リパーゼまたはその分泌微生物と加水分解生成物分解微生物との複合効果による油脂含有排水の処理方法とグリーストラップ浄化方法及び油脂分解剤
【課題】微生物によって油脂を高効率に分解し、それによって厨房排水のような高濃度油脂含有排水を効果的に処理できるようにする。
【解決手段】油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼ分泌微生物と、加水分解生成物を消費・資化する微生物との複合作用により油脂を分解する。この油脂含有排水の処理方法を用いて、グリーストラップに蓄積した油分をトラップ槽内で除去する。
【解決手段】油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼ分泌微生物と、加水分解生成物を消費・資化する微生物との複合作用により油脂を分解する。この油脂含有排水の処理方法を用いて、グリーストラップに蓄積した油分をトラップ槽内で除去する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリパーゼまたはその分泌微生物と加水分解生成物分解微生物との複合効果による油脂含有排水の処理方法とグリーストラップ浄化方法及び油脂分解剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、微生物による油脂分解は排水処理などに利用されてきた。特に、外食産業の厨房排水に含まれる油分を固液分離により除く処理設備であるグリーストラップでは、悪臭や害虫の発生源であること、分離した油の回収や運搬、清掃等のメンテナンスにかかる労苦やコストなどを考慮すると、グリーストラップ内の油を消滅させるような画期的な技術の確立が、外食産業を中心とする産業界から切望されており、微生物による油脂分解技術の適用が試みられてきた。そのような試みの多くは、グリーストラップに適用可能な油脂分解能力の優れた微生物を単離し、油脂分解能力を調べたり実際にグリーストラップに適用してみたりというものである(例えば特許文献1から6)。
しかしながら、外食産業の厨房排水は通常1g/L以上、高いときは10g/L以上もの高濃度の油脂を含んでいるだけでなく、多くのグリーストラップ内の排水の滞留時間は10分程度と極めて短い。そのため、グリーストラップ内だけで油を処理することは困難であり、これまでのところ、多くの自治体が設定している排出目標であるノルマルヘキサン値30mg/Lを、グリーストラップ内の処理だけで常時達成できる油脂分解微生物は報告されていない。
実際に先に例示した特許文献3から5は、フラスコまたは水槽を用いた実証例しか示していない。また、特許文献2および6では、グリーストラップの外に油脂分解槽を設けており、その中で分解処理している。さらにこれらの実施例においては、30から300mg/Lという、通常の排水よりずっと低濃度の油脂を分解した実施例しか示されていない。特許文献1では、グリーストラップ内で処理した実施例が示されているが、連続運転の結果が示されておらず、また、前述の排出目標値よりも一桁高い値までしか処理されていない結果が示されている。したがって、グリーストラップ内だけで油を処理するには、微生物による分解効率をさらに向上させる必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−75832号公報
【特許文献2】特開2003−24051号公報
【特許文献3】特開2003−38169号公報
【特許文献4】特開2004−242553号公報
【特許文献5】特開2008−142042号公報
【特許文献6】特開2008−220201号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたもので、微生物によって油脂を高効率に分解するための方法と油脂分解剤を提供することを第一の目的とし、それによって厨房排水のような高濃度油脂含有排水を効果的に処理することを第二の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
微生物による油脂分解では、微生物が分泌する加水分解酵素であるリパーゼにより、油脂が脂肪酸とグリセロールに分解される。しかしながら、油脂の加水分解反応は可逆反応であり、加水分解生成物が蓄積すると分解速度は低下してしまう。そこで本発明者は、加水分解生成物を除去することにより加水分解を促進すれば、結果的に微生物による油脂分解速度は向上すると考えた。
そのために、本発明は、油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼ分泌微生物と、加水分解生成物を消費・資化する微生物との複合作用により油脂を分解する油脂含有排水処理方法を特徴とする(請求項1)。さらに、請求項1に記載の油脂含有排水処理方法において、リパーゼ分泌微生物が脂肪酸を消費・資化する微生物であることを特徴とする(請求項2)。さらに請求項2に記載の油脂含有排水処理方法において、リパーゼ分泌細菌がバークホルデリア アルボリス(Burkholderia arbolis)であることを特徴とする(請求項3)。
また、請求項1及至3のいずれか一つに記載の油脂含有排水処理方法において、加水分解生成物がグリセロールであることを特徴とする(請求項4)。さらに、請求項4に記載の油脂含有排水処理方法において、加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセア(Candida cylindracea)であることを特徴とする(請求項5)。
また、油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼと、加水分解生成物を消費・資化する微生物を複合して油脂を分解する油脂含有排水処理方法を特徴とする(請求項6)。さらに、請求項6に記載の油脂含有排水処理方法において、加水分解生成物がグリセロールであることを特徴とする(請求項7)。さらに、請求項7に記載の油脂含有排水処理方法において、加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアであることを特徴とする(請求項8)。
また、請求項1及至8のいずれか一つに記載の油脂含有排水の処理方法により、グリーストラップに蓄積した油分をトラップ槽内で除去し、グリーストラップを浄化する方法を特徴とする(請求項9)。
また、油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼ分泌微生物と、加水分解生成物を消費・資化する微生物を含む油脂分解剤を特徴とする(請求項10)。さらに、請求項10に記載の油脂分解剤において、リパーゼ分泌微生物が脂肪酸を消費・資化する微生物であることを特徴とする(請求項11)。さらに、請求項11に記載の油脂分解剤において、リパーゼ分泌細菌がバークホルデリア アルボリスであることを特徴とする(請求項12)。
