説明

リン捕捉剤および被処理水中のリン除去方法

【課題】水不溶性の固形状をなし、廃水のような被処理水中のリンを簡単かつ効率的に捕捉し得る捕捉剤を提供する。
【解決手段】特定の一般式の構造を有する亜鉛錯体とこの亜鉛錯体の亜鉛イオンと配位結合されたCOOH基を有する有機高分子とからなることを特徴とするリン捕捉剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン捕捉剤、それを用いた被処理水中のリンの除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
川や湖などの水域での富栄養化をもたらす主要な成分の一つはリンであり、これを水域中から除去することでアオコの大量発生などは効果的に防止することができる。リン化合物は、工場排水よりも一般家庭や家畜の生活排水中に多く存在する。このため、生活排水を含む廃水中のリンを効率的に除去する技術が求められている。
【0003】
特許文献1および非特許文献1には、溶液中に含まれるリン酸イオンを検出するためのリンを捕捉する化合物が記載されている。これらの化合物は、リン酸イオンとのイオン交換により蛍光を発する、または変色するため、リン酸イオンの検出に使用できる。しかしながら、廃水中のリン除去に適用してもリン酸塩として溶解して廃水に存在するため、結果としてリン(リン酸イオン)を廃水から除去することができない。
【0004】
また、特許文献2には二価のリン酸モノエステルアニオンのようなアニオン性置換基を有する物質を捕捉可能な亜鉛錯体が記載されている。この特許文献2の段落[0058]の錯体の利用の欄には、捕捉対象がリン酸モノエステルアニオンであること、亜鉛錯体を高分子膜、カラム担体、プレート孔などの担体に担持させて捕捉剤として利用することが記載されている。錯体を担体に担持させる方法としては、錯体の配位子であるピリジン骨格に導入した置換基(アミノ基や水酸基など)を高分子などの担体に架橋剤で共有結合する方法、高分子原料をバインダーにして錯体と混合し、その混合物を発泡・造粒させる方法が記載されている。
【0005】
しかしながら、特許文献2に記載の亜鉛錯体は水に対する溶解性が高いため、錯体を担体に単にバインダーを介して担持させる後者の方法では、廃水中でのリン酸モノエステルアニオンを捕捉した亜鉛錯体が廃水中に溶解して廃水から分離することが困難になる。すなわち、廃水中のリン酸モノエステルアニオンを除去することが困難になる。
【0006】
錯体を高分子の担体に共有結合により担持させる前者の方法は、亜鉛錯体が廃水に溶解せずに存在させることが可能になり、廃水中でのリン酸モノエステルアニオンを捕捉した後に高分子を分離することにより廃水中のリン酸モノエステルアニオンを除去することが可能になる。しかしながら、高分子に共有結合させる亜鉛錯体の部位がリン酸モノエステルアニオンの捕捉に直接関与するZnの配位子であるため、亜鉛錯体を高分子に担持させたときに亜鉛錯体の配位構造が変化してリンの捕捉性が低下する虞がある。
【特許文献1】特開2003−246788
【特許文献2】WO2003/053932
【非特許文献1】Angew. Chem. Int. Ed. 2002, 41, No.20, 3809-3811
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、水不溶性の固形状をなし、廃水のような被処理水中のリンを簡単かつ効率的に捕捉し得る捕捉剤を提供することを目的とする。
【0008】
本発明は、廃水のような被処理水の水質浄化としてのリンの除去を効率的に行うことが可能な被処理水中のリン除去方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によると、下記に示す一般式(I)にて表される亜鉛錯体とこの亜鉛錯体の亜鉛イオンと配位結合されたCOOH基を有する有機高分子とからなることを特徴とするリン捕捉剤が提供される。
【化2】

【0010】
ただし、式中のR1は脂肪族炭化水素あるいは芳香族炭化水素から選ばれる炭化水素基、R2,R3,R4,R5はHまたは脂肪族炭化水素基を示し、それぞれ同じでも、異なってもよく、XはNまたはOを示す。
【0011】
本発明によると、リンを含む被処理水に前記リン捕捉剤を添加し、撹拌して被処理水中のリンをリン捕捉剤に捕捉する工程と、
前記被処理水からリン捕捉剤を回収する工程と
を含むことを特徴とする被処理水中のリン除去方法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、水不溶性の固形状をなし、廃水のような被処理水のリンを簡単かつ効率的に捕捉し得る捕捉剤を提供できる。
【0013】
また本発明によれば、廃水のような被処理水の水質浄化としてのリンの除去を効率的に行うことが可能な被処理水中のリン除去方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態に係るリン捕捉剤およびリン除去方法を詳細に説明する。
【0015】
実施形態に係るリン捕捉剤は、下記に示す一般式(I)にて表される亜鉛錯体とこの亜鉛錯体の亜鉛イオンと配位結合されたCOOH基を有する有機高分子とからなる。
【化3】

