説明

リン脂質の製造方法

【課題】 種々の用途の中でも特に食品用途に適した安全な原料を用いて効率良くリン脂質の2位に任意の脂肪酸を結合させたリン脂質及び該リン脂質を効率よく製造する方法を提供すること。
【解決手段】 ホスホリパーゼA2によるリゾリン脂質と脂肪酸のエステル化反応において、該エステル化反応をグリセリン中で行い、当該反応系にアミノ酸及び/又はアミノ酸が3残基以下のペプチドを添加することを特徴とするリン脂質の製造方法により上記課題が解決される。例えば、リゾホスファチジルコリンにDHA、グリセリンを加え、さらにグリシン、ホスホリパーゼA2を加えて反応させることにより、DHAが2位に結合したリン脂質を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン脂質の製造方法に関し、特に食用に適したリン脂質及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の脂質に関する研究から、ドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)などの高度不飽和脂肪酸が学習機能向上、動脈硬化性予防、脂質代謝改善機能など様々な機能を持つことが明らかになっている。特にDHAは、ホスファチジルコリンのようなリン脂質に結合した形態で摂取することにより、トリグリセリド型と比較して抗酸化性が強く安定性が高まり、また吸収が良いためDHAの持つ生理活性が発現しやすいことが明らかになっている。DHA以外のEPAや共役リノール酸、アラキドン酸などの機能性脂肪酸においてもリン脂質に結合することで生理活性が高まることが期待できる。
【0003】
DHAをはじめとする機能性の脂肪酸が結合したリン脂質の製造方法は、天然に存在するものを抽出する方法と、大豆リン脂質などを原料として合成する方法に分けられる。具体的には、水産動物の卵を原料としてDHA結合リン脂質を抽出する方法(特許文献1)、イカなどの海産物から有機溶剤により抽出する方法などが挙げられる(特許文献2)。
【0004】
しかし、これらの方法では原料が高価であり供給が必ずしも安定しておらず、またリン脂質の組成が原料に依存しているため、DHA以外の機能性脂肪酸を結合させたものは製造することはできない。
【0005】
原料の組成によらず所望の脂肪酸を導入できる方法として、微生物の培養液に任意の脂肪酸を添加し、微生物に該脂肪酸を組み込ませたリン脂質を製造する方法が挙げられるが(特許文献3)、この方法では大量の培養液から少量のリン脂質しか得られず、生産効率が良いものではない。
【0006】
一方、大豆リン脂質等にDHAを結合させる方法としては、リパーゼ及びホスホリパーゼの反応系に高誘電率水素結合形成物を添加する方法が挙げられるが(特許文献4)、この方法ではリパーゼによるリゾリン脂質と脂肪酸の反応で高反応率が得られているものの、ホスホリパーゼA2による反応では高い反応率が得られなかった。DHA結合リン脂質の生理活性の発現にはDHAがリン脂質の2位に結合していることが重要であるところ、リパーゼによる反応では主に目的の脂肪酸はリン脂質の1位に結合するため、実用性が高いとは言えない。
【0007】
また、ホスホリパーゼA2を用いて高い反応率でリン脂質の2位に脂肪酸を導入できる方法としてトルエンを溶剤として反応させる方法(非特許文献1)、グリセリンとホルムアミドを添加する系で反応させる方法(非特許文献2)が挙げられるが、これらはトルエンやホルムアミドなどの有害な物質を使用する必要があるため食品への用途には適さない。
【0008】
そこで、食用として用い得る原料のみを使用し、高い反応率でリン脂質の2位に脂肪酸を導入できる方法、とりわけDHAのような高度不飽和脂肪酸を2位に導入したリン脂質及びその製法の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平8−59678号公報
【特許文献2】特開平8−325192号公報
【特許文献3】特開2007−129973号公報
【特許文献4】特開平8−56683号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Biochimica et, Biophysica Acta 1997年、1343巻、76−84項
【非特許文献2】Fisheries Science 2006年、72巻、909−911項