また、請求項10及至12のいずれか一つに記載の油脂分解剤において、加水分解生成物がグリセロールであることを特徴とする(請求項13)。さらに、請求項13に記載の油脂分解剤において、加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアであることを特徴とする(請求項14)。
また、油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼと、加水分解生成物を消費・資化する微生物を含む油脂分解剤を特徴とする(請求項15)。さらに、請求項15に記載の油脂分解剤において、加水分解生成物がグリセロールであることを特徴とする(請求項16)。さらに、請求項16に記載の油脂分解剤において、加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアであることを特徴とする(請求項17)。
本発明による上記の方法と油脂除去剤を利用すれば、高濃度の油脂を含む厨房排水を処理する施設であるグリーストラップ内で油を分解処理して浄化することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【図1】バークホルデリア アルボリスSL1B1株を油脂(丸印)またはグリセロール(四角印)を唯一の炭素源として100mLフラスコ中でバッチ培養した時のCFUの変化を示すグラフである。
【図2】カンジダ シリンドラセアSL1B2株を油脂(丸印)またはグリセロール(四角印)を唯一の炭素源として100mLフラスコ中でバッチ培養した時のCFUの変化を示すグラフである。
【図3】比較例1におけるバークホルデリア アルボリスSL1B1株のCFUの経時的変化を示すグラフである。
【図4】実施例1におけるバークホルデリア アルボリスSL1B1株(ダイヤモンド印)及びカンジダ シリンドラセアSL1B2株(四角印)のCFUの経時的変化を示すグラフである。
【図5】比較例1における培地中の全脂肪酸(丸印)、グリセロール(四角印)、およびアンモニウムイオン濃度(三角印)の経時的変化を示すグラフである。
【図6】実施例1における培地中の全脂肪酸(丸印)、グリセロール(四角印)、およびアンモニウムイオン濃度(三角印)の経時的変化を示すグラフである。
【図7】比較例1における培養上清のリパーゼ活性の経時的変化を示すグラフである。
【図8】実施例1における培養上清のリパーゼ活性の経時的変化を示すグラフである。
【図9】比較例1における油脂の加水分解過程を示すTLCの結果である。
【図10】実施例1における油脂の加水分解過程を示すTLCの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
次に、本発明の実施形態について説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
本発明で用いる微生物は、リパーゼを分泌して油脂をグリセロールと脂肪酸に加水分解する能力が高い微生物と加水分解生成物であるグリセロールまたは脂肪酸を資化・消費する微生物である。そのような微生物は、油脂、グリセロール、または脂肪酸のいずれかを唯一の炭素源としてそれぞれ含む無機塩寒天培地上で単離可能である。また、油脂の加水分解能力の高い微生物は、上記寒天培地上に生じたコロニー周辺にクリアゾーン(ハロー)を形成するので判別可能である。さらに、油脂の加水分解生成物を資化・消費する微生物は、油脂を含む寒天培地上で、リパーゼ分泌微生物のコロニーに隣接して、またはクリアゾーン上にコロニーを形成するので、この特徴により判別または分離可能である。実際にこれらの方法により、リパーゼを分泌して油脂をグリセロールと脂肪酸に加水分解する能力が高い微生物としてSL1B1株を、加水分解生成物であるグリセロールを資化・消費する微生物であるSL1B2株を単離した。16SリボゾームDNAの塩基配列の決定及び系統解析によって、前者はバークホルデリア アルボリス、後者はカンジダ シリンドラセアと同定され、それぞれ平成21年3月17日、平成21年3月6日に独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに受領された。受領番号はそれぞれNITE AP-724とNITE AP-714である。
リパーゼを分泌する微生物の中では、脂肪酸を資化・消費するものが好ましい。このような特徴をもつものは、グリセロールを資化・消費する微生物と組み合わせることで油脂の分解速度を高めることができる。
リパーゼを分泌して油脂を脂肪酸とグリセロールに分解し、さらに脂肪酸を資化・消費する微生物としては、真性細菌、酵母、糸状真菌類が例示される。これらのうち好ましくは真性細菌と酵母、さらに好ましくはグラム陽性細菌、プロテオバクテリアがよい。またグラム陽性細菌の中ではバチルス属細菌が特によい。プロテオバクテリアの中ではアルファバクテリア、ベータバクテリア、ガンマバクテリアがさらに好ましい。さらにこの中でも、バークホルデリア属細菌、アシネトバクター(Acinetobacter)属細菌、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、アルカリゲネス(Alcaligenes)属細菌、ロドバクター(Rhodobacter)属細菌、ラルストニア(Ralstonia)属細菌、アシドボラックス(Acidovorax)属細菌は、前述のグラム陽性細菌に属するバチルス属細菌と並んで、特に好ましい。さらにこれら真性細菌の属の中ではバークホルデリア属細菌が最も好ましい。
油脂の加水分解生成物であるグリセロールを資化・消費する微生物としては、真性細菌、酵母、糸状真菌類が例示される。これらのうち好ましくは真性細菌と酵母であり、特に酵母が好ましい。さらに酵母の中でもカンジダ属酵母が最も好ましい。
リパーゼを分泌する微生物と油脂の加水分解生成物を資化・消費する微生物の組み合わせの中でも好ましいのは、バークホルデリア属細菌とカンジダ属酵母の組み合わせである。前者はリパーゼを分泌して油脂を加水分解し、生じた脂肪酸を資化・消費する。後者は前者が分泌したリパーゼにより油脂が加水分解して生じたグリセロールを資化・消費する。さらにこの組み合わせの中で最も好ましいのは、バークホルデリア アルボリスとカンジダ シリンドラセアの組み合わせである。その実例として、前述のバークホルデリア アルボリスSL1B1株とカンジダ シリンドラセアSL1B2株との組み合わせを挙げることができる。