【0016】
ただし、式中のR1は脂肪族炭化水素あるいは芳香族炭化水素から選ばれる炭化水素基、R2,R3,R4,R5はHまたは脂肪族炭化水素基を示し、それぞれ同じでも、異なってもよく、XはNまたはOを示す。
【0017】
一般式(I)中のR1としては、亜鉛錯体の水溶解性を考慮して炭素数が1または2の脂肪族炭化水素基(メチル基、エチル基)であることが好ましい。
【0018】
前記COOH基を有する有機高分子としては、例えばアルギン酸ナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリヒドロキシアクリル酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリイタコン酸ナトリウム、ポリマレイン酸ナトリウム等を挙げることができる。これらの有機高分子の中で、アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウムが好ましい。
【0019】
実施形態に係るリン捕捉剤において、一般式(I)にて表される亜鉛錯体とCOOH基を有する有機高分子とが重量比で1:10〜1:50になるように亜鉛錯体の亜鉛イオンに有機高分子のCOOH基を配位結合することが好ましい。このようなリン捕捉剤は、固形状でより安定した水不溶性を示す。
【0020】
<リン捕捉剤の製造方法>
次に、実施形態に係るリン捕捉剤の製造方法を説明する。
【0021】
一般式(I)で表される亜鉛錯体を溶媒に溶解した溶液およびCOOH基を有する有機高分子の水溶液をそれぞれ用意する。この溶媒としては、例えばエタノールのようなアルコールと水の混合液が用いられる。つづいて、有機高分子の水溶液を亜鉛錯体の溶液に滴下することにより有機高分子のCOOH基が亜鉛錯体の亜鉛イオンに配位結合してゲル化を起こし、水不溶性の固体(リン捕捉剤)が得られる。このゲル化にあたり、有機高分子の水溶液を亜鉛錯体の溶液に滴下することにより粒状の固体(リン捕捉剤)を得ることが可能になる。
【0022】
亜鉛錯体の溶液は、亜鉛錯体の濃度が1〜3重量%であることが好ましい。亜鉛錯体の濃度を1重量%未満にすると、ゲル化が困難になる虞がある。一方、亜鉛錯体の濃度が3重量%を超えると、有機高分子と配位結合を持たない錯体がゲル中に取り込まれ、リン吸着の際に溶液中に流出する虞がある。
【0023】
COOH基を有する有機高分子(例えばアルギン酸ナトリウム)の水溶液は、アルギン酸ナトリウムの濃度が0.5〜5重量%であることが好ましい。アルギン酸ナトリウムの濃度がこの範囲を外れると、ゲル化が困難になる虞がある。また、アルギン酸は平均重合度200〜600、より好ましくは400〜500のものを用いることが望ましい。アルギン酸は平均重合度を200未満にすると、粘度が低く、ゲル化が困難になる虞がある。一方、アルギン酸は平均重合度が600を超えると、粘度が高くなって、滴下し難く、さらに乾燥し難くなる虞がある。
【0024】
以上、実施形態に係るリン捕捉剤は一般式(I)にて表される亜鉛錯体を有するため、Znの配位子によるリン(リン酸イオン)に対して高い捕捉性能を発揮できる。また、このリン捕捉剤は有機高分子のCOOH基が亜鉛錯体の亜鉛イオンに配位結合されて立体的架橋構造を有するため、固形状で水不溶性を示し、リン酸イオンを含む廃水のような被処理水に投入してもリン酸イオンを捕捉した後に被処理水から容易に回収することが可能になる。
【0025】
すなわち、実施形態のリン捕捉剤は従来のように高分子に亜鉛錯体のZn配位子を共有結合させる形態と異なり、亜鉛錯体のZn配位子である亜鉛イオン(Zn2+)に有機高分子のCOO-を配位結合する形態を有するため、そのZn配位子によるリン酸イオンの捕捉性を損なうことなく、本来、液状の一般式(I)にて表される亜鉛錯体を立体的架橋構造の水不溶性の固形物になる。
【0026】
<被処理水中のリン除去方法>
次に、実施形態に係る被処理水中のリン除去方法を詳細に説明する。
【0027】
例えば一般家庭や家畜の生活排水のようなリンを含む被処理水一般式(I)にて表される亜鉛錯体とこの亜鉛錯体の亜鉛イオンと配位結合されたCOOH基を有する有機高分子とからなるリン捕捉剤を添加し、撹拌させる。このとき、被処理水中のリン(リン酸イオン)が一般式(I)で表される亜鉛錯体のZn配位子に捕捉される。
【0028】
リン捕捉剤はリン1に対して重量比で1000〜200000を添加することが望ましい。添加量を重量比で1000未満にすると、被処理水中にリンが残留する虞があり、200000を超えると被処理水中のリンはほぼ全て捕捉されるが、リンの解離(回収)を考慮した場合の効率が低下するため好ましくない。
【0029】
特に、被処理液がpH6〜12、より好ましくはpH9〜11の弱アルカリにおいて、リンをリン捕捉剤に対して捕捉し易い2価のリン酸イオンとして被処理水に多く存在させることが可能になり、リンの捕捉性を向上させることが可能になる。なお、被処理水のpH値が6〜12から外れている場合にはpH調整剤を添加する。ここに用いるpH調整剤としては、例えば水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウムのようなアルカリ剤、塩酸、硝酸のような酸を挙げることができる。
【0030】
次いで、被処理水からリンを捕捉したリン捕捉剤を回収して被処理水中のリンを除去する。
【0031】
回収したリン捕捉剤は、適切な塩の添加によってリンを解離、回収することが可能である。例えば、リン捕捉剤を含む溶液中に塩化カルシウムまたは炭酸カルシウムのようなカルシウム塩を添加し撹拌してリン捕捉剤に捕捉されたリンとカルシウムとを反応させてリン酸カルシウムとして沈澱させることによりリンを回収する。また、リンを含む溶液の沸点以下の温度、例えば40〜60℃の温度で加熱しながら、撹拌してリン捕捉剤に捕捉されたリンとカルシウムとを反応させてリン酸カルシウムとして沈澱させることによりリンを回収する。
【0032】
以上、実施形態によればリンを含む被処理水に一般式(I)にて表される亜鉛錯体とこの亜鉛錯体の亜鉛イオンと配位結合されたCOOH基を有する有機高分子とからなるリン捕捉剤を添加し、撹拌して被処理水中のリンを一般式(I)にて表される亜鉛錯体に捕捉し、さらに被処理水からリン捕捉剤を回収することによって、被処理水のリンを効率よく除去することができる。
【0033】
すなわち、リン捕捉剤を構成する一般式(I)の亜鉛錯体はR1としてメチル基、エチル基のような炭化水素基が導入されるが、水に溶解するため、被処理水中のリンを捕捉した後においてその捕捉剤を被処理水から分離、回収することが困難である。
【0034】
実施形態の方法に用いるリン捕捉剤は、一般式(I)にて表される亜鉛錯体とこの亜鉛錯体の亜鉛イオンと配位結合されたCOOH基を有する有機高分子とからなり、前述したように水に不溶で固形状であるため、リン捕捉剤を被処理水に添加し、撹拌することによって、リンをリン捕捉剤の亜鉛錯体に捕捉でき、リン捕捉後のリン捕捉剤を被処理水から容易に回収して被処理水のリンを除去することができる。
【0035】
以下、本発明の実施例を詳細に説明する。
【0036】
(リン捕捉剤の製造例)
一般式(I)のR1がメチル基、R2,R3,R4,R5が水素である下記構造式(A)に示す亜鉛錯体を用意した。なお、この亜鉛錯体は非特許文献1に記載の方法に従って合成した。以下に合成例を示す。
【0037】
100mLのフラスコにp−クレゾール0.5g、2,2’−ジピコリルアミン3.4gおよびパラホルムアルデヒド0.53gを入れ、純水10mLおよびエタノール5mLの溶媒中にて三日間80℃の還流下で攪拌した。この溶液に50mLのクロロホルムを加えて抽出し、飽和塩化ナトリウム溶液で塩析を行った。有機物層を硫酸ナトリウムで乾燥し、減圧濃縮し、ジエチルエーテル/ヘキサン=1/1で再結晶を行った後、エタノール洗浄し、白色結晶の化合物を得た。つづいて、得られた化合物50mgをアセトン中に溶解させ、過塩素酸亜鉛六水和物54mgを加え、さらにアセトンを減圧濃縮することにより液状の化合物を得た。
【0038】
この亜鉛錯体300mgをエタノール−水混合溶媒(容量混合比7:10)17mLに加えて溶解して亜鉛錯体溶液を調製した。また、ナカライテスク社製のアルギン酸ナトリウムの3重量%水溶液(粘度:300cps、平均重合度450)を用意した。つづいて、アルギン酸ナトリウム水溶液を前記亜鉛錯体溶液に滴下することによりアルギン酸ナトリウム水溶液がゲル化した。得られたゲルを純水で洗浄し、乾燥することにより固形状のリン捕捉剤を製造した。
【化4】