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、種々の用途の中でも特に食品用途に適した安全な原料を用いて効率良くリン脂質の2位に任意の脂肪酸を結合させたリン脂質及び該リン脂質を効率よく製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ホスホリパーゼA2を含む系でのリゾリン脂質と脂肪酸の反応の際に、当該反応系にアミノ酸を添加することにより効率よく反応を行うことができ、所望の脂肪酸をリゾリン脂質の2位に導入したリン脂質を大量に得ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明の第一は、ホスホリパーゼA2によるリゾリン脂質のエステル化反応において、該エステル化反応をグリセリン中で行い、かつ当該反応系にアミノ酸及び/又はアミノ酸が3残基以下のペプチドを添加することを特徴とするリン脂質の製造方法に関する。また、前記アミノ酸が、グリシン、アラニン、アスパラギン、グルタミン、イソロイシン、ロイシン、セリン、トレオニン、バリン、フェニルアラニン、チロシンからなる群より選ばれる少なくとも1種である上記記載のリン脂質の製造方法、前記アミノ酸3残基以下のペプチドが、グリシン、アラニン、セリンの組み合わせからなるペプチドである上記記載のリン脂質の製造方法、前記エステル化反応を35℃以上80℃以下で行う上記記載のリン脂質の製造方法、前記リゾリン脂質が大豆由来である上記記載のリン脂質の製造方法に関する。
【0014】
更に、前記エステル化反応後に、ケトン溶剤を加えてグリセリン溶液層とケトン溶剤層を形成させ、該ケトン溶剤層を分離し、その後ケトン溶剤層中の溶剤を留去した後、脂肪酸を除去してリン脂質を得る上記記載のリン脂質の製造方法、前記エステル化反応後に、炭素数4以下のアルコールを加えた後、炭化水素溶剤及び/又はケトン溶剤及び/又はエステル溶剤からなる溶剤を加えてグリセリン溶液層と溶剤層を形成させ、該溶剤層を分離し、その後前記溶剤層中の溶剤を留去し、脂肪酸を除去してリン脂質を得る上記記載のリン脂質の製造方法、前記ケトン溶剤がアセトンである上記記載のリン脂質の製造方法、前記炭素数4以下のアルコールがエタノールである上記記載のリン脂質の製造方法に関する。
【0015】
本発明の第二は、上記記載の方法により製造された、高度不飽和脂肪酸が2位に結合した食用リン脂質に関する。
【0016】
本発明の第三は、ホスホリパーゼA2によりリン脂質の2位を加水分解して得られたリゾリン脂質を含む反応系に、アミノ酸及び/又はアミノ酸が3残基以下のペプチド、及び脂肪酸を混合してから、ホスホリパーゼA2によるリゾリン脂質のエステル化反応を行うことで、リン脂質の2位に脂肪酸を導入する方法に関する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、安全な原料を用いて効率良くリン脂質の2位に任意の脂肪酸を結合させたリン脂質、特に食品用途に適したリン脂質及び該リン脂質を効率よく製造する方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明につき、さらに詳細に説明する。本発明のリン脂質は、ホスホリパーゼA2によるリゾリン脂質のエステル化反応において、反応系にアミノ酸及び/又はアミノ酸が3残基以下のペプチドを添加することにより製造することができる。
【0019】
本発明におけるリゾリン脂質は、リン脂質から2位の脂肪酸を除いたものを指し、リン脂質とは異なる脂質を意味する。本発明に用いるリゾリン脂質は、リン脂質を改質したものを用いることができ、入手のし易さからは大豆由来、菜種由来、卵黄由来のものが好ましく、価格面からは大豆由来のものがより好ましいが、その他の植物由来のリゾリン脂質も用いることができる。
【0020】
リン脂質を改質してその2位の脂肪酸を除く方法としては、有害な物質を使用しない限り特に限定はないが、例えばホスホリパーゼA2などを用いてリン脂質の2位の脂肪酸を加水分解する方法などが挙げられる。この場合に用いることができるリン脂質は、グリセリン骨格とリン酸基及び2つの脂肪酸エステルを持つ分子で、ホスホリパーゼA2の基質になり得るものであり、スフィンゴシン骨格を持つものは含まれない。具体的には、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリンなどが例示できる。
【0021】
本発明で行うリゾリン脂質と脂肪酸のエステル化反応において、リゾリン脂質の2位に導入する脂肪酸としては、特に限定はないが、昨今の消費者の健康志向から、生理活性を高められる脂肪酸が好ましく、共役リノール酸、アラキドン酸、ドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)などの高度不飽和脂肪酸が例示できる。前記DHAやEPAは、主に海産動物油や藻類から得られる油脂を加水分解し遊離脂肪酸の形態にしたものを用いることができる。
