説明

リン脂質症に関連するミトコンドリア毒性のバイオマーカー

本発明は、リン脂質症化合物が薬物誘発性リン脂質症に関連するミトコンドリア毒性を誘発するリスクを判定するための方法に関する。該方法は、(a)体液試料中のPAGレベルを測定する段階、および(b)測定されたPAGレベルと対照のPAGレベルとを比較する段階を含み、ここで、対照との比較における増加したPAGレベルにより、前記化合物が薬物誘発性リン脂質症に関連するミトコンドリア毒性を誘発することが示される。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
薬物誘発性リン脂質症またはフェニルケトン尿症などの代謝障害に関して、特異的診断の手段が公知である。
【0002】
しかしながら、ヒトにおけるミトコンドリア毒性などの関連する毒性についてのこれらの障害の潜在的リスクは予測が困難であり、かつその重要性は未知である。
【0003】
ミトコンドリアは、細胞のエネルギーの大部分をATPとして産生することにおいて、決定的な役割を果たす。これはまた、尿の生成、ヘム合成、および脂肪酸のβ酸化などの他の代謝過程にも関連する。
【0004】
薬物によるミトコンドリア機能の妨害は、アポトーシスによる細胞死を引き起こしうる(K Chan et all, Drug-induced mitochondrial toxicity. Expert Opin. Drug Metab. Toxicol (2005) 1: (4):655-669(非特許文献1))。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】K Chan et all, Drug-induced mitochondrial toxicity. Expert Opin. Drug Metab. Toxicol (2005) 1: (4):655-669
【発明の概要】
【0006】
したがって、代謝障害に関連するミトコンドリア毒性を予測するための方法には強い関心が集まっている。
【0007】
そのため、本発明は、
(a)体液試料中のPAGレベルを測定する段階、
(b)測定されたPAGレベルと対照のPAGレベルとを比較する段階
を含む、リン脂質症化合物が代謝障害に関連するミトコンドリア毒性を誘発するリスクを判定するための方法を提供し、ここで、対照との比較における増加したPAGレベルにより、前記化合物が代謝障害に関連するミトコンドリア毒性を誘発することが示される。
【0008】
好ましくは代謝障害は、薬物誘発性リン脂質症、または例えば先天性尿素生成異常などの先天異常によって引き起こされた代謝障害、または例えばフェニルケトン尿症などの遺伝性代謝障害である。
【0009】
したがって本発明の好ましい態様とは、
(a)体液試料中のPAGレベルを測定する段階、
(b)測定されたPAGレベルと対照のPAGレベルとを比較する段階
を含む、リン脂質症化合物が薬物誘発性リン脂質症に関連するミトコンドリア毒性を誘発するリスクを判定するための方法であり、ここで、対照との比較における増加したPAGレベルにより、前記化合物が薬物誘発性リン脂質症に関連するミトコンドリア毒性を誘発することが示される。
【0010】
薬物誘発性リン脂質症とは、細胞内、すなわちリソソーム内でのリン脂質の蓄積を特徴とする蓄積障害である。リン脂質症を誘発する化合物は、リン脂質の代謝および代謝回転を妨げる、陽イオン性かつ一般に両親媒性の分子である。ヒトにおいてリン脂質症を引き起こすと報告されている薬物はほとんど存在しない。
【0011】
リン脂質症の発症および重症度は、累積曝露および投与レジメン(継続的か断続的か)に依存する。
【0012】
光学顕微鏡レベルでの泡沫状マクロファージの存在はリン脂質症の指標となる。しかしながら、リン脂質症の最終診断は、様々な細胞型、特にリンパ球、マクロファージ、および実質細胞におけるリソソーム内の超微細構造変化(膜性の層状封入体)に基づく。
【0013】