【0039】
(実施例1〜5)
得られたリン捕捉剤1gを、リン酸二水素ナトリウムにより5ppm−P、20ppm−P、40ppm−Pおよび60ppm−Pの濃度に調整した水溶液30mLにそれぞれ投入した。これらの水溶液をロータリーミキサー(NISSIN社製のNRC−2OD)を用いて14rpmの条件で20分間攪拌し、濾過した後、濾過液中の残留リン濃度をICP(誘導結合プラズマ発光分析装置)によりを測定した。その結果を下記表1に示す。
【0040】
(実施例6)
得られたリン捕捉剤1gを、200ppm−P,20ppm−NO3,20ppm−SO4,20ppm−Cl,20ppm−CO3および20ppm−Brのリンと共に多種アニオンが共存する水溶液30mLに投入した。この水溶液をロータリーミキサー(NISSIN社製のNRC−2OD)を用いて14rpmの条件で20分間攪拌し、濾過した後、濾過液中の残留リン濃度をICP(誘導結合プラズマ発光分析装置)によりを測定した。また、濾過液中の残留した多種アニオン濃度をイオンクロマトグラフィーで測定した。その結果を下記表1に示す。なお、塩素イオンに関しては検量線の幅を大きく超えたために下記表1に置いて‘−’と記した。
【表1】