【0022】
尚、本発明で高度不飽和脂肪酸とは、炭素−炭素間の2重結合の数が3つ以上の不飽和脂肪酸、又は共役リノール酸を意味するものとする。
【0023】
本発明に用いる脂肪酸はリン脂質100重量部に対して、30〜1000重量部を用いることが好ましい。30重量部未満であると、反応後に脂肪酸の結合していないリゾリン脂質が多く残存し反応効率が悪くなる場合があり、1000重量部を超えて使用するとコスト面で不利な場合がある。
【0024】
また、DHAなどのように、天然由来のものを単体で入手が困難である場合は、所望の脂肪酸を含有する脂肪酸の混合物を用いることができる。その際、脂肪酸混合物中の所望の脂肪酸の含有量は、概ね20重量%以上であることが望ましい。DHAの場合を例示すると、DHA含有脂肪酸中のDHAの濃度は好ましくは20重量%以上であり、45重量%以上のDHA濃度を持つものを用いることがより好ましい。尚、本発明によるエステル化反応の後に溶剤分別などを行い反応生成物であるリン脂質の濃度を高めても構わない。
【0025】
本発明に用いるホスホリパーゼA2は、特にその由来は問わないが、一般に食用に用いることができるものが好ましく、例えばブタ膵臓由来のものや微生物由来のものが挙げられる。
【0026】
本発明に用いるアミノ酸は、主にタンパク質の構成要素となるもので分子内にカルボキシル基とアミノ基を有する分子を指し、食用として用いることができるものが好ましい。中でも、酵素の電荷状態に比較的影響を与えず酵素を活性化できることから、中性アミノ酸が好ましく、グリシン、アラニン、アスパラギン、グルタミン、イソロイシン、ロイシン、セリン、トレオニン、バリン、フェニルアラニン、チロシンなどが例示でき、本発明のリン脂質の製造方法に用いる場合は、それらの群より選ばれる少なくとも1種を用いることができる。
【0027】
本発明に用いるアミノ酸が3残基以下のペプチドとは、アミノ酸同士がアミド結合により主に2量体または3量体になったものを指し、アミノ酸から合成したものであるか、タンパク質を酵素などにより分解したものであるかは問わないが、グリセリンに対する溶解度が比較的高いことからグリシン、アラニン、セリンからなるペプチドであることが好ましく、グリシルグリシンなどが例示できる。
【0028】
本発明では、前記のとおりアミノ酸が3残基以下のペプチドであることを特徴の一つとするものであるが、その理由は、アミノ酸残基が少ない方がグリセリンに溶解した際に高いモル濃度が得られ、効率的にホスホリパーゼA2を活性化できるためである。
【0029】
前記のようなアミノ酸やアミノ酸が3残基以下のペプチドは、少なくとも何れかがホスホリパーゼA2によるリゾリン脂質のエステル化反応において添加されていればよく、その添加量としては、リゾリン脂質100重量部に対して10〜2000重量部加えることが好ましく、より好ましくは50〜500重量部である。10重量部未満であると反応効率が悪くなる場合があり、2000重量部を超えるとコストが不利になり、また反応効率も悪くなる場合がある。さらにアミノ酸や、アミノ酸が3残基以下のペプチドは、エステル化反応系中における合計の溶解量を多くするために2種類以上を組み合わせて添加してもかまわない。
【0030】
本発明では、必要に応じて抗酸化剤を添加してもよい。本発明において使用できる抗酸化剤は、食品用途として用いることができ、DHAなどの脂肪酸に対する抗酸化力が期待できるものであれば種類を問わないが、トコフェロール、カテキンなどのポリフェノール、アスコルビン酸、ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)などが好適に用いられる。尚、この場合、後述の製造方法で得られるリン脂質は、抗酸化剤との混合物であってもよい。
【0031】
また、同様に脂肪酸の酸化を防止するため、リゾリン脂質のエステル化反応は酸素を遮断し、窒素雰囲気下で行ってもよい。
【0032】
本発明では、前記エステル化反応は、アミノ酸を溶解し得る溶剤を用いて行うことができるが、食品への使用が可能で、極性の高いグリセリンを使用する。
【0033】
本発明のリン脂質の製造方法の好適例の一つを以下に示す。