リン脂質症とは、細網内皮細胞内に脂質の異常な蓄積を有するリソソーム蓄積症のいくつかを表す用語である。「薬物誘発性リン脂質症」という用語は、体内における薬物の存在に起因するリン脂質症を意味する。そのような薬物はリン脂質症化合物と呼ばれる。「リン脂質症化合物」という用語は、リン脂質症を誘発しうる化合物を意味する(例えば、Reasor and Kacew, “Drug-induced Phospholipidosis: Are there functional consequences?” Exp Biol Med, 2001, 226: 825-30を参照のこと)。
【0014】
対照とは、ある化合物で処理されていない動物、またはミトコンドリアに対して毒性ではない別の化合物で処理された動物、またはリン脂質症化合物で処理される前の処理動物(同一個体中の投与前の値)であってよい。
【0015】
本明細書において使用される「PAG」という用語は、本明細書において、げっ歯類におけるフェニルアセチルグリシン、およびげっ歯類以外の種におけるフェニルアセチルグリシンと等価の任意の分子、例えばヒトにおけるフェニルアセチルグルタミンなどを意味する。「PAG」という用語はまた、フェニルアセチルグリシンの塩およびフェニルアセチルグリシンと等価の分子の塩も含む。
【0016】
本方法は、治療化合物の毒性の試験に用いてもよい。治療化合物とは、疾患および障害の治療または予防のために用いられうる化合物である。好ましくは、そのような試験は、ラットまたはマウスまたはヒトの体液試料を用いて行われうる。動物がフェニルアセチルグリシンの等価物を有する場合、任意の該動物の体液試料を用いてこの試験を行ってもよい。
【0017】
好ましくは、体液試料は血液または尿である。より好ましくは、体液試料は尿である。体液試料を得るための方法は当業者に公知である。
【0018】
当業者は、PAG、特にフェニルアセチルグリシンおよびフェニルアセチルグルタミンのレベルを測定する種々の方法を熟知している。「レベル」という用語は、個体または個体から採取された試料におけるPAGの量または濃度を意味する。
【0019】
本発明の文脈において、量とは濃度にも関連する。既知のサイズの試料における関心対象の物質の総量から該物質の濃度が算出できること、およびその逆も同様であることが明らかである。
【0020】
本発明による「測定」という用語は、量または濃度を、好ましくは半定量的または定量的に決定することに関する。測定は直接行うことができる。
【0021】
PAGの検出法は当業者に周知である。好ましい方法には、NMR(すなわち、Keun, H.C et al., (2002) Physiological variation and analytical reproducibility in metabonomic urinalysis(Chem. Res. Tox. 15, 1380-1386)に記載されたシングルパルスNMR)、質量分析法(MS)、クロマトグラフィー技術と組み合わせたMS、液体クロマトグラフィー-紫外線検出(LC-UV)、フォトダイオードアレイ検出を用いる液体クロマトグラフィー(LC-DAD)、ガスクロマトグラフィー(GC)が含まれる。
【0022】
本発明はまた、ミトコンドリア毒性のマーカーとしてのPAGの使用も提供する。代謝障害と関連するミトコンドリア毒性のマーカーとしてのPAGの使用が好ましい。
【0023】
代謝障害は好ましくは、薬物誘発性リン脂質症、または例えば先天性尿素生成異常などの先天異常によって引き起こされた代謝障害、または例えばフェニルケトン尿症などの遺伝性代謝障害である。より好ましくは、代謝障害は薬物誘発性リン脂質症である。
【0024】
任意の動物が内因性フェニルアセチルグリシンまたはその等価物を有する場合、該動物の体液試料中のミトコンドリア毒性を決定するためのマーカーとしてPAGを用いてもよい。PAGは好ましくは、ヒトの、またはラットもしくはマウスであることが好ましいげっ歯類の体液試料中のミトコンドリア毒性を決定するためのマーカーとして用いられる。
【0025】
本明細書において用いられる「バイオマーカー」または「マーカー」という用語は、特定の状態、疾患、または合併症の有無に依存して差次的に存在する(すなわち、増加したレベルまたは減少したレベルで存在する)、個体中の分子を意味する。特に生化学マーカーとは、特定の状態、疾患、または合併症の存在下または非存在下で(例えば、増加したレベルまたは減少したレベルの発現または代謝回転によって)差次的に存在する遺伝子発現産物である。適切なバイオマーカーのレベルによって特定の状態、疾患、またはリスクの有無を示すことができ、これにより、該状態、疾患、またはリスクの診断または判定が可能になる。