微生物のリパーゼ分泌能力については、微生物培養液の遠心分離によって得られる培養上清のリパーゼ活性を測定することにより評価することができる。リパーゼ活性は、パルミチン酸と4−ニトロフェノールとのエステルである4−ニトロフェニルパルミテート(4−NPP)を基質として用いて酵素反応を行い、エステルの加水分解により生じたp−ニトロフェノールの量を410nmの吸光度を測定することによって決定できる。まず、4−NPP(18.9mg)を3%(v/v)トリトンX―100(12ml)に加え、70℃で溶解して基質溶液とする。基質溶液1mL、イオン交換水0.9mLおよび150mM GTA緩衝液(150mM 3,3−dimethylglutaric acid,150mM Tris,および150mM 2−amino−2−methyl−1,3−propanediolにNaOHまたはHClを加えてpH6に調製)1mLをセルに入れ、28℃で5分間保温する。これに培養上清を0.1mL添加して、攪拌しながら410nmの値を測定する。リパーゼ活性は、1μモルの4−ニトロフェノールを生産する酵素量を1ユニット(U)と定義して活性測定を行い、培養上清1mL当たりのユニットを算出する。
微生物の油脂と脂肪酸の分解・消費能力は、培地中に残存する油脂に含まれる脂肪酸および加水分解により生じた遊離脂肪酸をガスクロマトグラフィーで定量することにより評価できる。具体的な定量手順を示すと、まず、培養上清1mLを塩酸により酸性にし、2mLのクロロホルムを加える。2分間攪拌後遠心し、クロロホルム層1mLを別容器に移して溶媒を蒸発させて濃縮する。メタノリシス溶液(メタノール:硫酸=17:3)を2mL加えて100℃で2時間加熱し、油脂および遊離脂肪酸をメチルエステル化させる。その後、クロロホルム2mL、純水1mLを加えて攪拌の後、クロロホルム層をガスクロマトグラフィーで分析し、脂肪酸のメチルエステルを定量する。
微生物が油脂を加水分解する能力および脂肪酸を消費する能力は、培地中に残存する油脂およびその加水分解生成物である脂肪酸を薄層クロマトグラフィー(TLC)で分析することにより評価できる。具体的な手順を示すと、培養上清20mLに酢酸エチル40mLを加えた後、塩酸によって酸性にし、10分間攪拌する。その後、酢酸エチル層20mLを濃縮して、クロロホルム4mLに溶解後TLCへ2μLアプライし、クロロホルム:アセトン(96:4)溶液で展開させる。油脂および脂肪酸の標準物質には、それぞれトリオレインおよびオレイン酸が使用可能である。展開後、4%(w/v)12モリブド(IV)リン酸エタノール溶液を噴きかけ、100℃で30分加熱することで油脂と遊離脂肪酸を可視化する。
微生物のグリセロール分解・消費能力は、培養上清のグリセロール濃度を酵素法により定量することで評価できる。これには、Fキット−グリセロール(ロッシュ製)などの市販の定量キットを用いることができる。
微生物の油脂、脂肪酸、グリセロールの資化能力は、それぞれを唯一の炭素源とする培地での増殖能を調べることで評価できる。増殖能を調べる方法としては、菌体の光学密度を測定する方法があるが、油脂や脂肪酸を炭素源とする場合は、基質の乳化によっても培養液が白濁するため、適当でない場合がある。より汎用的な方法として、コロニーフォーミングユニット(CFU)を測定する方法がある。寒天培地上に培養液の原液および希釈液を一定量塗り拡げ、静置培養により形成されたコロニーを計数する。
バークホルデリア アルボリスSL1B1株を油脂またはグリセロールを唯一の炭素源として100mLフラスコ中でバッチ培養した時のCFUの変化を図1に示す。油脂ではCFUは増加し、微生物が油脂を資化して増殖していることがわかる。一方グリセロールではCFUが減少しており死んでいっていることがわかる。すなわち、この微生物株はグリセロールを資化することはできない。以上よりSL1B1株は、油脂を加水分解し、生じた脂肪酸の方を資化して増殖することが明らかである。
カンジダ シリンドラセアSL1B2株を油脂またはグリセロールを唯一の炭素源として100mLフラスコ中でバッチ培養した時のCFUの変化を図2に示す。この微生物株は明らかにグリセロールでよく増殖する一方、油脂では若干の増殖は認められるもののグリセロールの時と比較すると増殖は芳しくない。すなわち、油脂の資化能は低いことがわかる。実際、油脂で培養した時のSL1B2株の培養上清のリパーゼ活性はSL1B1株の25分の1であり、ほとんど認められなかった。
本発明で用いるリパーゼ分泌微生物と油脂加水分解生成物の資化・消費微生物を組み合わせて油脂を効果的に分解するために、これらの微生物を別々に用意した後、一緒に排水に添加してもよいが、これらの微生物の両方を含む油脂分解剤を調製して添加してもよい。また、リパーゼ分泌微生物の代わりにリパーゼそのものを、油脂加水分解生成物の資化・消費微生物と一緒に添加してもよい。あるいは、リパーゼ分泌微生物の代わりにリパーゼそのものを含む油脂分解剤を添加してもよい。
微生物および油脂分解剤としては、液体の形状でも固体の形状でもよい。液体形状のものとしては、微生物の培養液そのもの、微生物を遠心分離などにより集菌したものを水などに再度分散させたものなどが例示される。固体形状のものは、例えば培養菌体を凍結乾燥することによって得ることができ、粉末、顆粒、錠剤などにできる。また、微生物を各種担体に固定化してもよい。
油脂分解剤は、リパーゼ分泌微生物と油脂加水分解生成物の資化・消費微生物をそれぞれ少なくとも1種類ずつ含んでいれば、それ以上の種類の微生物や、微生物の活性を高めたり、長期間維持したりするための物質を含んでいても構わない。さらに、油脂分解剤は、リパーゼ分泌微生物の代わりにリパーゼそのものを含んでいてもよい。
本発明による油脂の分解技術および油脂分解剤は、グリーストラップはもちろん、油脂を含有するあらゆる排水の処理に適用可能である。また、グリーストラップに適用する際は、別に分解処理槽を設けてもよいが、油脂分解剤や微生物を直接グリーストラップに投入してグリーストラップ内で分解処理することもできる。
【実施例】
【0008】
実施例1として、5Lファーメンターを用いて、10g/Lのキャノーラ油を含む無機塩培地(3L)にリパーゼ分泌細菌バークホルデリア アルボリスSL1B1株とグリセロール資化酵母カンジダ シリンドラセアSL1B2株を植菌し、28℃、pH6に制御して攪拌培養した。経時的に培地を採取し、CFU、油脂の加水分解、脂肪酸量、グリセロール量、アンモニウムイオン濃度、およびリパーゼ活性を測定した。また比較例1として、バークホルデリア アルボリスSL1B1株だけを純粋培養し、同項目を測定した。
CFU測定の結果を、図3(比較例1)および図4(実施例1)に記載した。バークホルデリア アルボリスSL1B1株の増殖はカンジダ シリンドラセアSL1B2株の影響をほとんど受けていない。また、カンジダ シリンドラセアSL1B2株の方は単独では油脂でほとんど増殖できなかったが、バークホルデリア アルボリスSL1B1株が存在することによって良好に増殖できるようになったことが示された。すなわち、両微生物株は油脂を炭素源とした培地では共生関係にあり、共存可能であることがわかった。