まず、リゾリン脂質およびDHAなどの脂肪酸を、グリセリンに溶解し、アミノ酸、又は/及びアミノ酸が3残基以下のペプチドおよびホスホリパーゼA2を加え攪拌することによりリゾリン脂質のエステル化反応を行う。この際、酵素の活性化のためにカルシウムイオンが反応系に存在していることが好ましい。カルシウム源としては、溶解度が比較的高く、食品原料としても用いられることから、塩化カルシウムが好ましい。
【0034】
この際、ホスホリパーゼA2によるリゾリン脂質のエステル化反応は、酵素の至適温度や脂肪酸の酸化等の観点から、35℃〜80℃の温度範囲で行うことが好ましく、45℃〜70℃の範囲で行うことがより好ましい。また、前記反応中の脂肪酸の酸化を防ぐため、予め抗酸化剤を添加してリゾリン脂質のエステル化反応を行ってもよいし、酸素を遮断して窒素雰囲気下で前記反応を行っても良く、これらを単独であるいは併用してもよい。また、ホスホリパーゼA2による反応では、反応が進行すると水が生成するなどして、加水分解が進行し過ぎる場合は、反応の途中で減圧等の操作を適宜行うことにより水分を除去してもよい。減圧により水分を除去する場合、その条件としては、例えば、温度が35〜80℃、150torr(20kPa)以下で、12〜24時間行えばよい。尚、エステル化反応の進行は薄層クロマトグラフィ(TLC)等により確認することができる。
【0035】
以上のようにしてリゾリン脂質と脂肪酸のエステル化反応を行うことによりリゾリン脂質の2位に所望の脂肪酸を導入した本発明のリン脂質が生成される。本発明では、上記のような反応液の状態でも、リン脂質溶液として種々の用途に使用可能であるが、後述の抽出操作を行うことにより、純度の高いリン脂質を得ることもできる。
【0036】
本発明では、純度の高いリン脂質を得るための抽出操作として、次の操作を行うのが好ましい。
即ち、上述のエステル化反応終了後の反応液に、炭化水素溶剤及び/又はケトン溶剤及び/又はエステル溶剤からなる溶剤を加えて、グリセリン溶液層と溶剤層を形成させる。この際、当該溶剤層(上層)にリン脂質と脂肪酸が、グリセリン溶液層(下層)にはそれら以外の物質が移行する。そして当該溶剤層を分離(分取)する。尚、このような所定溶剤の添加および分取操作は、純度の向上と作業効率を考慮し、適宜繰り返しても良い。
【0037】
ここで前記炭化水素溶剤とは、炭素と水素のみから構成される化合物のうち溶剤として用いることができるものを指す。具体的にはペンタン、ヘキサン、ヘプタン等であるが、沸点が低いため留去しやすくかつ食品添加物として使用できることからヘキサンがより好ましい。
【0038】
また前記ケトン溶剤とは、分子内にケト基を持つ分子のうち溶剤として用いることができるものを指す。具体的にはアセトン、ブタノン等であるが、沸点が低いため留去しやすくかつ食品添加物として使用できることからアセトンが好ましい。
【0039】
さらに前記エステル溶剤とは、分子内にエステル結合を持つものうち、溶剤として利用できるものを指し、具体的には酢酸メチル、酢酸エチル等であるが、食品用途として用いられることから酢酸エチルが好ましい。
【0040】
本発明では、上述のエステル化反応終了後、前記の溶剤を添加する前に炭素数4以下のアルコールを添加するのが好ましい。これにより、抽出操作中の加水分解を防ぎ、ホスホリパーゼA2を失活させると共にグリセリンの粘度を下げて抽出を行いやすくなる傾向にある。尚、前記の溶剤として、前記ケトン溶剤のみからなる溶剤を用いる場合は、上記のような抽出操作中の加水分解、ホスホリパーゼA2の活性、グリセリンの粘度の影響は低いため、前記アルコールを添加しなくてもよい。
【0041】
ここで前記炭素数4以下のアルコールとは、メタノール、エタノール、プロパノール及びブタノールのことを指すが、毒性が低く食品添加物として利用できることからエタノールが好ましい。
【0042】
上記のように溶剤層を分離(分取)した後、脂肪酸を除去する方法としては特に限定はなく、ケトン溶剤、エタノール−ヘキサン混合溶剤などで脱脂する方法、シリカゲルを用いて脂肪酸を除去する方法などが例示できる。
【0043】
例えば、ケトン溶剤等を用いる方法としては、分離(分取)した溶剤層中の前記溶剤を留去した後に別途新たにケトン溶剤等を加え、冷却することでリン脂質を析出させ、脂肪酸の溶解したケトン溶剤を分離除去することで、リゾリン脂質の2位に所望の脂肪酸を導入した、純度の高い本発明のリン脂質を得ることができる。ここで、上記溶剤留去後に加えるケトン溶剤等は、沸点が低く、留去し易く且つ食品添加物として使用できるアセトンが好ましい。
【0044】