【0026】
本発明はまた、PAGを測定するための手段または作用物質を含むキットに関する。
【0027】
そのような手段または作用物質は、当業者に公知の任意の適切な手段または作用物質であってよい。例えば、適切な作用物質とは、前記バイオマーカーの測定に対して特異的な任意の種類のリガンドまたは抗体であってよい。本キットにはまた、各バイオマーカーのレベルの測定の文脈において適当とみなされる任意の他の構成要素、例えば、適切な緩衝剤、フィルターなどが含まれてもよい。
【0028】
任意で、本キットにはさらに、個体が代謝障害に関連するミトコンドリア毒性の影響を受けているかどうかの判定について、任意の測定の結果を解釈するための使用説明書が含まれてもよく、ここで該代謝障害は好ましくは、薬物誘発性リン脂質症、または先天性尿素生成異常などの先天異常によって引き起こされた代謝障害、または例えばフェニルケトン尿症などの遺伝性代謝障害である。特に、そのような説明書には、どのような測定レベルが増加したレベルに対応するかに関する情報が含まれてもよい。
【0029】
本発明はまた、個体中の代謝障害に関連するミトコンドリア毒性を評価するための、前記キットの使用にも関する。さらに本発明は、リン脂質症化合物が代謝障害に関連するミトコンドリア毒性を誘発するリスクを判定するための、前記キットの使用に関する。好ましくは代謝障害は、薬物誘発性リン脂質症、または例えば先天性尿素生成異常などの先天異常によって引き起こされた代謝障害、または例えばフェニルケトン尿症などの遺伝性代謝障害である。
【0030】
本発明はまた、リン脂質症化合物が代謝障害に関連するミトコンドリア毒性を誘発するリスクを判定するためのまたは個体中の代謝障害に関連するミトコンドリア毒性を評価するための本発明による任意の方法における、前記キットの使用にも関する。好ましくは代謝障害は、薬物誘発性リン脂質症、または例えば先天性尿素生成異常などの先天異常によって引き起こされた代謝障害、または例えばフェニルケトン尿症などの遺伝性代謝障害である。
【0031】
本明細書において用いられる「正常レベル」という用語は、対照の体液試料中のPAGレベルの範囲を意味する。対照とは、リン脂質症に関連するミトコンドリア毒性の影響を受けていない1つもしくは複数の個体、または処理される前の処理動物(同一個体中の投与前の値)である。ラットについて、個体数は、好ましくは100を上回り、より好ましくは500を上回り、最も好ましくは1000を上回る。正常範囲は、当業者に周知の方法によって決定される。好ましい方法とは、例えば、値の範囲を2.5クォンタイルから97.5クォンタイルの間に決定することであり、これにより「正常」値の5%が正常範囲外に残る、すなわち換言すると、これには対照のすべての値の95%が包含される。
【0032】
病理学的状態とは、正常な状態からの逸脱として定義される。本発明によると、この病理学的状態は、バイオマーカーの増加したレベルによって示される。本明細書において用いられる「増加したレベル」という用語は、正常レベルよりも有意に高い、体液試料中のPAGレベルを意味する。有意により高いとは、レベルがより高く、かつ正常レベルに対する差が統計学的に妥当である(p0.05、好ましくはp0.01)ことを意味する。
【0033】
PAGはまた、標的として用いてもよい。したがって本発明は、PAGと相互作用する化合物をスクリーニングする方法を提供する。そのような方法は当技術分野において周知である。
【0034】
適切な方法とは、例えば、以下の段階を含む、PAGと相互作用するリン脂質症化合物をスクリーニングする方法である:
(a)1つの化合物または複数の化合物とPAGとの相互作用を可能にする条件下で、PAGを該1つの化合物または複数の化合物と接触させる段階;および
(b)該1つの化合物または複数の化合物とPAGとの間の相互作用を検出する段階。
【0035】
段階(a)の前、または段階(a)と(b)の間に、PAGを固定化してもよい。
【0036】