脂肪酸、グリセリン、アンモニウムイオン濃度の測定結果を、図5(比較例1)および図6(実施例1)に記載した。窒素源であるアンモニウムイオンの消費速度は比較例でも実施例でも変わらなかった。グリセロールの分解は比較例ではわずかばかりであり、48時間経過後でも多くが残存していた(図5)。一方実施例では、24時間でほぼグリセロールが消費されて、検出限界以下となった(図6)。また、肝心な全脂肪酸量は比較例であるバークホルデリア アルボリスSL1B1株の純粋培養においても培養経過とともに減少し、40時間で完全に分解された(図5)。すなわち、グリーストラップの条件と同レベルの濃度の油脂でも効果的に分解可能であることが示された。さらにこれにカンジダ シリンドラセアSL1B2株を加えた実施例である混合培養系では、全脂肪酸の分解速度が2倍程度促進され、24時間以内に完全に分解された(図6)。
培養上清のリパーゼ活性の測定結果を、図7(比較例1)および図8(実施例1)に記載した。比較例と実施例との間に差は認められず、どちらにおいても培養経過とともに同様なレベルで増加した。すなわち、カンジダ シリンドラセアSL1B2株の存在は、バークホルデリア アルボリスSL1B1のリパーゼ分泌量には影響がないことが明らかとなった。
培養中の油脂の加水分解過程をTLCで分析した結果を図9(比較例1)および図10(実施例1)に記載した。比較例、実施例ともに、培養経過とともに油脂が加水分解されて、遊離脂肪酸が検出された。しかし、実施例の方が比較例よりも早く油脂と遊離脂肪酸が消失した。すなわち、混合培養の方が純粋培養より油脂の加水分解速度および脂肪酸の分解・消費速度が速いことが示された。
実施例におけるリパーゼ活性が比較例と同じであるにも関わらず、油脂の加水分解速度は実施例の方が速かったということは、可逆反応である油脂のエステル加水分解反応が、反応生成物であるグリセロールの消費により促進されたことを意味している。
バークホルデリア アルボリスSL1B1株とカンジダ シリンドラセアSL1B2株の混合培養液である油脂除去剤を実際にグリーストラップに投与する実験を実施した。グリーストラップは大学生協の設備を使用し、その構成については従来公知のものと同様なので詳しい説明は省略するが、概略を述べると、板で仕切った3槽から成り、各槽間は下部でつながっている。排水は第1槽へ流入し、下部の開放部を通じて第2槽、さらには第3槽へと流れ、最終的に第3槽から流出する。内容量は200Lであり、排水の平均滞留時間は12分である。微生物の定着を促すため、グリーストラップの底には木炭を微生物固定化担体として投入した。油脂除去剤の投与は、生協食堂厨房からの排水の流入・流出が夜間に止まった直後に実施し、ノルマルヘキサン値測定のための採水は、油脂除去剤の添加前と、翌朝に排水の流入・流出が再び始まる直前に行った。400mLの油脂除去剤を毎晩、第1槽に投入した。
油脂除去剤を添加してグリーストラップ内で油の分解処理をした結果を表1に示す。油脂除去剤を使用していないとき、油脂除去剤の投与を開始した初日、連続投与一週間後、三週間後のノルマルヘキサン値(mg/L)を、それぞれ比較例2、実施例2、実施例3、実施例4として示す。
【0009】
【表1】
【0010】
表1に記した結果から明らかにように、本発明品である油脂除去剤は、グリーストラップ内においても顕著な油分の低減効果がありグリーストラップの浄化に有効であることがわかった。
【技術分野】
【0001】
本発明はリパーゼまたはその分泌微生物と加水分解生成物分解微生物との複合効果による油脂含有排水の処理方法とグリーストラップ浄化方法及び油脂分解剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、微生物による油脂分解は排水処理などに利用されてきた。特に、外食産業の厨房排水に含まれる油分を固液分離により除く処理設備であるグリーストラップでは、悪臭や害虫の発生源であること、分離した油の回収や運搬、清掃等のメンテナンスにかかる労苦やコストなどを考慮すると、グリーストラップ内の油を消滅させるような画期的な技術の確立が、外食産業を中心とする産業界から切望されており、微生物による油脂分解技術の適用が試みられてきた。そのような試みの多くは、グリーストラップに適用可能な油脂分解能力の優れた微生物を単離し、油脂分解能力を調べたり実際にグリーストラップに適用してみたりというものである(例えば特許文献1から6)。
しかしながら、外食産業の厨房排水は通常1g/L以上、高いときは10g/L以上もの高濃度の油脂を含んでいるだけでなく、多くのグリーストラップ内の排水の滞留時間は10分程度と極めて短い。そのため、グリーストラップ内だけで油を処理することは困難であり、これまでのところ、多くの自治体が設定している排出目標であるノルマルヘキサン値30mg/Lを、グリーストラップ内の処理だけで常時達成できる油脂分解微生物は報告されていない。
実際に先に例示した特許文献3から5は、フラスコまたは水槽を用いた実証例しか示していない。また、特許文献2および6では、グリーストラップの外に油脂分解槽を設けており、その中で分解処理している。さらにこれらの実施例においては、30から300mg/Lという、通常の排水よりずっと低濃度の油脂を分解した実施例しか示されていない。特許文献1では、グリーストラップ内で処理した実施例が示されているが、連続運転の結果が示されておらず、また、前述の排出目標値よりも一桁高い値までしか処理されていない結果が示されている。したがって、グリーストラップ内だけで油を処理するには、微生物による分解効率をさらに向上させる必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−75832号公報
【特許文献2】特開2003−24051号公報
【特許文献3】特開2003−38169号公報
【特許文献4】特開2004−242553号公報
【特許文献5】特開2008−142042号公報
【特許文献6】特開2008−220201号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたもので、微生物によって油脂を高効率に分解するための方法と油脂分解剤を提供することを第一の目的とし、それによって厨房排水のような高濃度油脂含有排水を効果的に処理することを第二の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
微生物による油脂分解では、微生物が分泌する加水分解酵素であるリパーゼにより、油脂が脂肪酸とグリセロールに分解される。しかしながら、油脂の加水分解反応は可逆反応であり、加水分解生成物が蓄積すると分解速度は低下してしまう。そこで本発明者は、加水分解生成物を除去することにより加水分解を促進すれば、結果的に微生物による油脂分解速度は向上すると考えた。