またシリカゲルを用いて脂肪酸を除去する方法としては、上記溶剤層を分離後に、当該溶剤層を、シリカゲルを充填したカラムに流してリン脂質を吸着させ、脂肪酸を流出させることにより取り除き、その後カラムに流出溶剤を流してシリカゲルに吸着したリン脂質を脱着させ、所望のリン脂質画分のみを分取した後、リン脂質を再結晶化することで、リゾリン脂質の2位に所望の脂肪酸を導入した、純度の高い本発明のリン脂質を得ることができる。
【0045】
尚、本発明には、リゾリン脂質を直接使用することに代えて、リン脂質を出発原料とする場合も含まれる。例えば、ホスホリパーゼA2によりリン脂質の2位を加水分解した後、得られたリゾリン脂質、アミノ酸及び/又はアミノ酸が3残基以下のペプチド、及び所望の脂肪酸をグリセリン中で反応させ、ホスホリパーゼA2によるリゾリン脂質のエステル化反応を行うことで、リン脂質の2位の脂肪酸を所望の脂肪酸に交換することができる。
【0046】
本発明のリン脂質の製造方法は、食用リン脂質の製造に好適に用いることができ、その為には製造過程で食用に適さない原料やトルエン、ホルムアミドなどの溶剤などを使用さえしなければよい。また、このようにして得られたリン脂質、特に、その2位に高度不飽和脂肪酸が導入されたものは、高機能の食用リン脂質として好適に用いることができる。
【実施例1】
【0047】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0048】
<リン脂質の脂肪酸組成の測定>
実施例および比較例において、エステル化反応終了後、反応溶液50μlにエタノール50μlと飽和塩化ナトリウム溶液0.5mlを加えて攪拌し、ヘキサン200μlでリン脂質、リゾリン脂質及び脂肪酸を抽出する操作を4回繰りかえした。リン脂質、リゾリン脂質及び脂肪酸を有する有機層をTLC(薄層クロマトグラフィー)で展開し、リン脂質及びリゾリン脂質画分を分取して、ナトリウムメチラートでメチルエステル化を行い、リン脂質及びリゾリン脂質に結合している脂肪酸の脂肪酸組成をガスクロマトグラフィー(島津製作所製「GC−14B」)で測定し、各脂肪酸に対応する面積比を、各脂肪酸の脂肪酸組成全体中の重量比とした。
【0049】
<リン脂質・リゾリン脂質の抽出量比測定>
実施例9〜13,比較例7〜8で得られた各上層とクロロホルム−メタノール層(アセトン層と分別した下層)をクロロホルム:メタノール=2:1の溶剤50μlに溶解させ、それぞれ2μlずつTLCにスポットし、ホスファチジルコリン及びリゾホスファチジルコリンのスポットについて画像解析ソフト「ImageJ」を用いて計算し、それぞれホスファチジルコリン、リゾホスファチジルコリンごとの抽出量比を各層の合計が100%になるよう百分率で表した。
【0050】
<各抽出法の総合評価>
実施例9〜13,比較例7〜8において、前記リン脂質・リゾリン脂質の抽出量比測定で得られた各上層中のホスファチジルコリン抽出量比(x)は多いほど良く、逆に各上層中のリゾホスファチジルコリン抽出量比(y)は少ないほど良く、以下の基準で評価した。評価点は、
xに関しては、5点:100%>x>80%、4点:80%≧x>60%、3点:60%≧x>40%、2点:40%≧x>20%、1点:20%≧x、
yに関しては、3点:30%≧y、2点:60%≧y>30%、1点:y>60%
とし、抽出方法としての総合評価をそれぞれの評価点の和として、
◎:(xの評価点)+(yの評価点)≧7点、即ち、反応したリン脂質が十分量抽出され、なおかつ未反応のリゾリン脂質の抽出量が少なく、品質の良いリン脂質が得られた、
○:7点>(xの評価点)+(yの評価点)≧6点、即ち、反応したリン脂質が十分量抽出された、
△:6点>(xの評価点)+(yの評価点)≧5点、即ち、反応したリン脂質の抽出量が不十分である、
×:5点>(xの評価点)+(yの評価点)、即ち、反応したリン脂質の抽出量が著しく不十分である、
とした。
【0051】
(実施例1)
リゾホスファチジルコリン(辻製油社製「SLP−LPC70H」)35mgにオレイン酸(東京化成工業社製)97mg、グリセリン(阪本薬品工業社製)1gを加えて、さらにグリシン(和光純薬工業社製)50mgを加えた。さらにホスホリパーゼA2(ノボザイムズジャパン社製「レシターゼ100S」、130Iu/mg)10mgと1.0mol/l塩化カルシウム(富田製薬社製)溶液2.5μlを加えて60℃で24時間反応させ、オレイン酸が2位に結合したリン脂質(ホスファチジルコリン)を得た。得られたリン脂質及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、オレイン酸含量は39.2重量%であった。
【0052】
(実施例2)