ここまで本発明を概説したが、具体的な実施例を添付の図面と結びつけて参照することによって、本発明はより良好に理解されるようになるであろう。これらの実施例は説明目的のみのために本明細書に含まれ、特記されない限り限定を意図するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】フェニルアセチルグリシン(A);フェニルアセチルグルタミン(B);化合物1:2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド(C);化合物2:2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド(D)の化学構造を示す。
【図2】スペクトルデータの概要のグラフ表示を示す:上部パネルは、対照ラットが呈する尿スペクトルの1H NMRの一例を示す。薄い灰色で囲まれた芳香族領域および黒で囲まれた脂肪族領域は、PAGのシグナルを含む。これは、+144hAの時点での15スペクトルを積み重ねた(stacked)プロットとして示している拡大パネル(下部)において、さらに詳細に示されている。
【図3】同時(time matched)対照試料と関連づけた、化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)で処理した動物由来の試料中の相対的PAG濃度レベル平均値のグラフ表示を示す。対照動物は四角で示し、低用量投与動物(300mg/kg)は完全な丸で、高用量投与動物(1000mg/kg)は三角で表した。
【図4】同時対照試料と関連づけた、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)で処理した動物由来の試料中の相対的PAG濃度レベル平均値のグラフ表示を示す。対照動物は四角で示し、低用量投与動物(300mg/kg)は完全な丸で、高用量投与動物(1500mg/kg)は三角で表した。高用量投与動物について見られる高い標準偏差は、個々の反応動態および反応強度の差異に起因しうる。
【発明を実施するための形態】
【0038】
実施例
本実施例で言及されている市販の試薬は、特に示されない限り、製造業者の指示に従って使用した。
【0039】
実施例1:動物、用量、および試料採取
動物:雄性ウィスターラット(RCC, Inc., Fullinsdorf)
すべての動物は、スイスの法律に規定されたようにかつNIHが発表した「実験動物の管理と使用に関する指針(Guide for the care and use of laboratory animals)」に従って、(人道的)管理を受けた。雄性ウィスターラット(5匹/用量群)をRCC(Fullingsdorf、スイス)から購入し、個別に飼育した。処理動物には、数用量の試験化合物を経管栄養法により経口投与した(表1)。対照動物には、同量の賦形剤をプラセボとして与えた。単回投与(=1日目)の48時間後(サブグループA)または168時間後(サブグループB)に剖検を実施し、0〜4℃の代謝ケージ(Tecniplastサンプリング/冷却ユニット(RACK B940, Tecniplast, USA)により自動冷却した)において、表2の試料採取スケジュールに示された間隔で、1mlのNa-アジド水溶液(1%)を入れたラベル付き試料管に尿試料を収集した。分注する前に、尿量を測定した。
【0040】
化合物:
化合物1=2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド;
化合物2=2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド、
賦形剤/対照:チキソトロープ賦形剤
【0041】
両分子間の構造的差異は主に、化合物2のモルホリン部分がピペラジンで交換されていることを特徴とする。これにより、塩基性pKa値が7.67から4.07へ下方移動する。両親媒性の低下に加えて、化合物2の塩基性pKa値が低いことは、リン脂質症を誘発する可能性が化合物2で低く化合物1で高いことの最も重要な理由である。
【0042】
2つの化合物の物理化学的特性における上記の明確な差異により、両化合物の高い構造的類似性にも関わらず(差異は図1において赤で表す)、該化合物の明確な区別が可能である。
【0043】
(表1)群の設計