そのために、本発明は、油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼ分泌微生物と、加水分解生成物を消費・資化する微生物との複合作用により油脂を分解する油脂含有排水処理方法を特徴とする(請求項1)。さらに、請求項1に記載の油脂含有排水処理方法において、リパーゼ分泌微生物が脂肪酸を消費・資化する微生物であることを特徴とする(請求項2)。さらに請求項2に記載の油脂含有排水処理方法において、リパーゼ分泌細菌がバークホルデリア アルボリス(Burkholderia arbolis)であることを特徴とする(請求項3)。
また、請求項1及至3のいずれか一つに記載の油脂含有排水処理方法において、加水分解生成物がグリセロールであることを特徴とする(請求項4)。さらに、請求項4に記載の油脂含有排水処理方法において、加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセア(Candida cylindracea)であることを特徴とする(請求項5)。
また、油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼと、加水分解生成物を消費・資化する微生物を複合して油脂を分解する油脂含有排水処理方法を特徴とする(請求項6)。さらに、請求項6に記載の油脂含有排水処理方法において、加水分解生成物がグリセロールであることを特徴とする(請求項7)。さらに、請求項7に記載の油脂含有排水処理方法において、加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアであることを特徴とする(請求項8)。
また、請求項1及至8のいずれか一つに記載の油脂含有排水の処理方法により、グリーストラップに蓄積した油分をトラップ槽内で除去し、グリーストラップを浄化する方法を特徴とする(請求項9)。
また、油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼ分泌微生物と、加水分解生成物を消費・資化する微生物を含む油脂分解剤を特徴とする(請求項10)。さらに、請求項10に記載の油脂分解剤において、リパーゼ分泌微生物が脂肪酸を消費・資化する微生物であることを特徴とする(請求項11)。さらに、請求項11に記載の油脂分解剤において、リパーゼ分泌細菌がバークホルデリア アルボリスであることを特徴とする(請求項12)。
また、請求項10及至12のいずれか一つに記載の油脂分解剤において、加水分解生成物がグリセロールであることを特徴とする(請求項13)。さらに、請求項13に記載の油脂分解剤において、加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアであることを特徴とする(請求項14)。
また、油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼと、加水分解生成物を消費・資化する微生物を含む油脂分解剤を特徴とする(請求項15)。さらに、請求項15に記載の油脂分解剤において、加水分解生成物がグリセロールであることを特徴とする(請求項16)。さらに、請求項16に記載の油脂分解剤において、加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアであることを特徴とする(請求項17)。
本発明による上記の方法と油脂除去剤を利用すれば、高濃度の油脂を含む厨房排水を処理する施設であるグリーストラップ内で油を分解処理して浄化することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【図1】バークホルデリア アルボリスSL1B1株を油脂(丸印)またはグリセロール(四角印)を唯一の炭素源として100mLフラスコ中でバッチ培養した時のCFUの変化を示すグラフである。
【図2】カンジダ シリンドラセアSL1B2株を油脂(丸印)またはグリセロール(四角印)を唯一の炭素源として100mLフラスコ中でバッチ培養した時のCFUの変化を示すグラフである。
【図3】比較例1におけるバークホルデリア アルボリスSL1B1株のCFUの経時的変化を示すグラフである。
【図4】実施例1におけるバークホルデリア アルボリスSL1B1株(ダイヤモンド印)及びカンジダ シリンドラセアSL1B2株(四角印)のCFUの経時的変化を示すグラフである。
【図5】比較例1における培地中の全脂肪酸(丸印)、グリセロール(四角印)、およびアンモニウムイオン濃度(三角印)の経時的変化を示すグラフである。
【図6】実施例1における培地中の全脂肪酸(丸印)、グリセロール(四角印)、およびアンモニウムイオン濃度(三角印)の経時的変化を示すグラフである。
【図7】比較例1における培養上清のリパーゼ活性の経時的変化を示すグラフである。
【図8】実施例1における培養上清のリパーゼ活性の経時的変化を示すグラフである。
【図9】比較例1における油脂の加水分解過程を示すTLCの結果である。
【図10】実施例1における油脂の加水分解過程を示すTLCの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
次に、本発明の実施形態について説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
本発明で用いる微生物は、リパーゼを分泌して油脂をグリセロールと脂肪酸に加水分解する能力が高い微生物と加水分解生成物であるグリセロールまたは脂肪酸を資化・消費する微生物である。そのような微生物は、油脂、グリセロール、または脂肪酸のいずれかを唯一の炭素源としてそれぞれ含む無機塩寒天培地上で単離可能である。また、油脂の加水分解能力の高い微生物は、上記寒天培地上に生じたコロニー周辺にクリアゾーン(ハロー)を形成するので判別可能である。さらに、油脂の加水分解生成物を資化・消費する微生物は、油脂を含む寒天培地上で、リパーゼ分泌微生物のコロニーに隣接して、またはクリアゾーン上にコロニーを形成するので、この特徴により判別または分離可能である。実際にこれらの方法により、リパーゼを分泌して油脂をグリセロールと脂肪酸に加水分解する能力が高い微生物としてSL1B1株を、加水分解生成物であるグリセロールを資化・消費する微生物であるSL1B2株を単離した。16SリボゾームDNAの塩基配列の決定及び系統解析によって、前者はバークホルデリア アルボリス、後者はカンジダ シリンドラセアと同定され、それぞれ平成21年3月17日、平成21年3月6日に独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに受領された。受領番号はそれぞれNITE AP-724とNITE AP-714である。
リパーゼを分泌する微生物の中では、脂肪酸を資化・消費するものが好ましい。このような特徴をもつものは、グリセロールを資化・消費する微生物と組み合わせることで油脂の分解速度を高めることができる。