リゾホスファチジルコリン(辻製油社製「SLP−LPC70」)35mgにDHA(東京化成工業社製)113mg、グリセリン(和光純薬工業社製)1gを加えて、さらにグリシン(和光純薬工業社製)50mgを加えた。さらにホスホリパーゼA2(ノボザイムズジャパン社製「レシターゼ100S」、130Iu/mg)10mgと1.0mol/l塩化カルシウム(和光純薬工業社製)溶液2.5μlを加え、さらに抗酸化剤としてジブチルヒドロキシトルエン3mg(和光純薬工業社製)を加えて60℃で48時間反応させ、高度不飽和脂肪酸(DHA)が2位に結合したリン脂質(ホスファチジルコリン)を得た。得られたリン脂質及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、DHA含量は34.2重量%であった。
【0053】
(実施例3)
リゾホスファチジルコリン(辻製油社製SLP−LPC70)35mgにDHA(東京化成工業社製)113mg、グリセリン(和光純薬工業社製)1gを加えて、さらにグリシルグリシン(和光純薬工業社製)60mgを加えた。さらにホスホリパーゼA2(サンヨーファイン社製、粉末リゾナーゼ、53Iu/mg)20mgと1.2mol/l塩化カルシウム(和光純薬工業社製)溶液2.5μlを加え、さらに抗酸化剤としてカテキンを含有するサンカトールNO1(太陽化学社製)3mg、及びアスコルビン酸3mg(和光純薬工業社製)を加えて60℃で48時間反応させ、高度不飽和脂肪酸(DHA)が2位に結合したリン脂質(ホスファチジルコリン)を得た。得られたリン脂質及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、DHA含量は30.7重量%であった。
【0054】
(実施例4)
DHA113mgの代わりにEPA(ナカライテスク社製)104mgを用い、さらにグリシルグリシン60mgの代わりにグリシン60mgを用いた以外は実施例2と同様にして高度不飽和脂肪酸(EPA)が2位に結合したリン脂質を得た。得られたリン脂質及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、EPA含量は28.5重量%であった。
【0055】
(実施例5)
DHA113mgの代わりにアラキドン酸(シグマアルドリッチジャパン社製)103mgを用い、さらにグリシルグリシン60mgの代わりにグリシン40mgを用いた以外は実施例2と同様にして高度不飽和脂肪酸(アラキドン酸)が2位に結合したリン脂質(ホスファチジルコリン)を得た。得られたリン脂質及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、アラキドン酸含量は32.3重量%であった。
【0056】
(実施例6)
リゾホスファチジルコリン(辻製油社製「SLP−LPC70」)35mgにDHA−50G(日本化学飼料社製、DHA51.8重量%含有)を定法により加水分解して調製したDHA含有脂肪酸105mg、グリセリン(阪本薬品工業社製)1gを加えて、さらにグリシン(昭和電工社製)75mgを加えた。さらにホスホリパーゼA2(サンヨーファイン社製「粉末リゾナーゼ」)20mgを加えて0.6torr(80Pa)で10分減圧して水分を除去した後、0.3mol/l塩化カルシウム(富田製薬社製)溶液10μlを加えて60℃で48時間反応させ、高度不飽和脂肪酸(DHA)が2位に結合したリン脂質(ホスファチジルコリン)を得た。得られたリン脂質及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、DHA含量は15.5重量%であった。
【0057】
(実施例7)
リゾホスファチジルコリン(辻製油社製「SLP−LPC70」)35mgにDHA−50G(日本化学飼料社製、DHA51.8重量%含有)を定法により加水分解して調製したDHA含有脂肪酸105mg、グリセリン(阪本薬品工業社製)1gを加えて、さらにグリシン(昭和電工社製)37.5mgとアラニン(武蔵野化学研究所社製)37.5mgを加えた。さらにホスホリパーゼA2(サンヨーファイン社製「粉末リゾナーゼ」)20mgを加えて0.6torr(80Pa)で10分減圧して水分を除去した後、0.3mol/l塩化カルシウム(富田製薬社製)溶液10μlを加えて60℃で48時間反応させ、高度不飽和脂肪酸(DHA)が2位に結合したリン脂質(ホスファチジルコリン)を得た。得られたリン脂質及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、DHA含量は17.2重量%であった。
【0058】
(実施例8) ホスファチジルコリン純度向上用リン脂質含有エステル化反応溶液の作製