化合物1=2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド;化合物2=2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド、賦形剤/対照:チキソトロープ賦形剤
【0044】
実施例2:NMRによるPAGの測定
尿試料を、1日目を投与日として、-7日目、-2日目、-1日目、1日目、2日目、3日目、4日目、5日目、6日目、および7日目に採取した。
【0045】
(表2)分析のための尿の試料採取

時間=0hとは、1日目の朝の投与時に相当する。
【0046】
試料採取期間が終わった直後に量を測定し、試料を3000u/分(500g)で10分間遠心分離した。
【0047】
アリコート:約2mlを、NMR分光試験のために、スクリューキャップおよびセプタム付きの丸底、自立型の1.8ml cryvialに移した(Bruker Analytik GmbH, Rheinstetten, Germany, Bruker part No. 85372)。バイアルを-80℃で保存した。
【0048】
尿試料を調製し、COMET 1H-NMRプロトコル(Keun, H.C et al., (2002) Physiological variation and analytical reproducibility in metabonomic urinalysis. Chem. Res. Tox. 15, 1380-1386)に従って、かつ上記のように、Bruker 500MHz NMR機器で測定した。合計467の尿試料を分析した。測定後、すべてのデータをXWINMR 3.5.6(Bruker Biospin AG, Fallanden)によって処理した。代表的なスペクトルを図2に示す。位相補正およびベースライン補正をNMRPROC 0.3(T. Ebbels, H. Keun; Imperial College)によって実施した。COMET Data Processing & Pattern Recognitionプロトコル(Keun, H.C., et al., (2002) Physiological variation and analytical reproducibility in metabonomic urinalysis. Chem. Res. Tox. 15, 1380-1386)に従ってAMIX 2.6(Bruker Biospin AG, Fallanden)を用いて、スペクトルデータをビニング(bin)した。異常値を検出するために、ビニングしたデータにQC確認手順(Dieterle F., Ross A., Schlotterbeck G., Senn H. (2006) Probabilistic Quotient Normalization as Robust Method to Account for Dilution of Complex Biological Mixtures. Application in 1H NMR Metabonomics. Anal. Chem. 78, 4281-4290)を適用した。合計で7つの異常値が検出され、さらなる分析から排除された。すべてのデータを、確率的指数標準化(probabilistic quotient normalization)(Dieterle F., Ross A., Schlotterbeck G., Senn H. (2006) Probabilistic Quotient Normalization as Robust Method to Account for Dilution of Complex Biological Mixtures. Application in 1H NMR Metabonomics. Anal. Chem. 78, 4281-4290)を用いて中央平均化し(mean-center)、標準化した。ビニングしたすべてのデータをアノテートし、ANT(ANT:Affymetrix NMR Toxicology Data System)データベースに移した。
【0049】
以下の手順に従って、PAGの正確な定量化を実施した。
- スペクトルのベースラインサブトラクション
- PAGピーク(それぞれ、(=7.47ppm、(=7.39ppm、(=3.79ppm、および(=3.7ppm)とクエン酸領域((=2.66〜2.74ppmおよび2.50〜2.58ppm)との統合
- 指数標準化(Dieterle F., Ross A., Schlotterbeck G., Senn H. (2006) Probabilistic Quotient Normalization as Robust Method to Account for Dilution of Complex Biological Mixtures. Application in 1H NMR Metabonomics. Anal. Chem. 78, 4281-4290)
- 各PAGビン(bin)をその平均値(全スペクトル)で割り、種々の時定数およびプロトン数を補正する
- PAGビンからの中央値を算出する
- 同時対照に対する比を算出する
【0050】
化合物2:2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド
上述のように、化合物2についてのPAGレベルを、同時対照動物に対して標準化した。化合物2を投与した個々の動物について、PAGの有意な用量依存的変化は検出されなかった(図3および表3を参照のこと)。両用量群のPAGレベルは、その同時対照と同等であった。
【0051】
化合物1:2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド
化合物1を投与した動物すべてについて、同時対照に対して相対的に(上記のように)平均PAGレベルを決定した。両用量群について、投与の24時間後から始まるPAGレベルの有意な用量依存的増加が認められた。高用量投与動物は4倍増加したPAGレベルを示し、一方低用量投与動物においては、同時対照と比較して2倍の増加が見出された(図4および表3を参照のこと)。低用量投与動物におけるレベルは時間と共に低下し、72h以降の時点において、PAGの平均レベルは対照試料を下回る。高用量投与動物における平均PAGレベルは、研究の最後まで高いレベル(3〜4倍増)を維持した。
【0052】
高用量投与動物について見られる高い標準偏差は、個々の反応動態および反応強度の差異に起因しうる。
【0053】
(表3A)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の7日前(-114h)の動物における、PAGレベル

