる。
【0044】
本構成の撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子を用いるリチウム二次電池において、従来と同様のセパレータを使用することができる。例えばポリオレフィン樹脂から成る多孔質のシート(多孔質フィルム)等を使用することができる。
【0045】
また、電解質としては従来からリチウム二次電池に用いられる非水系の電解質(典型的には電解液)と同様のものを特に限定なく使用することができる。典型的には、適当な非水溶媒に支持塩を含有させた組成である。上記非水溶媒としては、例えば、プロピレンカーボネート(PC)、エチレンカーボネート(EC)、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)等からなる群から選択された一種又は二種以上を用いることができる。また、上記支持塩としては、例えば、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF、LiCFSO、LiCSO、LiN(CFSO、LiC(CFSO、LiI等から選択される一種または二種以上のリチウム化合物(リチウム塩)を用いることができる。
【0046】
また、ここで開示されるリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物を正極活物質として採用される限りにおいて、構築されるリチウム二次電池の形状(外形やサイズ)には特に制限はない。外装がラミネートフィルム等で構成される薄型シートタイプであってもよく、電池外装ケースが円筒形状や直方体形状の電池でもよく、或いは小型のボタン形状であってもよい。
【0047】
以下、捲回電極体を備えるリチウム二次電池を例にしてここで開示される撥水性樹脂被膜付き正極活物質粒子の使用態様につき、図3に示す模式図を参照しつつ説明するが、本発明をかかる実施形態に限定することを意図したものではない。
【0048】
図示するように、本実施形態に係るリチウム二次電池100は、金属製(樹脂製又はラミネートフィルム製も好適である。)のケース82を備える。このケース(外容器)82は、上端が開放された扁平な直方体状のケース本体84と、その開口部を塞ぐ蓋体86とを備える。ケース82の上面(すなわち蓋体86)には、電極体80の正極70と電気的に接続する正極端子72および該電極体の負極50と電気的に接続する負極端子74が設けられている。ケース82の内部には、例えば長尺シート状の正極(正極シート)70および長尺シート状の負極(負極シート)50を計二枚の長尺シート状セパレータ(セパレータシート)76とともに積層して捲回し、次いで得られた捲回体を側面方向から押しつぶして拉げさせることによって作製される扁平形状の捲回電極体80が収容される。
【0049】
負極シート50は、長尺シート状の負極集電体の両面に負極活物質を主成分とする負極活物質層が設けられた構成を有する。また、正極シート70も負極シートと同様に、長尺シート状の正極集電体の両面に正極活物質を主成分とする正極合材層が設けられた構成を有する。これらの電極シート50、70の幅方向の一端には、いずれの面にも上記電極合材層が設けられていない電極合材層非形成部分が形成されている。
【0050】
上記積層の際には、正極シート70の正極合材層非形成部分と負極シート50の負極合材層非形成部分とがセパレータシート76の幅方向の両側からそれぞれはみ出すように、正極シート70と負極シート50とを幅方向にややずらして重ね合わせる。その結果、捲回電極体80の捲回方向に対する横方向において、正極シート70および負極シート50の電極合材層非形成部分がそれぞれ捲回コア部分(すなわち正極シート70の正極合材層形成部分と負極シート50の負極活物質層形成部分と二枚のセパレータシート76とが密に捲回された部分)から外方にはみ出ている。かかる正極側はみ出し部分(すなわち正極合材層の非形成部分)70Aおよび負極側はみ出し部分(すなわち負極活物質層の非形成部分)50Aには、正極リード端子78および負極リード端子79がそれぞれ付設されており、上述の正極端子72および負極端子74とそれぞれ電気的に接続される。