リゾホスファチジルコリン(辻製油社製「SLP−LPC70」)35mgにDHA−50G(日本化学飼料社製、DHA51.8重量%含有)を定法により加水分解して調製したDHA含有脂肪酸30mg、グリセリン(阪本薬品工業社製)1gを加えて、さらにグリシン(昭和電工社製)37.5mgとアラニン(武蔵野化学研究所社製)37.5mgを加えた。さらにホスホリパーゼA2(サンヨーファイン社製「粉末リゾナーゼ」)20mgを加え、さらに0.5mol/l塩化カルシウム(富田製薬社製)溶液6μlを加え、0.6torr(80Pa)で10分減圧して水分を除去し、50℃で24時間反応させ、ホスファチジルコリン純度向上用のリン脂質含有エステル化反応溶液を得た。該反応液中に含まれるリン脂質、及びリゾリン脂質中のDHA含量は15.3重量%であった。
【0059】
(比較例1)
グリシンを用いなかった以外は実施例1と同様にしてオレイン酸が2位に結合したリン脂質を得た。得られたリン脂質及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、オレイン酸含量は19.4重量%であった。
【0060】
(比較例2)
グリシルグリシンを用いなかった以外は実施例3と同様にして高度不飽和脂肪酸(DHA)が2位に結合したリン脂質を得た。得られたリン脂質及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、DHA含量は12.9重量%であった。
【0061】
(比較例3)
グリシンを用いず、水を60μl加えた以外は実施例4と同様にして高度不飽和脂肪酸(EPA)が2位に結合したリン脂質を得た。得られたリン脂質の及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、EPA含量は8.9重量%であった。
【0062】
(比較例4)
グリシンを用いなかった以外は実施例5と同様にして高度不飽和脂肪酸(アラキドン酸)が2位に結合したリン脂質を得た。得られたリン脂質及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、アラキドン酸含量は5.5重量%であった。
【0063】
(比較例5)
グリシンを用いなかったこと以外は実施例6と同様にして高度不飽和脂肪酸(DHA)が2位に結合したリン脂質を得た。得られたリン脂質の、及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、DHA含量は4.4重量%であった。
【0064】
(比較例6)
グリシン及びアラニンを用いなかったこと以外は実施例8と同様にして高度不飽和脂肪酸(DHA)が2位に結合したリン脂質を得た。得られたリン脂質の、及びリゾリン脂質中の脂肪酸組成において、DHA含量は7.6重量%であった。
【0065】
(実施例9) アセトン抽出
実施例8で得られた反応液100mgにアセトン100μlを加えて分液し、アセトン層(上層)を分取する操作を2回繰り返した。またアセトン層と分別した下層にクロロホルム−メタノール(v/v=2:1)を200μl加え、飽和塩化ナトリウム水溶液300μlを加えて分液してクロロホルム−メタノール層(アセトン層と分別した下層)を抽出した。アセトン層(上層)とクロロホルム−メタノール層(アセトン層と分別した下層)についてそれぞれTLCを行い、抽出法としての総合評価も行った。それらの結果を表1にまとめた。
【0066】
(実施例10) エタノール+ヘキサン抽出
実施例8で得られた反応液100mgにエタノール50μlを加えて撹拌した後、ヘキサン50μlを加えて分液してヘキサン層(上層)を分取する操作を2回繰り返した。またヘキサン層と分別した下層は、実施例8と同様に処理しそれぞれヘキサン層(上層)、ヘキサン層と分別した下層についてTLCを行い、抽出法としての総合評価も行った。それらの結果を表1にまとめた。
【0067】
(実施例11) エタノール+アセトン抽出
実施例8で得られた反応液100mgにエタノール25μlを加えて撹拌した後、アセトン75μlを加えて分液してアセトン層(上層)を分取する操作を2回繰り返した。またアセトン層と分別した下層は、実施例8と同様に処理しそれぞれアセトン層(上層)、アセトン層と分別した下層についてTLCを行い、抽出法としての総合評価も行った。それらの結果を表1にまとめた。
【0068】
(実施例12) エタノール+アセトン/ヘキサン抽出