【0054】
(表3B)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の2日前(-40h)の動物における、PAGレベル

【0055】
(表3C)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の1日前(-16h)の動物における、PAGレベル

【0056】
(表3D)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の前8時間以内(0h)の動物における、PAGレベル

【0057】
(表3E)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の後8時間以内(8h)の動物における、PAGレベル

【0058】
(表3F)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の後8から24時間以内(24h)の動物における、PAGレベル

【0059】
(表3G)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の2日後(48h)の動物における、PAGレベル

【0060】
(表3H)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の3日後(72h)の動物における、PAGレベル

【0061】
(表3I)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の4日後(96h)の動物における、PAGレベル

【0062】
(表3J)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の5日後(120h)の動物における、PAGレベル

【0063】
(表3K)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の6日後(144h)の動物における、PAGレベル

【0064】
(表3L)賦形剤、化合物1(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-メチル-N-[6-(4-メチル-ピペラジン-1-イル)-4-o-トリル-ピリジン-3-イル]-イソブチルアミド)、または化合物2(2-(3,5-ビス-トリフルオロメチル-フェニル)-N-[4-(2-クロロ-フェニル)-6-モルホリン-4-イル-ピリジン-3-イル]-N-メチル-イソブチルアミド)による処理の7日後(168h)の動物におけるPAGレベル

【0065】
実施例3:電子顕微鏡検査(リン脂質症の判定)
投与の約48時間後(サブグループA)および約168時間後(サブグループB)の剖検において、血液試料(可能な限り多く)をすべての動物から回収した。
【0066】
上記試料は、腹部大動脈から、または終末麻酔(terminal anaesthesia)(CO2)下での心臓穿刺によって、収集した。バフィーコート(バフィーコート=白血球バンド)試料を得るためには、合計で少なくとも2mlの血液が必要であった。
【0067】
2.5%グルタルアルデヒド中で固定した後、すべての動物由来のバフィーコート試料をエポンに包埋した。賦形剤で処理した動物全て、化合物1で処理した動物全て、および化合物2の高用量で処理した動物の試料から、準超薄切片(semithin section)および超薄切片を調製した(高用量動物が層状体を有する白血球をまったく示さなかったため、化合物2の低用量で処理した動物は検査しなかった)。すべての薄切片を超微細構造的に検査した。可能であれば、試料あたり200個の白血球を層状体について検査した。試料あたりの結果には、検査した白血球の総数、陽性白血球(すなわち層状体を有する白血球)の総数、陽性白血球のパーセンテージ、およびリン脂質症の重症度の等級区分(基準は表4を参照のこと)が含まれる。
【0068】
結果
化合物1のみで処理した動物において、細胞質内層状体を含むリンパ球が見られた。化合物2で処理した動物は影響を受けなかった。
【0069】
化合物1で処理した動物において、層状体は用量依存的に生じた。動物あたりの影響を受けたリンパ球の出現率は、処理群内できわめて可変的であった。
【0070】
300mg/kg/日の化合物1を与えて投与の48時間後に剖検した動物において、影響を受けたリンパ球の出現率は5〜12%の範囲であった(3匹の動物からのデータ)。リン脂質症は、最小〜軽微と見なされた。同一用量および投与168時間後の剖検では、リンパ球の0〜1%しか影響を受けておらず、これは部分的または完全な回復を示している。リン脂質症はこの時点において、最小または存在しないと見なされた。
【0071】
1500mg/kg/日の化合物1を与え、投与の48時間後に剖検した動物において、影響を受けたリンパ球の出現率は15〜31%の範囲であり(4匹の動物からのデータ)、リン脂質症は中程度〜顕著と見なされた。投与の168時間後に屠殺された動物において、影響を受けたリンパ球の出現率は21〜31%の範囲であり(4匹の動物からのデータ)、リン脂質症は同じく中程度〜顕著と見なされた。投与の48時間後に屠殺された動物と比較した場合、投与の168時間後に屠殺された動物における影響を受けたリンパ球の平均出現率の増加は最小限であった。しかしながらこの増加は、実質的な効果ではなく小さな試料規模(わずか4匹の動物)における個々の変動に起因すると見なされた。
【0072】
考察および結論
化合物誘発性リン脂質症を示す細胞質内層状体を含むリンパ球は、化合物1で処理した動物のみにおいて見られた。層状体は用量依存的に生じ、かつ投与の48時間後ですでに見られた。300mg/kg/日の化合物1において、影響を受けたリンパ球の出現率は約5〜12%であり、投与の168時間後に部分的または完全な回復が見られた。1500mg/kg/日の化合物1において、リンパ球の15〜31%が影響を受けていた。影響を受けたリンパ球の出現率に関して、2つの異なる時点の間で明白な差異はなかった、すなわち、投与後168時間以内に回復の兆候はなかった。化合物2で処理した動物は、細胞質内層状体を含むリンパ球をまったく示さなかった。
【0073】
(表4)リン脂質症についての個々の動物のデータ