【0041】
前記表1から明らかなようにリン酸イオンを含む水溶液に構造式(A)の亜鉛錯体とアルギン酸ナトリウムのゲル化物(リン捕捉剤)を添加して撹拌する実施例1〜5の方法はリンを十分に捕捉できることがわかる。
【0042】
また、リン酸イオンにNO3-,SO42-,Cl-,CO32-,Br-が共存する、つまり多種アニオンが共存する水溶液に構造式(A)の亜鉛錯体とアルギン酸ナトリウムのゲル化物(リン捕捉剤)を添加して撹拌する実施例6の方法は、多種アニオン量がリン捕捉剤での処理前後で殆ど変化がなく、かつ同様なリン捕捉剤を用い、多種アニオンが共存しない前記表1の実施例2と同様なリンの捕捉性能を有する、すなわちリンの選択的な捕捉性能を有することがわかる。したがって、リンを選択的に捕捉したリン捕捉剤を水溶液から取り出すことによりリンを水溶液から除去できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記に示す一般式(I)にて表される亜鉛錯体とこの亜鉛錯体の亜鉛イオンと配位結合されたCOOH基を有する有機高分子とからなることを特徴とするリン捕捉剤。
【化1】

ただし、式中のR1は脂肪族炭化水素あるいは芳香族炭化水素から選ばれる炭化水素基、R2,R3,R4,R5はHまたは脂肪族炭化水素基を示し、それぞれ同じでも、異なってもよく、XはNまたはOを示す。
【請求項2】
前記一般式(I)のR1は、メチルまたはエチルであることを特徴とする請求項1記載のリン捕捉剤。
【請求項3】
前記有機高分子がアルギン酸ナトリウムであることを特徴とする請求項1または2記載のリン捕捉剤。
【請求項4】
粒状であることを特徴とする請求項1〜3いずれか記載のリン捕捉剤。
【請求項5】
リンを含む被処理水に請求項1〜4いずれか1項記載のリン捕捉剤を添加し、撹拌して被処理水中のリンをリン捕捉剤に捕捉すると共に撹拌して被処理水中のリンをリン捕捉剤に捕捉する工程と、
前記被処理水からリン捕捉剤を回収する工程と
を含むことを特徴とする被処理水中のリン除去方法。

【公開番号】特開2008−238094(P2008−238094A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−84280(P2007−84280)
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】