【0051】
そして、ケース本体84の上端開口部から該本体84内に捲回電極体80を収容するとともに適当な電解質を含む電解液をケース本体84内に配置(注液)する。その後、上記開口部を蓋体86との溶接等により封止し、本実施形態に係るリチウム二次電池100の組み立てが完成する。ケース82の封止プロセスや電解質の配置(注液)プロセスは、従来のリチウム二次電池の製造で行われている手法と同様でよく、本発明を特徴付けるものではない。このようにして本実施形態に係るリチウム二次電池100の構築が完成する。
【0052】
以下、本発明に関する試験例を説明するが、本発明を以下の試験例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0053】
<試験例1:PVDF被膜付き正極活物質粒子の作製>
正極活物質としてのLi1.05Ni0.8Co0.15Al0.05(以下、LNOと略省する。)粉末と撥水性樹脂としてのポリフッ化ビニリデン(PVDF)とをN−メチルピロリドン(NMP)中でプラネタリーミキサーにより混合して、スラリー状混合物(固形分濃度約10質量%)を調製した。そして該スラリー状混合物を減圧雰囲気下において所定温度で乾燥した。かかる乾燥後、乾燥凝集物を乳鉢で軽く粉砕することにより、PVDF被膜付き正極活物質粉末を得た。
【0054】
なお、本試験では、レーザー回折/散乱法に基づく平均粒径(A)が4μm、6μm、8μmのいずれかとなる3種類のLNO粉末を用いて上記手法によりPVDF被膜付き正極活物質粉末を作製した。また、PVDF粉末:LNO粉末の配合比が1:100、1:50、3:100、1:25のいずれかとなる様に、PVDF粉末の配合量を異ならせつつ、上記手法によりPVDF被膜付き正極活物質粉末を作製した。さらに、スラリー状混合物の乾燥温度を110℃〜160℃の温度域のいずれかに設定して上記手法によりPVDF被膜付き正極活物質粉末を作製した。
【0055】
<試験例2:質量比(C/B)及び結晶化度(D)の算出>
上記試験例1で作製した各種のPVDF被膜付き正極活物質粉末について熱重量分析(TGA)を行い、PVDF被膜と正極活物質粉末との質量比(C/B)を調べた。具体的には図3に示すように、PVDF被膜付き正極活物質粉末を室温から500℃まで加熱してPVDF被膜を分解除去したときの質量減少率からPVDF被膜と正極活物質粉末との実際の質量比(C/B)を算出した。
【0056】
また、上記試験例1で作製した各種のPVDF被膜付き正極活物質粉末について示差熱走査熱量測定(DSC)を行い、PVDFの結晶化度(D)を調べた。具体的には図4に示すように、PVDF被膜付き正極活物質粉末を加熱したときの160℃付近の融解吸熱ピーク(図中の斜線部分)から融解熱量ΔHを求め、この融解熱量ΔHと、理論的に算出されるPVDFの完全結晶の融解熱量ΔHとから結晶化度D=[ΔH/ΔH]×100を算出した。結果を表1〜表3に示す。ここで、A:正極活物質粉末の平均粒径(μm)、C/B:PVDF被膜と正極活物質粉末との質量比、Y=A×(C/B)の値、T:乾燥温度(℃)、D:PVDFの結晶化度(%)、X=A×(C/B)×Dの値である。
【0057】
【表1】

【0058】
【表2】

【0059】
【表3】

【0060】
<試験例3:LiCO発生量の測定>
上記試験例1で作製した各種のPVDF被膜付き正極活物質粉末を水中に浸漬し、正極活物質粉末と水とCOとの反応により生じたLiCOの発生量を測定した。具体的には、PVDF被膜付き正極活物質粉末のPVDF被膜を除く正極活物質粉末のみの質量が1gとなる量を水100gに投入した。そして、10分間攪拌した後、濾過して正極活物質粉末を取り除き、得られた濾液にBaClを添加してLiCOをBaCOとして沈殿させた。その後、1Mの塩酸で中和滴定(BaCO+2HCl→BaCl+HO+CO)を行い、正極活物質粉末と水との反応により生じたLiCO量を測定した。結果を図5と表1〜表3に示す。図5のグラフの横軸は供試したPVDF被膜付き正極活物質粉末のX=A×(C/B)×Dの値であり、右側の縦軸が正極活物質粉末の単位質量(グラム)あたりのLiCOの発生量の割合(wt%)である。LiCO発生量の割合(wt%)が小さいほど、正極活物質粉末と水とCOとの反応が抑制されていると云える。