リパーゼを分泌して油脂を脂肪酸とグリセロールに分解し、さらに脂肪酸を資化・消費する微生物としては、真性細菌、酵母、糸状真菌類が例示される。これらのうち好ましくは真性細菌と酵母、さらに好ましくはグラム陽性細菌、プロテオバクテリアがよい。またグラム陽性細菌の中ではバチルス属細菌が特によい。プロテオバクテリアの中ではアルファバクテリア、ベータバクテリア、ガンマバクテリアがさらに好ましい。さらにこの中でも、バークホルデリア属細菌、アシネトバクター(Acinetobacter)属細菌、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、アルカリゲネス(Alcaligenes)属細菌、ロドバクター(Rhodobacter)属細菌、ラルストニア(Ralstonia)属細菌、アシドボラックス(Acidovorax)属細菌は、前述のグラム陽性細菌に属するバチルス属細菌と並んで、特に好ましい。さらにこれら真性細菌の属の中ではバークホルデリア属細菌が最も好ましい。
油脂の加水分解生成物であるグリセロールを資化・消費する微生物としては、真性細菌、酵母、糸状真菌類が例示される。これらのうち好ましくは真性細菌と酵母であり、特に酵母が好ましい。さらに酵母の中でもカンジダ属酵母が最も好ましい。
リパーゼを分泌する微生物と油脂の加水分解生成物を資化・消費する微生物の組み合わせの中でも好ましいのは、バークホルデリア属細菌とカンジダ属酵母の組み合わせである。前者はリパーゼを分泌して油脂を加水分解し、生じた脂肪酸を資化・消費する。後者は前者が分泌したリパーゼにより油脂が加水分解して生じたグリセロールを資化・消費する。さらにこの組み合わせの中で最も好ましいのは、バークホルデリア アルボリスとカンジダ シリンドラセアの組み合わせである。その実例として、前述のバークホルデリア アルボリスSL1B1株とカンジダ シリンドラセアSL1B2株との組み合わせを挙げることができる。
微生物のリパーゼ分泌能力については、微生物培養液の遠心分離によって得られる培養上清のリパーゼ活性を測定することにより評価することができる。リパーゼ活性は、パルミチン酸と4−ニトロフェノールとのエステルである4−ニトロフェニルパルミテート(4−NPP)を基質として用いて酵素反応を行い、エステルの加水分解により生じたp−ニトロフェノールの量を410nmの吸光度を測定することによって決定できる。まず、4−NPP(18.9mg)を3%(v/v)トリトンX―100(12ml)に加え、70℃で溶解して基質溶液とする。基質溶液1mL、イオン交換水0.9mLおよび150mM GTA緩衝液(150mM 3,3−dimethylglutaric acid,150mM Tris,および150mM 2−amino−2−methyl−1,3−propanediolにNaOHまたはHClを加えてpH6に調製)1mLをセルに入れ、28℃で5分間保温する。これに培養上清を0.1mL添加して、攪拌しながら410nmの値を測定する。リパーゼ活性は、1μモルの4−ニトロフェノールを生産する酵素量を1ユニット(U)と定義して活性測定を行い、培養上清1mL当たりのユニットを算出する。
微生物の油脂と脂肪酸の分解・消費能力は、培地中に残存する油脂に含まれる脂肪酸および加水分解により生じた遊離脂肪酸をガスクロマトグラフィーで定量することにより評価できる。具体的な定量手順を示すと、まず、培養上清1mLを塩酸により酸性にし、2mLのクロロホルムを加える。2分間攪拌後遠心し、クロロホルム層1mLを別容器に移して溶媒を蒸発させて濃縮する。メタノリシス溶液(メタノール:硫酸=17:3)を2mL加えて100℃で2時間加熱し、油脂および遊離脂肪酸をメチルエステル化させる。その後、クロロホルム2mL、純水1mLを加えて攪拌の後、クロロホルム層をガスクロマトグラフィーで分析し、脂肪酸のメチルエステルを定量する。
微生物が油脂を加水分解する能力および脂肪酸を消費する能力は、培地中に残存する油脂およびその加水分解生成物である脂肪酸を薄層クロマトグラフィー(TLC)で分析することにより評価できる。具体的な手順を示すと、培養上清20mLに酢酸エチル40mLを加えた後、塩酸によって酸性にし、10分間攪拌する。その後、酢酸エチル層20mLを濃縮して、クロロホルム4mLに溶解後TLCへ2μLアプライし、クロロホルム:アセトン(96:4)溶液で展開させる。油脂および脂肪酸の標準物質には、それぞれトリオレインおよびオレイン酸が使用可能である。展開後、4%(w/v)12モリブド(IV)リン酸エタノール溶液を噴きかけ、100℃で30分加熱することで油脂と遊離脂肪酸を可視化する。
微生物のグリセロール分解・消費能力は、培養上清のグリセロール濃度を酵素法により定量することで評価できる。これには、Fキット−グリセロール(ロッシュ製)などの市販の定量キットを用いることができる。
微生物の油脂、脂肪酸、グリセロールの資化能力は、それぞれを唯一の炭素源とする培地での増殖能を調べることで評価できる。増殖能を調べる方法としては、菌体の光学密度を測定する方法があるが、油脂や脂肪酸を炭素源とする場合は、基質の乳化によっても培養液が白濁するため、適当でない場合がある。より汎用的な方法として、コロニーフォーミングユニット(CFU)を測定する方法がある。寒天培地上に培養液の原液および希釈液を一定量塗り拡げ、静置培養により形成されたコロニーを計数する。
バークホルデリア アルボリスSL1B1株を油脂またはグリセロールを唯一の炭素源として100mLフラスコ中でバッチ培養した時のCFUの変化を図1に示す。油脂ではCFUは増加し、微生物が油脂を資化して増殖していることがわかる。一方グリセロールではCFUが減少しており死んでいっていることがわかる。すなわち、この微生物株はグリセロールを資化することはできない。以上よりSL1B1株は、油脂を加水分解し、生じた脂肪酸の方を資化して増殖することが明らかである。
カンジダ シリンドラセアSL1B2株を油脂またはグリセロールを唯一の炭素源として100mLフラスコ中でバッチ培養した時のCFUの変化を図2に示す。この微生物株は明らかにグリセロールでよく増殖する一方、油脂では若干の増殖は認められるもののグリセロールの時と比較すると増殖は芳しくない。すなわち、油脂の資化能は低いことがわかる。実際、油脂で培養した時のSL1B2株の培養上清のリパーゼ活性はSL1B1株の25分の1であり、ほとんど認められなかった。
本発明で用いるリパーゼ分泌微生物と油脂加水分解生成物の資化・消費微生物を組み合わせて油脂を効果的に分解するために、これらの微生物を別々に用意した後、一緒に排水に添加してもよいが、これらの微生物の両方を含む油脂分解剤を調製して添加してもよい。また、リパーゼ分泌微生物の代わりにリパーゼそのものを、油脂加水分解生成物の資化・消費微生物と一緒に添加してもよい。あるいは、リパーゼ分泌微生物の代わりにリパーゼそのものを含む油脂分解剤を添加してもよい。