n.d.=測定せず;1=不十分な数の白血球;2=非常に限られた数の白血球(最終的な評価に含まれないデータ);3=高用量群での所見なし;4=バフィーコートは入手不可能(死亡)
バフィーコート、PL等級(リン脂質症の重症度):5%: 最小、>5〜15%:軽微、>15〜25%:中程度、>25:顕著。
【図1A】

【図1B】

【図1C】

【図1D】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)体液試料中のPAGレベルを測定する段階;
(b)測定されたPAGレベルと対照のPAGレベルとを比較する段階
を含む、リン脂質症化合物が代謝障害に関連するミトコンドリア毒性を誘発するリスクを判定するための方法であって、対照との比較における増加したPAGレベルにより、前記化合物が薬物誘発性リン脂質症に関連するミトコンドリア毒性を誘発することが示される、方法。
【請求項2】
代謝障害が薬物誘発性リン脂質症、先天異常によって引き起こされた代謝障害、または遺伝性代謝障害である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
体液が血液または尿である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
生物学的流体中のPAGが、NMR分光法を含む方法によって測定される、請求項1から3のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
ミトコンドリア毒性のマーカーとしてのPAGの使用。
【請求項6】
ミトコンドリア毒性が代謝障害に関連する、請求項5記載の使用。
【請求項7】
PAGを測定するための手段または作用物質を含む、キット。
【請求項8】
リン脂質症化合物が代謝障害に関連するミトコンドリア毒性を誘発するリスクの判定について、任意の測定の結果を解釈するための使用説明書をさらに含む、請求項8記載のキット。
【請求項9】
代謝障害が薬物誘発性リン脂質症、先天異常によって引き起こされた代謝障害、または遺伝性代謝障害である、請求項8または9記載のキット。
【請求項10】
リン脂質症化合物が代謝障害に関連するミトコンドリア毒性を誘発するリスクを判定するための、請求項7から9のいずれか一項記載のキットの使用。
【請求項11】
請求項1から4のいずれか一項記載の方法における、請求項10記載の使用。
【請求項12】
代謝障害が薬物誘発性リン脂質症、先天異常によって引き起こされた代謝障害、または遺伝性代謝障害である、請求項6、10、または11のいずれか一項記載の使用。
【請求項13】
特に実施例に関連して添付の明細書に実質的に記載される、方法、使用、およびキット。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公表番号】特表2010−506177(P2010−506177A)
【公表日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−531739(P2009−531739)
【出願日】平成19年10月2日(2007.10.2)
【国際出願番号】PCT/EP2007/008548
【国際公開番号】WO2008/043455
【国際公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】