実施例8で得られた反応液100mgにエタノール100μlを加えて撹拌した後、アセトン50μlとヘキサン50μlの混合溶媒を加えて分液してアセトン/ヘキサン混合溶媒層(上層)を分取する操作を2回繰り返した。またアセトン/ヘキサン混合溶媒層と分別した下層は、実施例8と同様に処理しそれぞれ上層、下層についてTLCを行い、抽出法としての総合評価も行った。それらの結果を表1にまとめた。
【0069】
(実施例13) エタノール+酢酸エチル抽出
実施例8で得られた反応液100mgにエタノール25μlを加えて撹拌した後、酢酸エチル75μlを加えて分液して酢酸エチル層(上層)を分取する操作を2回繰り返した。酢酸エチル層と分別した下層は、実施例8と同様に処理しそれぞれ酢酸エチル層(上層)、酢酸エチル層と分別した下層についてTLCを行い、抽出法としての総合評価も行った。それらの結果を表1にまとめた。
【0070】
(参考例1)
実施例8で得られた反応液100mgにヘキサン100μlを加えて分液し、ヘキサン層(上層)を分取する操作を2回繰り返した。ヘキサン層と分別した下層は、実施例8と同様に処理し、それぞれヘキサン層(上層)、ヘキサン層と分別した下層についてTLCを行い、抽出法としての総合評価も行った。それらの結果を表1にまとめた。
【0071】
(参考例2)
実施例8で得られた反応液100mgに酢酸エチル100μlを加えて分液し、酢酸エチル層(上層)を分取する操作を2回繰り返した。酢酸エチル層と分別した下層は、実施例8と同様に処理し、それぞれ酢酸エチル層(上層)、酢酸エチル層と分別した下層についてTLCを行い、抽出法としての総合評価も行った。それらの結果を表1にまとめた。
【0072】
【表1】





【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスホリパーゼA2によるリゾリン脂質と脂肪酸のエステル化反応において、該エステル化反応をグリセリン中で行い、当該反応系にアミノ酸及び/又はアミノ酸が3残基以下のペプチドを添加することを特徴とするリン脂質の製造方法。
【請求項2】
前記アミノ酸が、グリシン、アラニン、アスパラギン、グルタミン、イソロイシン、ロイシン、セリン、トレオニン、バリン、フェニルアラニン、チロシンからなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項3】
前記ペプチドが、グリシン、アラニン、セリンの組み合わせからなる請求項1又は2に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項4】
前記エステル化反応を35℃以上80℃以下で行う請求項1〜3の何れかに記載のリン脂質の製造方法。
【請求項5】
前記リゾリン脂質が大豆由来である請求項1〜4の何れかに記載のリン脂質の製造方法。
【請求項6】
前記エステル化反応後に、ケトン溶剤を加えてグリセリン溶液層とケトン溶剤層を形成させ、該ケトン溶剤層を分離し、その後ケトン溶剤層中の溶剤を留去した後、脂肪酸を除去してリン脂質を得る請求項1〜5何れかに記載のリン脂質の製造方法。
【請求項7】
前記エステル化反応後に、炭素数4以下のアルコールを加えた後、更に炭化水素溶剤及び/又はケトン溶剤及び/又はエステル溶剤からなる溶剤を加えてグリセリン溶液層と溶剤層を形成させ、該溶剤層を分離し、その後前記溶剤層中の溶剤を留去した後、脂肪酸を除去してリン脂質を得る請求項1〜5何れかに記載のリン脂質の製造方法。
【請求項8】
前記ケトン溶剤がアセトンである請求項6又は7に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項9】
前記炭素数4以下のアルコールがエタノールである請求項7に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9の何れかに記載の方法により製造された、高度不飽和脂肪酸が2位に結合した食用リン脂質。
【請求項11】
ホスホリパーゼA2によりリン脂質の2位を加水分解して得られたリゾリン脂質を含む反応系にアミノ酸及び/又はアミノ酸が3残基以下のペプチド、及び脂肪酸を混合してから、ホスホリパーゼA2によるリゾリン脂質のエステル化反応を行うことで、リン脂質の2位に脂肪酸を導入する方法。


【公開番号】特開2010−68799(P2010−68799A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−134235(P2009−134235)
【出願日】平成21年6月3日(2009.6.3)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】