微生物および油脂分解剤としては、液体の形状でも固体の形状でもよい。液体形状のものとしては、微生物の培養液そのもの、微生物を遠心分離などにより集菌したものを水などに再度分散させたものなどが例示される。固体形状のものは、例えば培養菌体を凍結乾燥することによって得ることができ、粉末、顆粒、錠剤などにできる。また、微生物を各種担体に固定化してもよい。
油脂分解剤は、リパーゼ分泌微生物と油脂加水分解生成物の資化・消費微生物をそれぞれ少なくとも1種類ずつ含んでいれば、それ以上の種類の微生物や、微生物の活性を高めたり、長期間維持したりするための物質を含んでいても構わない。さらに、油脂分解剤は、リパーゼ分泌微生物の代わりにリパーゼそのものを含んでいてもよい。
本発明による油脂の分解技術および油脂分解剤は、グリーストラップはもちろん、油脂を含有するあらゆる排水の処理に適用可能である。また、グリーストラップに適用する際は、別に分解処理槽を設けてもよいが、油脂分解剤や微生物を直接グリーストラップに投入してグリーストラップ内で分解処理することもできる。
【実施例】
【0008】
実施例1として、5Lファーメンターを用いて、10g/Lのキャノーラ油を含む無機塩培地(3L)にリパーゼ分泌細菌バークホルデリア アルボリスSL1B1株とグリセロール資化酵母カンジダ シリンドラセアSL1B2株を植菌し、28℃、pH6に制御して攪拌培養した。経時的に培地を採取し、CFU、油脂の加水分解、脂肪酸量、グリセロール量、アンモニウムイオン濃度、およびリパーゼ活性を測定した。また比較例1として、バークホルデリア アルボリスSL1B1株だけを純粋培養し、同項目を測定した。
CFU測定の結果を、図3(比較例1)および図4(実施例1)に記載した。バークホルデリア アルボリスSL1B1株の増殖はカンジダ シリンドラセアSL1B2株の影響をほとんど受けていない。また、カンジダ シリンドラセアSL1B2株の方は単独では油脂でほとんど増殖できなかったが、バークホルデリア アルボリスSL1B1株が存在することによって良好に増殖できるようになったことが示された。すなわち、両微生物株は油脂を炭素源とした培地では共生関係にあり、共存可能であることがわかった。
脂肪酸、グリセリン、アンモニウムイオン濃度の測定結果を、図5(比較例1)および図6(実施例1)に記載した。窒素源であるアンモニウムイオンの消費速度は比較例でも実施例でも変わらなかった。グリセロールの分解は比較例ではわずかばかりであり、48時間経過後でも多くが残存していた(図5)。一方実施例では、24時間でほぼグリセロールが消費されて、検出限界以下となった(図6)。また、肝心な全脂肪酸量は比較例であるバークホルデリア アルボリスSL1B1株の純粋培養においても培養経過とともに減少し、40時間で完全に分解された(図5)。すなわち、グリーストラップの条件と同レベルの濃度の油脂でも効果的に分解可能であることが示された。さらにこれにカンジダ シリンドラセアSL1B2株を加えた実施例である混合培養系では、全脂肪酸の分解速度が2倍程度促進され、24時間以内に完全に分解された(図6)。
培養上清のリパーゼ活性の測定結果を、図7(比較例1)および図8(実施例1)に記載した。比較例と実施例との間に差は認められず、どちらにおいても培養経過とともに同様なレベルで増加した。すなわち、カンジダ シリンドラセアSL1B2株の存在は、バークホルデリア アルボリスSL1B1のリパーゼ分泌量には影響がないことが明らかとなった。
培養中の油脂の加水分解過程をTLCで分析した結果を図9(比較例1)および図10(実施例1)に記載した。比較例、実施例ともに、培養経過とともに油脂が加水分解されて、遊離脂肪酸が検出された。しかし、実施例の方が比較例よりも早く油脂と遊離脂肪酸が消失した。すなわち、混合培養の方が純粋培養より油脂の加水分解速度および脂肪酸の分解・消費速度が速いことが示された。
実施例におけるリパーゼ活性が比較例と同じであるにも関わらず、油脂の加水分解速度は実施例の方が速かったということは、可逆反応である油脂のエステル加水分解反応が、反応生成物であるグリセロールの消費により促進されたことを意味している。
バークホルデリア アルボリスSL1B1株とカンジダ シリンドラセアSL1B2株の混合培養液である油脂除去剤を実際にグリーストラップに投与する実験を実施した。グリーストラップは大学生協の設備を使用し、その構成については従来公知のものと同様なので詳しい説明は省略するが、概略を述べると、板で仕切った3槽から成り、各槽間は下部でつながっている。排水は第1槽へ流入し、下部の開放部を通じて第2槽、さらには第3槽へと流れ、最終的に第3槽から流出する。内容量は200Lであり、排水の平均滞留時間は12分である。微生物の定着を促すため、グリーストラップの底には木炭を微生物固定化担体として投入した。油脂除去剤の投与は、生協食堂厨房からの排水の流入・流出が夜間に止まった直後に実施し、ノルマルヘキサン値測定のための採水は、油脂除去剤の添加前と、翌朝に排水の流入・流出が再び始まる直前に行った。400mLの油脂除去剤を毎晩、第1槽に投入した。
油脂除去剤を添加してグリーストラップ内で油の分解処理をした結果を表1に示す。油脂除去剤を使用していないとき、油脂除去剤の投与を開始した初日、連続投与一週間後、三週間後のノルマルヘキサン値(mg/L)を、それぞれ比較例2、実施例2、実施例3、実施例4として示す。
【0009】
【表1】
【0010】
表1に記した結果から明らかにように、本発明品である油脂除去剤は、グリーストラップ内においても顕著な油分の低減効果がありグリーストラップの浄化に有効であることがわかった。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼ分泌微生物と、加水分解生成物を消費・資化する微生物との複合作用により油脂を分解することを特徴とする油脂含有排水処理方法。
【請求項2】
前記リパーゼ分泌微生物が脂肪酸を消費・資化する微生物である請求項1に記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項3】
前記リパーゼ分泌細菌がバークホルデリア アルボリス(Burkholderia arbolis)である請求項2に記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項4】
前記加水分解生成物がグリセロールである請求項1及至3のいずれか一つに記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項5】
前記加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセア(Candida cylindracea)である請求項4に記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項6】