【0061】
図5に示すグラフから明らかなように、X=A×(C/B)×Dの値が3.0を下回るとLiCO発生量の割合が大幅に増加した。これに対し、Xの値が3.0以上になるとLiCO発生量の割合が0.22wt%以下に抑えられた。
【0062】
<試験例4:反応抵抗(Rct)の測定>
上記試験例1で作製した各種のPVDF被膜付き正極活物質粉末を使用し、試験用リチウム二次電池を構築した。そして、各試験用電池について交流インピーダンス測定を行い、それら電池の反応抵抗を評価した。なお、試験用リチウムイオン電池は、以下のようにして構築した。
【0063】
まず、PVDF被膜付き正極活物質粉末と、導電材としてのアセチレンブラックと、結着材としてのPVDF粉末とを、それらの材料の質量比が96:3:1となるようにN−メチルピロリドン(NMP)に分散させ、正極活物質層形成用ペーストを調製した。このペーストを正極集電体(厚さ20μm程度のアルミニウム箔)に塗布およびプレスしてNMPを揮発させ、正極集電体の両面に厚さが概ね100μmの正極活物質層が形成された正極シートを作製した。
【0064】
一方、負極活物質としての鱗片状グラファイトと、結着材としてのスチレンブタジエンラバー(SBR)と、増粘剤としてのカルボキシメチルセルロース(CMC)とを、それらの材料の質量比が98:1:1となるように水中に分散させ、負極活物質層形成用ペーストを調製した。このペーストを負極集電体(厚さ15μm程度の銅箔)に塗布およびプレスして水を揮発させ、負極集電体の片面に厚さが概ね100μmの負極活物質層が形成された負極シートを作製した。
【0065】
次いで、正極シートの正極活物質層を3cm×4cmに打ち抜いて、正極を作製した。また、負極シートの負極活物質層を3cm×4cmに打ち抜いて、負極を作製した。正極にアルミリードを取り付け、負極にニッケルリードを取り付け、それらをセパレータ(多孔質ポリエチレンシートを使用した。)を介して対向配置し、非水電解液とともにラミネート袋に挿入して、図6に示すラミネートセル60を構築した。図6中、符号61は正極を、符号62は負極を、符号63は電解液の含浸したセパレータを、符号64はラミネート袋をそれぞれ示す。なお、非水電解液としては、エチレンカーボネート(EC)とジメチルカーボネート(DMC)とエチルメチルカーボネート(EMC)とを3:4:3の体積比で含む混合溶媒に支持塩としてのLiPFを約1mol/リットルの濃度で含有させたものを用いた。また、参考のために、PVDFで被覆していない正極活物質粉末(PVDF被膜なし正極活物質粉末)を用いてリチウム二次電池を構築した。PVDF被膜なし正極活物質粉末を用いたこと以外は上記と同様の手法によりリチウム二次電池を構築した。
【0066】
このようにして作製したリチウム二次電池の交流インピーダンスを−15℃で測定し、それらの反応抵抗(Rct)を評価した。交流インピーダンスの測定条件については、交流印加電圧10mV、周波数範囲0.001Hz〜100000Hzとした。その結果を図5のグラフと表1〜表3に示す。図5のグラフの横軸は供試したPVDF被膜付き正極活物質粉末のX=A×(C/B)×Dの値であり、左側の縦軸が反応抵抗(Rct)比である。この反応抵抗(Rct)比は、PVDF被膜なし正極活物質粉末を用いて構築したリチウム二次電池の反応抵抗値を1としたときの比である。
【0067】
図5と表1〜表3から明らかなように、X=A×(C/B)×Dの値が10.0を上回るリチウム二次電池については反応抵抗比が大幅に増大した。また、Xの値が3.0を下回るリチウム二次電池についても反応抵抗比が大幅に増大した。
【0068】