油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼと、加水分解生成物を消費・資化する微生物を複合して油脂を分解させることを特徴とする油脂含有排水処理方法。
【請求項7】
前記加水分解生成物がグリセロールである請求項6に記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項8】
前記加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアである請求項7に記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項9】
請求項1及至8のいずれか一つに記載の油脂含有排水の処理方法により、グリーストラップに蓄積した油分をトラップ槽内で除去することを特徴とするグリーストラップ浄化方法。
【請求項10】
油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼ分泌微生物と、加水分解生成物を消費・資化する微生物を含む油脂分解剤。
【請求項11】
前記リパーゼ分泌微生物が脂肪酸を消費・資化する微生物である請求項10に記載の油脂分解剤。
【請求項12】
前記リパーゼ分泌細菌がバークホルデリア アルボリスである請求項11に記載の油脂分解剤。
【請求項13】
前記加水分解生成物がグリセロールである請求項10及至12のいずれか一つに記載の油脂分解剤。
【請求項14】
前記加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアである請求項13に記載の油脂分解剤。
【請求項15】
油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼと、加水分解生成物を消費・資化する微生物を含む油脂分解剤。
【請求項16】
前記加水分解生成物がグリセロールである請求項15に記載の油脂分解剤。
【請求項17】
前記加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアである請求項16に記載の油脂分解剤。
【請求項1】
油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼ分泌微生物と、加水分解生成物を消費・資化する微生物との複合作用により油脂を分解することを特徴とする油脂含有排水処理方法。
【請求項2】
前記リパーゼ分泌微生物が脂肪酸を消費・資化する微生物である請求項1に記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項3】
前記リパーゼ分泌細菌がバークホルデリア アルボリス(Burkholderia arbolis)である請求項2に記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項4】
前記加水分解生成物がグリセロールである請求項1及至3のいずれか一つに記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項5】
前記加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセア(Candida cylindracea)である請求項4に記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項6】
油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼと、加水分解生成物を消費・資化する微生物を複合して油脂を分解させることを特徴とする油脂含有排水処理方法。
【請求項7】
前記加水分解生成物がグリセロールである請求項6に記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項8】
前記加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアである請求項7に記載の油脂含有排水処理方法。
【請求項9】
請求項1及至8のいずれか一つに記載の油脂含有排水の処理方法により、グリーストラップに蓄積した油分をトラップ槽内で除去することを特徴とするグリーストラップ浄化方法。
【請求項10】
油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼ分泌微生物と、加水分解生成物を消費・資化する微生物を含む油脂分解剤。
【請求項11】
前記リパーゼ分泌微生物が脂肪酸を消費・資化する微生物である請求項10に記載の油脂分解剤。
【請求項12】
前記リパーゼ分泌細菌がバークホルデリア アルボリスである請求項11に記載の油脂分解剤。
【請求項13】
前記加水分解生成物がグリセロールである請求項10及至12のいずれか一つに記載の油脂分解剤。
【請求項14】
前記加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアである請求項13に記載の油脂分解剤。
【請求項15】
油脂を脂肪酸とグリセロールに加水分解するリパーゼと、加水分解生成物を消費・資化する微生物を含む油脂分解剤。
【請求項16】
前記加水分解生成物がグリセロールである請求項15に記載の油脂分解剤。
【請求項17】
前記加水分解生成物を消費・資化する微生物がカンジダ シリンドラセアである請求項16に記載の油脂分解剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2010−227849(P2010−227849A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−79299(P2009−79299)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年2月18日 社団法人化学工学会発行の「化学工学会第74年会 研究発表講演要旨集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「微生物機能を活用した環境調和型製造基盤技術開発/微生物群のデザイン化による高効率型環境バイオ処理技術開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年2月18日 社団法人化学工学会発行の「化学工学会第74年会 研究発表講演要旨集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「微生物機能を活用した環境調和型製造基盤技術開発/微生物群のデザイン化による高効率型環境バイオ処理技術開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]