これに対し、3.0≦X≦10.0の関係式を満たすリチウム二次電池については反応抵抗比が1.1以下とより低く抑えられていた。特に3.0≦X≦10.0を満たし、かつ0.05≦Y≦0.20が成立するリチウム二次電池では、1.08以下という極めて低い反応抵抗比が実現でき、電池性能が好ましく改善されることが確かめられた。
【0069】
以上、本発明を好適な実施形態により説明してきたが、こうした記述は限定事項ではなく、勿論、種々の改変が可能である。
【0070】
ここに開示されるいずれかのリチウム二次電池は、上記したように電池の反応抵抗を低下させることができるため、特にハイレート充放電が要求される車両に搭載される電池として適した性能を備える。したがって本発明によると、図7に示すように、ここに開示されるいずれかのリチウム二次電池100(複数のリチウム二次電池が接続された組電池の形態であり得る。)を備える車両1が提供される。特に、該リチウム二次電池を動力源(典型的には、ハイブリッド車両または電気車両の動力源)として備える車両(例えば自動車)が提供される。
【符号の説明】
【0071】
1 車両
10 正極活物質粒子
12 撥水性樹脂被膜
50 負極
50 負極シート
60 ラミネートセル
70 正極シート
72 正極端子
74 負極端子
76 セパレータシート
78 正極リード端子
79 負極リード端子
80 捲回電極体
82 ケース
84 ケース本体
86 蓋体
100 リチウム二次電池

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極活物質粒子を含む正極を備えるリチウム二次電池であって、
前記正極活物質粒子は、その表面が撥水性樹脂により被覆されており、
ここで、前記撥水性樹脂により被覆されている正極活物質粒子の平均粒径(メジアン径:d50)をA[μm]、その質量をB[g]とし、かつ、
該正極活物質粒子を被覆している撥水性樹脂被膜の質量をC[g]、該撥水性樹脂の結晶化度をD[%]としたとき、3.0≦A×(C/B)×D≦10.0なる関係式を満たすことを特徴とする、リチウム二次電池。
【請求項2】
前記平均粒径Aと前記質量B、Cとの間に、関係式0.05≦A×(C/B)≦0.20が成立する、請求項1に記載のリチウム二次電池。
【請求項3】
前記正極活物質粒子は、一般式Li1+x(NiCoMn1−y−z−γγ)O(但し、0≦x≦0.2、0.3≦y≦1.0、0≦z≦0.5、0≦γ≦0.2、0.3≦y+z+γ≦1、MはF、B、Al、W、Mo、Cr、Ta、Nb、V、Zr、Ti、Yからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素である。)で示されるリチウムニッケル複合酸化物である、請求項1または2に記載のリチウム二次電池。
【請求項4】
前記一般式中、yが0.5≦y≦1.0であり、0.5≦y+z+γ≦1である、請求項3に記載のリチウム二次電池。
【請求項5】
前記撥水性樹脂は、ポリフッ化ビニリデン系樹脂である、請求項1から4の何れか一つに記載のリチウム二次電池。
【請求項6】
前記正極活物質粒子の平均粒径Aが4μm〜8μmである、請求項1から5の何れか一つに記載のリチウム二次電池。
【請求項7】
前記撥水性樹脂被膜と前記正極活物質粒子との質量比(C/B)が0.01〜0.04である、請求項1から6の何れか一つに記載のリチウム二次電池。
【請求項8】
前記撥水性樹脂の結晶化度Dが40%〜70%である、請求項1から7の何れか一つに記載のリチウム二次電池。
【請求項9】
請求項1から8のいずれかに記載のリチウム二次電池を備える車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−9401(P2012−9401A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−146886(P2010−146886)
【出願日】平成22年6月28日(2010.6.28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】